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男聲(獨唱竝に合唱)
神
坐しき、
蒼空と共に高く、
み身
坐しき、
皇祖。

かなり我が
中空、
窮み無し
皇産靈、
いざ仰げ世のことごと、
天なるや
崇きみ
生を。
國
成りき、
綿津見の
潮と
稚く、
凝り
成しき、この
國土。

かなり我が
國生、
おぎろなし
天の
瓊鉾、
いざ聽けよそのこをろに、
大八洲騰るとよみを。
皇統や、
天照らす神の
御裔、
代々坐しき、
日向すでに。

かなり我が高千穗、
かぎりなし
千重の
波折、
いざ
祝げよ日の
直射す
海山のい照る
宮居を。
神
坐しき、
千五百秋瑞穗の國、
皇國ぞ豐葦原。

かなり我が
肇國
窮み無し
天つみ
業、
いざ
征たせ早や東へ、
光宅らせ
王澤を。
女聲(獨唱竝に合唱)
大和は國のまほろば、
たたなづく
青垣山。
東や國の
中央、
とりよろふ
青垣山。
美しと
誰ぞ
隱る、
誰ぞ
天降るその
磐船。
愛しよ
鹽土の
老翁、
きこえさせその
大和を。
大和はも
聽美し、
その
雲居思遙けし。
美しの
大和や、
美しの
大和や。
男聲女聲(獨唱竝に合唱)
その一
日はのぼる、旗雲の
豐の茜に、
いざ
御船出でませや、うまし
美々津を。
海凪ぎぬ、
陽炎の
東に立つと、
いざ行かせ、
照り
美しその
海道。
海凪ぎぬ、朝ぼらけ
潮もかなひぬ、
艪舳接ぎ、
大御船、
御船出今ぞ。
その二
あな
清明け、
神倭磐余彦、その
命や、
あな
映ゆし、もろもろの
皇子たちや、その
皇兄や。
行でませや、おほらかに
大御軍、
まだ
蒙し、
遙けきは
鴻荒に
屬へり。
慶を
皇祖かく
積みましき、
正しきを年のむた
養ひましぬ。
神柄や、
幾萬、
年經りましき、
暉や、かつ
重ね、
代々坐しましぬ。
和み
靈、また
和せ、ただに
安らと、
荒み
靈、まつろはぬいざことむけむ。
大御稜威い
照らすと
御船出成りぬ、
日の
皇子や、
御鉾とり、かく
起ちましぬ。
その三
日はのぼる、旗雲の照りの
茜を、
いざ御船、出でませや、
明き
日向を。
海凪ぎぬ、
滿潮のゆたのたゆたに、
いざ行かせ、照り
美しその
海道。
海凪ぎぬ、朝ぼらけ
潮もかなひぬ、
艫舳接ぎ、
大御船、
御船出今ぞ。
男聲(獨唱竝に合唱)
その一
御船出ぞ、
大御船出、
御伴船擧りさもらへ、
御伴びと
擧り仰げや。
搖りとよめ
科戸の風と
聲放て、東に向きて。
大御船眞棍繁ぬき、
照りわたる
御弓の
弭、
あな
清明け、神にします、
あな
眩ゆ、
皇子にします。
はろばろや
大海原、
涯なしや
青水沫、
搖りとよめ大き
國民、
大君に、
この神に、
讚へ
言、
壽詞申せや。
その二
荒海の、
荒海の潮の
八百道の、
八潮道の、
潮の
八百會に、ハレヤ、
とどろ
坐す
速開津姫に、
朝開、朝のみ霧の
遠白に、
末鎭み
鎭まらせ、
み眼すがすがと
笑ませとぞ、
きこしめせと申さく
み
船謠。
その三
い
ヤァハレ
海原や青海原。
ヤァハレ
青雲やそのそぎ
立、
その
極み、こをば。
我が海と
大君宣らす、
我が
空と
皇孫領らす。
ろ
ヤァハレ
潮
のとどまるかぎり、
舟の
舳の行き行くきはみ。
ヤァハレ
島かけて、
八十嶋かけて、
大海に舟滿ちつづけて。
見はるかし
大君宣らす、
四方つ海
皇孫領らす。
は
ヤァハレ
國土や、
大國土。
ヤァハレ
國の
壁そのそぎ
立、
その極み、こをば。
我が國と
大君宣らす、
我が土と
皇孫領らす。
に
ヤァハレ
青雲のそぎ立つきはみ、
白雲の
