映画「マルガ」に現われた動物の闘争

寺田寅彦




 映画「マルガ」の中でいちばんおもしろいと思ったのは猛獣大蛇だいじゃなどの闘争の場面である。
 闘争を仕組んだのは人間であろうが、闘争者のほうではほんとうに真剣な生命をかけた闘争をして見せるのであるから、おもしろくないわけには行かないのである。
 動物によってそれぞれに武器がちがい、従って闘争の手法がちがうのがおもしろい。とらひょうの闘法は比較的にいちばん人間に似ている。すなわち、かみつく、引っかく、振り飛ばすというのである。ところが、水牛となるとだいぶ人間とは流儀が違う。頭を低くたれて、あの大きな二本のつのを振り舞わすところは、ちょっと薙刀なぎなたでも使っているような趣がある。鋒先ほこさきの後方へ向いた角では、ちょっと見るとぐあいが悪そうであるが、敵が自分の首筋をねらって来る場合にはかえってこのほうが有利であるかもしれない。
 わにと虎とのけんかも変わっている。両方でかみ合ったままで、ぐるりぐるりと腹を返して体軸のまわりに回転する。鰐が虎をねじっているのか、虎が鰐をねじっているのか見たところではどっちだかわからない。しかし、あのぐるりぐるりと腹を返して引っくり返る無気味さは、やはり、虎よりも鰐の属性にふさわしく思われるものである。
 大蛇と鰐との闘争も珍しい見ものであるが、なにぶんにも水の飛沫ひまつがはげしくて一度見せられたくらいでは詳細な闘争方法が識別できにくいのが残念である。
 これに反してとら大蛇だいじゃとの取り組みは実にあざやかである。へびの闘法は人間にはちょっとまねができず、想像することもできない方法である。客観的認識はできても主観的にはリアライズすることはできない種類のものである。虎もだいぶ他の相手とは見当がちがうので閉口当惑のていである。蛇が虎のからだにじりじりと巻きつく速度が意外にのろい、それだけに無気味さが深刻である。蛇が蛇自身の目では見渡せないあの長いからだを、うまくかじを取って順序よく巻きついて行く手ぎわは見ものである。虎のほうでも徐々に胴のまわりに巻きつくのを、どう防御していいか見当がつかないので困るらしい。だんだんに締めつけられて、虎は息苦しそうにはあはあとあえぐのであるが、それでも少しもうろたえたような、弱ったような様子の見えないのはさすがにえらい。一声高く咆哮ほうこうしておどり上がりおどり上がると、だだっ子の兵児帯へこおびがほどけるように大蛇の巻き線がゆるみほぐれてしまう。しかし、虎もさすがに、「これは少し相手が悪い」といったようなふうで、あっさりと見切りをつけて結局このけんかはもの別れになるらしい。蛇のほうはやはり受動的であって、こっちから追っかけて行って飽くまで勝負を迫るほどの執念はなさそうである。
 このような大蛇と虎の闘争が実際にしばしばジャングルの中で自然的に行なわれるか、どうか、少し疑わしく思われる。自然界に闘争の行なわれる場合は、どちらかがどちらかを倒して食ってしまうか、さなくば双方が死んでしまわなければ始末がつかないように思われる。始末のつかない闘争は勢力のむだな消費であり、自然界に行なわれる経済の方則に合わないような気がする。それで、この映画の大蛇と虎のけんかはやはり人間の仕組んでやらせた見世物興行ではないかという気がしないでもない。しかしこの映画を見ている時には、そんな理屈などはどうでもよいほどに白熱的な興奮と緊張を感じさせられる。たとえ興行者のほうでは芝居のつもりであったとしても、動物のほうでは芝居気などは少しもない正真正銘の命がけの果たし合いだからである。
 ジャングルの住民はとらでもへびでもなんでもみんな生きるために生まれて来ているはずである。ところが、それが生きるために互いにけんかをして互いに殺し合う。勝ったほうは生きるが負かされた相手は殺される。そうして、その時には勝ったほう殺したほうも、いつまた他のもっともっと強い相手に殺されるかもわからない。してみると、彼らは殺されるために生まれて来たのだとも言われる。ここにジャングルの生命の深いなぞがあり、これと連関して人生のなぞがあり、社会のなぞがある。このジャングルのなぞが解かれる日までは、われわれはそう軽々しくいろいろなイズムを信用して採用するわけにはゆかないであろうという気がするのである。
(昭和八年三月)





底本:「寺田寅彦随筆集 第四巻」小宮豊隆編、岩波文庫、岩波書店
   1948(昭和23)年5月15日第1刷発行
   1963(昭和38)年5月16日第20刷改版発行
   1997(平成9)年6月13日第65刷発行
入力:(株)モモ
校正:かとうかおり
2003年4月1日作成
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