海島冐險奇譚 海底軍艦

押川春浪




        はしがき
一。太平洋の波に浮べる、この船にも似たる我日本の國人は、今や徒らに、富士山の明麗なる風光にのみ恍惚たるべき時にはあらざるべし。
光譽ある桂の冠と、富と權力との優勝旗は、すでに陸を離れて、世界の海上に移されたり。
この冠を戴き、この優勝旗を握らむものは誰ぞ。
他なし、海の勇者なり。海の勇者は即ち世界の勇者たるべし。
一。天長節の佳日に際し
  子爵  伊東海軍大將
      肝付海軍少將
  伯爵  吉井海軍少佐
  子爵  小笠原海軍少佐
      上村海軍少佐
各位の清福を賀※[#変体仮名し、はしがき-14]、つたなき本書のために、題字及び序文を賜はりし高意にむかつて、誠實なる感謝の意を表す。
一。上村海軍少佐の懇切なる教示と、嚴密なる校閲とを受けたるは、啻に著者の幸福のみにはあらず、讀者諸君若し此書によりて、幾分にても、海上の智識を得らるゝあらば、そは全く少佐の賜なり。
一。遙かに、獨京伯林なる、巖谷小波先生の健勝を祈る。
著者※[#変体仮名し、はしがき-20]るす
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(海島冐檢奇譚)海底軍艦目次
 第一回 海外かいぐわい日本人につぽんじん
子ープルス港の奇遇――大商館――濱島武文[#「濱島武文」は底本では「濱鳥武文」]――春枝夫人――日出雄少年――松島海軍大佐の待命
 第二回 こく
送別會――老女亞尼――ウルピノ山の聖人――十月の祟の日――黄金と眞珠――月夜の出港
 第三回 あやしふね
銅鑼の響――ビール樽の船長――白色檣燈――古風な英國人――海賊島の奇聞――海蛇丸
 第四回 反古ほご新聞しんぶん
葉卷煙草――櫻木海軍大佐の行衞――大帆走船と三十七名の水兵――奇妙な新體詩――秘密の發明――二點鐘カーンカン
 第五回 ピアノと拳鬪けんとう
船中の音樂會――鵞鳥聲の婦人――春枝夫人の名譽――甲板の競走――相撲――私の閉口――曲馬師の虎
 第六回 星火榴彈せいくわりうだん
難破船の信號――イヤ、流星の飛ぶのでせう――無稽な――三個の舷燈――船幽靈め――其眼が怪しい
 第七回 印度洋インドやう海賊船かいぞくせん
水雷驅逐艦か巡洋艦か――往昔の海賊と今の海賊――潜水器――探海電燈――白馬の如き立浪――海底淺き處――大衝突
 第八回 人間にんげん運命うんめい
弦月丸の最後――ひ、ひ、卑怯者め――日本人の子――二つの浮標――春枝夫人の行衞――あら、黒い物が!
 第九回 大海原おほうなはら小端艇せうたんてい
亞尼の豫言――日出雄少年の夢――印度洋の大潮流――にはか雨――昔の御馳走――巨大な魚群
 第十回 沙魚ふか水葬すゐさう
天の賜――反對潮流――私は黒奴、少年は炭團屋の忰――おや/\變な味になりました――またも斷食
 第十一回 無人島むじんとうひゞき
人の住む島か魔の棲む島か――あら、あの音は――奇麗な泉――ゴリラの襲來――水兵ヒラリと身を躱はした――海軍士官の顏
 第十二回 海軍かいぐんいへ
南方の無人島――快活な武村兵曹――おぼろな想像――前は絶海の波、後は椰子の林――何處ともなく立去つた
 第十三回 星影ほしかげがちら/\
歡迎――春枝夫人は屹度死にません――此新八が先鋒ぢや――浪の江丸の沈沒――此島もなか/\面白いよ――三年の後
 第十四回 海底かいてい造船所ざうせんじよ
大佐の後姿がチラリと見えた――獅子狩は眞平御免だ――猛犬稻妻――秘密の話――屏風岩――物凄い跫音――鐵門の文字
 第十五回 電光艇でんくわうてい
鼕々たる浪の音――投鎗に似た形――三尖衝角――新式魚形水雷――明鏡に映る海上海底の光景――空氣製造器――鐵舟先生の詩
 第十六回 朝日島あさひじま
日出雄少年は椰子の木蔭に立つて居つた――國際法――占領の證據――三尖形の紀念塔――成程妙案々々――其處だよ
 第十七回 冐險鐵車ぼうけんてつしや
自動の器械――斬頭刄形の鉞――ポンと小胸を叩いた――威張れません――君が代の國歌――いざ帝國の萬歳を唱へませう
 第十八回 野球競技ベースボールマツチ
九種の魔球――無邪氣な紛着――胴上げ――西と東に別れた――獅子の友呼び――手頃の鎗を捻つて――私は殘念です――駄目だんべい
 第十九回 猛獸隊まうじうたい
自然の殿堂――爆裂彈――エンヤ/\の掛聲――片足の靴――好事魔多し――砂滑りの谷、一名死の谷――深夜の猛獸――かゞり火
 第二十回 猛犬まうけん使者ししや
山又山を越えて三十里――一封の書面――あの世でか、此世でか――此犬尋常でない――眞黒になつて其後を追ふた――水樽は空になつた
 第二十一回 空中くうちうすく
何者にか愕いた樣子――誰かの半身が現はれて――八日前の晩――三百反の白絹――お祝の拳骨――稻妻と少年と武村兵曹
 第二十二回 うみわざわい
孤島の紀元節――海軍大佐の盛裝――海岸の夜會――少年の劍舞――人間の幸福を嫉む惡魔の手――海底の地滑り――電光艇の夜間信號
 第二十三回 十二のたる
海底戰鬪艇の生命――人煙の稀な橄欖島――鐵の扉は微塵――天上から地獄の底――其樣な無謀な事は出來ません――無念の涙
 第二十四回 輕氣球けいききう飛行ひかう
絶島の鬼とならねばならぬ――非常手段――私が參ります――無言のわかれ――心で泣いたよ――住馴れた朝日島は遠く/\
 第二十五回 白色巡洋艦はくしよくじゆんやうかん
大陸の影――矢の如く空中を飛走した――ポツンと白い物――海鳥の群――「ガーフ」の軍艦旗――や、や、あの旗は! あの船は!
 第二十六回 かほかほかほ
帝國軍艦旗――虎髯大尉、本名轟大尉――端艇諸共引揚げられた――全速力――賣れた顏――誰かに似た顏――懷かしき顏
 第二十七回 艦長室かんちやうしつ
鼻髯を捻つた――夢ではありますまいか――私は何より嬉しい――大分色は黒くなりましたよ、はい――今度は貴女の順番――四年前の話
 第二十八回 紀念軍艦きねんぐんかん
帝國軍艦「日の出」――此虎髯が御話申す――テームス造船所の製造――「明石」に髣髴たる巡洋艦――人間の萬事は天意の儘です
 第二十九回 薩摩琵琶さつまびは
春枝夫人の物語――不屆な悴――風清き甲板――國船の曲――腕押し脛押と參りませう――道塲破りめ――奇怪の少尉
 第三十回 月夜げつや大海戰だいかいせん
印度國コロンボの港――滿艦の電光――戰鬪喇叭――惡魔印の海賊旗大軍刀をブン/\と振廻した――大佐來! 電光艇來!―朝日輝く印度洋