向伏すかぎり。
ヤァハレ
谷蟆のさわたるきはみ、
馬の爪とどまるかぎり。
見はるかし、
大君宣らす、
四方つ國
皇孫領らす。
ほ
ヤ
狹の國は廣くと、
ヤ
嶮し國
平らけくや。
ヤ
遠き國は
綱うち掛け、
もそろよと、
もそろと、
國引くと、引き寄すと。
あなおほら、
大君宣らす、
あなをかし
目翳しおはす。
善しや、
善しや、
彌榮。
とどろとどろ、
彌榮。
その一
男聲獨唱
海原や青海原、
海道の
導や、早や
槁根津日子、
速吸の
水門になも、その
珍彦。
童聲或は女聲合唱(童ぶり)
龜の甲に搖られて、
潮の瀬に搖られて、
かぶりかうぶり海の子、
棹やらな、附いまゐれ、
波かぶりかぶるに、
み船へと移らせ、
名をのれ早や早や、
み船へまゐ出るは
臣ぞとそれまをす。
國つ神と這ひこごむ。
潮みづく國つ神、
海豚の眼見よな、
遠眼、鋭眼、慧しな、
羽ぶり羽ぶりおもしろ。
その二
男聲女聲(交互に唱和竝に合唱)
菟狹はよ、さす
潮の
水上、
豐國の
行宮。
ああはれ
足一騰宮とよ、
行宮。
足一騰宮は、
行宮と
青の岩根に
一柱坐す。
足一騰宮に
參出ると、
大わたの龜や、川のぼり
來る。
足一騰宮の
大御饗、
誰が
獻る、はるか雲居に。
足一騰宮は
菟狹津彦、
朝さもらふ、
夕さもらふ。
足一騰宮は
湍の
上や、
足一つ
騰り、雲の
邊に
坐す。
ええしや、をしや、
ええしや、をしや。
その一
男聲女聲(交互に唱和竝に合唱)
かがなべて、日を
夜を、
海原渡り、
かがなべて、
將た歳を、宮
遷らしき。
ああはれ、その
幾歳、
ああはれ、その行き行き。
年ごとに、
御伴船、いや
數殖えぬ、
つぎつぎに、
御從びと、またいや増しぬ。
ああはれ、また
春秋、
ああはれ、そが
海山。
その二
月の
端や、
足一騰宮、
一年や、
筑紫の
崗田の宮。
多祁理とも、
阿岐の
埃の宮、
たづたづや、
七年や。あはれ。
吉備にして、また
八年、高嶋の宮、
大和はも遠しとよ、高千穗よ遙けしと。
その三
かがなべて、日を
夜を、
海原渡り、
かがなべて、
將た
歳を、宮遷らしき。
ああはれ、その
幾歳、
ああはれ、その行き行き。
滿ち滿つや、み
蓄、早やかく成りぬ、
天の
下ことむけむ、
秋今成りぬ。
ああはれ、えしや、
ああはれ、今ぞ
秋や。
その一
男聲(獨唱竝に合唱)
青雲の
白肩の
津、その津に、
雄たけびぞ今あがる、
御船泊てぬ。
いざのぼれ
大御軍、
いざ奮へ
丈夫の
伴。
浪速の
邊に騷ぐ
味鳧や、その
渚を、
追ひ押しに押しのぼり、み
楯竝めぬ。
いざのぼれ
大御軍、
いざ奮へ
丈夫の
伴。
その二
日下江の
蓼津、その津に、
雄たけびぞ今あがる、
大御軍。
いざのぼれ、大和は近し、
いざ奮へ
丈夫の
伴。
浪速の
潮なし
遡ると、
我が行かば何はばむ、
長髓彦。
いざのぼれ、大和は近し、
いざ奮へ
丈夫の
伴。
男聲女聲(獨唱齊唱竝に合唱)
神
坐しき、
蒼雲の
上に高く、
高千穗や
觸峯。

かなりその
肇國、
窮みなし
天つみ
業、
いざ仰げ
大御言を、
畏きや
清の
御鏡。
國ありき、綿津見の
潮と
稚く、
光宅らし、
四方の
中央。

かなりその
國生、
かぎりなし天つ
日嗣、
いざ繼がせ
言依さすもの、
勾玉とにほひ
綴らせ。
道ありき、
古もかくぞ響きて、
つらぬくや、この
天地。

かなりその
神性、
おぎろなしみ
劍よ
太刀、
いざ討たせまつろはぬもの、
ひたに
討ち、しかも
和せや。
雲蒼し、
神さぶと
彌とこしへ、
照り
美し我が
山河。

かなりその
國柄、
動ぎなし底つ
磐根、
いざ起たせ
