恋と十手と巾着切

山中貞雄




恋と十手と巾着切 新興映画 (サイレント)

原作並脚色  阿古三之助
       (山中貞雄)
監督     広瀬五郎
撮影     三木 稔
キャスト
巾着切跡見ず三次   河津清三郎
御用聞てっきり鉄五郎  片桐恒男
茶屋娘 お絹      望月礼子
弟 勝坊        鈴木勝彦
浪人 鵜飼吾郎     吉頂寺光
   (鵜飼三四郎)
相良伝兵衛実は棚倉伝八 東良之助
(相良伝右衛門実は棚倉伝八郎)
[#改ページ]
T「てっきり彼奴と睨んだ眼に狂いのあった試しがない」(O・Lして)
T「御用聞の鉄五郎、人呼んでてっきり鉄」

S=町角(朝まだき)
 御用聞のてっきり鉄、朝の散歩でブラブラやって来て、カメラの前で、立止って声をかける。
T「三次、三次じゃ無えか?」
 呼ばれて振り返った巾着切跡見ず三次。
 二人は仇敵同士だが兄弟の様に仲がいいのである。
 鉄五郎は三次に、
T「近頃決って朝早く出て行くが」
 と言って、ウサン臭そうに、
T「毎朝毎朝一体何処へ行くんだい?」
 と訊かれて三次澄ました顔で、
T「向う横丁のお稲荷様へ朝詣り……」
 「えッ!」と鉄五郎呆れて「お前が?」と言う。
 三次が、「旦那
T「神信心って奴もやって見るとまんざら悪かァ御座んせんね」
 と言って「急ぎやすから御免なせえ」と其の儘スタスタと去る。見送った鉄五郎、変に思ったが、其の儘三次とは反対の方向へ去る。

S=附近
 鉄五郎やって来て立ち止った。
 「待てよ」と考える。
T「てっきり彼奴」
 と独り言、
T「朝ッぱらから一稼ぎしてやがるかも知れ無えぞ」
 其辺で鉄五郎クルッと踵を反して走り去る。

S=稲荷神社境内
 (茶店は腰掛茶屋である。つまり日中だけの営業で、日が暮れたら店を片付けて住居に帰る)
 三次の奴が境内の茶店に腰をかけて嫌に嬉し相にしている。
 茶店の娘のお絹が朝早いので、お客がない鬱晴らしに三次と世間話をしている。

S=附近
 其処へ鉄五郎がやって来る。
 二人の様子に一寸意外に思ったが、その儘二人の傍に来て三次の隣りの床几に腰を下ろす。
 お絹が三次と語らいを止めて茶を汲みに家の中に入る。
 それを見て鉄五郎が三次を見てニヤリと笑った。
 三次一寸テレる。
 鉄五郎が、
T「成る程ね、神信心もまんざら悪かァ無え筈よ」
 と言われて三次真赤になった。もじもじしていたが、耐らなくなったか茶代を置いてそそくさと去る。
 見送った鉄五郎が大笑いだ。
(F・O)
T「年は若いが跡見ず三次」(O・Lして)
T「江戸で名うての巾着切です」

S=町角
 角を曲って三次やって来た。スタスタとカメラの前まで来てハタと立止った。
 行く手で子供の喧嘩だ。一人の子供に五六人の子供がかかっている。
 三次駈け寄って腕白共を追い散らす。
 殴られた子供はシクシク泣き出した。
 三次「泣くな泣くな」とあやす。
 紙入れから小銭を取り出して子供に与えると子供は泣き止んだ。
 三次子供の頭を撫でて「いい子だから早くお帰り」と言い捨てて去って行く。
 子供は其処に暫時立っていたが、やがて三次の後からノコノコついて行く。

S=道
 三次ブラブラ鼻唄唄い乍ら行く(移動)。
 二三間離れて子供勝坊。
 ブラブラ行く三次(移動)。
 やがて一人の番頭とすれちがう。
 それから又五六間行って三次ほくそ笑む。
 今の番頭から掏り取った紙入れを取り出し、中味を抜き取り、空の紙入れをポンと投げる。
 (歩き乍らのアクション)
 彼方の――大地に落ちる紙入れ。
 ついて来た勝坊が立止まった。変な顔して三次と紙入れを見比べて居たが、紙入れを拾って三次の後を追う。
 追いついて三次の前へ拾った紙入れを差し出した。
 三次面喰った。「何をするんだ。このガキ」
 と紙入れを引ったくって遙かの方へ投げ捨てる。今度は勝坊が面喰った。
 三次は勝坊の頭を撫でて、
T「いい子だから早く帰んな」
 と言い捨てて急ぎ足に去る。
(O・Lして)