目次終
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    第一回 海外かいぐわい日本人につぽんじん
ネープルス港の奇遇――大商館――濱島武文[#「濱島武文」は底本では「※(「さんずい+(宀/(「眉」の「目」に代えて「貝」))」、第3水準1-87-27)島武文」]――春枝夫人――日出雄少年――松島海軍大佐の待命
 わたくし世界せかい漫遊まんゆう目的もくてきをもつて、横濱よこはまみなと出帆ふなでしたのは、すで六年ろくねん以前いぜんことで、はじめ亞米利加アメリカわたり、それから大西洋たいせいよう[#「大西洋たいせいようの」は底本では「太西洋たいせいようの」]荒浪あらなみ横斷よこぎつて歐羅巴エウロツパあそび、英吉利イギリス佛蘭西フランス獨逸等ドイツとうおと名高なだか國々くに/″\名所めいしよ古跡こせき遍歴へんれきして、其間そのあひだつきけみすること二十有餘箇月いうよかげつ大約おほよそまん千里せんり長途ながたびあとにして、つひ伊太利イタリーり、往昔むかしから美術國びじゆつこく光譽ほまれたかき、そのさま/″\の奇觀きくわんをもほどながめたれば、これよりなつかしき日本ふるさとかへらんと、當夜そのよ十一はん拔錨ばつべう弦月丸げんげつまるとて、東洋とうようゆき※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)きせん乘組のりくまんがため、くに名港めいかうネープルスまでたのは、いまから丁度ちやうどねんまへ季節せつさくら五月ごぐわつ中旬なかばある晴朗うらゝか正午せうご時分じぶんであつた。
市街まちはづれの停車塲ステーシヨンから客待きやくまち馬車ばしやで、海岸かいがん附近まぢかある旅亭はたごやき、部室へやさだまりやが晝餉ひるげもすむと最早もはやなにことがない、ふね出港しゆつこうまではだ十時間じかん以上いじやうなが旅行りよかうつた諸君しよくんはおさつしでもあらうが、ひともなき異境ゐきやうで、※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)きしや※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)きせん出發しゆつぱつくらすほど徒然つまらぬものはない、つてつ、つ、新聞しんぶん雜誌等ざつしなど繰廣くりひろげてたがなにかない、いつ晝寢ひるねせんか、市街まちでも散歩さんぽせんかと、思案しあんとり/″\まどつてながめると、眼下がんかおろす子ープルスわんかゞみのやうな海面かいめんうかんで、ふねふね[#「ふね」は底本では「ふね」]停泊とゞまつてふねその船々ふね/″\甲板かんぱん模樣もやうや、檣上しやうじやうひるがへ旗章はたじるしや、また彼方かなた波止塲はとばから此方こなたへかけて奇妙きめうふう商舘しやうくわん屋根やねなどをながまわしつゝ、たゞわけもなく考想かんがへてうちにふとおもうかんだ一事ことがある。それは濱島武文はまじまたけぶみといふひとことで。
濱島武文はまじまたけぶみとはわたくしがまだ高等學校かうとうがくかうつた時分じぶん左樣さやうかれこれ十二三ねんまへことであるが、おなまなびのともであつた。かれわたくしよりは四つ五つの年長者としかさで、したがつくみちがつてつたので、始終しじうまぢはるでもなかつたが、其頃そのころ校内かうない運動うんどう妙手じやうずなのと無暗むやみ冐險的旅行ぼうけんてきりよかう嗜好すきなのとで、かれわたくしとはゆびられ、したがつなにゆゑとなくむつましくはなれがたくおもはれたが、其後そのゝちかれ學校がくかう卒業そつぎやうして、元來ぐわんらいならば大學だいがくきを、大望たいもうありとしようして、幾何いくばくもなく日本ほんごくり、はじめは支那シナあそび、それから歐洲をうしうわたつて、六七ねん以前いぜんことあるひと佛京巴里フランスパリ大博覽會だいはくらんくわいで、かれ面會めんくわいしたとまでは明瞭あきらかだが、わたくし南船北馬なんせんほくば其後そのゝちつまびらかなる消息せうそくみゝにせず、たゞかぜのたよりに、此頃このごろでは、伊太利イタリーのさる繁華はんくわなるみなと宏大りつぱ商會しやうくわいてゝ、もつぱ貿易事業ぼうえきじげふゆだねてよし、おぼろながらにつたくのみ。
伊太利イタリー繁華はんくわなるみなとといへば、此處こゝ國中こくちう隨一ずゐいち名港めいかう子ープルス埠頭はとばから海岸通かいがんどうりへかけて商館しやうくわんかず幾百千いくひやくせん、もしや濱島はまじまこのみなとで、その商會しやうくわいとやらをいとなんでるのではあるまいかとおもうかんだので、じつくもつかむやうなはなしだが、まんが一もと旅亭やどや主人しゆじんんでいてると、果然くわぜん! 主人しゆじんわたくしとひみなまではせず、ポンと禿頭はげあたまたゝいて、
『オヽ、濱島はまじまさん※(疑問符感嘆符、1-8-77) よくぞんじてをりますよ、雇人やとひにんが一千にんもあつて、支店してんかずも十のゆび――ホー、そのたくですか、それはつて、あゝつて。』とくち手眞似てまねまどからくび突出つきだして
『あれ/\、あそこにへる宏壯りつぱな三がいいへ!』
天外てんぐわい萬里ばんり異邦ゐほうでは、初對面しよたいめんひとでも、おな山河やまかはうまれとけばなつかしきに、まして昔馴染むかしなじみ其人そのひとが、現在げんざいこのにありといてはたてたまらない、わたくしぐと身仕度みじたくとゝのへて旅亭やどやた。
旅亭やどや禿頭はげあたまをしへられたやうに、人馬じんば徃來ゆきゝしげ街道かいだう西にしへ/\とおよそ四五ちやうある十字街よつかどひだりまがつて、三軒目げんめ立派りつぱ煉瓦造れんぐわづくりの一構ひとかまへかどT. Hamashimaはまじまたけぶみ, としるしてあるのは此處こゝ案内あんないふと、見晴みはらしのよい一室ひとまとうされて、ほどもなく靴音くつおとたかつてたのはまさしく濱島はまじま! 十ねんあひかれには立派りつぱ八字髯はちじひげへ、その風采ふうさい餘程よほどちがつてるが相變あひかはらず洒々落々しや/\らく/\おとこ『ヤァ、柳川君やながはくんか、これはめづらしい、めづらしい。』としたにもかぬ待遇もてなしわたくししんから※(「りっしんべん+喜」、第4水準2-12-73)うれしかつたよ。ひげへても友達ともだち同士どうしあひだ無邪氣むじやきなもので、いろ/\のはなしあひだには、むかしとも山野さんや獵暮かりくらして、あやまつ[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、6-5]農家ひやくしやうや家鴨あひる射殺ゐころして、から出逢であつたはなしや、春季はる大運動會だいうんどうくわいに、かれわたくしとはおの/\くみ撰手チヤンピオンとなつて、必死ひつし優勝旗チヤンピオンフラグあらそつたことや、其他そのほかさま/″\の懷舊談くわいきうだんて、ときうつるのもらなかつたが、ふと氣付きづくと、當家このや模樣もやうなにとなくいそがしさうで、四邊あたり部室へやでは甲乙たれかれかたこゑかまびすしく、廊下ろうかはしひと足音あしおともたゞならずはやい、濱島はまじまむかしから沈着ちんちやくひとで、何事なにごとにも平然へいぜんかまへてるからそれとはわからぬが、いま珈琲カツヒーはこんで小間使こまづかひかほにもそのいそがしさがへるので、しや、今日けふ不時ふじ混雜中こんざつちうではあるまいかと氣付きづいたから、わたくしきふかほ
なにかおいそがしいのではありませんか。』とひかけた。
『イヤ、イヤ、けつして御心配ごしんぱいなく。』とかれ此時このとき珈琲カツヒー一口ひとくちんだが、悠々ゆう/\鼻髯びぜんひねりながら
なにね、じつ旅立たびだものがあるので。』
オヤ、何人どなた何處どこへと、わたくしはんとするよりさきかれくちひらいた。
とき柳川君やながはくんきみ當分たうぶんこのみなと御滯在おとまりでせうねえ、それから、西班牙イスパニヤはうへでもおまはりですか、それとも、さらすゝめて、亞弗利加アフリカ探險たんけんとでもお出掛でかけですか。』
『アハヽヽヽ。』とわたくしつむりいた。
『つい昔話むかしばなし面白おもしろさに申遲まうしおくれたが、じつ早急さつきふなのですよ、今夜こんや十一はん※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)きせん日本くにかへ一方いつぱうなんです。』
『えい、きみも?。』とかれ見張みはつて。
矢張やはり今夜こんや十一はん出帆しゆつぱん弦月丸げんげつまるで?。』
左樣さやう殘念ざんねんながら、西班牙イスパニヤや、亞弗利加アフリカはう今度こんど斷念だんねんしました。』と、わたくしがキツパリとこたへると、かれはポンとひざたゝいて
『やあ、奇妙きめう々々。』
なに奇妙きめうなのだとわたくしいぶかかほながめつゝ、かれことばをつゞけた。
んと奇妙きめうではありませんか、これてん紹介ひきあはせとでもふものでせう、じつわたくし妻子さいしも、今夜こんや弦月丸げんげつまる日本につぽん皈國かへりますので。』
『え、きみ細君さいくん御子息ごしそく※(疑問符感嘆符、1-8-77)』とわたくし意外いぐわいさけ[#「口+斗」、8-11]んだ。十ねんあひあひだに、かれ妻子さいし出來できことなに不思議ふしぎはないが、じついまいままでらなんだ、いはんや其人そのひといま本國ほんごくかへるなどゝはまつた寢耳ねみゝみづだ。
濱島はまじまこゑたかわらつて
『はゝゝゝゝ。きみはまだわたくし妻子さいし御存ごぞんじなかつたのでしたね。これは失敬しつけい々々。』といそがはしく呼鈴よびりんらして、いりきたつた小間使こまづかひ
『あのね、おくさんにめづらしいお客樣きやくさまが……。』とつたまゝわたくしはう向直むきなほ
じつうなんですよ。』と小膝こひざすゝめた。
わたくしこのみなと貿易商會ぼうえきしやうくわい設立たて翌々年よく/\としなつ鳥渡ちよつと日本につぽんかへりました。其頃そのころきみ暹羅サイアム漫遊中まんゆうちゆううけたまはつたが、皈國中きこくちゆうあるひと媒介なかだちで、同郷どうきやう松島海軍大佐まつしまかいぐんたいさいもとつまめとつてたのです。これはすでに十ねんからまへことで、其後そのゝちうまれた最早もはや八歳はつさいになりますが、さて、わたくし日頃ひごろのぞみは、自分じぶんうして、海外かいぐわい一商人いつしやうにんとしてつてるものゝ、小兒せうにけはどうか日本帝國につぽんていこく干城まもりとなる有爲りつぱ海軍々人かいぐん/″\じんにしてたい、それにつけても、日本人にほんじん日本にほん國土こくど教育けういくしなければしたがつ愛國心あいこくしんうすくなるとはわたくしふかかんずるところで、さいはつまあに本國ほんこく相當さうたう軍人ぐんじんであれば、其人そのひと手許てもとおくつて、教育けういく萬端ばんたん世話せわたのまうと、餘程よほど以前いぜんからかんがへてつたのですが、どうもしか機會きくわいなかつた。しかるに今月こんげつ初旬はじめ本國ほんごくからとゞいた郵便ゆうびんによると、つま令兄あになる松島海軍大佐まつしまかいぐんたいさは、かね帝國軍艦高雄ていこくぐんかんたかを艦長かんちやうであつたが、近頃ちかごろ病氣びやうきめに待命中たいめいちゆうよし勿論もちろん危篤きとくといふほど病氣びやうきではあるまいが、つまたゞ一人ひとりあにであれば、あたことならみづか見舞みまひもし、ひさしぶりに故山こざんつきをもながめたいとの願望ねがひ丁度ちやうど小兒せうにのこともあるので、しからばこの機會をりにといふので、二人ふたり今夜こんやの十一はん弦月丸げんげつまる出發しゆつぱつといふことになつたのです。無論むろんつま大佐たいさ病氣びやうき次第しだいはやかれおそかれかへつてますが、ながく/\――日本帝國につぽんていこく天晴あつぱ軍人ぐんじんとしてつまでは、芙蓉ふようみねふもとらせぬつもりです。』と、かたをはつて、かれしづかにわたくしかほなが
『で、きみ今夜こんや御出帆ごしゆつぱんならば、ふねなかでも、日本につぽんかへつてのちも、何呉なにく御面倒ごめんどうねがひますよ。』
このはなし何事なにごと分明ぶんめいになつた。それにけても濱島武文はまじまたけぶみむかしながら壯快おもしろ氣象きしやうだ、たゞ一人ひとり帝國ていこく軍人ぐんじん養成ようせいせんがめに恩愛おんあいきづな斷切たちきつて、本國ほんごくおくつてやるとは隨分ずゐぶんおもつたことだ。また松島海軍大佐まつしまかいぐんたいさ令妹れいまいなるかれ夫人ふじんにはまだ面會めんくわいはせぬが、兄君あにぎみ病床やまひ見舞みまはんがめに、暫時しばしでもその良君おつとわかれげ、いとけなたづさへて、浪風なみかぜあら萬里ばんりたびおもむくとは仲々なか/\殊勝しゆしようなる振舞ふるまひよと、こゝろひそかに感服かんぷくするのである。さらおもひめぐらすと此度このたび事件ことは、なにからなにまで小説せうせつのやうだ。海外かいぐわい萬里ばんりで、ふとしたことから昔馴染むかしなじみ朋友ともだち出逢であつたこと、それからわたくしこのみなとときは、あだかかれ夫人ふじん令息れいそくとが此處こゝ出發しゆつぱつしやうといふときで、申合まうしあはせたでもなく、おなときに、おなふねつて、これからすうげつ航海かうかいともにするやうな運命うんめい立到たちいたつたのは、じつ濱島はまじまふがごとく、これ不思議ふしぎなるてん紹介ひきあはせとでもいふものであらう、おもつて、暫時しばしある想像さうざうふけつてときたちま部室へやしづかにひらいていりきたつた二個ふたりひとがある。までもない、夫人ふじんその愛兒あいじだ。濱島はまじまつて
『これがわたくしつま春枝はるえ。』とわたくし紹介ひきあはせ、さら夫人ふじんむかつて、わたくしかれとがむかしおなじまなびのともであつたことわたくし今回こんくわい旅行りよかう次第しだい、またこれから日本につぽんまで夫人等ふじんら航海かうかいともにするやうになつた不思議ふしぎゆかり言葉ことばみじかかたると、夫人ふじんは『おや。』とつたまゝいとなつかしすゝる。としころ廿六七、まゆうるはしい口元くちもとやさしい丁度ちやうど天女てんによやう美人びじんわたくし一目ひとめて、この夫人ふじんその容姿すがたごとく、こゝろうるはしく、にも高貴けだか婦人ふじんおもつた。
一通ひとゝほりの挨拶あいさつをはつてのち夫人ふじん愛兒あいじさしまねくと、まねかれてをくするいろもなくわたくし膝許ひざもとちかすゝつた少年せうねん年齡としは八さい日出雄ひでをよし清楚さつぱりとした水兵すいへいふう洋服ようふく姿すがたで、かみ房々ふさ/″\とした、いろくつきりしろい、口元くちもと父君ちゝぎみ凛々りゝしきに眼元めもと母君はゝぎみすゞしきを其儘そのまゝに、るから可憐かれん少年せうねんわたくしはしなくも、昨夜ゆふべローマからの※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)きしやなかんだ『小公子リツトルロー、トフオントルローイ』といふ小説せうせつちうの、あのあいらしい/\小主人公せうしゆじんこう聯想れんさうした。
日出雄少年ひでをせうねん海外かいぐわい萬里ばんりうまれて、父母ちゝはゝほかには本國人ほんこくじんことまれなることとて、いとけなこゝろにもなつかしとか、※(「りっしんべん+喜」、第4水準2-12-73)うれしとかおもつたのであらう、そのすゞしいで、しげ/\とわたくしかほ見上みあげてつたが
『おや、叔父おぢさんは日本人につぽんじん!。』とつた。
わたくし日本人につぽんじんですよ、日出雄ひでをさんとおなじおくにひとですよ。』とわたくしいだせて
日出雄ひでをさんは日本人につぽんじんきなの、日本につぽんのおくにあいしますか。』とふと少年せうねん元氣げんきよく
『あ、わたくし日本につぽん大好だいすきなんですよ、日本につぽんかへりたくつてなりませんの[#「なりませんの」は底本では「なりせまんの」]、でねえ、毎日まいにち/\まるはたてゝ、まち[#「まちで」は底本では「まちて」]戰爭事いくさごつこをしますの、してねえ、まるはたつよいのですよ、何時いつでもつてばつかりますの。』
『おゝ、左樣さうでせうとも/\。』とわたくしあまりの可愛かあいさに少年せうねん頭上づじやうたかげて、大日本帝國だいにつぽんていこく萬歳ばんざいさけ[#「口+斗」、8-11]ぶと、少年せうねんわたくしつむりうへ萬歳々々ばんざい/″\小躍こをどりをする。濱島はまじま浩然かうぜん大笑たいせうした、春枝夫人はるえふじんほそうして
『あら、日出雄ひでをは、ま、どんなに※(「りっしんべん+喜」、第4水準2-12-73)うれしいんでせう。』とつて、くれないのハンカチーフに笑顏えかほふた。

