こはわが少年の日のいとしき小唄なり。
いまは過ぎし日のおさなきどちにこのひとまきをおくらむ。
お花よ、お蝶よ、お駒よ、小春よ。太郎よ、次郎よ、草之助よ。げに御身たちはわがつたなき草笛の最初のききてなりき。
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[#ここから横組み]TO
[#ここで横組み終わり]
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[#ここから横組み]
N

MU-NO-KI N

MU-NO-KI
N

YA SYANS

.
OKAN

GA NATTARA
OKYA SYANS

.
[#ここで横組み終わり]
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どんたく
[#改丁]
歌時計
ゆめとうつつのさかひめの
ほのかにしろき朝の
床。
かたへにははのあらぬとて
歌時計のその
唄が
なぜこのやうに悲しかろ。
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ゆびきり
指をむすびて「マリヤさま
ゆめゆめうそはいひませぬ」
おさなききみはかくいひて
涙うかべぬ。しみじみと
雨はふたりのうへにふる
またスノウドロツプの花びらに。
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紡車
しろくねむたき春の昼
しづかにめぐる
紡車。
をうなの指をでる糸は
しろくかなしきゆめのいと
をうなの
唄ふその歌は
とほくいとしきこひのうた。
たゆまずめぐる
紡車
もつれてめぐる
夢と
歌。
[#改丁]
人買
秋のいり日はあかあかと
蜻蛉とびゆくかはたれに
塀のかげから
青頭巾。
「やれ
人買ぢや
人買ぢや
どこへにげようぞかくれうぞ」
赤い
蜻蛉がとびまはる。
[#改ページ]
六地蔵
背合の
六地蔵
としつきともにすみながら
ついぞ
顔みたこともない。
でもまあ
苦にもならぬやら
いつきてみても
年とらず
赤くはげたる
涎掛。
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越後獅子
角兵衛獅子のかなしさは
親が
太鼓うちや
子がおどる。
股のしたから
峠をみれば
もしや
越後の山かとおもひ
泣いてたもれなともどもに。
角兵衛獅子の
身のつらさ。
輪廻はめぐる
小車の
蜻蛉がへりの
日もくれて
旅籠をとろにも
銭はなし
あひの
土山あめがふる。
[#改丁]
赤い木の実
雪のふる日に
小兎は
あかい
木の
実がたべたさに
親のねたまに
山をいで
城の
門まできはきたが
あかい
木の
実はみえもせず
路はわからず日はくれる
ながい
廊下の
窓のした
なにやら赤いものがある
そつとしのむできてみれば
こは
姫君のかんざしの
珊瑚のたまかはつかしや
たべてよいやらわるいやら
兎はかなしくなりました。
[#改ページ]
鐘
村で
名代の
鐘撞男
月がよいのでうかうかと
鐘をつくのもつひわすれ
灯のつく
街がこひしさに
山から
港へではでたが
日がくれるのに
山寺の
鐘はつんともならなんだ
村長さまはあたふたと
鐘撞堂へきてみれば
伊部徳利に月がさし
ちんちろりんがないてゐた。
アトレの馬ではあるまいし
鐘がならうがなるまいが
子供のしつたことでなし
うらの
菜園の
椎の木に
ザボンのやうな月がでた。
[#改ページ]
ゆく春
くれゆく春のかなしさは
白髪頭の
蒲公英の
むく
毛がついついとんでゆく
風がふくたびとんでゆき
若い
身そらで
禿頭。
くれゆく春のかなしさは
薊の花をつみとりて
とんとたたけば馬がでる
そつとはらへば牛がでる
でてはぴよんぴよんにげてゆく。
[#改ページ]
くすり
雪はしんしんふりしきる。
炬燵にあてたよこはらが
またしくしくといたむとき。
雪はしんしんふりしきる。
しろくつめたき
粉ぐすり
熱ある
舌にしみるとき。
雪はしんしんふりしきる。
黄な
袋の
石版の
異形な
虫のわざはひか。
雪はしんしんふりしきる。
銀ぎらぎんのセメン
円
とのもは雪のつむけはひ。
[#改ページ]
雀踊
青い
眉したたをやめが
金の
墨絵の
扇にて
そつとまねけばついとくる
はらりとひらけばぱつととぶ。
雀おどりのおもしろさ
やんれやれやれやせうめ
京の町のやせうめ
うつるるものはみせうめ
あれあれあれとみるほどに
奴姿の
小雀は
山のあなたへとびさりぬ。
[#改丁]
わたり鳥
日本の春のこひしさに
シイオホスクの
海角より
はるばる波をわたり
鳥。
庄屋の
軒に
巣をかけて
雛を六
羽うんだれど
三
羽の
雛は
死ました。
のこる三
羽は