S=他の道――
 ブラブラ鼻唄、唄って歩く三次の移動。
 ややあって一人の遊び人とすれちがう。
 それから五六間歩いて三次はほくそ笑んだ。
 今の遊び人から掏り盗った紙入れを取り出し、中味を抜いて空の紙入れを捨てんとして、フッと思い出して立ち止った。振り返った。なんだ勝坊がまだついて来て居る。
 三次うんざりした。少し荒々しく、
T「帰れったら帰らねえか?」
 叱られて勝坊しょげた。
 相手がしょげると三次一寸可哀相だと思った。
 「帰れよ、なッ」
 と言うと、今度は勝坊メソメソ泣き出した。
 三次「勝手に泣きゃがれ!」と、くるっと踵を返して走り出す。
 勝坊も後から走り出す。

S=ある曲り角
 三次走って曲る。
 少し遅れて勝坊も続いて曲る。

S=他の曲り角
 三次走って曲る。
 走る三次。
 走る三次。

S=ある十字路
 三次走って来て角を曲って振り返った。
 もうつけて来ないのを知ると、やっと安心する。
 其の時横の処にひょっこり勝坊がとび出して三次を見て走って来るが三次はわからない。
 安心して懐ろ手をして子供のいる方向に行こうとし初めて走って来る勝坊に三次は気が付いた。
 (以上一カット)
 げっそりした三次、その儘行き出すと、勝坊は懐かしげに三次の袖をつかんで付いて来る。
 三次ほとほと嫌になった。

S=附近――
 三次此処まで来て立ち止って、勝坊に、
T「隠れんぼうをして遊ぼうか」
 と言い出した。
 勝坊喜んだ。
 ジャンケンで勝坊は鬼で傍の塀に凭れ、目を閉じる。
 してやったりと三次走り去る。
 正直に目をふさいで数を読んでいる勝坊。

S=附近――
 三次急いでやって来た。フト彼方を見れば、てっきり鉄五郎がのこのこやって来る。
 三次「いけねえ」と素早く物蔭にかくれる。
 其処へ鉄五郎やって来たが、三次には気が付かない。
 丁度この三次がかくれて居る前辺りで鉄五郎呼びかけられて立ち止る。
 呼んだのは先刻三次とすれ違って紙入れを引っこ抜かれた例の番頭である。
 番頭と鉄五郎は見知りらしく立ち話し。
 隠れている三次。
 勝坊の鬼さんがキョロキョロ四辺を見廻し乍らやって来る。
 物蔭でそれを見た三次慌てた。
 番頭は鉄五郎に紙入れを掏られた事を逐一話している。
 其処へ四辺をキョロキョロ見廻し乍ら勝坊が現れた。
 物蔭で小さくなる三次。
 勝坊其の辺りを探し廻る。
 物蔭の三次。
 勝坊遂に三次を見つけ出して大声に「目つけたよ」と叫ぶ。
 その声に鉄五郎が振り返ると、
 物蔭から出て来る三次。
 鉄五郎驚いて「三次じゃねえか」と呼ぶ。
 三次観念してシャアシャアと、
T「今日も亦旦那の糞詰り見てえな面にぶつかりやしたね」
 と言う。
 鉄五郎は傍の番頭と三次を見比べて心に頷くと三次に、
T「やったな三次?」
 云われて三次が「御冗談でしょう旦那」と真面目臭って、
T「そんな間抜野郎の事迄あっしのせいにされちゃ堪りませんや」
 と言って、
T「以前は兎も角今じゃ跡見ず三次、真ッ正直な人間ですからねえ」
 と言う。
 鉄五郎せせら笑って、
T「さんざ白ばっくれとくさ」
 と三次の傍に寄って、
T「そのうち手前を……」
 三次が「おっと旦那」と止めた。
T「後の台詞はあちらの方が御存じだ」
 と言って、
T「現場を押さえて臭えおまんまを噛ましてやると仰しゃるんでしょう?」
T「手前なかなか頭がいいな」
 「そッそッそうだよ」と鉄五郎。
 三次が「えへ……」と嘲ける様に笑った。
T「あっしが盲目で唖で聾になったら知ら無え事」
 「なにッ」と鉄五郎が気色ばむのを三次一足退って又「へ……」
 と笑ってごまかした。「じゃ御免なせえ旦那」
 と勝坊の手を引いて去る。
 後見送った鉄五郎がソッと三次の後から尾行します。
(F・O)

