新しい抵抗について

宮本百合子




        一 今日のファシズムのありかた

 この八月十五日には、四回目のポツダム宣言受諾の記念日がめぐってくるわけです。その記念日にあたって、わたしたちが力をつくして闘い、抵抗しなければならないのが国の内外にあらわになって来ているファシズムであり、戦争挑発であるということは、実に感慨無量のことです。
 日本のファシズムは、本年に入ってから、特に国鉄をはじめとして大量の人員整理をはじめてから、ひどい勢いで各方面で人民生活をかみやぶりはじめました。
 わたしたちの民族独立への希望や、文化の自立への希望――つまり独立した社会人として当然に抱いている生活におけるすべての希望は、ファシズムとの闘いなしにはうちたてられないことを痛感しているわけですが、それにつけてもわたしたちは日常生活の中におこってきているファシズムのこんにちの日本独特のやり方について、こまかく見きわめる必要があると思います。
 ファシズムというと、わたしたちはすぐ戦争中のままの形で超国家的な大川周明の理論や、憲兵の横暴や、軍部、検事局その他人民を抑圧した天皇制の機構全体を頭にうかべて、なんとなしその全体に体当りで抵抗するのがファシズムへの抵抗という感じをもって来ていると思います。さき頃の映画の東宝問題というものがでると、誰にもファシズムの反動文化政策というものが分るし、まして、この頃のような社会情勢に対してファシズムの圧力を感じ、それに対して反対の声をあげない人はありません。三鷹事件、下山事件の新聞記事の扱いかたなどにしてもファシスト的な挑発の調子がつよいとみんなが感じている。
 こんにちにおけるファシズムとの闘いの非常に微妙な点は、わたしたち一人一人の市民的抵抗がどんなにつよくあらねばならないかという点についての問題です。組合その他の民主的組織が抵抗してゆく。それにまかせているだけでは、真の人民の抵抗として充分でないという点です。つまり、ファシズムに抗議するストライキ、ファシズムに抗議するデモンストレーション、ファシズムに抗議する声明書、それらの集団的な抵抗の裏づけとして本当に一人一人が、自分の生活態度の全面でどんな抗議を行っているか、それを明瞭に意識において見なければ、日本の民主化を守り通し、それを前進させるための実力としては足りないということです。
 日本のファシズムの新しい方法は非常に狡猾になってきている。正面から軍国主義の復活や侵略的な民族主義をたきつけることは出来ないから、民主主義者が提唱する人民的な民族主義に便乗して「日本を再建するために」云々と、民族自立の問題・主権在民の問題も――即ちポツダム宣言と新憲法の実質を左からぐるりと右へひとまわりさせたものにしようとしている。
『テラス』や『ロマンス』などのような雑誌が、この頃ルポルタージュと称して戦記ものを記載しているのは、偶然のことでしょうか。去年の初夏、日本出版協会は『テラス』『ロマンス』などからはじまってとくに猥雑なエログロ出版の氾濫を整理しようとして苦心したことがあります。出版綱領実践委員会が集って日本の出版の浄化のために幾たびか協議しました。その過程で非常に注目すべきことがあった。エログロ出版物を駆逐するために、警察力を使えということ、新しい取締法律をつくれという意見が伝えられました。しかし、猥褻罪を取締るためには、そのための法律がある。どうせ悪質な出版をする者はその時々の情勢によって猥褻にもなれば怪奇にもなるのであって、もしひっくるめてそれを取締る法律をつくれというのならば、法律の条文としては「公安を保つ」というような文句が使われやすい。ところが、この「公安」という字は、御承知の通り日本では明治のはじめから真実の意味で「人民生活の公安」のために使われたことは、ただの一度もなかった。ですから、出版綱領実践委員会はエログロ出版取締のためという名目に乗ぜられて、新しい出版取締法をつくられる媒介になることはしまいとしました。これは正しい態度でした。
 ところが、一年経ったらエログロ出版者たちは、おかしな風に右ねじりをはじめてきた。最近の「軍艦大和」の問題は、文学作品の形をとっていたから、文学者たちの注目を集め、批判をうけましたが、ひきつづきいくつかの形で二・二六実記が出て来たし、丹羽文雄の最後の御前会議のルポルタージュ、その他いわゆる「秘史」が続々登場しはじめました。なにしろあの当時、言論報道は全く統制されて嘘の大本営発表しか知らされなかったのだから、読者はこんにちあらわれる「秘史」にエログロと違うスリルを感じて、夏枯れしのぎに、いい思いつきのように流行しています。