天皇、
神倭磐余彦命。
神と
坐す
大稜威高領らせば、
八紘一つ
宇とぞ。

かなりその
肇國
涯も無し
天つみ
業、
いざ
領らせ
大和ここに、
雄たけびぞ、
彌榮を我等。
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枯山の卷
をを、をを、
をを。
神ぞ
居れ、
喚び哭く
冥き神、
神性や、
霹靂と
猛猛し、ひと柱、
しや、
須佐之男命、
建須佐之男、
速須佐之男、
ひたぶるや、
益良神と
暴ぶる
荒御魂の
大童
雄叫び、
泣きいさち、
鞴踏み、
蹴ゑはららかすや、
纒き、放つ
湯津爪櫛、
美豆良振り亂り、
拳たたき、
掻い垂らす、
胸前や
振り分つ
八握髭、
鳴りとよむ
御統の
御珠、頸珠、
手纒、
釧や、
ゆらかす足玉の緒もゆらに
搖り立て、
搖り
荒べば、
凄まじ、この生み
終の神、
さながらや、
海阪の
昂騰
押し移る
神立雲、
早手風、飛ぶ
電光、
とどろ立つ
蒼の

、
閃めく
掻爪の
焦ちを、卷き
崩れて
覆す
鱗魚の大降り雨、
かく歎けば、
かく
哭き
喚べば、
泣き
腐し、泣き
噪れば、
うち
冥む世のことごと、
降り
腐すそのことごと、
海河も泣き涸らすと、
しとど垂る
長霖雨や、ああ、
光無し、時無し雨、
日も無し、
夜はも無し、
ただ
戀し、
妣の國、
ただ遠し、
根の
堅洲國、
鬱にただ、
鬱に泣き
隱りぬ。
をを、をを、
をを。
神ぞ居れ、
喚び
哭く
冥き神、
おどろしき
神性の、
ひたぶるの
人性の、
しゑや、
縱しや、善き惡しき、
ただ歎く
暴風雨の神、
霧立つや八雲立つ
出雲の子ら、
大族、
國造の
祖先神、
しや、
建速須佐之男命、
この命ぞ、
秀に見る空のさきざき、
眼に見る國のまほろば、
たたなづく青垣山は
青山の
石根、木の立、
神弱り、泣き
腐すと、
神さぶと、枯山と泣き枯らすと、
息長の
息嘯の風と
雨呼ばひ、
哭き
喚び、泣き
隱れば、
日を
竝べて、
夜を
竝べて、かく歎けば、
鬱にただ
鬱に
冥む。
かくなれば、世の神神、
をを、神神、
清明けき、ひとしほに
和御魂、
顯らけく、
美くしき、
常そよぎ、
奇ふる神、
山と
野の
精靈、
大山津見、
鹿屋野比賣二柱の神、
そが持ち分けて生みませる神、
もろもろの生きの
産巣、
大地の
草分、木の神
久久野智神、
末ずゑの
岐れの神、
澄みわたる
神境や、
齋槻、
湯津眞椿、
葉廣熊白樹、
嚴橿や、
白檮や、
處女檀、
ああ、
黒檜、雲
懸るさるをがせ、
雪の
上の白樺や、
水上の石楠の神、
柊や、ひらきそよご、
繁み立つ
馬醉木、黒木、
磐村の犬大羊齒、
沼邊には
茅萱、葦、髮がやつり。
もろもろの鏡葉や、
霞針、
纖き葉の神、
落葉木や、
若萠の光る木の芽、
花
隱る
杪
。
そを何ぞ、泣き枯らすもの、
日に奪ひ、夜に奪ひ、雨ふらせば、
ありとある
立のことごと、
ありとある色のことごと、
勢無し、
臥り
撓むと、
すべしなし、立ちも滅ぶと、
水の
氣盡き、
素力盡き、
ああはや、匂失せぬ。
をを、をを、
をを。
神ぞ
居れ、
喚び
哭く、
冥き神、
しや、
童、
速須佐之男、
大天や高天原、
日は
治らせ、
大日
貴、
さもこそや
夜之食國、
夜は
治らせ、月よ
月讀、
海原、
吾はえ
治らさじ、
言依させ、
吾は聽かじ、
神柄ぞ、
暴ぶる神、
膽太の
眦裂くと、
言擧ぐと、泣きいさち、
抗ふと、おぞえ吼え立つ。
かく、吼え立てば、
大海よ、
滄海原、
引き引きに
歪み
退き、
潮干るや、干潟泡立ち、
沸き立つや、
蠍なすもの、
菊石なす、