S=ある十字路
 勝坊の手を曳いて三次ブラブラやって来たが、此辺迄来て立ち止る。

S=附近
 尾行して来たてっきり鉄五郎、立ち止って素早く物蔭にかくれる。

S=元へ返って
 三次サテハ尾行に気付いた。何かを考えつくと勝坊に、
T「直ぐ帰って来るから此辺でじッと待ってるんだよ」
 勝坊合点する。
 三次は素早く横丁へ曲る。
 物蔭から鉄五郎がそっと覗くと、
 角の辺で勝坊が一人待って居る。
 物蔭の鉄五郎凝っと見て居る。
 勝坊呑気に佇んで居る。
 物蔭の鉄五郎が変だなァと思った。
 勝坊悠々塀に凭れて唄でも唄って居る。
 不審に思った鉄五郎が物蔭から出てノコノコ勝坊の傍へ寄り、
T「あのおじちゃんは何処へ行った?」
 と訊く。勝坊横丁を指す。
 鉄五郎早速横丁を曲る。
(O・Lして)

S=通り――
 横丁から鉄五郎通りへ出て来た。
 辺りを見廻したが三次の姿は最早無い。しまったと今更残念がったが仕方がない。

S=道――
 鼻唄唄って意気揚々と三次が行く。
(F・O)

S=お稲荷さん境内
 其辺へ三次はやって来た。
 茶店で客を呼んでいたお絹が三次を見て「休んでいらっしゃいまし」と愛想笑い。
 言われる迄もなく三次の目的はお絹にあるのである。
 床几に腰を下ろして休んで居ると、其処へ一人の遊び人風の男がやって来る。少々酔っ払って足許が危い。
 その男も茶店に休む。
 三次嫌な奴と舌打ちした。
 遊び人は一杯機嫌で茶を持って来たお絹の手をグイと掴んで引き寄せ様とする。
 「アレッ」とお絹が振り放して身を引いた。
 「御冗談を」と笑う。
 遊び人が「冗談だよ」と嫌な笑。
 三次苦り切って居る。
 其処へ又浪人者が「許せ!」と言って遊び人のすぐ傍へ腰を下した。それと見た三次が何かを考えつく。
 お絹が浪人の処へ茶を持って来ると、酔っ払った遊び人は横あいからお絹の腕を掴みに行って再び振り放された。
 お絹嫌がって茶店の奥へ逃げ込む。
 遊び人はいい気になって後を追って行く。
 三次がその間に、つッと浪人の傍に寄り添って、
 「旦那」と小声で呼ぶ。
 「何だ」と浪人が三次を見る。
 三次が、
T「旦那は紙入れをお持ちですかい?」
 と訊く。
 浪人は変な事を云う奴だなァと思い乍ら「持って居るよ」と懐中を探って驚いた。オヤないぞ! と慌てて、
 三次が背中へ廻した彼の左手に握られて居る浪人の紙入れの大写。
 茶店の中からお絹が「御冗談ばっかし」とか何とか遊び人を振り切って出て来た。後から尚もしつこく遊び人が追い廻して出て来る。
 その胸倉を三次が掴んで其処へ押し仆す。
 転がった遊び人。
 三次が浪人に、
T「此奴は巾着切ですよ」
 と言う。
 浪人は「ナニッ」と遊び人の胸倉をとる。
 遊び人の懐から半分覗いて居る浪人の紙入れの大写。
 三次が素早く投げ込んだのだ。
 ナニをするんだと抵抗する遊び人の懐から紙入れを取り出した浪人が、
 「憎い奴!」と肩にかついで投げ飛ばす。
 投げられた遊び人泡食って、
T「ナッナッ何かの間違いですよ」
 と言いわけするのも聞かず、さんざん叩きのめす。見ている三次とお絹。
 逃げ廻る遊び人と浪人の三枚目がかった立廻りがあって、浪人は結局フラフラになった遊び人の首筋掴んで引きずって行く。
 後見送って三次とお絹。
 お絹が三次に、
T「巾着切って嫌ですわね」
 と言う。
 言われて三次嫌な顔した。テレ隠しに笑って、「そうですね」と言って見たが、余りいい気持はしない。

S=通り――
 てっきり鉄がのこのこ歩いて来る。

S=元の茶店――
 三次が床几に腰かけている前を何処かの子供がワーンワーンと泣き乍ら帰って行く。
 それを見るともなく見ていた三次、アッと思い出した。

S=十字路――
 待って居る勝坊の泣き出し相な顔。

S=元に戻って――
 三次が立ち上った。
T「忘れてた!」
 と急いで茶代を払って走り去る。
 不審相に見送るお絹。

T「黄昏の近い――」

S=道――
 三次が小さい勝坊の手を引いて帰ります。
 三次歩き乍ら勝坊に、
T「家は何処だい?」
 と訊く。
 勝坊遙か彼方を指して「ずッと向う」と答える。
 勝坊フト思い出した様に、
T「おじちゃんは巾着切だね」
 と訊く。これには三次参った。笑って、
T「そうだ日本一の巾着切だ」
 と威張って見せた。
(F・O)