    第二回 こく
送別會――老女亞尼アンニー――ウルピノ山の聖人――十月の祟の日――黄金と眞珠――月夜の出港
 それから談話はなしにはまた一段いちだんはないて、日永ひながの五ぐわつそらもいつか夕陽ゆうひなゝめすやうにあつたので、わたくし一先ひとま暇乞いとまごひせんとをりて『いづれ今夜こんや弦月丸げんげつまるにて――。』とちかけると、濱島はまじま周章あはて押止おしとゞ
『ま、ま、おちなさい、おちなさい、いまから旅亭やどやかへつたとてなにになります。ひさしぶりの面會めんくわいなるを今日けふほどかたつて今夜こんや御出發ごしゆつぱつ是非ぜひわたくしいへより。』と夫人ふじんとも/″\せつすゝめるので、元來ぐわんらい無遠慮勝ぶゑんりよがちわたくしは、らば御意ぎよゐまゝにと、旅亭やどや手荷物てにもつ當家たうけ馬丁べつとうりに使つかはし、此處こゝから三人みたり打揃うちそろつて出發しゆつぱつすることになつた。
いろ/\のあつ待遇もてなしけたのちよるの八ごろになると、當家たうけ番頭ばんとう手代てだいをはじめ下婢かひ下僕げぼくいたるまで、一同いちどうあつまつて送別そうべつもようしをするさうで、わたくしまねかれてそのせきつらなつた。春枝夫人はるえふじんにすぐれて慈愛じひめるひと日出雄少年ひでをせうねん彼等かれらあひだ此上こよなくめでおもんせられてつたので、たれとて袂別わかれをしまぬものはない、しか主人しゆじん濱島はまじま東洋とうやう豪傑がうけつふうで、ことなどは大厭だいきらひ性質たちであるから一同いちどうそのこゝろんで、表面うはべなみだながものなどは一人ひとりかつた。イヤ、こゝたゞ一人いちにん特別とくべつわたくしとゞまつたものがあつた。それはせき末座まつざつらなつてつた一個ひとり年老としをいたる伊太利イタリー婦人ふじんで、このをんな日出雄少年ひでをせうねん保姆うばにと、ひさしき以前いぜんに、とほ田舍ゐなかから雇入やとひいれたをんなさうで、ひくい、白髮しらがあたまの、正直しやうじきさう老女らうぢよであるが、さきほどより愁然しゆうぜんかうべれて、丁度ちやうど死出しで旅路たびぢひとおくるかのごとく、しきりになみだながしてる。
わたくし何故なぜともなく異樣ゐやうかんじた。
『オヤ、亞尼アンニーがまたつまらぬことかんがへていてりますよ。』と、春枝夫人はるえふじん良人おつとかほながめた。
やがて、この集會つどひをはると、十間近まぢかで、いよ/\弦月丸げんげつまる乘船のりくみ時刻じこくとはなつたので、濱島はまじま一家族いつかぞくと、わたくしとはおな馬車ばしやで、おほくひと見送みおくられながら波止塲はとばきたり、其邊そのへんある茶亭ちやてい休憇きうけいした、此處こゝ彼等かれらあひだには、それ/\袂別わかれことばもあらうとおもつたので、わたくし氣轉きてんよく一人ひとりはなれて波打際なみうちぎはへとあゆした。
此時このときにふと心付こゝろつくと、何者なにものわたくしうしろにこそ/\と尾行びかうして樣子やうす、オヤへんだと振返ふりかへる、途端とたんそのかげまろぶがごとわたくし足許あしもとはしつた。ると、こは先刻せんこく送別そうべつせきで、たゞ一人ひとりいてつた亞尼アンニーべる老女らうぢよであつた。
『おや、おまへは。』とわたくし歩行あゆみめると、老女らうぢよいまきながら
賓人まれびとよ、おねがひでござります。』と兩手りやうてあはせてわたくしあほた。
『おまへ亞尼アンニーとかつたねえ、なんようかね。』とわたくししづかにふた。老女らうぢよむしのやうなこゑで『賓人まれびとよ。』と暫時しばしわたくしかほながめてつたが
『あの、わたくし奧樣おくさま日出雄樣ひでをさまとは今夜こんや弦月丸げんげつまるで、貴方あなた御同道ごどうだう日本につぽん御出發ごしゆつぱつになるさうですが、それを御べになること出來できますまいか。』とおそる/\くちひらいたのである。ハテ、めうことをんなだとわたくしまゆひそめたが、よくると、老女らうぢよは、何事なにごとにかいたこゝろなやまして樣子やうすなので、わたくしさからはない
左樣さうさねえ、もうばすこと出來できまいよ。』とかろつて
しかし、おまへ何故なぜ其樣そんななげくのかね。』と言葉ことばやさしくひかけると、この一言いちごん老女らうぢよすこしくかほもた
じつ賓人まれびとよ、わたくしはこれほどかなしいことはありません。はじめて奧樣おくさま日出雄樣ひでをさまが、日本にほんへおかへりになるとうけたまはつたとき本當ほんたう魂消たまぎえましたよ、しかしそれは致方いたしかたもありませんが、其後そのゝちよくうけたまはると、御出帆ごしゆつぱん時日じじつときもあらうに、今夜こんやの十一はん……。』といひかけてくちびるをふるはし
『あの、あの、今夜こんや十一はん御出帆ごしゆつぱんになつては――。』
なに今夜こんや※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)きせん出發しゆつぱつすると如何どうしたのだ。』とわたくしまなこ※(「目+爭」、第3水準1-88-85)みはつた。亞尼アンニーむねかゞみてゝ
わたくし神樣かみさまちかつてまうしますよ、貴方あなたはまだ御存ごぞんじはありますまいが、大變たいへんことがあります。此事このこと旦那樣だんなさまにも奧樣おくさまにも毎度いくたび申上まうしあげて、何卒どうか今夜こんや御出帆ごしゆつぱんけは御見合おみあはくださいと御願おねがまうしたのですが、御兩方おふたりともたゞわらつて「亞尼アンニー其樣そんな心配しんぱいするにはおよばないよ。」とおほせあるばかり、すこしも御聽許おきゝにはならないのです。けれど賓人まれびとよ、わたくしはよくぞんじてります、今夜こんや弦月丸げんげつまるとかで御出發ごしゆつぱつになつては、奧樣おくさまも、日出雄樣ひでをさまも、けつして御無事ごぶじではみませんよ。』
無事ぶじまんとは――。』とわたくしおもはず釣込つりこまれた。
『はい、けつして御無事ごぶじにはみません。』と、亞尼アンニー眞面目まじめになつた、わたくしかほ頼母たのも見上みあげて
わたくし貴方あなたしんじますよ、貴方あなたけつしておわらひになりますまいねえ。』と前置まへおきをしてつた。
ウルピノさん聖人ひじりおつしやつたやうに、むかしから色々いろ/\口碑くちつたへのあるなかで、船旅ふなたびほど時日ときえらばねばならぬものはありません、凶日わるいひ旅立たびだつたひと屹度きつと災難わざはひ出逢であひますよ。これは本當ほんたうです、げんわたくし一人ひとりせがれも、七八ねん以前いぜんことわたくしせつめるのもかで、十ぐわつたゝり家出いへでをしたばかりに、つひおそろしい海蛇うみへびられてしまいました。わたくしにはよくわかつてますよ。奧樣おくさまとて日出雄樣ひでをさまとて今夜こんや御出帆ごしゆつぱんになつたらけつして御無事ごぶじではみません、はい、その理由わけは、今日けふは五ぐわつの十六にちでせう、して、今夜こんやの十一はんといふは、んとおそろしいでは御座ございませんか、刻限こくげんですもの。』
わたくしきながらプツとところであつた。けれど老女らうぢよすこしもかまはず
賓人まれびとよ、わらごとではありませぬ、こくといふのは、一年中いちねんちゆうでも一番いちばん不吉ふきつときなのです、ほか澤山たくさんあるのに、このこの刻限こくげん御出帆ごしゆつぱんになるといふのはんの因果いんぐわでせう、わたくしかんがへるとてもつてもられませぬ。其上そのうへわたくし懇意こんい船乘せんどうさんにいてますと、今度こんど航海かうかいには、弦月丸げんげつまる澤山たくさん黄金わうごん眞珠しんじゆとが積入つみいれてありますさうな、黄金わうごん眞珠しんじゆとがなみあら海上かいじやうあつまると、屹度きつとおそろしいたゝりいたします。あゝ、不吉ふきつうへにも不吉ふきつ賓人まれびとよ、わたくしこゝろ千分せんぶんいちでもおさつしになつたら、どうか奧樣おくさま日出雄樣ひでをさまたすけるとおもつて、今夜こんや御出帆ごしゆつぱんをおください。』とおがまぬばかりにあはせた。いてるとイヤハヤ無※ばか[#「(禾+尤)/上/日」、22-10]はなし! 西洋せいようでもいろ/\と縁起えんぎかたひとはあるが、この老女らうぢよのやうなのはまアめづらしからう。わたくし大笑おほわらひにわらつてやらうとかんがへたが、てよ、たとへ迷信めいしんでも、その主人しゆじんうへおもふことくまでふかく、かくも眞面目まじめものを、無下むげ嘲笑けなすでもあるまいと氣付きづいたので、げて可笑をかしさを無理むりこらえて
亞尼アンニー!。』と一聲いつせいびかけた。
亞尼アンニー! おまへことはよくわかつたよ、その忠實ちうじつなるこゝろをば御主人樣ごしゆじんさま奧樣おくさまもどんなにかおよろこびだらう、けれど――。』と彼女かのぢよかほなが
『けれどおまへことは、みんなむかしはなしで、いまではたゝりくなつたよ。』
『あゝ、貴方あなた矢張やはりわらひなさるのですか。』と亞尼アンニーはいとなさけなきかほまなこぢた。
『いや、けつしてわらふのではないが、其事そのこと心配しんぱいするにはおよばぬよ、奧樣おくさま日出雄少年ひでをせうねんも、わたし生命いのちにかけて保護ほごしてげる。』とつたが、亞尼アンニーほとんど絶望ぜつぼうきはまりなきかほ
『あゝ、もう無益だめだよ/\。』とすゝりきしながら、むつく立上たちあが
神樣かみさま佛樣ほとけさま奧樣おくさま日出雄樣ひでをさま御身おんみをおたすください。』とさけんだまゝ狂氣きやうきごとくにはしつた。
丁度ちやうど此時このとき休憩所きうけいしよでは乘船のりくみ仕度したくとゝのつたとへ、濱島はまじましきりにわたくしこゑきこえた。

