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民謡は民族が有する唯一の郷土詩である。郷土詩を無視して民謡の存在はない。民謡は草土の詩人によつてうたはれる、純情芸術である。
本書は「かれくさ」(明治三十八年発行)以後の小著中より採録した作品と未発表の作品とを加へて百篇としたが必ずしも自選集の意味ではない、自分が二十数年間辿つて来た道程の記録である。
又、一二節外律によらざる作品も加へたのは思ふところがあつたからである。
大正十三年六月
本書は「かれくさ」(明治三十八年発行)以後の小著中より採録した作品と未発表の作品とを加へて百篇としたが必ずしも自選集の意味ではない、自分が二十数年間辿つて来た道程の記録である。
又、一二節外律によらざる作品も加へたのは思ふところがあつたからである。
大正十三年六月
著者
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とんぼ来るかなと
裏へ出て見たりや
とんぼ飛んで来て
とんぼ
赤い帯なぞちよんと
締めて来る
橋の上から
小石を投げた
小石ヤ浮くかと
川下見たりや
小石ヤ沈んで
流れてぐ
しをれて枯れた
捨てりや葱でも
しをれて枯れる
お
二十三
まだのぼらない
麦鍋ア
とろとろ とろりちけえ
眠くなつて来た
門司へ渡れば
九州の土よ
土の色さへ
おぼろ月夜してる
土もあかるい
あかるい土よ
人もあかるい
あかるい顔よ
遠い
わたしの故郷
なぜに暗いだろ
故郷の土よ
暗い土でも
常陸は恋し
背戸の竹藪で
竹
雀ヤ飛んで来て
啼いてからまつた
音頭とり「よいとまきすりや
綱引き「この日の永さ
音頭とり「たのみましたぞ
綱引き「
音頭とり「唄が切れたら
綱引き「唄
音頭とり「寝てて暮らそと
綱引き「思ふちやゐぬが
音頭とり「杭の長さよ
綱引き「お
音頭とり「唄で引かなきや
綱引き「どんと手に来ない
夜明お星さま
一つかや
宵に出た星ヤ
どこへいつた
天さのぼつたか
沼へいつて見たりや
沼にや
花盛り
沼にや眼子菜の
花盛り
蛙ア眼子菜の
蔭で鳴く
夜あけ千鳥ぢや
あの啼くこゑは
帰りなされよ
お帰りなされ
川の浅瀬にや
朝霧立ちやる
霧は浅瀬の
瀬に立ちやる
青いすすきに
螢の虫は
夜の細道 夜の細道
細いすすきの
姿が可愛ネ
細い姿に
こがれた螢ネ
夏の短い
夜は明けやすい
夜明頃まで 夜明頃まで 通て来る
「
帰る
若い娘は
まだ帰らない
スタコラサ
スタコラサ
月も夜明にや
寝ぼけ月なら
帰らない
スタコラサ
スタコラサ
磯の
日暮れに帰る
夕焼け小焼け
ヤレ ホンニサ
船もせかれりや
出船の仕度
島の娘達ヤ
なじよな心で
ヤレ ホンニサ ゐるのやら
海の遠くの離れた島で
かはい小鳥がうたふ歌聞ゆ
海の遠くを毎日見ても
島も見えない小鳥もゐない
島は見えずも小鳥はゐずも
かはい小鳥がうたふ歌聞ゆ
誰も知らない遠くの島で
かはい小鳥がかはい歌うたふ
洪水の跡に
コスモス咲き
赤い
とまつてゐる
赤い蜻蛉よ
旅人は
どこまで行つた
わたしや恥かし
枝垂柳の謎ばかり
かける
解けと
解かりよか 謎よ
これさ 喜蔵さん
かけずにおくれ
烏 啼くから
出てみりやゐない
お
わたしや烏に
だまされた
だまされた
はぐれ烏だ
だました 烏
お母さんよ
烏ア啼いても
もう出ない
もう出ない
夜になるとお月さんは
窓に来た
そーツと窓から
覗いてる
お月さんは しばらく
来なくなつた
闇夜の夜ばかり