S=長屋の表
 其処まで三次送って来た。勝坊長屋の奥を示して、
T「この奥に姉ちゃんと二人で居るんだよ」
 と言う。
 三次にさあ早くお帰りと言われて何度も振り返って笑ったり手を振ったりし乍ら長屋の奥へ消えて行く。
 その無邪気な姿に三次思わず微笑んで見送った。
(F・O)

T「翌る朝」

S=ファーストシーンの町角
 てっきり鉄と三次が今日も亦ばったり出会った。鉄が皮肉に、
T「今日も亦お詣りかい?」
 と訊く。
 三次が「その通り」と色男然として居る。
 勝坊がのこのこやって来た三次を見て走り寄った。
 三次の袖を引っ張って言う。
T「巾着切のおじちゃん遊ぼうよ」
 これには流石の三次も面喰らった。
 鉄五郎は大笑い。
 何も知らない勝坊は三次の袖を引っ張って居る。
 鉄五郎、三次に、
T「子供は正直だよ」
 と言って皮肉に笑って去る。
 後で三次、勝坊に「馬鹿な事言うな」と叱る。
 勝坊は頓着せずに、
T「お稲荷さんで隠れん坊をしよう」
 と言うのに三次、今日は駄目だよと振り切って去る。
 勝坊一人残されたが又後からそっと続く。
(F・O)

S=通り――
 商人風の男がやって来る。
 反対の方から三次が来る。
 すれ違った。
 二三間行って三次ニヤッと笑った。

S=附近――
 商人がやって来た。
 物蔭から突然鉄五郎が現れて呼び止めた。

S=前の処
 三次懐中から今掏り盗った紙入れを取り出した。大分重たい。ほくそ笑んで中味を改めようとしてギクリとなった。
 今の商人を連れて鉄五郎が呼び止めたのだ。
 三次素早く紙入れを彼方へ投げる。
 地上に落ちる紙入れ。
 物蔭から勝坊がそれ見てオヤッと思った。
 鉄五郎、三次に追いついてせせら笑った。
T「三次、愈々年貢の収め時だね」
 三次ドキッとなったが、そ知らぬ態で「何ですかい、藪から棒に」と白ばくれる。
 鉄五郎は勝ち誇った顔で、
T「約束通り現場を押さえたんだ。神妙にしろよ」
 三次「何の事だかあっしには分りませんね」
 と尚白を切る。
 鉄五郎は三次の身体を調べる。
 落ちている紙入れを勝坊が拾った。
 ヒョコヒョコ二人の前へやって来た。
 鉄五郎それと見て驚く。
 三次は、しまったと思った。
 商人は、これですこれです、と喜んで子供の手から紙入れを取る。
 鉄五郎勝坊と三次を見比べてサテハと気附いた。ジロッと三次を睨む。
 睨まれて三次、もう駄目だと思った。鉄は勝坊の頭を撫でて、
T「お前はこの紙入れを誰が落したか知ってるだろう」
 と訊く。
 勝坊「知ってるよ」とうなずく。
 三次が「アカンッ」と眼で知らす。
 勝坊、鉄五郎の肩越しに三次の方を見て、
 「おじちゃん何や?」と言った顔。
 鉄が勝坊に言う。
T「誰が落したか正直に言って見な」
 勝坊「うん、それはなァ」と言わんとする。
 三次が又「アカン」と眼で合図する。
 勝坊小首を傾げて言いよどむ。
 鉄五郎「早く言って見な」と言う。
 三次そっと傍の商人を指で示す。
 アーアーと勝坊合点して、
 「この人が落したんだよ」
 と商人を指で示す。
 鉄五郎当てが外れた。
 三次「何うでえ?」とばかりのさばり出た。
 勝坊の頭を撫で乍ら商人に向って、
T「自分で落しときァがって巫山戯るねえ!」
 と叱り飛ばす。叱られて商人謝り乍ら去る。
 三次、今度は鉄五郎に、
T「旦那子供は正直で御座んすね」
 皮肉に言って勝坊の手を取って、
T「おじちゃんとお稲荷さんで隠れん坊をしよう」
 と言う。勝坊喜んだ。二人は去る。
 見送った鉄五郎「どうも不思議だ」と腕組みして考えた。

