もくねじ

海野十三




   倉庫そうこ


 ぼくほど不幸なものが、またと世の中にあろうか。
 そんなことをいい出すと、ぜいたくなことをいうなとしかられそうである。しかし本当にぼくくらい不幸なものはないのである。
 ぼくをちょいと見た者は、どこを押せばそんななげきのが出るのかとあやしむだろう。身体はぴかぴか黄金色おうごんいろに光って、たいへんうつくしい。小さい子供なら、ぼくをきんだと思うだろう。ぼくをよく知っている工場の人たちなら、それがたいへん質のいい真鍮しんちゅうであることを一目でいいあてる。実際ぼくの身体はぴかぴか光ってうつくしいのである。
 ぼくは、或る工場に誕生すると、同じような形の仲間たちと一緒に、一つのはこの中に詰めこまれ、しばらくくらがりの生活をしなければならなかった。その間ぼくは、うとうととねむりつづけた。まだ出来たばかりで、身体の方々が痛い。それがなおるまで、ぼくは睡りつづけたのである。
 それから数十日って、ぼくは久しぶりに明るみへ出た。
 そこは、倉庫の中であった。でっぷりえた中年の人間が――倉庫係のおじさんだ――ぼくたちのぎっしりまっているボールばこを手にとって、ふたを明けたのだ。
「お前のいうのはこれだろう。ほら、ちゃんとあるじゃないか」というと、別の若い男がぼくたちをのぞきこんで、
「あれえ、本当だ。もう一函もないと思っていたがなあ。どこかまちがってたなすみへ突込んであったんだねえ。きっと、そうだよ。つまり売れ残り品だ」
 といいながら、指を函の中に突込つっこんで、ぼくたちをかきまわした。ぼくはしばらく運動しなかったので、の若い男の指でがらがらとかきまわされるのが、たいへんいい気持ちだった。
「売れ残り品じゃ、役に立たないのか」
 中年の男が、腹を立てたような声を出した。
「いやいや、そんなことはない。掘り出しものだよ。ありがたいありがたい。これで今度の分は間に合うからねえ。なにしろこのごろは納期がやかましいから、もくねじ一函が足りなくても大さわぎなんだ」
 若い男は、うれしそうに目をかがやかして、ボール函のふたをしめた。ぼくたちの部屋は再び暗くなった。
「それみろ。やっぱりありがたいだろうが。お前からよくもくねじさんにお礼をいっときな。売れ残りだなどというんじゃねえぞ」函の外には、倉庫係のおじさんが機嫌きげんをとり直して、ほがらかな声を出す。
「じゃ貰っていくよ。伝票でんぴょうはさっきそこに置いたよ」
「あいよ。ここにある」
 それからぼくたちは、若い男の手に鷲掴わしづかみにされ、そしてどこともなく連れていかれた。
 今から思えば、まだこのときのぼくは希望に燃えて気持は至極しごく明るかった。仲間同士、これからどんなところへいって、どんな機械の部分品となって働くのであろうかなどと、われわれの洋々たる前途について、さかんにだんったものである。


