黎明

島木健作




 若い地區委員會の書記の太田健造は、脚の折れ曲つたテーブルの上に心持ち前かゞみになり、速力をもつて書類に何か書き込んでゐた。――街道筋の家並みがとだえがちになり、ひろびろとした田圃の眺めがちやうどそこから展けようとするあたりにその家は建つてゐた。暮れかけて間もない街道をまつすぐに走つて來た自轉車の何臺かがその家の前まで來てとまつた。暗い土間に自轉車をおしこむと、人々は腰の手拭ひを取つてパツパツと裾をはたきながら、ゆがんだ階段をぎしぎしときしませてのぼつて行く。屋根裏の一室のやうにおそろしく天井の低い部屋だつた。筵を敷き、その上にまたうすべりをのべた殺風景なこしらへではあつたが、十疊はたつぷり敷けるとおもはれる廣さだつた。明けはなした小さな窓からはすぐ向ひの丘の上まで重々しく垂れさがつてゐる梅雨期の雨雲がのぞかれ、いくどにも吹きこんでくる風は霧のやうなしめりを含むでゐた。車座になつてゐる十五六人が野良からそのまゝ持つて來た新鮮な土と汗の植物のにほひが、ゆれうごく部屋の空氣についてながれた。
(これは大した成績だぞ――)
 N町の縣本部の辯護士におくる訴訟の一件書類をやうやくまとめ終り、このT地區の責任者になつてから三度目の報告をO市の總本部にあてて書きながら、太田の神經は八方にはたらき、階段をのぼつて來る人々の足音だけで何村の何某とすぐにもさとり、これは豫期した以上の好成績と、ついさきほどまでの懸念も今は晴れておもはず彼はほくそ笑むのであつた。米田と植田と川上と川下と平沼と――すでに十ヶ村もの重も立ち者があつまつてゐる。あと三四ヶ村だ。待ちかねてゐた雨が昨夜どつと來た、この一刻千金の植つけ時にこれほどの集まりを見ようとはおもはなんだ――
「やれやれこれで助かつたわ!」
 額の汗をぬぐひながら座につくや否やさういつたのは植田支部長の平賀甚兵だつた。
「降りさうで降りやがらんけになんぼやきもきしたこつたか! 今日は猫の手まで驅り出してやつつけたぞ。源治がとこは?」
「わしらが支部は共同植ぢや。」と聲に應じて川上支部長の多田源治が眞四角な肩をそびやかして傲然といひ放つた。「待ちかまへてゐた雨が來たからいうてさうばたばたはせんわい。ちやんと順番いふものがあるけになあ。今日は倉吉がとこをやつた。明日は山本んとこぢや。わしらがとこの團體的訓練はほかの支部なんぞとはちがふけに。」
「野郎、ぬかしよつたな!」と甚兵は平手で額をぱんと叩いて言ひ、聲をあげて笑つた。どつと笑聲があたりからもわきあがつた。
「ところで、みんな、どうや。」と、また別なこゑが急にいくらか調子をおとして言つた。
「選擧の話はちつとも聞かんかな? 政友の高木や民政の上田がごそごそ動きはじめたやうな――」
「聞かいでいか!」と、その言葉を途中でおさへるやうにして平賀甚兵がはげしく言ひ、ふところに手を入れて何かをさぐるやうにしてゐたが――「おいみんな、これを見てくれろ。」
 聲と共にぽんとうすべりの上におちたのは一通の封書だつた。車座になつた人々がその上に頭を重ねるやうにして順ぐりに手に取つて見ると、封筒もなかの卷紙も並はづれて立派な、見事な筆跡で書かれたその封書は、この地方切つての大地主上田信介が、平賀甚兵に宛てた「親展書」だつた。――
「秋の選擧がだんだん近づいて來たもんで上田の奴、こんなものを人によこしやがつて! わしはなあ、この間の選擧の時にやまだ組合がなかつたけに、みんなも知つてのとほり上田の選擧事務員をやつたんやが、その時に奴あなんといひくさつたか? やれ上土うはつち權を認める法律を作つてやるの、やれ小作本位の小作法をつくつてやるのと勝手なゴタクをならべをつて――ふん、こななもの。」
 ひよいと手をのばして封書を引つたくつたその勢といふものはそのまゝ引き破つて棄てでもするかとおもはれるほどのものだつたが、そのじつそれをていねいに二つに折つて何か大切なものででもあるやうにふたたびふところの奧ふかくしまひこむのであつた。口ではさうはいふもののこの地方切つての有力者から直筆の手紙をもらつたことを内心誇らしく感じ、これ見てくれとみんなに示しえたよろこびにぞくぞくしてゐるらしいけはひが、さういふ甚兵の態度にあらはにうかがひ知れるのであつた。
「上土權といへばなア」と甚兵の言葉のなかの一句をすぐに引きとつたほかの聲がいひ始めた。
「綾田郡の富山村、あそこぢや組合の衆がこのほど地主から甘土あまつちの賠償金四百兩をとつたといふぞ。」
「四百兩!」とほかの一人がおもはずおどろきのこゑをあげた。「ほんまか、そりや、なんとがいなことをやるでないか。まるで底土そこつちのねだんとおんなじこつちや。――もつともあそこの組合の書記の杉村といふ男はおつそろしくやり手だといふでなあ。」
「さうさう、おつそろしくやり手だつていふなア、なんにしても四百兩とはえらいで。」
 感嘆の聲を揃へて何人もが相槌をうつた。
 急ぎの報告書の最後の何行かを、心せはしく書きながら、畜生! と太田はおもはず腹のなかで舌打ちした。杉村にたいするほめ言葉を自分への皮肉と若い太田は聞いたのである。まだ二十二になつたばかりの太田なのだ。鉢の廣いぐりぐりの坊主頭で、血色のいい心持ち下ぶくれの頬と、大きな眼が始終ぐるぐるしてゐる童顏だつた。人通りの多い道を四五人肩をならべてあるいてゆき、ふいにとつとと前へ走り出たかとおもふと、とたんにポンととんぼがへりをやつて連れの仲間をふりかへつて笑つて見せる、といつたやうな子供つぽいところのある、いつときもぢつとしてはをれないはち切れさうな若々しさは、都會にゐた時には職場でも勞働組合の事務所でも人の持たない誇だつた。多くの人が昔失つて今は持たないその若さのゆゑにどこへ行つても愛せられ、組織の仕事がそのために思ひがけなくはかどつたことも多いのであつた。それが一九二×年、プロレタリアートを農村へおくりこむことが日本の無産階級運動の切實な問題となり、その選ばれた一人として、二ヶ月前はじめてこの村に來て見たところがどうだらう! 何よりの障碍に感ぜられるものは自分の持つてゐるその若さだつた。どこか腰のふらふらきまらない、職場の獨身者の勞働者や、いつも組合の事務所に四人や五人はごろごろしてゐる失業者にたいするのとはまるで勝手がちがつてゐた。何百年の昔から、地の底からによつきり生えてでもゐるやうな、じつくりと腰のすわつた生活がそこにはあつた。膝をつきあはせ、虐げられたものの生活の慘苦とそこから脱出しうる唯一の道とについて太田は意氣ごんで話すのだ。相手はだが何らの感動をも示さないでぼんやりした表情できいてゐる。「お前さんは一體その生活とやらいふものについてほんとうのとこを知つてゐなさるのかね?」とたんに目脂のたまつた凹んだ眼窩の奧の鈍い光りのなかにおづおづしながらさう抗議してゐるはげしいいろを讀みとると、太田の意氣ごんだ興奮はたちまちにして萎え、もう再たび話しつゞける勇氣は出なかつた。何よりも自分の持つてゐる青臭い若さが、正しい言葉を相手に受け入れしむる障碍となると思はれた。頭の髮でものばしたら! 眞劔な苦笑のなかに太田はそんなことさへ考へた。事實、一度ならず太田は百姓たちの陰口を聞いた。――「元氣は元氣だが、まだほんのひよつ子やがな!」
「先生――」
 そのとき足音を殺し、しかしあわたゞしく階段をかけ上つてくるものがあつた。だいぶ慣れては來たものの、先生と呼ばれることのくすぐつたさを顏いちめんにあらはして太田はふりかへつた。
「警察の衆が――」とその聲はなかばふるへてゐる。
「警察の? 駐在所か?」
「いゝえ、町の――」
 さつと人々は青ざめ緊張した。太田はペンをおき、ちえつと舌打ちした。「うるせえ野郎だ。」
 それから彼はゆつくりと立上り、下へ下りて行つた。――下りて行つた太田はすぐに上つて來た。
「さあ、諸君、會議をはじめよう、みんな集まつたやうだし。」
「先生、警察の衆は?」
「(原文六字缺)返したよ。」と事もなげに太田は言つた。かういふところに大人らしさを示すことが彼には少なからず得意だつたのである。「議長は今日も齋藤君にやつてもらはう。諸君、いいね? 齋藤君、それぢやおねがひします。」
 それまでずーつと隅にゐて、一語も發せず人々の話をにこにこしながら聞いてゐた大兵の男がやをら立上つた。みんなの汗じみた仕事着のなかにまじつてこの男一人小ざつぱりとしたセルの厚司姿だつた。米田村支部長の齋藤健太である。米田村の縣道筋に妻の名義で雜貨店を開き、一戸當りの耕作反別の狹隘さで有名なこの地方で三町の餘から耕作してゐる彼は組合きつての分限者だつた。世のなかのすべてが自分の豫定どほりに進行し、自分に有利に展開することを信じ切つてゐる、尊大な人間の型に彼も亦屬してゐた。會議の議長にえらばれることは勿論、今日の會議の主要目的である秋の縣會の選擧に組合側として誰を候補にあげるかといふことも、彼にあつてはすでに自明の事だつた。