の
葉の
毛虫がすきでたべました。
やんがて

のうれるころ
日本の
島をあとにして
まだみもしらぬ
故郷へ
親子もろともいにました。
[#改ページ]
納戸の記憶
船は
酒船父の
船
三十五
反の
帆をまくや
玄海灘の
夏の
雲。
君は
馬関の
唄うたひ
髪にさしたる
青玉
あだな
南のニグレスが
こころづくしの
貢物。
風のたよりをまちわびて
行燈のかげのものおもひ
鬢のほつれをかきあぐる
銀のかざしのかなしさか
母の
腕のさみしさか。
[#改丁]
おしのび
昔アゼンに
王ありき。
野にさく
花のめでたさに
ひとり
田舎へゆきけるが
にわかに
雨のふりいでて
王は
臍までうまりける。
それより
王はわすれても
二
度と
田舎へゆかざりき。
[#改丁]
断章
[#改ページ]
1
ドンタクがきたとてなんになろ
子供は
芝居へゆくでなし
馬にのろにも馬はなし
しんからこの
世がつまらない。
2
おうちに
屋根がなかつたら
いつも
月夜でうれしかろ。
あの
門番が
死んだなら
あの
柿とつてたべよもの。
世界に
時計がなかつたら
さみしい
夜はこまいもの。
3
もしも
地球が
金平糖で
海がインクで
山の
木が
飴と
香桂であつたなら
なにをのんだらいいだろう。
学校の
先生もしらなんだ
国王様もしらなんだ。
4
この
紅茸のうつくしさ。
小供がたべて
毒なもの
なぜ
神様はつくつたろ。
毒なものならなんでまあ
こんなにきれいにつくつたろ。
5
ままごとするのもよいけれど
いつでもわたしは子供役。
子供が子供になつたとて
なんのおかしいことがあろ。
6
どんなにおなかがひもぢうても
日本の子供はなきませぬ。
ないてゐるのは
涙です。
7
お
墓のうへに雨がふる。
あめあめふるな雨ふらば
五
重の
塔に
巣をかけた
かわい
小鳥がぬれよもの。
松の
梢を
風がふく。
かぜかぜふくな風ふかば
けふ
巣だちした
鳶の
子が
路をわすれてなかうもの。
8
ひろい空からふる雨は
森のうへにも
牧場にも
びつくり
草にも
小鳥にも
みんなのうへにふるけれど
子供のうへにはふりませぬ。
それは子供の母親が
シヤツポをきせてくれるから。
9
枇杷のたねをばのみこんだ。
おなかのなかへ枇杷の木が
はえるときいてなきながら
枇杷のなるのをまつてたが
いつまでたつてもはえなんだ。
10
めんない
千鳥の日もくれて
おぼろな春のうすあかり
この
由良鬼のいとほしさ
ほどいてたもとなきいでぬ。
11
越中富山の
薬売り
おはぐろとんぼがついとでて
白いカウモリ
傘の
柄にとまり
また
日まわりの
葉にとまり
ついととんではまたもどる。
12
お
遍路さんお遍路さん
おやまのむかふは雨さうな
霰をおくれ
豆おくれ
まめがなけねばこの
路法度。
13
股のしたから
麓をみれば
さても絵のよなよい
景色。
どこの町ぞときいたらば
それはわたしの村でした。
14
梭の
手をやめ
歌ふをきけば
――もつれた
糸なら
ほどけもせうが
きれた糸ゆゑ
せんもなや。
[#改丁]
少年なりし日
[#改丁]
人形遣
「めでたやなめでたやな
さりとはめでたやめでたや」と
紺の
布簾のつまはづれ
人形遣がきたさうな。
母のかげよりそとみれば