   宿命しゅくめい


 はこの外からは、そのときどきに、いろいろな音響が入ってくる。また人間たちの話声がきこえる。それをじっと聞き分けるのは、たいへん興味のあることだった。
 ぼくたちの函が、どすんと台の上か何かに載せられたのを感じた。そこはたいへん沢山の大きな機械が廻っている部屋であった。
「はい、もくねじを貰ってきましたよ。これが最後の一函です」さっき聞き覚えた例の若い男の声だ。
「おい待ってくれ。ちょっと中身を調べるから」
 別の太い声がした。
「大丈夫ですよ。倉庫で受取ったときちゃんと調べてきましたから」
「待て待て。お前はこのごろふわふわしていて、よく間違いをやらかすから、あてにならんよ。それに間違っていれば、すぐ取替とりかえて来てもらわないと、折角せっかくここまで急いだ仕事が、またおくれるよ。急がば廻れ。念には念を入れということがある」
「ちぇっ。十分念を入れてきたのになあ」
「まあそう怒るな。どれ、そこへけてみよう」
 太い声の男が、ぼくたちを明るみへ出してくれた。ぼくたちは、ざらざらっと、冷い冷い鋼板こうばんの上にぶちまけられた。しばらく暗闇くらやみにいたので、まぶしくてたまらない。大きな手でぼくたちをなで廻す。
「ほう。これは優級品だ。まだこの手のがあったのか。おい、これでいいよ。ありがとう」
 ぼくたちは、ここでもまためられた。褒めてくれたのは、仕上げの熟練工じゅくれんこう木田きださんという産業戦士だった。
「それごらんなさい。私はこのごろふわふわなんかしていませんよ。木田さん、この次そんなことをいうと、私はあんたに銃剣術じゅうけんじゅつの試合を申込みますよ」若い男は得意だ。
「あははは。銃剣術でお前が張切っている話は聞いたぞ。いつでも相手になってやるが、油を売るのはそのへんにして、早く向うへいけ」
「ちぇっ。木田さんはあんまり勝手だよ。油なんか一滴も売ってはいませんよ、だ」
 若い男は、口笛を吹きながら、向うへいってしまった。
 それから木田さんは、またしばらくぼくたちを更にほれぼれとで廻していたが、やがてぼくたちを両手ですくいあげると、別の大きな機械台の上へ連れていった。そのそばには、ぴかぴか光った大きな無電装置のパネルがたくさん並んでいた。これは国際放送用の機械であるらしい。
 木田さんは、そこにいた仲間に声をかけた。
「おい、もくねじが来たぞ。早いところ、残りの穴へめこんでくれ」
 木田さん自身も、ぼくたちを手につかんでポケットに入れた。それから右手にドライバーを握り、ポケットからぼくたちを一つつまみあげては、パネルの後側にあるターミナルの並んだアルミの小さいわくを、装置のフレームに取付けるため、両方の穴と穴とを合わせ、その中にぼくたちを植え込み、それからドライバーでくるっくるっとねじこんだ。
 ぼくたちの仲間は、どんどんポケットから出ていった。ポケットの中がからになると、また木田さんはぼくたちを一掴ひとつかみポケットの中に入れた。その中にはぼくもまじっていた。
 ぼくは、番の来るのを今か今かと待っていた。
 そのうちに太い温い指が、ぼくの胴中どうなかをぎゅっとつまんだ。いよいよ番が来たのだ。ぼくは胸を躍らせた。国際放送機の部分品として、これからぼくは永久の配置につくのだ。その機械は、やがて送信所にえつけられ、全世界へ向って電波を出し始めるであろう。大東亜戦争だいとうあせんそうたたかっている雄々おおしい日本の叫びが、世界中にらされるのだ。ああ国際宣伝戦の大花形! 木田さんは左手で、すでにアルミの小さい枠の装置のフレームの穴とぴったり合わせていた。右手の指に摘みあげられたぼくが、その穴に今やしこまれようとした瞬間、
「おやァ」と、木田さんの異様な声がした。
「何だい、このもくねじは……。これは出来損できそこないじゃないか。なぜこんなものが入っていたんだろう。誰かぼやぼやしてやがる」そういって木田さんは、ぼくを機械台の上に立てた。ぼくはどきんとした。
「何を怒っているんだい、木田さん」
 横合よこあいから、疳高かんだかい声が聞えた。
「いや、優級品のもくねじだから安心していたんだ。ところがこんな出来損いのが交っていやがる。見掛けは綺麗なんだけれど、螺旋らせんの切込み方が滅茶苦茶めちゃくちゃだ。どうしてこんなものが出来たのかなあ」
「どれどれ」
 と、疳高かんだかい声の男が、ぼくを指先につまみあげて、眼のそばへ持っていった。熱い息が、下からぼくを吹きあげる。
「なるほど、これはふしぎなもくねじだね。たしかに出来損いだ。それにしても、よくまあこんなものが出来たもんだ。これはあれだよ。旋盤せんばんの中心が何かの拍子に狂ったのだ。だからこっちとこっちとが、よけいに深くけずられている。これじゃねじ山は合っていても細いから、んでもやがてぬけてしまうよ。おお、それに頭がこんなにけているじゃないか。ドライバーをあてがって、力をいれてねじ込もうとすれば、ドライバーがねじの頭から滑ってしまう。ひどいものをぜて寄越よこしたなあ。とにかくこれはだめだ」
 そういって、彼はぼくを元のとおり、機械台の上に、頭を下にして立てた。
 ぼくの不幸なる身の上は、この刹那せつなにはっきりしたのである。
 螺旋がよけいに深く切り込んである。それに頭の一部が缺けている。ああぼくは何という不幸な身体に生まれついたことであろうか。
 目の前が急に暗くなった。ぼくは台の上で身体をふるわせ、歎き悲しんだ。折角せっかくりっぱな国際放送機の部分品となって、大東亜戦争完遂かんすいに蔭ながら一役を勤めることが出来ると思ったのに。
 しぼくに、羽根があったら、この台の上からひらりと飛び出して、あの穴へとびこむのだが……。