 齋藤が議長席につき、人々はずーつと膝をすゝめ、居ずまひをなほした。太田は齋藤の横にすわつた。ひとしきりしはぶく聲がきこえ、やがてしーんと部屋のなかが靜まりかへつた。提案を説明しようとしてふつと顏をあげた太田は、何かいひかけた口をふいにつぐんでしまつた。紙きれを持つた手を膝におとしけげんさうな顏をして向ふをすかして見るのだつた。
 一體いつのまに音もなく上つて來てそこに坐つたものであらう、階段をのぼりつめたところのうす暗い板の間の隅に一人の男が坐つてゐるのだ。きちんと膝を揃へて正坐し、兩手をその上において身動きもしない。うなだれてゐるので顏は見えないが、かつて見かけたことのない男なのだ。背はあまり高くなささうだが、畸形とおもはれるほどに横に幅廣いからだつきから來る感じが、なにか無氣味でさへあつた。
「君! 君は誰かね、一體。」太田はものやはらかなこゑを心もちはずませて云つた。
「どこの村の人かね、一體。」
 太田の聲が耳にはいると、男は一瞬ぎくりとしたふうであつたが、たちまちその節くれ立つた兩手をぴつたりと板の間につかへ、額が下につくほどに平たくなつて禮をした。おそるおそる顏をあげる男のふうをぢつと見つめてゐた部屋のひとりが、低くつぶやくやうな聲でいつた。「あゝ、池田村の衆だ!」「池田村?」と鸚鵡がへしに言つて太田はふと思ひ出した。池田村に支部はない。三四年前、組合の演説會などを聞きに來、連絡のあつた何人かゞゐたさうだが、今は全然手のついてゐない村だといふことだつた。ほかならぬ選擧對策の委員會なので、支部のない村からも來てもらつたらと、古い記録を引つぱり出し、その時の池田村の二三の人にも案内を出したのだつたが、この男はそのうちの一人ででもあるのだらうか……。
「池田村の人なら君、」と太田はいつた。
「ずーつとこつちへはいつて下さいませんか。遠いところ御苦勞樣でした。もう會議をはじめますから。」
 男はさういはれてもただもぢもぢ尻ごみするばかりだつた。「へえ、」といひ「ここでお話をうかがへば……」とそのあとはかすれてきこえなかつた。二度三度とおなじ言葉をくりかへし太田は男をうながした。だが彼は依然として動かうとはしない。
「君、君、ここにゐる人たちはみんな同志なんだから少しも遠慮はいらないんです。ずーつとこつちへはいつて下さい。君ばかりそこにゐられてはかへつて困るんだ。」
 つひに席を立つて前へ進んだ太田はいらいらしながら聲をはげまして言ふのであつた。農民にありがちな、卑屈からくる、度を越えた遠慮のあらはれと太田は見た。だがへり下つたその態度のなかにひそんでゐるてこでも動かぬ強情なものは一體何なのであらう。舌うちしたい氣持で太田は一座を見まはした。人々は妙にだまりこんだままなのだ。心をとめて見ようものなら、さういふ男の態度を少しも不思議としない瞳の動きを太田はその人々のなかに見たであらう……。
 いつまでも構つてはゐられなかつた――やがて太田は席へもどり、提案について説明しはじめた。そしてぐんぐんと會議をすすめて行つた。重い壓迫を感じ、だが時々彼は眼をあげてちらりとうす暗い階段のあたりを見るのであつた。男は依然うなだれたまま、きちんと膝を揃へてそこに坐つてゐる……。

 街道のもの靜かなしかしどこか生活の厚みをおもはせるざわめきのなかに暮れかけてゐた。晝は日なかひつそりと靜まりかへり、人通りの少ない街路の上に、夜に入るほんのひとときまへ、ひつきりなしに人の群がつゞいた。町から歸る駄賃とりの荷馬車の列、日の暮れぬ間に豫定の村まで行きつかうと急ぐ行商人、野良がへりの百姓たち、おなじ歸り途をそこの雜貨屋に立寄つて乾ものなどをぶら下げて行くおつかあ達。時々空のトラツクが灼け切つた土ぼこりをまきあげながら走つて行く。――その中を太田は自分の村へ向つて自轉車を走らせてゐた。一日に五里から十里の道、自轉車をのりまはすことは彼の主要な日課の一つだつた。格別の用事がなくても、二日か、三日に一度づゝ村々をまはつてあるくかどうかで支部の活動の上にすぐにも大きなちがひが出て來るのだつた。これから歸れば夜は夜でまた部落の座談會が彼を待つてゐる。……
 走つてゐた太田は急にペタルを踏む足をとゞめ、きつと前方に注意した。――もうほとんど暗くなつてゐる街路の上に見おぼえのある一人の男の姿を認めたのである。人の列からはなれてただ一人ゆく、その太い猪首と並はづれて廣い肩幅とを見て、はてなと思ふ間もなく太田はあゝとうなづけた。
 れいの男だ。
 忘れてゐた一ヶ月ほど前の夜の、會議の席での記憶が急になまなましく太田によみがへつて來た。あの時のままの樣子を彼はしてゐた。盲縞の仕事着に繩を帶がはりにまきつけ膝までしかない股引をはき、脛はまるだしで足は草履も足袋もはかぬ跣足だつた。右手には繩で首をからげた五合入りぐらゐの口の大きな徳利を下げ、スタスタと早足にあるいて行く。――自轉車を下り、ハンドルを手で押してあるきながら目立たぬやうに太田はその後をつけて行つた。話す機會を持ちたいとの興味がにはかに頭をもたげて來たのである。
 男は立ちどまつた。この村で酒、醤油などを一手に商ふ高田屋の店の前である。明るい灯影が道路にさし、居酒屋のこしらへにしてある土間の一隅からはコツプ酒に醉ひ痴れた男たちの笑ひさゞめくこゑが賑やかである。男はその前に立ちどまつたが、店のなかにすぐにはいつて行かうとはしないのだ。閾の外に立ち、小腰をかゞめながら、なかをうかゞひうろうろしてゐる。片手を徳利の首に、片手をその尻に持ち添へ、何かものいひたげに口のへんをびくびくふるはしながらなかからもれて來る灯影に半身をさらし、道路につゝ立つたままなのだ。ふいに彼は顏をあげ、なかに向つて何か小さいこゑでいつた。がすぐにもとの姿勢にかへり、そのまま短い時間がたつた。やがて彼は店のなかに誰かの姿を認め、店の誰かも亦さういふ彼の姿をみとめたのであらう。男は急ににやりと卑しげな笑ひを顏一ぱいにうかべ、額が膝につくほどにぺこぺこと頭を下げはじめた。と見るまに彼はちやうど銃を打つときの折れ敷けの構へのやうに、片膝を立て片膝を折つて土の上にぢかにつけ、兩手をぐつと前につき出した。何か大切なものででもあるやうにその兩手には徳利をさゝげ持ちながら……。
 なかから立つて來てそこに半身をあらはしたのは番頭だつた。彼は片手に漏斗をもつてあらはれ、ぽいとそれを徳利の口にさしこみ、何か一口二口男に向つて口をきくとまた奧へ引つこんで行つた。すぐに彼は三合桝を手にして出て來、その桝のなかの液體を徳利のなかに流しこんだ。男は立上りふたたびからだを二つに折つていくども辭儀をしてゐたが、やがてふところの錢入れをさぐつて銀貨を取出し前に差のべた。番頭はだがそれをぢかにその手で受け取らうとはしなかつた。もう一ぺん彼は引きかへし、持つて來た錢皿で銀貨を受け、さつさと奧へ引つ込んでしまつたのである。
 道の片側に自轉車をとゞめ、それにもたれながらまたゝきもせずぢつとその一部始終の樣子を見てゐた太田は、闇のなかをもどつてゆく男の後姿に視線をうつした。急に彼はその姿をとらへようといつ足追ひすがつた。がすぐに棒立ちにそこに立ちすくんでしまつた。ふと思ひあたるところが彼にはあつたのである。
 とぶやうに自轉車を走らせて村へ歸つてくると、太田はあわただしく二階へ上つて行つた。支部の若い連中が四五人三四日後に迫つた演説會のポスター書きにあつまつてゐた。
「一ヶ月ほど前に選擧對策の委員會をもつたつけなあ、そら、候補者決定の時のさ。」
 彼らの姿を見るなり太田は勢こんで話しかけた。
「あの時、遲く來てそこんとこに坐つてゐた男があつたつけが、……池田村の男だとかいつたやうだつたが、何者だい、あれは。」
「池田村の男?」
 問ひかけてなかの一人がすぐに思ひあたつたふうで、「ああ」といひ急に笑ひだした。
「それ、みんな、平家蟹のことよ。」
「あゝ、平家蟹か。」
 あの會議の晩ののちにもすでに二度三度男は事務所に出入りしてゐた。ポスター張りの手傳ひに彼は來たのだつた。太田はその都度留守であつた。さきの晩のときとおなじやうにおそるおそる足音をしのんで階段を上つて來、おづおづした眼ざしでちらりと部屋の樣子を一瞥するとすぐに眼を伏せて、ぴつたりと兩手を板の間につき平たくなつて挨拶をする樣子から、眞赤なその顏から來る感じをも取入れて、平家蟹とその男を青年たちは呼んでゐた。
「あの男に僕は今しがた高田屋のとこで逢つたのだが――どういふ人なのかね、あれは。」
「先生、ありや神無かんなし部落の人ですよ、池田村の。」
「神無部落?」
「さうですよ、神無部落を知らんのかね、先生は。」と青年たちは意味ありげにいひ、顏を見合せてくすりとわらつた。
「組合がないもんだから池田村のことはあんまり知らんのだが、……」
「先生、これだ。」と青年の一人がその時いつた。
「神無部落といふのはこれだよ、先生。そしてあの男もこれなんだ。」
 さういひながら彼は太田の前にぬーつと腕をつき出した。つき出された彼の右手の(原文七字缺)ぴつたり折りまげられ、(原文四字缺)ひらひらしながら太田の眼の前にちらついてゐる。……