人形遣のうら若く
「ま、どうしよぞいの」と
泣きいれば
襟足しろくいぢらしく
人形の
小春もむせびいる。
もののあはれかふるあめか
もらひなみだの母の
袖。
[#改丁]
雪
赤いわたしの
襟巻に
ふわりとおちてふときえる
つもらぬほどの春の雪。
これが
砂糖であつたなら
乳母もでてきてたべよもの。
ロシア
更紗の
毛布団を
そつとぬけでてつむ雪を
銀のかざしでさしてみる
お
染の
髪の
牡丹雪。
七
番蔵の
戸のまへで
手招きをするとうじさん
顔ににげない白い手で
ひねり
餅をばくれました。
納戸のおくはほのくらく
紀州蜜柑の
香もあはく
指にそまりし
黄表紙の
炬燵で
絵本をよみました。
窓からみれば
下町の
角の
床屋のガラス
戸に
大阪下り
雁二郎の
春狂言のびらの絵が
雪にふられておりました。
[#改ページ]
かくれんぼ
豆の
畑にみいさんと
ふたりかくれてまつてゐた。
とほくで
鬼のよぶ声が
風のまにまにするけれど
ちらちらとぶは
鳥の
影。
まてどくらせど鬼はこず。
森のうへから月がでた。
[#改ページ]
郵便函
郵便函がどうしたら
そんなにはやくあるくだろ。
わたしの
神戸のおばさまへ
わたしのすきなキヤラメルを
おくるやうにとしたためて。
郵便函へあづけたが
三つほどねたそのあした
わたしのすきなキヤラメルは
ちやんとわたしについてゐた。
[#改ページ]
山賊
乳母の
在所は草わけの
山また山の奥でした。
ある日のことに
※[#「姉」の正字、「女+
のつくり」、80-6]として
乳母をたづねにゆきました。
わたしは
土産を腰につけ
※[#「姉」の正字、「女+
のつくり」、80-9]は
日傘をさしかけて
赤土色の
山路を
とぼとぼあゆむ
午下り。
あゆみつかれて
路ばたの
一本松に腰かけて
虎屋饅頭をたべながら
やすむでゐると
木蔭より
髯武者面の
山賊が
ぬつくとばかりあらはれた。
すわことなりとおもへども
どうすることもなきごえに
「おつつけ
伴者のくる
時刻」
きこえよがしに
※[#「姉」の正字、「女+
のつくり」、82-1]のいふ
「どうして
伴者はくることか」
わたしは
※[#「姉」の正字、「女+
のつくり」、82-3]にききました。
さうするうちに
山賊は
腰の
太刀おつとりて
のそりのそりとやつてきた。
もう殺すかとおもふたら
殺しもせいでたちとまり
「どこへおじやる」ときくゆゑに
つつみかくさずいひますと
「よいお
子たち」とほめながら
峠をおりてゆきました。
乳母はきいて大笑ひ
「なんの
賊などでませうぞ」
それは
木樵でありました。
[#改ページ]
おさなき夢
夢のひとつは かくなりき。
青き
頭巾をかぶりたる
人買の
背にないじやくり
山の
岬をまはるとき
広重の
海ちらとみき。
旅の
道者がせおいたる
天狗の
面のおそろしさ
にげてもにげてもおふてきぬ。
伊勢の国までおちのびて
二見ヶ
浦にかくれしが
ここにもこわや
切髪の
淡島様の
千羽鶴
一羽がとべばまた
一羽
岩のうへより
鳥居より
空一面のうろこ雲。
顔もえあげずなきゐたり。
[#改ページ]
草餅
ある日学校へゆく
路に
黄な
袋がおちてゐた
ひろうてみればこはいかに
それは
財布でありました。