鰻なすもの、
鰓の
怪や、飛ぶ
翼の
龍、
八劍の蜥蜴草食み、
始祖鳥荒き齒に
咋ふ。
青水泥ひどらが沼、
蟠るぬめり
蟒、
憚らず
曠野巨牛、
畏るなし
禍つ狼。
をを、をを、をを、
かく經れば、降りつづく雨をもちて、
蛆沸き、

れ、
蒼蠅なす神神のおとなひ、
萬づ
四方つ神の災、
高津鳥の災、
昆ふ蟲の災、
脂なす、
逆吐き、
嘔吐り、
生み、
殺め、疼き、
呻ぶ
もろもろの
邪、
曲り、朽ち、
饐え、死ぬる物の
穢、
常無く、火の氣無く、
耀かず、
祓ひ了へず、
下心澱み、
清まず、
障り、
嚔り、
瘧り
障り、
※[#「くさかんむり/歛」、U+861D、371-4]しく、
焦だたしく、
苦しく、息づかしく、
瘡病、掻き
淫ると、
醜つ神、追ひ挑むと、
ことごとや世のことごと、
堰きたぎち、
泣き、言問ひ、
擧り泣き、泣きなづみて、
ああはや事起りぬ。
をを、をを、
をを。
神ぞ
居れ、
喚び
哭く、
冥き神、
果しなし、泣きいさつと、
海岸や
上高岸、
巖窟なす岩戸、
沙面、
腹這ふ
大海膽の
紅殼や、
生死殼、
錆釘のここだくの釘
その根、
幹疎にうち埋めて、
開き葉の高張りや、
大葉蘇鐵、
をを、をを、
をを、
滴るや
長雨しづき、
水松布なす
美豆良雫き、
苔むすや、
股、
臂、
細螺と
珠い這ひ、
疊菰
褌破れ裂け、
小鈴落ち、
脚結紐解け、
はららぐと、その
短裳、
空見ず、ただ歎けば、
海見ず、ただ歎けば、
しや、
伊邪那岐大神、
埓も無し、
建須佐之男、
汝、
言依さす國は
治らさず、
何もかも泣きいさちる。
父の
御神詔りたまへば、
伊邪那美よ、
僕が母、
妣坐せば、
根の
堅洲國、
僕は
戀し、
罷りゆかずば、
ただ
哭くと泣く。
ゑや、愚かや、
な住みそ、さば、此の國原、
行け、
罷れ、
神柄ぞ、もとな
流浪へ、
神やらひやらひたまふと、
ああはれ、
建須佐之男、
眼も
白み、追ひやらはれ、
泣き涸らし、はた、
嗤ひぬ。
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戰爭畫報を見て
ひた疲れ、ああ、このごと
路の
端にねむる人、
命なり、赤き
陽に、
こんこんとうち伏しぬ。
正しきはまじろがず
天地に
面ふらず、
戰士、
守護神、
身をさらし、
髭も
凍る。
なべて見よ、この姿、
晝も
夜もここに無し、
祖國のみ、民族の
血と肉と、一つのみ。
まつろはず、
信なき
滿蒙のかの匪賊。
憤る、憤るもの、
力なり、ためらはず。
戰へば勝つ人も
眠る
間無し、
小床無し、
せめて今、
銃叉むと
ひきかぶるものも無し。
涙せよ、この姿、
晝も
夜もここに無し。
ここにあり、土のうへ、
ひたぶるにねむる人。
しづかなり夏空、
軍の
眞上、
畏ろしく形無きもの
風をはらむつかのま。
敵なりや、
稚き
將た
生物、
現れ、また現れ、
視野は
透る。
響無し、聲も無し、
氣息のみ
輝やかし時秒のみ
滿ち、いきるる
ひたおもて、
黄の
土。
軍はあり、草をかつぎ
山のごとしづもる戰車、
睛眼にひたと向ひ、
未だ放たず。
そのはじめ、
天地
創られて
新に、
俟つありき、何ごとかの
一の動き。
どとと射つ我か、彼か、
このたまゆら、
勝つ者の正しき狙ひ
神のみぞ知ろしめすらむ。
陰はあり
巨き戰車、
据われり休らひのあひだ、
道のべ、
響なす
蒼蠅のみ
集り
集る。
ねぶたし、ただ
疲れはてて、
空も無し、仇も無し、
戰、
小止み。
命なり、張り滿つる
五日、
六日、
夜も無し、朝も無し、
飮まず、食はず。
我射ちぬ、彼射ちぬ、