 一瞬のうちにその時まで太田の面上にやはらかくうかんでゐた微笑が影を消した。見る見る彼の赤ら顏から血が引き、蒼白な緊張がそれにかはつた。坐つてゐた彼は音もなく靜かに立上つた。瞬間の異樣な變化に胸うたれた青年が、おもはず居ずまひをなほさうとしたとたん、さつと腕がのび――あつといふまに太田の肉太の指はむずとばかり彼の襟首を引つとらへてゐた。ぐつと引よせ、あつけにとられてぽかんと口をあいてゐるその顏の上に叩きつけるやうな罵聲がとんだ。
「貴樣あ、今の(原文三字缺)をもう一ぺんやつて見ろ! もう一ぺん、貴樣あ、今の(原文三字缺)を――」
 ふるへを帶び、しやがれたやうなこゑであつた。つゞけて彼は何か言はうとして二言三言口ごもつたが――と、ぶるぶるふるへながら襟首をつかんでゐた彼の腕が急にぐつたりし、あらゆる力が脱けたふうに見え、いつか彼はその手を放してしまつてゐた。放たれた青年はよろよろとよろめきそこへ倒れた。
 茫然として眼を見張つてゐるのこりのものには眼もくれず、あらあらしく階段を下り、太田は外へとび出した。眞闇な夜だつた。さうだ、常任の平賀のところへ行つて話を聞かう、と思ひついたのはその眞闇がりのなかをあてどなく一町ほどもあるいたのちのことだつた。

 夜ふけて歸つて來て床にはいり、しーんとした枕もと近く蟲の音をきいてゐると、またひとりでに興奮して來た。岩田熊吉と呼ぶれいの男がしきりに眼先にちらついて離れなかつた。話にばかり聞いてゐて今まで一度もぶつかつたことのなかつた現實が、はげしく太田をしめつけたのである。村の青年の襟首をつかんで何かどなつたあさはかな行動もかへり見られたが、何よりもこゝの地區の責任者になつてからすでに三月あまり、自分の責任地區についての知識に重大な遺漏のあつたことが恥かしかつた。出來あがつた組織の維持にばかり汲々として、未組織地は棄てがちにしておいたオルグとしての責任がおもはれた。合法無産政黨の分裂といふ形をとつた中央での左右兩翼の抗爭がはげしくなつてくるにつれ、その兩者が各自の地盤を下の組織に求めようとする結果、いろいろな文書が直接村々の組織にまでおくられ、こつそり人間が潜入してくるらしいうはさもあり、今の太田の立場としては、村の組織を右翼の勢力の浸透からふせぐことに全精力をそゝがなければならないといふ事情があるにはあつたが……。
 地區の事務所のある植田村の北方二里ばかり、上り下り三里の峠を越え、その向ふ側の盆地が池田村で、O部落字神無は戸數五十に滿たなかつた。その全部が縣下でも指折りの地主藤澤に隷屬する小作人だつた。峠のかげにあたつて日當りも灌漑の便もわるい、惡質土壤の最下田三段から五段ぐらゐの土地が彼らにわりつけられてゐた。狂つた自然にたいしては完全に無力で、ちよつとした雨ふりも日でりもすぐにこたへた。豐富な金肥などはもとよりのぞまれもしなかつたが、たとひ施肥したところで冷え切つた土にはなかなかなじまうとはしなかつた。段當り六俵ぐらゐがこの地方では普通なのだが、こゝでは五俵もむづかしかつた。しかも小作料は六割におよび、部落民なるが故に強要せられてゐるこの劣惡な條件が、地主藤澤の全小作地の小作條件の基礎をなしてゐる事實はいなめなかつた。
 いい條件だ! と太田はうなつた。地主は單獨で共通だし、客觀的な條件は熟し切つてゐるではないか――ふしぎにおもはれるのは農民運動のさかんなこの地方でこの部落が今まで組織外にあつたといふことだ。池田村に支部こそなけれ、そのあたり一帶の地は、決して組合の影響から外にあるところではないのだから。
「やらう、すぐにやらう! 秋の問題をとらへて早速働きかけようぢやないか。」
 その晩、常任の平賀甚兵に逢つて神無部落の大體についてきき、平手で股をうちながら意氣ごんで太田が言つたとき、だが、平賀甚兵の態度はなぜか冷やかだつた。
「神無はやめた方がいいで、太田さん。」
「ええ、なぜだ、そりや。」
「試驗ずみなんだ――神無は。今までだつて何度やつて見たこつたか。あんたの前にゐた前田さんだつて、志村さんだつてみんないろいろ働きかけて見たんだ。けどなあ、なにせえかんじんの部落の衆の尻が重いんだから仕方がねえ。こないだの池田の常願寺の演説會なア、あの時だつて神無からは一人だつて來てはゐねえんだから。」
「なぜだ?」
「ハハハ……」と甚兵は笑つた。「太田さんもまだ若いなア。こつちの演説會に行つたなんて地主に知れて見なせえ、土地から家からその日のうちに取上げられようぜ。あそこの小作は丸小作みてえのが多く、家から牛から鋤鍬のはてまで地主のものといふのがあんのだから。」それから彼はひとりごとのやうにつぶやいた。「志村さんみてえに頭を割られねえ用心が肝要だわさ。」
「頭を割られる?」と太田はききとがめた。
「暴力團でも出るのか。」
「暴力團も出ようにさ。」
 平賀甚兵は興なささうにそつぽを向き煙草をくゆらすのであつた。その樣子をだまつて見てゐるうちに太田は勃然として、おもはず聲をあらだてて叫んだ。
「俺はやるぞ! 君らが何と言つたつて俺はやるんだ!」
 とたちまち太田の昂ぶつたその心を一瞬のうちに萎ますほどに冷やかなものが、平賀甚兵の眼もと口もとにあらはれ、甚兵はふふんと鼻をならしてわらつた。
「太田さん。」
「なんだ。」
「あんたは組合をつぶしてもいいのかね、ええ? 神無部落を組合さ入れたら、この地區の支部にや組合から退くものがたんとありますぜ、幹部のうちぢや第一に齋藤さんなんぞが反對だ。神無はほかの部落とはまたちがふんぢやけに。」
 ――その神無部落がほかのO部落とはちがふといふわけを、太田はいくばくもなく知ることができたのである。たとへば池田村にすぐつゞく横川村にもやはり同じ部落があつたが、その部落民の大半は組合にはいつてをり、人々は彼らが部落民であることをまるで忘れたもののやうに生活のすみずみにおいて普通のつきあひが行はれてゐた。その部落と神無とが人々によつてきびしく區別されてゐる所以のものは、古來から言ひつたへられてゐる、その兩部落發生の歴史によるものであつた。――元和元年大阪夏の陣の時、戰に敗れた眞田の殘黨が逃れて來てこの地に居を据ゑたのが横川の部落の起源であるといはれてゐた。部落の人々は言ふのだ。「うそだと思つたらおまへさん、村の大徳寺に行つて和尚に話して見な。その時の書ものものこつてあるし、鎧や槍や刀なんぞもちやんと寺にはしまつてあるけに。」部落の人々は部落のこの歴史を誇とし、その誇は「普通民」の前ででもしやんと顏をあげてまつすぐに歩くことを彼らに可能ならしめた。そしていはゆる普通民もこのもつともらしい誇やかな歴史の前に讓歩した。――神無部落の歴史は横川のそれよりもはるか古にさかのぼる。三韓征伐の時多數の捕虜が内地につれて來られた。そのうちのあるものがこの山間の地に來つて鞣皮をつくることを仕事とし、それの子孫が今の神無部落だといふのだ。「見なよ、手だつてこちとらの(原文九字缺)! (原文七字缺)からうに!」口さがない子供らは部落の人々の行くうしろ姿を指してはいふのである。――
 わらふべきとるにも足らぬ傳説が、實際には人々の生活感情をいきいきとはぐくみそだててゐるのである。過ぐる日の青年部員の態度を、太田は再たび思ひ出した。その青年は貧農出の優秀な組合の働き手なのだ。彼は實際に鬪爭をしてをり、青年鬪士として恥しからぬ一應の知識もそなへてゐる。その彼がたとひ不用意のうちにではあつてもあゝした態度に出、難詰せられても現在の自分の立場にたいしさほどの恥を感じてはをらぬふうである。すべてはあまりにも明らかすぎることだ。いふまでもないことなのだ。その明らかすぎることが、同志と呼べる貧農にさへ頭のなかでの一應の理解以上にはわかつてはゐないのである。――「ではどうする、それほどまでに拔きがたく彼らの生活感情にしみこんでゐるものを除くためには?」と太田は考へつゞけた。「座談會?」「だめだ、そんな口先だけの説教がなんになる!」「ぢやあ、どうするんだ」「神無部落を組合の組織のなかに入れるんだ、入れて、貧農としての面において兩者をかたく結合させるんだ!」「だが待てよ、」と當然浮んで來べき疑問がすぐに太田をとらへた。暑苦しい夏の夜はその考へがきまらぬうちは床についてもなかなか眠れなかつた。「神無を農民組合の組織に引き入れるよりも、まづ部落民として、すなはち水平社の同人として組織することの方がさきぢやないか?」その考への前を彼は何度も行つたり來たりした。(この地方にはまだ水平社の組織はなかつた)すぐに彼は、O市にゐたときに親しかつた水平社の同志武田の、たえずほゝゑんではゐるがしかしその底に沈痛なものをたゝへてゐる顏をおもひだした。奴はなんといふだらうか? 奴はれいの落ついたさびのあるこゑでかういふだらう。「さうだ、さうでなくちやいかんのだ、水平社の組織に重點をおかなくちやいかんのだ。どうも君の考へは部落民の持つ特殊性を貧農一般のなかに解消してしまふ危險に陷入りさうだぜ。」――太田はいくども寢返りをうつた。鋭い錐でものをゑぐるやうに對象の一點に食ひ下つて自分の考へをまとめようとした。そのうちにしだいに一つの結論的なものが彼の心のなかに形づくられて行つた。「武田のいふところは無論正しい、だが俺の考へは何も彼奴の意見に對立するものぢやないさ、この地方の今の状態では組合組織の方がある重要な點でさきなんだ、といふのは部落全體を部落民としての自覺に起たしむることと、もう一つそれにも劣らず切實な問題は、組合内の貧農の部落民にたいする差別觀念の打破といふことなんだ。そしてこいつは水平社の組織にあたつても第一の障害になるものなんだ――水平社の組織は今の場合必ずしもそれに役立つとはいへず、かへつて兩者の機械的な對立を來すおそれなしとはせぬ、同一組合内での貧農同士としての親しい接觸――この際何よりも必要なのはこれだ。そしてそれはまた一つの過程なんだ。水平社の組織へ向つての……」少し眠くなつて來た太田の眼のまへに見おぼえのあるO市の水平社の事務所の二階がぼんやりうかんで來た。武田をつかまへて得意になつて神無部落の組織の苦心談を一くさり辯じてゐる自分の姿がそこにある。太田はひとりでにほゝゑんだ。「よし、きまつた。」――するともうなんの屈託もなく、健康さうないびきをたてて彼はぐつすり寢こんでしまつた。

