海島冐檢奇譚 海底軍艦

押川春浪




        はしがき
一。太平洋の波に浮べる、この船にも似たる我日本の國人は、今や徒らに、富士山の明麗なる風光にのみ恍惚たるべき時にはあらざるべし。
光譽ある桂の冠と、富と權力との優勝旗は、すでに陸を離れて、世界の海上に移されたり。
この冠を戴き、この優勝旗を握らむものは誰ぞ。
他なし、海の勇者なり。海の勇者は即ち世界の勇者たるべし。
一。天長節の佳日に際し
  子爵  伊東海軍大將
      肝付海軍少將
  伯爵  吉井海軍少佐
  子爵  小笠原海軍少佐
      上村海軍少佐
各位の清福を賀※[#変体仮名し、はしがき-14]、つたなき本書のために、題字及び序文を賜はりし高意にむかつて、誠實なる感謝の意を表す。
一。上村海軍少佐の懇切なる教示と、嚴密なる校閲とを受けたるは、啻に著者の幸福のみにはあらず、讀者諸君若し此書によりて、幾分にても、海上の智識を得らるゝあらば、そは全く少佐の賜なり。
一。遙かに、獨京伯林なる、巖谷小波先生の健勝を祈る。
著者※[#変体仮名し、はしがき-20]るす
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(海島冐檢奇譚)海底軍艦目次
 第一回 海外かいぐわい日本人につぽんじん
子ープルス港の奇遇――大商館――濱島武文[#「濱島武文」は底本では「濱鳥武文」]――春枝夫人――日出雄少年――松島海軍大佐の待命
 第二回 こく
送別會――老女亞尼――ウルピノ山の聖人――十月の祟の日――黄金と眞珠――月夜の出港
 第三回 あやしふね
銅鑼の響――ビール樽の船長――白色檣燈――古風な英國人――海賊島の奇聞――海蛇丸
 第四回 反古ほご新聞しんぶん
葉卷煙草――櫻木海軍大佐の行衞――大帆走船と三十七名の水兵――奇妙な新體詩――秘密の發明――二點鐘カーンカン
 第五回 ピアノと拳鬪けんとう
船中の音樂會――鵞鳥聲の婦人――春枝夫人の名譽――甲板の競走――相撲――私の閉口――曲馬師の虎
 第六回 星火榴彈せいくわりうだん
難破船の信號――イヤ、流星の飛ぶのでせう――無稽な――三個の舷燈――船幽靈め――其眼が怪しい
 第七回 印度洋インドやう海賊船かいぞくせん
水雷驅逐艦か巡洋艦か――往昔の海賊と今の海賊――潜水器――探海電燈――白馬の如き立浪――海底淺き處――大衝突
 第八回 人間にんげん運命うんめい
弦月丸の最後――ひ、ひ、卑怯者め――日本人の子――二つの浮標――春枝夫人の行衞――あら、黒い物が!
 第九回 大海原おほうなはら小端艇せうたんてい
亞尼の豫言――日出雄少年の夢――印度洋の大潮流――にはか雨――昔の御馳走――巨大な魚群
 第十回 沙魚ふか水葬すゐさう
天の賜――反對潮流――私は黒奴、少年は炭團屋の忰――おや/\變な味になりました――またも斷食
 第十一回 無人島むじんとうひゞき
人の住む島か魔の棲む島か――あら、あの音は――奇麗な泉――ゴリラの襲來――水兵ヒラリと身を躱はした――海軍士官の顏
 第十二回 海軍かいぐんいへ
南方の無人島――快活な武村兵曹――おぼろな想像――前は絶海の波、後は椰子の林――何處ともなく立去つた
 第十三回 星影ほしかげがちら/\
歡迎――春枝夫人は屹度死にません――此新八が先鋒ぢや――浪の江丸の沈沒――此島もなか/\面白いよ――三年の後
 第十四回 海底かいてい造船所ざうせんじよ
大佐の後姿がチラリと見えた――獅子狩は眞平御免だ――猛犬稻妻――秘密の話――屏風岩――物凄い跫音――鐵門の文字
 第十五回 電光艇でんくわうてい
鼕々たる浪の音――投鎗に似た形――三尖衝角――新式魚形水雷――明鏡に映る海上海底の光景――空氣製造器――鐵舟先生の詩
 第十六回 朝日島あさひじま
日出雄少年は椰子の木蔭に立つて居つた――國際法――占領の證據――三尖形の紀念塔――成程妙案々々――其處だよ
 第十七回 冐險鐵車ぼうけんてつしや
自動の器械――斬頭刄形の鉞――ポンと小胸を叩いた――威張れません――君が代の國歌――いざ帝國の萬歳を唱へませう
 第十八回 野球競技ベースボールマツチ
九種の魔球――無邪氣な紛着――胴上げ――西と東に別れた――獅子の友呼び――手頃の鎗を捻つて――私は殘念です――駄目だんべい
 第十九回 猛獸隊まうじうたい
自然の殿堂――爆裂彈――エンヤ/\の掛聲――片足の靴――好事魔多し――砂滑りの谷、一名死の谷――深夜の猛獸――かゞり火
 第二十回 猛犬まうけん使者ししや
山又山を越えて三十里――一封の書面――あの世でか、此世でか――此犬尋常でない――眞黒になつて其後を追ふた――水樽は空になつた
 第二十一回 空中くうちうすく
何者にか愕いた樣子――誰かの半身が現はれて――八日前の晩――三百反の白絹――お祝の拳骨――稻妻と少年と武村兵曹
 第二十二回 うみわざわい
孤島の紀元節――海軍大佐の盛裝――海岸の夜會――少年の劍舞――人間の幸福を嫉む惡魔の手――海底の地滑り――電光艇の夜間信號
 第二十三回 十二のたる
海底戰鬪艇の生命――人煙の稀な橄欖島――鐵の扉は微塵――天上から地獄の底――其樣な無謀な事は出來ません――無念の涙
 第二十四回 輕氣球けいききう飛行ひかう
絶島の鬼とならねばならぬ――非常手段――私が參ります――無言のわかれ――心で泣いたよ――住馴れた朝日島は遠く/\
 第二十五回 白色巡洋艦はくしよくじゆんやうかん
大陸の影――矢の如く空中を飛走した――ポツンと白い物――海鳥の群――「ガーフ」の軍艦旗――や、や、あの旗は! あの船は!
 第二十六回 かほかほかほ
帝國軍艦旗――虎髯大尉、本名轟大尉――端艇諸共引揚げられた――全速力――賣れた顏――誰かに似た顏――懷かしき顏
 第二十七回 艦長室かんちやうしつ
鼻髯を捻つた――夢ではありますまいか――私は何より嬉しい――大分色は黒くなりましたよ、はい――今度は貴女の順番――四年前の話
 第二十八回 紀念軍艦きねんぐんかん
帝國軍艦「日の出」――此虎髯が御話申す――テームス造船所の製造――「明石」に髣髴たる巡洋艦――人間の萬事は天意の儘です
 第二十九回 薩摩琵琶さつまびは
春枝夫人の物語――不屆な悴――風清き甲板――國船の曲――腕押し脛押と參りませう――道塲破りめ――奇怪の少尉
 第三十回 月夜げつや大海戰だいかいせん
印度國コロンボの港――滿艦の電光――戰鬪喇叭――惡魔印の海賊旗大軍刀をブン/\と振廻した――大佐來! 電光艇來!―朝日輝く印度洋

目次終
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    第一回 海外かいぐわい日本人につぽんじん
ネープルス港の奇遇――大商館――濱島武文[#「濱島武文」は底本では「※(「さんずい+(宀/(「眉」の「目」に代えて「貝」))」、第3水準1-87-27)島武文」]――春枝夫人――日出雄少年――松島海軍大佐の待命
 わたくし世界せかい漫遊まんゆう目的もくてきをもつて、横濱よこはまみなと出帆ふなでしたのは、すで六年ろくねん以前いぜんことで、はじめ亞米利加アメリカわたり、それから大西洋たいせいよう[#「大西洋たいせいようの」は底本では「太西洋たいせいようの」]荒浪あらなみ横斷よこぎつて歐羅巴エウロツパあそび、英吉利イギリス佛蘭西フランス獨逸等ドイツとうおと名高なだか國々くに/″\名所めいしよ古跡こせき遍歴へんれきして、其間そのあひだつきけみすること二十有餘箇月いうよかげつ大約おほよそまん千里せんり長途ながたびあとにして、つひ伊太利イタリーり、往昔むかしから美術國びじゆつこく光譽ほまれたかき、そのさま/″\の奇觀きくわんをもほどながめたれば、これよりなつかしき日本ふるさとかへらんと、當夜そのよ十一はん拔錨ばつべう弦月丸げんげつまるとて、東洋とうようゆき※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)きせん乘組のりくまんがため、くに名港めいかうネープルスまでたのは、いまから丁度ちやうどねんまへ季節せつさくら五月ごぐわつ中旬なかばある晴朗うらゝか正午せうご時分じぶんであつた。
市街まちはづれの停車塲ステーシヨンから客待きやくまち馬車ばしやで、海岸かいがん附近まぢかある旅亭はたごやき、部室へやさだまりやが晝餉ひるげもすむと最早もはやなにことがない、ふね出港しゆつこうまではだ十時間じかん以上いじやうなが旅行りよかうつた諸君しよくんはおさつしでもあらうが、ひともなき異境ゐきやうで、※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)きしや※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)きせん出發しゆつぱつくらすほど徒然つまらぬものはない、つてつ、つ、新聞しんぶん雜誌等ざつしなど繰廣くりひろげてたがなにかない、いつ晝寢ひるねせんか、市街まちでも散歩さんぽせんかと、思案しあんとり/″\まどつてながめると、眼下がんかおろす子ープルスわんかゞみのやうな海面かいめんうかんで、ふねふね[#「ふね」は底本では「ふね」]停泊とゞまつてふねその船々ふね/″\甲板かんぱん模樣もやうや、檣上しやうじやうひるがへ旗章はたじるしや、また彼方かなた波止塲はとばから此方こなたへかけて奇妙きめうふう商舘しやうくわん屋根やねなどをながまわしつゝ、たゞわけもなく考想かんがへてうちにふとおもうかんだ一事ことがある。それは濱島武文はまじまたけぶみといふひとことで。
濱島武文はまじまたけぶみとはわたくしがまだ高等學校かうとうがくかうつた時分じぶん左樣さやうかれこれ十二三ねんまへことであるが、おなまなびのともであつた。かれわたくしよりは四つ五つの年長者としかさで、したがつくみちがつてつたので、始終しじうまぢはるでもなかつたが、其頃そのころ校内かうない運動うんどう妙手じやうずなのと無暗むやみ冐險的旅行ぼうけんてきりよかう嗜好すきなのとで、かれわたくしとはゆびられ、したがつなにゆゑとなくむつましくはなれがたくおもはれたが、其後そのゝちかれ學校がくかう卒業そつぎやうして、元來ぐわんらいならば大學だいがくきを、大望たいもうありとしようして、幾何いくばくもなく日本ほんごくり、はじめは支那シナあそび、それから歐洲をうしうわたつて、六七ねん以前いぜんことあるひと佛京巴里フランスパリ大博覽會だいはくらんくわいで、かれ面會めんくわいしたとまでは明瞭あきらかだが、わたくし南船北馬なんせんほくば其後そのゝちつまびらかなる消息せうそくみゝにせず、たゞかぜのたよりに、此頃このごろでは、伊太利イタリーのさる繁華はんくわなるみなと宏大りつぱ商會しやうくわいてゝ、もつぱ貿易事業ぼうえきじげふゆだねてよし、おぼろながらにつたくのみ。
伊太利イタリー繁華はんくわなるみなとといへば、此處こゝ國中こくちう隨一ずゐいち名港めいかう子ープルス埠頭はとばから海岸通かいがんどうりへかけて商館しやうくわんかず幾百千いくひやくせん、もしや濱島はまじまこのみなとで、その商會しやうくわいとやらをいとなんでるのではあるまいかとおもうかんだので、じつくもつかむやうなはなしだが、まんが一もと旅亭やどや主人しゆじんんでいてると、果然くわぜん! 主人しゆじんわたくしとひみなまではせず、ポンと禿頭はげあたまたゝいて、
『オヽ、濱島はまじまさん※(疑問符感嘆符、1-8-77) よくぞんじてをりますよ、雇人やとひにんが一千にんもあつて、支店してんかずも十のゆび――ホー、そのたくですか、それはつて、あゝつて。』とくち手眞似てまねまどからくび突出つきだして
『あれ/\、あそこにへる宏壯りつぱな三がいいへ!』
天外てんぐわい萬里ばんり異邦ゐほうでは、初對面しよたいめんひとでも、おな山河やまかはうまれとけばなつかしきに、まして昔馴染むかしなじみ其人そのひとが、現在げんざいこのにありといてはたてたまらない、わたくしぐと身仕度みじたくとゝのへて旅亭やどやた。
旅亭やどや禿頭はげあたまをしへられたやうに、人馬じんば徃來ゆきゝしげ街道かいだう西にしへ/\とおよそ四五ちやうある十字街よつかどひだりまがつて、三軒目げんめ立派りつぱ煉瓦造れんぐわづくりの一構ひとかまへかどT. Hamashimaはまじまたけぶみ, としるしてあるのは此處こゝ案内あんないふと、見晴みはらしのよい一室ひとまとうされて、ほどもなく靴音くつおとたかつてたのはまさしく濱島はまじま! 十ねんあひかれには立派りつぱ八字髯はちじひげへ、その風采ふうさい餘程よほどちがつてるが相變あひかはらず洒々落々しや/\らく/\おとこ『ヤァ、柳川君やながはくんか、これはめづらしい、めづらしい。』としたにもかぬ待遇もてなしわたくししんから※(「りっしんべん+喜」、第4水準2-12-73)うれしかつたよ。ひげへても友達ともだち同士どうしあひだ無邪氣むじやきなもので、いろ/\のはなしあひだには、むかしとも山野さんや獵暮かりくらして、あやまつ[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、6-5]農家ひやくしやうや家鴨あひる射殺ゐころして、から出逢であつたはなしや、春季はる大運動會だいうんどうくわいに、かれわたくしとはおの/\くみ撰手チヤンピオンとなつて、必死ひつし優勝旗チヤンピオンフラグあらそつたことや、其他そのほかさま/″\の懷舊談くわいきうだんて、ときうつるのもらなかつたが、ふと氣付きづくと、當家このや模樣もやうなにとなくいそがしさうで、四邊あたり部室へやでは甲乙たれかれかたこゑかまびすしく、廊下ろうかはしひと足音あしおともたゞならずはやい、濱島はまじまむかしから沈着ちんちやくひとで、何事なにごとにも平然へいぜんかまへてるからそれとはわからぬが、いま珈琲カツヒーはこんで小間使こまづかひかほにもそのいそがしさがへるので、しや、今日けふ不時ふじ混雜中こんざつちうではあるまいかと氣付きづいたから、わたくしきふかほ
なにかおいそがしいのではありませんか。』とひかけた。
『イヤ、イヤ、けつして御心配ごしんぱいなく。』とかれ此時このとき珈琲カツヒー一口ひとくちんだが、悠々ゆう/\鼻髯びぜんひねりながら
なにね、じつ旅立たびだものがあるので。』
オヤ、何人どなた何處どこへと、わたくしはんとするよりさきかれくちひらいた。
とき柳川君やながはくんきみ當分たうぶんこのみなと御滯在おとまりでせうねえ、それから、西班牙イスパニヤはうへでもおまはりですか、それとも、さらすゝめて、亞弗利加アフリカ探險たんけんとでもお出掛でかけですか。』
『アハヽヽヽ。』とわたくしつむりいた。
『つい昔話むかしばなし面白おもしろさに申遲まうしおくれたが、じつ早急さつきふなのですよ、今夜こんや十一はん※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)きせん日本くにかへ一方いつぱうなんです。』
『えい、きみも?。』とかれ見張みはつて。
矢張やはり今夜こんや十一はん出帆しゆつぱん弦月丸げんげつまるで?。』
左樣さやう殘念ざんねんながら、西班牙イスパニヤや、亞弗利加アフリカはう今度こんど斷念だんねんしました。』と、わたくしがキツパリとこたへると、かれはポンとひざたゝいて
『やあ、奇妙きめう々々。』
なに奇妙きめうなのだとわたくしいぶかかほながめつゝ、かれことばをつゞけた。
んと奇妙きめうではありませんか、これてん紹介ひきあはせとでもふものでせう、じつわたくし妻子さいしも、今夜こんや弦月丸げんげつまる日本につぽん皈國かへりますので。』
『え、きみ細君さいくん御子息ごしそく※(疑問符感嘆符、1-8-77)』とわたくし意外いぐわいさけ[#「口+斗」、8-11]んだ。十ねんあひあひだに、かれ妻子さいし出來できことなに不思議ふしぎはないが、じついまいままでらなんだ、いはんや其人そのひといま本國ほんごくかへるなどゝはまつた寢耳ねみゝみづだ。
濱島はまじまこゑたかわらつて
『はゝゝゝゝ。きみはまだわたくし妻子さいし御存ごぞんじなかつたのでしたね。これは失敬しつけい々々。』といそがはしく呼鈴よびりんらして、いりきたつた小間使こまづかひ
『あのね、おくさんにめづらしいお客樣きやくさまが……。』とつたまゝわたくしはう向直むきなほ
じつうなんですよ。』と小膝こひざすゝめた。
わたくしこのみなと貿易商會ぼうえきしやうくわい設立たて翌々年よく/\としなつ鳥渡ちよつと日本につぽんかへりました。其頃そのころきみ暹羅サイアム漫遊中まんゆうちゆううけたまはつたが、皈國中きこくちゆうあるひと媒介なかだちで、同郷どうきやう松島海軍大佐まつしまかいぐんたいさいもとつまめとつてたのです。これはすでに十ねんからまへことで、其後そのゝちうまれた最早もはや八歳はつさいになりますが、さて、わたくし日頃ひごろのぞみは、自分じぶんうして、海外かいぐわい一商人いつしやうにんとしてつてるものゝ、小兒せうにけはどうか日本帝國につぽんていこく干城まもりとなる有爲りつぱ海軍々人かいぐん/″\じんにしてたい、それにつけても、日本人にほんじん日本にほん國土こくど教育けういくしなければしたがつ愛國心あいこくしんうすくなるとはわたくしふかかんずるところで、さいはつまあに本國ほんこく相當さうたう軍人ぐんじんであれば、其人そのひと手許てもとおくつて、教育けういく萬端ばんたん世話せわたのまうと、餘程よほど以前いぜんからかんがへてつたのですが、どうもしか機會きくわいなかつた。しかるに今月こんげつ初旬はじめ本國ほんごくからとゞいた郵便ゆうびんによると、つま令兄あになる松島海軍大佐まつしまかいぐんたいさは、かね帝國軍艦高雄ていこくぐんかんたかを艦長かんちやうであつたが、近頃ちかごろ病氣びやうきめに待命中たいめいちゆうよし勿論もちろん危篤きとくといふほど病氣びやうきではあるまいが、つまたゞ一人ひとりあにであれば、あたことならみづか見舞みまひもし、ひさしぶりに故山こざんつきをもながめたいとの願望ねがひ丁度ちやうど小兒せうにのこともあるので、しからばこの機會をりにといふので、二人ふたり今夜こんやの十一はん弦月丸げんげつまる出發しゆつぱつといふことになつたのです。無論むろんつま大佐たいさ病氣びやうき次第しだいはやかれおそかれかへつてますが、ながく/\――日本帝國につぽんていこく天晴あつぱ軍人ぐんじんとしてつまでは、芙蓉ふようみねふもとらせぬつもりです。』と、かたをはつて、かれしづかにわたくしかほなが
『で、きみ今夜こんや御出帆ごしゆつぱんならば、ふねなかでも、日本につぽんかへつてのちも、何呉なにく御面倒ごめんどうねがひますよ。』
このはなし何事なにごと分明ぶんめいになつた。それにけても濱島武文はまじまたけぶみむかしながら壯快おもしろ氣象きしやうだ、たゞ一人ひとり帝國ていこく軍人ぐんじん養成ようせいせんがめに恩愛おんあいきづな斷切たちきつて、本國ほんごくおくつてやるとは隨分ずゐぶんおもつたことだ。また松島海軍大佐まつしまかいぐんたいさ令妹れいまいなるかれ夫人ふじんにはまだ面會めんくわいはせぬが、兄君あにぎみ病床やまひ見舞みまはんがめに、暫時しばしでもその良君おつとわかれげ、いとけなたづさへて、浪風なみかぜあら萬里ばんりたびおもむくとは仲々なか/\殊勝しゆしようなる振舞ふるまひよと、こゝろひそかに感服かんぷくするのである。さらおもひめぐらすと此度このたび事件ことは、なにからなにまで小説せうせつのやうだ。海外かいぐわい萬里ばんりで、ふとしたことから昔馴染むかしなじみ朋友ともだち出逢であつたこと、それからわたくしこのみなとときは、あだかかれ夫人ふじん令息れいそくとが此處こゝ出發しゆつぱつしやうといふときで、申合まうしあはせたでもなく、おなときに、おなふねつて、これからすうげつ航海かうかいともにするやうな運命うんめい立到たちいたつたのは、じつ濱島はまじまふがごとく、これ不思議ふしぎなるてん紹介ひきあはせとでもいふものであらう、おもつて、暫時しばしある想像さうざうふけつてときたちま部室へやしづかにひらいていりきたつた二個ふたりひとがある。までもない、夫人ふじんその愛兒あいじだ。濱島はまじまつて
『これがわたくしつま春枝はるえ。』とわたくし紹介ひきあはせ、さら夫人ふじんむかつて、わたくしかれとがむかしおなじまなびのともであつたことわたくし今回こんくわい旅行りよかう次第しだい、またこれから日本につぽんまで夫人等ふじんら航海かうかいともにするやうになつた不思議ふしぎゆかり言葉ことばみじかかたると、夫人ふじんは『おや。』とつたまゝいとなつかしすゝる。としころ廿六七、まゆうるはしい口元くちもとやさしい丁度ちやうど天女てんによやう美人びじんわたくし一目ひとめて、この夫人ふじんその容姿すがたごとく、こゝろうるはしく、にも高貴けだか婦人ふじんおもつた。
一通ひとゝほりの挨拶あいさつをはつてのち夫人ふじん愛兒あいじさしまねくと、まねかれてをくするいろもなくわたくし膝許ひざもとちかすゝつた少年せうねん年齡としは八さい日出雄ひでをよし清楚さつぱりとした水兵すいへいふう洋服ようふく姿すがたで、かみ房々ふさ/″\とした、いろくつきりしろい、口元くちもと父君ちゝぎみ凛々りゝしきに眼元めもと母君はゝぎみすゞしきを其儘そのまゝに、るから可憐かれん少年せうねんわたくしはしなくも、昨夜ゆふべローマからの※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)きしやなかんだ『小公子リツトルロー、トフオントルローイ』といふ小説せうせつちうの、あのあいらしい/\小主人公せうしゆじんこう聯想れんさうした。
日出雄少年ひでをせうねん海外かいぐわい萬里ばんりうまれて、父母ちゝはゝほかには本國人ほんこくじんことまれなることとて、いとけなこゝろにもなつかしとか、※(「りっしんべん+喜」、第4水準2-12-73)うれしとかおもつたのであらう、そのすゞしいで、しげ/\とわたくしかほ見上みあげてつたが
『おや、叔父おぢさんは日本人につぽんじん!。』とつた。
わたくし日本人につぽんじんですよ、日出雄ひでをさんとおなじおくにひとですよ。』とわたくしいだせて
日出雄ひでをさんは日本人につぽんじんきなの、日本につぽんのおくにあいしますか。』とふと少年せうねん元氣げんきよく
『あ、わたくし日本につぽん大好だいすきなんですよ、日本につぽんかへりたくつてなりませんの[#「なりませんの」は底本では「なりせまんの」]、でねえ、毎日まいにち/\まるはたてゝ、まち[#「まちで」は底本では「まちて」]戰爭事いくさごつこをしますの、してねえ、まるはたつよいのですよ、何時いつでもつてばつかりますの。』
『おゝ、左樣さうでせうとも/\。』とわたくしあまりの可愛かあいさに少年せうねん頭上づじやうたかげて、大日本帝國だいにつぽんていこく萬歳ばんざいさけ[#「口+斗」、8-11]ぶと、少年せうねんわたくしつむりうへ萬歳々々ばんざい/″\小躍こをどりをする。濱島はまじま浩然かうぜん大笑たいせうした、春枝夫人はるえふじんほそうして
『あら、日出雄ひでをは、ま、どんなに※(「りっしんべん+喜」、第4水準2-12-73)うれしいんでせう。』とつて、くれないのハンカチーフに笑顏えかほふた。