S=稲荷神社境内
 勝坊と手に手をとって三次がやって来る。
 茶店のお絹がそれを見て声掛けた。
T「勝坊」
 勝坊は三次の手を離してお絹の所へ走る。
 三次オヤッと意外に思った。
 勝坊はお絹に話している。
T「姉ちゃん昨日の巾着切のおじちゃんだよ」
 お絹が、えッと驚いた。
 より以上驚いた三次。
 お絹は呆然と立ちすくむ。
 三次は穴があれば入りたい気持ち。居たたまれず走り去る。
 見送る呆然たるお絹。勝坊は何が何だか分らない。
(F・O)

S=川端
 川面に垂れ下った柳。静かな流れ。
 柳に凭れて三次の淋しい顔。
T「俺は巾着切」
 と言って、
T「あんな堅気の娘さんに……」
 と言って、
T「俺の様なやくざ者が惚れるのは間違いだ」
 泌々と独り言。
T「俺にはあの娘さんを倖せにする事ァ金輪際出来ねえ」
 と悲痛な顔。
T「諦めろッ!」
 と力強く言って歩き出す。
T「そうだ、綺麗さっぱり諦めるんだ!」
 急ぎ足にすたすたと橋の袂にまで来た時、一人の浪人者とどんと突き当ってはずみを喰らって三次すってんどうと倒れた。浪人鵜飼三四郎、御免と一言謝罪してすたすたと去る。
 三次起き上って見送った。
 やがてニヤッと笑って、右手には三四郎の紙入れが握られてある。
 去って行く三四郎。
 橋の上で三次。
 紙入れの中味を調べると、金と一緒に出て来たのが仇討赦免状(大写)。
T「いけねえ!」
 と三次驚いて、
T「これァ返してやらなくちゃ」
 と急いで三四郎の後を追って走り去る。

S=附近の通り
 三次走って来て三四郎を見失ってウロウロして居ると、一方、道から五六人ばたばたと逃げて来た。
 何だか騒々しい。
T「喧嘩だ」
 と口々に叫び乍ら走って行く人々。
 三次も後から続く。
 仕出し大勢遠くから怖々見て居る。
T「仇討だとよ」
 と言う声を三次耳にしてフト見れば、
 鵜飼三四郎が棚倉伝八郎初め十余名の浪人者と斬り合っている。
 三次オヤッと驚く。
 立廻り。
 棚倉はいち早く逃げる。
 追わんとする三四郎に討って掛かる浪人者二三を斬って追う。
 後から弥次馬がわいわい。逃げる伝八郎と浪人たちを追う三四郎。
 踏み止まって三四郎に向う浪人。
 立廻り。
 三次に弥次馬。
 又追う等々よろしく。
 三四郎遂に足に傷付き倒れ、伝八郎は生き残った浪人と逃げ去る。
 三四郎倒れ乍ら無念の涙。
 弥次馬がやがやその廻りを取り囲んだ。三次も心配して居ると、人垣掻き分け役人が現れた。
 三四郎は役人に、
T「お騒がせして相済まぬ。仇討で御座る」
 と言って、
T「憎い敵奴残念乍ら取り逃し申した」
 と言う。役人が一応訊く。
T「赦免状は?」
 弥次馬の中の三次ハッとした。
 三四郎懐中を探したが無いので少し慌てる。
 役人がウサン臭そうな眼で三四郎を見る。
 耐らなくなった三次が群集の中から飛び出して、
T「其処に落ちとりましたよ」
 と言って件の紙入れを三四郎に渡す。
 三四郎喜んで中の赦免状を役人に示す。
(F・O)

S=三次の宅内部
 畳の上に半紙一枚、それに印籠の絵が描いてある傍に硯箱。その側で三次が三四郎の足の傷に繃帯をしてやって居る。
 「千万忝けない」と三四郎。
 側の半紙を取り上げて三次に示し、
T「これがその印籠じゃ」
 と言う。
 成る程、と三次受取って見る。
 三四郎が、
T「その印籠を所持致す奴こそ敵棚倉伝八郎」
 聞いた三次が「よう御座います」と引受けて、
T「三日もありゃきっと探し出してお見せします」
 何分よろしくと三四郎が頼む。
 三次半紙を懐中にする。
(F・O)