   幸運こううん


 すっかり希望を失ったぼくは、機械台の上にいつまでもふるえながら、なげき悲しんでいた。
 そのうちに、ぼくはとつぜんむずとつまみあげられた。ぼくはおどろいた。はっとして目をみはると、知らない若い男の指に摘みあげられていた。
 その若い男は、もう一人の男と、しきりにあまりよくないところの話に夢中になっていた。
「よせよ、大きなこえを出すない。木田さんに聞かれたら、怒られるよ」
「大丈夫だい。木田さんは呼ばれて主任のところへ行っちまった。おい、どうする。行くか、行かないか」
「おれはいやだよ」
「ばか。いくじなし」
 そういいながら、その若い男は、ぼくを穴の中へんだ。私はこの意外な出来事に、夢かとばかりおどろき、そして胸を躍らせた。木田さんが向うへいった留守に、何にもしらないこの若い男が、ぼくをよく調べもしないで、装置の穴の中に挿し込んでしまったのである。やがてぼくの頭に、ドライバーが当てられた、ぐっとされて、きりきりと右へ廻された。ドライバーは、何遍なんべんかつるりとすべった。そのたびにやり直しだ。
 だがその若い男は、話に夢中になっていたので、文句も云わず何遍でもやり直して、とうとうぼくを穴の中に圧し込んでしまったのである。
 ぼくはしばら呆然ぼうぜんとなっていた。
 喜んでいいのか、それとも悲しんでいいのか。
 自分のあさましい身の上が分ると、ぼくはもう初めに考えていたように、大きなりっぱな機械にいだかれることをすっかり断念しなければならなかった。今の今まで、断念していたのである。
 ところが思いがけなく、ぼくはあこがれの国際放送機の中に取付けられてしまったのである。こんなうれしいことが又とあろうか。
 ぼくを、こうした思いがけないすばらしい幸運へなげこんでくれたこの若い男に対し、どんなに感謝しても感謝し足りないと思った。
 だが、ぼくの心の隅に、何だかおりのようなものがたまっていることについて、ぼくはいささか気にしないわけにいかなかった。というのは、ぼくは公然堂々こうぜんどうどうと大手をふってこの大役にとびこんだわけではなかったのである。
 早くいえば、その若い男が、くだらない話に夢中になっているお蔭で、こんなことになったのである。それは決して公明正大であるとはいえない。身は一つのもくねじであるが、日本に生まれた以上、やっぱり日本精神を持っている。だからぼくの折角せっかくのこの幸運も、自らかえりみて、いささか暗い蔭のさしていることがいなめない。
 それでもいいのであろうか。
 声をたてるわけにもいかないので、ぼくはだまってそのまま成行なりゆきにまかせるよりほかなかった。不幸なる幸福! 少々うしろめたい幸運!
 果してぼくは、いつまでも幸福でいられるであろうか。