    第二回 こく
送別會――老女亞尼アンニー――ウルピノ山の聖人――十月の祟の日――黄金と眞珠――月夜の出港
 それから談話はなしにはまた一段いちだんはないて、日永ひながの五ぐわつそらもいつか夕陽ゆうひなゝめすやうにあつたので、わたくし一先ひとま暇乞いとまごひせんとをりて『いづれ今夜こんや弦月丸げんげつまるにて――。』とちかけると、濱島はまじま周章あはて押止おしとゞ
『ま、ま、おちなさい、おちなさい、いまから旅亭やどやかへつたとてなにになります。ひさしぶりの面會めんくわいなるを今日けふほどかたつて今夜こんや御出發ごしゆつぱつ是非ぜひわたくしいへより。』と夫人ふじんとも/″\せつすゝめるので、元來ぐわんらい無遠慮勝ぶゑんりよがちわたくしは、らば御意ぎよゐまゝにと、旅亭やどや手荷物てにもつ當家たうけ馬丁べつとうりに使つかはし、此處こゝから三人みたり打揃うちそろつて出發しゆつぱつすることになつた。
いろ/\のあつ待遇もてなしけたのちよるの八ごろになると、當家たうけ番頭ばんとう手代てだいをはじめ下婢かひ下僕げぼくいたるまで、一同いちどうあつまつて送別そうべつもようしをするさうで、わたくしまねかれてそのせきつらなつた。春枝夫人はるえふじんにすぐれて慈愛じひめるひと日出雄少年ひでをせうねん彼等かれらあひだ此上こよなくめでおもんせられてつたので、たれとて袂別わかれをしまぬものはない、しか主人しゆじん濱島はまじま東洋とうやう豪傑がうけつふうで、ことなどは大厭だいきらひ性質たちであるから一同いちどうそのこゝろんで、表面うはべなみだながものなどは一人ひとりかつた。イヤ、こゝたゞ一人いちにん特別とくべつわたくしとゞまつたものがあつた。それはせき末座まつざつらなつてつた一個ひとり年老としをいたる伊太利イタリー婦人ふじんで、このをんな日出雄少年ひでをせうねん保姆うばにと、ひさしき以前いぜんに、とほ田舍ゐなかから雇入やとひいれたをんなさうで、ひくい、白髮しらがあたまの、正直しやうじきさう老女らうぢよであるが、さきほどより愁然しゆうぜんかうべれて、丁度ちやうど死出しで旅路たびぢひとおくるかのごとく、しきりになみだながしてる。
わたくし何故なぜともなく異樣ゐやうかんじた。
『オヤ、亞尼アンニーがまたつまらぬことかんがへていてりますよ。』と、春枝夫人はるえふじん良人おつとかほながめた。
やがて、この集會つどひをはると、十間近まぢかで、いよ/\弦月丸げんげつまる乘船のりくみ時刻じこくとはなつたので、濱島はまじま一家族いつかぞくと、わたくしとはおな馬車ばしやで、おほくひと見送みおくられながら波止塲はとばきたり、其邊そのへんある茶亭ちやてい休憇きうけいした、此處こゝ彼等かれらあひだには、それ/\袂別わかれことばもあらうとおもつたので、わたくし氣轉きてんよく一人ひとりはなれて波打際なみうちぎはへとあゆした。
此時このときにふと心付こゝろつくと、何者なにものわたくしうしろにこそ/\と尾行びかうして樣子やうす、オヤへんだと振返ふりかへる、途端とたんそのかげまろぶがごとわたくし足許あしもとはしつた。ると、こは先刻せんこく送別そうべつせきで、たゞ一人ひとりいてつた亞尼アンニーべる老女らうぢよであつた。
『おや、おまへは。』とわたくし歩行あゆみめると、老女らうぢよいまきながら
賓人まれびとよ、おねがひでござります。』と兩手りやうてあはせてわたくしあほた。
『おまへ亞尼アンニーとかつたねえ、なんようかね。』とわたくししづかにふた。老女らうぢよむしのやうなこゑで『賓人まれびとよ。』と暫時しばしわたくしかほながめてつたが
『あの、わたくし奧樣おくさま日出雄樣ひでをさまとは今夜こんや弦月丸げんげつまるで、貴方あなた御同道ごどうだう日本につぽん御出發ごしゆつぱつになるさうですが、それを御べになること出來できますまいか。』とおそる/\くちひらいたのである。ハテ、めうことをんなだとわたくしまゆひそめたが、よくると、老女らうぢよは、何事なにごとにかいたこゝろなやまして樣子やうすなので、わたくしさからはない
左樣さうさねえ、もうばすこと出來できまいよ。』とかろつて
しかし、おまへ何故なぜ其樣そんななげくのかね。』と言葉ことばやさしくひかけると、この一言いちごん老女らうぢよすこしくかほもた
じつ賓人まれびとよ、わたくしはこれほどかなしいことはありません。はじめて奧樣おくさま日出雄樣ひでをさまが、日本にほんへおかへりになるとうけたまはつたとき本當ほんたう魂消たまぎえましたよ、しかしそれは致方いたしかたもありませんが、其後そのゝちよくうけたまはると、御出帆ごしゆつぱん時日じじつときもあらうに、今夜こんやの十一はん……。』といひかけてくちびるをふるはし
『あの、あの、今夜こんや十一はん御出帆ごしゆつぱんになつては――。』
なに今夜こんや※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)きせん出發しゆつぱつすると如何どうしたのだ。』とわたくしまなこ※(「目+爭」、第3水準1-88-85)みはつた。亞尼アンニーむねかゞみてゝ
わたくし神樣かみさまちかつてまうしますよ、貴方あなたはまだ御存ごぞんじはありますまいが、大變たいへんことがあります。此事このこと旦那樣だんなさまにも奧樣おくさまにも毎度いくたび申上まうしあげて、何卒どうか今夜こんや御出帆ごしゆつぱんけは御見合おみあはくださいと御願おねがまうしたのですが、御兩方おふたりともたゞわらつて「亞尼アンニー其樣そんな心配しんぱいするにはおよばないよ。」とおほせあるばかり、すこしも御聽許おきゝにはならないのです。けれど賓人まれびとよ、わたくしはよくぞんじてります、今夜こんや弦月丸げんげつまるとかで御出發ごしゆつぱつになつては、奧樣おくさまも、日出雄樣ひでをさまも、けつして御無事ごぶじではみませんよ。』
無事ぶじまんとは――。』とわたくしおもはず釣込つりこまれた。
『はい、けつして御無事ごぶじにはみません。』と、亞尼アンニー眞面目まじめになつた、わたくしかほ頼母たのも見上みあげて
わたくし貴方あなたしんじますよ、貴方あなたけつしておわらひになりますまいねえ。』と前置まへおきをしてつた。
ウルピノさん聖人ひじりおつしやつたやうに、むかしから色々いろ/\口碑くちつたへのあるなかで、船旅ふなたびほど時日ときえらばねばならぬものはありません、凶日わるいひ旅立たびだつたひと屹度きつと災難わざはひ出逢であひますよ。これは本當ほんたうです、げんわたくし一人ひとりせがれも、七八ねん以前いぜんことわたくしせつめるのもかで、十ぐわつたゝり家出いへでをしたばかりに、つひおそろしい海蛇うみへびられてしまいました。わたくしにはよくわかつてますよ。奧樣おくさまとて日出雄樣ひでをさまとて今夜こんや御出帆ごしゆつぱんになつたらけつして御無事ごぶじではみません、はい、その理由わけは、今日けふは五ぐわつの十六にちでせう、して、今夜こんやの十一はんといふは、んとおそろしいでは御座ございませんか、刻限こくげんですもの。』
わたくしきながらプツとところであつた。けれど老女らうぢよすこしもかまはず
賓人まれびとよ、わらごとではありませぬ、こくといふのは、一年中いちねんちゆうでも一番いちばん不吉ふきつときなのです、ほか澤山たくさんあるのに、このこの刻限こくげん御出帆ごしゆつぱんになるといふのはんの因果いんぐわでせう、わたくしかんがへるとてもつてもられませぬ。其上そのうへわたくし懇意こんい船乘せんどうさんにいてますと、今度こんど航海かうかいには、弦月丸げんげつまる澤山たくさん黄金わうごん眞珠しんじゆとが積入つみいれてありますさうな、黄金わうごん眞珠しんじゆとがなみあら海上かいじやうあつまると、屹度きつとおそろしいたゝりいたします。あゝ、不吉ふきつうへにも不吉ふきつ賓人まれびとよ、わたくしこゝろ千分せんぶんいちでもおさつしになつたら、どうか奧樣おくさま日出雄樣ひでをさまたすけるとおもつて、今夜こんや御出帆ごしゆつぱんをおください。』とおがまぬばかりにあはせた。いてるとイヤハヤ無※ばか[#「(禾+尤)/上/日」、22-10]はなし! 西洋せいようでもいろ/\と縁起えんぎかたひとはあるが、この老女らうぢよのやうなのはまアめづらしからう。わたくし大笑おほわらひにわらつてやらうとかんがへたが、てよ、たとへ迷信めいしんでも、その主人しゆじんうへおもふことくまでふかく、かくも眞面目まじめものを、無下むげ嘲笑けなすでもあるまいと氣付きづいたので、げて可笑をかしさを無理むりこらえて
亞尼アンニー!。』と一聲いつせいびかけた。
亞尼アンニー! おまへことはよくわかつたよ、その忠實ちうじつなるこゝろをば御主人樣ごしゆじんさま奧樣おくさまもどんなにかおよろこびだらう、けれど――。』と彼女かのぢよかほなが
『けれどおまへことは、みんなむかしはなしで、いまではたゝりくなつたよ。』
『あゝ、貴方あなた矢張やはりわらひなさるのですか。』と亞尼アンニーはいとなさけなきかほまなこぢた。
『いや、けつしてわらふのではないが、其事そのこと心配しんぱいするにはおよばぬよ、奧樣おくさま日出雄少年ひでをせうねんも、わたし生命いのちにかけて保護ほごしてげる。』とつたが、亞尼アンニーほとんど絶望ぜつぼうきはまりなきかほ
『あゝ、もう無益だめだよ/\。』とすゝりきしながら、むつく立上たちあが
神樣かみさま佛樣ほとけさま奧樣おくさま日出雄樣ひでをさま御身おんみをおたすください。』とさけんだまゝ狂氣きやうきごとくにはしつた。
丁度ちやうど此時このとき休憩所きうけいしよでは乘船のりくみ仕度したくとゝのつたとへ、濱島はまじましきりにわたくしこゑきこえた。

    第三回 あやしふね
銅鑼の響――ビール樽の船長――白色の檣燈――古風な英國人――海賊島の奇聞――海蛇丸
 春枝夫人はるえふじんと、日出雄少年ひでをせうねんと、わたくしとが、おほく身送人みおくりにん袂別わかれげて、波止塲はとばから凖備ようい小蒸※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)こじようきせんで、はるかの沖合おきあひ停泊ていはくして弦月丸げんげつまる乘組のりくんだのはその[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、25-2]ぎ三十ぷん濱島武文はまじまたけぶみと、ほか三人みたりひと本船ほんせんまで見送みおくつてた。
この弦月丸げんげつまるといふのは、伊太利イタリー東方※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)船會社とうはうきせんくわいしや持船もちふねで、噸數とんすう六千四百。二ほん煙筒えんとうに四ほんマストすこぶ巨大きよだいふねである、此度このたび支那シナおよ日本につぽん各港かくかうむかつての航海こうかいには、おびたゞしき鐵材てつざいと、黄金わうごん眞珠等しんじゆなどすくなからざる貴重品きちやうひん搭載たうさいしてさうで、その船脚ふなあし餘程よほどふかしづんでえた。
弦月丸げんげつまる舷梯げんていたつすると、私共わたくしども乘船じやうせんことすで乘客じやうきやく名簿めいぼわかつてつたので、船丁ボーイはしつてて、いそがはしく荷物にもつはこぶやら、接待員せつたいゐんうや/\しくぼうだつして、甲板かんぱん混雜こんざつせる夥多あまたひと押分おしわけるやらして、吾等われらみちびかれてふね中部ちゆうぶちかき一とう船室せんしつつた。どの※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)きせんでも左樣さうだが、おな等級とうきふ船室キヤビンうちでも、中部ちゆうぶ船室キヤビンもつとおほひとのぞところである。何故なぜかとへば航海中かうかいちゆうふね動搖どうえうかんずること比較的ひかくてきすくないためで、このへや占領せんりやうするためには虎鬚とらひげ獨逸人ドイツじんや、羅馬風ローマンスタイルはなたか佛蘭西人等フランスじんとう隨分ずゐぶん競爭者きようそうしや澤山たくさんあつたが、さいはひにもネープルスちゆうで「富貴ふうきなる日本人につぽんじん。」と盛名せいめい隆々りう/\たる濱島武文はまじまたけぶみ特別とくべつなる盡力じんりよくがあつたので、吾等われらつひこの最上さいじやう船室キヤビン占領せんりやうすることになつた。くわふるに春枝夫人はるえふじん日出雄少年ひでをせうねん部室へやわたくし部室へやとは隣合となりあつてつたので萬事ばんじいて都合つがうからうとおもはるゝ。
わたくし元來ぐわんらい膝栗毛的ひざくりげてき旅行りよかうであるから、なに面倒めんだうはない、手提革包てさげかばん一個ひとつ船室キヤビンなか投込なげこんだまゝ春枝夫人等はるえふじんら船室キヤビンおとづれた。此時このとき夫人ふじん少年せうねんひざせて、その良君をつとほか三人みたり相手あひて談話はなしをしてつたが、わたくし姿すがたるより
『おや、もうお片附かたづきになりましたの。』といつて嬋娟せんけんたる姿すがたいそむかへた。
『なあに、柳川君やながはくんには片附かたづけるやうな荷物にもつもないのさ。』と濱島はまじまこゑたかわらつて『さあ。』とすゝめた倚子ゐすによつて、わたくしこの仲間なかまいり最早もはや袂別わかれ時刻じこくせまつてたので、いろ/\の談話はなしはそれからそれとくるかつたが、兎角とかくするほどに、ガラン、ガラ、ガラン、ガラ、と船中せんちゆうまは銅鑼どらひゞきかまびすしくきこえた。
『あら、あら、あのおとは――。』と日出雄少年ひでをせうねんをまんまるにして母君はゝぎみやさしきかほあふぐと、春枝夫人はるえふじん默然もくねんとして、その良君をつとる。濱島武文はまじまたけぶみしづかに立上たちあがつて
『もう、袂別おわかれ時刻じこくになつたよ。』と三人みたり顧見かへりみた。
すべて、海上かいじやう規則きそくでは、ふね出港しゆつかうの十ぷん乃至ないし十五ふんまへに、船中せんちうまは銅鑼どらひゞききこゆるととも本船ほんせん立去たちさらねばならぬのである。で、濱島はまじま此時このとき最早もはやこのふねらんとてわたくしにぎりて袂別わかれ言葉ことばあつく、夫人ふじんにも二言ふたこと三言みことつたのち、その愛兒あいじをば右手めていだせて、その房々ふさ/″\とした頭髮かみのけでながら
日出雄ひでをや、おまへちゝとは、これから長時しばらくあひだわかれるのだが、おまへ兼々かね/″\ちゝふやうに、すぐれたひととなつて――有爲りつぱ海軍士官かいぐんしくわんとなつて、日本帝國につぽんていこく干城まもりとなるこゝろわすれてはなりませんよ。』とをはつて、少年せうねんだまつて點頭うなづくのをましやりつゝ、三人みたりうながして船室キヤビンた。
先刻せんこく見送みおくられた吾等われらいま彼等かれらこのふねよりおくいださんと、わたくし右手めて少年せうねんみちびき、流石さすが悄然せうぜんたる春枝夫人はるえふじんたすけて甲板かんぱんると、今宵こよひ陰暦いんれき十三深碧しんぺきそらには一ぺんくももなく、つき浩々かう/\わたりて、くはふるにはるかのおき停泊ていはくしてる三四そうぼうこく軍艦ぐんかんからは、始終しじゆう探海電燈サーチライトをもつて海面かいめんてらしてるので、そのあきらかなること白晝まひるあざむくばかりで、なみのまに/\浮沈うきしづんで浮標ブイかたちさへいとあきらかえるほどだ。
濱島はまじまふね舷梯げんていまでいたつたときいま此方こなた振返ふりかへつて、夫人ふじんとその愛兒あいじとのかほ打眺うちながめたが、なにこゝろにかゝることのあるがごとわたくしひとみてんじて
柳川君やながはくんらばこれにておわかまうすが、春枝はるえ日出雄ひでをこと何分なにぶんにも――。』とかれ日頃ひごろ豪壯がうさうなる性質せいしつには似合にあはぬまで氣遣きづかはしに、あだか何者なにもの空中くうちゆう力強ちからつようでのありて、かれこのとらるがごとくいとゞ立去たちさねてへた。これぞくむしらせとでもいふものであらうかと、のちおもあたつたが、此時このときはたゞ離別りべつじやうさこそとおもるばかりで、わたくし打點頭うちうなづき『濱島君はまじまくんよ、心豐こゝろゆたかにいよ/\さかたまへ、きみ夫人ふじん愛兒あいじ御身おんみは、この柳川やながは生命いのちにかけても守護しゆごしまいらすべし。』とこたへるとかれ莞爾につこ打笑うちえみ、こも/″\三人みたり握手あくしゆして、其儘そのまゝ舷梯げんていくだり、先刻せんこくから待受まちうけてつた小蒸※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)こじやうきせんうつすと、小蒸※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)こじやうきせんたちまなみ蹴立けたてゝ、波止塲はとばかたへとかへつてく、その仇浪あだなみ立騷たちさわほとり海鳥かいてう二三ゆめいて、うたゝ旅客たびゞとはらわたつばかり、日出雄少年ひでをせうねん無邪氣むじやきである
『あら、父君おとつさん單獨ひとり何處どこへいらつしやつたの、もうおかへりにはならないのですか。』と母君はゝぎみ纎手りすがると春枝夫人はるえふじん凛々りゝしとはいひ、女心をんなごゝろのそゞろにあはれもよほして、愁然しゆうぜん見送みおく良人をつと行方ゆくかたつき白晝まひるのやうにあきらかだが、小蒸※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)こじようきせんかたち次第々々しだい/\おぼろになつて、のこけむりのみぞなが名殘なごりとゞめた。
夫人おくさん、すこし、甲板デツキうへでも逍遙さんぽしてませうか。』とわたくし二人ふたりいざなつた。かくしづんでときには、にぎはしき光景くわうけいにてもながめなば、幾分いくぶんこゝろなぐさむるよすがともならんとかんがへたので、わたくし兩人ふたり引連ひきつれて、此時このときばんにぎはしくえた船首せんしゆかたうつした。
最早もはや出港しゆつかう時刻じこくせまつてこととて、此邊このへん仲々なか/\混雜こんざつであつた。かろ服裝ふくさうせる船丁等ボーイらちうになつてけめぐり、たくましき骨格こつかくせる夥多あまた船員等せんゐんら自己おの持塲もちば/\にれつつくりて、後部こうぶ舷梯げんていすで引揚ひきあげられたり。いましも船首甲板せんしゆかんぱんける一等運轉手チーフメート指揮しきしたに、はや一だん水夫等すいふら捲揚機ウインチ周圍しゆうゐあつまつて、つぎの一れいとも錨鎖べうさ卷揚まきあげん身構みがまへ船橋せんけううへにはビールだるのやうに肥滿ひまんした船長せんちやうが、あか頬髯ほゝひげひねりつゝ傲然がうぜんと四はう睥睨へいげいしてる。わたくし三々五々さん/\ごゞむれをなして、其處此處そここゝつてる、顏色いろ際立きはだつてしろ白耳義人ベルギーじんや、「コスメチツク」で鼻髯ひげけんのやうにかためた佛蘭西フランス若紳士わかしんしや、あまりにさけんでさけのためにはなあかくなつた獨逸ドイツ陸軍士官りくぐんしくわんや、其他そのほか美人びじん標本へうほんともいふ伊太利イタリー女俳優をんなはいゆうや、いろ無暗むやみくろ印度インドへん大富豪おほがねもち船客等せんきやくらあひだ立交たちまじらつて、この目醒めざましき光景くわうけい見廻みまはしつゝ、春枝夫人はるえふじんとくさ/″\の物語ものがたりをしてつたが、此時このとき不意ふいにだ、じつ不意ふいわたくし背部うしろで、『や、や、や、しまつたゾ。』と一度いちどさけ[#「口+斗」、32-5]水夫すゐふこゑ同時どうじものあり、甲板かんぱんちて微塵みじんくだけた物音ものおとのしたので、わたくしいそ振返ふりかへつてると、其處そこではいましも、二三の水夫すゐふ滑車くわつしやをもつて前檣ぜんしやうたかかゝげんとした一個いつこ白色燈はくしよくとう――それはふね航海中かうかいちゆう安全あんぜん進航しんかう表章ひやうしようとなるべき球形きゆうけい檣燈しやうとうが、なにかの機會はづみいとえんはなれて、檣上しやうじやう二十フヒートばかりのところから流星りうせいごと落下らくかして、あはやと船長せんちやうてる船橋せんけうあたつて、とう微塵みじんくだけ、燈光とうくわうはパツとえる、船長せんちやうおどろいてかわ拍子へうしあし踏滑ふみすべらして、船橋せんけう階段かいだんを二三だん眞逆まつさかさまちた。水夫すゐふどもは『あツ』とばかりかほいろかへた。船長せんちやう周章あはてゝ起上おきあがつたが、怒氣どき滿面まんめん、けれど自己おの醜態しゆうたいおここと出來できず、ビールだるのやうなはらてゝ、物凄ものすごまなこ水夫すゐふどもにらけると、此時このときわたくしかたはらにはひげながい、あたま禿はげた、如何いかにも古風こふうらしい一個ひとり英國人エイこくじんつてつたが、この活劇ありさまるより、ぶるぶる身慄みぶるひして
『あゝ、あゝ、縁起えんぎでもない、南無阿彌陀佛なむあみだぶつ! このふね惡魔あくまみいつなければよいが。』とつぶやいた。
えい。また御幣ごへいかつぎ! 今日けふんといふだらう。
勿論もちろん此樣こんなことにはなにふか仔細しさいのあらうはづはない。つまり偶然ぐうぜん出來事できごとには相違さうゐないのだが、わたくしなんとなく異樣ゐやうかんじたよ。たれでも左樣さうだが、戰爭いくさ首途かどでとか、旅行たび首途かどですこしでもへんことがあれば、多少たせうけずにはられぬのである。ことわが弦月丸げんげつまるいま萬里ばんり波濤はたうこゝろざして、おと名高なだか地中海ちちゆうかい紅海こうかい印度洋等インドやうとう難所なんしよすゝらんとするその首途かどでに、※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)きせん安全あんぜん航行かうかう表章しるしとなるべき白色檣燈はくしよくしやうとう微塵みじんくだけて、その燈光ともしびえ、同時どうじに、このふね主長しゆちやうともいふべき船長せんちやう船橋せんけうより墮落ついらくして、こゝろ不快ふくわいいだき、かほ憤怒ふんぬさうあらはしたなど、ある意味いみからいふと、なにこの弦月丸げんげつまるわざはひおこその前兆ぜんてうではあるまいかと、どうも心持こゝちはしなかつたのである。無論むろん此樣こん妄想もうざうは、平生いつもならばもなく打消うちけされるのだが、今日けふ先刻せんこくから亞尼アンニーが、だのこくだのとつた言葉ことばや、濱島はまじま日頃ひごろ氣遣きづかはしなりし樣子やうすまでが、一時いちじこゝろうかんでて、非常ひじやうへん心地こゝちがしたので、むしこの立去たちさらんと、春枝夫人はるえふじん見返みかへると、夫人ふじんいま有樣ありさま古風こふうなる英國人エイこくじん獨言ひとりごとには幾分いくぶん不快ふくわいかんじたと
『あのともはうへでもいらつしやいませんか。』とわたくしうながしつゝ蓮歩れんぽ彼方かなたうつした。
やが船尾せんびかたると、此處こゝ人影ひとかげまれで、すで洗淨せんじようをはつて、幾分いくぶん水氣すゐきびて甲板かんぱんうへには、つきひかり一段いちだん冴渡さへわたつてる。
矢張やはりしづかなところございますねえ。』と春枝夫人はるえふじん此時このときさびしきえみうかべて、日出雄少年ひでをせうねんともにずつと船端せんたんつて、鐵欄てすりもたれてはるかなる埠頭はとばはうながめつゝ
日出雄ひでをや、あのむかふにえるたかやまおぼえておいでかえ。』と住馴すみなれし子ープルス市街まち東南とうなんそびゆるやまゆびざすと、日出雄少年ひでをせうねん
モリスざんでせう、わたくしはよつくおぼえてますよ。』とパツチリとした母君はゝぎみかほ見上みあげた。
『おゝ、それなら、あの電氣燈でんきとう澤山たくさんかゞやいて、おほきな煙筒けむりだしが五ほんも六ぽんならんでところは――。』
サンガローまち――おつかさん、わたくしいへ彼處あそこにあるんですねえ。』と少年せうねん兩手りようて鐵欄てすりうへせて
父君おとつさんはもううちへおかへりになつたでせうか。』
『おゝ、おかへりになりましたとも、そして今頃いまごろは、あの保姆ばあやや、番頭ばんとうスミスさんなんかに、おまへ温順おとなしくおふねつてことはなしていらつしやるでせう。』と言葉ことばやさしく愛兒あいじ房々ふさ/″\せる頭髮かみのけたまのやうなるほゝをすりせて、餘念よねんもなく物語ものがたる、これが夫人ふじんめには、唯一ゆいいつなぐさみであらう。かゝるやさしき振舞ふるまひさまたぐるは、こゝろなきわざおもつたから、わたくしわざ其處そこへはかず、すこはなれてたゞ一人ひとり安樂倚子アームチエヤーうへよこたへて、四方よも風景けしき見渡みわたすと、今宵こよひつきあきらかなれば、さしもにひろネープルスわん眼界がんかいいたらぬくまはなく、おぼろ/\にゆるイスチヤみさきには廻轉燈明臺くわいてんとうめうだいえつ、かくれつ、てんそびゆるモリスざんいたゞきにはまだのこんゆき眞白ましろなるに、つきひかりのきら/\と反射はんしやしてるなどはれず、港内かうない電燈でんとうひかり煌々くわう/\たる波止塲はとば附近ほとりからずつと此方こなたまで、金龍きんりうわしなみうへには、船艦せんかんうかこと幾百艘いくひやくさうふねふね前檣ぜんしやう白燈はくとう右舷うげん緑燈りよくとう左舷さげん紅燈こうとう海上法かいじやうはふまもり、停泊とゞまれるふね大鳥おほとり波上はじやうねむるにて、丁度ちやうどゆめにでもありさう景色けしき! わたくし此樣こん風景ふうけい今迄いまゝで幾回いくくわいともなくながめたが、今宵こよひはわけて趣味しゆみあるやうおぼえたのでまなこはなたず、それからそれとながめてうち、ふととまつた一つの有樣ありさま――それは此處こゝから五百米突メートルばかりの距離きより停泊ていはくしてる一そう※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)じようきせんで、いまぼうこく軍艦ぐんかんからの探海燈たんかいとう其邊そのへんくまなくてらしてるので、その甲板かんぱん裝置さうちなどもるやうにえる、このふね噸數とんすう一千とんくらゐ船體せんたい黒色こくしよくられて、二本にほん煙筒チム子ー二本にほんマスト軍艦ぐんかんでないことわかつてるが、商船しやうせんか、郵便船ゆうびんせんか、あるひ何等なにらかの目的もくてきいうしてふねそれわからない。勿論もちろん外形ぐわいけいあらはれてもなにいぶかしいてんはないが、すこしくわたくし異樣ゐやうおぼえたのは、さう噸數とんすう一千とんくらゐにしてはその構造かうざうあまりに堅固けんごらしいのと、またその甲板かんぱん下部したには數門すもん大砲等たいほうなど搭載つみこまれるのではあるまいか、その船脚ふなあし尋常じんじやうならずふかしづんでえる。いまその二本にほん烟筒えんとうからさかんに黒煙こくえんいてるのはすで出港しゆつかう時刻じこくたつしたのであらう、る/\船首せんしゆいかり卷揚まきあげられて、徐々じよ/\として進航しんかうはじめた。わたくし何氣なにげなく衣袋ポツケツトさぐつて、双眼鏡さうがんきやう取出とりいだし、あはせてほよくその甲板かんぱん工合ぐあひやうとする、丁度ちやうど此時このとき先方むかふふねでも、一個ひとり船員せんゐんらしいをとこが、船橋せんけううへから一心いつしん双眼鏡そうがんきやうふねけてつたが、不思議ふしぎだ、わたくし視線しせん彼方かなた視線しせんとがはしなくも衝突しようとつすると、たちま彼男かなた双眼鏡そうがんきやうをかなぐりてゝ、乾顏そしらぬかほよこいた。その擧動ふるまひのあまりに奇怪きくわいなのでわたくしおもはず小首こくびかたむけたが、此時このとき何故なにゆゑともれず偶然ぐうぜんにもむねうかんでひとつの物語ものがたりがある。それはわすれもせぬ去年きよねんあきことで、わたくし米國ベイこくから歐羅巴エウロツパわた航海中かうかいちうで、ふと一人ひとり英國イギリス老水夫らうすゐふ懇意こんいになつた。その[#ルビの「その」は底本では「たの」]老水夫らうすゐふがいろ/\の興味けうみあるはなしなかで、もつとふかわたくしこゝろきざまれてるのは、一番いちばんおそろしい航路かうろ印度洋インドやうだとうふ物語ものがたり亞弗利加洲アフリカしう東方ひがしのかたマダカッスルたうからも餘程よほどはなれて、ひとゆめにもらない海賊島かいぞくたうといふのがあるさうだ、無論むろん世界地圖せかいちづにはこと出來でき孤島こたうであるが、其處そこには獰猛どうまう鬼神きじんあざむ數百すうひやく海賊かいぞく一團體いちだんたいをなして、迅速じんそく堅固けんごなる七さう海賊船かいぞくせんうかべて、えず其邊そのへん航路かうろ徘徊はいくわいし、ときにはとほ大西洋たいせいやう[#「大西洋たいせいやうの」は底本では「太西洋たいせいやうの」]沿岸えんがんまでもふね乘出のりだして、非常ひじやう貴重きちやう貨物くわぶつ搭載とうさいしたふねると、たちまこれ撃沈げきちんして、にくよくたくましうしてるとのはなしして歐米をうべい海員かいゐん仲間なかまでは、此事このことらぬでもないが、如何いかにせん、この海賊かいぞく團體だんたい狡猾かうくわつなること言語げんごえて、そのきたるやかぜごとく、そのるもかぜごとく。海賊かいぞくども如何いかにして探知たんちするものかはらぬがそのねらさだめるふねは、つねだいとう貴重きちやう貨物くわぶつ搭載とうさいしてふねかぎかわりに、滅多めつたそのかたちあらはさぬためと、いま一つにはこの海賊かいぞくはい何時いつころよりか、をもつて歐洲をうしうぼう強國きやうこく結托けつたくして、年々ねん/\五千萬弗まんどるちか賄賂わいろをさめてために、かへつて隱然いんぜんたる保護ほごけ、をりふしそのふね貿易港ぼうえきかう停泊ていはくする塲合ばあひには立派りつぱ國籍こくせきいうするふねとして、その甲板かんぱんにはその強國きやうこく商船旗しようせんきひるがへして、傍若無人ぼうじやくむじん振舞ふるまつてよしじつしからぬはなしである。
わたくしいま二本にほん煙筒えんとう二本にほんマスト不思議ふしぎなるふねて、神經しんけい作用さようかはらぬがふとおもうかんだこのはなししかの老水夫らうすゐふげん眞實まことならば、此樣こんふねではあるまいか、その海賊船かいぞくせんといふのは、かく氣味きみわることだとおもつてうちに、あやしふねはだん/\と速力そくりよくして、わが弦月丸げんげつまる左方さはうかすめるやうに※去すぎさ[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、41-4]とき本船ほんせんより射出しやしゆつする船燈せんとうひかりチラみとめたのはその船尾せんびしるされてあつた「海蛇丸かいだまる」の三、「海蛇丸かいだまる」とはたしかにかのふね名稱めいしやうである。る/\うちなみ蹴立けたてゝ、蒼渺そうびやう彼方かなたうせた。
『あゝ、めうだ/\、今日けふ何故なぜ此樣こんな不思議ふしぎことつゞくのだらう。』とわたくしおもはずさけんだ。
『おや、貴方あなた如何どうかなすつて。』と春枝夫人はるえふじん日出雄少年ひでをせうねんともおどろいて振向ふりむいた。
夫人ふじん!』とわたくしくちつたが、てよ、いま塲合ばあひ此樣こんはなし――むしわたくし一個人いつこじん想像さうざう[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、42-1]ぎないこと輕々かろ/″\しくかたつて、このうるはしきひとの、やさしきこゝろいためるでもあるまい、と心付こゝろづいたので
『いや、なんでもありませんよ、あはゝゝゝ。』とわざこゑたかわらつた。丁度ちやうど此時このとき甲板かんぱんには十一はんほうずる七點鐘てんしようひゞいて、同時どうじにボー、ボー、ボーツとあだか獅子しゝゆるやうな※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)きてきひゞき、それは出港しゆつかう相圖あひづで、吾等われら運命うんめいたくする弦月丸げんげつまるは、つひ徐々じよ/″\として進航しんかうをはじめた。