続いてる
ぽツと出てた
有明お月さんに
なつてゐる
土に物問うた
畑の土に
土が物
畑の土が
ゐたよと言ふた
お
もう間はなかろ
裏の畑の
茶の樹を見たりや
雀アならんで
とまつてる
鹿島灘越しや
船玉さまよ
アレサ マア
アレサ マア
隠れ
磯が鳴る
わたしや
草刈り娘
草は
刈らなきやならぬ
ザツクリ ザツクリ
ザツクリサ
草の千駄
夜明の
わたしや思はぬ
日とてない
ザツクリ ザツクリ
ザツクリサ
ほととぎすが啼く
ほととぎすが啼く
もう 金雀枝の
花咲く頃か
ほととぎすが啼く
ほととぎすが啼く
裏戸覗きやる
口笛ヤ吹きやる
わたしや気が気ぢや
ゐられない
逢へる身ならば
逢ひにも出よが
元のわたしの
身ではない
小声ぢや呼びやる
とても気が気ぢや
ゐられない
空の星でも
縁なきや流る
薄い縁だと
おぼしやんせ
石は投げしやる
雨戸にやあたる
もうも気が気ぢや
ゐられない
この
石投げしやるか
石に言はせに
来やしやるか
去つちやくれろと
石投ぎやしない
風の音だと
思やしやれ
風の音だと
よく
窓にもたれて
泣いたぞえ
(ある農夫の歌の VARIATION)
畑ン中に、
イヤハヤ
むんぐらむんぐら居やあした
畑の土は、開闢このかた、黒いもんか
どなもんか
畑ン中は、青空天上、不思議はごわすめえ
喉笛鳴らした ケー ケー ケー
こりやまた事だと
追つかけ廻つた、
ぶつ飛びあがつた、飛んだわ 飛んだわ
蜻蛉は
地主様の一人娘が
娘に
どどの詰りが
エヘン
孕み
畑ン中の豆ン花
朝つぱらから何事ぶたずに
べろりと咲いてござりやあす
願ひかけました
縁をつないで
お呉れよとかけた
末はどうでも
お薬師さまよ
せつぱ詰つた
つないでお呉れ
帯で結んでも
切れる縁は切れる
どうせ米山も
お道楽薬師
切れるまでにも
つないでお呉れ
春も末かよ
葉桜の
蔭に来てゐる
友なつかしい
今日の日も
桜の蔭に
暮れて行く
桜の蔭の
たそがれが
なぜなつかしい
蚊喰鳥
月日立つのは
つばめの鳥よ
はやいものだと
さう思へ
南風吹きや
また来よつばめ
桜咲いたら
来よつばめ
南風吹きや
つばめの鳥よ
わしが待つぞと
さう思へ
ひよろひよろ松よ
こぼれ松葉の
わたしぢやほどに
逢ひに来たのか
泣かせに来たか
逢ひに来たなら
出て逢ひませうに
泣けと云ふなら
わしや泣きませうに
唄で流して
横丁を通る
狐ヤ背戸山さ
来ちやコンと啼いた
背戸の松山の
松
狐ヤ背戸山さ
来なくなつた
山にや
毎日 寒い風吹くに
飛騨の高山
渡り鳥や
渡る
渡りなされよ
富山の 山にや
風は吹いても
まだ雪ヤ
降らぬ
思ひつめたぞ
生きて暮らそと
恋路で死のと
わしの心も
こうなりや闇ぢや
どこで照る日も
照る日は同じ
この土地去るぞ
旅の身ぢやとて
さうぢやとて
ゆく気かい
たづねて来よとて
さうぢやとて
このままわかれて
ゆく気かい
待つてて呉れとて
さうぢやとて
どうでもわかれて
ゆく気かい
□
上州見おろし
浅間が山は
胸にほのほの
火を燃やす
□
二つ日はない
浅間が山よ
わしが願ひを
どうなさる
沖は
渚は雨よ
船は
みち汐か
汐はみち汐
港の船よ
時雨
風が吹く
来たたより
博多
浪枕
わたしも博多の
浪枕
ゆるしてお呉れと
いふたより
さつさ
あの山越えて
花は咲けども
ふるさとの
月はおぼろに
川しぶき
さつさ行きましよ
あの川越えて
花は散れども
ふるさとの
月はなつかし
川しぶき
咲く頃にや
芙蓉の紅い
花が咲く
雀もお宿に
帰る頃にや
雀のお宿も