   悲劇ひげき


 その後ぼくは異状がなかった。
 ぼくの取付けられた放送機は、それからのち方々へ廻った。
 多くの時間が、この装置の試験についやされた。装置には、真空管しんくうかんも取付けられ、すっかりりっぱになったところで、はじめて電気が通され、計器の針が動いた。
 試験をしていると、装置はだんだん熱してきた。ぼくはあまり暑くて、しまいには汗をかいた。
 そのうちに試験も終り、荷作にづくりされた。
 ぼくはトラックにられ、それから貨車の中に揺られ、放送所のある遠方えんぽうの土地まではこばれていった。
 そこから先、またトラックにのせられ、寒い田舎を搬んでいかれた。
 そして遂に放送所についた。
 ぼくの取付けられている機械は、函から出された。そこには多勢の技師が待っていた。
「ああよかった。これで安心だ。間に合うかどうかと思って、ずいぶん心配したなあ」
 その中の一等年齢としをとった人が、そういって一同の顔を見廻した。
 それからぼくの機械は、多勢の肩にかつがれ、二階の機械室まで持っていかれた。
 この機械を据えつける基礎はもうちゃんと出来ていた。機械はその上にせられた。うまくボルトの中にはまらないらしく、盛んにハンマーの音がかんかん鳴った。
 その震動は、ぼくのところまでもきびしく響いてきた。
「おや、これはいけないぞ!」
 ぼくは気がついた。たいへんなことが起りかけた。ぼくの身体が、穴から抜けそうである。
 あんまりがんがんやるからいけないのである。基礎がちゃんとうまく出来ていればよいのに、それが寸法すんぽうどおりいっていないものだから、ハンマーをがんがんふるわなければならないのだ。それは全くよけいな心配をぼくにかける。いや今となっては、単なる心配ではない。ハンマーがガーンと鳴るたびに、ぼくの身体は穴からそろそろと抜けていくのであった。
「おい、ねじが抜けるよ。誰か来てめてくれ」
 ぼくは人間に聞えない声で、一生けんめいに怒鳴どなった。
 仲間のもくねじたちは、きっとぼくの悲鳴を聞きつけたにちがいない。しかし、彼等の力ではどうすることも出来ないのだ。
 ガーン、ガーン、ガーン。
 っという間に、ぼくは穴からすっぽりと抜けてしまった。そして小さい声をたてて、コンクリートの床にころがった。頭のかどをいやというほどぶっつけた。ああ万事休す!
 ぼくは、又もや大きな悲しみのふちに沈んだ。床から機械の元の穴まではずいぶんはるかの上だ、つばさない身は、下からとびあがっていくことも出来ない。
 悲しみの中にも、ぼくはまだ少しばかりの希望をいだいていた。
 それは誰かがぼくのそばを通りかかって、ぼくが転がっていることに気がつくのだ。おや、こんなところにねじが落ちている。一体どこのねじが抜けたんだろうといって、その人が親切に、ぼくの入るべき元の穴を探してくれれば、ぼくはたいへん幸福になれるのであった。どうか、誰か技師さん、ぼくを見つけてくれませんか。
 しかし実際は、ぼくを見付けてくれる人間は一人もいなかったのである。運のわるいときには悪いことがかさなるもので、それから三十分ばかり経った後のこと、技師の一人がこつこつと靴音を響かせて、ぼくの転っている方へ歩いて来たが、その靴先がぼくの身体に当って、ぼくはぽーんと蹴とばされてしまった。
 なにしろ軽い身体のぼくのことであるから、たちまち床をごろごろと転った末、部屋の隅にあった木箱のこわれがつみあげてあるその下へもぐり込んでしまった。ああ、もう観念の外はない。再びあのりっぱな機械の穴へは戻れないことになってしまった。