S=通り
 深編笠の浪人者の移動稍長く、
 腰に下っている印籠の大写。
 その浪人と三次がすれ違った。
 五六間行き過ぎて三次懐中から半紙(印籠の絵)を取り出して今掏った印籠と比較する。違ったので舌打ちと一緒に彼方へ捨てる。と三次の背後から通り過ぎた又別の深編笠の侍。
 三次そっと後をつける。
 歩いているその侍の移動。
 腰の印籠の大写。
 尾行する三次の移動。
 三次急に足を早めて侍を追い越すとその儘走り出す。

S=横丁の角
 角を曲って立ち止って絵と印籠を照し合わす。
 又違った!
 チェッと舌打ちしてその印籠を投げる。
 大地に落ちた印籠。
 その前にハタと足を止めたのが今の侍である。
 よく見た印籠と思い乍ら拾い上げて小首を傾げて居たが、
 何の気なしに腰に手をやると印籠が無い。アレッと驚いた。
 まるで狐に魅された様なものである。

S=居酒屋(夜)
 土間で三次が床几に腰掛けてチビリチビリやって居る。
 時々座敷の方を見て考える。
 座敷の衝立の向うで侍が五、六名酒を呑んでいる。
 中の一人は棚倉伝八郎である。
 三次「よく見た顔だ」と考える。
 若しやと思って女を呼んで、
 「あれは何方様だい」と訊く。
 女が、
T「つい其処の道場の先生で相良伝右衛門とか仰しゃる御方」
 と言う。
 三次「違ったかな」と、も一度見直す。
 棚倉の一行は帰り支度を初めた。
 三次まてよと考えた。よしっと何か思い当ると例に依ってニンマリ笑った。
 土間に下りて来る棚倉の一行。
 三次急に横っ腹を抱えて「痛え痛え」と苦しみ出す。
 店の女が驚いて「どうなさいました」と介抱する。
 三次「痛え痛え」と盛んに苦しむ。
 土間に下りた棚倉が足を止めた。
 門弟と共に顔見合わせた。
 棚倉腰の印籠を取り出す。
 横腹押さえて三次シメタと思った。
 棚倉三次に近寄って、印籠の薬を取り出す。
 突然三次その印籠を手に取って見る。確かだッと叫ぶ。
 「何をする」と棚倉直ぐ三次の手から印籠を取り返す。
 三次が棚倉を見上げてへへへへへと笑った。
 棚倉怒ったが苦笑して、
T「ナンダ、仮病か?」
 と言い捨てて門弟と共に去ろうとする。
 三次が突然すっくと立上って叫ぶ。
 相良の旦那。
T「相良伝右衛門」
 振り返える棚倉「ナニッ」と気色ばむ。
 三次が、
T「と言うなァ嘘っぱち真は棚倉!」
 エッと棚倉驚いた。三次が、
T「伝八つあんと仰しゃるんでしょう」
 棚倉さてはと思って門弟に合図する。
 三次尻をまくって棚倉に詰め寄った。
T「不具戴天の[#「不具戴天の」はママ]父の敵覚悟しろ――」
 棚倉呆れたが、門弟と共に刀の柄に手を掛けて見構える。三次飛退って、
T「と近え中に乗り込むからそっ首洗って待ってなよ」
 馬鹿にされて怒った門弟共の斬り込むのを三次逃げ廻って表へ飛び出した。

S=夜の町
 逃げる三次に追う棚倉等。
 巡視の役人通り掛かって、
 何事かと訊く。
 棚倉が、
T「盗人で御座る」
 と呼んで捕方と共に追う。
 追っ掛け数カット。
 結局三次追い詰められてお絹の長屋へ飛び込んだ。

S=長屋の内部に
 逃げ込んだ。
 三次一軒の家へ飛び込む。

S=お絹宅 内部
 三次とび込んで来た。
 座敷のお絹と勝坊出て来てオヤッと驚く。
 三次も驚いた。

S=長屋表
 棚倉一味と捕方が、
T「確にこの長屋だ――」
 と叫ぶ。

S=お絹の家
 お絹は天窓の紐を引っ張る「さァ此処から」と急き立てる。「済ま無え」と三次は紐を伝って上がる。

S=長屋の外
 捕方の一人が、
T「もう袋の鼠だ」
 と云う。
 棚倉等は長屋へ入る。

S=屋根の上
 猿の如く伝う三次。

S=附近の通り
 屋根の上からひらりと跳び下りた三次、その儘立ち去ろうとしてバッタリ急ぎ足にやって来たてっきり鉄と出合わした。
 三次が呼び止めて、
T「旦那何処へお出掛けです」
 と問う。
 鉄五郎が、
T「今其処の長屋へ盗人が逃げ込んだのだ」
 三次何喰わぬ顔で「そうですかい」と云う。
 鉄が、
T「俺は又てっきりお前と思ってやって来たが」
 三次が「飛んでも無い。御冗談でしょう旦那」
T「あっしは斯う見えたって、まっ正直な人間ですからね」
 鉄「分るものか?」と苦笑して去って行く。
 後見送った三次が「甘えもんさ」とにんまり笑った。