日が暮れる
おれもかうして
ゐるうちにや
おれも日暮れて
しまふだらう
青い月夜だ
いとどの虫よ
青い月夜も
いつまで続く
鳴いてくれるな
いとどの虫よ
生れ故郷の
糸とりながら
父と云ひました
母と云ひました
千羽烏の
カホカホ声よ
父が恋しい
母なつかしい
薔薇の花さへ
真赤に咲くに
二度と帰らぬ
わかれた恋よ
夢か 涙か
流れの水か
わたしや
捨てたか恋よ
薔薇の花さへ
真赤に咲くに
帰つて下さい
わかれた恋よ
夢も 涙も
流れの水も
わたしや口惜い
帰らぬ恋よ
三
薔薇の花さへ
真赤に咲くに
忘れられない
せつない恋よ
夢と 涙と
浮世の風に
わたしや口惜い
しぼんだ恋よ
わたしや黒猫
闇夜がすきよ
寒いロシヤへ
渡ろか
行こかロシヤの
雪降る国へ
身まで売られた
わしや黒猫よ
風は 吹く吹く
港の沖に
寒いロシヤの
国吹く風よ
行こよ
ロシヤの国へ
どうせ売られた
わしや黒猫よ
鳥は空飛ぶ
空飛ぶ鳥よ
つれて行かぬか
ロシヤの国へ
ロシヤは恋しい
火を吐く国か
たよりすくない
わしや黒猫よ
同じ国なら
故郷の人か
聞いただけでも
なつかしう思ふ
今の 今まで
忘れてゐたが
村の娘で
わしやゐた頃よ
思ひ出したぞ
涙の種を
飲めよ コクテール
うたへよ 未来の歌を
赤く爛れた
二人のこころ
弾こか バラライカ
ロシヤの歌を
空は闇夜で
星さへ見えず
窓を ノツクする
またれてならぬ
三日月さまも
山の蔭から
蔭へとはいる
山の蔭かよ
三日月さまは
但馬山国
恋の星月夜
春降る雪は ヨー
山の峰さへ
わしの
春降る雪か ヨー
不思議に解けた
桃の花盛り
籠ロヂ乾そか
春蠶
日和はよいし
桑摘み唄よ
霧ヶ岳から
朝立つ霧よ
霧を見てさへ
思ひ出されて
どうもならぬ
故郷恋しい
あの山蔭の
霧は消えても
父母さまを
思ひ出されて
どうもならぬ
ざんぶざんぶと
越後の海は
恋の海かよ
はなればなれに
波々打つな
同じ海でも
越後の海は
ざんぶざんぶと
かなしい海か
はなればなれに
波々打つな
畑を覗きや
茄子ヤうれずに
まだ花盛り
ひよいと茄子の
木の下見たりや
蟻の行列ア
続いてる
春の花かよ
桜の花は
春の花だよ
あの花は
チヤチヤラチヤ ヤツトサ
夏の空かよ
夕立雲は
夏の空だよ
あの雲は
チヤチヤラチヤ ヤツトサ
秋の月かよ
尾花の上に
秋の月だよ
あの月は
チヤチヤラチヤ ヤツトサ
冬の風かよ
山吹く風は
冬の風だよ
あの風は
チヤチヤラチヤ ヤツトサ
□
さんさ
夜来ちや
降りやる
降りやる
□
塩の
石の釜
欲しや
鉄の錆釜ぢや
塩アたけぬ
物干台の
つばくらめ
お前も旅の鳥だわネ
わたしも旅の
鳥なのヨ
もうわたしや遠いところへ
ゆくんだよ
物干台の
つばくらめ
泣かないか
お
若い男が
だましに来た
小さい声でだましてゐる
お艶がざぶり湯をかけてやると
男はうろうろしてゐたが
裏から
すーつと逃げて行つた
馬は
がらんがらんと鳴らしてゐる
天の川は北から西へ流れてゐた
山に春雨
野に
花のかげかは
つばくらめ
去年
ふるさとの
山に来もした
つばくらめ
雨は降れども
つばくらは
花に寝もせぬ
旅の鳥
野にも山にも
春の日の
雨は糸より
細く降る
黙り腐つた
蝸牛よ
渦を巻いてる蝸牛よ
何が恋しい
篠藪に
さらさら さらと 雨が降る
蝸牛よ
己に悲しいコスモスの
花と花とに雨が降る
もう己の
家は
蝸牛よ
田もいらぬ
畑もいらぬ
篠藪に
さらさら さらと 雨が降る
誰に見せうとて
髪結ふた
西の山には
誰に解かそと