    第四回 反古ほご新聞しんぶん
葉卷烟草シーガレツト――櫻木海軍大佐の行衞――大帆走船と三十七名の水夫――奇妙な新體詩――秘密の大發明――二點鐘カヽン々々
 灣口わんこうづるまで、わたくし春枝夫人はるえふじん日出雄少年ひでをせうねんとを相手あひて甲板上かんぱんじやうたゞずんで、四方よも景色けしきながめてつたが、其内そのうちネープルスかう燈光ともしびかすかになり、夜寒よざむかぜむやうにおぼえたので、つひ甲板かんぱんくだつた。
夫人ふじん少年せうねんとをその船室キヤビンおくつて、明朝めうてうちぎつて自分じぶん船室へやかへつたとき八點鐘はつてんしよう號鐘がうしようはいと澄渡すみわたつて甲板かんぱんきこえた。
『おや、もう十二!』とわたくし獨語どくごした。すでよるふかく、くわふるに當夜このよなみおだやかにして、ふねいさゝか動搖ゆるぎもなければ、船客せんきやく多數おほかたすでやすゆめつたのであらう、たゞ※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)機關じようききくわんひゞきのかまびすしきと、折々をり/\當番たうばん船員せんゐん靴音くつおとたか甲板かんぱん往來わうらいするのがきこゆるのみである。
わたくし衣服ゐふくあらためて寢臺ねだいよこたわつたが、何故なぜすこしもねぶられなかつた。船室キヤビン中央ちゆうわうつるしてある球燈きゆうとうひかり煌々くわう/\かゞやいてるが、どうも其邊そのへんなに魔性ませうでもるやうで、空氣くうきあたまおさへるやうにおもく、じつ寢苦ねぐるしかつた。諸君しよくん御經驗ごけいけんであらうが此樣こんときにはとてもねむられるものではない、いらだてばいらだほどまなこえてむねにはさま/″\の妄想もうざう往來わうらいする。
わたくしおもつてふたゝ起上おきあがつた。喫烟室スモーキングルームくも面倒めんだうなり、すこふね規則きそく違反ゐはんではあるが、此室こゝ葉卷シユーガーでもくゆらさうとおもつて洋服やうふく衣袋ポツケツトさぐりてたが一ぽんい、不圖ふとおもしたのは先刻せんこくネープルスかう出發しゆつぱつのみぎり、濱島はまじまおくつてれたかずある贈物おくりものうち、四かく新聞しんぶんつゝみは、しや煙草たばこはこではあるまいかとかんがへたので、いそひらいてると果然くわぜん最上さいじやう葉卷はまき! 『しめたり。』とてんじて、スパスパやりながら餘念よねんもなく其邊そのへん見廻みまわしてうちるといま葉卷はまきはこつゝんであつた新聞紙しんぶんし
『オヤ、日本につぽん新聞しんぶんだよ。』とわたくしおもはず取上とりあげた。
本國ほんごくでゝから二年間ねんかんたびからたびへと遍歴へんれきしてあるは、折々をり/\日本につぽん公使館こうしくわん領事館りようじくわんで、本國ほんこくめづらしき事件ことみゝにするほかは、日本につぽん新聞しんぶんなどをこときはめてまれであるから、わたくしじつなつかしくかんじた。いそしわのばしてると、これはすでに一ねんはんまへ東京とうけいぼう新聞しんぶんであつた。一ねんはんまへといへばわたくしがまだ亞米利加アメリカ大陸たいりく滯在たいざいしてつた時分じぶんことで、隨分ずいぶんふる新聞しんぶんではあるが、ふるくつてもんでもよい、故郷こきやうなつかしとおもふ一ねんに、はなたずんでゆくうちたちまいた一だん記事きじがあつた。それは本紙ほんしだいめんごと雜報ざつぽうであつた。
櫻木豫備海軍大佐の行衞==讀者どくしや記臆きおくせらるし、先年せんねんしゆ強力きやうりよくなる爆發藥ばくはつやく發明はつめいし、つゞいて浮標水雷ふへうすゐらい花環榴彈等くわくわんりうだんとう二三の軍器ぐんき有功いうこうなる改良かいりようほどこしたるをもつて、海軍部内かいぐんぶない其人そのひとありとられたる豫備海軍大佐櫻木重雄氏よびかいぐんたいささぐらぎしげをしは一昨年さくねん英國エイこくあそ歸朝きてう以來いらいふかくわだつるところあり、おどろ軍事上ぐんじじやう大發明だいはつめいをなして、我國々防上わがくにこくぼうじやう貢獻こうけんするところあらんと、かね工夫くふう慘憺さんたんよしほのかみゝにせしが、此度このたびいよ/\じゆくしけん、あるひおもんぱかところありてにや、本月ほんげつ初旬しよじゆん横濱よこはまぼう商船會社しやうせんくわいしやよりなみ江丸えまるといへる一だい帆走船ほまへせんあがなひ、ひそかに糧食りようしよく石炭せきたん氣發油きはつゆう※卷蝋くわけんらう[#「渦」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、46-5]鋼索こうさく化學用くわがくようしよ劇藥げきやく其他そのほか世人せじん到底たうてい豫想よさうがた幾多いくた材料ざいりよう蒐集中しうしふちうなりしが、何時いつとも吾人われら氣付きづかぬその姿すがたかくしぬ。櫻木大佐さくらぎたいさその姿すがたかくすとともにかの帆走船ほまへせんその停泊港ていはくかうらずなり、あはせて大佐たいさ年來ねんらい部下ぶかとしてかみごとおやごとくに服從ふくじゆうせる三十七めい水兵すゐへいその姿すがたうしなひたりといへば、おもふに大佐たいさ暗夜あんやじようじて、ひそかにその部下ぶか引連ひきつ本邦ほんぽうをば立去たちさりしものならん、此事このこと海軍部内かいぐんぶないおいてもきはめて秘密ひみつとするところにして、何人なんぴとその行衞ゆくえものなし、たゞ心當こゝろあたりともきは、昨夕さくゆう横濱よこはま入港にふかうせし英國エイこくぼう郵船ゆうせんは四五にちぜん夜半やはんきたボル子ヲたう附近ふきんにて日本につぽん國旗こくきかゝげし一だい帆走船ほまへせんみとめしよしにて、そのふね形状等けいじようとうあだか大佐たいさ帆走船ほまへせん似寄によりたるところあれば、その航路かうろりて支那海シナかい[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、47-3]印度洋インドやう方面はうめんすゝみしにあらずやとのうたがひあり、もとより今回こんくわい企圖くわだて秘中ひちう秘事ひじにして、到底たうてい測知そくちきにあらざれども、にもかくにも非凡ひぼん智能ちのう遠大えんだい目的もくてきとをいうすることなれば、何時いつ意外いぐわい方面はうめんより意外いぐわい大功績だいこうせきもたらしてふたゝ吾人ごじん眼前がんぜんあらはれきたるやもからず、刮目くわつもくしてきなり。== 云々うんぬん
何等なにら關係くわんけいはなくとも、かる記事きじんだひと多少たせうこゝろうごかすであらう。ことわたくし櫻木海軍大佐さくらぎかいぐんたいさとは面識めんしき間柄あひだがらで、數年すねんぜんことわたくしがまだ今回こんくわい漫遊まんゆうのぼらぬ以前いぜん、あるなつ北海道旅行ほくかいだうりよかうくわだてたとき横濱よこはまから凾館はこだておもむ※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)きせんなかで、はからずも大佐たいさ對面たいめんしたことがある。其頃そのころ大佐たいさ年輩としごろ三十二三、威風ゐふう凛々りん/\たる快男子くわいだんしで、その眼光がんくわう烱々けい/\たると、その音聲おんせい朗々ろう/\たるとは、如何いかにも有爲いうゐ氣象きしやう果斷くわだん性質せいしつんでるかをおもはしめた。其人そのひといま新聞しんぶん題目だいもくとなつて世人よのひといぶか旅路たびぢこゝろざしたといふ、その行先ゆくさき何地いづこであらう、その目的もくてきなんであらう。軍事上ぐんじじやう大發明だいはつめい――一だい帆走船ほまへせん――三十七めい水兵すゐへい――化學用くわがくよう藥品やくひん是等これらからおもあはせるとおぼろながらも想像さうぞう出來できことはない。いま世界せかい各國かくこくたがひへいみがき、こと海軍力かいぐんりよくには全力ぜんりよくつくして英佛露獨エイフツロドクわれをとらじと權勢けんせいあらそつてる、しかして目今もくこんその權力けんりよく爭議さふぎ中心點ちゆうしんてんおほ東洋とうやう天地てんちで、支那シナごと朝鮮テウセンごときはえずその侵害しんがいかふむりつゝある、此時このときあたつて、東洋とうやう覇國はこくともいふわが大日本帝國だいにつぽんていこくそのところじつおもく一ぱう東洋とうやう平和へいわたもたんがめ、他方たはうすくなくとも我國わがくに威信ゐしんそんせんがめには非常ひじやう决心けつしん實力じつりよくとをえうするのである。しかるも我國わがくに財源ざいげんにはかぎりあり、兵船へいせん増加ぞうかにも限度げんどあり、くにおもふの日夜にちや此事このこと憂慮ゆうりよし、えず此點このてんむかつてさくこうじてる。櫻木海軍大佐さくらぎかいぐんたいさ元來ぐわんらい愛國あいこく慷慨かうがいひとかつ北海ほくかい※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)きせん面會めんくわいしたときも、談話だんわこゝおよんだときかれはふと衣袋ポツケツトそこさぐつて、昨夜さくや旅亭りよてい徒然つれ/″\つくつたのだとつて、一ぺん不思議ふしぎ新體詩しんたいししめされた。たけ武人ものゝふ風流ふうりうみちは、また格別かくべつ可笑をかしいではないか。
そのうだ。
つきたかく、かぜねむれる印度洋インドやう。 かゞみごとうみおもに。
 にはかおこみづけぶり。 ※(「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1-94-55)げいがくえ、りようをどる※[#感嘆符三つ、49-9]

よ、巨浪なみいかりててん※(「如/手」、第4水準2-13-8)き。 黒雲こくうんひくうみる。
 きらめくはいなづまか、とゞろくはいかづちか。 砲火ほうくわ閃々せん/\砲聲ほうせい殷々いん/\
よ、硝煙せうえんうちをぬけ。 つきひかりがほに。
 波濤はたうりて數百すうひやくの。 艨艟まうしやうはたきてぐ。
のがるゝ※(「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1-94-55)げいがく飛龍ひりう!。 飛龍ひりういさ※(「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1-94-55)げいがくは。
 青息あほいきならぬ黒烟こくえんを。 きてかげをばかくしけり。

かの※(「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1-94-55)げいがくぞ、てんはて。 はたかくいたまで
 およ波濤はたうつところ。 およ珍寳ちんぽうるところ。
やまなすなみふねとなし。 千里せんりかぜとなして。
 跳梁跋扈てうりやうばつこらぬ。 かの歐洲をうしう聯合艦隊れんがふかんたい[#感嘆符三つ、50-8]

飛龍ひりう[#ルビの「ひりう」は底本では「ひりよう」]なにぞ、東洋とうやうの。 鎖鑰さやくにぎ日出につしゆつの。
 ひかりうみかゞやかす。 そのたか日本艦隊につぽんかんたい[#感嘆符三つ、50-10]

それ日本につぽん東洋とうやうの。 飛龍ひりうたる一小邦いつせうはう
 それ歐洲をうしうは、げいよりも。 はた※(「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1-94-55)がくよりもいとたけき。
     宇内うだい睥睨にらむ。 一大いちだいしう

いぶかしや。
 だいやぶれて、せうつ。 何故なにゆゑ※(疑問符感嘆符、1-8-77)

け。 敗將はいしやうふところ。
 艦橋かんけうのぼき。 ほしあほぎてたんずらく。
  われ百萬ひやくまん巨艦きよかんあり。 雲霞うんかごと將士しやうしあり。
   ほうあり。 けんあり。 火藥くわやくあり。
なんおそれむ日本海軍につぽんかいぐん。 あきごとく。
 海屑もくづとなさんいきほひに。 すゝむや、エイフツドクかん

おもひきや。  日本につぽん不思議ふしぎ魔力まりよくあり。
 これ。 俄砲ガツトリングほうか。 あらず。
 シエルブル水雷艇すゐらいていか。 あらず。
いまず。 いまかざる大軍器だいぐんき[#感嘆符三つ、52-6]
 かぜのごとくきたり。 かぜのごとくり。
しやち魚群ぎよぐんごとく。 エレキものつごとく。
 よ、わが艦隊かんたい粉韲うちくだく、 電光石火でんくわうせきくわ大魔力だいまりよく[#感嘆符三つ、52-9]

あゝ、 おそるべし。 おそるべし。
 りうねむれる日本海につぽんかい。 黒雲こくうんべる東洋とうやうの。
  そらつんざひかり。 うみひそめる大軍器だいぐんき[#感嘆符三つ、53-2]

やう文句もんくで、隨分ずゐぶん奇妙きめうな、おそらくは新派しんぱ先生せんせい一派いつぱから税金ぜいきん徴收とりさうなではあつたが、つきあきらかに、かぜきよ※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)きせん甲板かんぱんにて、大佐たいさ軍刀ぐんたうつか後部うしろまはし、その朗々らう/\たる音聲おんせいにて、しようきたしようつたときには、わたくしおもはず快哉くわいさいさけ[#「口+斗」、53-6]んだよ。勿論もちろん其時そのときべつこゝろにもめなかつたが、いまになつてはじめてそれとおもあたふしいでもない。
なにもあれこの反古ほご新聞しんぶん記事きじによると、櫻木海軍大佐さくらぎかいぐんたいさこの秘密ひみつなる旅行りよかうくはだてたのはすでに一ねんはん以前いぜんことで、まへにもいふとうわたくしがまだ亞米利加アメリカ[#「亞米利加アメリカの」は底本では「亞利利加アメリカの」]大陸たいりく漫遊まんゆうしてつた時分じぶんことで、其後そのゝちわたくしえずたびからたびへと遍歴へんれきしてつたので、この珍聞ちんぶんつたのもいまはじめてであるが、あゝ、大佐たいさ其後そのゝち如何いかにしたであらう、つひその目的もくてきたつしてふたゝ日本につほんかへつたであらうか。櫻木海軍大佐さくらぎかいぐんたいさその性質せいしつからいつても、かゝる擧動きよどうでたのはおほいするところがあつたに相違さうゐない。してかれは一くわだてたことその目的もくてきたつするまではまぬひとであるから、大佐たいさふたゝ此世このよあらはれてときにはかなら絶大ぜつだい功績こうせきもたらしてことうたがひもない、されば櫻木大佐さくらぎたいさふたゝ日本につぽんかへつたものとすれば、その勳功くんこう日月じつげつよりもあきらかにかゞやきて、如何いかわたくしたびからたびへと經廻へめぐつてるにしてもその風聞ふうぶんみゝたつせぬことはあるまい、しかるに今日こんにちまで幾度いくたび各國市府かくこくしふ日本公使館につぽんこうしくわん領事館りやうじくわんおとづれたが、一もそれとおぼしき消息せうそくみゝにせぬのは、大佐たいさその行衞ゆくゑくらましたまゝあらはれてなによりの證據しようこ。あゝ、大佐たいさ其後そのご何處いづこ如何どうしてるだらうとかんがへるとまた種々さま/″\想像さうざういてる。
此時このときだい點鐘てんしようカン、カンとる。((船中の號鐘は一點鐘より八點鐘まで四時間交代なり)
『おや、とう/\一になつた。』とわたくし欠伸あくびした。何時いつまでかんがへてつたとて際限さいげんのないことつは此樣こんなかすのは衞生上ゑいせいじやうにもきわめてつゝしことおもつたのでわたくしげん想像さうぞう材料ざいりようとなつて古新聞ふるしんぶんをば押丸おしまろめて部室へや片隅かたすみ押遣おしやり、いて寢臺ねだいよこたはつた。はじめあひだ矢張やはりあたまめうで、先刻せんこくおなやうにいろ/\の妄想まうざうしてもしてもむねうかんでて、こく――亞尼アンニーかほ――微塵みじんくだけた白色檣燈はくしよくしようとう――あやしふね――双眼鏡さうがんきやうなどがかはる/\ゆめまぼろしと腦中のうちゆうちらついてたが、何時いつ晝間ひる疲勞つかれに二號鐘がうしようかぬうち有耶無耶うやむやゆめちた。

    第五回 「ピアノ」と拳鬪けんとう
船中の音樂會――鵞鳥聲の婦人――春枝夫人の名譽――甲板の競走――相撲――私の大閉口――曲馬師の虎
 翌朝よくあさ銅鑼どらおどろ目醒めさめたのは八三十ぷんで、海上かいじやう旭光あさひ舷窓げんさうたうして鮮明あざやか室内しつないてらしてつた。船中せんちゆう三十ぷん銅鑼どら通常つうじやう朝食サツパー報知しらせである。
『や、寢※ねす[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、56-7]ぎたぞ。』といそ飛起とびおき、衣服ゐふくあらため、櫛髮くしけづりをはつて、急足いそぎあし食堂しよくどうると、壯麗さうれいなる食卓しよくたく正面しようめんにはふね規則きそくとしてれいのビールだる船長せんちやう威儀ゐぎたゞして着席ちやくせきし、それより左右さゆう兩側りやうがわに、エイフツドクハク伊等イとう各國かくこく上等じやうとう船客せんきやくいづれも美々びゞしき服裝ふくさうして着席ちやくせきせる其中そのなかまじつて、うるはしき春枝夫人はるえふじん可憐かれん日出雄少年ひでをせうねんとの姿すがたえた。少年せうねんわたくしるよりいとなつかし倚子ゐすからつて『おはよう。』とばかり可愛かあいらしきかうべれた。『好朝おはよう。』とわたくしかろ會釋えしやくしてそのかたはら[#ルビの「かたはら」は底本では「からはら」]すゝり、なにとなく物淋ものさびえた春枝夫人はるえふじんまなこてん
夫人おくさん昨夜ゆふべ御安眠ごあんみんになりましたか。』とふと、夫人ふじんかすかなえみうか
『イエ、このはよくねむりましたが、わたくしふねれませんので。』とこたふ。さもありぬべし、ゆきあざむほうへん幾分いくぶん蒼色あをみびたるは、たしかに睡眠ねむりらぬことしようしてる。船中せんちゆうあさ食事しよくじは「スープ」のほか冷肉れいにく、「ライスカレー」、「カフヒー」それに香料にほひつた美麗うるはしき菓子くわし其他そのほか「パインアツプル」とうきはめて淡泊たんぱく食事しよくじで、それがむと、日出雄少年ひでをせうねんなによりさき甲板かんぱん目指めざしてはしつてくので、夫人ふじんわたくしそのあとつゞいた。
甲板かんぱんると、弦月丸げんげつまる昨夜ゆふべあひだカプリとうおき[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、58-1]ぎ、いまリコシアみさきなゝめ進航しんかうしてる、季節せつは五ぐわつ中旬なかばあつからずさむからぬ時※じこう[#「候」の「ユ」に代えて「工」、58-3]くはふるに此邊このへんたい風光ふうくわう宛然えんぜんたる畫中ぐわちゆうけいで、すでに水平線上すゐへいせんじやうたかのぼつた太陽たいよう燦爛さんらんたるひかりみづおとして金波きんぱ洋々やう/\たるうみおもには白帆はくはんかげてんてんそのあひだ海鴎かいおう長閑のどかむらがんで有樣ありさまなどは自然しぜんこゝろさはやかになるほどで、わたくし昨夕ゆふべ以來いらいのさま/″\の不快ふくわい出來事できごとをばあらつたやうわすれてしまつた。春枝夫人はるえふじんもいと晴々はれ/″\しき顏色がんしよくで、そよ/\とみなみかぜびんのほつれはらはせながら餘念よねんもなく海上かいじやうながめてる。日出雄少年ひでをせうねん特更ことさら子供心こどもごゝろ愉快ゆくわい愉快ゆくわいたまらない、丁度ちやうど牧塲まきばあそ小羊こひつじのやうに其處此處そここゝとなくんであるいて、折々をり/\わたくしそばはしつてては甲板かんぱんうへ裝置さうちされた樣々さま/″\船具せんぐについて疑問ぎもんおこし、また母君はゝぎみうでにすがつてはるかにゆる島々しま/″\ゆびざし『あれは子ープルスいへの三がいからへるエリノしまにそのまんまですこと此方こなたのはあたま禿げた老爺おぢいさんがさかなつてかたちによくますねえ。』などゝいとたのえた。
やうやたかく、かぜすゞしく、ふね進行すゝみのやうである。わたくし甲板かんぱん安樂倚子あんらくゐすをよせて倩々つら/\かんがへた。昨日きのふまでは經廻へめぐ旅路たびいくときたのしきときかたらふひととては一人ひとりもなく、あした明星めうぜうすゞしきひかりのぞみ、ゆふべ晩照ゆふやけ華美はなやかなる景色けしきながむるにもたゞ一人ひとりわれ吾心わがこゝろなぐさむるのみであつたが、昨日きのふはからずも天外てんぐわい萬里ばんりわが同胞どうほうにめぐりひ、あだかてんのなせるがごと奇縁きえんにていま優美やさし春枝夫人はるえふじん可憐かれんなる日出雄少年等ひでをせうねんらおなふねおな故國ふるさとかへるとはなにたる幸福しあはせであらう。今度こんどこの弦月丸げんげつまる航海かうかいには乘客じやうきやくかずは五百にんちか船員せんゐんあはせると七百にん以上いじやう乘組のりくみであるが、其中そのなか日本人につぽんじんといふのは夫人ふじん少年せうねんわたくしとの三めいのみ、この不思議ふしぎなるえんむすばれし三人みたりこれから海原うなばらとほ幾千里いくせんり、ひとしくこのふね運命うんめいたくしてるのであるが、てん冥加めうがといふものがるならばちかきに印度洋インドやうすぐ[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、60-3]とき支那海シナかいときにも、今日けふごと浪路なみぢおだやかに、やがあひとも※去くわこ[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、60-4]平安へいあんいはひつゝ芙蓉ふようみねあふこと出來できるやうにと只管ひたすらてんいのるのほかはないのである。
ネープルスかうから海路かいろすう多島海たたうかい[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、60-7]ぎ、地中海ちちゆうかいり、ポートセツトにて石炭せきたんおよ飮料水ゐんりようすゐ補充ほじうして、それより水先案内みづさきあんないをとつてスエス地峽ちけう[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、60-9]ぎ、往昔むかしから世界せかいだい一の難所なんしよ航海者かうかいしやきもさむからしめた、紅海こうかいめい死海しかいばれたる荒海あらうみ血汐ちしほごと波濤なみうへはしつて、右舷うげん左舷さげんよりながむる海上かいじやうには、此邊このへん空氣くうき不思議ふしぎなる作用さようにて、とほしまちかえ、ちかふねかへつとほえ、其爲そのため數知かずし[#ルビの「かずし」は底本では「かずす」]れず不測ふそくわざはひかもして、この洋中やうちゆう難破なんぱせる沈沒船ちんぼつせん船體せんたいすで海底かいていちて、名殘なごり檣頭しやうとうのみ波間はかん隱見いんけんせるその物凄ものすご光景くわうけいとふらひつゝ、すゝすゝんでつひ印度洋インドやう海口かいこうともいふアデンわんたつし、はるかにソコトラじま煙波えんぱ縹茫へうぼうたるおきのぞむまで、大約たいやく週間しうかん航路かうろ毎日まいにち毎日まいにち天氣てんき晴朗せいらうで、海波かいは平穩おだやかで、十數年すうねんらいなみまくらわた水夫すゐふども未曾有みそういうかう航海かうかいだとかたつたほどで、したがつ其間そのあひだには格別かくべつしるほどこともない。たゞ二つ三つ記臆きおくとゞまつてるのはかゝ平和へいわあひだにも不運ふうんかみこのふね何處いづこにか潜伏ひそんでつたとえ、ふねメシナ海峽かいけういでんとするとき一人ひとり船客せんきやく海中かいちゆうげて無殘むざん最後さいごげたことと、下等船客かとうせんきやくいち支那人シナじんはまだ伊太利イタリー領海りやうかいはなれぬ、ころよりくるしきやまひおかされてつひカンデイアじまセリゴじまとのあひだ死亡しぼうしたために、海上かいじやう規則きそく船長せんちやう以下いか澤山たくさん船員せんゐん甲板かんぱんあつまつて英國エイこくの一宣教師せんけうし引導いんだうもとその死骸しがいをば海底かいていはうむつてしまつたことと、是等これらきはめて悲慘ひざん出來事できごとであるが、ほか愉快ゆくわいことも二つ三ついでもない。
何處どこでもなが航海かうかいでは船中せんちゆう散鬱うさばらしにと、茶番ちやばん演劇えんげき舞踏ぶたうもようしがある。こと歐洲をうしう東洋とうやうとのあひだ全世界ぜんせかいもつとなが航路かうろであればかゝ凖備じゆんびは一そうよくとゝなつてる。この弦月丸げんげつまるにもしば/\そのもようしがあつて私等わたくしら折々をり/\臨席りんせきしたが、あること電燈でんとうひかりまばゆき舞踏室ぶたうしつでは今夜こんやめづらしく音樂會おんがくくわいもようさるゝよしで、幾百人いくひやくにん歐米人をうべいじんおいわかきも其處そこあつまつて、狂氣きやうきのやうにさはいでる。禿頭はげあたま佛蘭西フランス老紳士らうしんし昔日むかし腕前うでまへせてれんとバイオリンつてくかかぬにうたきよくをハツタとわすれて、あたまで/\罷退まかりさがるなど隨分ずゐぶん滑※的こつけいてき[#「(禾+尤)/上/日」、62-10]こともあるが、大概たいがいうでおぼえの歐米人をうべいじんこととて、いづれも得意とくいきよく調しらべてはたがひ天狗てんぐはなたかめてる。わたくし春枝夫人はるえふじんこのせきつらなつたときには丁度ちやうどある年増としま獨逸ドイツ婦人ふじんがピアノの彈奏中だんそうちゆうであつたが、この婦人ふじんきはめて驕慢けうまんなる性質せいしつえて、彈奏だんそうあひだ始終しゞうピアノだいうへから聽集きゝてかほ流盻ながしめて、をりふし鵞鳥がてうのやうなこゑうたうた調しらべは左迄さまで妙手じやうずともおもはれぬのに、うた當人たうにん非常ひじやう得色とくしよくで、やがて彈奏だんそうをはると小鼻こばなうごめかし、孔雀くじやくのやうにもすそひるがへしてせきかへつた。このつぎ如何いかなるひとるだらうと、わたくし春枝夫人はるえふじんかたりながら一ぽう倚子ゐすりてながめてつたが、暫時しばらく何人たれない、大方おほかたいま鵞鳥聲がてうごゑ婦人ふじんめに荒膽あらぎも[#「抜」の「友」に代えて「ノ/友」、63-8]かれたのであらう。たちまる一英國人エイこくじんはつか/\と私共わたくしどもまへすゝつて。大聲おほごゑ
『サア、今度こんど貴方等あなたがた順番じゆんばんです、日本につぽん代表者だいひやうしやとしてなにかおやりなさい。』とわめく、滿塲まんじやう一度いちど拍手はくしゆした。
南無三なむさん。」とわたくし逡巡しりごみした。おほく白晢はくせき人種じんしゆあひだ人種じんしゆちがつた吾等われら不運ふうんにも彼等かれらとまつたのである。わたくし元來ぐわんらい無風流ぶふうりうきはまるをとこなのでこの不意打ふいうちにはほと/\閉口へいこうせざるをない。春枝夫人はるえふじんしきりに辭退じたいしてつたが彼男かのをとこも一たんしたこととて仲々なか/\あとへは退かぬ。幾百いくひやくひと益々ます/\拍手はくしゆする。此時このときたちまわたくし横側よこがは倚子ゐすしきりに嘲笑あざわらつてこゑ、それはれい鷲鳥聲がてうごゑ婦人ふじんだ。
なにね、いくらつたつて無益だめでせうよ、こととか三味線さみせんとか私共わたくしどもこともない野蠻的やばんてき樂器がくきほかにしたこと日本人につぽんじんなどに、如何どうして西洋せいやう高尚かうしよううたうたはれませう。』などゝわざきこえよがしにならんで腰掛こしかけてとしわかをとこ耳語さゝやいてるのだ。
不埓ふらちをんなめツ」とわたくしくちびるんだ、が、悲哉かなしやわたくし其道そのみちにはまつたくの無藝むげい太夫たゆう。あゝ此樣こんことつたら何故なぜ倫敦ロンドンへん流行歌はやりうた一節ひとふしぐらいはおぼえてかなかつたらうとくやんだが追付おひつかない、あまりの殘念くやしさに春枝夫人はるえふじんかほると、夫人ふじんいま嘲罵あざけりみゝにして多少たせうこゝろげきしたとへ、やなぎまゆかすかにうごいて、そつとわたくしむかひ『なにかやつてませうか。』といふのはうでおぼえのあるのであらう、わたくしだまつて點頭うなづくと夫人ふじんしづか立上たちあがり『皆樣みなさまのおみゝけがほどではありませんが。』とともなはれてピアノだいうへのぼつた。たちま盤上ばんじやうたままろばすがごとひゞき、ピアノにかみ宿やどるかとうたがはるゝ、そのたへなる調しらべにつれてうたいだしたる一曲ひとふしは、これぞ當時たうじ巴里パリー交際かうさい境裡じやうり大流行だいりうかうの『きくくに乙女おとめ』とて、すぢ日本につぽんうるはしき乙女おとめ舞衣まひぎぬ姿すがたが、月夜げつやセイヌかは水上みなか彷徨さまよふてるといふ、きはめて優美ゆうびな、またきはめて巧妙こうめう名曲めいきよく一節ひとふし、一は一よりはなやかに、一だんは一だんよりおもしろく、天女てんによ御空みそらふがごと美音びおんは、こゝろなき壇上だんじやうはなさへさへゆるぐばかりで、滿塲まんじやうはあつとつたまゝみづつたやうしづまりかへつた。
その調しらべがすむと、たちまくづるゝごと拍手はくしゆのひゞき、一だん貴女きぢよ神士しんしははやピアノだいそばはしつて、いましづかに其處そこくだらんとする春枝夫人はるえふじん取卷とりまいて、あらゆる讃美さんびことばをもつて、このめづらしき音樂おんがく妙手めうしゆ握手あくしゆほまれんと※(「口+曹」、第3水準1-15-16)ひしめくのである。かの鵞鳥がてうこゑ婦人ふじんくちあんぐり、眞赤まつかになつて白黒しろくろにしてる、さだめて先刻せんこく失言しつげんをば後悔こうくわいしてるのであらう。こののピアノのひゞきは、いまわたくしみゝのこつて、※去くわこ[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、66-7]出來事できごとうちもつと壯快さうくわいことの一つにかぞへられてるのである。
其他そのほか面白おもしろこと隨分ずゐぶんあつた。音樂會おんがくくわい翌々日よく/\じつことで、ふね多島海たたうかいおきにさしかゝつたときおほく船客せんきやく甲板かんぱん集合あつまつて種々いろ/\遊戯あそびふけつてつたが、其内そのうちたれかの發起はつき徒競走フートレースはじまつた。今日こんにち世界せかい最大さいだいふねながさ二百三十ヤード、すなはちやうにして二ちやうゆるものもある、本船ほんせんごときもその一で、競走レース前部甲板ぜんぶかんぱんから後部甲板こうぶかんぱんへと、大約おほよそ三百ヤードばかり距離きよりを四くわい往復わうふくするのであるが優勝者チヤンピオンには乘組のりくみ貴婦人連レデイれんからうるはしき贈物おくりものがあるとのことで、英人エイじん佛人フツじん獨逸人ドイツじん其他そのほか伊太利イタリー瑞西スイツツル露西亞等ロシヤとう元氣げんきさかんなる人々ひと/″\すねたゝいてをどたので、わたくしもツイその仲間なかま釣込つりこまれて、一ぱつ銃聲じうせいとも三にかけつたが、殘念ざんねんなるかな、だいちやく决勝點けつしようてん躍込をどりこんだのは、佛蘭西フランス豫備海軍士官よびかいぐんしくわんとかへるすさまじくはやをとこだいちやく勤務きんむのためわが日本につぽんむかはんとてこのふね乘組のりくんだ伊太利イタリー公使館こうしくわんづき武官ぶくわん海軍士官かいぐんしくわんわたくしからうじてだいちやく、あまり面白おもしろくないので、今度こんどは一つ日本男兒につぽんだんじ腕前うでまへせてれんと、うまく相撲すまうこと發議はつぎすると、たちま彌次連やじれんあつまつてた。彌次連やじれん其中そのなかからだい一にわたくし飛掛とびかゝつてた一にんは、獨逸ドイツ法學士はふがくしとかいふをとこ隨分ずゐぶん腕力わんりよくたくましい人間にんげんであつたが、此方こなた多少たせう柔道じうだう心得こゝろえがあるので、拂腰こしはらひ見事みごときまつてわたくしかち、つゞいてやつ四人よにんまでたふしたが、だい番目ばんめにのつそりとあらはれて露西亞ロシヤ陸軍士官りくぐんしくわんけ六しやくちか阿修羅王あしゆらわうれたるやうなをとこ力任ちからまかせにわたくし兩腕りよううでにぎつて一振ひとふりばさんずいきほひわたくしこれにはすこぶ閉口へいこうしたが、どつこひてよ、と踏止ふみとゞまつて命掛いのちがけに揉合もみあこと半時はんときばかり、やうやくこと片膝かたひざかしてやつたので、この評判へうばんたちま船中せんちゆうひろまつて、感服かんぷくする老人らうじんもある、切齒はがみする若者わかものもあるといふさはぎ、たれいふとなく『日本人につぽんじんてつの一しゆである、如何いかんとなればくろ堅固けんごなるゆゑに。』などゝ不思議ふしぎなる賞讃しようさんをすらはくして、一わたくしはな餘程よほどたかかつたが、こゝに一だい事件じけん出來しゆつたいした、それはほかでもない、丁度ちやうどこのふね米國ベイこく拳鬪けんとう達人たつじんとかいふをとこ乘合のりあはせてつたが、このうわさみゝにして先生せんせい心安こゝろやすからず、『左程さほど腕力わんりよくつよ日本人につぽんじんなら、一ばん拳鬪けんとうたち合ひをせぬか。』と申込まうしこんでた。
わたくし拳鬪けんとう仕合しあひはことはあるが、まだやつたことは一もない、しか申込まうしこまれてはをとこ意地いぢ、どうなるものかと一ばん立合たちあつてたがれぬわざ仕方しかたがない、散々さん/″\つて、氣絶きぜつするほど甲板かんぱんうへ投倒なげたふされて、折角せつかくたかまつたわたくしはな無殘むざん拗折へしをられてしまつた。春枝夫人はるえふじんいた心配しんぱいして『あまりに御身おんみかろんじたまふな。』と明眸めいぼうつゆびての諫言いさめごとわたくしじつ殘念ざんねんであつたが其儘そのまゝおもとゞまつた。一拳鬪けんとうのおれい眞劍勝負しんけんしやうぶでも申込まうしこんでれんかとまで腹立はらたつたのだが。
拳鬪けんとう翌日よくじつまたひと騷動さうどう持上もちあがつた。それは興行こうげうのためにと香港ホンコンおもむかんとて、このふね乘組のりくんでつた伊太利イタリー曲馬師きよくばしとらおりやぶつてしたことで、船中せんちうかなへくがごとく、いか水夫すゐふさけ支那人シナじんまは婦人ふじんもあるといふさはぎで、弦月丸げんげつまる出港しゆつかうのみぎりに檣燈しやうとう微塵みじんくだけたのをて『南無阿彌陀佛なむあみだぶつこのふねにはみいつてるぜ。』とつぶやいた英國エイこく古風こふう紳士しんし甲板かんぱんから自分じぶん船室へやまんとて昇降口しようかうぐちから眞逆まつさかさま滑落すべりおちてこし[#「抜」の「友」に代えて「ノ/友」、70-4]かした、偶然ぐうぜんにもふね惡魔あくま御自分ごじぶんたゝつたものであらうか。とらやうやくこと捕押とりおさへたが其爲そのため怪我人けがにんが七八にん出來できた。
かゝる樣々さま/″\出來事できごとあひだ吾等われら可憐かれんなる日出雄少年ひでをせうねんは、相變あひかはらず元氣げんきよく始終しじゆう甲板かんぱん飛廻とびまはつてうちに、ふとリツプとかふ、英吉利イギリスきはめて剽輕へうきん老爺をやぢさん懇意こんいになつて、毎日々々まいにち/\面白おもしろ可笑をかしあそんでうちあることその老爺をやぢさんこしらへてれた菱形ひしがた紙鳶たこ甲板かんぱんばさんとて、しきりさはいでつたが、丁度ちやうど其時そのとき船橋せんけううへで、無法むはふ水夫等すゐふら叱付しかりつけてつた人相にんさうわる船長せんちやう帽子ぼうしを、その鳶糸たこいと跳飛はねとばしたので、船長せんちやう元來ぐわんらい非常ひじやう小八釜こやかましいをとこ眞赤まつかになつて此方こなた向直むきなほつたが、あまりに無邪氣むじやきなる日出雄少年ひでをせうねん姿すがたては流石さすが怒鳴どなこと出來できず、ぐと/″\くちうちつぶやきながら、そのビールだるのやうな身體からだまろばして、帽子ぼうしあとひかけたはなしなど、いろ/\かはつたこともあるが、あま管々くだ/″\しくはしるすまい。
かくて吾等われら運命うんめいたくする弦月丸げんげつまるは、アデンわんでゝ印度洋インドやう荒浪あらなみへと進入すゝみいつた。