 岩田熊吉の訪ねてくる日を太田は長いこと待つてゐた。組合の文書や新聞はもれなく送つてゐたし、十日に一度の各支部の寄合ひの日には案内を出すことを忘れはしなかつたが、熊吉はその後、姿を見せなかつた。しかし太田は進んでこつちから訪ねて行かうとはしなかつた。まだ早いと思つたのである。何か異樣な眼で見られ、部落の人々に警戒されるやうになつてはかへつて拙いと思つたのである。
 秋にはいつて間もなくのある日、熊吉が訪ねて來たとき、太田はたゞひとり事務所にゐた。「ようじのあるひとはにかいへあがれ。たゞしスパイはおことわり。」と無人の階下の壁には大きな文字が貼りつけてあり、案内なしに上つてくるのがこゝへ訪ねてくる人々のつねであつたが、今そのゆがんだ階段をきしませて上つて來たのが岩田熊吉であると知つたとき、太田は思はずあゝと言つた。
「何か用事でしか?」と最初の言葉を言つてしまつて、すぐに太田は腹のなかで自分をどなりつけた。――馬鹿野郎! なんてヘマな言葉を使ふんだ。用事でなかつたら歸れとでもいふつもりか。
 いつものやうにそこの板の間に坐つた熊吉はしかしさういふ太田の言葉をきいてうれしさうだつた。
「これから町へ行きますけに、町の事務所になんぞ用事でもあつたらとおもひましてなあ。」と彼はいつた。
「そりやいいとこだつた、ちやうどいいとこだつた!」と太田はしんからうれしさうにいつた。熊吉の好意を微塵も無駄にはすまいとの心からだつた。太田は今や戀人にでもたいするときのやうに滿身緊張し、こまかに心をはたらかせるのだつた。
「ちやうど今日ぢゆうに本部に屆けたい書類があつたんや。それぢや、それを持つてつてくれろや。まあしかし、さういそがんでもいいけに、少し火にでもあたつていけや。今日はなかなか冷えるけにな。」
 さういつて太田が炭をそゝぐ大きな瀬戸の火鉢の側に、おづおづしながら熊吉が近よつてくるまでにはかなりの時間がいつた。火鉢をなかにはさんで太田は、はじめて熊吉と向ひ合つて坐つた。つくづくと、今太田は眼のあたりこの男の異樣な風貌を見るのであつた。顴骨の異常な突起が何よりもまづ人の眼をひいた。頭のいただきはやや尖りかげんで、額がおそろしく狹かつた。つき出した厚い胸のなかにめりこんだやうな醜い猪首だつたが、眼は――その金壺眼の眼球は、なるほど口さがないわらべどもが後指さしていふとほり(原文五字缺)見えるのである――。
「組合からおくつとる新聞や刷物はとどいとるやらうな。よんどるか?」
「まいどもらつてばしゐるけどなあ、わしやあの四角い字はとんと讀めんよつて。」と熊吉ははにかみ、日に灼けた赭顏をさらにすこし赤くした。片眼を細め、口もとをゆがめて笑ふその笑ひのなかにはぞつとするほどに野卑なものがひそんでゐた。
「君は、組合の事はどうして知つたのかね。」
「うちのおやぢさんがまだ丈夫やつたとき、組合さはまるいうてえらく騷ぎよつたことがあつてなあ。それにわしや川上の旦那衆のとこさ日傭ひようとりにやとはれて行つてます。そこの小作衆が組合さはまつとつてごつく年貢がまかつたいふことやし――演説會もわしや二三べんは聽いとるよつて。」
「こんど池田村さ行つたとき、おれ、お前んとこさ寄つてもいいやらうな。」
「先生お出でたつてあがつて休んでもらふとこもないけになあ。」と急に熊吉は狼狽し當惑したやうな顏でいつた。
 遲くなるからと歸りかける熊吉に、N市の組合の本部に屆ける文書を託し、また寄つてくれよと、繰りかへし繰りかへしいひながら太田は出口まで送つて出た。――
 それから三日目の夜、野良の仕事の終つた時刻を見はからつて太田は神無部落へ出かけて行つた。熊吉の家のありかはかねて聞いて知つてゐた。うしろに峠を背負ひ、前に雜木林をひかへた晝でも小つ暗いやうなところにその家はあつた。型どほりの藁ぶきのあばら屋で柱も垂木も腐れかゝつて片方に傾いてゐるやうな家だつた。わざわざ訪ねて來たふうを見せてはわるいぞ、と太田はおもつた。自分を迎へる熊吉の態度がどんなであるかをかんがへて太田はちよつとためらつた。なんだか動悸がしだした。――今晩は、と聲をかけて入口からはいつて行くと、うす暗い土間に筵を敷きその上にあぐらをかいて熊吉は夜なべ仕事にかゝつてゐた。よく見ると前の臺の上に長さ二三尺、幅六七寸ほどの薄板をおき、せつせと鉋で削つてゐるのだつた。ちよつと横川まで來たもんだから寄つてみた、と出來るだけ氣輕な調子でいひ、太田はその側に寄つて行つた。「あゝ」と、聲をあげてすぐに立上り、バタバタと、膝の上の屑をはらひながら太田を迎へた熊吉は、太田の豫期したほどにあわてもせず落着いて見えた。
「暗くて道がわるいにえらいこつたなあ。先生、まアこゝさあがつて、一服して行つてくれろや――おとよ、おめえその燠を少し持つて來てこの火鉢のなかさ入れてくれんかい。えらく冷えて來たよつてなあ。」
 おそらく妹なのであらう、今はじめて氣づいたが、土間の片隅のかまどの前にうづくまつてちろちろと赤く燃える火を棒切れでつゝいてゐた十四五の娘が、さういはれると無言で立上つて來て、いくつかの燠を十能で太田の前の火鉢のなかに運んだ。まだ燃え切つてゐない薪がやに臭くくすぶつて青いけむりをあげた。
「まあ、これを見てつかあせ、先生。」と熊吉はそれまでに削りあげた何枚かの薄板を繩でからげてそこの壁に立てかけ、自分も火鉢の側に寄つて來ていつた。
「いくらにもならんのやけど、おらときどき町さ下駄の齒入れに行くけにこななものをこさへておくんや。こなな赤樫や朴の板かてこの節あただではもらへんよつて大工の吉さたのんで安くしてもらふとるんや。――下駄の齒入れでもせんことにやわしやぜんこのはいるあてはないけになあ。旦那衆のとこさ時々雇はれては行くんやけど、その時にや食べさしちやくれよるけど一文にもならんよつてなあ、小作は三段ばかし作つとるんやが――」
 そこまでいひかけて熊吉はふいに顏をあげた。燃えあがる薪の焔が荒削りの彼の半面を赤く染めた。火鉢の上に兩手をかざし彼は太田の顏に眞正面から見入つた。警戒のいろをみぢんもとどめない眼が細くわらつてゐた。その眼と視線がカツチリ出あふと、太田はわれ知らずあわてた。それは太田が心から待ちのぞんでゐたものだつた。ただそれが思ひがけなく餘りに早くやつて來たので彼はあわてたのである。――すぐに太田は恥をかんじた。くだらん警戒で間をへだててゐたのは向ふではなくてこつちぢやないか。向ふはいつも明けつぱなしで手を握りたがつて待つてゐるんだ! だがはじめて彼を見た日の彼のあの頑固な強情は? それはあの時の一座の誰彼が持つてゐた對立感情にたいするほとんど本能的な反撥であつたらう……
「うゝ、うゝ、うゝ」と突然その時無氣味な呻きごゑがきこえて來た。それは閉されたふすまの向ふからもれてくるものであつた。
 熊吉はあわてて立上つた。ふすまを開けて上半身をなかへ入れ、
「あゝ、お父う、眼がさめたかいや。熊吉はこゝにゐるけに安心せいや――あゝ、よしよし」と子供にでもいふやうにものを言つてゐたが、すぐに戻つて來て土間に下り立ち、竈の上の釜の湯につけてあつたらしい銚子をとるとふたゝび襖の向ふへかくれて行つた。一尺ほど襖が開け放たれてゐる。その隙間から見るともなしに太田がのぞいて見ると、もう長く敷き放しにしてあるらしい寢床の上に、熊吉の助けを借りて半身を起したのは六十の餘にも見られる老人だつた。かつぷくよく肥えてはゐるが、肉のたるんだ異樣な光澤をもつた赤紫の顏いろや、締りのない眼もと口もとを見ると一目で長患ひの病人と知れるのであつた。熊吉は持つて行つた銚子の酒を枕もとの湯呑みにあけ、ふるへる老人の手に自分の手を持ち添へてそれを飮ませてやつた。舌なめずりをしながら飮むその音が襖のこつちにまで聞えるやうであつた。