 これらの「秘史」「ルポルタージュ」が真実の軍部批判と戦争批判、日本の平和建設の誠意をどの程度までたたえているでしょうか。二・二六秘史についても、あの事件が日本の侵略戦争遂行のための暴動であったいきさつにはふれないで、青年将校の純情さの一面を浮び出させている。そして、「兵は、共産主義者の反乱鎮圧のために配備されているのだと信じこんでいた」というようなことも平然と書かれ、こんにち政府が共産党鎮圧の空気を挑発しているのと、おのずからマッチするようにあらわれて来ている。
 わたしたちのファシズムとの闘争は、微に入り細をうがって、現実に密着したものでなければならないというのは、ここのことです。下山事件をみても、一ヵ月の間、検察庁は他殺か自殺か、わざと不明瞭にしたまま、ひっぱってきている。下山夫人が妻として良人の自殺を直感して、身辺の者にそのことを洩らしたという事実さえ(八月三日毎日)今日まで公表させませんでした。夫人はどういう圧力に強要されたのか、自殺なんてとんでもないということばをくりかえし公表させられていました。そのために、事件がわけがわからないものであると一緒に、下山氏に対する、また遺族に対する世間の人間的な同情さえそらされている結果になってしまっている。下山事件は国鉄整理と労働者階級の弾圧のために実に政治的に利用されました。
 三鷹事件は、数名の共産党員を検挙して、その中に真犯人があるように宣伝されています。しかし、次の事実は事件の核心に関係しているにもかかわらず、商業新聞には発表されていません。それはこういう事実です。事件当夜、立川市の警察署長は立川国警から電話をうけて、八時半頃三鷹附近で事件がおきるから注意して警戒にあたれと、命令をうけたと二十七日『アカハタ』記者に語っています。電話をかけた立川国警署長は、「同様な意味の電話が国警本部から八時半頃あった」と語っている。その電話は八王子管理部から国警本部へ入ったものであるが、この電話の「入手径路は捜査されていない」(八月二日アカハタ)。この電話でみれば、何処よりも先に国警本部が事件の起きることを予知していたわけです。電車がぶつかってめちゃめちゃになった三鷹の交番に警官は一人もいなかったという事実は何を物語るでしょうか。捜査のすすむにつれて三鷹の組合の副委員長をしている石井万治という人は嫌疑をかけられている書記長の自宅を訪問し、他所へつれて行って饗応し、ノートをひらいて、緊急秘密指令三百十一号、三百十八号というものをみせ、あなたのことについては骨を折るという話をしています。その指令三百十一号には、突発事故が起きたらできるだけ復旧事務を拒否せよ、民同との摩擦を回避せよ、などという文句があったそうです。北海道に偽の指令が流れたことがあった。この指令もおそらくどこかの家宅捜索をすれば、「そこにもあった」ものとして発表されるでしょう。昔からこの手は使われていることです。
 ファシストの地下組織が千葉で発覚しています。千葉のファシスト地下組織は、もと上海特務機関中尉である大島軍司という人物を中心にして、千葉県知事、市長、成田山の僧正、千葉市警察署長、その他各地の警察署長とれんらくして、大島は警察パス、外務省パスを所持して、現在は法務庁に籍を持っているそうです。共産党員をスパイにつかって、共産党を非合法に追いこむためにさまざまな挑発をおこなってきたことが判明しました。(七月三十一日アカハタ)
 こんにちの商業新聞は、スクープさえ自由にできない状態におかれています。千葉のファシスト組織のことが一行でもかかれた新聞があったでしょうか。わたしたち人民の判断を、公平で、明朗で、正確なものにするためになくてはならない現実の材料を奪うために、政府はどんな手段をとってきているかが分ります。
 ファシズムに対するわたしたちの闘いには、これらのデマゴギーと挑発によって事実を不正確につたえられる現実の一つ一つに対して、先ず事実を検討し、それから落付いて判断してゆく理性のつよい歯車がいります。現実的な生活的な勉強がいります。

