四つの道徳
大杉栄
小児が河の中に溺れている。そこを四人の人が通り掛かる。
その一人は思った。自己はただ自己のためにすれば善い。彼はそ知らぬ顔をして通り過ぎた。
もう一人は考えた。もしあの児を助けたら、神様はきっと何かの褒美を下さるに違いない。彼はただちに水の中に飛び込んだ。
もう一人も考えた。人の満足には、内的満足と外的満足との二種類がある。しかして、人を助けるのはその前者に属して、永久に続くところの快感を得る道である。救わざるべからず。彼もまた、ただちに水の中に飛び込んだ。
もう一人は、幼少の頃より自己は人類の一分子であると教えられている。したがって、人の苦痛は即ち我が苦痛である、人の幸福は即ち我が幸福であると感じている。されば、その小児の叫び声を聞くや否や、何等の考うるところなく、ほとんど無意識に水の中に踏り込んだ。
底本:「大杉栄全集 第14巻」日本図書センター
1995(平成7)年1月25日復刻発行
底本の親本:「大杉栄全集 第14巻 人生について」現代思潮社
1965(昭和40)年3月31日発行
初出:「家庭雑誌 五巻四号」
1907(明治40)年2月
入力:笹平健一
校正:持田和踏
2021年12月27日作成
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