しかも大暑、
何ごとのしらすぞとも
知らず、射ちぬ。
強しとも弱しとも
誰か
分かむ。
ねぶたし、ただに
瞼の
重く垂り
來。
もぐりて、深くもぐりて、
兵なり、我ら、ねむる。
戰車よ、鐵の戰車、
しばしを、
ああ、しばしを光蔽へ。
ねぶたし、
ただに眠ると、
何も無し、我も無し、
ひた土に
額押しあて。
眞晝ぞ、ただ
虚しき。
饑ゑたりや、饑うるともいざ、
生きむとも死なむとも
將た思はず。
ねぶたし、ただねぶくて
早や
識らず
戰も、
彈丸も
ねぶたし、眠らしめて
つかのま母の聲聽かしめ。
突撃、
突撃するもの、
突くなり、突きまくり、
ひた刺し、刺しつらぬき、
銃床
逆手もろに
飛び入り、はたきのめし、
はたくや、たたき斃す、
これのみ、ただこれのみ。
突撃、
突撃するもの、
ひたぶる、ひたぶるなり、
生死無し、
邪無し、
戰ひ、戰ひ
恍れ、
突き刺し、たたき斃し、
聲のみ、息あるのみ、
我あり、跳ぶあるのみ。
突撃、
突撃する時、
ただ見る、命ある、醜き、
顏ゆがめ、
眼ひらき、
恐れに、
膽へし消え、
わななき、わななくもの。
敵なりや、彼なりや、
將た知らず、
斃れに、ただ斃れぬ。
響きて、
ひと斃れぬ。
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遠州濱名郡白須賀
白須賀は昔の
宿、
ただ白し、ものさびて、
その
蔀、はひり戸、
なべてみな同じ障子。
ただわびし、
軒竝の
同じ型、
出で、はひる人すらや、
同じ影。
音も無し、なにひとつ、
埃づくものも無し。
草屋のみ、
弱き日あたりたる。
いづこぞ遠江灘、
潮見坂ほどちかくて、
薄ら曇る低き空を
風も來ず。
冬ながら、その
屯。
ほのなごむ家がまへ、
ここ過ぎて、きびしとも、
おもほえず、寒しとも。
白須賀は舊街道、
朱の
鷄冠ふりたてて
軍鷄の
居れども。
そは暮のひとあかりのみ。
明治神宮西參道
幽けさや、この日なかの
邃き木の
木しづく。
開けよ、聲を
雉子、
外の霞に。
たふとさや、神苑の
光る
陽の
橿若葉、
閑けさや、
黝み
闌くる
こもごもの青と緑。
とどめじ、塵ひとつ、
玉の砂敷きならして、
清々し、參道の
うねる
徑、こを行かばや。
芝生や、緩るきなだり、
寶物殿、
白きは
隱る夏の
花のえご、香の
一本。
よく觀よ、
和み
靈に
吾が
幼子、
龜の子の搖る影を、
鰭、さざなみ。
しづもれよ、
晝間嵐、
現ながら、
ほのぼのと雲は立ち、
神と人
息吹きかよふ。
清明けさや、この雪、
ふりおける雪につみ、
木々につみ、
燈籠にしろくつみぬ。
神垣や、このあした、
石走る水の音の
うちひびき、
氷柱みな新なり、日の光に。
この雪に跡つくる、
兎なり、跳び跳びて。
すがしきは笹の芽
食む
毛の
柔もの、
幼し。
滿ち滿つ
忝さ、
何事も
畏くて、
息づきぬ、
國の
秀の山高きに。
神ながら、この道に
ああ我や言ふすべなし、
大皇子の
生れまして
春まさに雲ぞ
騰る。
拍手、
拍手ぞ、ただ。
清しきは雪に立つもの、
白樺の林よ、げに
しろき
木肌、
そは
眞處女。
幽けさよ、雪の
溪に
直立ち、ほそき幹の
雪よりも光帶びて。
日は曇り、しろき眞晝、
聲も無し、このかがやき、
風も無し、色ひといろ。
閑けさよ、興安嶺、
ひえびえとけむる梢、
鷹すらも一羽飛ばす。
何すとか、ここに住む
白系露西亞、
貧しきは
淨らかに

ひらきて。
白夜ともほのあかる
空ひととき、
白樺の林よ、げに
光る神々。
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丸彫に我を