    第六回 星火榴彈せいくわりうだん
難破船の信號――イヤ、流星の飛ぶのでせう――無稽な三個の船燈――海幽靈め――其眼が怪しい
 荒浪あらなみたか印度洋インドやう進航すゝみいつてからも、一日いちにち二日ふつか三日みつか四日よつか、とれ、けて、五日目いつかめまでは何事なにごともなく※去すぎさ[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、71-12]つたが、その六日目むいかめよるとはなつた。わたくし夕食後ゆふしよくごいつものやうに食堂しよくだう上部じやうぶ美麗びれいなる談話室だんわしつでゝ、春枝夫人はるえふじん面會めんくわいし、日出雄少年ひでをせうねんには甲比丹カピテンクツク冐瞼旅行譚ぼうけんりよかうだんや、加藤清正かとうきよまさ武勇傳ぶゆうでんや、またわたくしがこれまで漫遊中まんゆうちう失策談しつさくばなしなどをかたつてかせて、相變あひかはらずかしたので、夫人ふじん少年せうねんをばその船室ケビンおくみ、明朝めうてうやくして其處そこつた。
印度洋インドやうちう氣※きかう[#「候」の「ユ」に代えて「工」、72-6]ほど變化へんくわはげしいものはない、いまは五ぐわつ中旬ちうじゆんすゞしいときじつ心地こゝちよきほどすゞしいが、あつとき日本につぽん暑中しよちうよりも一そうあついのである。こと今宵こよひ密雲みつうんあつてんおほひ、四へん空氣くうきへん重々おも/\しく、丁度ちやうど釜中ふちうにあつてされるやうにかんじたので、此儘このまゝ船室ケビンかへつたとて、とて安眠あんみん出來できまいとかんがへたので、喫煙室スモーキングルームかんか、其處そこあつし、むし好奇ものずきではあるが暗夜あんや甲板かんぱんでゝ、暫時しばし新鮮しんせんかぜかれんとわたくしたゞ一人ひとり後部甲板こうぶかんぱんた。此時このとき時計とけいはりすでに十一めぐつてつたので、廣漠くわうばくたる甲板かんぱんうへには、當番たうばん水夫すゐふほかは一人影ひとかげかつた、ふねいま右舷うげん左舷さげん印度洋インドやう狂瀾きやうらん怒濤どたうけて北緯ほくゐへん進航しんかうしてるのである。ネープルスかうづるときにはめるがごとつきひかり鮮明あざやかこの甲板かんぱんてらしてつたが、いま日數ひかず二週ふためぐりあまりを[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、73-5]ぎてしんやみ――勿論もちろん先刻せんこくまでは新月しんげつかすかなひかりてん奈邊いづくにかみとめられたのであらうが、いまはそれさへ天涯でんがい彼方かなたちて、見渡みわたかぎ黒暗々こくあん/\たるうみおも、たゞ密雲みつうん絶間たへまれたるほしひかりの一二てん覺束おぼつかなくもなみ反射はんしやしてるのみである。
じつ物淋ものさびしい景色けしき[#感嘆符三つ、73-10] わたくし何故なにゆゑともなく悲哀あはれかんじてた。すべてひと感情かんじやう動物どうぶつで、しきときには何事なにごとたのしくえ、かなしきときには何事なにごとかなしくおもはるゝもので、わたくしいま不圖ふとこの悽愴せいさうたる光景くわうけいたいして物凄ものすごいとかんじてたら、忽然たちまち樣々さま/″\妄想まうぞう胸裡こゝろわだかまつてた、今日こんにちまでは左程さほどまでにはこゝろめなかつた、こく怪談くわいだん白色檣燈はくしよくしやうとう落下らくか船長せんちやう憤怒ふんぬかほあやしふね双眼鏡さうがんきやう。さては先日せんじつ反古ほご新聞しんぶんしるされてあつた櫻木海軍大佐さくらぎかいぐんたいさその帆走船ほまへせんとの行衞ゆくゑなどがあだか今夜こんやこの物凄ものすご景色けしき何等なにらかの因縁いんねんいうするかのごとく、ありありとわたくし腦裡のうりうかんでた。
無※ばか[#「(禾+尤)/上/日」、74-7]なッ、無※ばか[#「(禾+尤)/上/日」、74-7]なッ。」とわたくし單獨ひとりさけんでた。いてかゝ妄念まうねん打消うちけさんとてわざ大手おほてつて甲板かんぱんあゆした。前檣ぜんしやう後檣こうしやうとのあひだを四五くわい往復わうふくするうちその惡感あくかん次第しだい/\にうすらいでたので、最早もはや船室ケビンかへつて睡眠すいみんせんと、あゆあしいま昇降口しようかうぐちを一だんくだつたときわたくし不意ふいに一しゆ異樣ゐやうひゞきいた。
ひゞきはるかの海上かいじやうあたつて、きはめてかすかに――じついぶかしきまでかすかではあるが、たしかにほうまた爆裂ばくれつ發火はつくは信號しんがうひゞき[#感嘆符三つ、75-1]
わたくしふいかうべ左方さはうめぐらしたが、たちまち『キヤツ』とさけんでふたゝ甲板かんぱん跳出をどりでた。今迄いまゝですこしも心付こゝろづかなかつたが、たゞる、わが弦月丸げんげつまる左舷船尾さげんせんび方向はうかう二三海里かいりへだゝつた海上かいじやうあたつて、また一かすか砲聲ほうせいひゞきともに、タールおけ油樽等あぶらだるとう燃燒もやすにやあらん、※(「火+稲のつくり」、第4水準2-79-87)えん/\たる猛火まうくわうみてらして、同時どうじ星火せいくわはつする榴彈りうだんはつぱつくうび、つゞいて流星りうせいごと火箭くわせんは一ぱつ右方うはう左方さはうながれた。
わたくしじつ驚愕おどろいたよ。
此邊このへん印度洋インドやう眞中たゞなかで、眼界がんかいたつするかぎ島嶼たうしよなどのあらうはづはない、ましてやくぷん間隙かんげきをもつて發射はつしやする火箭くわぜんおよ星火榴彈せいくわりうだん危急存亡きゝふそんぼうぐる難破船なんぱせん夜間信號やかんしんがう[#感嘆符三つ、75-11]
『やア、大變たいへんだ/\。』とさけびつゝわたくし本船ほんせん右舷うげん左舷さげんながめた。ふねには當番たうばん水夫すゐふあり。海上かいじやうおこる千差萬別さばんべつ事變じへんをば一も見遁みのがすまじきはづその見張番みはりばんいまなにをかすと見廻みまはすと、此時このとき右舷うげん當番たうばん水夫すゐふ木像もくざうごと船首せんしゆかたむかつたまゝ、いまかすか砲聲ほうせいみゝにもらぬ樣子やうす、あらぬかたながめてる。左舷さげん當番たうばん水夫すゐふいまたしか星火せいくわほとばしり、火箭くわせん慘憺さんたんたる難破船なんぱせん信號しんがうみとめてるには相違さうゐないのだが、何故なぜ平然へいぜんとしてどうずるいろもなく、籠手こてかざして其方そなたながめてるのみ。
當番たうばん水夫すゐふ! なに茫然ぼんやりしてるかツ※[#感嘆符三つ、76-8]』とさけんだまゝ、わたくしひるがへして船長室せんちやうしつかたはしつた。勿論もちろんふね嚴然げんぜんたる規律きりつのあることたれつてる、たとへ霹靂へきれき天空てんくうくだけやうとも、數萬すうまん魔神まじんが一海上かいじやう現出あらはれやうとも、船員せんゐんならぬもの船員せんゐん職權しよくけんおかして、これ船長せんちやう報告ほうこくするなどは海上かいじやう法則はふそくからつて、到底たうていゆるからざることである。わたくしそれらぬではない、けれどいま容易ようゐならざる急變きふへん塲合ばあひである、一ぷんびやう遲速ちそく彼方かなた難破船なんぱせんのためには生死せいし堺界わかれめかもれぬ、くはふるに本船ほんせん右舷うげん當番たうばん水夫すゐふあれども眼無めなきがごとく、左舷さげん當番たうばん水夫すゐふおにじやか、つてらぬかほそのこゝろわからぬが、いま瞬間しゆんかん躊躇ちうちよすべき塲合ばあいでないとかんがへたので、わたくし一散いつさんはしつて、船橋せんけう下部したなる船長室せんちやうしつドーアたゝいた。
船長閣下せんちやうかくかたまへ、難破船なんぱせんがある! 難破船なんぱせんがある!』とさけぶと、此時このとき船長せんちやうすで寢臺ベツドうへよこたはつてつたが、『んですか。』とばかり澁々しぶ/\起上おきあがつてドーアひらいた。わたくしはツトすゝ
船長閣下せんちやうかくか越權えつけんながら報告ほうこくします、本船ほんせん左舷さげん後方こうほう、三海里かいりばかりへだゝつた海上かいじやうあたつて一個いつこ難破船なんぱせんがありますぞ。』
難破船なんぱせん※(疑問符感嘆符、1-8-77) あはゝゝゝゝ。』と船長せんちやう大聲おほごえわらつた。驚愕おどろくとおもひきや、かれはいと腹立はらだたしかほしかめて
難船なんせん? それはなんですか、本船ほんせんにはえず[#「えず」は底本では「えす」]海上かいじやう警戒みは當番たうばん水夫すゐふがあるです、あへ貴下きかはずらはすはづいです。』
無論むろんです、けれど本船ほんせん當番たうばん水夫すゐふやつに、こゝろやつです、一人ひとり茫然ぼんやりしてます、一人ひとりつてらぬかほをしてます。船長閣下せんちやうかくかはやく、はやく、難破船なんぱせん運命うんめいは一ぷんびやう遲速ちそくをもあらそひますぞ。』
『いけません!』と船長せんちやうひやゝかにわらつた。
貴下あなた海上かいじやう法則ほうそくりませんか、たとへ如何どんことがあらうとも船員せんゐん以外いぐわいものそれくちばしれる權利けんりいです、またわたくし貴下あなたから其樣そん報告ほうこくける義務ぎむいです。』とかれ右手ゆんでのばして卓上たくじやう葉卷シユーガー取上とりあげた。わたくし迫込せきこ
理屈りくつまうすぢやありません、わたくし越權えつけんわたくし責任せきにんひます。貴下あなたしんじませんか、いまげん難破船なんぱせん救助きゆうじよもとめるのを。』
しんじません、しんぜられません。』と船長せんちやういま取上とりあげた葉卷シユーガー腹立はらたたし卓上たくじやうかへして
當番たうばん水夫すゐふからは何等なにら報告ほうこくうちけつして信じません。いわんや此樣こんな平穩おだやか海上かいじやう難破船なんぱせんなどのあらうはづい、無※ばか[#「(禾+尤)/上/日」、79-6]なツ。』
無※ばか[#「(禾+尤)/上/日」、79-7]なツ。』とわたくし勃然むつとしてしまつた。日頃ひごろから短氣たんきわたくし持病やまひ疳癪玉かんしやくだま一時いちじ破裂はれつしたよ。
い、い、いとはなんです、わたくしいまげん目撃もくげきしてたのです。』
『はゝゝゝゝ。なに目撃もくげきしましたか。はゝゝゝゝ。』とかれ空惚そらとぼけて大聲おほごえわらつた。わたくしじつはらなかから※(「睹のつくり/火」、第3水準1-87-52)にへかへつたよ。ついでだからつてくが、わたくしはじこのふね乘組のりくんだときから一見いつけんしてこの船長せんちやうはどうも正直しようじき人物じんぶつではいとおもつてつたがはたしてしかり、かれいま多少たせうらういとふて他船たせん危難きなんをば見殺みころしにするつもりだなと心付こゝろついたから、わたくし激昂げきこうのあまり
なにたもありません、本船ほんせん左舷さげん後方こうほう海上かいじやうあたつて星火榴彈せいくわりうだん一次いちじ一發いつぱつ火箭くわせん、それが難破船なんぱせん信號しんがうであるくらゐりませんか。』
其樣そんなことうけたまは必要ひつえうもありません。』と船長せんちやうはなわらひつゝ
『それは大方おほかた貴下あなたあやまりでせうよ。うふゝゝゝ。』
あやま※(疑問符感嘆符、1-8-77) これしからん、わたくしにはちやんと二個ふたつがありますぞ。』
そのあやしい、うみうへではよく眩惑ごまかされます、貴下あなた屹度きつと流星りうせいぶのでもたのでせう。』とビールだるのやうなはら突出つきだして
『いや、よしんばそれ眞個ほんたう難破信號なんぱしんがうであつたにしろ、此樣こんな平穩おだやか海上かいじやう難破なんぱするやうなふねまつた我等われ/\海員かいゐん仲間以外なかまはづれです、なに面倒めんだう救助きうじよおもむ義務ぎむいのです。』とつて空嘯そらぶわらつた
最早もはや問答もんだう無益むえきおもつたから、わたくし突然ゐきなり船長せんちやう船室ケビンそと引出ひきだした
『あれがえませんか、あれが、あの悲慘ひさんなる信號しんがうひかりなにともかんじませんか。』とばかり、はるかにゆびさ左舷船尾さげんせんび海上かいじやうわたくしは『あツ。』とさけんだまゝ暫時しばらくいた[#「いた」は底本では「たい」]くちふさがらなかつたよ。いぶかしや。いまから二分にふん三分さんぷんまへまではたしか閃々せん/\空中くうちうんでつた難破信號なんぱしんがう火光ひかり何時いつにかせて、其處そこには海面かいめんよりすうしやくたか白色球燈はくしよくきうとうかゞやき、ふね右舷うげん左舷さげんぼしきところ緑燈りよくとう紅燈こうとうひかりぼんやりゆるのみである。前檣ぜんしやう白燈はくとう右舷うげん緑燈りよくとう左舷さげん紅燈こうとうまでもない、安全航行あんぜんかうかう信號しんがう[#感嘆符三つ、81-11]
『はゝあ、或程なるほど星火榴彈せいくわりうだん一次いちじ一發いつぱつ火箭くわせん救助きゆうじよもとむる難破船なんぱせん信號しんがうがよくえます、貴下あなたの眼は仲々なか/\結構けつこうです。』と意地惡ゐぢわる船長せんちやうぢろりッとわたくしかほにらんだか、わたくし一言いちごんいのである。しかじつ奇怪きくわいことではないか、いま安全信號燈あんぜんしんがうとうかゞやいてへん海上かいじやうには、確實たしか悲慘ひさんなる難破船なんぱせん信號しんがうえてつたのに。さては船長せんちやうふがごとくわたくしあやまりであつたらうか。いやいや如何どうかんがへてもわたくししろみどりあか燈光とうくわう星火榴彈せいくわりうだん火箭くわぜん間違まちがへるほどわるまなこつてらぬはづ。してると先刻せんこく難破船信號なんぱせんしんがうは、何時いつにか安全航行あんぜんかうかう信號しんがうかはつたに相違さうゐない。さて/\奇妙きめうことだと、わたくし暫時しばらく五里霧中ごりむちう彷徨さまよふた。
船長せんちやう一時いちじ毒々どく/\しくわたくしかほながめて嘲笑あざわらつてつたが此時このとき眞面目まじめになつてそのひかりかたながめつゝ
しかめうだぞ、今月こんげつ航海表かうかいへうによると、今頃いまごろこの航路かうろ本船ほんせんあとふて進航しんかうしてふねはづだが。』と小首こくびかたむけたがたちまちカラ/\とわらつて
『あゝわかつた/\、畜生ちくしやううまくやつてるな、此前このまへあのへん沈沒ちんぼつしたトルコまる船幽靈ふないうれいめが、まだうかれないで難破船なんぱせん眞似まねなんかしてこのふね暗礁あんせうへでも僞引寄おびきよせやうとかゝつてるんだな、どつこい、其手そのてはんぞ。』とつぶやきながらわたくしむか
『だが[#「だが」は底本では「だか」]先刻せんこく確實たしか救助きゆうじよもとむる難破船なんぱせん信號しんがうえましたか。』とまゆつばきした。可笑をかしいやうだが船乘人ふなのりにはかゝる迷信めいしんいだいてもの澤山たくさんある、わたくし相手あいてにせず簡單かんたん
左樣さやうたしか救助きうじよもとむる難破なんぱ信號しんがう!。」とこたへて、かれが『うむ、いよ/\ちがひない、船幽靈ふなゆうれいメー。』と單獨ひとりでぐと/\何事なにごとをかつてるのをながしながら、なほよくその海上かいじやう見渡みわたすと、いまゆる三個さんこ燈光とうくわうは、けつしておろかなる船長せんちやうふがごとき、怨靈おんれうとかうみ怪物ばけものとかいふやう得可うべからざるものひかりではなく、りよくこう兩燈りようとうたしかふね舷燈げんとうで、海面かいめんよりたか白色はくしよくひかり海上法かいじやうほふしたが甲板かんぱんより二十しやく以上いじやうたかかゝげられたる檣燈しやうとうにて、いまや、何等なにらかのふねは、弦月丸げんげつまるあとふて進航しんかうしつゝきたるのであつた。