「あゝ、先生、あれを見んなすつたか!」と座に戻つてくると熊吉は太い溜息をついていふのであつた。「あれがあるけに毎日どないしても光つたおぜにがいるんぢや。それがおらの苦勞の種でのう。おとよとおらの二人きりやつたら芋くつて、豆くつて、それですましてもをれるんぢやが……」
 中風でもう長いこと床についてゐる父親は病氣になつてからも一日として酒をやめることができなかつた。たまには口にあふものをつくつてもやらねばならず、だが思はしい副業とてはなく現金收入の道は閉されてゐた。ねてもさめても十錢玉二十錢玉がおいでおいでしておれをまねいとるんや、と熊吉はわらつた。最初毎晩二合の酒は今は一合足らずに減つてゐた。――「三年目にも死なんけにこんどは五年目、その次あ七年目だつて人はいふがなあ。親不孝のやうやけど、おらお父うの早く死ぬのをいのつとるんぢや。生きとつたつて好きな酒も飮ませられんのやけに。」と熊吉は聲をおとした。
 その夜、夜ふけて太田は峠の道を下つた。心がしきりにはずんでやまなかつた。口笛を吹き一氣に自轉車で坂をかけおりた――話したいものが胸にあふれ、事務所に誰か遊びに來てをればいいがと考へながら……
 一週間ほどたつたある夜おそく、太田はふたたび熊吉の家を訪ねた。こんどはほんとうに朝のうちから數多くの村々をまはつての歸りで、どこかに一服腰をおちつけなければなほ五里の道を自分の村へ歸る元氣は出なかつた。もう寢てゐるかな? と半信半疑で立寄つて見たのだが、入口の戸は半ば開けはなたれてゐた。聲をかけはいつて行くと、熊吉は消えかけた榾柮ほだ火を前にしてうす暗がりのなかにひとりつくねんとして坐つてゐた。
「あゝ、先生さまか、こなにおそくまアまア」と彼は物思はしげな顏をあげ、かすかな微笑をうかべていつた。
「まだ起きとつたんか、おれお前はもう寢とるかと思つたんやが、でもまア寄つて見てよかつたわ。」
「うん、もう寢ようおもつとつたんやが、おらあ心配しんぺえごとがあるけになあ、今日も借りとつた金の利息納めんいうて松本の虎――それ藤澤の差配をしとる旦那や、あの虎からがいに責められたがな、今年の取入れももうぢきぢやけにまた年貢を納めんならんし……」
「熊吉、」と太田は靜かなしかし迫るところのあるこゑでいつた。「おれこの間つからいはう思つとつたんやが、どうや、一ぺん部落のちかしい衆だけで寄合ひをしてみたら……、年貢の事や借金の事やいろいろ相談事もあるんやからなあ。したらおれ、そこで話してみたいと思ふことがあるんやが。」
「あゝ、そりやいいなあ先生!」熊吉は一膝のり出したが、すぐにまた物思はしげな樣子にかへつた。
「けどなあ、先生。部落の衆は組合といへばただもうおとろしがつてゐるけになあ。三年前に旦那衆にごついことおどされとるよつて――うちのおやぢさんなんどもそのときのひとりぢやつた。」
「いや、なあに、何も組合々々つていはんでもいいんだ。組合にすぐはいれなんていはんでもいいんだ。またわざわざそのために集まらんでもいいさ。何か部落の衆の寄合ひのある時に、そこさおれが行つて話ができればいいんだがなあ。」
 熊吉は答へず、それつきりぢつと考へこんでしまつた。
「あゝ腹がへつた!」
 しばらくすると、太田はしんからがつかりしたやうな口調でしかし笑ひながらいつた。
「もううどん屋なんぞも起きちやをらんやらうし、熊吉、なんか食ふものはないかなあ。おれ、ぜんこはおいてくぞ。」
 熊吉はふつと顏をあげたが、すぐにまたうなだれた。
「なんにもありやせんわ。冷えた豆飯の殘りならあるけど、豆飯やこし――」
 臆病さうな妙につめたい調子だつた。
「あゝ、それでいいさ、それでいいさ熊吉、一杯ごちそうしてくれろや。」
 しばらく躊躇して見えたのちに熊吉は臺所に立つて行き、暗いなかで何かごそごそ音をさせてゐたが、やがて片手にお櫃を、片手に茶碗と箸ののつた赤塗りの膳を持つてもどつて來た。彼は無言のまゝぶつきらぼうに、それを太田の前におしやつた。太田がお櫃の蓋をとつてみると、蠶豆のはいつた豆飯が、底の方に一とかたまり片よつたまゝになつてゐた。その豆飯を茶碗に山盛りにした太田はせかせかしながらむさぼり食ふのだつた。
「あゝ、こりや、しよつぱくてうまいなア、おれ蠶豆大好きよ。今日は晝にうどん食つたきり何も食はんかつたけに、おれもう腹減つて腹減つて。」
 とたんにふと何氣なく顏をあげた太田は、何かしら異樣なおもひをし、箸をも茶碗をもそのまま膳の上におかなければならなかつたのである。膝に手をおいて、飯を食つてゐる太田をきつと凝視してゐる熊吉の顏にはただならぬ表情が動いてゐた。強く迫つてくるものがそこにはあつた。ある種の感動をおさへかねてゐるけはひが、心もちせきこんだ息の音のなかにぢかにうかゞはれる――。
「あゝ先生、おらとこの飯食はんしたな、おらとこの飯食はんしたな!」
 突然熊吉は聲をあげて叫んだ。そのこゑは興奮にふるへてゐたが、同時にまた喜びにうちふるへてゐるやうなこゑでもあつた。彼はすつくと立ち上つた。立ち上つて父親の寢てゐる部屋の襖をあけてのぞきこんで叫びつゞけた。――
「お父う、お父う、寢とるんか、え、農民組合の先生がなあ、おらとこの飯を喰べてくれたゞぞう、おらとこの豆飯を喰べてくれたゞぞう。」
 あつけにとられ、茫然としてゐる太田の身體に自分の身體をすりつけんばかりにしてどつかとそこに坐りこんだ。
「先生、おらあなあ、」
 急に彼はしんみりと聲をおとして言ふのであつた。
「おらあはじめ冗談だと思ふたんや。先生がおらとこの飯くはしてくれろといはしやつたとき、おらあ、先生がおらとこをからかふんだとばしおもうたんや。先生が(原文六字缺)んとこの飯たべておくれるとはおもはんかつたけになあ――先の月の十五日はなあ、おらのおふくろの死んで七年目でなあ、おらもいろいろ工面して旦那寺の和尚を呼んだだ。三部經あげてもらはうおもうてお布施も世間なみに包んだのぢや。けど、和尚やつて來よつて一體何の經あげたべ。ものの三十分もせんうちにやめくさつたわ。三部經あげるにや半日はたつぷりかかるんやからなあ、けどおらあ學がないけにそななことつつこむこともでけん。その時先生、おらの口惜しかつたはおらが町からわざわざ買つて戻つた菓子を、和尚奴、横目でちらつと睨んだきり手もふれずさ、茶も飮まずさ、バタバタツとそこで法衣ころもの裾をはたいて逃げるやうにして歸りくさつたわ。その時のおらのくやしかつたことというたら――」
 急にしーんとなつた。熊吉も太田も無言のままに向ひ合ひ、消えかけて最後の煙をあげてゐる榾柮火をぢつと見つめてゐた。
「先生、おらあ、うれしかつたぞう――」
 にはかに熊吉のこゑがうるみ、彼は鼻を鳴らした。熊吉は泣きだしたのだ。
 今年三十歳の岩田熊吉が、今もなほはつきり思ひ出すことのできる、最初の辱しめの經驗といふものはいつのことであつたらうか。
 小學校へまだはいらないうちであつたが、七ツぐらゐにはなつてゐたとおもはれる。ある日何かの用で――さうだ、父親が野良仕事の間に齒を入れた足駄や、日和下駄を持たせられて、彼はその鼻緒に紐をとほし、肩にかついで地主藤澤の差配をしてゐるその頃はまだ先代の松本の家へでかけて行つた。藤澤は不在地主で部落の小作地全部は、松本の支配を受けてゐた。松本は勿論「普通民」でその家は隣村にあつた。
 裏口からはいり、臺所の土間に持つて來た履物をおき、女中が渡してくれた十錢玉一つをしつかと掌に握つて歸らうとした熊吉は、折あしくちやうど遊びから歸つて來た十二三に七八つぐらゐの松本の二人の「坊ちやん」につかまつてしまつた。
「熊吉」と大きい方が手に持つたとんぼ釣りの竿をとんと地面について「おめえに訊くことがある。答へて見なよ。」といつた。
「人間よりか毛の一本足らん四ツ足あ、なんだろや、熊吉知つとるか?」
「知らいでいか!」
 と言下に熊吉は活溌に答へた。「猿ぢやらうが。」
「んだら訊くぜえ。(原文八字缺)まざつとるものはなんだろや!」
 熊吉は默つてゐた。上の子はふん、と鼻を鳴らし下の子と顏を見合せて笑つた。
「わからんやらう、わからんやらう――んだらおれ、おしへてやらあな、(原文八字缺)さまざつとるものあ――」彼は手をあげ、人差指で鋭くぢかに熊吉の眉間をさしていひ放つた。「おめえ達よ。おめえたち、(原文六字缺)よ!」
 パツと顏ぢゆう眞赤になり、あとをも見ずに駈け出し、石ころに蹴つまづいて倒れ、膝頭をすりむき跛をひいて走つて行く熊吉のうしろから、つゞけさまにはげしい罵聲が追つかけた。――
「(原文七字缺)ものもおめえたち(原文五字缺)! (原文五字缺)一つしかねえものもおめえたち(原文六字缺)!」
 夢中で走りながら、熊吉は、日頃から父親が部落むらから外の子供たちとは決して遊ぶでねえぞ、といつてゐたのを憶ひ出した。――
 しかしさうした父親の訓戒は、小學校に通ふやうになつた熊吉にはもう何らの力をも持たなかつた。學校ではいやでも應でもほかの部落の子だちと一緒にならなくてはならなかつたからである。學校の教室では神無部落の子供たちの席は始めからほかの子供たちとは別だつた。おそらくは設立當初からさうであつたものだらう、教師もそれを怪しまず、父兄も當然のこととして眺めてゐた。熊吉の最初の經驗などはそこでは生やさしいものにすぎなかつた。その學校を三年で退いた時、熊吉はもう容易なことにはおどろかず、世の中はかうしたものと子供心にも深く思ひこむところがあつた。部落人の生涯を支配する屈辱に對する心構へが子供の彼にもすでに出來あがつたゐたのである。上眼を使つて鋭く人の心を見拔き、下品な諂ひ笑ひが口もとを醜くゆがめた。