S=長屋
 棚倉等と捕方が協力して長屋を一軒一軒調べる。
 お絹が我が家の戸を開けて「何事だろう」と云った顔で出て来た。
 棚倉はお絹に気付いてうっとり見惚れた。
 お絹は余り棚倉がジロジロ見るので気味悪くなって中に入る。
 棚倉が微笑んだ。側の門弟の一人が、さては、と意味あり気な顔で見合わす。
(F・O)
T「翌朝三次は久し振りでお稲荷様にお詣りした」

S=稲荷神社境内
 お絹の腰掛け茶屋は閉っている。その前を三次が先刻から往ったり来たりして居たが、三次とうとう立ち止った。
T「家かな?」
 と独り言。
(F・O)

S=長屋
 井戸端でお内儀さん二三人の立ち話し。
 お絹の家の表にも五、六人そっと中を覗いて居ます。
 其処へ三次がやって来た。
 お絹の家の前の人だかりを不審に思って立ち止る。井戸端のお内儀が囁き合った。
T「綺麗なひとは倖せね」
 と言ったのを小耳にはさんだ三次が、
 お内儀に「どうしたんです」と訊く。
 お内儀が、
T「何でも立派な剣道の先生とかが是非お嫁にと仰しゃって」
 聞いて三次情け無かった。
 が、さり気なく去る。

S=長屋の表
 三次淋しく出て来た。
 自分自身に言い聞かす様に、
T「それでいいんだ」
 と言って悲しく、
T「矢張り俺なんぞの惚れる女じゃ無かった」
 と諦めた。

S=お絹の家
 棚倉伝八郎と門弟の一人がお絹を口説いて居る。お絹の傍に勝坊がいる。
T「お断り致します」
 えッと驚く棚倉。
 お絹が「お帰り下さいまし」ときっぱり断わる。
(F・O)

S=三次の宅(夜である)
 行燈の燈影で三四郎が大刀の鞘を払って凝視する。
 傍から三次も覗き込む。
 三四郎会心の笑を浮べて刀を鞘に収める。
 三次が、
T「愈々明日は敵討で御座んすね」
 と云われて、流石に嬉しさ包み切れぬ三四郎です。と表戸を叩く音。
 三次オヤッと立ち上る。
 尚も表戸がドンドン叩かれる。
 「誰だ」と三次要心深く土間へ下りて、
 戸を開けると、
 転がり込んだ勝坊。
T「姉ちゃんがッ!」
 と叫ぶ。
 三次驚いて「どうした」と問う。
 勝坊尚も、
T「姉ちゃんが!」
 と叫ぶ。

S=長屋の夜
 棚倉一味の門弟がお絹を引抱えて無理に駕籠に押し込めて担ぎ去る。

S=三次宅
 三次ナニッと立ち上る。
 三四郎もおっ取り刀で飛び出そうとするのを三次が留めた。
T「旦那は明日の敵討を控えた大切な身体」
 と無理に押し止め、
 己れは勝坊の手を曳いてとび出す。
(F・O)

S=長屋
 三次駈けつけた。
 長屋の人が四五人ワイワイ言って居るが、聞いても分らない。困ったなァ、と三次。
 勝坊が姉ちゃんと泣き出した。
 三次「泣くな泣くな」頭を撫でてやる。
(F・O)

S=棚倉の宅の一室
 棚倉伝八郎門弟共に囲まれて、
 ほくそ笑んで居る。
 側でお絹が小鳩の様に震えて居る。

S=長屋
 三次はお絹の家の表戸に凭れて呆然として居る。傍で泣いて居た勝坊、
 地上に何かを認めてオヤッと云って拾い上げた。
 「斯んな物が」と三次に渡す。
 印籠である。三次が受け取ってよくよく見れば棚倉の持物。
T「さては棚倉!」
 ウヌッ。喜んだ三次、
T「ウチの旦那を呼んで来な」
 と言って印籠を勝坊の手に握らせて、
T「明日の敵討今晩に繰り上げだ!」
 と叫んで走り出した。
 勝坊も走り去る。