    第三回 あやしふね
銅鑼の響――ビール樽の船長――白色の檣燈――古風な英國人――海賊島の奇聞――海蛇丸
 春枝夫人はるえふじんと、日出雄少年ひでをせうねんと、わたくしとが、おほく身送人みおくりにん袂別わかれげて、波止塲はとばから凖備ようい小蒸※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)こじようきせんで、はるかの沖合おきあひ停泊ていはくして弦月丸げんげつまる乘組のりくんだのはその[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、25-2]ぎ三十ぷん濱島武文はまじまたけぶみと、ほか三人みたりひと本船ほんせんまで見送みおくつてた。
この弦月丸げんげつまるといふのは、伊太利イタリー東方※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)船會社とうはうきせんくわいしや持船もちふねで、噸數とんすう六千四百。二ほん煙筒えんとうに四ほんマストすこぶ巨大きよだいふねである、此度このたび支那シナおよ日本につぽん各港かくかうむかつての航海こうかいには、おびたゞしき鐵材てつざいと、黄金わうごん眞珠等しんじゆなどすくなからざる貴重品きちやうひん搭載たうさいしてさうで、その船脚ふなあし餘程よほどふかしづんでえた。
弦月丸げんげつまる舷梯げんていたつすると、私共わたくしども乘船じやうせんことすで乘客じやうきやく名簿めいぼわかつてつたので、船丁ボーイはしつてて、いそがはしく荷物にもつはこぶやら、接待員せつたいゐんうや/\しくぼうだつして、甲板かんぱん混雜こんざつせる夥多あまたひと押分おしわけるやらして、吾等われらみちびかれてふね中部ちゆうぶちかき一とう船室せんしつつた。どの※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)きせんでも左樣さうだが、おな等級とうきふ船室キヤビンうちでも、中部ちゆうぶ船室キヤビンもつとおほひとのぞところである。何故なぜかとへば航海中かうかいちゆうふね動搖どうえうかんずること比較的ひかくてきすくないためで、このへや占領せんりやうするためには虎鬚とらひげ獨逸人ドイツじんや、羅馬風ローマンスタイルはなたか佛蘭西人等フランスじんとう隨分ずゐぶん競爭者きようそうしや澤山たくさんあつたが、さいはひにもネープルスちゆうで「富貴ふうきなる日本人につぽんじん。」と盛名せいめい隆々りう/\たる濱島武文はまじまたけぶみ特別とくべつなる盡力じんりよくがあつたので、吾等われらつひこの最上さいじやう船室キヤビン占領せんりやうすることになつた。くわふるに春枝夫人はるえふじん日出雄少年ひでをせうねん部室へやわたくし部室へやとは隣合となりあつてつたので萬事ばんじいて都合つがうからうとおもはるゝ。
わたくし元來ぐわんらい膝栗毛的ひざくりげてき旅行りよかうであるから、なに面倒めんだうはない、手提革包てさげかばん一個ひとつ船室キヤビンなか投込なげこんだまゝ春枝夫人等はるえふじんら船室キヤビンおとづれた。此時このとき夫人ふじん少年せうねんひざせて、その良君をつとほか三人みたり相手あひて談話はなしをしてつたが、わたくし姿すがたるより
『おや、もうお片附かたづきになりましたの。』といつて嬋娟せんけんたる姿すがたいそむかへた。
『なあに、柳川君やながはくんには片附かたづけるやうな荷物にもつもないのさ。』と濱島はまじまこゑたかわらつて『さあ。』とすゝめた倚子ゐすによつて、わたくしこの仲間なかまいり最早もはや袂別わかれ時刻じこくせまつてたので、いろ/\の談話はなしはそれからそれとくるかつたが、兎角とかくするほどに、ガラン、ガラ、ガラン、ガラ、と船中せんちゆうまは銅鑼どらひゞきかまびすしくきこえた。
『あら、あら、あのおとは――。』と日出雄少年ひでをせうねんをまんまるにして母君はゝぎみやさしきかほあふぐと、春枝夫人はるえふじん默然もくねんとして、その良君をつとる。濱島武文はまじまたけぶみしづかに立上たちあがつて
『もう、袂別おわかれ時刻じこくになつたよ。』と三人みたり顧見かへりみた。
すべて、海上かいじやう規則きそくでは、ふね出港しゆつかうの十ぷん乃至ないし十五ふんまへに、船中せんちうまは銅鑼どらひゞききこゆるととも本船ほんせん立去たちさらねばならぬのである。で、濱島はまじま此時このとき最早もはやこのふねらんとてわたくしにぎりて袂別わかれ言葉ことばあつく、夫人ふじんにも二言ふたこと三言みことつたのち、その愛兒あいじをば右手めていだせて、その房々ふさ/″\とした頭髮かみのけでながら
日出雄ひでをや、おまへちゝとは、これから長時しばらくあひだわかれるのだが、おまへ兼々かね/″\ちゝふやうに、すぐれたひととなつて――有爲りつぱ海軍士官かいぐんしくわんとなつて、日本帝國につぽんていこく干城まもりとなるこゝろわすれてはなりませんよ。』とをはつて、少年せうねんだまつて點頭うなづくのをましやりつゝ、三人みたりうながして船室キヤビンた。
先刻せんこく見送みおくられた吾等われらいま彼等かれらこのふねよりおくいださんと、わたくし右手めて少年せうねんみちびき、流石さすが悄然せうぜんたる春枝夫人はるえふじんたすけて甲板かんぱんると、今宵こよひ陰暦いんれき十三深碧しんぺきそらには一ぺんくももなく、つき浩々かう/\わたりて、くはふるにはるかのおき停泊ていはくしてる三四そうぼうこく軍艦ぐんかんからは、始終しじゆう探海電燈サーチライトをもつて海面かいめんてらしてるので、そのあきらかなること白晝まひるあざむくばかりで、なみのまに/\浮沈うきしづんで浮標ブイかたちさへいとあきらかえるほどだ。
濱島はまじまふね舷梯げんていまでいたつたときいま此方こなた振返ふりかへつて、夫人ふじんとその愛兒あいじとのかほ打眺うちながめたが、なにこゝろにかゝることのあるがごとわたくしひとみてんじて
柳川君やながはくんらばこれにておわかまうすが、春枝はるえ日出雄ひでをこと何分なにぶんにも――。』とかれ日頃ひごろ豪壯がうさうなる性質せいしつには似合にあはぬまで氣遣きづかはしに、あだか何者なにもの空中くうちゆう力強ちからつようでのありて、かれこのとらるがごとくいとゞ立去たちさねてへた。これぞくむしらせとでもいふものであらうかと、のちおもあたつたが、此時このときはたゞ離別りべつじやうさこそとおもるばかりで、わたくし打點頭うちうなづき『濱島君はまじまくんよ、心豐こゝろゆたかにいよ/\さかたまへ、きみ夫人ふじん愛兒あいじ御身おんみは、この柳川やながは生命いのちにかけても守護しゆごしまいらすべし。』とこたへるとかれ莞爾につこ打笑うちえみ、こも/″\三人みたり握手あくしゆして、其儘そのまゝ舷梯げんていくだり、先刻せんこくから待受まちうけてつた小蒸※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)こじやうきせんうつすと、小蒸※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)こじやうきせんたちまなみ蹴立けたてゝ、波止塲はとばかたへとかへつてく、その仇浪あだなみ立騷たちさわほとり海鳥かいてう二三ゆめいて、うたゝ旅客たびゞとはらわたつばかり、日出雄少年ひでをせうねん無邪氣むじやきである
『あら、父君おとつさん單獨ひとり何處どこへいらつしやつたの、もうおかへりにはならないのですか。』と母君はゝぎみ纎手りすがると春枝夫人はるえふじん凛々りゝしとはいひ、女心をんなごゝろのそゞろにあはれもよほして、愁然しゆうぜん見送みおく良人をつと行方ゆくかたつき白晝まひるのやうにあきらかだが、小蒸※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)こじようきせんかたち次第々々しだい/\おぼろになつて、のこけむりのみぞなが名殘なごりとゞめた。
夫人おくさん、すこし、甲板デツキうへでも逍遙さんぽしてませうか。』とわたくし二人ふたりいざなつた。かくしづんでときには、にぎはしき光景くわうけいにてもながめなば、幾分いくぶんこゝろなぐさむるよすがともならんとかんがへたので、わたくし兩人ふたり引連ひきつれて、此時このときばんにぎはしくえた船首せんしゆかたうつした。
最早もはや出港しゆつかう時刻じこくせまつてこととて、此邊このへん仲々なか/\混雜こんざつであつた。かろ服裝ふくさうせる船丁等ボーイらちうになつてけめぐり、たくましき骨格こつかくせる夥多あまた船員等せんゐんら自己おの持塲もちば/\にれつつくりて、後部こうぶ舷梯げんていすで引揚ひきあげられたり。いましも船首甲板せんしゆかんぱんける一等運轉手チーフメート指揮しきしたに、はや一だん水夫等すいふら捲揚機ウインチ周圍しゆうゐあつまつて、つぎの一れいとも錨鎖べうさ卷揚まきあげん身構みがまへ船橋せんけううへにはビールだるのやうに肥滿ひまんした船長せんちやうが、あか頬髯ほゝひげひねりつゝ傲然がうぜんと四はう睥睨へいげいしてる。わたくし三々五々さん/\ごゞむれをなして、其處此處そここゝつてる、顏色いろ際立きはだつてしろ白耳義人ベルギーじんや、「コスメチツク」で鼻髯ひげけんのやうにかためた佛蘭西フランス若紳士わかしんしや、あまりにさけんでさけのためにはなあかくなつた獨逸ドイツ陸軍士官りくぐんしくわんや、其他そのほか美人びじん標本へうほんともいふ伊太利イタリー女俳優をんなはいゆうや、いろ無暗むやみくろ印度インドへん大富豪おほがねもち船客等せんきやくらあひだ立交たちまじらつて、この目醒めざましき光景くわうけい見廻みまはしつゝ、春枝夫人はるえふじんとくさ/″\の物語ものがたりをしてつたが、此時このとき不意ふいにだ、じつ不意ふいわたくし背部うしろで、『や、や、や、しまつたゾ。』と一度いちどさけ[#「口+斗」、32-5]水夫すゐふこゑ同時どうじものあり、甲板かんぱんちて微塵みじんくだけた物音ものおとのしたので、わたくしいそ振返ふりかへつてると、其處そこではいましも、二三の水夫すゐふ滑車くわつしやをもつて前檣ぜんしやうたかかゝげんとした一個いつこ白色燈はくしよくとう――それはふね航海中かうかいちゆう安全あんぜん進航しんかう表章ひやうしようとなるべき球形きゆうけい檣燈しやうとうが、なにかの機會はづみいとえんはなれて、檣上しやうじやう二十フヒートばかりのところから流星りうせいごと落下らくかして、あはやと船長せんちやうてる船橋せんけうあたつて、とう微塵みじんくだけ、燈光とうくわうはパツとえる、船長せんちやうおどろいてかわ拍子へうしあし踏滑ふみすべらして、船橋せんけう階段かいだんを二三だん眞逆まつさかさまちた。水夫すゐふどもは『あツ』とばかりかほいろかへた。船長せんちやう周章あはてゝ起上おきあがつたが、怒氣どき滿面まんめん、けれど自己おの醜態しゆうたいおここと出來できず、ビールだるのやうなはらてゝ、物凄ものすごまなこ水夫すゐふどもにらけると、此時このときわたくしかたはらにはひげながい、あたま禿はげた、如何いかにも古風こふうらしい一個ひとり英國人エイこくじんつてつたが、この活劇ありさまるより、ぶるぶる身慄みぶるひして
『あゝ、あゝ、縁起えんぎでもない、南無阿彌陀佛なむあみだぶつ! このふね惡魔あくまみいつなければよいが。』とつぶやいた。
えい。また御幣ごへいかつぎ! 今日けふんといふだらう。
勿論もちろん此樣こんなことにはなにふか仔細しさいのあらうはづはない。つまり偶然ぐうぜん出來事できごとには相違さうゐないのだが、わたくしなんとなく異樣ゐやうかんじたよ。たれでも左樣さうだが、戰爭いくさ首途かどでとか、旅行たび首途かどですこしでもへんことがあれば、多少たせうけずにはられぬのである。ことわが弦月丸げんげつまるいま萬里ばんり波濤はたうこゝろざして、おと名高なだか地中海ちちゆうかい紅海こうかい印度洋等インドやうとう難所なんしよすゝらんとするその首途かどでに、※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)きせん安全あんぜん航行かうかう表章しるしとなるべき白色檣燈はくしよくしやうとう微塵みじんくだけて、その燈光ともしびえ、同時どうじに、このふね主長しゆちやうともいふべき船長せんちやう船橋せんけうより墮落ついらくして、こゝろ不快ふくわいいだき、かほ憤怒ふんぬさうあらはしたなど、ある意味いみからいふと、なにこの弦月丸げんげつまるわざはひおこその前兆ぜんてうではあるまいかと、どうも心持こゝちはしなかつたのである。無論むろん此樣こん妄想もうざうは、平生いつもならばもなく打消うちけされるのだが、今日けふ先刻せんこくから亞尼アンニーが、だのこくだのとつた言葉ことばや、濱島はまじま日頃ひごろ氣遣きづかはしなりし樣子やうすまでが、一時いちじこゝろうかんでて、非常ひじやうへん心地こゝちがしたので、むしこの立去たちさらんと、春枝夫人はるえふじん見返みかへると、夫人ふじんいま有樣ありさま古風こふうなる英國人エイこくじん獨言ひとりごとには幾分いくぶん不快ふくわいかんじたと
『あのともはうへでもいらつしやいませんか。』とわたくしうながしつゝ蓮歩れんぽ彼方かなたうつした。
やが船尾せんびかたると、此處こゝ人影ひとかげまれで、すで洗淨せんじようをはつて、幾分いくぶん水氣すゐきびて甲板かんぱんうへには、つきひかり一段いちだん冴渡さへわたつてる。
矢張やはりしづかなところございますねえ。』と春枝夫人はるえふじん此時このときさびしきえみうかべて、日出雄少年ひでをせうねんともにずつと船端せんたんつて、鐵欄てすりもたれてはるかなる埠頭はとばはうながめつゝ
日出雄ひでをや、あのむかふにえるたかやまおぼえておいでかえ。』と住馴すみなれし子ープルス市街まち東南とうなんそびゆるやまゆびざすと、日出雄少年ひでをせうねん
モリスざんでせう、わたくしはよつくおぼえてますよ。』とパツチリとした母君はゝぎみかほ見上みあげた。
『おゝ、それなら、あの電氣燈でんきとう澤山たくさんかゞやいて、おほきな煙筒けむりだしが五ほんも六ぽんならんでところは――。』
サンガローまち――おつかさん、わたくしいへ彼處あそこにあるんですねえ。』と少年せうねん兩手りようて鐵欄てすりうへせて
父君おとつさんはもううちへおかへりになつたでせうか。』
『おゝ、おかへりになりましたとも、そして今頃いまごろは、あの保姆ばあやや、番頭ばんとうスミスさんなんかに、おまへ温順おとなしくおふねつてことはなしていらつしやるでせう。』と言葉ことばやさしく愛兒あいじ房々ふさ/″\せる頭髮かみのけたまのやうなるほゝをすりせて、餘念よねんもなく物語ものがたる、これが夫人ふじんめには、唯一ゆいいつなぐさみであらう。かゝるやさしき振舞ふるまひさまたぐるは、こゝろなきわざおもつたから、わたくしわざ其處そこへはかず、すこはなれてたゞ一人ひとり安樂倚子アームチエヤーうへよこたへて、四方よも風景けしき見渡みわたすと、今宵こよひつきあきらかなれば、さしもにひろネープルスわん眼界がんかいいたらぬくまはなく、おぼろ/\にゆるイスチヤみさきには廻轉燈明臺くわいてんとうめうだいえつ、かくれつ、てんそびゆるモリスざんいたゞきにはまだのこんゆき眞白ましろなるに、つきひかりのきら/\と反射はんしやしてるなどはれず、港内かうない電燈でんとうひかり煌々くわう/\たる波止塲はとば附近ほとりからずつと此方こなたまで、金龍きんりうわしなみうへには、船艦せんかんうかこと幾百艘いくひやくさうふねふね前檣ぜんしやう白燈はくとう右舷うげん緑燈りよくとう左舷さげん紅燈こうとう海上法かいじやうはふまもり、停泊とゞまれるふね大鳥おほとり波上はじやうねむるにて、丁度ちやうどゆめにでもありさう景色けしき! わたくし此樣こん風景ふうけい今迄いまゝで幾回いくくわいともなくながめたが、今宵こよひはわけて趣味しゆみあるやうおぼえたのでまなこはなたず、それからそれとながめてうち、ふととまつた一つの有樣ありさま――それは此處こゝから五百米突メートルばかりの距離きより停泊ていはくしてる一そう※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)じようきせんで、いまぼうこく軍艦ぐんかんからの探海燈たんかいとう其邊そのへんくまなくてらしてるので、その甲板かんぱん裝置さうちなどもるやうにえる、このふね噸數とんすう一千とんくらゐ船體せんたい黒色こくしよくられて、二本にほん煙筒チム子ー二本にほんマスト軍艦ぐんかんでないことわかつてるが、商船しやうせんか、郵便船ゆうびんせんか、あるひ何等なにらかの目的もくてきいうしてふねそれわからない。勿論もちろん外形ぐわいけいあらはれてもなにいぶかしいてんはないが、すこしくわたくし異樣ゐやうおぼえたのは、さう噸數とんすう一千とんくらゐにしてはその構造かうざうあまりに堅固けんごらしいのと、またその甲板かんぱん下部したには數門すもん大砲等たいほうなど搭載つみこまれるのではあるまいか、その船脚ふなあし尋常じんじやうならずふかしづんでえる。いまその二本にほん烟筒えんとうからさかんに黒煙こくえんいてるのはすで出港しゆつかう時刻じこくたつしたのであらう、る/\船首せんしゆいかり卷揚まきあげられて、徐々じよ/\として進航しんかうはじめた。わたくし何氣なにげなく衣袋ポツケツトさぐつて、双眼鏡さうがんきやう取出とりいだし、あはせてほよくその甲板かんぱん工合ぐあひやうとする、丁度ちやうど此時このとき先方むかふふねでも、一個ひとり船員せんゐんらしいをとこが、船橋せんけううへから一心いつしん双眼鏡そうがんきやうふねけてつたが、不思議ふしぎだ、わたくし視線しせん彼方かなた視線しせんとがはしなくも衝突しようとつすると、たちま彼男かなた双眼鏡そうがんきやうをかなぐりてゝ、乾顏そしらぬかほよこいた。その擧動ふるまひのあまりに奇怪きくわいなのでわたくしおもはず小首こくびかたむけたが、此時このとき何故なにゆゑともれず偶然ぐうぜんにもむねうかんでひとつの物語ものがたりがある。それはわすれもせぬ去年きよねんあきことで、わたくし米國ベイこくから歐羅巴エウロツパわた航海中かうかいちうで、ふと一人ひとり英國イギリス老水夫らうすゐふ懇意こんいになつた。その[#ルビの「その」は底本では「たの」]老水夫らうすゐふがいろ/\の興味けうみあるはなしなかで、もつとふかわたくしこゝろきざまれてるのは、一番いちばんおそろしい航路かうろ印度洋インドやうだとうふ物語ものがたり亞弗利加洲アフリカしう東方ひがしのかたマダカッスルたうからも餘程よほどはなれて、ひとゆめにもらない海賊島かいぞくたうといふのがあるさうだ、無論むろん世界地圖せかいちづにはこと出來でき孤島こたうであるが、其處そこには獰猛どうまう鬼神きじんあざむ數百すうひやく海賊かいぞく一團體いちだんたいをなして、迅速じんそく堅固けんごなる七さう海賊船かいぞくせんうかべて、えず其邊そのへん航路かうろ徘徊はいくわいし、ときにはとほ大西洋たいせいやう[#「大西洋たいせいやうの」は底本では「太西洋たいせいやうの」]沿岸えんがんまでもふね乘出のりだして、非常ひじやう貴重きちやう貨物くわぶつ搭載とうさいしたふねると、たちまこれ撃沈げきちんして、にくよくたくましうしてるとのはなしして歐米をうべい海員かいゐん仲間なかまでは、此事このことらぬでもないが、如何いかにせん、この海賊かいぞく團體だんたい狡猾かうくわつなること言語げんごえて、そのきたるやかぜごとく、そのるもかぜごとく。海賊かいぞくども如何いかにして探知たんちするものかはらぬがそのねらさだめるふねは、つねだいとう貴重きちやう貨物くわぶつ搭載とうさいしてふねかぎかわりに、滅多めつたそのかたちあらはさぬためと、いま一つにはこの海賊かいぞくはい何時いつころよりか、をもつて歐洲をうしうぼう強國きやうこく結托けつたくして、年々ねん/\五千萬弗まんどるちか賄賂わいろをさめてために、かへつて隱然いんぜんたる保護ほごけ、をりふしそのふね貿易港ぼうえきかう停泊ていはくする塲合ばあひには立派りつぱ國籍こくせきいうするふねとして、その甲板かんぱんにはその強國きやうこく商船旗しようせんきひるがへして、傍若無人ぼうじやくむじん振舞ふるまつてよしじつしからぬはなしである。
わたくしいま二本にほん煙筒えんとう二本にほんマスト不思議ふしぎなるふねて、神經しんけい作用さようかはらぬがふとおもうかんだこのはなししかの老水夫らうすゐふげん眞實まことならば、此樣こんふねではあるまいか、その海賊船かいぞくせんといふのは、かく氣味きみわることだとおもつてうちに、あやしふねはだん/\と速力そくりよくして、わが弦月丸げんげつまる左方さはうかすめるやうに※去すぎさ[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、41-4]とき本船ほんせんより射出しやしゆつする船燈せんとうひかりチラみとめたのはその船尾せんびしるされてあつた「海蛇丸かいだまる」の三、「海蛇丸かいだまる」とはたしかにかのふね名稱めいしやうである。る/\うちなみ蹴立けたてゝ、蒼渺そうびやう彼方かなたうせた。
『あゝ、めうだ/\、今日けふ何故なぜ此樣こんな不思議ふしぎことつゞくのだらう。』とわたくしおもはずさけんだ。
『おや、貴方あなた如何どうかなすつて。』と春枝夫人はるえふじん日出雄少年ひでをせうねんともおどろいて振向ふりむいた。
夫人ふじん!』とわたくしくちつたが、てよ、いま塲合ばあひ此樣こんはなし――むしわたくし一個人いつこじん想像さうざう[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、42-1]ぎないこと輕々かろ/″\しくかたつて、このうるはしきひとの、やさしきこゝろいためるでもあるまい、と心付こゝろづいたので
『いや、なんでもありませんよ、あはゝゝゝ。』とわざこゑたかわらつた。丁度ちやうど此時このとき甲板かんぱんには十一はんほうずる七點鐘てんしようひゞいて、同時どうじにボー、ボー、ボーツとあだか獅子しゝゆるやうな※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)きてきひゞき、それは出港しゆつかう相圖あひづで、吾等われら運命うんめいたくする弦月丸げんげつまるは、つひ徐々じよ/″\として進航しんかうをはじめた。