    第七回 印度洋インドやう海賊かいぞく
水雷驅逐艦か巡洋艦か――昔の海賊と今の海賊――海底潜水器――探海電燈サアチライト――白馬の如き立浪――海底淺き處――大衝突
 わたくし一心いつしん見詰みつめてあひだに、右舷うげん緑燈りよくとう左舷さげん紅燈こうとう甲板かんぱんより二十しやく以上いじやうたか前檣ぜんしやう閃々せん/\たる白色燈はくしよくとうかゝげたる一隻いつさうふねは、印度洋インドやう闇黒やみふてだん/″\と接近せつきんしてた。いま弦月丸げんげつまるは一時間じかんに十二三海里ノツト速力そくりよくをもつて進航しんかうしてるのに、そのあとふてくも迅速じんそく接近せつきんしてるとは、じつ非常ひじやう速力そくりよくでなければならぬ。いまに、かくもおどろ速力そくりよくをもつてふねは、水雷驅逐艦すゐらいくちくかんか、水雷巡洋艦すゐらいじゆんやうかんほかはあるまい、あの燈光とうくわう主體しゆたいはたして軍艦ぐんかん種類しゆるいであらうか。軍艦ぐんかん種類しゆるいならばなに配慮しんぱいするにはおよばないが――しや――しや――とわたくしふとあること想起おもひおこしたときおもはずも戰慄せんりつしたよ。
いまふね船體せんたいみとめぬうちから、かゝ心配しんぱいをするのはまつた馬鹿氣ばかげるかもれぬが、先刻せんこくからの奇怪きくわい振舞ふるまひては、どうもこゝろやすくないのである、第一だいゝちはるか/\の闇黒あんこくなる海上かいじやうおいて、星火榴彈せいくわりうだんげ、火箭くわぜんばして難破船なんぱせん風體ふうてい摸擬よそをつたなど、船長せんちやうたん船幽靈ふないうれい仕業しわざ御坐ござるなどゝ、無※ばか[#「(禾+尤)/上/日」、85-11]ことつてるが其實そのじつ、かの不思議ふしぎなる難破船なんぱせん信號しんがうは、現世このよ存在得ありうべからざる海魔かいまとか船幽靈ふなゆうれいとかよりは百倍ひやくばい千倍せんばい恐怖おそるべきあるもの仕業しわざで、なに企圖くわだつるところがあつて、弦月丸げんげつまる彼處かしこ海上かいじやう誘引おびせやうとしたのではあるまいか、じつ印度洋インドやう航海かうかいほどおそるべき航海かうかいはない、颶風タイフンや、大強風ストロング、ゲーや、咫尺しせきべんぜぬ海霧シーフ、オツグや、其他そのほか破浪はらう逆潮浪ぎやくてうらうすざまじき、亂雲らんうん積雲せきうん物凄ものすごき、何處いづく航海かうかいにもまぬかれがた海員かいゐん苦難くなんではあるが、ことこの印度洋インドやうでは是等これら苦難くなんほかに、今一個いまひとつもつと恐怖おそき『海賊船かいぞくせん襲撃しゆうげき』といふわざわいがある。往昔むかしからこの洋中やうちうで、海賊船かいぞくせん襲撃しゆうげきこうむつて、悲慘ひさんなる最後さいごげたふね幾百千艘いくひやくせんざうあるかもわからぬ。ひと談話はなしではいま往昔むかしほど海賊船かいぞくせん横行わうかうははげしくはいが、其代そのかは往昔むかし海賊船かいぞくせん一撃いちげきもと目指めざ[#ルビの「めざ」は底本では「あざ」]貨物船くわぶつせん撃沈げきちんするやうなことはなく、かならそのふねをもつて此方こなた乘掛のりかきたり、武裝ぶさうせる幾多いくた海賊かいぞくどもに/\劔戟けんげき振翳ふりかざしつゝ、彼方かなた甲板かんぱんから此方こなた乘移のりうつり、たがひ血汐ちしほながして勝敗しようはいあらそふのであるから、海賊かいぞくてば其後そのゝち悲慘ひさんなる光景くわうけいまでもないが、此方こなたつよければそのぞくども鏖殺みなごろしにすること出來できるのである。けれど今日こんにちおいては、海賊かいぞく餘程よほど狡猾かうかつになつて、かゝる手段しゆだんづることまれで、くわふるに海底潜水器かいていせんすいき發明はつめいがあつて以來いらい海賊船かいぞくせんおほその發明はつめい應用おうようして、漫々まん/\たる海洋かいやううへ金銀きんぎん財寳ざいほう滿載まんさいせるふねみとめたときには、ほうまた衝角しようかくをもつて一撃いちげきもとそのふね撃沈げきちんし、のち潜水器せんすいきしづめてその財寳ざいほう引揚ひきあげるさうである。勿論もちろん今日こんにちおいても潜水器せんすいき發明はつめいいま充分じゆうぶん完全くわんぜんにはすゝんでらぬから、この手段しゆだんとて絶對的ぜつたいてき應用おうようすること出來できぬのはまでもない。すなは現今げんこんおいもつと精巧せいこうなる潜水器せんすいきでも、海底かいてい五十米突メートル以下いかしづんではみづ壓力あつりよくめと空氣喞筒くうきポンプ不完全ふくわんぜんなるために、到底たうていそのようさぬのであるから、潜水器せんすいきもちゆる海賊船かいぞくせんは、つね此點このてんむかつてふかこゝろもちゐ、狂瀾きやうらん逆卷さかま太洋たいやうめんおいて、目指めざ貨物船くわぶつせん撃沈げきちんする塲所ばしよかなら海底かいていふかさ五十米突メートルらぬ島嶼たうしよ附近ふきんか、大暗礁だいあんせうまた海礁かいせうよこたはつて塲所ばしよかぎつてさうだ。
 いまわたくし黒暗々こくあん/\たる印度洋インドやう眞中まんなかおいて、わが弦月丸げんげつまるあとふかの奇怪きくわいなるふねてふと此樣こんなことおもした。讀者どくしや諸君しよくんわらたまふな、わたくし配慮しんぱいあまりに神經的しんけいてきかもれぬが、しか以上いじやう物語ものがたりと、いまから數分すうふん以前いぜんにかのふね本船ほんせん右舷うげん後方こうほう海上かいじやうおい不思議ふしぎにも難破信號なんぱしんがうげたこととでかんがあはせるとかゝ配慮しんぱいおこるのも無理むりはあるまい。わたくし印度洋インドやう海底かいてい有樣ありさま精密くわしくはらぬがこのやう全面積ぜんめんせき二千五百※方哩にせんごひやくまんほうマイル[#「一/力」、88-10]ふかところ底知そこしれぬが、處々ところ/\大暗礁だいあんせうまた海礁かいせうよこたはつてつて、水深すいしん五十米突メートルらぬところもあるさうな。してるとわたくしでなくとも、此樣こん想像さうざうおこるであらう、いま本船ほんせんあとふかの奇怪あやしふねあるひ印度洋インドやう大惡魔だいあくまかくれなき海賊船かいぞくせんで、先刻せんこくはるか/\の海上かいじようで、星火榴彈せいくわりうだんげ、火箭くわぜんとばして、救助きうじよもとむる難破船なんぱせん眞似まねをしたのは、あのへん海底かいていなにかの理由りいう水深すいしん左程さまでふかからず、弦月丸げんげつまる撃沈げきちんしてのち潜水器せんすいきしづめるに便利べんりかつたためではあるまいか、本船ほんせん愚昧おろか[#ルビの「おろか」は底本では「おろな」]なる船長せんちやうは『船幽靈ふないうれいめが、難破船なんぱせん眞似まねなんかして、このふね暗礁あんせうへでも誘引おびせやうとかゝつてるのだな。』と延氣のんきことつてつたが、其實そのじつ船幽靈ふないうれいならぬ海賊船かいぞくせんが、あのへん暗礁あんせうわがふね誘引おびせやうと企圖くわだつたのかもれぬ。偶然ぐうぜんにも弦月丸げんげつまるかゝ信號しんがうには頓着とんちやくなく、ずん/″\とその進航しんかうつゞけため、策略はかりごとやぶれた海賊船かいぞくせんは、いま手段しゆだんめぐらしつゝ、しきりにわがふねあと追及ついきふするのではあるまいか、不幸ふこうにしてわたくし想像さうざうあやまらなければそれこそ大變たいへんいま本船ほんせんとかの奇怪きくわいなるふねとのあひだだ一海里かいり以上いじやうたしかへだゝつてるが、あの燈光ともしびのだん/\と明亮あかるくなる工合ぐあひても、その船脚ふなあしすざまじくはやことわかるから、やが本船ほんせん切迫せつぱくするのも十ぷんか十五ふんのちであらう。あゝ、海賊船かいぞくせんか、海賊船かいぞくせんか、しもあのふね世界せかい名高なだか印度洋インドやう海賊船かいぞくせんならば、そのふねにらまれたるわが弦月丸げんげつまる運命うんめい最早もはや是迄これまでである。たとへわがふね全檣ぜんしやう※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)機關じようききくわん破裂はれつするまで石炭せきたんいてげやうとも如何いかうすること出來できやう。勿論もちろん、かのふねわたくし想像さうざうするがごと海賊船かいぞくせんであつたにしろ、左樣さう無謀むぼうには本船ほんせん撃沈げきちんするやうなことはあるまい、印度洋インドやう平均水深へいきんすいしんは一せんひやく三十ひろ其樣そんふかところ輕々かろ/″\しく本船ほんせん撃沈げきちんしたところで、到底たうていかのふね目的もくてきたつすること出來できまいから。けれど、彼方かなた天魔てんま鬼神きじんあざむ海賊船かいぞくせんならば一度ひとたびにらんだふねをば如何いかでか其儘そのまゝ見遁みのがすべき。こと面倒めんだうおもはゞ、昔話むかしばなし海賊船かいぞくせん戰術せんじゆつ其儘そのまゝに、するど船首せんしゆ眞一文字まいちもんじ此方こなた突進とつしんきたつて、に/\劍戟けんげき振翳ふりかざせる異形ゐげう海賊かいぞくども亂雲らんうんごと甲板かんぱん飛込とびこんでるかもれぬ。なくば隱見ゐんけん出沒しゆつぼつ氣長きながわがふねあとうち本船ほんせん何時いつ海水かいすいあさ島嶼たうしよ附近ふきんか、そこ大海礁だいかいせうよこたは波上はじやうにでも差懸さしかかつたときかぜごときたり、くもごとあらはれでゝ、一げきもと其處そこふね撃沈げきちんするつもりかもれぬ。
かんがへるとじつ底氣味そこきみわるいも/\、わたくしこゝろそこからさむくなつてた。
兎角とかくするほどあやしふねはます/\接近せつきんきたつて、しろあかみどり燈光とうくわう闇夜やみきらめく魔神まじん巨眼まなこのごとく、本船ほんせん左舷さげん後方こうほうやく四五百米突メートルところかゞやいてる。
わたくしむねをどらせつゝ甲板かんぱん前後ぜんご左右さいうながめた。れいのビールだる船長せんちやう此時このときわたくし頭上づじやうあた船橋せんけううへつて、しきりにあやしふね方向ほうかう見詰みつめてつたが、先刻せんこくはるか/\の海上かいじやう朦乎ぼんやり三個さんこ燈光ともしびみとめたあひだこそ、途方とほうことつてつたものゝ、最早もはやうなつては其樣そん無※ばか[#「(禾+尤)/上/日」、92-4]ことつてられぬ。
『はてさて、めうだぞ、あれはぱり※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)きせんだわい、してると今月こんげつ航海表かうかいへう錯誤まちがいがあつたのかしらん。』とひつゝ、あほいで星影ほしかげあは大空おほぞらながめたが
『いや、いや、如何どうかんがへても今時分いまじぶんあんなふねこの航路かうろ追越おひこされるはづはないのだ。』とる/\うち不安ふあん顏色いろあらはれてた。
此時このときはすでに澤山たくさん船員等せんゐんら此處彼處こゝかしこから船橋せんけうほとりしてあつまつてた。いづれもおどろいたやうな、いぶかるやうなかほで、いまやます/\接近せつきんきたあやしふね燈光とうくわうながめてる。
じつ不思議ふしぎだ――あの船脚ふなあしはやことは――』と右手ゆんで時辰器じしんき船燈せんとうひかりてらして打眺うちながめつゝ、じつかんがへてるのは本船ほんせん一等運轉手チーフメートである。つゞいて
何會社どこ※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)ふねだらう。』
商船しようせんだらうか、郵便船ゆうびんせんだらうか。』
『いや、軍艦ぐんかん相違さうゐない。』
軍艦ぐんかんにしても、あんなにはや船脚ふなあし新式しんしき巡洋艦じゆんやうかんか、水雷驅逐艦すいらいくちくかんほかはあるまい。』と二とう運轉手うんてんしゆ非番ひばん舵手だしゆ水夫すゐふ火夫くわふ船丁ボーイいたるまで、たがひ見合みあはせつゝ口々くち/″\のゝしさはいでる。彼等かれらうちには、先刻せんこく不思議ふしぎ信號しんがうものもあらう、またものもあらう。
あやしふねつひ弦月丸げんげつまる雁行がんかうになつた。船橋せんけう船長せんちやう右顧左顧うこさこしきりに心安こゝろやすからずえた。一等運轉手チーフメートいそがはしく後部甲板こうぶかんぱんはしつたが、たちま一令いちれいけると、一個いつこ信號水夫しんがうすゐふは、右手ゆんでたか白色球燈はくしよくきうとうかゝげて、左舷船尾さげんせんびの「デツキ」につた。れは海上法かいじやうほふしたがつて、ふねまさ他船たせん追越おひこされんとするとき表示へうしする夜間信號やかんしんがうである。しかるに彼方かなたあやしふねあへこの信號しんがうには應答こたへんともせず、たちまその甲板かんぱんからは、一導いちだう探海電燈サーチライトひかり閃々せん/\天空てんくうてらし、つゞいてサツとばかり、そのまばゆきひかり甲板かんぱんげるとともに、※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)きてき一二せいなみ蹴立けたてゝます/\進航しんかう速力そくりよくはやめた。
る/\うちあやしふね白色檣燈はくしよくしやうとう弦月丸げんげつまる檣燈しやうとう並行へいかうになつた――や、彼方かなた右舷うげん緑燈りよくとう左舷さげん紅燈こうとう尻眼しりめにかけて、一米突メートル――二米突メートル――三米突メートル――端艇ボートならばすくなくも半艇身はんていしん以上いじやうふね乘越のりこした。
此時このとき
わたくし如何いかにもして、かのあやしふね正體しやうたい見屆みとゞけんものをと、ひるがへして左舷船首さげんせんしゆはしり、まなこさらのやうにしてそのふねかた見詰みつめたが、月無つきなく、星影ほしかげまれなるうみおもては、百米突メートル――二百米突メートルとはへだたらぬのに黒暗々こくあん/\として咫尺しせきべんじない。くはふるに前檣々頭ぜんしやうしやうとう一點いつてん白燈はくとうと、左舷さげん紅燈こうとうえで、右舷うげん毒蛇どくじや巨眼まなこごと緑色りよくしよく舷燈げんとうあらはせるほかは、船橋せんけうにも、甲板かんぱんにも、舷窓げんさうからも、一個いつこ火影ほかげせぬかのふねは、ほとんど闇黒やみ全體ぜんたいつゝまれてつたが、わたくし一念いちねんとゞいて幾分いくぶ神經しんけいするどくなつたためか、それともひとみやうや闇黒あんこくれたためか、わたくしからうじてその燈光ひかり主體ぬしみと途端とたん、またもや射出ゐいだ彼船かのふね探海電燈サーチライト其邊そのへんは。パツあかるくなる、わたくし一見いつけんして卒倒そつたうするばかりにおどろさけんだよ
海蛇丸かいだまる[#感嘆符三つ、95-12] 海蛇丸かいだまる[#感嘆符三つ、95-12]』と。
讀者どくしや諸君しよくん御記臆ごきおくだらう。弦月丸げんげつまるまさ子ープルスかう出發しゆつぱつせんとしたとき何故なにゆゑともなくふかわたくしまなことゞまつた一隻いつさうあやしふねを。噸數とんすう一千とんくらゐ二本にほん烟筒えんとつ二本にほんマストその下甲板げかんぱんには大砲たいほう小銃等せうじうとうめるにやあらん。いぶかしきまで船脚ふなあしふかしづんでえたそのふねが、いま闇黒あんこくなる波浪なみうへ朦朧ぼんやりみとめられたのである。
まぎらかたなき海蛇丸かいだまる[#感嘆符三つ、96-6]』とわたくしふたゝさけんだ。あゝ、海蛇丸かいだまるさきには子ープルスかうにていと奇怪あやしき擧動ふるまひをなし、其時そのとき弦月丸げんげつまるよりは數分すうふんまへみなとはつして、かくも迅速じんそくなる速力そくりよくてるにもかゝはらず、いまかへつふねあとふてるとは、これたんに、偶然ぐうぜん出來事できごととのみはれやうか? ? ?
しかるに此時このときまで、海蛇丸かいだまるべつ害意がいゐありともえず、たゞその甲板かんぱんからはえず[#「えず」は底本では「えす」]探海電燈サーチライト閃光ひかり射出しやしゆつして、あるひ天空てんくうてらし、あるひそのひかり此方こなたけ、また海上かいじやう地理ちり形况等けいけうとうさぐるにやあらん、弦月丸げんげつまるして航路かうろ海波なみてらしつゝ、ずん/″\と前方かなたはしつた。本船ほんせんいまかへつそのあとふのである。
や十ぷん[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、97-4]ぎたとおもころ二船にせんあひだ餘程よほどへだたつた。わたくしおもはず一息ひといきついた、『矢張やはり無益むえき心配しんぱいであつたか』とすこしくむねでおろす、其時そのときわたくしふと心付こゝろついたよ、先刻せんこくまではきはめて動搖ゆるぎ平穩おだやかであつた弦月丸げんげつまる何時いつにか甲板かんぱんかたむくばかりはげしき動搖ゆるぎかんじてるのであつた。ながめると闇黒あんこくなる右舷うげん左舷さげん海上かいじやう尋常たゞならずなみあらく、白馬はくばごと立浪たつなみをどるのもえる。印度洋インドやうとて千尋せんじん水深ふかさばかりではない、立浪たつなみさわいでるのは、たしか其邊そのへん大暗礁だいあんせうよこたはつてるとか、いましも弦月丸げんげつまる進航しんかうしつゝある航路かうろそこ一面いちめん大海礁だいかいせうおほはれてるのであらう。
大暗礁だいあんせう! 大海礁だいかいせう! たとへふね坐礁のりあげほどでなくとも、此邊このへん海底かいていあさことわかつて居る※[#感嘆符三つ、98-2]
はツおもつたが、此時このときたちま弦月丸げんげつまる前甲板ぜんかんぱん尋常たゞならぬ叫聲さけびごゑきこえた。わたくし跳上をどりあがつてまなこはなつと、たゞる、本船々首ほんせんせんしゆ正面しやうめん海上かいじやうに、此時このときまで閃々せん/\たるひかりえずうみ八方はつぱうてらしつゝすで一海里いつかいりばかりはしつた海蛇丸かいだまるは、此時このとき何故なにゆゑ探海電燈サーチライトひかりパツとえて、突然とつぜん船首せんしゆ轉廻めぐらすよとに、さながら疾風しつぷう電雷でんらいごと此方こなた突進とつしんしてた。
『や、や、や、や、や。』とわたくしむね警鐘けいしやう亂打らんだするやうである。さら驚愕おどろいたのは、船橋せんけう船長せんちやう後甲板こうかんぱん一等運轉手いつとううんてんしゆ二等運轉手にとううんてんしゆ三等運轉手さんとううんてんしゆ[#「三等運轉手さんとううんてんしゆ」は底本では「三運等轉手さんとううんてんしゆ」]水夫すゐふ火夫くわふ見張番みはりばん一同いちどう顏色がんしよくうしなつて、船首甲板せんしゆかんぱんかたはしつてた。
眞正面まつせうめんから突進とつしんして海蛇丸かいだまると、弦月丸げんげつまるとの距離きより最早もはや一千米突メートル[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、99-2]ぎない。ひろやうでもせまいのは※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)きせん航路かうろで、千島艦ちしまかんラーヴエンナがう事件じけん實例じつれいまでもなく、すこしく舵機かぢ取方とりかたあやま[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、99-3]つても、屡々しば/\驚怖きやうふすべき衝突しようとつかもすのに、底事なにごとぞ、あやしふね海蛇丸かいだまるは、いま弦月丸げんげつまるしておな鍼路しんろをば故意わざ此方こなたむかつ猛進まうしんしてるのである、一ぷん、二ふん、三ぷんのち一大いちだい衝突しようとつまぬかれぬ運命うんめい[#感嘆符三つ、99-6]
船長せんちやう一等運轉手チーフメートうしなつて、船橋せんけうあがり、くだり、後甲板こうかんぱんせ、前甲板ぜんかんぱんおどくるふて、こゑかぎりに絶叫ぜつけうした。水夫すゐふ火夫くわふ船丁等ボーイら周章狼狽しうしようらうばいまでもない、其内そのうち乘客じやうきやく※半くわはん[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、99-9]睡眠ねむりよりめて、何事なにごとぞと甲板かんぱんはしでんとするを、邪魔じやまだ/\と昇降口しようかうぐちへんより追返おひかへさんと※(「口+曹」、第3水準1-15-16)ひしめく二三船員せんゐんこゑきこえる。本船ほんせん連續つゞけさま爆裂信號ばくれつしんがうげ、非常※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)ひじやうきてきらし、危難きなんぐる號鐘がうしやうるゝばかりにひゞわたつたけれど、海蛇丸かいだまるおともなく、ずん/\と接近せつきんしてるばかりである。本船ほんせん舵手だしゆ狂氣きようきごとくなつて、鍼路しんろみぎひだり廻轉くわいてんしたがなん甲斐かひい。此方こなた※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)きかく短聲たんせい一發いつぱつ鍼路しんろ右舷うげんれば、彼方かなた海蛇丸かいだまる左舷さげん紅燈こうとうかくれて鍼路しんろみぎり、此方こなた短聲たんせい二發にぱつ鍼路しんろ左舷さげんめぐらせば、彼方かなた左舷さげん紅燈こうとうあらはれて鍼路しんろひだりる。最早もはやうたがこと出來できぬ、海蛇丸かいだまるいま立浪たつなみをどつて海水かいすいあさき、この海上かいじやう弦月丸げんげつまる一撃いちげきもと撃沈げきちんせんと企圖くわだてゝるのだ。
衝突しようとつだ! 衝突しようとつだ! 衝突しようとつだ!』と百數十ひやくすふじふ船員等せんゐんら夢中むちうになつて甲板上かんぱんじやう狂奔きやうほんした。
此時このときすで本船ほんせん海蛇丸かいだまる距離きよりわずかに二ひやく二三十米突メートル以内いない[#感嘆符三つ、100-10]
一等運轉手チーフメート船長せんちやうとは血眼ちまなこになつて一度いちどさけんだ
全速力ぜんそくりよく後退こうたい! 後退こうたい! 後退こうたい!』
同時どうじ※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)きかく短聲たんせい三發さんぱつ※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)機關じようききくわんひゞきハッタとあらたまつて、ぎやく廻旋くわいせんする推進螺旋スクルーほとり泡立あはだなみ飛雪ふゞきごとく、本船ほんせんたちまち二十米突メートル――三十米突メートル後退こうたいしたとおもつたが、此時このときすでにおそかつた、いま弦月丸げんげつまる側面前方そくめんぜんぱうやく米突メートル以内いない接迫せつぱくきたつた海蛇丸かいだまるは、忽然こつぜん[#ルビの「こつぜん」は底本では「こぜん」]その船首せんしゆ左方さほう廻轉くわいてんするよとに、そのするど衝角しようかくあたか電光石火でんくわうせきくわごとく、本船ほんせん中腹ちうふく目撃めがけてドシン※[#感嘆符三つ、101-6]
弦月丸げんげつまる萬山ばんざんくづるゝがごとひゞきとも左舷さげん傾斜かたむいた。途端とたんおこ大叫喚だいけうくわん二百にひやく船員せんゐんくるへる甲板かんぱんへ、數百すうひやく乘客じやうきやく一時いちじ黒雲くろくもごと飛出とびだしたのである。
かぜごとく、電光いなづまごときたりし海蛇丸かいだまる[#ルビの「かいだまる」は底本では「かいたまる」]は、また、かぜごとく、電光いなづまごとく、黒暗々こくあん/\たる波間はかんかくれてしまつた。
天空そらには星影ほしかげてん、二てんた三てんかぜしてなみくろく、ふね秒一秒べういちべうと、阿鼻叫喚あびけうくわんひゞきせて、印度洋インドやう海底かいていしづんでくのである。

    第八回 人間にんげん運命うんめい
弦月丸の最後――ひ、ひ、卑怯者め――日本人の子――二つの浮標ブイ――春枝夫人の行衞――あら、黒い物が!
 あゝ人間にんげん運命うんめいほど不思議ふしぎものはない。この珍事ちんじのあつた翌日よくじつわたくしは、日出雄少年ひでをせうねんたゞ二人ふたりで、ながさ卅フヒートにもらぬ小端艇せうたんていゆだねて、みづそらなる大海原おほうなばらなみのまに/\たゞよ[#ルビの「たゞよ」は底本では「たゝよ」]つてるのであつた。までく、弦月丸げんげつまる其時そのとき無限むげんうらみんで、印度洋インドやう海底かいてい沈沒ちんぼつせしめられたのである。
かぜやはらかに、くさみどりなる陸上りくじやうひとは、ふね沈沒ちんぼつなどゝけば、あだか趣味しゆみある出來事できごとやうおもはれて、あるひ演劇えんげきに、あるひ油繪あぶらゑに、樣々さま/″\なることをしてその悲壯ひさうなる光景ありさま胸裡むねゑがかんとしてるが、わたくしごと現在げんざいそのなんのぞんで、弦月丸げんげつまる悲慘ひさんなる最後さいごぐるまで、その甲板かんぱんのこつてつたは、今更いまさらその始終しじゆう懷想くわいさうしても彌立よだほどで、とてもくわしいこと述立のべたてるにしのびぬが、是非ぜひかたらねばならぬその大略あらましだけをこゝしるしてかう。
海蛇丸かいだまるわが弦月丸げんげつまる右舷うげん衝突しやうとつして、かぜごとそのかたち闇中やみぼつつたのちは、船中せんちゆうかなえくがやうさわぎ[#ルビの「さわぎ」は底本では「さわき」]であつた。こゑわめこえあはれ救助たすけもとむるこゑは、すさまじき怒濤どとうおと打交うちまじつて、地獄ぢごく光景ありさまもかくやとおもはるゝばかり。あらゆる防水ぼうすい方便てだてつくされたが、微塵みぢん打碎うちくだかれたる屹水下きつすいかからは海潮かいてうたきごとほとばしりつて、その近傍きんぼうにはこと出來できない。十だい喞筒ポンプは、全力ぜんりよくみづ吐出はきだしてるがなん效能こうのうもない。六千四百とん巨船きよせんもすでになかばかたむき、二本にほん煙筒えんとうから眞黒まつくろ吐出はきだけぶりは、あたか斷末魔だんまつま[#ルビの「だんまつま」は底本では「たんまつま」]苦悶くもんうつたへてるかのやうである。
『もう無益だめだ/\、とても沈沒ちんぼつまぬかれない。』と船員せんゐん一同いちどうはすでに本船ほんせん運命うんめい見捨みすてたのである。
わたくし此時このときまでほとんど喪心そうしん有樣ありさまで、甲板かんぱん一端いつたん屹立つゝたつたまゝこの慘憺さんたんたる光景ありさままなこそゝいでつたが、ハツと心付こゝろついたよ。
春枝夫人はるえふじん日出雄少年ひでをせうねん如何どうしてるだらう。』と
わたくしちうんで船室せんしつかたむかつた。昇降口しようかうぐちのほとり、出逢であひがしらに、下方したからのぼつてたのは、夫人ふじん少年せうねんとであつた。不時ふじ大騷動だいさうどうに、おどろ目醒めさめたる春枝夫人はるえふじんは、かゝる焦眉せうびきふにもその省愼たしなみわすれず、寢衣しんい常服じやうふく着更きかへてつために、いまやうや此處こゝまでたのである。るよりわたくし
夫人おくさん大事變だいじへんが/\。』
なにおこりましたか、暗礁あんせうへでも?』と夫人ふじんこゑしづんでつた。
暗礁あんせうどころか、ま、はやく/\。』とわたくし引立ひきたてるやうにして夫人ふじんともなひ、喫驚びつくりして※(「目+爭」、第3水準1-88-85)みはつて少年せうねんをば、ヒシとうでかゝへて甲板かんぱんはしつた、あまりにひと立騷たちさわいでへんは、かへつ危險きけんおほいので、吾等われら三人みたりまつたはなれて、ずつと船首せんしゆ海圖室かいづしつほとりせた。この塲合ばあひだい一にわたくしむねをうつたのは、この航海かうかいのはじめネープルスかうづるとき濱島はまじまかたやくして、夫人ふじんその愛兒あいじとのうへは、わたくし生命いのちけてもとかた請合うけあつたこといまこの危急ききふ塲合ばあひのぞんで、わたくし身命しんめいもあれ、この二人ふたり[#ルビの「だ」は底本では「た」]けは如何どうしてもすくはねばならぬのだ。
ふね秒一秒べういちべうしづんでく、甲板かんぱん叫喚けうくわんはます/\はげしくなつた。つひに「端艇たんていおろせい。」の號令がうれいひゞいて、だい一の端艇たんてい波上はじやう降下くだつた。此時このときわたくし春枝夫人はるえふじん見返みかへつたのである。
『いざ、夫人おくさん避難ひなん用意ようゐを。』と。すべて海上かいじやう規則きそくとして、かゝ塲合ばあひだい一にくだされたる端艇たんてい一等船客いつとうせんきやくのため、だい二が二等船客にとうせんきやくだい三が三等船客さんとうせんきやくすべての船客せんきやくのがつたあとに、猶殘なほのこ端艇たんていがあれば、其時そのときはじめて船員等せんゐんら避難ひなんようけうせらるゝのである。でわたくしいまだい端艇たんていくだるとともに、吾等われら一等船客いつとうせんきやくたるの權利けんりをもつて、春枝夫人はるえふじん日出雄少年ひでをせうねんとをいざなつたのである。勿論もちろんわたくし不束ふつゝかながらも一個いつこ日本男子につぽんだんしであれば、そのくにたいしても、かゝ[#「かゝる」は底本では「かゝか」]塲合ばあひだい一に逃出にげだこと出來できぬのである。しかし、春枝夫人はるえふじん日出雄少年ひでをせうねんとはわたくし[#「わたくしが」は底本では「わたくしか」]かたとも保證ほしやうしてひとかつ纎弱かよわ女性によせうと、無邪氣むじやきなる少年せうねんであれば、この二人ふたりをば避難ひなんせしめんとしきりこゝろいらだてたのである。
しかるにわたくし苦心くしんまつた無益むえきであつた。第一端艇だいいちたんてい波上はじやう[#ルビの「はじやう」は底本では「はしやう」]うかぶやなや、たちま數百すうひやくひとは、雪崩なだれごと其處そこくづれかゝつた。我先われさきその端艇たんてい乘移のりうつらんと、人波ひとなみうつて※(「口+曹」、第3水準1-15-16)ひしめさまは、黒雲くろくもかぜかれて卷返まきかへすやうである。
夫人おくさん、とてもいけません。』と二三すゝんだわたくし振返ふりかへつた。とても/\、あの狂氣きちがひのやうに立騷たちさわいで多人數たにんずうあひだけて、この柔弱かよわ夫人ふじん少年せうねんとを安全あんぜん端艇たんてい送込おくりここと出來できやう? あゝ人間にんげんはいざと塲合ばあひには、恥辱はぢ名譽めいよもなく、まで生命いのちしいものかと、嘆息たんそくともながめてると、さら奇怪きくわいなるは、その端艇たんていとうじたる一群いちぐんひと、それは一等船客いつとうせんきやくでもなく、二等船客にとうせんきやくでもなく、じつこのふね最後さいごまで踏止ふみとゞまはづ水夫すいふ火夫くわふ舵手かぢとり機關手きくわんしゆ其他そのほか一團いちだん賤劣せんれつなる下等船客かとうせんきやくで、自己おのれ腕力わんりよくまかせて、突除つきの蹴倒けたをして、我先われさきにと艇中ていちう乘移のりうつつたのである。
『あゝ、なんたる醜態しうたいぞ。」とわたくしはあまりのこと撫然ぶぜんとした。春枝夫人はるえふじんわたくし後方うしろに、愛兒あいじをしかといだきたるまゝ默然もくねんとしてことばもない、けれど流石さすが豪壯がうさうなる濱島武文はまじまたけぶみつま帝國軍人松島海軍大佐ていこくぐんじんまつしまかいぐんたいさ妹君いもとぎみほどあつて、ちつと取亂とりみだしたる姿すがたのなきは、すでその運命うんめいをばてんまかせてるのであらう。かゝる殊勝けなげなる振舞ふるまひては、わたくしなほだまつてはられぬ。
『えゝ、無責任むせきにんなる船員せんいん! 卑劣ひれつなる外人くわいじん! 海上かいじやう規則きそくなんためぞ。』と悲憤ひふんうでやくすと、夫人ふじんさびしきかほわたくしむかつた、しづんだこゑ
『いえ、誰人どなたいのちたすかりたいのはおなことでせう。』とつて、ひとみてん
『でも、あのやう澤山たくさんつては端艇たんていしづみませうに。』といふ、我身わがみ危急あやうきをもわすれて、かへつてあだひとうへ氣遣きづかこゝろやさしさ、わたくしこゑはげまして
夫人おくさん其樣そん事處ことどころでありません、貴女あなた少年せうねんとは如何どうしてもたすからねばなりません、わたくしまない/\。』とさけんで見渡みわたすと此時このとき第二だいに端艇たんていりた、第三だいさん端艇たんていりた、けれどその附近ふきん以前いぜんにも混雜こんざつで、わたくし[#「わたくしは」は底本では「わたくしば」]たゞ地團太ぢだんだむばかり。ふとまなこつたのは、いまこのふね責任せきにん双肩さうけんになへる船長せんちやうが、卑劣ひれつにも此時このとき舷燈げんとうひかり朦朧もうろうたるほとりより、てんさけび、ける、幾百いくひやく乘組人のりくみにんをば此處ここ見捨みすてゝ、第三だいさん端艇たんてい乘移のりうつらんとするところ
『ひ、ひ、卑怯者ひけふもの!。』とわたくし躍起やつきになつた、此處こゝには春枝夫人はるえふじんごと殊勝けなげなる女性によせうもあるに、かれ船長せんちやう醜態しうたい何事なにごとぞとおもふと、もうだまつてはられぬ、もとより無益むえきわざではあるが、せめての腹愈はらいやしには、わが鐵拳てつけんをもつてかれかしら引導いんどうわたしてれんと、驅出かけだたもと夫人ふじんしづかとゞめた。
『もう何事なにごとさりますな。わたくしも、日出雄ひでをも、此儘このまゝうみ藻屑もくづえても、けつして未練みれんたすからうとはおもひませぬ。』と白※薇はくさうび[#「薔」の「回」に代えて「面から一、二画目をとったもの」、110-1]のたとへばあめなやめるがごとく、しみ/″\と愛兒あいじかほながめつゝ
『けれど、てんめぐみがあるならば、なみそこしづんでもあるひたすかることもありませう。」と明眸めいぼうつゆたゝえててんあほいだ。
たちまち、暗澹あんたんたる海上かいじやうに、不意ふい大叫喚だいけうくわんおこつたのは、本船ほんせんのがつた端艇たんていあまりに多人數たにんずう[#ルビの「たにんずう」は底本では「たにんず」]せたため一二そうなみかぶつて沈沒ちんぼつしたのであらう。
『オー、無殘むざんに。』と春枝夫人はるえふじん手巾ハンカチーフおもておほふた。
『あれは自業自得じがふじとくです。』とわたくし冷笑れいせうきんなかつた。
弦月丸げんげつまる運命うんめい最早もはやぷん、二ふん甲板かんぱんにはのこ一艘いつそう端艇たんていい、くなりては今更いまさらなにをかおもはん、せめては殊勝けなげなる最後さいごこそ吾等われらのぞみである。
夫人おくさん!。』とわたくししづか夫人ふじんよびかけた。
何事なにごと天命てんめいです、しか吾等われらこの急難きふなんのぞんでも、わが日本につぽんほまれきづゝけなかつたのがせめてもの滿足まんぞくです。』とかたると、夫人ふじんかすかにうち點頭うなづき、俯伏ひれふして愛兒あいじくれないなるほう最後さいご接吻せつぷんあたへ、言葉ことばやさしく
日出雄ひでをや、おまへいまこの災難さいなんつても、ネープルス袂別わかれとき父君おとつさんつしやつたお言葉ことばわすれはしますまいねえ。』とへば、日出雄少年ひでをせうねん此時このとき凛乎りんこたるかほ
おぼえてます。父樣おとつさんわたくしあたまでゝ、おまへ日本人につぽんじんといふことをばどんなときにもわすれてはなりませんよ、とおつしやつたことでせう。』
夫人ふじんおもはずなみだをはら/\となが
其事そのこと、おまへはゝとは、これ永遠えいゑんわかれとなるかもれませんが、さひはひにおまへ生命いのちたすかつたなら、これからときに、始終しじうその言葉ことばわすれず、誠實まことひととならねばなりませんよ。』と言終いひをはつたとき怒濤どたう船尾せんびほうから打上うちあげてた。
最早もはや最後さいごと、わたくしはなつて四邊あたりながめたが、此時このときふととまつたのは、左舷さげんほう取亂とりみだされてあつた二三浮標ブイ端艇たんていいそいだ人々ひと/″\は、かゝるものにはまなこめなかつたのであらう。わたくしいそ取上とりあげた。素早すばや一個いつこ夫人ふじんわたし、今一個いまいつこ右手めてとらへて『日出雄ひでをさん。』とばかり左手ひだり少年せうねん首筋くびすぢかゝへたときふねたちまち、天地てんちくだくるがごとひゞきとも海底かいていぼつつた。
泡立あはだなみ逆卷さかまうしほ一時いちじ狂瀾きやうらん千尋せんじんそこ卷込まきこまれたが、やゝしばらくしてふたゝ海面かいめん浮上うかびあがつたとき黒暗々こくあん/\たる波上はじやうには六千四百とん弦月丸げんげつまるかげかたちもなく、其處此處そここゝには救助すくひもとむるこゑたえ/″\にきこゆるのみ、わたくしさひはひ浮標ブイうしなはで、日出雄少年ひでをせうねんをば右手めてにシカといだいてつた。けれど夫人ふじん姿すがたえない『春枝夫人はるえふじん、々々。』とこゑかぎりにんでたがこたへがない、たゞ一度いちどはるか/\の波間なみまから、かすかにこたへのあつたやうにもおもはれたが、それもなみおとやら、こゝろまよひやら、夫人ふじん姿すがたつひ見出みいだこと出來できなかつたのである、わたくし幼少えうせうころから、水泳すいえいにはきはめてたつしてつたので、容易ようゐおぼれるやう氣遣きづかひはない、日出雄少年ひでをせうねんいだ一個いつこ浮標ブイちからに、一時ひとゝきばかり海中かいちうひたつてつたが、其内そのうち救助すくひもとむるひとこゑきこえずなり、その弦月丸げんげつまる沈沒ちんぼつしたところより餘程よほどとうざかつた樣子やうす不意ふゐ日出雄少年ひでをせうねんが『あらくろものが。』とさけぶので、おどろいてつむりげると、いましも一個いつこ端艇たんてい前方ぜんぽう十四五ヤードの距離へだゝりうかんでる、これ先刻せんこく多人數たにんずうつたために、轉覆てんぷくしたうち一艘いつさうであらう。ちかづいてると艇中ていちうには一個いつこ人影ひとかげもなく、海水かいすいていなかばを滿みたしてるが、なにもあれてんたすけうちよろこび、少年せうねんをば浮標ブイたくし、わたくし舷側げんそくいておよぎながら、一心いつしん海水かいすい酌出くみだし、あかつきころになつてやうやみづきたので、二人ふたりそのなかり、いま何處いづく目的めあてもなく、印度洋インドやう唯中たゞなかなみのまに/\漂流たゞよつてるのである。