 ――自分の内部にも外の世界にも、鬱勃としたものがおさへ難く感せられるやうになつた十七の歳の春、町から來た男と一緒にある日熊吉は家を出た。部落から十里離れたN市の屠殺場に屠夫の見習として入つたのである。人並すぐれて横にがつしりとした骨格は十七とはいへまだ檢査前と見る者は一人もなく、一人前の屠夫に伍して少しもひけをとらなかつた。すぐに彼は四ツ足の皮を剥ぎ、骨を鋸ぎり、肉を割く仕事に熟達した。一撃をくらつて倒れるけだものの上に土足で上つて踏みつけ踏みつけ、流れ出る生温かい血潮を瀬戸ものの器に受けて一息に飮んだ。大聲で何かののしり笑ふとき、生血のついた口のあたりが大きく裂けたやうに見えるのであつた。――夜は血腥ぐさいからだのまゝ近所の酒場に現はれ、燒酎ではらわたを燒き、喧嘩口論した。
 檢査を過ぎて二年經つと彼は屠夫の頭の代理を勤めるやうになつた。ある日屠場に引ずられて來た眞白な種牛は、思ひ切り往生ぎはのわるい奴だつた。小屋から引出すのだけでも容易ではなく、引出されてからも持主の方をふりかへつては救ひを求めるやうに長く尾をひいて鳴き、その水色の大きな眼からは涙が流れてゐた。たしかに牛が泣いてゐるのを熊吉は見た。やがて四ツ足を縛されて横倒しになつた牛の眉間に、熊吉は氣のないふうで斧の一撃を加へたが、曾つてそんなことはなかつたのにどうしたものかその時ばかりは手許が狂ひ、斧は急所をはづれ、牛は裂くやうな悲鳴をあげてあがき上體を持上げたが、ふたゝびどつと音を立てて倒れた。熊吉の兩眼はさつと血走り、二度目の打撃には少しの狂ひもなかつた。――その日熊吉は一日ぢゆう元氣がなく、牛の悲鳴と斧の先から手に傳はつた打撃の手應へが、齒車に食ひこんだ砂利のやうにいつまでもぎしぎしと頭にきしんではなれなかつた。夜寢てからは惡い夢を見てうなされた。――その夜の明けがた、村の母親の急死が知らされ、部落へ歸つた熊吉はその後ふたゝびN市へ歸らうとはしなかつたのである。
 部落へ歸つてからの熊吉はまるで性格が一變したやうに見えた。父親が中風で床についてからはことにそれが眼についた。粗暴なふるまひは影をひそめ、無口になり、酒も飮まず辛抱強く働いた。段當り四俵かつがつの三段餘りの惡田を一人で耕した。一ヶ月に何日か雨模樣の日がつゞくと下駄なほしの箱を背負ひ、峠を越え、猿まはしの持つやうな太鼓をとんとんと打鳴らしながら町をまはつてあるいた。農繁期には必らず何日間か、差配松本の持田に勞力を提供しに行かなければならなかつたが、昔からのしきたりでそれはほとんど無償勞働だつた。――そしてその間に少しづゝ、借金と毎年の小作料の殘りとが蓄積されて行つたのである。

 部落の寄合を持たうとの機運は少しづゝ熟して行つた。
 ある日、太田が熊吉を訪ねると、熊吉は滿面に笑をたゝへて太田を迎へた。
「あゝ、いいとこさ來てくれたなア、先生さま。」と彼はいつた。「部落の衆だんだん乘氣になつて先生よんで話を聞かうといふものが多くなつて來とるんや。ゆんべもなア、正太がやつて來よつて寄合にはおのれの家を貸さうといふとつたが。」
「あのビラのきゝめ大したもんだなア。」
 十日ほど前に熊吉に渡したビラのことを太田は思ひ出したのである。
「何いうとるんや、先生は。」熊吉はわらつた。「あなな紙きれの文字讀めるもの部落には一人も居らんわ。先生の人氣が出て來よつたのは、先生がおらとこの飯をたべ、おらとこの蒲團さくるまつて寢て行つたといふことがぱあつと部落の衆さひろまつたからのことや。けどなあ」と急に彼は聲をひそめた。
「ただ心配しんぺえなのはどうも松本の親爺も先生とおらのことうすうす感づいて來とるらしいんぢや。」
 ――四五日前の夕方、太田は池田村と横川村とを通ずる縣道筋のとある「お支度所」に休んで一杯のうどんで腹ごしらへをしてゐた。座敷にあがりこみ、ちやぶ臺の上に三皿四皿の小料理をならべ、もうだいぶ醉のまはつてゐるらしいのは四十がらみの大男だつた。時々顏をあげては太田の樣子をうかゞつてゐるふうであつたが、急にふふんとわらひ、空になつた銚子の底をはげしくちやぶ臺の上に打ちつけながらどなるのであつた。――「おやぢ! お代りだ、熱い奴をなあ――」
「なあ、おやぢ!」と男はやがてお代りの銚子を持つて來た店のあるじをつかまへてしやべり始めた。話の間にも時々しれりしれりと太田の横顏をうかゞふ彼の眼は、おほふべくもないはげしい敵意に燃えてゐた。「なあ、おやぢ! お前も聞いとるやらう。れいの農民組合の野郎が性こりもなくまたこの池田さちよくちよくやつてくるいふやないか。三年前に手ひどい眼にあうたくせにちつとも懲りくさらずにのう。けどなあおやぢ! あなな青二才どもに何がようでけるもんかい。農民組合やこし何がおとろしいもんかい。この松本の眼玉まなこだまの黒いうちは組合やこし斷じてこの池田へは入れんぞう。おやぢ! よう聞いとけ、この松本の眼玉の黒いうちは――」
 醉つてはゐるが火のやうなその鬪志が疊何枚かを隔ててこつちの太田の胸にぢかに迫つてくるのであつた。青二才と彼はいつた。事實長年のゆたかな生活經驗に裏づけられた彼の確信がふてぶてしいほどの逞しさをもつてのしかゝつて來、ぐつと踏みこたへはしたものゝたゝかひのはげしさを感じて太田は興奮した。――その晩のことを今彼は思ひ出した。
「まあまあ、今日はゆつくりして行きまあせ。ちやうどうめえものがあるけに。」
 土間に据ゑた七輪の鍋からはさつきから白い湯氣が立つてゐる。
「何だね、そりや。」
「馬だ、馬の肉ぢやが! 正太のとこの馬あ死んでなア、死んだ馬あ燒いてしもふ規則やけど、勿體ないけにみんなで少しづゝわけたんや。やはいええとこの肉だでうめえぞ。けど先生、これあ祕密やからな。」
 最後の一句は聲をひそめていひ熊吉はずるさうにわらつた。病氣で死んだ馬の肉なのだ。太田はぞつとした。が、すぐに彼は平氣な顏になり、やがてそこに据ゑられた鍋を熊吉と二人でかこんだ。
「あゝ、こりやうめえなあ、馬の肉やこし餘り食うたことはないんやが――」
 あぶくの立つた臭い肉の幾片かを彼は口のなかへ放り込んだ。
 夕方事務所へ歸つてしばらくすると、突然五六人の組合員の訪問を受けた。遊びに來る組合員は、勿論珍らしくはなかつたが、齋藤健太や平賀甚兵をはじめ、この地區の幹部級ばかり揃つてやつて來た、そのけはひにはどこかものものしいものがあり、太田はとつさに何かあるなと感じた。
「太田さん、神無部落を組合へ入れるといふのはほんとうですか。」
 いつもおつとりとした口の利きやうをする齋藤健太が、座につくや否や妙に詰問的な口調でいつた。彼はこの九月縣會議員の選擧には惜しいところで落選してゐたが、その聲望は全組合を壓してゐた。
「それはまだきまつてはゐないんだ、話はまだそんなところまで進んではゐないんだ――しかし神無を組合へ入れるのはわるいのかね。」
「組合全體の發展を考へりや、そりや君、神無を今すぐ組合へ入れるといふことは餘程考へものだよ。」
「君はこゝへ來てまだ新しく組合の歴史を知らんが、」と彼はつゞけた。「神無については前にも一度さういふ話があつたんだ。しかし神無を入れると脱退をするといふ組合員が出たのでやめたんだ。われわれはいろいろ組合員を説いたが、理窟ばかりではどうしてもいかんところがあるんだ。意識の低い組合員といふものはなかなか一朝一夕にはいかんからなア。勞働組合とはだいぶちがふんだから君もそのへんは餘程愼重に考へてくれ給へ。」
 太田は唇を噛んだ。畜生めと腹のなかでのゝしり、忘れかけてゐた粗野なものが頭をもたげあぶなくカアツと燃えあがりさうだつた。名を大衆に借りて何をいふか。その低い大衆の意識にそのまゝ乘つて、むしろそれをいいことにして神無の入會に反對してゐるのはほかならぬ君達ぢやないか。――だが、待て。部落全體が一戸のこらず立上り、こゝに力がある、この力をどうしてくれると迫つて來たとき、君たちはそれにたいして一體、何をすることができるといふのだらう……。
「僕が本部や地區の會議にもかけないでそれをきめるわけはないぢやないか――水平社としてまとめるか組合としてまとめるか、それについても僕はいろいろ考へてゐるし、いづれみんなとゆつくり相談しよう。」
 太田はものしづかな調子でいつた。四十男を向ふにまはし彼らをおさへつけるほどの落つきはらつた態度だつた。農民組合での六ヶ月は若い彼にもうそれだけのものをあたへてゐた。

 明日の晩、部落の人々の頼母子講の寄合があり、そこへ太田が來て話しをする手筈になつてゐるその前の日の朝であつた。――講には十五六人の人が集まるのだつた。