「さあ大変ぢや大変ぢや
銭をひろへば
尋人
有司へよばれようおお
怖や」
みながはやせばとつおいて
財布を指でさげたまゝ
こりやまあどうしたものだらう。
そこへおりよく先生が
おいでなされて「やれやれ」と
財布をとつてくれました。
それから
家へかへつたが
どうも財布が気にかかり
母の
情の
草餅も
どうまあ
咽喉をこすものぞ
食べずに泣いておりました。
[#改ページ]
嘘
なげた石
鳥居のうへにのつかれば
どんな
願もかなへんと
氏神様はのたまひぬ。
鳥居のしたにあつまりし
太郎に
次郎に
草之助
何がほしいときいたらば
太郎がいふには
犬張子
次郎がいふにはぶんまはし
生きた馬をば草之助。
願をこめてなげた石
首尾よく鳥居へのつかつた。
石は鳥居へのつたれど
いまだに
何もくださらぬ。
[#改ページ]
どんたく
どんたくぢやどんたくぢや
けふは朝からどんたくぢや。
街の
角では早起きの
飴屋の
太鼓がなつてゐる
「あアこりやこりやきたわいな」
これは
九州長崎の
丸山名物ぢやがら
糖
お
子様がたのお
眼ざまし
甘くて
辛くて
酸くて
きんぎよくれんのかくれんぼ
おつぺけぽうのきんらいらい」
観音堂の
境内は
のぞきからくり
犬芝居
「ものはためしぢやみてござれ
北海道で
生捕つた
一本毛のないももんがあ
絵看板にはうそはない
生きてゐなけりや
銭やいらぬ」
「
可哀さうなはこの子でござい
因果はめぐる
水車
一寸法師の
綱わたり
あれ
千番に
一番の
鐘がなろともお泣きやるな」
「やあれやれやれやれきたわいな
のぞきや
八文天保銭
花のお江戸は
八百八町
音にきこえた
八百屋の娘
年は
十五で
丙午
そなたは
十四であらうがの
いえいえ
十五でござんする。
八百屋お
七がおしおきの
お
眼がとまれば
千客様」
[#改ページ]
郵便脚夫
「
郵便ほい
おかみの御用でゑっさっさ」
郵便
脚夫のうしろから
学校がへりの子供らは
ゑっさもっさとついてゆく。
「郵便ほい
おかみの御用でもっさっさ」
[#改ページ]
江戸見物
「
江戸をみせよう」
源六は
耳をつまんでつりあげた。
いたさこらへて
東をみれど
どれが江戸やら山ばかり。
「なんとみえたであらうがな」
「みえはみえたが
浅草も
上野もやつぱり山だらけ」
[#改丁]
七つの桃
七人の
遊仲間のそのひとり
水におぼれてながれけむ。
お
芥子の
頭が
水の
面に
うきつしづみつみえかくれ。
「よくも
死人をまねたり」と
白痴の
忠太は手をたたく。
水にもぐりて
菱の
実を
とりにゆけるとおもひしが。
人は
家より
畑より
ただごとならぬけはひにて
はしりて
河にあつまりぬ。
人のひとりは水にいり
人のひとりは
小舟より
死骸を岸にだきあげぬ。
「
死んだ死んだ」と
踊りつつ
忠太は村をふれあるく。
白い
衣きた
葬輦が
暑い
日中をしくしくと
鳥辺の山へいりしかど
そは
何事かしらざりき。
ひとりは
墓へゆきければ
七つの
指を
六つおりて
一つのこしてみたれども
死んでなくなることかいな
いつか墓よりかへりきて
七つの
桃をわけようもの。
[#改ページ]
猿と蟹
わたしが
猿で
妹が
あはれな
蟹でありました。
猿はひとりで