    第四回 反古ほご新聞しんぶん
葉卷烟草シーガレツト――櫻木海軍大佐の行衞――大帆走船と三十七名の水夫――奇妙な新體詩――秘密の大發明――二點鐘カヽン々々
 灣口わんこうづるまで、わたくし春枝夫人はるえふじん日出雄少年ひでをせうねんとを相手あひて甲板上かんぱんじやうたゞずんで、四方よも景色けしきながめてつたが、其内そのうちネープルスかう燈光ともしびかすかになり、夜寒よざむかぜむやうにおぼえたので、つひ甲板かんぱんくだつた。
夫人ふじん少年せうねんとをその船室キヤビンおくつて、明朝めうてうちぎつて自分じぶん船室へやかへつたとき八點鐘はつてんしよう號鐘がうしようはいと澄渡すみわたつて甲板かんぱんきこえた。
『おや、もう十二!』とわたくし獨語どくごした。すでよるふかく、くわふるに當夜このよなみおだやかにして、ふねいさゝか動搖ゆるぎもなければ、船客せんきやく多數おほかたすでやすゆめつたのであらう、たゞ※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)機關じようききくわんひゞきのかまびすしきと、折々をり/\當番たうばん船員せんゐん靴音くつおとたか甲板かんぱん往來わうらいするのがきこゆるのみである。
わたくし衣服ゐふくあらためて寢臺ねだいよこたわつたが、何故なぜすこしもねぶられなかつた。船室キヤビン中央ちゆうわうつるしてある球燈きゆうとうひかり煌々くわう/\かゞやいてるが、どうも其邊そのへんなに魔性ませうでもるやうで、空氣くうきあたまおさへるやうにおもく、じつ寢苦ねぐるしかつた。諸君しよくん御經驗ごけいけんであらうが此樣こんときにはとてもねむられるものではない、いらだてばいらだほどまなこえてむねにはさま/″\の妄想もうざう往來わうらいする。
わたくしおもつてふたゝ起上おきあがつた。喫烟室スモーキングルームくも面倒めんだうなり、すこふね規則きそく違反ゐはんではあるが、此室こゝ葉卷シユーガーでもくゆらさうとおもつて洋服やうふく衣袋ポツケツトさぐりてたが一ぽんい、不圖ふとおもしたのは先刻せんこくネープルスかう出發しゆつぱつのみぎり、濱島はまじまおくつてれたかずある贈物おくりものうち、四かく新聞しんぶんつゝみは、しや煙草たばこはこではあるまいかとかんがへたので、いそひらいてると果然くわぜん最上さいじやう葉卷はまき! 『しめたり。』とてんじて、スパスパやりながら餘念よねんもなく其邊そのへん見廻みまわしてうちるといま葉卷はまきはこつゝんであつた新聞紙しんぶんし
『オヤ、日本につぽん新聞しんぶんだよ。』とわたくしおもはず取上とりあげた。
本國ほんごくでゝから二年間ねんかんたびからたびへと遍歴へんれきしてあるは、折々をり/\日本につぽん公使館こうしくわん領事館りようじくわんで、本國ほんこくめづらしき事件ことみゝにするほかは、日本につぽん新聞しんぶんなどをこときはめてまれであるから、わたくしじつなつかしくかんじた。いそしわのばしてると、これはすでに一ねんはんまへ東京とうけいぼう新聞しんぶんであつた。一ねんはんまへといへばわたくしがまだ亞米利加アメリカ大陸たいりく滯在たいざいしてつた時分じぶんことで、隨分ずいぶんふる新聞しんぶんではあるが、ふるくつてもんでもよい、故郷こきやうなつかしとおもふ一ねんに、はなたずんでゆくうちたちまいた一だん記事きじがあつた。それは本紙ほんしだいめんごと雜報ざつぽうであつた。
櫻木豫備海軍大佐の行衞==讀者どくしや記臆きおくせらるし、先年せんねんしゆ強力きやうりよくなる爆發藥ばくはつやく發明はつめいし、つゞいて浮標水雷ふへうすゐらい花環榴彈等くわくわんりうだんとう二三の軍器ぐんき有功いうこうなる改良かいりようほどこしたるをもつて、海軍部内かいぐんぶない其人そのひとありとられたる豫備海軍大佐櫻木重雄氏よびかいぐんたいささぐらぎしげをしは一昨年さくねん英國エイこくあそ歸朝きてう以來いらいふかくわだつるところあり、おどろ軍事上ぐんじじやう大發明だいはつめいをなして、我國々防上わがくにこくぼうじやう貢獻こうけんするところあらんと、かね工夫くふう慘憺さんたんよしほのかみゝにせしが、此度このたびいよ/\じゆくしけん、あるひおもんぱかところありてにや、本月ほんげつ初旬しよじゆん横濱よこはまぼう商船會社しやうせんくわいしやよりなみ江丸えまるといへる一だい帆走船ほまへせんあがなひ、ひそかに糧食りようしよく石炭せきたん氣發油きはつゆう※卷蝋くわけんらう[#「渦」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、46-5]鋼索こうさく化學用くわがくようしよ劇藥げきやく其他そのほか世人せじん到底たうてい豫想よさうがた幾多いくた材料ざいりよう蒐集中しうしふちうなりしが、何時いつとも吾人われら氣付きづかぬその姿すがたかくしぬ。櫻木大佐さくらぎたいさその姿すがたかくすとともにかの帆走船ほまへせんその停泊港ていはくかうらずなり、あはせて大佐たいさ年來ねんらい部下ぶかとしてかみごとおやごとくに服從ふくじゆうせる三十七めい水兵すゐへいその姿すがたうしなひたりといへば、おもふに大佐たいさ暗夜あんやじようじて、ひそかにその部下ぶか引連ひきつ本邦ほんぽうをば立去たちさりしものならん、此事このこと海軍部内かいぐんぶないおいてもきはめて秘密ひみつとするところにして、何人なんぴとその行衞ゆくえものなし、たゞ心當こゝろあたりともきは、昨夕さくゆう横濱よこはま入港にふかうせし英國エイこくぼう郵船ゆうせんは四五にちぜん夜半やはんきたボル子ヲたう附近ふきんにて日本につぽん國旗こくきかゝげし一だい帆走船ほまへせんみとめしよしにて、そのふね形状等けいじようとうあだか大佐たいさ帆走船ほまへせん似寄によりたるところあれば、その航路かうろりて支那海シナかい[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、47-3]印度洋インドやう方面はうめんすゝみしにあらずやとのうたがひあり、もとより今回こんくわい企圖くわだて秘中ひちう秘事ひじにして、到底たうてい測知そくちきにあらざれども、にもかくにも非凡ひぼん智能ちのう遠大えんだい目的もくてきとをいうすることなれば、何時いつ意外いぐわい方面はうめんより意外いぐわい大功績だいこうせきもたらしてふたゝ吾人ごじん眼前がんぜんあらはれきたるやもからず、刮目くわつもくしてきなり。== 云々うんぬん
何等なにら關係くわんけいはなくとも、かる記事きじんだひと多少たせうこゝろうごかすであらう。ことわたくし櫻木海軍大佐さくらぎかいぐんたいさとは面識めんしき間柄あひだがらで、數年すねんぜんことわたくしがまだ今回こんくわい漫遊まんゆうのぼらぬ以前いぜん、あるなつ北海道旅行ほくかいだうりよかうくわだてたとき横濱よこはまから凾館はこだておもむ※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)きせんなかで、はからずも大佐たいさ對面たいめんしたことがある。其頃そのころ大佐たいさ年輩としごろ三十二三、威風ゐふう凛々りん/\たる快男子くわいだんしで、その眼光がんくわう烱々けい/\たると、その音聲おんせい朗々ろう/\たるとは、如何いかにも有爲いうゐ氣象きしやう果斷くわだん性質せいしつんでるかをおもはしめた。其人そのひといま新聞しんぶん題目だいもくとなつて世人よのひといぶか旅路たびぢこゝろざしたといふ、その行先ゆくさき何地いづこであらう、その目的もくてきなんであらう。軍事上ぐんじじやう大發明だいはつめい――一だい帆走船ほまへせん――三十七めい水兵すゐへい――化學用くわがくよう藥品やくひん是等これらからおもあはせるとおぼろながらも想像さうぞう出來できことはない。いま世界せかい各國かくこくたがひへいみがき、こと海軍力かいぐんりよくには全力ぜんりよくつくして英佛露獨エイフツロドクわれをとらじと權勢けんせいあらそつてる、しかして目今もくこんその權力けんりよく爭議さふぎ中心點ちゆうしんてんおほ東洋とうやう天地てんちで、支那シナごと朝鮮テウセンごときはえずその侵害しんがいかふむりつゝある、此時このときあたつて、東洋とうやう覇國はこくともいふわが大日本帝國だいにつぽんていこくそのところじつおもく一ぱう東洋とうやう平和へいわたもたんがめ、他方たはうすくなくとも我國わがくに威信ゐしんそんせんがめには非常ひじやう决心けつしん實力じつりよくとをえうするのである。しかるも我國わがくに財源ざいげんにはかぎりあり、兵船へいせん増加ぞうかにも限度げんどあり、くにおもふの日夜にちや此事このこと憂慮ゆうりよし、えず此點このてんむかつてさくこうじてる。櫻木海軍大佐さくらぎかいぐんたいさ元來ぐわんらい愛國あいこく慷慨かうがいひとかつ北海ほくかい※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)きせん面會めんくわいしたときも、談話だんわこゝおよんだときかれはふと衣袋ポツケツトそこさぐつて、昨夜さくや旅亭りよてい徒然つれ/″\つくつたのだとつて、一ぺん不思議ふしぎ新體詩しんたいししめされた。たけ武人ものゝふ風流ふうりうみちは、また格別かくべつ可笑をかしいではないか。
そのうだ。
つきたかく、かぜねむれる印度洋インドやう。 かゞみごとうみおもに。
 にはかおこみづけぶり。 ※(「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1-94-55)げいがくえ、りようをどる※[#感嘆符三つ、49-9]

よ、巨浪なみいかりててん※(「如/手」、第4水準2-13-8)き。 黒雲こくうんひくうみる。
 きらめくはいなづまか、とゞろくはいかづちか。 砲火ほうくわ閃々せん/\砲聲ほうせい殷々いん/\
よ、硝煙せうえんうちをぬけ。 つきひかりがほに。
 波濤はたうりて數百すうひやくの。 艨艟まうしやうはたきてぐ。
のがるゝ※(「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1-94-55)げいがく飛龍ひりう!。 飛龍ひりういさ※(「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1-94-55)げいがくは。
 青息あほいきならぬ黒烟こくえんを。 きてかげをばかくしけり。

かの※(「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1-94-55)げいがくぞ、てんはて。 はたかくいたまで
 およ波濤はたうつところ。 およ珍寳ちんぽうるところ。
やまなすなみふねとなし。 千里せんりかぜとなして。
 跳梁跋扈てうりやうばつこらぬ。 かの歐洲をうしう聯合艦隊れんがふかんたい[#感嘆符三つ、50-8]

飛龍ひりう[#ルビの「ひりう」は底本では「ひりよう」]なにぞ、東洋とうやうの。 鎖鑰さやくにぎ日出につしゆつの。
 ひかりうみかゞやかす。 そのたか日本艦隊につぽんかんたい[#感嘆符三つ、50-10]

それ日本につぽん東洋とうやうの。 飛龍ひりうたる一小邦いつせうはう
 それ歐洲をうしうは、げいよりも。 はた※(「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1-94-55)がくよりもいとたけき。
     宇内うだい睥睨にらむ。 一大洲いちだいしう

いぶかしや。
 だいやぶれて、せうつ。 何故なにゆゑ※(疑問符感嘆符、1-8-77)

け。 敗將はいしやうふところ。
 艦橋かんけうのぼき。 ほしあほぎてたんずらく。
  われ百萬ひやくまん巨艦きよかんあり。 雲霞うんかごと將士しやうしあり。
   ほうあり。 けんあり。 火藥くわやくあり。
なんおそれむ日本海軍につぽんかいぐん。 あきごとく。
 海屑もくづとなさんいきほひに。 すゝむや、エイフツドクかん

おもひきや。  日本につぽん不思議ふしぎ魔力まりよくあり。
 これ。 俄砲ガツトリングほうか。 あらず。
 シエルブル水雷艇すゐらいていか。 あらず。
いまず。 いまかざる大軍器だいぐんき[#感嘆符三つ、52-6]
 かぜのごとくきたり。 かぜのごとくり。
しやち魚群ぎよぐんごとく。 エレキものつごとく。
 よ、わが艦隊かんたい粉韲うちくだく、 電光石火でんくわうせきくわ大魔力だいまりよく[#感嘆符三つ、52-9]

あゝ、 おそるべし。 おそるべし。
 りうねむれる日本海につぽんかい。 黒雲こくうんべる東洋とうやうの。
  そらつんざひかり。 うみひそめる大軍器だいぐんき[#感嘆符三つ、53-2]

やう文句もんくで、隨分ずゐぶん奇妙きめうな、おそらくは新派しんぱ先生せんせい一派いつぱから税金ぜいきん徴收とりさうなではあつたが、つきあきらかに、かぜきよ※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)きせん甲板かんぱんにて、大佐たいさ軍刀ぐんたうつか後部うしろまはし、その朗々らう/\たる音聲おんせいにて、しようきたしようつたときには、わたくしおもはず快哉くわいさいさけ[#「口+斗」、53-6]んだよ。勿論もちろん其時そのときべつこゝろにもめなかつたが、いまになつてはじめてそれとおもあたふしいでもない。
なにもあれこの反古ほご新聞しんぶん記事きじによると、櫻木海軍大佐さくらぎかいぐんたいさこの秘密ひみつなる旅行りよかうくはだてたのはすでに一ねんはん以前いぜんことで、まへにもいふとうわたくしがまだ亞米利加アメリカ[#「亞米利加アメリカの」は底本では「亞利利加アメリカの」]大陸たいりく漫遊まんゆうしてつた時分じぶんことで、其後そのゝちわたくしえずたびからたびへと遍歴へんれきしてつたので、この珍聞ちんぶんつたのもいまはじめてであるが、あゝ、大佐たいさ其後そのゝち如何いかにしたであらう、つひその目的もくてきたつしてふたゝ日本につほんかへつたであらうか。櫻木海軍大佐さくらぎかいぐんたいさその性質せいしつからいつても、かゝる擧動きよどうでたのはおほいするところがあつたに相違さうゐない。してかれは一くわだてたことその目的もくてきたつするまではまぬひとであるから、大佐たいさふたゝ此世このよあらはれてときにはかなら絶大ぜつだい功績こうせきもたらしてことうたがひもない、されば櫻木大佐さくらぎたいさふたゝ日本につぽんかへつたものとすれば、その勳功くんこう日月じつげつよりもあきらかにかゞやきて、如何いかわたくしたびからたびへと經廻へめぐつてるにしてもその風聞ふうぶんみゝたつせぬことはあるまい、しかるに今日こんにちまで幾度いくたび各國市府かくこくしふ日本公使館につぽんこうしくわん領事館りやうじくわんおとづれたが、一もそれとおぼしき消息せうそくみゝにせぬのは、大佐たいさその行衞ゆくゑくらましたまゝあらはれてなによりの證據しようこ。あゝ、大佐たいさ其後そのご何處いづこ如何どうしてるだらうとかんがへるとまた種々さま/″\想像さうざういてる。
此時このときだい點鐘てんしようカン、カンとる。((船中の號鐘は一點鐘より八點鐘まで四時間交代なり)
『おや、とう/\一になつた。』とわたくし欠伸あくびした。何時いつまでかんがへてつたとて際限さいげんのないことつは此樣こんなかすのは衞生上ゑいせいじやうにもきわめてつゝしことおもつたのでわたくしげん想像さうぞう材料ざいりようとなつて古新聞ふるしんぶんをば押丸おしまろめて部室へや片隅かたすみ押遣おしやり、いて寢臺ねだいよこたはつた。はじめあひだ矢張やはりあたまめうで、先刻せんこくおなやうにいろ/\の妄想まうざうしてもしてもむねうかんでて、こく――亞尼アンニーかほ――微塵みじんくだけた白色檣燈はくしよくしようとう――あやしふね――双眼鏡さうがんきやうなどがかはる/\ゆめまぼろしと腦中のうちゆうちらついてたが、何時いつ晝間ひる疲勞つかれに二號鐘がうしようかぬうち有耶無耶うやむやゆめちた。