 晩には太田のところへ行つていろいろな打合せをするのだと思ふと、熊吉は朝からなんとなくいそいそとした氣持だつた。なほしにやつてある籾磨臼を隣村まで取りに行かうと出かゝつた、ちやうどそこへ郵便配達が一通の封書を持つて來た。
「どこから來たのや?」
 封筒の裏に印刷してある大きな文字をしげしげと見つめながら、熊吉には一向合點がいかなかつた。
「おらとこに間違ひはないやらうな?」
「裁判所からだよ。」と配達夫は言ひすてて去つた。
「裁判所?」
 封をきりひらいて見ると綴じた四五枚の罫紙があらはれた。まるで印刷してでもあるやうにきつちりと揃へて書かれた文字はだが一字として讀み得ないものだつた。
「まあいいや、晩に先生のとこさ行つてよく聞いて見るけに、おとよ、これそつちさしまつておけや。」
 晝すぎ、籾磨臼を猫車にのせ、戻つてくる熊吉の姿を見ると門にぼんやり立つてゐたおとよがあわただしく走りよつて來た。
「あにさん、町からお人が見えてこななものをおいて行つたんやが。」
 おとよが大事さうにふところから取出すものを見るとやはり罫紙に書いた書きつけだつた。
「町の人つてどんな人や。」
「洋服を着て髯をはやしたお人やが。四人ほども居つたぜえ。その人がなあ、うちの田圃のとこさ木の札を立ててもどつたんぢやが。」
「札を? 何ぢやらうまあ。まあいいや、晩にはみんなすつかりわかることぢやけに、その書きつけも今朝の手紙と一緒にしておけや。今日はいい天氣や、日暮まで一畝ひとうね刈るけに、おとよ、お前も手傳へや。」
 二人は鎌を腰にさして彼らの小作地の畦へ出た。手が少ないために刈取りがおくれてゐた稻は實もはじけんばかりに熟れ切つてさわさわと音を立ててゐた。畦には眞新しい木の立札が立つてゐた。その立札の上に黒々と書かれた文字を不審さうにぢつと見つめてゐる熊吉の横顏を見ながら、ふと思ひ出したやうにおとよがいつた。
「あにさん。」
「なんだ。」
「今朝この札を立てて行つたお人がなあ、わしに田圃のなかさ入つていかんいふたぜえ。」
「田圃さはいつてならんて?」
 田の四隅には杙が打たれ、繩が張りまはされてゐた。眼を立札からその繩にうつした熊吉はしばらく無言でつゝ立つたまゝだつた、がすぐに彼は怒氣をふくんだこゑでいつた。
「阿呆くさい、何をへちやこちやいうてんのや。おらうちの田圃さおらがはいつてならんいふ、そななこけなことがあるかいや。組合の先生さきけばみんなわかるこつちや、さあ、早よう刈らうぜ。」
 だが繩をまたいで片足を田のなかへ入れたとき、熊吉はそこで一瞬、立ちすくんで見えた。わけがわからず、たゞなんとなく躊躇されるものを心に感じたのである。その氣持を讀みとつたもののやうにぢつと自分を見てゐるおとよの視線を感じると、熊吉は一層はげしく怒つたやうな聲を出した。
「えゝ、おとよ、さつさとせんかい。何を愚圖々々しとるんや。」
 二日前に雨があがり、昨日今日のむしろ暑いほどの小春日和ではあつたが、それでも葉の根もとにたまつた露はまだ乾上つてはゐなかつた。ほどよくしめつた莖にふれて鎌は快よい切味を見せた。刈取つて左手に持上げて見る稻の穗先は不揃ひながらずつしりと重く垂れるのであつた。
 日の暮れないうちに仕事を切りあげた。太田の所へ行く豫定であつたので、夕方少し早目に飯を食つてゐると、案内もなしに入口からぬーつと這入つて來た三人の男があつた。
「熊吉、居たかや。」
 聲ですぐにそれと知れた、それは差配松本の家の下働きの源吾だつた。それとならんで立つてゐるのは、村から村を渡りあるき、土地賣買の周旋などをやつてゐる口入師くにふしの岡本だつた。これも松本の子分と見なされてゐる男なのだ。はつと思ひ、居ずまひをなほした熊吉が、ぢつと土間の暗がりをすかして見ると、二人にかなり離れて丹前の着流しでふところ手のままつつ立つてゐるのははたして旦那の松本だつた。
「ちよつとこゝへかけさしてもらふぜ。」
 腰の手拭ひを取つて塵をはらつてからそこへ腰をおろし、
「熊吉、おめえがいなことをやらかしたなあ」とへんに落ちついた、しんみりとした聲で源吾が云つた。
「ええ、なんのことかいな?」
「熊吉、おまへもずゐぶんと膽の太い男ぢやのう。」と岡本がけげんさうにしてゐる熊吉の樣子を面白がり、揶揄するやうな調子で云つた。うす氣味のわるい冷たいものがその聲のうちには潜んでゐた。
「熊吉。」
「へえ。」
「お前はな、監獄さ行くんぢや。懲役さ行くんぢや。わかつたか。」
 いきなり頭からどやしつけるやうな源吾だつた。
「おい熊吉! へえつてならんいふ田圃さなぜへえつた? 田圃さ入つてならんといふ法律なぜ破つた? 松本の旦那あお前から土地を引上げるいうてゐなさるんぢや。畦さ立つとる札をお前見なんだのか 太い奴ぢや。」
「わしはあなな立札の文字なんぞ讀めんがな。」
「法は知らざるを許さず、というてなあ。ハハハ……」と岡本が大口あいて笑つた。
 熊吉は顏をあげ、きつと二人の顏を見た。目の前の膳をおしのけ、思はず一膝二膝前ににじりよつた。事態の何であるかを彼は今やうやくおぼろげながら悟つたかに見えた。おしかくしえない心の動搖が彼の面上にあらはれた。がすぐに彼は落つき、微笑をさへ含んでしづかに云つた。
「わしは何も知りはせん。けど農民組合の先生がみんないいやうにしてくださるわ。わしはこれから組合の先生のとこさ行かうと思ふとるんぢや。」
 彼はこの晝にも何度となくおとよに向つて繰返した彼の確信を今ふたたび頑強に主張したのである。
「その農民組合の先生がさ。」と二人は意味ありげに顏を見合せ、聲をあげて笑つた。
「熊吉。」
 それまで無言でつつ立つてゐた松本が、その時はじめて重々しく口を切り、一歩前へのり出した。
「貴樣はなんていふ恩知らずの野郎だ、え? 三度三度のおまんまをいただき、雨露しのいで居れるのもみんな藤澤の旦那のおかげだといふことを忘れやがつて、農民組合の野郎なんぞをこの村さ引つぱりこんで大それたまねをしようたあ、――農民組合の青二才がどうしたと! 熊吉、よつくおぼえとけ、この神無の乞食部落はな、藤澤の旦那のおかげで始めて立つてゐる部落なんだ。藤澤の旦那に楯つく奴なんざあ一人だつておくわけにやいかねえんだ。熊吉、てめえの土地あこの秋かぎりお取上げだ。土地ばかりでねえ、この家もだ。土地から家から鋤鍬のはてまで旦那のものでねえものが塵一つだつてあるかさ。部落にやもうおけねえから、貴樣、どこへなと行つて乞食でもするがいいわさ。」
 熊吉はぢつとうなだれたまゝだつた。その幅廣い肩は大きな波を打つてゐる。
「乞食するより先に懲役人ぢや。」と源吾がすぐ松本の言葉を引とつて云つた。「赤い着ものを着た(原文六字缺)のざまなんざあ、なんと天下の見ものぢやらうぜ!」
 三人は聲を合せて高々とわらつた。
 最後の一言にそれまできちんと膝を揃へて坐つてゐる熊吉はさつとゐずまひをなほした。彼は顏をあげた。身に迫つてくるもののけはひに思はず三人がたいを立てなほさうとした瞬間、側の火鉢のなかの鐵の火箸の一本を鷲づかみにした熊吉はもう片膝を立ててゐた。たちまち「あつ」といふ叫びごゑがきこえ、一番先に立ちはだかつてゐた源吾が、面を兩手でおほひ土間の上にうつぶせに倒れた。
 殘る火箸の一本を右手に、熊吉は仁王立ちに立上つた。
「熊吉! 岩田熊吉はゐるか?」
 とたんに表に聲がきこえ、靴の足音がした。佩劍の音がし、這入つて來たのは顏見知りの村の駐在所の巡査だつた。
「あゝ、松本の旦那もこゝでしたか。」と彼は急ににこにこしながら云つた。「熊吉、分署までちよつと連れ立つて行つてけれや。少し訊きたいことがあるんだ。」

 公務執行妨害、及び傷害の罪で收容せられた岩田熊吉の公判の日が近づきつゝあつたころ、太田健造はN市警察署の留置場内にゐた、熊吉の身に變事の起つた事を少しも知らなかつた太田が、かねて約束の神無部落の集會は今日と、勇んで起きたその朝、突然事務所からN署に連行せられそのまゝ止められてしまつたのである。熊吉の犯罪は太田の教唆によるものであらうとの疑ひからであつた。少くともそれが表面の理由であつた。――數へがたいほどに多くの今までの留置場生活の經驗のうち、今度ほどはげしい焦躁と混亂とにつきおとされたことはかつてなかつた。農村に働くやうになつて最初の、小さくはない蹉跌のいろいろな原因が深く省りみられたのである。
 太田が釋放されたのは熊吉の公判の日の二日前の夕方であつた。
 あらゆるものが、一時にどつと彼の上に押しかぶさつて來た。わづか二月あまりの留置ではあつたけれど、はじめての經驗者であるかのやうに興奮してゐた。捕はれた熊吉のことが何よりも氣がかりだつた。組合では勿論、運動の犧牲者として取扱ひ、差入もし、本部の人々が時々面會にも行つて元氣づけてゐるとのことだつたが、出身の村そのものに組織がないので不充分であることをまぬがれぬふうであつた。「どんな樣子です?」と事件擔當の組合の顧問辯護士に訊いてみると、「うん――いつ逢つて見てもむすつとして、ものもろくすつぽういはないんだ。動轉してしまつていへないのかも知れんがね、きよろきよろあたりを見まはして何をいつても、へえ、へえいつてるだけなんだ。」といひ、「もともとあんな人間なのかね。引つぱられて腑拔けになつたわけでもあるまいが。」と笑つた。突然おちこんだ陷穽と、慣れない生活に半ば動轉しまだ落つきを取戻してゐない熊吉の顏がありありと思ひ出され、檻になじまない野性の動物に似たものを心に感じ、自然目頭が熱くなつた。