    第九回 大海原おほうなばら小端艇せうたんてい
亞尼アンニーの豫言――日出雄少年の夢――印度洋の大潮流――にはか雨――昔の御馳走――巨大な魚群
 おそろしき一夜いちやつひけた。ひがしそらしらんでて、融々うらゝかなる朝日あさひひかり水平線すいへいせん彼方かなたから、我等われらうへてらしてるのは昨日きのふかはらぬが、かはてたのは二人ふたり境遇みのうへである。昨日きのふまでは、弦月丸げんげつまる美麗びれいなる船室キヤビンくらして、目醒めさむるとだい一に甲板かんぱんはして、曉天あかつきすゞしきかぜかれながら、いと心地こゝちよくながめたうみおもも、いまにはたゞ物凄ものすごゆるのみである。眼界がんかいたつするかぎ煙波えんぱ渺茫べうぼうたる印度洋インドやうちうに、二人ふたり運命うんめいたくするこの小端艇せうたんていには、く、かひく、たゞなみのまに/\たゞよつてるばかりである。
今更いまさら昨夜さくや事件ことかんがへるとまつたゆめやうだ。
『あゝ、何故なぜ此樣こん不運ふうん出逢であつたのであらう。』とわたくし昨夜さくやうみひたつて、全濡びつしよりになつたまゝ黎明あかつきかぜさむさうふるへてる、日出雄少年ひでをせうねんをば[#「日出雄少年ひでをせうねんをば」は底本では「日出雄少年ひでをせうねんをは」]ひざ抱上いだきあげ、いましも、太陽たいやう暫時しばし浮雲うきぐもかくれて、なにとなく薄淋うすさびしくなつたなみおもながめながら、むねかゞみくと、今度こんど航海かうかいはじめから、不運ふうんかみ我等われら跟尾つきまとつてつたやうだ。出港しゆつかうのみぎり白色檣燈はくしよくしやうとうくだけたこと、メシナ海峽かいきようで、一人ひとり船客せんきやくうみおぼれた事等ことなどあだかてんこゝろあつて、今回こんくわい危難きなん豫知よちせしめたやうである。イヤ其樣そん無※ばか[#「(禾+尤)/上/日」、116-2]こともあるまいが、子ープルス埠頭はとばで、亞尼アンニーいてかたつたことは、不思議ふしぎにも的中てきちうした。勿論もちろんこく因縁いんねんなどはしんぜられぬが、老女らうじよ最後さいご一言いちごん、『弦月丸げんげつまるには、めづらしく澤山たくさん黄金わうごん眞珠しんじゆとが搭載とうさいされてます、眞珠しんじゆ黄金わうごんとがおびたゞしく海上かいじやう[#「海上かいじやうで」は底本では「海上かいじやうて」]集合あつまる屹度きつとおそたゝりがあります。』との豫言よげんは、偶然ぐうぜんにも其通そのとうりになつて、是等これら寳物たからものがあつたばかりに、昨夜さくや印度洋インドやう惡魔あくまにもおそ大海賊だいかいぞく襲撃しうげきかうむり、ふねしづみ、夫人ふじん行衞ゆくえうしなひ、吾等われら何時いつすくはるゝといふ目的めあてもなく、なみまるゝ泡沫うたかたのあはれ果敢はかな運命うんめいとはなつた。かんがへると益々ます/\しづんで、いき心地こゝちもしなかつた。
此時このとき太陽たいよう雲間くもまれて赫々かく/\たるひかり射出いゝだした。
日出雄少年ひでをせうねん頑是ぐわんぜなき少年せうねんつねとてかゝる境遇きやうぐうちても、昨夜さくや以來いらい疲勞つかれには堪兼たへかねて、わたくしひざもたれたまゝ、スヤ/\とねむりかけたが、たちま可憐かれんくちびるれてゆめこゑ
『あゝ、おつかさん/\、貴女あなたわたくしてゝ何處どこへいらつしやるの――オ、オ、子ープルスまち富士山ふじさんとのあひだに、ま、ま、奇麗きれいはしが――オヤ、おとつさんがわたくしんでいらつしやるよ。』と少年せうねんは、いまゆめなつかしき父君ちゝぎみ母君はゝぎみ出逢であつてるのである。
あゝ、かれ最愛さいあいちゝ濱島武文はまじまたけぶみは、はるかなる子ープルスで、いま如何いかなるゆめむすんでるだらう、少年せうねんゆめにもかくした母君はゝぎみ春枝夫人はるえふじんは、昨夜さくやうみちて、つひその行方ゆくかたうしなつたが、てん非常ひじやうめぐみがあるならばまんに一つ無事ぶじすくはれぬともかぎらぬが、其儘そのまゝうみ藻屑もくづえて、そのたましひてんかへつたものならば、此後このゝち吾等われら運命うんめいよく無事ぶじたすかることがあらうとも、日出雄少年ひでをせうねんゆめほかは、またとなつかしき母君はゝぎみかほこと出來できぬであらう、かんがへると、わたくし無限むげんかなしくなつて、はふりつるなみだ日出雄少年ひでをせうねんかほにかゝると、少年せうねんおどろいてさました。わたくしなみだくもかほ
『あら、叔父おぢさんは如何どうかして。』
わたくしはハツと心付こゝろづいたので、わざ大聲おほごゑわらつて
『なに、日出雄ひでをさんがねむつてしまつて、あまさびしいもんだから、おほきな欠伸あくびをしたんだよ。』
少年せうねんまぶたをこすりつゝ、悄然しようぜんていなか見廻みまわした。たれでも左樣さうだが非常ひじやう變動へんどうあと暫時しばしゆめちて、ふたゝめざめたときほど心淋こゝろさびしいものはないのである。少年せうねんよわひやうやく八さいこの悲境ひきようちて、回顧くわいこしてあのやさしかりし母君はゝぎみ姿すがたや、ネープルスわかれた父君ちゝぎみことなどをおもうかべたときは、まあどんなにかなしかつたらう、いま一片いつぺんのパンも一塊いつくわいにくもなきこのみじめな艇中ていちう見廻みまわして、ふたゝ[#「ふたゝび」は底本では「ふたゝひ」]わたくしかほながめた姿すがたは、不憫ふびんともなんともはれなかつた。
懷中時計くわいちうどけい海水かいすいひたされて、最早もはやものようにはらぬが、とき午前ごぜんの十と十一とのあひだであらう、此時このとき不圖ふと心付こゝろづくと、今迄いままでは、たゞなみのまに/\たゞよつてるとのみおもつてつた端艇たんていが、不思議ふしぎにものやうな速力そくりよくで、東北とうほくほうから西南せいなんほうへとながれてるのであつた。((磁石は無いが方角は太陽の位置で分る)わたくし一時いちじ喫驚びつくりしたが、よくかんがへると、これはなに不思議ふしぎでない、今迄いまゝでそれと心付こゝろつかなかつたのは、縹渺へうべうたる大洋たいやうめんで、しまとかふねとかくらべてものがなかつたからで、これはよくことだ。してると、端艇たんていは、何時いつにか印度洋インドやう名高なだか大潮流だいてうりう引込ひきこまれたのであらう。わたくしなんとなくのぞみのあるやうかんじてたよ。おもふにこの潮流てうりうラツカデヴ群島ぐんたう方面ほうめんから、印度大陸インドたいりく西岸せいがん[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、120-2]ぎて、マダカツスル諸島しよたう附近ふきんより、亞弗利加アフリカ南岸なんがんむかつてながれてくものに相違さうゐない、すると其間そのあひだには※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)きせん見出みいだされるとか、何國いづくかの貿易港みなと漂着へうちやくするとか、兎角とかくして救助きゆうじよられぬこともあるまいとかんがへたのである。しかし、なか萬事ばんじ左樣さう幸運うまくかどうだか。この潮流てうりうしてく、亞弗利加アフリカ沿岸えんがんおよ南太平洋みなみたいへいやうへんには、隨分ずいぶん危險きけんところ澤山たくさんある、かへつ食人國しよくじんこくとか、海賊島かいぞくたうほうへでも押流おしながされてつたら、それこそ大變たいへん! しかし、なんかんがへたからとて奈何どうなるものか。たゞ天命てんめい! 天命てんめい
此時このとき今迄いまゝで晴朗うらゝかであつた大空おほぞら[#ルビの「おほぞら」は底本では「おほそら」]は、る/\うち西にしかたからくもつてて、熱帶地方ねつたいちほう有名いうめい驟雨にわかあめが、車軸しやぢくながすやうにつてた。うみおもて瀧壺たきつぼのやうに泡立あわだつて、ひどいもひどくないも、わたくし少年せうねんとは、あたまかゝへて、ていそこうづくまつてしまつたが、其爲そのために、昨夜さくや海水かいすいひたされて、いまやうやかわきかけてつた衣服きものは、ふたゝびつしよりれてしまつた。あゝてんなんとてまで無情むじやうなると、わたくし暫時しばし眞黒まつくろくもにらんで、只更ひたすらうらんだが、しかのちかんがへると、なか萬事ばんじなにわざわひとなり、なに幸福こうふくとなるか、其時そのときばかりではわからぬのである。
この驟雨にわかあめがあつたばかりに、其後そのゝちふかてん恩惠おんけい感謝かんしやするときた。
やがあめまつたれるとともに、今度こんど赫々かく/\たる太陽たいようは、ごと吾等われらうへてらしてた。印度洋インドやうちう雨後うご光線くわうせんはまた格別かくべつで、わたくしころされるかとおもつた。其時そのときだい一に堪難たえがたかんじてたのはかはきくるしみこゝわざわひへんじてさひはひとなるとつたのは、普通ふつうならば、漂流人へうりうじんが、だい一に困窮こんきうするのは淡水まみづられぬことで、其爲そのために十ちう八九はたをれてしまうのだが、吾等われらそのなんけはまぬかれた。先刻せんこくたきのやうに降注ふりそゝいだ雨水あめみづは、艇底ていてい一面いちめんたまつてる、隨分ずいぶん生温なまぬるい、いやあぢだが[#「あぢだが」は底本では「あぢだか」]其樣事そんなことは云つてられぬ。兩手りようてすくつて、うしのやうにんだ。かはきまるとともつぎにはうゑくるしみ、あゝ此樣こんことつたら、昨夜さくや海中かいちう飛込とびこときに、「ビスケツト[#「ビスケツト」は底本では「ピスケツト」]」の一鑵ひとかんぐらいは衣袋ポツケツトにしてるのだつたにと、今更いまさらくやんでも仕方しかたがない、うなると昨夜さくやあたゝかな「スープ」や、狐色きつねいろの「フライ」や、蒸氣じようきのホカ/\とつてる「チツキンロース」などが、食道しよくだうへんにむかついてる。そればかりか、とほむかしに、燒肉ビフステーキすこ[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、122-8]ぎてるからと怒鳴どなつて、肉叉フオークもつけずにいぬはせてしまつた一件いつけんや、「サンドウイツチ」は職工しよくにん辨當べんたう御坐ござるなどゝ贅澤ぜいたくつて、※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)きしやまどから投出なげだしたことなどを懷想くわいさうして、つくづくとなさけなくなつてた。しかこのは、無論むろん空腹くうふくまゝれて、ゆめも、始終しじう食物しよくもつことゆめみるといふ次第しだい翌日よくじつになるとくるしさはまた一倍いちばい少年せうねん二人ふたりいろあをざめて、かほ見合みあはしてるばかり、はて艇舷ふなべり材木ざいもくでも打碎うちくだいて、にしてまんかとまで、馬鹿ばかかんがへおこつたほどで、つひれ、船底ふなぞこまくらよこたはつたが、その空腹くうふくため終夜しうやねむこと出來できなかつた。
くるしきけて、太陽たいようはまたもやあらはれてたが、わたくし最早もはや起直おきなをつて朝日あさひひかりはいする勇氣ゆうきい、日出雄少年ひでをせうねん先刻せんこくより半身はんしんもたげて、海上かいじやうながめてつたが、此時このときたちま大聲たいせいさけんだ。
巨大おほきさかなが! 巨大おほきさかなが!』

    第十回 沙魚ふか水葬すゐさう
天の賜――反對潮流――私は黒奴、少年は炭團屋の忰――おや/\變な味になりました――またも斷食
 少年せうねんこゑ飛起とびお海上かいじやうながめたわたくしさけんだ。
沙魚ふか領海りようかい! 沙魚ふか領海りようかい!』
沙魚ふか領海りようかいとは隨分ずゐぶん奇妙きめう名稱めいしやうだが、實際じつさい印度洋インドやうちうマルダイブ群島ぐんとうから數千里すせんり南方なんほうあたつて、かゝ塲所ばしよのあるといふことは、かつある地理書ちりしよんだことがあるが、いま吾等われら目撃もくげきしたのはたしかにそれだ。せうは四五しやくよりだいは二三じようぐらいの數※すうまん[#「一/力」、124-5]沙魚ふかが、ぐんをなしてわが端艇たんてい周圍まわり押寄おしよせてたのである。この魚族ぎよぞくは、きわめて性質せいしつ猛惡まうあくなもので、一時いちじ押寄おしよせてたのは、うたがひもなく、吾等われら餌物えものみとめたのであらう。わたくしそのぐんたちま野心やしん[#「野心やしんが」は底本では「野心やしんか」]おこつた。いまかく空腹くうふくかんじて塲合ばあひに、あのさかなを一とらへたらどんなにうれしからうとかんがへたが、あみ釣道具つりどうぐのたゞこゝろいらだつばかりである。此時このとき不意ふいに、波間なみまからをどつて、艇中ていちう飛込とびこんだ一尾いつぴき小魚こざかな日出雄少年ひでをせうねん小猫こねこごとひるがへして、つておさへた。『に、にがしては。』とわたくし周章あはてゝ、そのうへまろびかゝつた。此時このときうれしさ! ると一しやくぐらいのあぢで、巨大きよだいなる魚群ぎよぐん[#ルビの「ぎよぐん」は底本では「ぎよぐく」]はれたため[#ルビの「ため」は底本では「た」]に、偶然ぐうぜんにも艇中ていちう飛込とびこんだのである。てんたまものわたくしいそ取上とりあげた。じつは、少年せうねんともに、たゞ一口ひとくちに、堪難たえがた空腹くうふく滿みたしたきは山々やま/\だが、てよ、いまこのちいさいうをを、周章あはてゝたいらげたとてなにになる、農夫のうふ如何いかうゑても、一合いちごうむぎ[#ルビの「むぎ」は底本では「むき」]はずにいて一年いちねんはかりごとをする、わたくしこのちいさいうをを百ばいにも二百倍にひやくばいにもする工夫くふういでもない、よしこの小鰺こあぢで、あの巨大おほき沙魚ふかつてやらうとかんがへたので、少年せうねんかたると少年せうねん大賛成だいさんせい勿論もちろん釣道具つりどうぐいが、さひわひにも艇中ていちうには端艇たんてい本船ほんせん引揚ひきあげるとき使用しようする堅固けんごなる鐵鎖てつぐさりと、それに附屬ふぞくして鉤形つりばりがたの「Hookフツク」がのこつてつたので、それをはづして、フツク只今たゞゐま小鰺こあぢつらぬいてやをら立上たちあがつた。天涯てんがい渺茫べうぼうたる絶海ぜつかい魚族ぎよぞくは、漁夫ぎよふかげなどはこともないから、れるとかれぬとかの心配しんぱいらぬ、けれどあまりに巨大きよだいなるは、端艇たんていくつがへすおそれがあるのでいましも右舷うげん間近まぢかおよいでた三四しやく沙魚ふか、『此奴こいつを。』と投込なげこなみしづむかしづまぬに、わたくしは『やツ。しまつた。』と絶叫ぜつけうしたよ。海中かいちう魚族ぎよぞくにも、優勝劣敗ゆうしやうれつぱいすうまぬかれぬとへ、いまちいさ沙魚ふかおよいで[#「およいで」は底本では「およいて」]つたなみそこには、おどろ巨大きよだいの一りて、稻妻いなづまごとたいをどらして、たゞくちわたくしつりばりをんでしまつたのだ。たちまち、うしほ泡立あわだち、なみ逆卷さかまいて、其邊そのへん海嘯つなみせたやう光景くわうけいわたくし一生懸命いつせうけんめい鐵鎖てつさにぎめて、此處こゝ千番せんばん一番いちばんんだ。もとよりかゝ巨魚きよぎよくることとてとても、引上ひきあげる[#「引上ひきあげる」は底本では「引上ひきあける」]どころのさわぎでない、あやま[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、126-10]てば端艇たんてい諸共もろとも海底かいてい引込ひきこまれんず有樣ありさま、けれど此時このときこの鐵鎖くさり如何どうしてはなたれやうぞ、沙魚ふかつか、わたくしけるか、れるとれぬは生死せいしわか日出雄少年ひでをせうねんをまんまるにして、このすさまじき光景くわうけいながめてつたが、可憐かれん姿すがたうしろからわたくしいだ
『オヽ、あぶなこと! あぶなこと!。』とさけぶ。
『なに、なに、大丈夫だいじようぶ! 大丈夫だいじようぶ!。』とわたくし眞赤まつかになつて仁王にわうごと屹立つゝたつた。兎角とかくする今迄いまゝでは、其邊そのへん縱横じゆうわう暴廻あれまわつてつた沙魚ふかは、その氣味惡きみわるかしら南方みなみのかたけて、あだかるやうにかけした。端艇たんていともかれて、疾風しつぷうのやうにはしるのである。わたくしはいよ/\必死ひつしだ。
『さあ、うなつたらにがことでないぞ。』と最早もはやはらむなしいことも、いのち危險あぶないことも、悉皆すつかりわすれてしまつた。兎角とかくしておよそ時間じかんばかりは、くるはし沙魚ふかのためにかれて、いつしかうしほながれをもだつし、沙魚ふか領海りようかいからはすでに十四五海里かいりへだたつたとおもころ流石さすが猛惡まうあくなるうをつひ疲勞つかたをれて、その眞白ましろなる腹部はらさかさま海面かいめんうかんだ。ほつと一息ひといき引上ひきあげてると、おもつたより巨大おほきうをで、ほとんど端艇たんてい二分にぶんいちふさいでしまつた。
『まあ、みにくさかなですこと。』と少年せうねん氣味惡きみわるさうに、その堅固けんごなる魚頭かしらたゝいてた。
『はゝゝゝゝ。ひどつたよ。しかしこれで當分たうぶん餓死うゑじにする氣遣きづかひはない。』とわたくしたゞちに小刀ナイフ取出とりだした。勿論もちろん沙魚ふかといふさかな左程さほど美味びみなものではないが、この塲合ばあひにはいくらつても喰足くひたらぬ心地こゝち
日出雄ひでをさん、あんまりやるとそんじますよ。』と氣遣きづかひがほわたくしさへ、その生臭なまくさにく口中こうちう充滿いつぱい頬張ほうばつてつたのである。
この大漁獲だいりようがあつたので、明日あすからは餓死うゑじに心配しんぱいはないとおもふと、人間にんげん正直せうじきなもので、そのゆめはいとやすく、あさ寢醒ねざめ何時いつになくむねおだやかであつた。
その翌日よくじつは、漂流へうりう以來いらいはじめてすここゝろ落付おちついて、れい雨水あめみづみ、沙魚ふかにく舌皷したつゞみちつゝ、島影しまかげきか、※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)きせんけむりへぬかと始終しじうくばる、けれどこの何物なにものまなこさへぎるものとてはなく、その翌日よくじつも、むなしく蒼渺さうびやうたる大海原おほうなばら表面ひやうめんながむるばかりで、たゞわが端艇たんてい沙魚ふかためまへ潮流てうりう引出ひきいだされ、いまかへつ反對流はんたいりうとて、今度こんど西南せいなんから東方とうほうむかひ、マルヂヴエ群島ぐんとうへんから南方なんほうむかつてはしるなる、一層いつそう流勢ながれはや潮流てうりう吸込すひこまれてるとさとつたときおもはず驚愕おどろきこゑはつしたことと、かつものほんんだおびたゞしきくぢらむれはるか海上かいじやうながめたことほかは、なにかはつたこともない。勿論もちろんいま境涯きやうがいとてけつして平和へいわ境涯きやうがいではないが、すでにはら充分じゆうぶんちからがあるので、すぐ[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、129-11]よりは餘程よほど元氣げんきもよく、赫々かく/\たる熱光ねつくわうした日出雄少年ひでをせうねんわたくしかほ見詰みつめて『おや/\、叔父おぢさんは何時いつにか、黒奴くろんぼになつてしまつてよ。』と自分じぶんかほ自分じぶんにはえず、昨日きのふ美少年びせうねんも、いまけ、潮風しほかぜかれて、あだか炭團屋たどんや長男ちやうなんのやうになつたことにはかぬ無邪氣むじやきさ、只更ひたすらわたくしかほゆびさわらつたなど、くるしいあひだにも隨分ずいぶん滑※こつけい[#「(禾+尤)/上/日」、130-5]はなしだ。其日そのひれ、翌日よくじつきたつたが矢張やはりみづそらなる大洋たいやうおもてには、一點いつてん島影しまかげもなく、※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)きせんけむりえぬのである。
しかるにこゝ一大いちだい事件じけんおこつた。それはほかでもない、吾等われら生命せいめいつなたの沙魚ふかにくがそろ/\腐敗ふはいはじめたことである。最初さいしよから多少たせうこの心配しんぱいいでもなかつたが、かくめづらしき巨大きよだいうをの、左樣さう容易ようい腐敗ふはいすることもあるまいと油斷ゆだんしてつたが、その五日目いつかめあさわたくしはふとそれと氣付きづいた。しかいま塲合ばあひなにはずに辛抱しんばうしてつたが、印度洋インドやう炎熱えんねつが、始終しじう其上そのうへやうてらしてるのだからたまらない、その晝食ちうしよくとき一口ひとくちくちにした無邪氣むじやき少年せうねんは、たちまそのにく海上かいじやうして、
『おや/\、どうしたんでせう、このさかなへんあぢになつてよ。』とさけんだのは、じつ心細こゝろぼそ次第しだいであつた。
夕方ゆふがたになると、最早もはや畢世ひつせい勇氣ゆうきふるつても、とてもくちれるこゝろぬ。さりとてこの大事だいじ生命いのちつなを、むさ/″\海中かいちう投棄なげすてるにはしのびず、なるべくていすみほう押遣おしやつて、またもや四五にちまへのあはれな有樣ありさま繰返くりかへして一夜いちやあかしたが、翌朝よくあさになると、ほと/\えられぬ臭氣しゆうきも、たましひも、とうくなるほどで、最早もはやこのくさつたさかなとは一刻いつこく同居どうきよがたく、無限むげんうらみんで、少年せうねん二人ふたりで、沙魚ふか死骸しがいをば海底かいていふかほうむつてしまつた。
サア、これからは又々また/\斷食だんじきこのむなしくれてつたが、かんがへると此後このゝち吾等われら如何いかになることやら、絶望ぜつぼう躍氣やつきとに終夜しゆうやねむらず、翌朝よくてうになつて、あかつきかぜはそよ/\といて、ひがしそらしらんでたが、最早もはや起上おきあが勇氣ゆうきもない、『えい、無益だめだ/\、糧食かてき、※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)ふねえず、今更いまさらたよるしまい。』とおもはずさけんだが、不圖ふとかたわら日出雄少年ひでをせうねんやすらかにねむつてるのに心付こゝろつき、や、つまらぬことをと、いそ其方そなたると少年せうねんは、いまこゑおどろ目醒めざめ、むつときて、半身はんしん端艇たんていそとしたが、たちまおどろよろこびこゑ
しまが! しまが! 叔父おぢさん、しまが! しまが!。』
しまがツ。』とわたくし蹴鞠けまりのやうに跳起はねおきてると、此時このときてんまつたけて、朝霧あさぎりれたるうみおも端艇たんていこと三海里さんかいりばかりの、南方なんぽうあたつて、椰子やし橄欖かんらん※(二の字点、1-2-22)あほ/\しげつて、いそなみたまへん一個いつこしまよこたはつてつた。