    第五回 「ピアノ」と拳鬪けんとう
船中の音樂會――鵞鳥聲の婦人――春枝夫人の名譽――甲板の競走――相撲――私の大閉口――曲馬師の虎
 翌朝よくあさ銅鑼どらおどろ目醒めさめたのは八三十ぷんで、海上かいじやう旭光あさひ舷窓げんさうたうして鮮明あざやか室内しつないてらしてつた。船中せんちゆう三十ぷん銅鑼どら通常つうじやう朝食サツパー報知しらせである。
『や、寢※ねす[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、56-7]ぎたぞ。』といそ飛起とびおき、衣服ゐふくあらため、櫛髮くしけづりをはつて、急足いそぎあし食堂しよくどうると、壯麗さうれいなる食卓しよくたく正面しようめんにはふね規則きそくとしてれいのビールだる船長せんちやう威儀ゐぎたゞして着席ちやくせきし、それより左右さゆう兩側りやうがわに、エイフツドクハク伊等イとう各國かくこく上等じやうとう船客せんきやくいづれも美々びゞしき服裝ふくさうして着席ちやくせきせる其中そのなかまじつて、うるはしき春枝夫人はるえふじん可憐かれん日出雄少年ひでをせうねんとの姿すがたえた。少年せうねんわたくしるよりいとなつかし倚子ゐすからつて『おはよう。』とばかり可愛かあいらしきかうべれた。『好朝おはよう。』とわたくしかろ會釋えしやくしてそのかたはら[#ルビの「かたはら」は底本では「からはら」]すゝり、なにとなく物淋ものさびえた春枝夫人はるえふじんまなこてん
夫人おくさん昨夜ゆふべ御安眠ごあんみんになりましたか。』とふと、夫人ふじんかすかなえみうか
『イエ、このはよくねむりましたが、わたくしふねれませんので。』とこたふ。さもありぬべし、ゆきあざむほうへん幾分いくぶん蒼色あをみびたるは、たしかに睡眠ねむりらぬことしようしてる。船中せんちゆうあさ食事しよくじは「スープ」のほか冷肉れいにく、「ライスカレー」、「カフヒー」それに香料にほひつた美麗うるはしき菓子くわし其他そのほか「パインアツプル」とうきはめて淡泊たんぱく食事しよくじで、それがむと、日出雄少年ひでをせうねんなによりさき甲板かんぱん目指めざしてはしつてくので、夫人ふじんわたくしそのあとつゞいた。
甲板かんぱんると、弦月丸げんげつまる昨夜ゆふべあひだカプリとうおき[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、58-1]ぎ、いまリコシアみさきなゝめ進航しんかうしてる、季節せつは五ぐわつ中旬なかばあつからずさむからぬ時※じこう[#「候」の「ユ」に代えて「工」、58-3]くはふるに此邊このへんたい風光ふうくわう宛然えんぜんたる畫中ぐわちゆうけいで、すでに水平線上すゐへいせんじやうたかのぼつた太陽たいよう燦爛さんらんたるひかりみづおとして金波きんぱ洋々やう/\たるうみおもには白帆はくはんかげてんてんそのあひだ海鴎かいおう長閑のどかむらがんで有樣ありさまなどは自然しぜんこゝろさはやかになるほどで、わたくし昨夕ゆふべ以來いらいのさま/″\の不快ふくわい出來事できごとをばあらつたやうわすれてしまつた。春枝夫人はるえふじんもいと晴々はれ/″\しき顏色がんしよくで、そよ/\とみなみかぜびんのほつれはらはせながら餘念よねんもなく海上かいじやうながめてる。日出雄少年ひでをせうねん特更ことさら子供心こどもごゝろ愉快ゆくわい愉快ゆくわいたまらない、丁度ちやうど牧塲まきばあそ小羊こひつじのやうに其處此處そここゝとなくんであるいて、折々をり/\わたくしそばはしつてては甲板かんぱんうへ裝置さうちされた樣々さま/″\船具せんぐについて疑問ぎもんおこし、また母君はゝぎみうでにすがつてはるかにゆる島々しま/″\ゆびざし『あれは子ープルスいへの三がいからへるエリノしまにそのまんまですこと此方こなたのはあたま禿げた老爺おぢいさんがさかなつてかたちによくますねえ。』などゝいとたのえた。
やうやたかく、かぜすゞしく、ふね進行すゝみのやうである。わたくし甲板かんぱん安樂倚子あんらくゐすをよせて倩々つら/\かんがへた。昨日きのふまでは經廻へめぐ旅路たびいくときたのしきときかたらふひととては一人ひとりもなく、あした明星めうぜうすゞしきひかりのぞみ、ゆふべ晩照ゆふやけ華美はなやかなる景色けしきながむるにもたゞ一人ひとりわれ吾心わがこゝろなぐさむるのみであつたが、昨日きのふはからずも天外てんぐわい萬里ばんりわが同胞どうほうにめぐりひ、あだかてんのなせるがごと奇縁きえんにていま優美やさし春枝夫人はるえふじん可憐かれんなる日出雄少年等ひでをせうねんらおなふねおな故國ふるさとかへるとはなにたる幸福しあはせであらう。今度こんどこの弦月丸げんげつまる航海かうかいには乘客じやうきやくかずは五百にんちか船員せんゐんあはせると七百にん以上いじやう乘組のりくみであるが、其中そのなか日本人につぽんじんといふのは夫人ふじん少年せうねんわたくしとの三めいのみ、この不思議ふしぎなるえんむすばれし三人みたりこれから海原うなばらとほ幾千里いくせんり、ひとしくこのふね運命うんめいたくしてるのであるが、てん冥加めうがといふものがるならばちかきに印度洋インドやうすぐ[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、60-3]とき支那海シナかいときにも、今日けふごと浪路なみぢおだやかに、やがあひとも※去くわこ[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、60-4]平安へいあんいはひつゝ芙蓉ふようみねあふこと出來できるやうにと只管ひたすらてんいのるのほかはないのである。
ネープルスかうから海路かいろすう多島海たたうかい[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、60-7]ぎ、地中海ちちゆうかいり、ポートセツトにて石炭せきたんおよ飮料水ゐんりようすゐ補充ほじうして、それより水先案内みづさきあんないをとつてスエス地峽ちけう[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、60-9]ぎ、往昔むかしから世界せかいだい一の難所なんしよ航海者かうかいしやきもさむからしめた、紅海こうかいめい死海しかいばれたる荒海あらうみ血汐ちしほごと波濤なみうへはしつて、右舷うげん左舷さげんよりながむる海上かいじやうには、此邊このへん空氣くうき不思議ふしぎなる作用さようにて、とほしまちかえ、ちかふねかへつとほえ、其爲そのため數知かずし[#ルビの「かずし」は底本では「かずす」]れず不測ふそくわざはひかもして、この洋中やうちゆう難破なんぱせる沈沒船ちんぼつせん船體せんたいすで海底かいていちて、名殘なごり檣頭しやうとうのみ波間はかん隱見いんけんせるその物凄ものすご光景くわうけいとふらひつゝ、すゝすゝんでつひ印度洋インドやう海口かいこうともいふアデンわんたつし、はるかにソコトラじま煙波えんぱ縹茫へうぼうたるおきのぞむまで、大約たいやく週間しうかん航路かうろ毎日まいにち毎日まいにち天氣てんき晴朗せいらうで、海波かいは平穩おだやかで、十數年すうねんらいなみまくらわた水夫すゐふども未曾有みそういうかう航海かうかいだとかたつたほどで、したがつ其間そのあひだには格別かくべつしるほどこともない。たゞ二つ三つ記臆きおくとゞまつてるのはかゝ平和へいわあひだにも不運ふうんかみこのふね何處いづこにか潜伏ひそんでつたとえ、ふねメシナ海峽かいけういでんとするとき一人ひとり船客せんきやく海中かいちゆうげて無殘むざん最後さいごげたことと、下等船客かとうせんきやくいち支那人シナじんはまだ伊太利イタリー領海りやうかいはなれぬ、ころよりくるしきやまひおかされてつひカンデイアじまセリゴじまとのあひだ死亡しぼうしたために、海上かいじやう規則きそく船長せんちやう以下いか澤山たくさん船員せんゐん甲板かんぱんあつまつて英國エイこくの一宣教師せんけうし引導いんだうもとその死骸しがいをば海底かいていはうむつてしまつたことと、是等これらきはめて悲慘ひざん出來事できごとであるが、ほか愉快ゆくわいことも二つ三ついでもない。
何處どこでもなが航海かうかいでは船中せんちゆう散鬱うさばらしにと、茶番ちやばん演劇えんげき舞踏ぶたうもようしがある。こと歐洲をうしう東洋とうやうとのあひだ全世界ぜんせかいもつとなが航路かうろであればかゝ凖備じゆんびは一そうよくとゝなつてる。この弦月丸げんげつまるにもしば/\そのもようしがあつて私等わたくしら折々をり/\臨席りんせきしたが、あること電燈でんとうひかりまばゆき舞踏室ぶたうしつでは今夜こんやめづらしく音樂會おんがくくわいもようさるゝよしで、幾百人いくひやくにん歐米人をうべいじんおいわかきも其處そこあつまつて、狂氣きやうきのやうにさはいでる。禿頭はげあたま佛蘭西フランス老紳士らうしんし昔日むかし腕前うでまへせてれんとバイオリンつてくかかぬにうたきよくをハツタとわすれて、あたまで/\罷退まかりさがるなど隨分ずゐぶん滑※的こつけいてき[#「(禾+尤)/上/日」、62-10]こともあるが、大概たいがいうでおぼえの歐米人をうべいじんこととて、いづれも得意とくいきよく調しらべてはたがひ天狗てんぐはなたかめてる。わたくし春枝夫人はるえふじんこのせきつらなつたときには丁度ちやうどある年増としま獨逸ドイツ婦人ふじんがピアノの彈奏中だんそうちゆうであつたが、この婦人ふじんきはめて驕慢けうまんなる性質せいしつえて、彈奏だんそうあひだ始終しゞうピアノだいうへから聽集きゝてかほ流盻ながしめて、をりふし鵞鳥がてうのやうなこゑうたうた調しらべは左迄さまで妙手じやうずともおもはれぬのに、うた當人たうにん非常ひじやう得色とくしよくで、やがて彈奏だんそうをはると小鼻こばなうごめかし、孔雀くじやくのやうにもすそひるがへしてせきかへつた。このつぎ如何いかなるひとるだらうと、わたくし春枝夫人はるえふじんかたりながら一ぽう倚子ゐすりてながめてつたが、暫時しばらく何人たれない、大方おほかたいま鵞鳥聲がてうごゑ婦人ふじんめに荒膽あらぎも[#「抜」の「友」に代えて「ノ/友」、63-8]かれたのであらう。たちまる一英國人エイこくじんはつか/\と私共わたくしどもまへすゝつて。大聲おほごゑ
『サア、今度こんど貴方等あなたがた順番じゆんばんです、日本につぽん代表者だいひやうしやとしてなにかおやりなさい。』とわめく、滿塲まんじやう一度いちど拍手はくしゆした。
南無三なむさん。」とわたくし逡巡しりごみした。おほく白晢はくせき人種じんしゆあひだ人種じんしゆちがつた吾等われら不運ふうんにも彼等かれらとまつたのである。わたくし元來ぐわんらい無風流ぶふうりうきはまるをとこなのでこの不意打ふいうちにはほと/\閉口へいこうせざるをない。春枝夫人はるえふじんしきりに辭退じたいしてつたが彼男かのをとこも一たんしたこととて仲々なか/\あとへは退かぬ。幾百いくひやくひと益々ます/\拍手はくしゆする。此時このときたちまわたくし横側よこがは倚子ゐすしきりに嘲笑あざわらつてこゑ、それはれい鷲鳥聲がてうごゑ婦人ふじんだ。
なにね、いくらつたつて無益だめでせうよ、こととか三味線さみせんとか私共わたくしどもこともない野蠻的やばんてき樂器がくきほかにしたこと日本人につぽんじんなどに、如何どうして西洋せいやう高尚かうしよううたうたはれませう。』などゝわざきこえよがしにならんで腰掛こしかけてとしわかをとこ耳語さゝやいてるのだ。
不埓ふらちをんなめツ」とわたくしくちびるんだ、が、悲哉かなしやわたくし其道そのみちにはまつたくの無藝むげい太夫たゆう。あゝ此樣こんことつたら何故なぜ倫敦ロンドンへん流行歌はやりうた一節ひとふしぐらいはおぼえてかなかつたらうとくやんだが追付おひつかない、あまりの殘念くやしさに春枝夫人はるえふじんかほると、夫人ふじんいま嘲罵あざけりみゝにして多少たせうこゝろげきしたとへ、やなぎまゆかすかにうごいて、そつとわたくしむかひ『なにかやつてませうか。』といふのはうでおぼえのあるのであらう、わたくしだまつて點頭うなづくと夫人ふじんしづか立上たちあがり『皆樣みなさまのおみゝけがほどではありませんが。』とともなはれてピアノだいうへのぼつた。たちま盤上ばんじやうたままろばすがごとひゞき、ピアノにかみ宿やどるかとうたがはるゝ、そのたへなる調しらべにつれてうたいだしたる一曲ひとふしは、これぞ當時たうじ巴里パリー交際かうさい境裡じやうり大流行だいりうかうの『きくくに乙女おとめ』とて、すぢ日本につぽんうるはしき乙女おとめ舞衣まひぎぬ姿すがたが、月夜げつやセイヌかは水上みなか彷徨さまよふてるといふ、きはめて優美ゆうびな、またきはめて巧妙こうめう名曲めいきよく一節ひとふし、一は一よりはなやかに、一だんは一だんよりおもしろく、天女てんによ御空みそらふがごと美音びおんは、こゝろなき壇上だんじやうはなさへさへゆるぐばかりで、滿塲まんじやうはあつとつたまゝみづつたやうしづまりかへつた。
その調しらべがすむと、たちまくづるゝごと拍手はくしゆのひゞき、一だん貴女きぢよ神士しんしははやピアノだいそばはしつて、いましづかに其處そこくだらんとする春枝夫人はるえふじん取卷とりまいて、あらゆる讃美さんびことばをもつて、このめづらしき音樂おんがく妙手めうしゆ握手あくしゆほまれんと※(「口+曹」、第3水準1-15-16)ひしめくのである。かの鵞鳥がてうこゑ婦人ふじんくちあんぐり、眞赤まつかになつて白黒しろくろにしてる、さだめて先刻せんこく失言しつげんをば後悔こうくわいしてるのであらう。こののピアノのひゞきは、いまわたくしみゝのこつて、※去くわこ[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、66-7]出來事できごとうちもつと壯快さうくわいことの一つにかぞへられてるのである。
其他そのほか面白おもしろこと隨分ずゐぶんあつた。音樂會おんがくくわい翌々日よく/\じつことで、ふね多島海たたうかいおきにさしかゝつたときおほく船客せんきやく甲板かんぱん集合あつまつて種々いろ/\遊戯あそびふけつてつたが、其内そのうちたれかの發起はつき徒競走フートレースはじまつた。今日こんにち世界せかい最大さいだいふねながさ二百三十ヤード、すなはちやうにして二ちやうゆるものもある、本船ほんせんごときもその一で、競走レース前部甲板ぜんぶかんぱんから後部甲板こうぶかんぱんへと、大約おほよそ三百ヤードばかり距離きよりを四くわい往復わうふくするのであるが優勝者チヤンピオンには乘組のりくみ貴婦人連レデイれんからうるはしき贈物おくりものがあるとのことで、英人エイじん佛人フツじん獨逸人ドイツじん其他そのほか伊太利イタリー瑞西スイツツル露西亞等ロシヤとう元氣げんきさかんなる人々ひと/″\すねたゝいてをどたので、わたくしもツイその仲間なかま釣込つりこまれて、一ぱつ銃聲じうせいとも三にかけつたが、殘念ざんねんなるかな、だいちやく决勝點けつしようてん躍込をどりこんだのは、佛蘭西フランス豫備海軍士官よびかいぐんしくわんとかへるすさまじくはやをとこだいちやく勤務きんむのためわが日本につぽんむかはんとてこのふね乘組のりくんだ伊太利イタリー公使館こうしくわんづき武官ぶくわん海軍士官かいぐんしくわんわたくしからうじてだいちやく、あまり面白おもしろくないので、今度こんどは一つ日本男兒につぽんだんじ腕前うでまへせてれんと、うまく相撲すまうこと發議はつぎすると、たちま彌次連やじれんあつまつてた。彌次連やじれん其中そのなかからだい一にわたくし飛掛とびかゝつてた一にんは、獨逸ドイツ法學士はふがくしとかいふをとこ隨分ずゐぶん腕力わんりよくたくましい人間にんげんであつたが、此方こなた多少たせう柔道じうだう心得こゝろえがあるので、拂腰こしはらひ見事みごときまつてわたくしかち、つゞいてやつ四人よにんまでたふしたが、だい番目ばんめにのつそりとあらはれて露西亞ロシヤ陸軍士官りくぐんしくわんけ六しやくちか阿修羅王あしゆらわうれたるやうなをとこ力任ちからまかせにわたくし兩腕りよううでにぎつて一振ひとふりばさんずいきほひわたくしこれにはすこぶ閉口へいこうしたが、どつこひてよ、と踏止ふみとゞまつて命掛いのちがけに揉合もみあこと半時はんときばかり、やうやくこと片膝かたひざかしてやつたので、この評判へうばんたちま船中せんちゆうひろまつて、感服かんぷくする老人らうじんもある、切齒はがみする若者わかものもあるといふさはぎ、たれいふとなく『日本人につぽんじんてつの一しゆである、如何いかんとなればくろ堅固けんごなるゆゑに。』などゝ不思議ふしぎなる賞讃しようさんをすらはくして、一わたくしはな餘程よほどたかかつたが、こゝに一だい事件じけん出來しゆつたいした、それはほかでもない、丁度ちやうどこのふね米國ベイこく拳鬪けんとう達人たつじんとかいふをとこ乘合のりあはせてつたが、このうわさみゝにして先生せんせい心安こゝろやすからず、『左程さほど腕力わんりよくつよ日本人につぽんじんなら、一ばん拳鬪けんとうたち合ひをせぬか。』と申込まうしこんでた。
わたくし拳鬪けんとう仕合しあひはことはあるが、まだやつたことは一もない、しか申込まうしこまれてはをとこ意地いぢ、どうなるものかと一ばん立合たちあつてたがれぬわざ仕方しかたがない、散々さん/″\つて、氣絶きぜつするほど甲板かんぱんうへ投倒なげたふされて、折角せつかくたかまつたわたくしはな無殘むざん拗折へしをられてしまつた。春枝夫人はるえふじんいた心配しんぱいして『あまりに御身おんみかろんじたまふな。』と明眸めいぼうつゆびての諫言いさめごとわたくしじつ殘念ざんねんであつたが其儘そのまゝおもとゞまつた。一拳鬪けんとうのおれい眞劍勝負しんけんしやうぶでも申込まうしこんでれんかとまで腹立はらたつたのだが。
拳鬪けんとう翌日よくじつまたひと騷動さうどう持上もちあがつた。それは興行こうげうのためにと香港ホンコンおもむかんとて、このふね乘組のりくんでつた伊太利イタリー曲馬師きよくばしとらおりやぶつてしたことで、船中せんちうかなへくがごとく、いか水夫すゐふさけ支那人シナじんまは婦人ふじんもあるといふさはぎで、弦月丸げんげつまる出港しゆつかうのみぎりに檣燈しやうとう微塵みじんくだけたのをて『南無阿彌陀佛なむあみだぶつこのふねにはみいつてるぜ。』とつぶやいた英國エイこく古風こふう紳士しんし甲板かんぱんから自分じぶん船室へやまんとて昇降口しようかうぐちから眞逆まつさかさま滑落すべりおちてこし[#「抜」の「友」に代えて「ノ/友」、70-4]かした、偶然ぐうぜんにもふね惡魔あくま御自分ごじぶんたゝつたものであらうか。とらやうやくこと捕押とりおさへたが其爲そのため怪我人けがにんが七八にん出來できた。
かゝる樣々さま/″\出來事できごとあひだ吾等われら可憐かれんなる日出雄少年ひでをせうねんは、相變あひかはらず元氣げんきよく始終しじゆう甲板かんぱん飛廻とびまはつてうちに、ふとリツプとかふ、英吉利イギリスきはめて剽輕へうきん老爺をやぢさん懇意こんいになつて、毎日々々まいにち/\面白おもしろ可笑をかしあそんでうちあることその老爺をやぢさんこしらへてれた菱形ひしがた紙鳶たこ甲板かんぱんばさんとて、しきりさはいでつたが、丁度ちやうど其時そのとき船橋せんけううへで、無法むはふ水夫等すゐふら叱付しかりつけてつた人相にんさうわる船長せんちやう帽子ぼうしを、その鳶糸たこいと跳飛はねとばしたので、船長せんちやう元來ぐわんらい非常ひじやう小八釜こやかましいをとこ眞赤まつかになつて此方こなた向直むきなほつたが、あまりに無邪氣むじやきなる日出雄少年ひでをせうねん姿すがたては流石さすが怒鳴どなこと出來できず、ぐと/″\くちうちつぶやきながら、そのビールだるのやうな身體からだまろばして、帽子ぼうしあとひかけたはなしなど、いろ/\かはつたこともあるが、あま管々くだ/″\しくはしるすまい。
かくて吾等われら運命うんめいたくする弦月丸げんげつまるは、アデンわんでゝ印度洋インドやう荒浪あらなみへと進入すゝみいつた。