「はじめのうちは君の事ばかりしきりに訊くんだ。返事のしやうがなくて弱つたよ。」
「ほんとうの事は言つてないんですか。」
「うん、病氣だと言つてあるんだが――何でもないことのやうだがちよつとありのまゝはいへなかつたんだ。なにせ、今にも君が助け出しに來るものと信じ切つてゐるらしかつたんだね。警察よりも何よりも君がえらいものになつてゐるんだ。農民組合の先生がみんな知つとりなさるんぢやけに、とそれ一點張りさ。僕らの言ふことを餘り聞かんのもそのせいかとおもふ。もとつも此頃は餘り言はなくなつたが。」
 釋放された翌日は折あしく日曜日であつたので、公判前に刑務所に行つて面會する機會は全く失はれてゐるのだつた。――
 藤澤は引つゞき家屋明渡の訴訟を提起し熊吉に戰ひをいどんで來てゐたが、殘された老父と妹にたいしては、部落の人々がかはるがはる、松本のきびしい監視の眼をぬすんでは朝晩の世話をみてゐるとのことだつた。今いいオルグさへ居れば、この事件を機會に部落ぢゆうを固めるのは朝飯前の仕事なのに、と自分の留守中に本部が神無にたいしてとつた消極的な態度を殘念がり、太田は本部の書記をあつめてその夜おそくまで討論を重ねた。
 岩田熊吉の公判は月曜日の午後に開かれた。太田は峠を越えてわざわざやつて來た神無部落の人々と一緒に、傍聽席の片隅に坐つた。脚氣の氣味で足がむくみ、息切れのするからだを持ちあつかひかねてゐるふうに彼は見えるのであつた。太田たちにおくれてほかの村の人たちがぼつぼつ姿を見せ、開廷までには小都市のこの狹い公判廷の傍聽席は滿員だつた。――十二月の中旬で雨か雪が今にも降り出しさうな底冷えのする曇り日だつた。古風なシヤンデリアにはもう明りがついて、日暮れまへのひとときのやうな靜けさがそこにはあつた。
 時間が迫つてくるにつれ、ますます濃くなつて行く重苦しいけはひがその時ふいに破られ、公判廷の左側の入口が左右に開いた。その入口は廊下をもつて、刑務所から送られてくる收容者の溜り場に通じてゐた。――二人の役人に左右を護られ、手錠編笠の男がづんぐりした姿をそこにあらはした。洗ひざらしの盲縞の筒つぽの袷は袖も丈もつんつるてんで、大きな子供のやうな滑稽な感じを見る人々に與へた。骨太な手首から手錠がはづされ、編笠を取つた瞬間、彼は茫然としてそこにつつ立つてゐた。口を半ばひらいてまぶしさうに顏をあげ、目の前のものも目にははいらず、自分が今どこに連れて來られたかも知らぬふうであつた。やがてうながされて正面へ行き、そこの椅子に腰をおろし、けげんさうにきよろきよろとあたりを見まはし、しきりに伸びあがつて後ろの傍聽席を見るのだつた。――太田は何ヶ月ぶりかで熊吉の顏を見た。顏の赤味がややうすらぎ、頬が心もち削げてゐた。からだ全體が横も縱も少し小さく縮まつたやうだと太田はおもつた。
 正面の扉がひらき、判事が、つぎに檢事があらはれ、それぞれ設けの席についた。
「立つて……」と裁判長がいつた。熊吉はものうげに立上つた。檢事が立つて簡單に公訴事實を述べた。それが終ると裁判長は型のごとくに訊問を開始した。住所姓名から過去の經歴をたづねそれからいよいよ犯罪の内容にまではいつて行つた。裁判長は一つ問ひをいろいろに噛みくだきいくどもくりかへさなければならなかつた。熊吉は、「ええ」とか「うう」とかいひ、その都度、首を縱にふつたり、横にふつたりした。立入禁止の公示札にもかゝはらず、田の中へ這入つて稻を刈つた前後の事情に及ぶと、
「何しろわしは四角い字はちつとも讀めんのやつて。」とおなじ言葉を何度も低聲に繰り返した。傍聽席の一隅からはかすかな笑ひがあがつた。
「そこへ坂口源吾と、岡本と、松本と――この三人が訪ねて來たといふのだね?」と裁判長がいつた。
「その時坂口がお前になんといつたかね?」
 熊吉はうなだれたまゝだまつてゐる。
「坂口はその時何かお前にいつたらう、何といつたかおぼえてゐる通りいつてごらん。」
 裁判長はものやはらかな調子でくりかへした。
 熊吉は依然だまつてゐる。うなだれてゐる後姿は何か考へてゐるふうなのだ。裁判長がふたゝび答辯をうながさうと心もち上體を前へのり出したとたん、熊吉は叫ぶやうな大聲をあげた。
「あゝ、お上の旦那!」
 深い溜息とともに吐き出したやうな、高いけれども何かを訴へるやうに重く沈んだ聲だつた。いつかうなだれてゐた首をしやんと立てて、上體は眞直にのばしてゐた。彼は今はじめて我にかへり、自分自身を取り戻したかに見えた。自分自身がどこに連れ出され、どんな目に逢はうとしてゐるかを――そして一段高いところに坐つてゐる四人の人達が誰であるかを、今はじめて悟つたかに見えた。彼の内部の奧ふかく閉ぢこめられてゐた一つの感情を呼びさます何ものかが裁判長の問のなかにはあつたのである。おどろくべき精悍さで彼はあらためて自分の周圍を見まはした。すぐに彼はまつすぐ前になほり、裁判長の顏を正面に見た。それから叫びはじめた。
「わしが一體、何をしたといふんや! お上の旦那、まあ聞いてくれろ。わしが藤澤の旦那に借りて作つとる田はわしらが部落でも一番に出來のわりい田圃ぢや。峠の裾つゞきの、ちよつこら高いところを拓いて作つた田圃ぢやけに、水はよくあがらんし、ちつとばし大けえ雨あ降れば、上の山から砂まじりの水どつとと流れて甘土をどこぞへ持つて去ぬし、それこそしよもない田圃ぢや。でもおらあその田を作らせてもらうてからは、ほんまに一生懸命ぢやつたぞう。堆肥つみごえぎようさん入れて一寸でも二寸でも甘土あ肥やすし、上手かみての方さ土手作つて雨降つても大丈夫でえぢやうぶのやうな工夫もした。そしてやつとこさ四俵はとれるやうになつたんや。けど四俵とれる田に年貢あいくらだとおもんなさるか? 一石ちつとも缺けんのぢや。旦那! そななこつてわしがやつて行けるとおもんなさるか? 五俵とることもそりやでける、けどそれにやもちつと金肥も入れにやならんわ。そしてそれにや借金をせにやならんわ。んでおらあ、藤澤の旦那さ話して年貢まけてもらふやう、農民組合の先生さたのんだ、それなんでわるいんや?」
 太田をはじめ組合側の人々はおもはず腰をあげたが、すぐにまたおろした。ざわめきがきこえそれが消えたあとの水を打つたやうな靜けさのなかに、天井に、四邊の壁に、熊吉のこゑがひびきわたつた。しどろもどろな言葉のなかにふしぎな秩序が保たれてゐた。
「今年は差配の松本さたのんで、肥料叺を四叺ほどわしが方へもまはしてもらうた。借金の證書さそんだけ附け増しになり、利息のつくなあわかつとるんやけど、ちつとばしでも實入りを多くしたいよつてなあ。――金の力はえらいもんや。今年の稻のでけのよかつたといふたら! 一株刈つてかうつかんで見てもいつもの年たあ重さがちがふんぢや。――そのわしの田さへ(原文三字缺)、なんのことや! その稻(原文六字缺)なんのことや!」
 裁判長は手をあげ何事かを言つて制止した。けれどもそれは被告の激情を呼びさますのほかなんの働きもしなかつた。
「源吾の奴がわしに何といつたかお役人はいまききなすつたな? 源吾の奴アわしを(原文五字缺)といひよつたのぢや。(原文六字缺)が赤い着もの着たざまあさぞ見ものぢやらうに、と嗤ひくさつたのぢや。んだからわしや奴のどたまを火箸で割つてくれた。駐在所の旦那さへあの時來んぢやつたら、おらあ源吾の奴を(原文五字缺)くれたやらうものを――」
「旦那! お上の旦那! おらあとこを出してくれろ! とつとと今すぐおらとこをこつちから出してくれろ! おらあなにもこつたら目にあふよんたわりいことはしとらんに。――おらあ病氣で寢とるお父うのことが氣になつてならんのぢや。年のいかねえおとよのことが氣になつてならんのぢや。……旦那! お上の旦那! おらとこをたつたいまこつから出して――」
 突然、岩田熊吉はおどりあがるやうな身ぶりをし、荒々しく目の前の陳述臺をおしのけ前へ進み、手をのばして訊問臺の縁を引つつかんだ。のびあがり、のびあがり彼は喚きつづけるのであつた。人々は立ち上つた。あわててとんで來た法廷警固の看守たちが彼の兩腕をおさへ、折重なるやうにしてそこへ引き据ゑたあとあとまでも苦しい息の下から彼は喚きつゞけてゐた。
(一九三五・二・改造)





底本:「島木健作作品集 第四卷」創元社
   1953(昭和28)年9月15日初版発行
初出:「改造」
   1935(昭和10)年2月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:Nana ohbe
校正:土屋隆
2010年8月10日作成
青空文庫作成ファイル:
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