彫る。
この眼の
刄。
丸彫のこの木彫
細かくも、
素に荒くも。
丸彫のこのもしさ
我彫らむ、みづからを皆。
丸彫のてづつなさ、
觸れつつも、この己れ。
丸彫よ、息つめて、
息かけて、いとほしと。
丸彫のうるはしさ、
こを見よと我思ふ。
丸彫に
刻むもの、
我ならず、何かある。
丸彫に
彫りあげて、
その白き手に獻げまし。
ふるさとや、わが母の
この山の手、
昔見しさながらを
ただしづかに。
闌けたり
櫨若葉、
池も見えて、
壁赤き山の
家の
ひとつふたつ。
築石や、棚畑や、
ふかき晝を
日の照り、
時うつる、この
片岨。
影はあり、獨
佇つ
よき
童、
おもざし、我かとも、
いま見上げつ。
鷽鳥よいづくにか
鳴き、くくみて、
色、匂、さまわかず、
風なるか、空なるかも。
北の
關、南の
關、
この道の手、
我は見る、我が
昨日の
をさなごころ。
色はあり、聲にのみ、
こさめひたき、
雫のみこまかなる
この朝あけ。
花はあり、影にのみ、
ひとりしづか、
香ひのみ寂びたもつ
杉よ檜。
巣は
懸る、高くのみ、
ウメノキゴケ、
氣色のみ、
母鳥や
姿、
羽ぶり。
現あり、しろくのみ
濡るる光、
卵のみ、おそらくは
四つか
五つ。
色はあり、聲にのみ、
こさめひたき、
雫よ雫よと、
ただ幽かに。
もの
憂さや、
老酒や、
瓜子[#ルビの「クエチイ」は底本では「グエチイ」]はとり食めども、
にほひなし、晝はまだ
彩燈の切子硝子。
空なりや、
雲に行く日のまぼろし、
ゆゑわかず、うつつなし、
女童は言問へども。
梅雨ぐもり
影にのみ、

たけて、
低くのみ
烏秋の飛びたわむと。
濡れがちや、
朱の
寂びや、
反り
棟の
碾瓦、
赤嵌樓。
瓜子、
瓜子は眼の下の
小さ
黒子
齒にあてつつ、
齒にあてつつ、
愚しく美しく時は過ぎぬ。
註。瓜子(西瓜のたね)烏秋(臺灣烏)
赤嵌樓(蘭人の所謂プロヒレンチヤ城なり)
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飛ぶ
禽としも、幽かだに
思ひかけずておろかさよ、
こずゑの雪に
鴛鴦の
たつる
羽音を觀しや君。
雪のおもてに白鷺の
影ほの青き春の晝、
現はそよぐ風さきに
彳むもののせつなさよ。
月に觀し
夜の色ならで
氷は薄し水のうへ、
つかれば泛ぶ羽ながら
あまりにしろし我が千鳥。
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天地の
闢けしはじめ、成りませる神々
神々を、
(
讚へまつれ、いざや。)
天照らす
大御神、
皇祖、
皇祖かくぞ、
(
讚へまつれ、いざや。)
言依さす
中つ
國、
大八洲この
國土、
(讚へまつれ、いざや。)
天壤と
窮みなき、
天津日嗣、ここに
(讚へまつれ、いざや。)
げに
宇とおほひます
八紘、
陸を海を。
(讚へまつれ、いざや。)
大きなり、彌榮や、天つ
御業、
げに
崇し、はや
和す
大御軍。
(讚へまつれ、いざや。)
おお、今ぞ、大やまと、雲居
騰り、
おお、今ぞ、大き御代、照りわたらせ。
(讚へまつれ、いざや。)
(讚へまつれ、いざや。)
種子ありき、
神産び玉と
凝るもの、
かく
在りき、在りて生き、
香は
蘊みぬ。
土なるや、
大き
陸蒙古の底ひふかく、
隱らひぬ、
鑛と
巖との
隙埋もれ。
時ありき、日も知らず、星も
別かず、
ただ在りき、かく在りて
千五百萬の歳。
驚けよ、この命、
靈びに若し、
讚めあげよ、かく
古りてかく
全けし。
世々ありき、人は興り、地に滿ち滿ちき。