S=棚倉宅
 棚倉がお絹の腕を掴んだ。
 お絹振り放して逃げんとして抱き戻された。

S=夜の街
 三次走る、走る。

S=棚倉宅
 お絹と棚倉の争い。

S=街
 走る三次。

S=棚倉宅
 お絹必死の叫び。
T「三次さんッ」

S=棚倉宅の門前
 三次疾風の如く飛び込んだ。

S=座敷
 お絹に危機迫る時、三次駈け付けて、
 お絹を背後に仁王立ち。

S=三次宅
 勝坊三次の宅へ飛び込んだ。

S=棚倉宅
 三次門弟相手に、
 滅茶苦茶に暴れ廻る。

S=三次宅
 素早く手襷、鉢巻の三四郎、
 おっ取り刀で飛び出す。

S=棚倉宅
 三次は襖や障子等手当り次第に投げては振り廻し大乱闘。

S=道
 走る三四郎。走る! 両者カット・バックよろしく。

S=遂に三四郎乱闘の中へ飛び込んだ
T「棚倉伝八逃がさぬぞ」
 で立廻り。
 遂に伝八を真向唐竹割、バラリンズンと斬り下げた。急速にF・Oする。
 (若しくは
 三四郎が伝八を斬った後、他の門弟大勢と立廻りの真最中にF・Oして下さい。要するにラストシーンがダレると困りますから、三四郎の立廻りをなるべく簡単にやって頂きたい)
T「空晴れて風そよぐ――」

S=垂れ下った柳
 静かな川の流れ。橋の欄干に凭れた三次とお絹である。

S=三次が
T「何度も言うがお絹さん。俺はやくざな巾着切だ」
 と言って、
T「それに引換えお前は立派な堅気な娘さん」
 と言って涙ぐむ。
 二人の側を八百屋が荷を担いで通り過ぎる。
 その八百屋の荷、片方が山盛で片方が少ない。
 その上八百屋は新米と見えて……
 見るからに担ぎにくそうに去る。
 凝っとそれを見送った二人。三次が独り言。
T「釣り合はねえ」
 川端を去って行く八百屋。
 凝っと見送る三次。
 と肩を叩かれて振り返ると、
 何時の間に来たか、てっきり鉄五郎。
 「これはこれは」と三次が挨拶すると、鉄はお絹を横目で見て、
T「いい相棒だな」
 と言う。
 三次はフンッと鼻であしらってソッポ向く。
 鉄の腰の十手の大写。
 お絹がそっとそれを抜き取る。
 知らずに鉄は去って行く。
 見送る三次がお絹に、
T「そーれ見なせえお絹さん」
 と言って、
T「俺と一緒に居るとお前迄があの通りやくざ者にされちまう」
 と言うのを、
 始終無言で聞いていたお絹が、
 袂で隠して居た十手を三次に示す。
 三次驚いた。
 お絹が、
T「今の旦那のお腰の物」
 三次「馬鹿」と叱って、その十手をひったくって捨てる。
T「何だって斯んな物盗んだりなんぞするんだ」
 と叱り付けられてお絹が甘える様に言った。
T「妾だって、矢っ張りやくざ者よ」
 意外の言葉に三次無言でお絹を見る。
 お絹が、
T「妾ねあんたにそう思って貰い度いばっかりに斯んな事やったの」
 お絹を瞬きもせず凝視める三次。
 お絹の頬に涙が光って、
T「もう妾達は同じ穴の狢よ」
 と三次に寄り添って「ねッ」
T「わかって呉れて三次さん?」
 三次無言。やがて言った。
T「わかったよお絹ちゃん」
 てっきり鉄が辺りを見廻し乍ら戻って来た。
 三次を見て傍へ寄り、
T「俺の十手を知ら無えか?」
 と訊く。
 三次が「存じませんね」と知らぬ顔。
 そうかと失望した鉄。
 フト足許を見て、
 「此処にあるじゃねえか」と拾い上げて三次に示す。
 三次空とぼけて「御冗談でしょう旦那」
T「それは十手じゃ御座んせんよ旦那」
 言われて鉄が「何んだって?」と訊き返して、
 「これが十手でなくて何が十手でえ」と言うのを三次がへへへへへと笑って、
T「それァ、あっし等二人の縁結びの神様でサァ」
 と言ってお絹と共に去る。
(F・O)





底本:「山中貞雄作品集 全一巻」実業之日本社
   1998(平成10)年10月28日初版発行
底本の親本:「山中貞雄シナリオ集」竹村書房
   1940(昭和15)年発行
※冒頭のキャスト、スタッフ一覧は、ページの右下に二段組みで組まれています。
※「F・O」はフェード・アウト、「S」はシーン、「T」はテロップ/タイトル(字幕)、「O・L」はオーバー・ラップです。
入力:平川哲生
校正:門田裕志
2012年9月25日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




●表記について


●図書カード