帯締めた
東の山にも
萱の花
萱の枯れ葉に
だまされた
お綱さまはと
懸巣啼く
わたしの
篠藪で
さつさ お背戸の
誰にも言はずに
ゐてお呉れ
去年の暮にも
篠藪で
さつさ お背戸の
鷦鷯
誰にも言はずに
ゐてお呉れ
風に吹かれて
そよそよと
山の枯葉は
皆落ちた
木曾に
実はうれる
かへれ信濃の
旅烏
茶の樹畑の
豆食べた
鳩は畑の
どこで啼く
花と云ふ花は咲けども
妻と云ふ
花は咲かない
おお 淋し
咲く花は
妻と云はりヨか
おお 淋し
風に吹かれて飛ぶ雲は
荒野の 果ての 野の 果ての
わたしに
恋しかろ
渚の 渚の
子安貝
波 どんど
波 どんど
子安貝
暮しませう
お前も
わたしも
子安貝
姉は 男に
だまされた
きりぎりす
妹は
とんがらがん とんがらがん
暮してる
姉は 男に
だまされた
野中の一軒家の
きりぎりす
青い
降る雨は
ちんちりりん ちんちりりん
降りました
かげろふの
あしたはまたぬ命だと
たよりは来たが
どうしよう
ひとつにはまたひとつには
かすかに白き
花でせう
しよんぼりとまたひとつには
さびしく咲いた
花でせう
かなしくもまたふたつには
涙に咲いた
花でせう
かげろふの
糸より細き命だと
たよりは来たが
どうしよう
さらば さらばと
下総の
風の吹くのにたちました
親と別れた
空を見てゐた雁でせう
旅の身ゆゑに
下総の
風の吹くのにたちました
逢ひはせぬかよ
十六島で
ぬれ
潮来出島の
ぬれ乙鳥は
いつも春来て
秋帰る
赤いはお寺の
白いは畑の
空飛ぶ鳥ゆゑ
巣が恋し
別れた子ゆゑに
子が恋し
ふるさとの
国へ帰れば
皆恋し
いつの夜の間に
降るのだろ
枯れて呉れろと
枯れ山の
風は幾日
吹いただろ
雨が降れ
わたしの胸の
恋の火は
いつになつたら
消えるだろ
焔に燃えてをりました
君はたしかに
夕暮の
野に咲く花の
露でした
土蔵の壁に
傘にかかれてありました
君のたよりの
来た日から
かなしい噂がたちました
水に流して呉れろとは
夢と思への
謎か知ら
走り書きだが
「涙」と記してありました
水に流して呉れろとは
熱い涙の
ことか知ら
友禅の 赤く燃えたつ
銀の糸の
雨は
渋色の 蛇の目の傘に
降る雨も
上に下にと降りしきる
鴨川の 河原に啼いた
河千鳥
君と別れた路次口に
雨はしきりと降りしきる
雑木林の
杉の枯れ木を
杉の枯れ木を
啄木鳥は
啄いて啼いた
掛けた襷の
解けたも知らず
涙うかべて
お糸は見てた
裏の
ささげ畑の
君は忍んで 逢ひに来て
呉れた
裏の田甫で
鴫がゆふべ啼いた
鴫も田甫も霜枯れだけど
君は
呉れよう
垣根の外に
来ては泣く
恋しい唄に聞きほれて
垣根の外に
来ては泣く
しぼむ
垣根の外に
故郷の
恋しい唄を
聞いて泣く
裏戸覗いて 裏から
帰る
紺の前掛
あなた一人に
泣いて別れた
裏戸覗いて 裏から
帰る
紺の前掛 麻裏草履
「死なば共だ」と
裏の お玉坊と
畑で泣いた
ウンニヤ 新吉さんは
小指の先を
細い
葉で切りました
裏の お玉坊も
泣き泣き指を
共に芒の
葉で切りました
春の
暮るる日に
紅き花さへ
夕べ 畑で
恋人を
待ちしも
今は昔なり
夏のをはりに
白き花さへ
惜みたり
河原の岸で
恋人と
泣きしも
今は昔なり
お月さま出てる
そろりそろりと
お月さま出てる
土をたたいたら
どしんこ響いた
姉も
おさらば さらば
旅で暮らせば
雨も
さらり さらりと
身にしみる
さらり さらりと
茅野の
雨は
さらり さらりと
身にしみる
潮がれ浜で聞く唄は