の実を
木に
腰かけてたべました。
「
兄さんひとつ
頂戴よ」
あはれな蟹がいひました。
「これでもやろ」と
渋
を
なげてはみたがかあいそで
好いのもたんとやりました。
[#改ページ]
加藤清正
紙の
鎧の
清正は
虎を
退治の
竹の
槍。
屋根のうへにて
眠りゐし
猫をめがけてつきければ
虎は屋根よりころげおち
縁のしたへとかくれけり。
さすがに
猛き清正も
虎のゆくえの気にかかり
夜な
夜なこわき
夢をみき。
[#改ページ]
禁制の果実
白壁へ
戯絵をかきし
科として
くらき
土蔵へいれられぬ。
よべどさけべど
誰ひとり
小鳥をすくふものもなし。
泣きくたぶれて
長持の
蓋をひらけばみもそめぬ
「
未知の世界」の夢の
香に
ちいさき
霊は
身にそはず。
窓より夏の日がさせば
国貞ゑがく
絵草紙の
「
偐紫」の
桐の
花
光の
君の
袖にちる。
摩耶の
谷間にほろほろと
頻迦の
鳥の声きけば
悉多太子も泣きたまふ。
魔性の
蜘蛛の
糸にまかれ
白縫姫と
添臥しの
風は
白帆の夢をのせ
いつかうとうとねたさうな。
蔵の二階の
金網に
赤い夕日がかっとてり
さむれば母の
膝まくら。
[#改丁]
日本のむすめ
[#改丁]
宵待草
まてどくらせどこぬひとを
宵待草のやるせなさ
こよひは月もでぬさうな。
[#改ページ]
わすれな草
袂の風を身にしめて
ゆふべゆふべのものおもひ。
野ずえはるかにみわたせば
わかれてきぬる窓の
灯の
なみだぐましき
光かな。
袂をだいて木によれば
やぶれておつる
文がらの
またつくろはむすべもがな。
わすれな
草よ
なれが
名を
なづけしひとも泣きたまひしや。
[#改ページ]
夏のたそがれ
タンホオルの
鐘が
さはやかになりいづれば
トラピストの
尼は
こころしづかに
夕の
祈祷をささげ
すぎし
春をとむらふ。
柳屋のムスメは
はでな
浴衣をきて
いそいそと
鈴虫をかひにゆく
――夏のたそがれ。
[#改ページ]
うしなひしもの
夏の
祭のゆふべより
うしなひしものもとめるとて
紅提燈に
灯をつけて
きみはなくなくさまよひぬ。
[#改ページ]
芝居事
雪のふる夜のつれづれに
※[#「姉」の正字、「女+
のつくり」、123-5]の
小袖をそとかつぎ
‥‥‥でんちうぢやはりひじぢや
しまさんこんさんなかのりさん‥‥
おどりくたびれ
袖萩の
肩に小袖をうちかけて
なみだながらの
芝居事
「さむかろうとてきせまする」
このまあつもる雪わいの。
[#改丁]
花束
ありのすさびに
花をつみてつがねたれど
おくらむひともなければ
こころいとしづかなり。
されどなほすてもかねつつ
ゆふべの
鐘をかぞへぬ。
[#改ページ]
たそがれ
たそがれなりき。かなしさを
そでにおさへてたちよれば
カリンの花のほろほろと
髪にこぼれてにほひけり。
たそがれなりき。
路をきく
まだうら若き
旅人の
眉の
黒子のなつかしく
後姿のなかれけり。
[#改ページ]
かへらぬひと
花をたづねてゆきしまま
かへらぬひとのこひしさに
岡にのぼりて
名をよべど
幾山河は
白雲の
かなしや
山彦かへりきぬ。
[#改ページ]
よきもの
「よきものをあたへむ」ときみのいふゆゑ
ゆびきりかまきりいつはりならじと
きみのいふゆゑ
門のそとにてきみまちぬ。
井戸のほとりの
丁子の花よ。
[#改ページ]
見知らぬ島へ
ふるさとの山をいでしより
旅にいくとせ
ふりさけみれば涙わりなし。
ふるさとのははこひしきか。
いないな
ふるさとのいもとこひしきか
いないないな。
うしなひしむかしのわれのかなしさに
われはなくなり。
うき旅の
路はつきて
あやめもわかぬ
岬にたてり。
すべてうしなひしものは
もとめむもせんなし。
よしやよしや
みしらぬ島の
わがすがたこそは
あたらしきわがこころなれ。
いざや いざや
みしらぬ島へ。
[#改ページ]
てまり
‥‥‥ひや ふや おこまさん
たばこのけむりは
丈八っあん‥‥
とんとんとんとつくてまり
しろい指からはなれては
蝶が
菜のはをなぶるよに
やるせないよにゆきもどり。
ゆらゆらゆれる
伊達帯から
江戸紫の日がくれる
‥‥‥みや よや
夕霧さん‥‥‥‥
[#改ページ]
たもと
そつといだけばしんなりと
あまへるやうにしなだれかゝる
――わたしのたもと。
はづかしさの
顔をおほへど
つゝむにあまるうれしさがこぼれでる
――わたしのたもと。
わたしのかなしみも
わたしのよろこびも
みんなおまえはしつてゐる
――にくらしいたもとよ。
[#改ページ]
かげりゆく心
母にそむきしその
夜より
白壁によるならはせに
露草の花さきにけり。
こゝろもとなき
夕月の
夢の
小径にきえゆけば
ねもたえだえに虫なけり。
[#改丁]
雀の子
とこどんどこぴいひやらひやあ
麦の
畑を風がふく。
役者の
群をはぐれたる
子供
心のはかなさは
‥‥‥うちの
裏のちさの木に
雀が三羽とうまつて
一羽の雀がいふことにや
ゆうべござつた
花嫁御
なにがかなしゆてお泣きやるぞ
おなきやるぞ‥‥‥
ゆうべの芝居のその
唄が
いまのわが身につまされて
ほろりほろりとないてゆく。
[#改丁]
異国の春
につぽんムスメのなつかしさ
牡丹芍薬やま
桜
金襴緞子のオビしめて
ふりのたもとのキモノきて
丹塗のポクリねもかろく
からこんからことゆきやるゆえ
どこへゆきやるときいたらば
娘ざかりぢや花ぢやもの
後生よいよに
寺まゐり。
寺まゐり。
[#改ページ]
白壁へ
ふたりはかきぬ。
「しらぬこと」
ふたりはかきぬ。
「よろこび」と
ふたりはかきぬ。
「さよなら」と。