    第六回 星火榴彈せいくわりうだん
難破船の信號――イヤ、流星の飛ぶのでせう――無稽な三個の船燈――海幽靈め――其眼が怪しい
 荒浪あらなみたか印度洋インドやう進航すゝみいつてからも、一日いちにち二日ふつか三日みつか四日よつか、とれ、けて、五日目いつかめまでは何事なにごともなく※去すぎさ[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、71-12]つたが、その六日目むいかめよるとはなつた。わたくし夕食後ゆふしよくごいつものやうに食堂しよくだう上部じやうぶ美麗びれいなる談話室だんわしつでゝ、春枝夫人はるえふじん面會めんくわいし、日出雄少年ひでをせうねんには甲比丹カピテンクツク冐瞼旅行譚ぼうけんりよかうだんや、加藤清正かとうきよまさ武勇傳ぶゆうでんや、またわたくしがこれまで漫遊中まんゆうちう失策談しつさくばなしなどをかたつてかせて、相變あひかはらずかしたので、夫人ふじん少年せうねんをばその船室ケビンおくみ、明朝めうてうやくして其處そこつた。
印度洋インドやうちう氣※きかう[#「候」の「ユ」に代えて「工」、72-6]ほど變化へんくわはげしいものはない、いまは五ぐわつ中旬ちうじゆんすゞしいときじつ心地こゝちよきほどすゞしいが、あつとき日本につぽん暑中しよちうよりも一そうあついのである。こと今宵こよひ密雲みつうんあつてんおほひ、四へん空氣くうきへん重々おも/\しく、丁度ちやうど釜中ふちうにあつてされるやうにかんじたので、此儘このまゝ船室ケビンかへつたとて、とて安眠あんみん出來できまいとかんがへたので、喫煙室スモーキングルームかんか、其處そこあつし、むし好奇ものずきではあるが暗夜あんや甲板かんぱんでゝ、暫時しばし新鮮しんせんかぜかれんとわたくしたゞ一人ひとり後部甲板こうぶかんぱんた。此時このとき時計とけいはりすでに十一めぐつてつたので、廣漠くわうばくたる甲板かんぱんうへには、當番たうばん水夫すゐふほかは一人影ひとかげかつた、ふねいま右舷うげん左舷さげん印度洋インドやう狂瀾きやうらん怒濤どたうけて北緯ほくゐへん進航しんかうしてるのである。ネープルスかうづるときにはめるがごとつきひかり鮮明あざやかこの甲板かんぱんてらしてつたが、いま日數ひかず二週ふためぐりあまりを[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、73-5]ぎてしんやみ――勿論もちろん先刻せんこくまでは新月しんげつかすかなひかりてん奈邊いづくにかみとめられたのであらうが、いまはそれさへ天涯でんがい彼方かなたちて、見渡みわたかぎ黒暗々こくあん/\たるうみおも、たゞ密雲みつうん絶間たへまれたるほしひかりの一二てん覺束おぼつかなくもなみ反射はんしやしてるのみである。
じつ物淋ものさびしい景色けしき[#感嘆符三つ、73-10] わたくし何故なにゆゑともなく悲哀あはれかんじてた。すべてひと感情かんじやう動物どうぶつで、しきときには何事なにごとたのしくえ、かなしきときには何事なにごとかなしくおもはるゝもので、わたくしいま不圖ふとこの悽愴せいさうたる光景くわうけいたいして物凄ものすごいとかんじてたら、忽然たちまち樣々さま/″\妄想まうぞう胸裡こゝろわだかまつてた、今日こんにちまでは左程さほどまでにはこゝろめなかつた、こく怪談くわいだん白色檣燈はくしよくしやうとう落下らくか船長せんちやう憤怒ふんぬかほあやしふね双眼鏡さうがんきやう。さては先日せんじつ反古ほご新聞しんぶんしるされてあつた櫻木海軍大佐さくらぎかいぐんたいさその帆走船ほまへせんとの行衞ゆくゑなどがあだか今夜こんやこの物凄ものすご景色けしき何等なにらかの因縁いんねんいうするかのごとく、ありありとわたくし腦裡のうりうかんでた。
無※ばか[#「(禾+尤)/上/日」、74-7]なッ、無※ばか[#「(禾+尤)/上/日」、74-7]なッ。」とわたくし單獨ひとりさけんでた。いてかゝ妄念まうねん打消うちけさんとてわざ大手おほてつて甲板かんぱんあゆした。前檣ぜんしやう後檣こうしやうとのあひだを四五くわい往復わうふくするうちその惡感あくかん次第しだい/\にうすらいでたので、最早もはや船室ケビンかへつて睡眠すいみんせんと、あゆあしいま昇降口しようかうぐちを一だんくだつたときわたくし不意ふいに一しゆ異樣ゐやうひゞきいた。
ひゞきはるかの海上かいじやうあたつて、きはめてかすかに――じついぶかしきまでかすかではあるが、たしかにほうまた爆裂ばくれつ發火はつくは信號しんがうひゞき[#感嘆符三つ、75-1]
わたくしふいかうべ左方さはうめぐらしたが、たちまち『キヤツ』とさけんでふたゝ甲板かんぱん跳出をどりでた。今迄いまゝですこしも心付こゝろづかなかつたが、たゞる、わが弦月丸げんげつまる左舷船尾さげんせんび方向はうかう二三海里かいりへだゝつた海上かいじやうあたつて、また一かすか砲聲ほうせいひゞきともに、タールおけ油樽等あぶらだるとう燃燒もやすにやあらん、※(「火+稲のつくり」、第4水準2-79-87)えん/\たる猛火まうくわうみてらして、同時どうじ星火せいくわはつする榴彈りうだんはつぱつくうび、つゞいて流星りうせいごと火箭くわせんは一ぱつ右方うはう左方さはうながれた。
わたくしじつ驚愕おどろいたよ。
此邊このへん印度洋インドやう眞中たゞなかで、眼界がんかいたつするかぎ島嶼たうしよなどのあらうはづはない、ましてやくぷん間隙かんげきをもつて發射はつしやする火箭くわぜんおよ星火榴彈せいくわりうだん危急存亡きゝふそんぼうぐる難破船なんぱせん夜間信號やかんしんがう[#感嘆符三つ、75-11]
『やア、大變たいへんだ/\。』とさけびつゝわたくし本船ほんせん右舷うげん左舷さげんながめた。ふねには當番たうばん水夫すゐふあり。海上かいじやうおこる千差萬別さばんべつ事變じへんをば一も見遁みのがすまじきはづその見張番みはりばんいまなにをかすと見廻みまはすと、此時このとき右舷うげん當番たうばん水夫すゐふ木像もくざうごと船首せんしゆかたむかつたまゝ、いまかすか砲聲ほうせいみゝにもらぬ樣子やうす、あらぬかたながめてる。左舷さげん當番たうばん水夫すゐふいまたしか星火せいくわほとばしり、火箭くわせん慘憺さんたんたる難破船なんぱせん信號しんがうみとめてるには相違さうゐないのだが、何故なぜ平然へいぜんとしてどうずるいろもなく、籠手こてかざして其方そなたながめてるのみ。
當番たうばん水夫すゐふ! なに茫然ぼんやりしてるかツ※[#感嘆符三つ、76-8]』とさけんだまゝ、わたくしひるがへして船長室せんちやうしつかたはしつた。勿論もちろんふね嚴然げんぜんたる規律きりつのあることたれつてる、たとへ霹靂へきれき天空てんくうくだけやうとも、數萬すうまん魔神まじんが一海上かいじやう現出あらはれやうとも、船員せんゐんならぬもの船員せんゐん職權しよくけんおかして、これ船長せんちやう報告ほうこくするなどは海上かいじやう法則はふそくからつて、到底たうていゆるからざることである。わたくしそれらぬではない、けれどいま容易ようゐならざる急變きふへん塲合ばあひである、一ぷんびやう遲速ちそく彼方かなた難破船なんぱせんのためには生死せいし堺界わかれめかもれぬ、くはふるに本船ほんせん右舷うげん當番たうばん水夫すゐふあれども眼無めなきがごとく、左舷さげん當番たうばん水夫すゐふおにじやか、つてらぬかほそのこゝろわからぬが、いま瞬間しゆんかん躊躇ちうちよすべき塲合ばあいでないとかんがへたので、わたくし一散いつさんはしつて、船橋せんけう下部したなる船長室せんちやうしつドーアたゝいた。
船長閣下せんちやうかくかたまへ、難破船なんぱせんがある! 難破船なんぱせんがある!』とさけぶと、此時このとき船長せんちやうすで寢臺ベツドうへよこたはつてつたが、『んですか。』とばかり澁々しぶ/\起上おきあがつてドーアひらいた。わたくしはツトすゝ
船長閣下せんちやうかくか越權えつけんながら報告ほうこくします、本船ほんせん左舷さげん後方こうほう、三海里かいりばかりへだゝつた海上かいじやうあたつて一個いつこ難破船なんぱせんがありますぞ。』
難破船なんぱせん※(疑問符感嘆符、1-8-77) あはゝゝゝゝ。』と船長せんちやう大聲おほごえわらつた。驚愕おどろくとおもひきや、かれはいと腹立はらだたしかほしかめて
難船なんせん? それはなんですか、本船ほんせんにはえず[#「えず」は底本では「えす」]海上かいじやう警戒みは當番たうばん水夫すゐふがあるです、あへ貴下きかはずらはすはづいです。』
無論むろんです、けれど本船ほんせん當番たうばん水夫すゐふやつに、こゝろやつです、一人ひとり茫然ぼんやりしてます、一人ひとりつてらぬかほをしてます。船長閣下せんちやうかくかはやく、はやく、難破船なんぱせん運命うんめいは一ぷんびやう遲速ちそくをもあらそひますぞ。』
『いけません!』と船長せんちやうひやゝかにわらつた。
貴下あなた海上かいじやう法則ほうそくりませんか、たとへ如何どんことがあらうとも船員せんゐん以外いぐわいものそれくちばしれる權利けんりいです、またわたくし貴下あなたから其樣そん報告ほうこくける義務ぎむいです。』とかれ右手ゆんでのばして卓上たくじやう葉卷シユーガー取上とりあげた。わたくし迫込せきこ
理屈りくつまうすぢやありません、わたくし越權えつけんわたくし責任せきにんひます。貴下あなたしんじませんか、いまげん難破船なんぱせん救助きゆうじよもとめるのを。』
しんじません、しんぜられません。』と船長せんちやういま取上とりあげた葉卷シユーガー腹立はらたたし卓上たくじやうかへして
當番たうばん水夫すゐふからは何等なにら報告ほうこくうちけつして信じません。いわんや此樣こんな平穩おだやか海上かいじやう難破船なんぱせんなどのあらうはづい、無※ばか[#「(禾+尤)/上/日」、79-6]なツ。』
無※ばか[#「(禾+尤)/上/日」、79-7]なツ。』とわたくし勃然むつとしてしまつた。日頃ひごろから短氣たんきわたくし持病やまひ疳癪玉かんしやくだま一時いちじ破裂はれつしたよ。
い、い、いとはなんです、わたくしいまげん目撃もくげきしてたのです。』
『はゝゝゝゝ。なに目撃もくげきしましたか。はゝゝゝゝ。』とかれ空惚そらとぼけて大聲おほごえわらつた。わたくしじつはらなかから※(「睹のつくり/火」、第3水準1-87-52)にへかへつたよ。ついでだからつてくが、わたくしはじこのふね乘組のりくんだときから一見いつけんしてこの船長せんちやうはどうも正直しようじき人物じんぶつではいとおもつてつたがはたしてしかり、かれいま多少たせうらういとふて他船たせん危難きなんをば見殺みころしにするつもりだなと心付こゝろついたから、わたくし激昂げきこうのあまり
なにたもありません、本船ほんせん左舷さげん後方こうほう海上かいじやうあたつて星火榴彈せいくわりうだん一次いちじ一發いつぱつ火箭くわせん、それが難破船なんぱせん信號しんがうであるくらゐりませんか。』
其樣そんなことうけたまは必要ひつえうもありません。』と船長せんちやうはなわらひつゝ
『それは大方おほかた貴下あなたあやまりでせうよ。うふゝゝゝ。』
あやま※(疑問符感嘆符、1-8-77) これしからん、わたくしにはちやんと二個ふたつがありますぞ。』
そのあやしい、うみうへではよく眩惑ごまかされます、貴下あなた屹度きつと流星りうせいぶのでもたのでせう。』とビールだるのやうなはら突出つきだして
『いや、よしんばそれ眞個ほんたう難破信號なんぱしんがうであつたにしろ、此樣こんな平穩おだやか海上かいじやう難破なんぱするやうなふねまつた我等われ/\海員かいゐん仲間以外なかまはづれです、なに面倒めんだう救助きうじよおもむ義務ぎむいのです。』とつて空嘯そらぶわらつた
最早もはや問答もんだう無益むえきおもつたから、わたくし突然ゐきなり船長せんちやう船室ケビンそと引出ひきだした
『あれがえませんか、あれが、あの悲慘ひさんなる信號しんがうひかりなにともかんじませんか。』とばかり、はるかにゆびさ左舷船尾さげんせんび海上かいじやうわたくしは『あツ。』とさけんだまゝ暫時しばらくいた[#「いた」は底本では「たい」]くちふさがらなかつたよ。いぶかしや。いまから二分にふん三分さんぷんまへまではたしか閃々せん/\空中くうちうんでつた難破信號なんぱしんがう火光ひかり何時いつにかせて、其處そこには海面かいめんよりすうしやくたか白色球燈はくしよくきうとうかゞやき、ふね右舷うげん左舷さげんぼしきところ緑燈りよくとう紅燈こうとうひかりぼんやりゆるのみである。前檣ぜんしやう白燈はくとう右舷うげん緑燈りよくとう左舷さげん紅燈こうとうまでもない、安全航行あんぜんかうかう信號しんがう[#感嘆符三つ、81-11]
『はゝあ、或程なるほど星火榴彈せいくわりうだん一次いちじ一發いつぱつ火箭くわせん救助きゆうじよもとむる難破船なんぱせん信號しんがうがよくえます、貴下あなたの眼は仲々なか/\結構けつこうです。』と意地惡ゐぢわる船長せんちやうぢろりッとわたくしかほにらんだか、わたくし一言いちごんいのである。しかじつ奇怪きくわいことではないか、いま安全信號燈あんぜんしんがうとうかゞやいてへん海上かいじやうには、確實たしか悲慘ひさんなる難破船なんぱせん信號しんがうえてつたのに。さては船長せんちやうふがごとくわたくしあやまりであつたらうか。いやいや如何どうかんがへてもわたくししろみどりあか燈光とうくわう星火榴彈せいくわりうだん火箭くわぜん間違まちがへるほどわるまなこつてらぬはづ。してると先刻せんこく難破船信號なんぱせんしんがうは、何時いつにか安全航行あんぜんかうかう信號しんがうかはつたに相違さうゐない。さて/\奇妙きめうことだと、わたくし暫時しばらく五里霧中ごりむちう彷徨さまよふた。
船長せんちやう一時いちじ毒々どく/\しくわたくしかほながめて嘲笑あざわらつてつたが此時このとき眞面目まじめになつてそのひかりかたながめつゝ
しかめうだぞ、今月こんげつ航海表かうかいへうによると、今頃いまごろこの航路かうろ本船ほんせんあとふて進航しんかうしてふねはづだが。』と小首こくびかたむけたがたちまちカラ/\とわらつて
『あゝわかつた/\、畜生ちくしやううまくやつてるな、此前このまへあのへん沈沒ちんぼつしたトルコまる船幽靈ふないうれいめが、まだうかれないで難破船なんぱせん眞似まねなんかしてこのふね暗礁あんせうへでも僞引寄おびきよせやうとかゝつてるんだな、どつこい、其手そのてはんぞ。』とつぶやきながらわたくしむか
『だが[#「だが」は底本では「だか」]先刻せんこく確實たしか救助きゆうじよもとむる難破船なんぱせん信號しんがうえましたか。』とまゆつばきした。可笑をかしいやうだが船乘人ふなのりにはかゝる迷信めいしんいだいてもの澤山たくさんある、わたくし相手あいてにせず簡單かんたん
左樣さやうたしか救助きうじよもとむる難破なんぱ信號しんがう!。」とこたへて、かれが『うむ、いよ/\ちがひない、船幽靈ふなゆうれいメー。』と單獨ひとりでぐと/\何事なにごとをかつてるのをながしながら、なほよくその海上かいじやう見渡みわたすと、いまゆる三個さんこ燈光とうくわうは、けつしておろかなる船長せんちやうふがごとき、怨靈おんれうとかうみ怪物ばけものとかいふやう得可うべからざるものひかりではなく、りよくこう兩燈りようとうたしかふね舷燈げんとうで、海面かいめんよりたか白色はくしよくひかり海上法かいじやうほふしたが甲板かんぱんより二十しやく以上いじやうたかかゝげられたる檣燈しやうとうにて、いまや、何等なにらかのふねは、弦月丸げんげつまるあとふて進航しんかうしつゝきたるのであつた。

