錬金詐欺

小酒井不木




 詐欺は昔から錬金術の附き物になって居る。既に錬金術そのものが、金がほしいという動機が主となって企てられたものであるから、詐欺と縁の深いのは当然のことである。尤も、錬金術のそもそもの起りは必ずしも黄金製造のためではなかった。即ちその濫觴らんしょうともいうべきは古代エジプトに於ける金属の染色術に外ならなかったのである。古代エジプトに於ては紫と黒の二色が尊ばれ、織物の染色と共に、主として僧侶の手によって寺院内で行われたのであるが、後にアラビア人が埃及エジプトを占領するに及んで、金属の染色だけでは満足せず、卑金を黄金に変化せしめる術を錬金術と呼ぶに至ったのである。
 卑金を黄金に変ずる力を有するものを、欧州では昔から「哲学者の石」と呼んで居る。これは、錬金術師たちが、自分たちに箔をつけるために、錬金術の元祖はみなプラトンやアリストテレスの門人だと言い触らしたためであって、後には「哲学者の石」について段々虫のよい解釈が下され、「哲学者の石」は一方に於て人間をして不老長生ならしめるものだと考えられるに至った。だから西洋中世の有名な学者達はいずれも「哲学者の石」の発見に浮き身をやつし、中にはそれを捜し当てたといい、パラセルズスはルビー色をしたものだと告げ、ワン・ヘルモントは硝子のような光沢をしたサフランのようなものだと記述した。が、いう迄もなくそれはみな出鱈目に過ぎなかったのである。
 けれど、金が欲しい、長生がしたいという慾望はいつの代にも絶えない。だから金のある者は、頭のよい人間を選んで、錬金術を研究させたのである。時には頭のよいものが、金持ちに泣きついて、必ず「哲学者の石」を発見して見せるから金を出してくれと頼んだ。然し、一年かかり、二年かかっても、もとより目的を達することが出来ず、結局は金の浪費に終るのが常であった。
 そうなって見ると、頭がよくて悪智慧の働くものには、錬金術を種にして、富豪の金を搾ってやろうという恐ろしい考えが浮ぶ。即ちここに錬金詐欺が発生する訳である。十六世紀の頃、ドイツ皇帝ルドルフ二世は、最も大きな錬金術のパトロンであったから、彼の宮殿には欧州各国の錬金術師が集って来たが、その多くは錬金詐欺師に外ならなかった。ある時英国のケンブリッジの学者ジョン・ディーが助手のエドワード・ケリーを連れ、遥々、帝の宮殿をたずね、自分たちは鉛を金に変える術を知って居ると物語った。そこで帝は大に喜んで、早速実験させたところ、果して鉛を金に変ずることが出来た。その実、彼等は携えて来た光輝ある石を示して帝を催眠術にかけ、まんまと欺いたのである。彼等はそれによって沢山の報酬を貰い、ディーは化の皮のあらわれぬうちに英国へ逃げ帰ったが、助手のケリーはボヘミアの地主となりすまして居たため、後に、詐欺だということが明かとなって、帝のために殺された。
 有名なサン・ゼルマン伯や、カリオストロ伯なども、やはり、「哲学者の石」を発見したと称して、欧州の貴族社会の人々を欺いて歩いたものである。二十世紀になってすら、この種の詐欺は絶えぬのであるから、十八世紀の而も上流の人々を欺くのは比較的容易であっただろうと思う。彼等の駄法螺は大隈おおくま伯(と書くべきだが、彼等と対照させるためにわざとと書いた)などが十人寄ったとて叶うものではなかった。サン・ゼルマン伯の如きは、よわい二千歳でキリストを見たことがあるなどと豪語したものである。嘗て、ある人が、彼の従僕に向って、御主人は本当にそんなに年を取って居られるのですかと問うと、従僕はすました顔をして、
「さあ、よく存じません。私が御世話になってから、まだ、たった三百年にしかなりませんから」
 と、答えた。誠にこの主にしてこの従ありといわざるを得ない。これに較べると、百二十五歳まで生きるなどという法螺は、何でもないことになってしまう。而も、彼等のかような大法螺が、実際一部の人々からは真面目に受け容れられて居たのであるから、彼等の得意や思うべしである。
 錬金詐欺はあながち西洋にのみ限られたものではない。「煉丹れんたん」の盛んであった支那には当然行われて然るべきものである。『昼夜用心記ちゅうやようじんき』の中にある、細工師が本当の金をもって行って、慾の深い両替屋に見せ、自分が作った贋金だと欺いて、両替屋をそそのかし、沢山の資金を出させてそれを奪う話がある。両替屋は詐欺だったと悟っても、不正な動機で出した金であるから訴える訳にも行かず、泣き寝入りになった。もとより小説のことであるから事実あったことかどうかはわからぬが、これなども錬金詐欺と見做みなしてよく、恐らく支那の小説あたりからヒントを得たのであろう。
 先年日本で万有還銀ばんゆうかんぎん説を建てた老人があった。これはもとより不正な動機で企てられたのではないが、助手の詭計きけいのために、錬銀術師自身が欺かれて居たことが、後に明かにされた。最近、長岡ながおか博士によって水銀から金の生ずることが証明されるに至って、錬金術の一部分が科学的に実現された訳であるが、まだ、このことを種に詐欺が行われたということは聞かない。藁から真綿を取る方法を発見して沢山の智識階級を欺いた男には、こんなことを聞かせぬ方がよいかも知れない。
 今から三十年前にボストンで、ジャーネガンという牧師が、海水から金を採る方法を発見したと称して、大会社を建て、附近の大富豪の金を搾り取った話がある。詐欺師が牧師であったために、人々はまんまと一ぱい喰わされたのである。随分沢山の智識階級の人を網羅して居たけれどもやはり、みんな慾に眼が晦んで気がつかなかったのである。私は左に、近代の錬金詐欺師として最も有名なエドワード・ジョーンスを紹介し、彼の行った方法に就て記述して見ようと思う。