國興り、
將た滅び、また
代々ありき。
霾るや、
黄なる
沙、嵐と
哮び、
漲るや、
洪き水、
天傾ぶけぬ。
なほ在りき、生きの
芽の
命薫すと、
俟つありき、つひに
來むそが
黎明。
海を越え、空を
蔽ひ、とどろ來るもの、
地響や、
音爆ぜて
翼搏つもの。
誰ならず、日の
御裔、
久米大伴が
後、
神々の我が
跫音、
大御軍。
俟つありき、大き
陸、今かがやけり、
さ緑や、はてしなくよみがへるもの。
種子ありき、
神産び
玉と
照るもの、
命なり、
息づくと
芽ぶきそめぬ。
聞け大陸の
黎明に響くは何ぞ嚠喨と、
とどろと進む
地響の敢て押し行く
勢を。
海を越えたる百萬の
大御軍の雄叫びは
旗雲高くさしのぼる日にこそ勇めまのあたり。
沙漠の嵐吹き
荒ぶ北は
蒙古、
滿洲里亞、
見よ、長城の嶮にして八達嶺は雲
鎭む。
天より來る大黄河、長江の水さかしまに、
ひた攻めのぼる
兵の
勝鬨すでに年
經りぬ。
神助の凪に
艦泊てて月落ちかかるバイヤス灣、
椰子の葉蔭に枕ぎて夢むは誰ぞ海南島。
ああ
南の
潮黒く、呼べば
應へむ波の涯、
俟つある民の歡びに結びて誓ふ共榮圈。
思へ、とどろく
跫音に
大御軍の
征くところ、
物ことごとくよみがへり、
茜さす日ぞ
照り
滿たむ。
大いなり、今にして
現人神、かく
坐せば、
かぎりなき
大御稜威[#ルビの「おほみいつ」は底本では「おほみいづ」]かくあらせば。
(
彌榮や、
八紘一つ
宇と
彌榮や、大き
亞細亞、南の海。)
新なり、早や目覺め、湧きあがるもの、
どよめきは
天に滿ち
地に滿ちぬ。
(彌榮や、この大き朝とどろき。
彌榮や、この大き朝とどろき。)
天雲のあをくたなびく大き
陸
かく
古も
和したまひき。
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聲はあがる、
彌榮、
とどろきはいやあがる、
彌榮とぞ。
大君は神にし
坐す、
大御稜威神とし
坐す。
畏きや
天つ
日嗣、
幾足日、
幾千歳しろしめす。
青雲や、
肇國や、大やまと、
神倭磐余彦天皇。
かく
宣らし、かく
坐しき
天皇、
八紘宇よげに、一つ
宇と。
聲はあがる、
彌榮、
とどろきはいやあがる、
彌榮とぞ。
現神今にし
坐す、
大御稜威日のごと
坐す。
ただ
明し
天つみ
業、
押し照るや大き
陸、南の海。
おほらかや、大み
言かのごと
坐す、
八紘げに
宇と、一つ
宇と。
祝ぎまつれ、大やまと。
皇國、
仰げいざ、けふこの日、大み
軍。
聲はあがる、
彌榮、
とどろきはいやあがる、
彌榮とぞ。
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盛りあがる
盛りあがる國民の意志と感動とを以て、盛りあがる盛りあがる民族の血と肉とを以て、個の十の百の千の萬の億の底力を以て、今だ今だ今こそは祝はう。紀元二千六百年、ああ遂にこの日が來たのだ。
蕩々たる空、
藹々たる土、洋々たる海。和風おのづからにして、麗光十方に
布く。日の天にあるかくのごとく、民の仰いで
霑ふかくのごとく、悠久二千六百年、祝典の今日が來たのだ。
ラヂオは傳へる式殿の
森嚴を、目もあやなる
幢幡、銀の
鉾射光の
珠を。
嚠喨と鳴りわたる君が代の
喇叭。
金屏の前に立たします。
聖天子、澄みに澄みとほる靈氣、聲ひとつせぬ五萬の呼吸、
崇高なるこのひと時。靴音である。畏みに畏む總理大臣の靴音がする。奉る朗々たる
壽詞。湧きあがる湧きあがる 天皇陛下萬歳。
皇禮砲はとゞろきわたつた。帝都は彩光に輝き、港灣は滿艦飾した。宮をあげての