    第十一回 無人島むじんたうひゞき
人の住む島か、魔の棲む島か――あら、あの音は――奇麗な泉――ゴリラの襲來――水兵ヒラリと身を躱した――海軍士官の顏
 このしまは、とほくからのぞむと、あだか犢牛こうしよこたはつてやうかたちで、その面積めんせき餘程よほどひろやうだ。弦月丸げんげつまる沈沒ちんぼつ以來いらい數日間すうにちかんは、あをそらと、あをなみほかなに一つもながめたことのない吾等われらが、不意ふいこのしま見出みいだしたときうれしさ、つばさあらばんでもきたき心地こゝち、けれどかなしや、心付こゝろつくとわが端艇たんていにはもなく、かいい。ちかやうでも海上かいじやうの三容易ようゐでない、無限むげん大海原おほうなばらたゞよつてつたあひだこそ、しまさへ見出みいだせば、たゞちにたすかるやうかんがへてつたが、仲々なか/\左樣さうかぬ。まご/\してればふたゝ何處どこ押流おしながされてしまうかもわからぬ。いま躊躇ちうちよしてはられぬ塲合ばあひわたくし突如いきなり眞裸まつぱだかになつて海中かいちう跳込をどりこんだ[#「跳込をどりこんだ」は底本では「跳込をどりこんた」]隨分ずいぶん覺束おぼつかないことだが、およぎながらに、端艇たんていをだん/″\としまほうしてかんとのかんがへ艇中ていちうからは日出雄少年ひでをせうねんかへでのやうなしきりになみ掻分かきわけてる、此樣こんなことで、ふねうごくかうごかぬか、その遲緩まぬるさ。けれど吾等われら勞力らうりよくつひ無益むえきとならで、やうやくことしまいたのは、かれこれ小半日こはんにちすぎ[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、134-5]てからあとことわづ三里さんりなみうへを、六時間ろくじかん以上いじやうとははなはおそ速力そくりよくではあるが、それでもわたくしほど辛苦つらかつた。
すぐ[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、134-7]る十有餘日いうよにちあひだ、よく吾等われら運命うんめい守護しゆごしてれた端艇たんていをば、波打際なみうちぎわにとゞめてこのしま上陸じやうりくしてると、いまは五ぐわつ中旬なかばすぎ、みどりしたゝらんばかりなる樹木じもくしま全面ぜんめんおほふて、はるむかふは、やら、やまやら、眼界がんかいとゞかぬ有樣ありさま吾等われら上陸じやうりくしたへん自然しぜんまゝなる芝原しばゝら青々あをあをとして、其處此處そここゝに、れぬ紅白こうはくさま/″\のはな咲亂さきみだれて、みなみかぜがそよ/\とくたびに、りくからうみまでえならぬ香氣にほひおくるなど、たゞさへ神仙しんせん遊樂ゆうらくきやうこと私共わたくしどもは、極端きよくたんなる苦境くきやうから、この極端きよくたんなる樂境らくきやう上陸じやうりくしたこととて、はじめはみづかゆめでないかとうたがはるゝばかり。さあうなると今迄いまゝで張詰はりつめてつた幾分いくぶんゆるんでて、疲勞つかれうえかんじてる。斯程かほどしまだから、なに食物しよくもつこともあるまいと四方よも見渡みわたすと、はたして二三ちやうへだゝつた小高こだかをか中腹なかばに、一帶いつたい椰子やし、バナヽのはやしがあつて、甘美うるはしき果實くわじつえだ垂折しをれんばかりに成熟せいじゆくしてる。二人ふたりちうごと驅付かけつけて、ふたはぬは無益むえきやがはら充分じゆうぶんになると、つぎおこつて問題もんだいは、一躰いつたいこのしま如何いかなるしまだらう、見渡みわたところ隨分ずいぶん巨大きよだいしまやうだが、世界輿地圖せかいよちづ表面ひやうめんあらはれてるものであらうか、矢張やはり印度洋インドやうちう孤島ことうだらうか、それともズツト東方ひがしへんして、ボル子オ群島ぐんとうの一つにでもぞくしてるのではあるまいか。氣※きかう[#「候」の「ユ」に代えて「工」、135-12]工合ぐあひや、草木さうもく種類しゆるいなどでると、亞弗利加アフリカ沿岸えんがんにもちかやう氣持きもちもする。しか此樣こんこと如何いかかんがへたとてわかはづのものでない、それよりはこのしま元來ぐわんらい無人島むじんとうか、いなかゞ一大いちだい問題もんだいだ、無人島むじんとうならばそれ/\べつ覺悟かくごするところもあるし、よしひと住居すまひしてしまにしても、おそ野蠻人やばんじん巣窟さうくつでゞもあればそれこそ一大事いちだいじ早速さつそく遁出にげだ工夫くふうめぐらさねばならぬ、それをるにはかくこのしま一周いつしうしてなければならぬとかんがへたので、少年せうねんたづさへてそろ/\とあゆした。しま一周いつしうといつて、このしまはどのくらひろいものやら、また道中だうちう如何いかなる危險きけんがあるかもわからぬが、此處こゝ漠然ぼんやりとしてつて、しま素性すじやうわからず氣味惡きみわる一夜いちやあかすよりはましだとかんがへたので、これよりあしつゞかんかぎるゝまですゝんでつもりだ。
進行しんかう方向ほうかうさだめねばと、吾等われらはやしあひだ[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、136-12]ぎてをか絶頂いたゞきのぼつた。眺望てうぼうすると、きた一方いつぽう吾等われらわたつて大洋たいやうで、水天髣髴すいてんほうふつとしてそのつくところらず、眼下がんかおろす海岸かいがんには、いま乘捨のりすてゝ端艇たんていがゆらり/\となみまれて、何時いつあつまつてたか、海鳥かいてう一簇ひとむれ物珍ものめづらしさうその周圍めぐり飛廻とびまわつてる。ひがし西にしみなみ三方さんぽうこのしま全面ぜんめんで、見渡みわたかぎ青々あを/\としたもりつゞき、處々ところ/″\やまもある、たにえる、また※(「二点しんにょう+向」、第3水準1-92-55)はるか/\の先方むかう銀色ぎんしよく一帶いつたい隱見いんけんしてるのは、其邊そのへん一流いちりうかはのあることわかる。
わたくしこの光景くわうけいじつ失望しつばうした、見渡みわたしたところこのしま模樣もやううたがひもなき無人島むじんとう! かく全島ぜんたうやまと、もりと、たにとでおほはれてつては、今更いまさら何處どこへと方向ほうがくさだめること出來できぬのである、これからあんな深山幽谷しんざんいうこく進入しんにふするのは、かへつ危險きけんまねくやうなものだから、しま探險たんけん一先ひとま中止ちうしして、かくふたゝ海岸かいがんかへらんときびすめぐらす途端とたん日出雄少年ひでをせうねんきふあゆみとゞめて
『あら、あのおとは?。』と※(「目+爭」、第3水準1-88-85)みはつた。
おと?。』とわたくしおもはず立止たちどまつてみゝすますと、かぜ一種いつしゆひゞきまつた無人島むじんたうおもひきや、何處いづくともなく、トン、トン、カン、カン、とあだかたにそこそこで、てつてつとが戞合かちあつてるやうなひゞき
鐵槌てつついおと!。』とわたくし小首こくびかたむけた。此樣こん孤島はなれしま鍛冶屋かぢやなどのあらうはづはない、一時いちじこゝろまよひかとおもつたが、けつしてこゝろまよひではなく、寂莫じやくばくたるそらにひゞひて、トン、カン、トン、カンと物凄ものすご最早もはやうたがはれぬ。けれどわたくし心付こゝろつくと、ひゞきみなもとけつしてちかところではなく、四邊あたりがシーンとしてるのであざやかにきこえるものゝ、すくなくも三四マイル距離へだゝりるだらう、なにもあれかゝ物音ものおときこゆる以上いじやうは、其處そこ何者なにものかゞるに相違さうゐない、ひとか、魔性ましやうか、其樣そんことかんがへて[#ルビの「を」は底本では「をら」]られぬ、かく探險たんけん覺悟かくごしたので、そろ/\とをかくだつた。をかくだつてみゝすますと、ひゞきんでも、しま西南せいなんあたつて一個ひとつ巨大おほきみさきがある、そのみさきえての彼方かなたらしい。
いよ/\探險たんけんとは决心けつしんしたものゝ、じつうす氣味惡きみわることで、一體いつたい物音ものおとぬしわからず、またみちにはどんな災難さいなんしやうずるかもわからぬので、わたくし萬一まんいち塲合ばあひおもんぱかつて、れい端艇たんていをば波打際なみうちぎわにシカと繋止つなぎとめ、何時いつ危險きけん遭遇さうぐうしてげてても、一見いつけんしてその所在しよざいわかるやうに、其處そこにはわたくししろシヤツをいて目標めじるして、いきほひめて少年せうねんとも發足ほつそくした。
海岸かいがん沿ふてこと七八ちやう岩層がんそう小高こだかをかがある、そのをかゆると、今迄いまゝでえたうみ景色けしきまつたえずなつて、なみおと次第しだい/\にとうく/\。
此時このとき少年せうねん餘程よほど疲勞つかれてえるので、わたくし肩車かたぐるませてすゝんだ。だれでも左樣さうだが、あまりにシーンとしたところでは、自分じぶん足音あしおとさへ物凄ものすごほどで、とても談話はなしなどの出來できるものでない。かゝしまこととて、みちなどのあらうはづはなく、熊笹くまざゝあひだ掻分かきわけたり、幾百千年いくひやくせんねんらいつもつもつて、あだか小山こやまのやうになつて落葉おちばうへんだり、また南半球みなみはんきゆう特有とくいう黄乳樹わうにうじゆとて、こずえにのみ一團いちだんがあつて、みき丁度ちやうど天幕てんまくはしらのやうに、數百間すうひやくけん四方しほう規則正きそくたゞしくならんで奇妙きめうはやしした※(「穴かんむり/兪」、第4水準2-83-17)くゞつたりして、みち一里半いちりはんあゆんだとおもころ一個いつこいづみそばた。きよらかなみづ滾々こん/\いづながれて、其邊そのへん草木くさきいろさへ一段いちだんうるはしい、此處こゝ一休憩ひとやすみこしをおろしたのは、かれこれ午後ごゝの五ちかく、不思議ふしぎなるひゞきやうやちかくなつた。
日出雄少年ひでをせうねんは、そのいづみながれ美麗びれいなる小魚こざかな見出みいだしたとて、うをふに餘念よねんなきあひだわたくしある大樹たいじゆかげよこたはつたが、いつか睡魔すいまおそはれて、ゆめとなくうつゝとなく、いろ/\のおもひつゝまれてとき不意ふい少年せうねんわたくしひざ飛皈とびかへつた。『大變たいへんよ/\、叔父おぢさん、猛獸まうじうが/\。』とわたくしかたけてさます。
猛獸まうじうがツ。』とわたくしゆめから飛起とびをきた。
少年せうねんゆびさかたながめると如何いかにも大變たいへん! 先刻せんこく吾等われら通※つうくわ[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、141-6]して黄乳樹わうにうじゆはやしあひだより、一頭いつとう猛獸まうじういきほいするどあらはれてたのである。
猛狒ゴリラ!。』とわたくし一時いちじ彌立よだつたよ。
獅子しゝ猛烈まうれつだの、おほかみ兇惡きようあくだのといつて、この猛狒ゴリラほどおそろしい動物どうぶつはまたとあるまい、動物園どうぶつゑんてつおりなか姿すがたでも、一見いつけんして戰慄せんりつするほど兇相あくさう、それがこの深林しんりんなか襲來しふらいしたのだからたまらない。わたくしはハツトおもつて一時いちじ遁出にげださうとしたが、今更いまさらげたとてなん甲斐かひがあらう、もう絶體絶命ぜつたいぜつめい覺悟かくごしたとき猛狒ゴリラはすでに目前もくぜん切迫せつぱくした。身長みのたけしやくちかく、灰色はいいろはりごと逆立さかだち、するどつめあらはして、スツと屹立つゝたつた有樣ありさまは、幾百十年いくひやくじふねん星霜せいさうこの深林しんりん棲暮すみくらしたものやらわからぬ。猛惡まうあくなるさる本性ほんしやうとして、容易ようゐさない、あだかあざけごとく、いかるがごとく、その黄色きいろあらはして、一聲いつせいたかうなつたときは、覺悟かくごまへとはいひながら、わたくしあたまから冷水ひやみづびたやう戰慄せんりつした、けれど今更いまさらどうなるものか。わたくし日出雄少年ひでをせうねん背部うしろ庇護かばつて、キツと猛狒ゴリラ瞳孔ひとみにらんだ。すべて如何いかなる惡獸あくじゆうでも、人間にんげん眼光がんくわうするどそのめんそゝがれてあひだは、けつして危害きがいくわへるものでない、そのひかり次第々々しだい/\おとろへて、やが茫乎ぼんやりとしたすきうかゞつて、たゞ一息ひといき飛掛とびかゝるのがつねだから、わたくしいま喰殺くひころされるのは覺悟かくごまへだが、どうせぬならたゞなぬぞ、睨合にらみあつてあひだに、先方せんぱうすきでもあつたなら、機先きせん此方こなたから飛掛とびかゝつて、多少たせういたさはせてれんとかんがへたので、まなこはなたず睥睨へいげいしてる、猛狒ゴリラ益々ます/\たけ此方こなたうかゞつてる、この九死一生きうしいつしやうわか不意ふいに、じつ不意ふいに、何處どこともなく一發いつぱつ銃聲じうせい。つゞいてまた一發いつぱつ[#ルビの「いつぱつ」は底本では「いつはつ」]猛狒ゴリラおもひがけなき二發にはつ彈丸だんぐわんられて、蹴鞠けまりのやうに跳上をどりあがつた。
吾等われら喫驚びつくりして其方そなた振向ふりむくと、此時このとき吾等われらてるところより、大約およそ二百ヤードばかりはなれたもりなかから、突然とつぜんあらはれて二個ふたりひとがある。
『や、や、日本人につぽんじん! 日本人につぽんじん!。」と少年せうねんわたくし驚愕おどろき喜悦よろこび絶叫ぜつけうしたよ。
じつゆめではあるまいか。あらはれきたつた二個ふたりひとまぎらかたなき日本人につぽんじんで、一人ひとり[#ルビの「ひとり」は底本では「ひいり」]いろ黒々くろ/″\とした筋骨きんこつたくましい水兵すいへい姿すがたこし大刀だいたうよこたへたるが、キツと此方こなたながめた、一人いちにんは、威風ゐふう凛々りん/\たる帝國海軍士官ていこくかいぐんしくわん服裝ふくさう二連銃にれんじう銃身じうしんにぎつて水兵すいへい顧見かへりみると、水兵すいへいいきほひするどく五六此方こなたはしちかづく、此時このとき二發にはつ彈丸だんぐわんくらつた猛狒ゴリラ吾等われら打捨うちすてゝ、奔馬ほんばごとむかひ、一聲いつせいさけぶよとに、電光でんくわうごと水兵すいへい頭上づじやう目掛めがけて飛掛とびかゝつた。水兵すいへいヒラリとかはすよとに、こし大刀だいたう※手ぬくて[#「抜」の「友」に代えて「ノ/友」、144-5]せず、猛狒ゴリラ肩先かたさき斬込きりこんだ。猛狒ゴリラいかつて刀身たうしん双手もろてにぎると、水兵すいへいいらだつてその胸先むなさき蹴上けあげる、この大奮鬪だいふんとう最中さいちう沈着ちんちやくなる海軍士官かいぐんしくわんしづかにすゝつて、二連銃にれんじう筒先つゝさき猛狒ゴリラ心臟しんぞうねらふよとえしが、たちまきこゆる一發いつぱつ銃聲じうせい。七しやく有餘いうよ猛狒ゴリラ苦鳴くめいをあげ、鮮血せんけついて地上ちじやうたをれた。わたくし少年せうねんとはゆめ夢見ゆめみ心地こゝち韋駄天いだてんごとそのかたはらはしつたとき水兵すいへい猛獸まうじうまたがつてとゞめの一刀いつたう海軍士官かいぐんしくわん悠然いうぜんとして此方こなたむかつた。わたくしあまりのうれしさにげんもなく、其人そのひとかほながめたが、たちま電氣でんきたれたかのごとおどろさけんだよ。
『やあ、貴方あなた櫻木海軍大佐さくらぎかいぐんたいさ※(感嘆符疑問符、1-8-78)。』
大佐たいさ愕然がくぜんとしてわたくしかほ見詰みつめたが
『や、貴下あなたは――。』とつたまゝ暫時しばし言葉ことばもなかつたのである。
櫻木海軍大佐さくらぎかいぐんたいさ! 々々々。此人このひと讀者どくしや諸君しよくん御記臆ごきおくそんしてるかいなか。わたくし子ープルスかう出港しゆつかうのみぎり、はからずも注意ちうゐいた反古はご新聞しんぶん不思議ふしぎなる記事きじちゆう主人公しゆじんこうで、すで一年半いちねんはん以前いぜんある秘密ひみついだいて、部下ぶか卅七めい水兵等すいへいら一夜いちや奇怪きくわいなる帆走船ほまへせんじやうじて、本國ほんごく日本につぽん立去たちさつたひと其人そのひといまかる孤島はなれじまうへにて會合くわいごうするとは、意外いぐわいも、意外いぐわいも、わたくし暫時しばし五里霧中ごりむちう彷徨はうくわうしたのである。

    第十二回 海軍かいぐんいへ
南方の無人島――快活な武村兵曹――おぼろな想像――前は絶海の波、後は椰子の林――何處ともなく立去つた
 櫻木海軍大佐さくらぎかいぐんたいさ暫時しばらくしてくちひらいた。
じつ意外ゐぐわいです、きみ此樣こん絶島ぜつとうへ――。』といひつゝ、染々しみ/″\吾等われら兩人りようにん姿すがた打瞻うちなが
此處こゝ印度洋インドやうもズツト南方なんぽうへんした無人島むじんとうで、一番いちばんちかマダカツスル群島ぐんたうへも一千哩いつせんマイル以上いじやう亞細亞大陸アジアたいりくや、歐羅巴洲エウロツパしうまでは、幾千幾百哩いくせんいくひやくマイルあるかわからぬほどで、到底とても尋常じんじやうではひとるべきしまではありませんが。』といといぶかしなるかほ
『イヤ、まつた意外ゐぐわいです。』とわたくし進寄すゝみよつた。かゝ塲合ばあひだから、勿論もちろんくわしいことかたらぬが、ふね沈沒ちんぼつからこのしま漂着へうちやくまでの大略あらましげると、大佐たいさはじめて合點がつてんいろ
其樣そんことだらうとはおもひました、じつひどにおあひになりましたな。』と、いましも射殺ゐたをしたる猛狒ゴリラ死骸しがいまなこそゝいで
じつ先刻せんこくきふおもつて、この兵曹へいそうとも遊獵いうれうたのが、天幸てんこうにも君等きみらをおたすまうことになつたのです。』とひながら、大空おほぞらあほて。
『いろ/\くわしいことうけたまはりたいが、最早もはやるゝにもちかく、此邊このへん猛獸まうじう巣窟さうくつともいふところですから、一先ひとま住家すみかへ。』とじうつゝもたげた。わたくしはなしつひでに、日出雄少年ひでをせうねんことをば一寸ちよつとかたつたので、大佐たいさりんたるまなこ少年せうねんおもててん
『おゝ、可愛かあいらしいですな。』と親切しんせつそのかしらでつゝ、吾等われらかたわらいさましきおもてしててる水兵すいへいかへり
『これ、武村兵曹たけむらへいそうこの少年せうねん撫恤いたわつてあげい。』
言下げんか武村たけむらばれたる兵曹へいそうは、つと進寄すゝみよ威勢ゐせいよく少年せうねん抱上いだきあげて
『ほー、可愛かあいらしい少年せうねんだ、サアわたくしあたまつた/\。』と肩車かたぐるませて、ズン/\とさきはし[#ルビの「だ」は底本では「た」]した。
櫻木海軍大佐等さくらぎかいぐんたいさらすまへるいへまでは、此處こゝから一哩いちマイルほどあるさうだ。此時このときふとこゝろおもつたのは、先刻せんこくからてつひゞきはつするところ其處そこではあるまいか、道中みち/\大佐たいさはさま/″\のことわたくしひかけた。けれど、わたくし大佐たいさいま境遇きやうぐういては、一言いちげんとひはつしなかつた。差當さしあたつてたづねる必要ひつようく、また容易ようゐならざる大佐たいさ秘密ひみつをば、輕率けいそつひかけるのは、かへつれいしつするとおもつたからで。しか先夜せんや反古はご新聞しんぶん記事きじから推及すいきふして、大佐たいさいまげん浮世うきよそとなるこの孤島はなれじまこと、またいまきこゆるてつひゞきなどからかんがはせるとおぼろながらもそれとおもあたふしいでもない。櫻木海軍大佐さくらぎかいぐんたいさいま[#ルビの「いま」は底本では「いは」]このたうちゆうひそめて[#「ひそめて」は底本では「ををひそめて」]かねくわだつるといふ、軍事上ぐんじじやう大發明だいはつめい着手ちやくしゆしてるのではあるまいか。讀者どくしや諸君しよくんおそらく此邊このへん想像さうぞうくだらう。
猛狒ゴリラ大奮鬪だいふんとう塲所ばしよからおよそ七八ちやうあゆんだとおもころふたゝうみえるところた。それから、丘陵をか二つえ、一筋ひとすぢ清流ながれわたり、薄暗うすくら大深林だいしんりんあひだ[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、149-7]ぎ、つひ眼界がんかいひらくるところ大佐たいさいへながめた。
大佐たいさいへは、海面かいめんより數百尺すひやくしやくたか斷崖だんがいうへたてられ、まへはてしなき印度洋インドやうめんし、うしろ美麗びれいなる椰子やしはやしおほはれてる。勿論もちろん此樣こん絶島ぜつたうことだから、けつして立派りつぱ建築たてものではない、けれどなり巨大おほき板家いたやで、もんには海軍かいぐんいへ筆太ふでぶとしるされ、ながき、不恰好ぶかくかうへや何個いくつならんでへるのは、部下ぶか卅七めい水兵等すいへいら同居どうきよためだらう。二階にかい體裁ていさいよき三個みつつへやその一室ひとままどに、しろ窓掛まどかけかぜゆるいでところは、たしか大佐たいさ居間ゐまおもはるゝ。
吾等われらそのいへちかづいたとき日出雄少年ひでをせうねんかたにした武村兵曹たけむらへいそう一散いつさんはしつてつて、快活くわいくわつこえさけんだ。
『サア、みな水兵ものどもた/\、大佐閣下たいさかくかのおかへりだよ、それに、めづらしい賓人おきやくさんと、可愛かあいらしい少年せうねんとが御坐ござつた、はや御挨拶ごあいさつまうせ/\。』
こえおうじて、いへのこつてつた一團いちだん水兵すいへい一同みな部室へやからんでた。いづれも鬼神きじんひしがんばかりなるたくましきをとこが、いへ前面ぜんめん一列いちれつならんで、うやうやしく敬禮けいれいほどこした。武村兵曹たけむらへいそう彼等かれら仲間なかまでも羽振はぶりよきをとこなに一言ひとこと二言ふたこといふと、いさましき水兵すいへい一團いちだんは、ひとしくぼうたかとばして、萬歳ばんざいさけんだ、彼等かれらその敬愛けいあいする櫻木大佐さくらぎたいさ知己ちきたる吾等われらが、無事ぶじこのしま上陸じやうりくしたることしゆくしてれるのであらう。大佐たいさ此樣このさま微笑びせううかべた。
じつ感謝かんしやえません。』とわたくし不測そゞろ※(「りっしんべん+喜」、第4水準2-12-73)うれしなみだながるゝをきんなかつた。無邪氣むじやきなる日出雄少年ひでをせうねんまんまるにして、武村兵曹たけむらへいそう肩上かたをどると。快活くわいくわつなる水兵すいへい一群いちぐんその周圍まわり取卷とりまいて、『やあ、可愛かあひらしい少年せうねんだ、乃公おれにもせ/\。』と立騷たちさわ[#ルビの「たちさわ」は底本では「ちちさわ」]ぐ、櫻木大佐さくらぎたいさ右手めてげて
『これ、水兵すいへい少年せうねんひど疲勞つかれる、あまりさわいではいかぬ』と打笑うちえみつゝ
『それよりいそ新客しんきやく部室へや仕度したくをせよ、部室へや二階にかい第二號室だいにがうしつ――讀書室どくしよしつ片付かたづけて――。』と。
めいをはつた大佐たいさは、武村兵曹たけむらへいそうかたから日出雄少年ひでをせうねんいだせ、わたくしむかつて
一先ひとまわたくし部室へやへ。』とさきつた。
みちびかるゝまゝに入込いりこんだのは、階上にかい南端なんたん一室ひとまで、十じやうぐらいの部室へや中央ちうわうゆかには圓形えんけいのテーブルがへられ、卓上たくじやうには、地球儀ちきゆうぎ磁石じしやくるゐ配置はいちされ、四邊あたり壁間かべには隙間すきま列國れつこく地圖ちづけられてあるなど、流石さすが海軍士官かいぐんしくわん居室ゐま見受みうけられた。
大佐たいさ好遇かうぐうにて、此處こゝで、吾等われら水兵等すいへいらはこんで珈琲カフヒーのどうるほうし、漂流へうりう以來いらいおほい渇望かつぼうしてつた葉卷煙葉はまきたばこ充分じゆうぶんひ、また料理方れうりかた水兵すいへい手製てせいよしで、きはめてかたち不細工ぶさいくではあるが、非常ひじやう甘味うま菓子くわし舌皷したつゞみちつゝ、や十五ふんすぎ[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、152-10]たとおもころ時計とけい午後ごご六時ろくじほうじて、日永ひながの五ぐわつそらも、夕陽ゆふひ西山せいざんうすつくやうになつた。
此時このとき大佐たいさしづかに立上たちあがり、わたくしむか
吾等われらこれより一定いつてい職務しよくむがあるので、暫時しばらく失敬しつけい君等きみらのちしづか休息きうそくたまへ、わたくしは八すぎ[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、153-3]ふたゝかへつてて、晩餐ばんさんをばともいたしませう。』とのこして何處いづくともなく立去たちさつた。
あとれい快活くわいくわつなる武村兵曹たけむらへいそうがやつてて、武骨ぶこつなる姿すがた親切しんせつに、吾等われら海水かいすいみ、天日てんぴこがされて、ぼろ/\になつた衣服ゐふく取更とりかへやら、洗湯せんたう世話せわやら、日出雄少年ひでをせうねんためには、こと小形こがたの「フランネル」の水兵服すいへいふくを、裁縫係さいほうがゝり水兵すいへいめいずるやら、いろ/\取計とりはからつてれる、其間そのまに、大佐たいさより命令めいれいのあつた吾等われら居室ゐま準備じゆんび出來できたので、其處そこみちびかれ、久々ひさ/″\にて寢臺ねだいうへよこたはつた。はじめのあひだ日出雄少年ひでをせうねんわたくしたがひかほ見合みあはせてはこの不思議ふしぎなる幸運かううんをよろこび、大佐等たいさら懇切こんせつなる待遇もてなし感謝かんしやしつゝ、いろ/\と物語ものがたつてつたが、何時いつか十數日すうにち以來いらいはげしき疲勞つかれめに、らず/\ふかゆめちた。