 ジョーンスはサンフランシスコの男で、化学の智識が豊富であった。始め彼は化学に興味を持ち、学問のために身を捧げようとしたが、段々落ぶれて行って友達などが顧みなくなり貧乏のどん底に沈んだために、遂にその科学的智識を悪事に応用した。そうして彼は犯罪者仲間から、Gold Dust Teddy(金粉のテッジー)と綽名されるに至ったのである。
 金粉のテッジーと綽名されたのは、彼が常に二つの袋を携え、一方に金粉を入れ、一方に真鍮粉を入れて、バーやその他の場所に出入りし、鉱山師やその他の連中に逢って、いい鴨が見つかると、先ず金粉の方を見せて、その実価の三分の二位で売る契約をし、いざというときに、真鍮粉を渡したからである。
 なお又彼は金塊詐欺をも行った。それはやはり、金塊を売る契約をして、いざという時に真鍮の中へ鉛を入れて同じ目方にしたものを渡すのである。買う人はいずれも不正品をやすく買うつもりで手を出すのであるから、彼を訴えることが出来ず、その儘沈黙を守ったので、彼は長い間、その詐欺を営んで居たのである。然し乍ら、とうとう、市の保安会の決議によって、サンフランシスコを追い出され、ニューヨークに来て一ヶ年半程滞在し、後英国に渡って富豪達に人気のある一流のホテルに宿泊した。
 其処で彼は数多あまたの紹介状を贋造して、多くの富豪の知己となり、それから彼は徐々に詐欺の方策を進めて行った。そうして郊外に一軒の家を求めてそれを立派な実験室に改造し、錬金の秘法を発見したと言い触らして、いい鴨の飛び込んで来るのを待った。
 その鴨の一つとなったのがボンド街に貴金属商を営んで居るストリーターであった。彼ははじめストリーターに逢っても、少しもその秘密を洩さなかったが、段々親密に交際するに及んで、遂に彼の発見した錬金の秘密法を語ったのである。彼の発見した方法によると、一ポンド金貨をるつぼに入れて溶かしそれに特種の薬品を加えると三倍量の黄金を得るというのであった。もとより、ストリーターは、はじめ、そんなことは出来まいと言ったので、テッジーはストリーターを実験室に案内して、助手と共にその実験を行って見せた。彼は五個の一ポンド金貨をるつぼの中へ入れ実験を終って、其処に発生した金塊を手渡し、「ストリーターさん、この金塊を冶金師のところへ持って行って分析して貰って下さい」と言った。
 ストリーターがある冶金師をたずねてそれを分析して貰うと、果して使用した金量の三倍に当った。驚いてテッジーの許へ帰ると、テッジーはストリーターにすすめて多額の資金を出させ、それを三倍にしてあげようと言った。
 ストリーターの心は大に動いたが、何となく危険に思ったので少しく躊躇した。彼はテッジーが助手を使って実験を行うのに不安を懐いたのである。そこで金貨を提供する代りに、金の棒を提供するから、それを三倍にして貰いたいというと、テッジーは金貨でなくては実験はしないと言ったので、愈よその疑念を深めるに至った。すると、テッジーは今まで見せなかった「哲学者の石」を出してストリーターに示したが、ストリーターは石のことに通じて居たので、それを見て、すぐ大理石に過ぎぬことを知り、詐欺にちがいないと悟って警視庁へ訴え出たのである。その結果テッジーの身許が知れ、テッジーは刑務所に入れられた。
 然し、刑務所から出るなり又直ちに錬金詐欺を始め、其の後幾度となく刑務所に入れられた。彼は英国ばかりでなく、大陸の方へ渡って詐欺に成功し、パリーとウィーンで凡そ二十六万円の金を詐取したといわれて居る。
 その方法は彼のストリーターに示したと同じであって、最初に実験して見せるとき、るつぼの中へ特種の粉を投じて濛々たる煙を発生せしめ、その間に助手をして、金を投ぜしめ、金が殖えたように思わせるのである。愈よそれによって慾の深い人を欺き、大袈裟な実験に移ると、テッジーは先ずその金貨を、酸を入れた大きなタンクに入れ、十日又は十四日間その儘にするのである。彼の言う所によると、多量の金を取り扱う際には、こうして予め金を軟かくする必要があるというのである。
 テッジーは出資者と共に実験室にはいって、金貨をタンクの中に投ずるのであるが、その実、投じてから間もなく二重底の仕掛によって、贋の金貨と擦りかえるのである。若し出資者がいつ迄もタンクを見張って動かないときは、テッジーは室内に悪臭ある瓦斯を漲らせて一時追い出し、その間に助手をして擦り替えを行わしめるのである。そうして擦り替えるが早いか、彼等は直ちに風を喰って逃げてしまい、出資者だけは、タンクを見張って贋の金貨が軟くなる日を待って居るのである。
 一寸考えると、こんな馬鹿げた詐欺にかかるものはよほどどうかして居るだろうと思われるけれども決してそうではない。かの高柳某たかやなぎぼうの詐欺もその方法こそちがえ、原理に於ては一種の錬金詐欺ということが出来よう。
「誰にでも出来る一万円貯金法」。これが錬金術でなくて果して何であろう。
(「探偵文藝」一九二六年一月号)





底本:「幻の探偵雑誌5 「探偵文藝」傑作選」光文社文庫、光文社
   2001(平成13)年2月20日初版1刷発行
初出:「探偵文藝 第2巻第1号」奎運社
   1926(大正15)年1月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:川山隆
校正:土屋隆
2006年11月26日作成
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