高知県高岡郡の奥の越知と云う山村に、樽の滝と云う数十丈の
その滝の在る山を南に越えた処に篠原と云う農家があった。何時の比の事であったか年代ははっきりと判らないが、しかし、あまり古いことではないらしい。その篠原の主人になる男は非常に鉄砲が上手で、農業の片手間には何時も山から山を渉って獣を狩っている。
篠原の主人は思い通り蛇が打てたので、大に喜んでやはり猟師仲間の親類の男を呼んで来て、それに手伝ってもらって皮を剥ぎ、それを持って帰って
「こいつは雄じゃ、彼処には雄と雌の二つおるから、そのうちに雌もとるつもりじゃ」などとも云った。
その夜篠原の主人は、隣家の者を三四人呼んで酒を飲んでいた。そのうちには皮剥ぎを手伝ってもらった親類の男もいた。一座の話は蛇を打った話で持ちきっていた。
「何しろ、話には聞いておったが、見たことは初めてだ」
と、一人が云うと、
「こりゃあ、孫子への話の種じゃよ」とまた一人が云った。
「そんなに大きくはないと思うて、往ってみると瀑壺に一ぱいになっておったから驚いたよ」と、云ったのは彼の親類の男であった。
篠原の主人はにこにこして
「やっぱりあんな魔物を打つには、此処な親爺じゃないと打てないよ」と、親類の男が云った。
「そうとも、此処な親爺は、どしょう骨がすわっておるからな」と、一人の男が云って篠原の主人の顔を見た。
「はははは」篠原の主人は盃を持ったなりに対手の男を見かえしたところで、眼の前に黒い閃きがするように思ったが、忽ち
もう酒どころではなかった。人びとは起ちあがって主人を介抱しようとした。主人は寄って来る人びとの手を払い除けて、
「あれ、あれ、あれ」と、云って室の中をのたうって廻った。
人びとの顔には恐怖がのぼっていた。主人は仰向けになったり俯向けになったりして
「あれ、あれ、あれ、あれ」
そして、やっと悶掻をやめた主人を寝床に入れた隣家の者は、家内の者に別れを告げて庭におりたが、主人の怪異を見て恐れているので
不意に庭の樹の枝に風の吹く音が聞えた。人びとは恐れて中には眼をつむる者もあった。風ははらはらと人びとの
この時蛇の皮をかけてある処が急にうっすらと明るくなって、朧の月の光が射したように見えたが、やがて真紅な二条の蛇の舌のような炎がきらきらと光った。と、その光がめらめらと燃え拡がって、蛇の皮がはっきりと見える間もなく、それが全身火になってふうわりと空に浮び、雲のように飛んで篠原家の屋根に往った。人びとは其処へ衝き坐ってわなわなと顫えた。
篠原家はみるみる猛火に包まれて、空を染めて炎々と燃えあがったが、やがてその火は半ばから上が円々とした一団の火の玉となって、樽の滝の方へ飛んで往った。
篠原の主人はじめ一家の者は怪しい火のために一人も残らず焼死した。怪しいことはそればかりではなかった。篠原一門の者が樽の滝の傍へ往くと急に