   流転るてん


 それから先の話は、あまりしたくない。
 ぼくは二十日、壊れた木箱の下にいた。
 やがて工事場の取片づけが始まって、木箱は部屋から外へはこばれていった。そのあとに、ぼくは、コンクリートのかたまり縄片なわぎれなどと一緒に残っていた。ぼくの身体はもうほこりにまみれて、かつて倉庫番からめちぎられたときのような金色きんいろ光沢こうたくは、もう見ようとしたって見られなかった。全身ぜんしんつやをうしない、変に黄色くなっていた。
 埃と一緒に、ぼくは掃き出された。そして放送所の後庭あとにわに掘ってあるごみ捨て場の方へ持っていかれた。いろんなきたないものと一緒に、じめじめした穴の中に、ぼくは悲惨ひさんな日を送るようになった。身体はだんだんとさびて来た。青い緑青ろくしょうがふきだした。ぼくは自分の身体を見るのがもういやになった。
 思えば、ぼくほど不幸な者はない。こんな不幸に生れついた者が、またとこの世にあるだろうか。ぼくを生んだ人間がうらめしい。もっと気をつけて旋盤せんばんを使ってくれればよかったんだ。
 しかしぼくも途中でちょっぴり幸福を味わったことがあった。それはあの若い職工さんが、くだらない話に夢中になって、僕を放送機のあなに取付けてくれたからだ。あれから、この放送所へ来て、試験が行われている間までは、ぼくはたしかに幸福であったといえる。
 だが、今から考えてみると、それは間違った幸福だった。元々あの若い職工さんが、あやまってぼくを放送機にとりつけたのであった。だからぼくは当然今のようなみじめな境界きょうかい顛落てんらくすることは、始めから分り切っていたのである。間違った幸福をよろこんでいたぼくは、何というばかだったろうか。
 或る日、このごみ捨て場に、舎宅しゃたくの子供たちが三四人で遊びに来た。汚いところだが、子供たちには、たいへん興味のある遊び場であるらしい。子供たちは、みんな女の子であった。ごみの山の上を、あがったりりたりして遊んでいるうちに、一人の鼻たらしの七つ位の子供が、ふとぼくを見つけて、小さなてのひらの上へ拾い上げた。
「いいものがあったわ。これは、きたないけれど、ねじくぎでしょう。お家へ持ってかえって、お母さんにあげるわ。がくをかけるのに釘が欲しいってお母さんいっていたのよ」
 ぼくは、その子供の小さい手に握られていた。そして身体がぽかぽかと温くなった。
「どれ、見せてごらん」
 別の子供がやって来た。ぼくの主人は、小さな掌をひらいた。すると相手が大きな声を出した。
「まあ、きたないねじ釘ね。その青いものは毒なのよ。そんなものを持っていると手がくさるから捨てちゃいなさい」
「まあ……」
 ぼくは、ぽいと捨てられてしまった。そこは所内の通路の上で、雨ふりの日のために、舗装道路ほそうどうろになっていた。ぼくは赤面せきめんした。もう何も考えまい。
 ぼくは目をつぶって死んだようになっていた。が、最後にりっぱな人に拾い上げられた。それはこの放送所の所長さんであった。どうしてこの小さいぼくが見付かったんであろうか。所長さんは、日向ひなたどまって、ぼくをつまみあげ、つくづくと見ていた。
「やれやれ可哀想に、このもくねじは……。生まれながらの出来損できそこないじゃな。ここへ捨てられるまでは、さぞ悲しい目に会ったことじゃろう。おい、もくねじさん。お前はこのままじゃ、どうにもうだつが上らないよ。だからもう一度生れ変ってくることだね。真鍮しんちゅう屑金くずがねとして、もう一度製錬所せいれんじょへ帰って坩堝るつぼの中でお仲間と一緒に身体をかすのだよ。そしてこの次は、りっぱなもくねじになって生れておいで」
 所長さんのやさしい言葉に、ぼくは胸がつまって、泣けて泣けて仕方しかたがなかった。さすがに技術で苦労した所長さんだ。ぼくのような出来損いのもくねじの人生を考えてくださる、この情け深い所長さんの言葉によって、ぼくはこれまでの身を切られるようなつらいことを、一遍いっぺんに忘れてしまった。ああよかった。やがて所長さんは建物の中に入って、ぼくを木箱きばこの中にぽとんと入れた。その箱には「屑金くずがね入れ」と札がかかっていた。





底本:底本:「海野十三全集 第10巻 宇宙戦隊」三一書房
   1991(平成3)年5月31日第1版第1刷発行
初出:「譚海」
   1943(昭和18)年1月
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2005年11月24日作成
青空文庫作成ファイル:
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●表記について