    第十三回 星影ほしかげがちら/\
歡迎ウエルカム――春枝夫人は屹度死にません――此新八が先鋒ぢや――浪の江丸の沈沒――此島もなか/\面白いよ――三年の後
 それから幾時間いくじかんねむつたからぬが、不意ふゐわたくし枕邊まくらもと
『サア、賓客おきやくさん、もうくらくなりましたぜ、大佐閣下たいさかくかもひどくお待兼まちかねで、それに、夕食ゆふしよく御馳走ごちさう悉皆すつかり出來できて、料理方れうりかた浪三なみざうめが、とり丸燒まるやき黒焦くろこげになるつて、眼玉めだま白黒しろくろにしてますぜ。』と大聲おほごゑ搖醒ゆりさますものがあるので、おどろいてさますと、此時このときまつたれて、部室へや玻璃窓がらすまどたうして、ながむるうみおもには、うるはしき星影ほしかげがチラ々々とうつつてつた。
わたくし呼醒よびさましたのは快活くわいくわつなる武村兵曹たけむらへいそうであつた。その右手めてすがつて、可憐かれんなる日出雄少年ひでをせうねんはニコ/\しながら
叔父おぢさん、わたくしはもうかほあらつてましてよ。』と、睡醒ねざめしぶわたくしかほあほいだ。オヤ/\、少年せうねんにまで寢太郎ねたらうられたかと、わたくしいそ清水しみづかほきよめ、兵曹へいそう案内あんないしたがつて用意ようゐ一室ひとまると、食卓しよくたく一端いつたんには、櫻木大佐さくらぎたいさは二三の重立おもだつた水兵すいへい相手あひてに、談話はなしふけつてつたが、吾等われら姿すがたるより、えみ此方こなた
武村たけむらが、とう/\御安眠ごあんみん妨害ぼうがいしましたね。』と、水兵すいへいめいじて二個にこ倚子ゐす近寄ちかよせた。
食卓テーブル對端むかふには、武村兵曹たけむらへいそうほか三名さんめい水兵すいへい行儀ぎようぎよくならび、此方こなたには、日出雄少年ひでをせうねんなかはさんで、大佐たいさわたくしとがみぎひだりかたならべて、やが晩餐ばんさんはじまつた。洋燈らんぷひかり煌々くわう/\かゞやいて、何時いつにか、武骨ぶこつなる水兵等すいへいらが、やさしいこゝろ飾立かざりたてた挿花さしばなや、壁間かべに『歡迎ウエルカム』と巧妙たくみつくられた橄欖かんらんみどりなどを、うつくしくてらしてる。かゝる孤島はなれじまことだから、御馳走ごちさういがと大佐たいさ言譯いひわけだが、それでも、料理方れうりかた水兵すいへい大奮發だいふんぱつよしで、海鼈すつぽん卵子たまご蒸燒むしやきや、牡蠣かき※(「睹のつくり/火」、第3水準1-87-52)しほにや、俗名ぞくめう「イワガモ」とかいふこのしま澤山たくさんかもて、一層いつそうあぢかろとり丸燒まるやきなどはなか/\の御馳走ごちさうで、いまわたくしには、世界せかい第一だいいちのホテルで、世界せかい第一だいいち珍味ちんみきようせられたよりも百倍ひやくばい※(「りっしんべん+喜」、第4水準2-12-73)うれしくかんじた。晩餐後ばんさんご喫茶きつちやがはじまると、櫻木大佐さくらぎたいさをはじめ同席どうせき水兵等すいへいらは、ひとしくくちそろへて『御身おんみこのしま漂着へうちやく次第しだいくわしく物語ものがたたまへ。』といふので、わたくし珈琲カフヒー一口ひとくちんで、おもむろにかたした。
づ、わたくし世界せかい漫遊まんゆう目的もくてきで、横濱よこはまみなと出港ふなでしたことから、はじめ米國ベイこくわたり、それより歐羅巴エウロツパ諸國しよこく遍歴へんれきした次第しだい伊太利イタリーくに子ープルスかうで、はからずもむかし學友がくいういま海外かいぐわい貿易商會ぼうえきしやうくわい主人しゆじんとして、巨萬きよまんとみかさねて濱島武文はまじまたけぶみ邂逅めぐりあひ、其處そこで、かれつまなる春枝夫人はるえふじんその愛兒あいじ日出雄少年ひでをせうねんとに對面たいめんなし、不思議ふしぎなるえにしにつながれて、三人みたり日本につぽんかへらんと、弦月丸げんげつまる同船どうせんしたこと出帆しゆつぱんまへ亞尼アンニーといへる御幣擔ごへいかつぎの伊太利イタリー老女らうぢよが、ふね出帆しゆつぱんこくあたるとて、せつその出發しゆつぱつめたことあやしふね双眼鏡さうがんきやう一件いつけん印度洋上インドやうじやう大遭難だいさうなん始末しまつ其時そのとき春枝夫人はるえふじん殊勝けなげなる振舞ふるまひ、さては吾等われら三人みたり同時どうじに、弦月丸げんげつまる甲板かんぱんから海中かいちう飛込とびこんだのにかゝはらず、春枝夫人はるえふじんのみは行方ゆくかたれずなつたこと、それより漂流中へうりうちういろ/\の艱難かんなんて、やうやこのしま漂着へうちやくしたまで有樣ありさま脱漏おちもなくかたると、ひとあるひおどろき、あるひたんじ、武村兵曹たけむらへいそう木像もくぞうのやうになつて、巨大おほきくして、いきをもかずいてる、其他そのた水兵すいへいおな有樣ありさま
かたをはつたとき櫻木海軍大佐さくらぎかいぐんたいさしづかにかほげた。
じつに、きみ經歴けいれき小説せうせつのやうです。』とつたまゝ暫時しばしわたくしかほながめてつたが、物語ものがたりうちでも、春枝夫人はるえふじん殊勝けなげなる振舞ふるまひには、すく[#ルビの「すく」は底本では「すな」]なからずこゝろうごかした樣子やうすこと櫻木大佐さくらぎたいさは、春枝夫人はるえふじん令兄れいけいなる松島海軍大佐まつしまかいぐんたいさとは、兄弟きやうだいおよばぬ親密しんみつなる間柄あひだがらで、大佐たいさがまだ日本につぽんつたころ始終しじう徃來わうらいして、其頃そのころ乙女おとめであつた春枝孃はるえじやうとは、幾度いくたびかほあはしたこともあるさうで、いまそのうるはしく殊勝けなげなる夫人ふじんが、印度洋インドやう波間なみまえずなつたといては、他事ひとごとおもはれぬと、そゞろにあわれもようしたる大佐たいさは、暫時しばらくしてくちひらいた。
『けれど、わたくしつね確信かくしんしてます、てんには一種いつしゆ不思議ふしぎなるちからがあつて、こゝろうつくしきひとは、屡々しば/″\九死きゆうし塲合ばあひひんしても、意外いぐわい救助すくひことのあるものです。』とひながらいましもなつかしき母君はゝぎみうわさでたるに、にしことどもおもおこして、愁然しゆうぜんたる日出雄少年ひでをせうねん頭髮かしらでつゝ
わたくしはどうも春枝夫人はるえふじんは、其後そのゝち無事ぶじすくはれたやうおもはれる。此樣こんことふとめうだが、ひと[#「ひとは」は底本では「ひとはは」]一種いつしゆ感應かんおうがあつて、わたくしごときはむかしからどんな遠方えんぽうはなれてひとでも、『あのひと無事ぶじだな』とおもつてひとに、しんためしはないのです。それで、わたくしいま春枝夫人はるえふじん波間なみましづんだといても、どうも不幸ふこうなる最後さいごげられたとはおもはれない、あるひ意外いぐわい救助すくひて、子ープルスなる良君をつともとかへつて、今頃いまごろかへつて、君等きみらうへ憂慮うれひるかもれませんよ。』と言葉ことばつて、さびさうくび項垂うなだれて日出雄少年ひでをせうねんうなじ
『それにけても、にくきは海賊船かいぞくせん振舞ふるまひ、かゝる惡逆無道あくぎやくむだうふねは、早晩はやかれおそかれ木葉微塵こつぱみぢんにしてれん。』と、明眸めいぼう凛乎りんこたるひかりはなつと、日出雄少年ひでをせうねんは、プイと躍立とびたつて。
眞個ほんとうに/\、海軍かいぐん叔父おぢさんが海賊船かいぞくせん退治たいぢするなら、わたくしてき大將たいしやう勝負しようぶけつしようとおもふんです。』
其處そこだツ、日本男兒につぽんだんじたましひは――。』と木像もくぞうのやうにだまつてつた武村兵曹たけむらへいそう不意ふいさけんだ。
其時そのときは、この武村新八郎たけむらしんぱちらう先鋒せんぽうぢや/\。』と威勢いせいよくテーブルのうへたゝまわすと、さらをどつて、小刀ナイフゆかちた。それから、れいこく一件いつけんいては、水兵すいへい一同いちどうわたくしおなやうに、無※ばか[#「(禾+尤)/上/日」、160-9]はなしだとわらつてしまつたが、ひとり櫻木大佐さくらぎたいさのみはわらはなかつた。無論むろん縁起的えんぎてきには、其樣そんことしんぜられぬが、かの亞尼アンニーとかいへる老女らうぢよは、なにかの理由わけで、海賊船かいぞくせん弦月丸げんげつまるねらつてことをば、あらかじつてつたのかもれぬ。それがある事情じじやうめに明言めいげんすること出來できず、さりとて主家しゆか大難だいなんらぬかほ打※うちすぎ[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、161-2]るにもしのびで、かくは縁起話えんぎばなし托言かこつけて、その出發しゆつぱつとゞめたのかもれぬ。とかたつた。成程なるほどいてれば、わたくしおもあたふしいでもない。また、海賊船かいぞくせん海蛇丸かいだまる一條いちじやうについては、席上せきじやういろ/\なはなしがあつた。大佐たいさかたところによると、海賊島かいぞくたう云々うんぬん風聞ふうぶん實際じつさいことで、その海賊かいぞく仲間なかまある強國きようこくとのあひだに、一種いつしゆ密約みつやくそんしてことも、海事かいじくわしき船員せんゐん社會しやくわいには、ほとん公然こうぜん秘密ひみつとなつてよし。かゝる惡魔あくまはどうしても塵殺みなごろししなければならぬと、水兵等すいへいら一同いちどう意氣組いきぐみ
さてまた、弦月丸げんげつまる沈沒ちんぼつ間際まぎわに、船長せんちやうをはじめ船員せんゐん一同いちどう醜態しゆうたいは、ひとおどろいからざるなく、短氣たんき武村兵曹たけむらへいそうひからして
『やあ/\、あきれた人間にんげんどもだ、其樣そん臆病をくびやう船長せんちやうなんかは、げたとてどうせろくことはあるまい、なみでもくらつて斃死へたばつてしまつたらうが、※一まんいち[#「一/力」、162-2]きてゞもやうものなら、この武村新八たけむらしんぱち承知しやうちしねえ、世間せけん見懲みせしめに、ひとよこぱらでも蹴破けやぶつてれようかな。』と怒鳴どなる。大佐たいさわらひ、水兵等すいへいらうでたゝき、日出雄少年ひでをせうねんわたくしとは爽快さわやかかほ見合みあはした。
かゝ物語ものがたり不知不測しらずしらずふかし、やがわたくし遭難さうなん實談じつだんをはると、櫻木大佐さくらぎたいさは、此時このときおもてあらためてわたくしむかつた。
今迄いまゝでのおはなしで、きみこのしま漂着へうちやく次第しだいわかつたが、さて此後このゝち如何いかになさる御决心ごけつしんです。』
决心けつしん如何いかんといふのは、吾等われら兩人りようにんかゝる絶島ぜつたう漂着へうちやくしたいま無理むりにも本國ほんごくかへりたいか、またある便宜べんぎるまで、大佐等たいさらこのしま滯在たいざいする覺悟かくごがあるかとのとひだとわたくしかんがへたので、無論むろん一日いちにちすみやかに日本につぽんかへりたいのは山々やま/\だが、前後ぜんご事情じじやうさつすると、いま此人このひとむかつて、其樣そん我儘わがまゝはれぬのである。でわたくし簡單かんたん
『たゞ天命てんめいと、大佐閣下たいさかくかとに、吾等われら運命うんめいゆだぬるのみです。』とこたへると、大佐たいさ暫時しばし小首こくびかたむけたが
しからば、君等きみらある時期ときまで、このしま滯在たいざいせねばなりません。』と斷乎だんこ言放いひはなつた。
わたくしだまつて點頭うなづいた。
大佐たいさげんをつゞけ
じついたかたいのです。勿論もちろんきみ御决心ごけつしんで、運命うんめいまつたてんまかせて、ふたゝ小端艇せうたんていで、印度洋インドやうなみえて、本國ほんごくへおかへりにならうとつしやれば、仕方しかたがありませんが、わたくしけつして、其樣そん無法むほふことのぞみません、其他そのた手段しゆだんでは、到底とうてい今日けふ明日あすに、このしま出發しゆつぱつする方法てだてもありませんから、むをず、ある時期ときまでは、吾等われら一行いつかうともに、この絶島ぜつたう御滯在ごたいざいほかはありません。』
『それは覺悟かくごまへです。』とわたくしこたへて
『たゞ無用むようなる吾等われらが、いたづらに貴下等きからわずらはすのをうれふるのみです。』とかたると、大佐たいさいそそのげんさへぎ
『いや/\、わたくしかへつて、天外てんぐわい※里ばんり[#「一/力」、164-6]此樣こんしまから、何時いつまでも、君等きみら故郷こきようそらのぞませることなさけなくかんずるのです。』と嘆息たんそくしつゝ
『あゝ、此樣こんときに、せめてなみ江丸えまる無難ぶなんであつたらば。』と武村兵曹たけむらへいそうかほた。
なみ江丸えまるとは、れい反古はご新聞しんぶんしるされてつたで、はじめ、大佐たいさ一行いつかうこのしませて一大いちだい帆前船ほまへせん、あゝ、あのふねも、いまなにかの理由りいうで、この海岸かいがんにあらずなつたかと、わたくしまど硝子越がらすごしに海面かいめんながめると、星影ほしかげあわ波上はじやうには、一二そうさびうかんで小端艇せうたんていほかには、この大海原おほうなばらわたるともゆべき一艘いつそうふねもなかつた。
武村兵曹たけむらへいそううでんで
『さあ、うなるとしいことをした。なみ江丸えまるさへ無事ぶじであつたら、わたくしうまかぢをとつて、ぐに日本につぽんまでおくつてあげるのだが、此前このまへ大嵐おほあらしばんに、とうとういそ打上うちあげられて、めちや/\になつて仕舞しまつたから、今更いまさらなんといふても仕方しかたい。』とひつゝ少年せうねんむか
『だが、このしま仲々なか/\面白おもしろいよ、さかな澤山たんとれるし、獅子狩ししがり出來できるし、いまかへりたくくなるよ。』
大佐たいさ苦笑くせうしながら
たれが、此樣こんはなじま永住えいぢゆうのぞむものか。』とばかり、わたくしむか
しかし、何事なにごと天命てんめいです。けれどきみよ、けつして絶望ぜつぼうたまふな。吾等われら何時いつか、非常ひじやう幸福かうふくて、ふたゝ芙蓉ふようみねのぞこと出來できませう――イヤ確信くわくしんします、いまより三年さんねんのち屹度きつと其時そのときです。』と言放いひはなつて、英風えいふう颯々さつ/\逆浪げきらういわくだくる海邊かいへんの、ある方角ほうがくながめた。

    第十四回 海底かいてい造船所ざうせんじよ
大佐の後姿がチラリと見えた――獅子狩は眞平御免だ――猛犬稻妻秘密の話――屏風岩――物凄い跫音――鐵門の文字
 その翌朝よくてう日出雄少年ひでをせうねんわたくしとが目醒めざめたのは八すぎ[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、166-10]櫻木海軍大佐さくらぎかいぐんたいさは、武村兵曹たけむらへいそうをはじめ一隊いつたい水兵すいへい引卒ひきつれて、何處いづこへか出去いでさつたあとであつた。朝餉あさげはこんで料理方れうりかた水兵すいへいは、大佐たいさ外出ぐわいしゆつとき言傳ことづてだとて、ごとかたつた。
大佐たいさは、今朝けささだまれる職務しよくむまゐるが、昨夜さくや取紛とりまぎれてかたらず、今朝こんてう御睡眠中ごすいみんちうなれば、この水兵すいへいもつ申上もうしあげるが、この住家すみかの十ちやう以内いないなれば、何處いづくかるゝも御自由ごじいうなれど、その以外いぐわいは、猛獸まうじう毒蛇等どくじやとう危害きがいきわめておほければ、けつして足踏あしぶみしたまふな、大佐たいさ夕刻ゆふこくかへつて、ふたゝ御目おめにかゝるし。』との注意ちうゐわたくし少年せうねんも、今猶いまなほ十數日すうにち以來いらい疲勞つかれかんじてるので、其樣そんな高歩たかあるきする氣遣きづかひはないが、ましてこの注意ちうゐがあつたので、一層いつそうこゝろくばり、食後しよくごは、日記につきいたり、少年せうねん二人ふたりで、海岸かいがんいわうへからはてしなき大海原おほうなばらながめたり、いへうしろ椰子林やしばやしで、無暗むやみうるはしき果實くわじつたゝおとしたり、またはいへのこつてつた水兵すいへい案内あんないされて、荒磯あらいそのほとりで、海鼈うみがめつたりして、一日いちにちくらしてしまつた。
夕日ゆふひしづころ櫻木大佐さくらぎたいさ武村兵曹たけむらへいそうも、いたつかれてかへつてたが、終日しうじつ延氣のんきあそんだ吾等われら兩人りやうにんかほの、昨日きのふよりは餘程よほどすぐれてへるとて、大笑おほわらひであつた。この夜更よふけまで色々いろ/\快談くわいだん
翌朝よくあさわたくしはまだ大佐たいさ外出ぐわいしゆつまへだらうとおもつて、寢床ねどこはなれたのは六時ろくじごろであつたが、矢張やはり大佐等たいさらは、今少いますこまへいへたといふのち、また[#「抜」の「友」に代えて「ノ/友」、168-6]かつたりと、少年せうねん二人ふたりで、二階にかいまどつてながめると、此時このとき朝霧あさぎりるゝ海岸かいがん景色けしきこのいへこと數町すうちやう彼方かなたに、一帶いつたいわんがある、逆浪げきらうしろいわげきしてるが、その灣中わんちういわいわとが丁度ちやうど屏風びやうぶのやうに立廻たてまわして、自然しぜん坩※るつぼ[#「堝」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、168-9]かたちをなしてところ其處そこ大佐たいさ後姿うしろすがたがチラリとえた。
『あら、海軍かいぐん叔父おぢさんは、あのいわうしろかくれておしまいになつてよ。』と、日出雄少年ひでをせうねんいぶかしわたくしながめた。わたくし默然もくねんとして、なほ其處そこ見詰みつめてると、暫時しばらくしてその不思議ふしぎなる岩陰いわかげから、昨日きのふ一昨日おとゝひいた、てつひゞきおこつてた。
午前ごぜんすぎ[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、169-3]になると、武村兵曹たけむらへいそう一人ひとりヒヨツコリとかへつて
『サア、これから獅子狩しゝがりだ/\。』といさみすゝめるのを、わたくしやうやくこと押止おしとめたが、しからばこのしま御案内ごあんないをといふので、それから、やまだの、かはだの、たにそこだの、深林しんりんなかだの、岩石がんせきつるぎのやうに削立つゝたつて荒磯あらいそへんだのを、兵曹へいそう元氣げんきまかせて引廻ひきまはされたので、ひどつかれてしまつた。この遊歩いうほあひだ武村兵曹たけむらへいそうめいずるまゝに、始終しじゆう吾等われらまへになり、うしろになつて、あらかじ猛獸まうじう毒蛇どくじや危害きがいふせいでれた、一頭いつとう猛犬まうけんがあつた。稻妻いなづまといつて、櫻木大佐さくらぎたいさ秘藏ひぞういぬよしかたち犢牛こうしほど巨大おほきく、眞黒まつくろな、のキリヽと卷上まきあがつた、非常ひじやうたくましきいぬで、それがひど日出雄少年ひでをせうねんつて、始終しじゆう稻妻いなづまや/\。』と、一處いつしよになつて走廻はしりまわつてうちに、いつかなかがよくなつて、夕刻ゆふこくいへかへつたときも、稻妻いなづまこの可憐かれんなる少年せうねんたわむれつゝ、おもはず二階にかいまで驅上かけあがつて、武村兵曹たけむらへいそうほうき追出おひだされたほどで、日出雄少年ひでをせうねんこのいぬめに、晩餐ばんさん美味おいしい「ビフステーキ」を、其儘そのまゝまどからげてやつてしまつた。
さて、その翌日よくじつになると、日出雄少年ひでをせうねんは、稻妻いなづまといふよき朋友ともだち出來できたので、最早もはやわたくしそばにのみはらず、朝早あさはやくから戸外こぐわいでゝ、なみあをく、すなしろ海岸かいがんへんに、いぬ脊中せなかまたがつたり、くび抱着いだきついたりして、餘念よねんもなくたわむれてるので、わたくし一人ひとり室内しつない閉籠とぢこもつて、今朝けさ大佐たいさから依頼いらいされた、ある航海學かうかいがくほん飜譯ほんやくにかゝつて一日いちにちくらしてしまつた。この飜譯ほんやくは、仕事しごと餘暇よか水兵等すいへいら教授けふじゆためにと、大佐たいさ餘程よほど以前いぜんから着手ちやくしゆしてつたので、のこ五分ごぶんいちほどになつてつたのを、徒然つれ/″\なるまゝ、わたくし無理むり引受ひきうけたので、その飜譯ほんやくまつたをはつたころ大佐たいされいやうに、夕暮ゆふぐれ海岸かいがん一隊いつたい水兵すいへいともかへつてた。
昨夜さくやも、一昨夜いつさくやも、夕食ゆふしよくてゝのち部室へやまど開放あけはなして、うみからおくすゞしきかぜかれながら、さま/″\の雜談ざつだんふけるのがれいであつた。今宵こよひもおなじやうに、しろ窓掛まどかけゆるぐほとりに倚子ゐすならべたとき櫻木大佐さくらぎたいさ眞面目まじめわたくしむかつて。
今夜こんやあらたまつて、すこしおはなもうことがある。』とわたくしかほ凝視みつめた。
あらたまつてのはなしとは何事なにごとだらうと、わたくしにわかにかたちあらためると、大佐たいさ吸殘すひのこりの葉卷はまきをば、まど彼方かなたげやりて、しづかにくちひらいた。
柳川君やながはくんわたくしすぐ[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、171-12]黄乳樹わうにうじゆはやしへんで、はからずも君等きみら急難きふなんをおたすもうしたときから、左樣さうおもつてつたのです。まれにもひとべきはづのない此樣こんはなじまへ、偶然ぐうぜんとはいへ、昔馴染むかしなじみきみへたのは、まつたてんみちびきのやうなもので、これから數年間すうねんかんおないへに、おなつきながめてくらすやうな運命うんめいになつたのも、なにかの因縁いんねんでせう。わたくし一個ひとつ秘密ひみつがある、この秘密ひみつわたくしと、わたくし腹心ふくしんの三十七めい水兵すいへいと、帝國海軍ていこくかいぐん部内ぶない某々ぼう/\有司いうしほかには、たれつてものいのです、また、けつして、もらすまじき秘密ひみつですが、いまくなつておな境遇きやうぐうに、なが月日つきひくらあひだには、何時いつ君等きみらまへに、其事そのこと表顯あらはれずにはをはるまい。』ひかけて、大佐たいさしづかにまなこをあげ
きみわたくしんのためこのしまたか、いまなにしつゝあるやにいて、多少たせう御考察おかんがへはあるでせう。』
さてこそ、と、わたくし片唾かたづんだ。
おぼろながら、ある想像さうぞうえがいてります。』とこたへると、大佐たいさ打點頭うちうなづ
この秘密ひみつは、じつわたくし生命せいめいです。いま數年すうねんむかしきみ御記臆ごきをくですか、※(「さんずい+氣」、第4水準2-79-6)きせん甲板かんぱんで、わたくし奇妙きめうなるぎんじ、また、歐洲をうしう列國れつこく海軍力かいぐんりよく増加ぞうかと、我國わがくに現况げんけうとを比較ひかくして、とみより、機械學きかいがく進歩上しんぽじやうより、我國わがくに今日こんにちごとく、たゞ數艘すうそう軍艦ぐんかんおほくなつたくらいや、區々くゝたる軍器ぐんき製造せいぞうにも、おほ彼等かれらあと摸傚まねしてやうでは、到底とても東洋とうやう平和へいわ維持ゐぢし、すゝんで外交上ぐわいこうじやう一大いちだい權力けんりよくにぎこと覺束おぼつかない、一躍いちやくして、をううへに、べいうへに、くらいするやうになるには、こゝ一大いちだい决心けつしんえうする。すなは震天動地しんてんどうち軍事上ぐんじじやう大發明だいはつめいをなして、その發明はつめい軍機上ぐんきじやう大秘密だいひみつとして、我國わがくににのみひとりにあり、他邦たほうには到底とうているべからず、歐米をうべい諸國しよこくこれあるかぎりは、最早もはや日本につぽんむかつて不禮ぶれいくわふるからずとまで、戰慄せんりつ恐懼きやうくするほど大軍器だいぐんき發明はつめいえうするともうしたことを、かのときは、きみたん快哉くわいさいさけんだのみ、わたくしいつ希望きぼうとして、ふかむねそこひそめてつたが、其後そのご幾年月いくねんげつあひだ苦心くしん苦心くしんかさねた結果けつくわ一昨年いつさくねんの十一ぐわつ三十にちわたくし一艘いつそう大帆走船だいほまへせんに、おびたゞしき材料ざいれうと、卅七めい腹心ふくしん部下ぶかとを搭載のせて、はる/″\日本につぽんり、いまこの無人島むじんとうひそめてるのは、まつたく、かねくわだつる、軍事上ぐんじじやう一大いちだい發明はつめい着手ちやくしゆしてるのです――。左樣さよう不肖ふつゝかながら、この櫻木さくらぎ畢世ひつせいちからつくして、わが帝國海軍ていこくかいぐんめに、前代未聞ぜんだいみもんある有力いうりよくなる軍器ぐんき製造せいぞう着手ちやくしゆしてるのです。』
果然くわぜん! 果然くわぜん! とわたくしむねをどらせた。大佐たいさことばをつゞけ
此邊このへんことは、本國ほんごくでもひと風評うわさのぼり、きみにも幾分いくぶん御想像ごさうぞういたらうが、はたして如何いかなる發明はつめいであるかは、其物そのものまつた竣成しゆんせいするまでは、たれつてものはない、わたくし外國ぐわいこく軍事探偵ぐんじたんていや、其他そのた利己心りこしんおほ人々ひと/″\覬覦きゆから、完全くわんぜんその秘密ひみつたもたんがめに、みづか此樣こん孤島はなれじましのばせて、その製造せいぞうをもきわめて内密ないみつにして次第しだいだが――。』とひかけて、言葉ことば一段いちだんちから
『けれど柳川君やながはくんよ、きみ不思議ふしぎにも、てんみちびきのやうに、我等われら仲間なかまつてました。いま前後ぜんご事情じじやうよりかんがへ、またきみ人物じんぶつしんずるので、し、きみ確固くわくこたる約束やくそくがあるならば、今日こんにちおいて、この大秘密だいひみつを、きみ明言めいげんしてことの、むし得策とくさくなるをしんずるのです。』
『え、わたくしに、その大秘密だいひみつを――。』と、わたくし倚子ゐすから立上たちあがつた。大佐たいさ沈重ちんちやうなるこゑ
左樣さやうわたくしきみ確信くわくしんします、きみ我等われら同志どうしとして、永久えいきゆう秘密ひみつまもこと約束やくそくたまはゞ、誠心せいしんより三度みたびてんちかはれよ。』
わたくし猶豫ゆうよもなく、かたちかひてると、大佐たいさはツトおこしてわたくしにぎ
ちかひ形式けいしきです。けれど愛國あいこくじやうふかきみは、あやま[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、176-4]つてもこの秘密ひみつをば、無用むようひともらたまふな。』
だんじて/\、たとへこのくちびるかるゝとも。』とわたくし斷乎だんことしてこたへた。大佐たいさ微笑びせうびてわたくしかほながめた。さてその秘密ひみつ如何いかなるものにや、このはたゞちかひをはつて、詳密つまびらかなることは、明日めうにちその秘密ひみつひそめられたる塲所ばしよおいて、實物じつぶつついて、明白めいはくしめさるゝとのことこの其儘そのまゝ寢床ねどこよこたはつたが、いろ/\の想像さうぞうられて、深更しんこうまでゆめこと出來できなかつた。
人間にんげん勝手かつてなもので、わたくし前夜ぜんや夜半やはんまでねむられなかつたにかゝはらず、翌朝よくあ