みんな悲しい
唄ばかり
沙の数ほどかぞへても
別れた人は
帰らない
涙ぐましくなつて来て
泣かずに 泣かずに
ゐられよか
お前と逢うた
武蔵野に
青い 昔の 月が出た
お前も 見たろ
武蔵野の
畑の中に家が建つ
畑の 中の
もう おれは
川の向うで
帰りやんせ
帰りやんせ
月も おぼろに
河原さ出てる
帰りやんせ
帰りやんせ
きつと忘れて
ゐるんだよ
恋しくて
裏へ出て見りや
青い空
はかない
わたしの
はかない
わたしに
こころに
何故したの
お
元の男の 畑に咲いた
お蔦嫁さま
もう 諦めた
何にも縁だと もう諦めた
切れた障子の
穴から見たら
後向きして糸繰りしてる
学校先生よ
石地蔵さまも
赤い
かけてゐる
烏ア欲しくて
涎掛見てる
学校先生よ
裏の川端の
さらさら
思ひ返して
みる気はないか
櫛が落ちてゐた
通つて来たのか
可哀想なものだ
卯の花が散る
沼の中に
沼の中の
菖蒲の花よ
葛飾に
今
家も屋敷もない
去年の夏は東京に
今年の今は葛飾に
わかれねばならぬ時が来た
この住み馴れた
葛飾の
菖蒲の花よ
また逢はう
蛇の目
月日かぞへて
港を見てる
待つはつらかろ
待たるる身より
船頭さん
蘆が枯れたら
どこで逢ひませう
前の河原は
石まで枯れるし
蘆が枯れたら
どこで逢ひませう
裏の畑は
土まで枯れるし
蘆が枯れたら
どこで逢ひませう
蘆の枯れ葉の
蔭で逢ひませう
おけらの唄の
さびしさに
窓にもたれて
すすり泣く
まぼろし
コスモスも
花は昔の
ままで咲く
おけらの唄の
さびしさに
畳の上に
伏して泣く
今日も
丘に来て啼いた
おれも泣きたい 鶫の鳥よ
空は乳色に
また日が暮れる
死んで別れた
人ではないし
忘れようとて 忘らりよか
窓の格子によりかかり
「いつまた来るの」と
泣く女
錆た庖丁の かなしくも
「はかない身だよ」と
さうか知ら
ただ明易い 夏の夜の
街はあかるい
青すだれ
錆は磨いでも
さうか知ら
お
畑の中で
しやなりしやなりと
麦踏みしてる

出てる
つまらないよと
涙で
お仲姉さま
丸顔だつけ
スイッチヨスイッチヨと
大阪の
街のはずれで鳴くスイッチヨ
姉は筑紫の
長崎へ
長崎へ
スイッチヨスイッチヨと
蔦の葉の
上にとまつて鳴くスイッチヨ
左官が 左官が
蔵建てた
おけらが三匹
出て鳴いた
大工が 大工が
家建てた
お月さん ぽかんと
眺めてる
雨の降る日は
雨だれ
小だれ
公休日が恋し
空の弁当箱
雨だれ
小だれ
腹の減るたび
いやな監督さんだ
雨だれ
小だれ
何にも恋しくないが
公休日が恋し
かかれかかれと
モータが廻る
なにもかかりませうか
雨だれ
小だれ
最早対馬も
春だろに
海にや海霧
朝から立ちやる
対馬見るなの
霧ぢややら
背戸へ出て見たりや
烏ア河原で
水浴びしてた
山の頂上にや
薄雲かかる
今夜 山から
雨ア降るか
娘
赤ん
劉
ワタシ ワカラナイ アナタ スル ヨロシー
娘
横浜の叔母さん
新しい
娘
叔母さんに断られたらどうしませう
劉
ワタシ クニ トホイ ワカリマセン
娘
悲しいけれど捨てませう
顔の見えない闇の晩
ミルクの管を
娘
お月夜の晩であつたらどうしませう
お月夜が続いて居たらどうしませう
育てませうか捨てましよか
劉
ワタシ ニホン タツ アナタ タノム
娘
薄情な 薄情な 劉さん
思ひ切つて――悲しいけれど捨てませう
ベンチの上に青青と月がさしたら泣くでせう
わたしの顔をきつと眺めて泣くでせう
劉さん
劉さん
その時のわたしの心はどんなでせう