簫篳篥、
浦安の
舞。國をあげての日章旗、
神輿、群衆。祝祭は氾濫し、ああ熱情は爆發した。轟けと、轟けとばかりに叫ぶ大日本帝國萬歳。
光あれ、輝きあれ、大日本。神國日本の姿はここにある。仰げよ萬世一系の皇統、
巍々たる
皇謨は無限に
坐す。ああ、八
紘一
宇、
肇國の
青雲は頭上にある。
かの正しきを養ひ、
暉を重ね、
慶を積む。皇祖皇宗はこの徳に
坐し、神ながら道に
蒼古に、あやに畏き高千穗の聖火は今に燃え
繼いで盡くるを知らぬ。(火だ、まさしく民族の祭典の火だ。)思へ、
天業恢弘の
黎明、鎭みに鎭む底つ
岩根の上に
宮柱太しき立てた
橿原の
高御座を、人皇第一代
神倭磐余彦の
天皇を、ああ、
大和は國のまほろば、とりよろふ
青垣、
鵄は舞ひ、朗かにおほらかに草も木も
言祝ぎ
謳つた。
ああ、我が民族の清明心、正大、忠烈、武勇、風雅、廉潔の諸徳。精神は一貫する。傳統は山河と交響し、臣節は國土に
根生ふ。大義の國日本、日本に光榮あれ。
展け。世紀は轉換する。躍進更に躍進する。興隆日本の正しい
相、この體制に信念あれ。
いにしへ、
仇なすは討ちてしやみ、まつろはぬことむけ
和した。砲煙のとどろき、爆彈の炸烈する、もとより聖業の完遂にある。
大皇軍の
征くところ必ず宣撫の
恩澤がある。げにや
隈なく御稜威は光被する。鵬翼萬里、北を
被ひ、大陸を
裏み、南へ更に南へ
伸びる。曠古未曾有の東亞共榮圈、ああ、盟主日本。
盛りあがる
盛りあがる國民の意志と感動とを以て、盛りあがる盛りあがる民族の血と肉とを以て、今だ今だ今こそは三唱しよう。聖壽の萬歳を、皇國の萬歳を。紀元二千六百年の今日、祝典は氾濫する。
熱閙は光と
騰る。進め一億、とどろく皇禮砲の
下より進め。大政翼贊の大行進を始め。行けよ皇國の
盛大へ向つて、世界の新秩序へ向つて、人類の
福祉に萬邦の融和に向つて。一齊にとどろかす
跫音を以て、個の十の百の千の萬の億の、靜かな底力を以て。
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『新頌』は紀元二千六百年記念として最近に刊行された。創作年月は『海豹と雲』以後、今日に及んでゐる。
詩風は『海豹と雲』の延長であり、概ね蒼古調である。私は曾てかう思惟した。
「古代の膽を捉へることは、あながち古語死語を漁ることではない。生々躍動した古代感情のリズムをこそ素手に捉へることである」と。
この所念よりして、この神ながらの道に立ち、かの蒼古に溯つて之を求めようとしたのである。而も現代の感覺を以て。
私はここに於て、これまでの全詩集を、この中の交聲曲詩篇「海道東征」に總括し、我が大成を所期した。この「海道東征」こそは、紀元二千六百年頌として日本文化中央聯盟の囑に應じて成した記念作であり、日本民族の物せる國民詩曲として、また信時潔氏の作曲と相俟つて、革正の先聲を掲げたものと信じ得る。この交聲曲は東京音樂學校の演奏により五百人の合唱を以て公開せられ、ビクターに於てまた十二吋盤八枚にわたり吹き込まれた。さうして英獨の譯詩と共に、世界の樂匠たちにその寄するところになる祝典樂曲の返禮として海外へ贈られ、また放送せらるることになつた。望外の幸である。因みにこの詩篇は神武天皇讚歌三部作の中の一つである。
「建速須佐之男命」の自由體長篇は、古事記を現代の感覺と角度とを以て新に解釋しようとした計畫の中の一試作であり、その一部である。私は同じくこの道を溯り、かの蒼雲を我が蒼雲と戴くであらう。
海豹と雲 初版 昭和四年八月 アルス版(絶版)
白秋全集第四卷 詩集

昭和六年一月 アルス阪(絶版)