    第七回 印度洋インドやう海賊かいぞく
水雷驅逐艦か巡洋艦か――昔の海賊と今の海賊――海底潜水器――探海電燈サアチライト――白馬の如き立浪――海底淺き處――大衝突
 わたくし一心いつしん見詰みつめてあひだに、右舷うげん緑燈りよくとう左舷さげん紅燈こうとう甲板かんぱんより二十しやく以上いじやうたか前檣ぜんしやう閃々せん/\たる白色燈はくしよくとうかゝげたる一隻いつさうふねは、印度洋インドやう闇黒やみふてだん/″\と接近せつきんしてた。いま弦月丸げんげつまるは一時間じかんに十二三海里ノツト速力そくりよくをもつて進航しんかうしてるのに、そのあとふてくも迅速じんそく接近せつきんしてるとは、じつ非常ひじやう速力そくりよくでなければならぬ。いまに、かくもおどろ速力そくりよくをもつてふねは、水雷驅逐艦すゐらいくちくかんか、水雷巡洋艦すゐらいじゆんやうかんほかはあるまい、あの燈光とうくわう主體しゆたいはたして軍艦ぐんかん種類しゆるいであらうか。軍艦ぐんかん種類しゆるいならばなに配慮しんぱいするにはおよばないが――しや――しや――とわたくしふとあること想起おもひおこしたときおもはずも戰慄せんりつしたよ。
いまふね船體せんたいみとめぬうちから、かゝ心配しんぱいをするのはまつた馬鹿氣ばかげるかもれぬが、先刻せんこくからの奇怪きくわい振舞ふるまひては、どうもこゝろやすくないのである、第一だいゝちはるか/\の闇黒あんこくなる海上かいじやうおいて、星火榴彈せいくわりうだんげ、火箭くわぜんばして難破船なんぱせん風體ふうてい摸擬よそをつたなど、船長せんちやうたん船幽靈ふないうれい仕業しわざ御坐ござるなどゝ、無※ばか[#「(禾+尤)/上/日」、85-11]ことつてるが其實そのじつ、かの不思議ふしぎなる難破船なんぱせん信號しんがうは、現世このよ存在得ありうべからざる海魔かいまとか船幽靈ふなゆうれいとかよりは百倍ひやくばい千倍せんばい恐怖おそるべきあるもの仕業しわざで、なに企圖くわだつるところがあつて、弦月丸げんげつまる彼處かしこ海上かいじやう誘引おびせやうとしたのではあるまいか、じつ印度洋インドやう航海かうかいほどおそるべき航海かうかいはない、颶風タイフンや、大強風ストロング、ゲーや、咫尺しせきべんぜぬ海霧シーフ、オツグや、其他そのほか破浪はらう逆潮浪ぎやくてうらうすざまじき、亂雲らんうん積雲せきうん物凄ものすごき、何處いづく航海かうかいにもまぬかれがた海員かいゐん苦難くなんではあるが、ことこの印度洋インドやうでは是等これら苦難くなんほかに、今一個いまひとつもつと恐怖おそき『海賊船かいぞくせん襲撃しゆうげき』といふわざわいがある。往昔むかしからこの洋中やうちうで、海賊船かいぞくせん襲撃しゆうげきこうむつて、悲慘ひさんなる最後さいごげたふね幾百千艘いくひやくせんざうあるかもわからぬ。ひと談話はなしではいま往昔むかしほど海賊船かいぞくせん横行わうかうははげしくはいが、其代そのかは往昔むかし海賊船かいぞくせん一撃いちげきもと目指めざ[#ルビの「めざ」は底本では「あざ」]貨物船くわぶつせん撃沈げきちんするやうなことはなく、かならそのふねをもつて此方こなた乘掛のりかきたり、武裝ぶさうせる幾多いくた海賊かいぞくどもに/\劔戟けんげき振翳ふりかざしつゝ、彼方かなた甲板かんぱんから此方こなた乘移のりうつり、たがひ血汐ちしほながして勝敗しようはいあらそふのであるから、海賊かいぞくてば其後そのゝち悲慘ひさんなる光景くわうけいまでもないが、此方こなたつよければそのぞくども鏖殺みなごろしにすること出來できるのである。けれど今日こんにちおいては、海賊かいぞく餘程よほど狡猾かうかつになつて、かゝる手段しゆだんづることまれで、くわふるに海底潜水器かいていせんすいき發明はつめいがあつて以來いらい海賊船かいぞくせんおほその發明はつめい應用おうようして、漫々まん/\たる海洋かいやううへ金銀きんぎん財寳ざいほう滿載まんさいせるふねみとめたときには、ほうまた衝角しようかくをもつて一撃いちげきもとそのふね撃沈げきちんし、のち潜水器せんすいきしづめてその財寳ざいほう引揚ひきあげるさうである。勿論もちろん今日こんにちおいても潜水器せんすいき發明はつめいいま充分じゆうぶん完全くわんぜんにはすゝんでらぬから、この手段しゆだんとて絶對的ぜつたいてき應用おうようすること出來できぬのはまでもない。すなは現今げんこんおいもつと精巧せいこうなる潜水器せんすいきでも、海底かいてい五十米突メートル以下いかしづんではみづ壓力あつりよくめと空氣喞筒くうきポンプ不完全ふくわんぜんなるために、到底たうていそのようさぬのであるから、潜水器せんすいきもちゆる海賊船かいぞくせんは、つね此點このてんむかつてふかこゝろもちゐ、狂瀾きやうらん逆卷さかま太洋たいやうめんおいて、目指めざ貨物船くわぶつせん撃沈げきちんする塲所ばしよかなら海底かいていふかさ五十米突メートルらぬ島嶼たうしよ附近ふきんか、大暗礁だいあんせうまた海礁かいせうよこたはつて塲所ばしよかぎつてさうだ。
 いまわたくし黒暗々こくあん/\たる印度洋インドやう眞中まんなかおいて、わが弦月丸げんげつまるあと