数日来残暑甚、羸躯発熱臥床、
枕上成此稿。辛巳八月二十三日。
枕上成此稿。辛巳八月二十三日。
楓橋に宿りて
宿楓橋
七年不到楓橋寺 客枕依然半夜鐘
風月未須輕感慨 巴山此去尚千重
宿楓橋
七年不到楓橋寺 客枕依然半夜鐘
風月未須輕感慨 巴山此去尚千重
まくらにかよふ楓橋の
むかしながらの寺の鐘
鐘のひびきの
そそぐ泪はをしめかし
身は蜀に入る客にして
巴山はとほし千里の北

当時彼は、


なほ張継の詩については、私は放翁詩話と題する別の草稿の中でも、若干のことを書き誌しておいた。
(追記) 高青邱にもまた楓橋夜泊の詩がある。それはかう云ふのだ。
烏啼霜月夜寥寥
囘首離城尚未遙
正是思家起頭夜
遠鐘孤棹宿楓橋
彼もまた鳴らぬ夜半の鐘を聴いたものと思はれる。彼はそれを思ひ起して、後日かういふ詩をも作つた。囘首離城尚未遙
正是思家起頭夜
遠鐘孤棹宿楓橋
日暮遠鐘鳴
山窗宿鳥驚
楓橋孤泊處
曾聽到船聲
山窗宿鳥驚
楓橋孤泊處
曾聽到船聲
(昭和十七、七、十日記)
月夜よし僧をたづねて遇はず
觀音院讀壁間蘇在廷
少卿兩小詩次韻
揚鞭暮出錦官城 小院無僧有月明
不信道人心似鐵 隔城猶送擣衣聲
觀音院讀壁間蘇在廷
少卿兩小詩次韻
揚鞭暮出錦官城 小院無僧有月明
不信道人心似鐵 隔城猶送擣衣聲
ゆふまぐれ馬に跨り城をいで
この山寺に来て見れば
月のみありて人はなし
和尚の心も石にはあらね
城をへだてて砧うつ声
風に送られここにも聞こゆ
この山寺に来て見れば
月のみありて人はなし
和尚の心も石にはあらね
城をへだてて砧うつ声
風に送られここにも聞こゆ
(作者時に五十一歳、蜀中にての作、原詩の錦官城は成都)
十五年前夜雨の声
乾道初、予自臨川歸鍾陵、李徳遠、范周士、送別于西津、是日宿戰平、風雨終夕、今自臨川之高安、復以雨中宿戰平、悵然感懷(二首中之一)
十五年前宿戰平 長亭風雨夜連明
無端老作天涯客 還聽當時夜雨聲
無端老作天涯客 還聽當時夜雨聲
十五年前長き旅路の一夜をこの戦平にやどし、夜もすがら風に吹かるる雨を聞きしに、
はしなくも老いて天涯の客となり、こよひまた聴く当年夜雨の声
はしなくも老いて天涯の客となり、こよひまた聴く当年夜雨の声
(作者時に五十六歳)
花を移して雨を喜ぶ
移花遇小雨、喜甚、
爲賦二十字
獨坐閑無事 燒香賦小詩
可憐清夜雨 及此種花時
移花遇小雨、喜甚、
爲賦二十字
獨坐閑無事 燒香賦小詩
可憐清夜雨 及此種花時
ひとりゐのしづけさにひたり
香をたきて詩を賦す
あはれこの清き夜を
音もなく雨のふるらし
けふ移したる花の寝床に
香をたきて詩を賦す
あはれこの清き夜を
音もなく雨のふるらし
けふ移したる花の寝床に
(作者当時家居す、五十九歳)
梅花
梅花絶句(十首中之一)
山月縞中庭 幽人酒初醒
不是怯清寒 愁
梅花影
梅花絶句(十首中之一)
山月縞中庭 幽人酒初醒
不是怯清寒 愁

山のはに月いでて庭白く
酒さめて我は家に入りぬ
ややさむを厭ふ身にはあらねども
花咲く梅の影ふむはいかで忍びむ
酒さめて我は家に入りぬ
ややさむを厭ふ身にはあらねども
花咲く梅の影ふむはいかで忍びむ
(作者時に官を辞して家居す、六十七歳)
題庠闍黎二画(その一)
秋景
秋山痩
秋水渺無津
如何草亭上 卻欠倚闌人
秋景
秋山痩


如何草亭上 卻欠倚闌人
秋の山は痩せてそそり立ち
秋の水は果しなくはろばろ
いかなれば草亭のおばしま
秋をめづる人のなき
秋の水は果しなくはろばろ
いかなれば草亭のおばしま
秋をめづる人のなき
題庠闍黎二画(その二)
雪景
溪上望前峯 巉巉千仭玉
渾舍喜翁歸 地爐
芋熟
雪景
溪上望前峯 巉巉千仭玉
渾舍喜翁歸 地爐

渓ゆ望めば聳え立つ向ひの峰は
つもりつもりて雪ましろなり
帰り来 しおきな囲みて
よろこぶや家の人々
ゐろりには芋やけてほろほろ
前の秋景の図には、人物描きあらざるも、この雪景の方には、蓑を着、雪を冒して、とぼとぼと帰りゆく一人の人物描きありしものと思はる。つもりつもりて雪ましろなり
帰り
よろこぶや家の人々
ゐろりには芋やけてほろほろ