        二 「進歩的」ということ

 わたしたちは、みんな生きることを心からよろこんではりあいのある人生を生きたいと思っているのです。ところが、この資本主義の社会の社会悪と矛盾、苦悩惨酷があまりひどいから、わたしたちの心には社会的な自覚とともに、正義感や疑問が起って、次第に階級社会の過去の発展の歴史と未来の展望に対して無関心でいられなくなって来たのです。そこから出発して共産主義を検討し共産党員にもなってゆくのです。
 資本主義の社会がゆきづまっているということは、もう一九一八年以来世界の人々が感じている。しかし、資本主義の社会体制が保たれることで特権をもってゆける支配階級の人々は、あらゆる手段をつくして新しい社会体制の発展を遅らせようと努力していますし、あからさまに人民大衆を犠牲にして、社会的混乱を拡大し、深め、その間に新しい歴史をつくってゆく労働者階級の政治力をそいでしまおうとしてきている。下山事件は、新しい日本のファシズムが人民の感情を混乱においこみ、だんだんに迷わせて、正当な抵抗の発現をそぐという手段の成功した例です。
「進歩」ということは、こんにちの社会情勢について、国際情勢について、もっとも多くの知識をもち、歴史的見通しをもった、いわば前衛的な人々が、大胆に権力と対決してゆくというだけの単純なことではありません。「進歩」ということは、その時代の常識の最高の線についてだけ云われることではなく、むしろ、最低線について云われるべきことです。その最低線がどの程度まで歴史の客観的な前進に一致した認識と行動に向ってきているかということこそが、進歩のめやすです。だから、たとえば日本の婦人の社会的地位の進歩という場合、婦人代議士、特殊な芸術家、科学者などの業績をはかることばかりでは一面的です。日本においては、繊維産業に働く女の子の生活と意識の水準がどの辺にあるかということが、必ずみられなければなりません。吉田首相がどんなに綺麗な白足袋をはいているかということではなくて、続々と失業させられている労働者の食べられるもの、着ていられるものは何か、田圃で働いている人々、苦しい中小商工業の人々の生活で、赤坊の着ているものはどういうものかということに、人民的生活の進歩の標準があるのです。
 一つの学校の中で、優秀な細胞があり、自治会があり、そこに属す学生はすべて頭脳明晰だということだけが、その学校全体の学生の精神水準を示すとは云いきれないし、日本の青年の進歩の総和的な標準だとはいえません。東大でも、伊藤ハンニまがいの山師がでているし、きわめてエクセントリックな性格と生活態度の女子学生が大阪の実家で弟に殺されたという事件があったし、法科の学生が教室でエロティックな映画を公開したというおどろくべきこともありました。女子の学校などでも一日に百二十本のアイスクリームを売って、汗にまびれてけなげにアルバイトして勉強している学生と、文化的な外見をもちながら、生活の中心が全く腐敗してしまっている女子学生とがある。もしこのような今日の現実を、「あれはあの人たちだけのこと」とおたがいに冷やかに眺めあっているだけならば、そこには新聞の社会面と同様に、歴史の前進性、建設性に対して責任をもたない傍観主義があるだけです。「進歩的な」学生たちのグループが、こういう社会現実に対してもし商業新聞の社会面的にみるだけという態度でいるようなことがあれば、それらの人々のもっている進歩性というものは、生活の裏づけのうすい頭脳的なものであるということになります。現実の社会悪ととりくんで、悪の中から一つ一つと、社会と人間のよりよい変革のための方向をひき出してゆく、善意の実感の美しい生きた力を欠いていることの証拠です。これは古風な正義派の感覚ではありません。
 一般の人々が、毎日の生活の中にこれほどの不合理と権力の押しつけがましさを感じ、物質と精神の渇きあがった苦しさを感じているとき、このままでは、やりきれないという、素朴な人間感情からだけでさえも、自然に変革と前進との側に立たないわけにはゆかないのです。青春そのものがそういうものであるわけです。だから共産主義というものに理解がなくて、共産党員といわれる人々の中にいけすかないものがあるにしても、自分のすきでない共産党や共産党員がやっつけられるという小気味よさにだまされて、本質的には、いい気味がっている本人自身の市民的自由や生活権をかっぱらわれてしまうような、愚かな快感に浸ることは全く人民的自殺です。自分の首をしめていい気持だといっているうちに、窒息してしまった少年よりもおろかです。この愚かなことが一九三三年から以後の日本にはあったのです。やっつけられるのは、左翼の者ばかりだ。「あれは左翼だから」、「戦争反対者だから」と、なるたけ遠のいて自分を権力に屈従させたおびただしい人々が、こんにちどれほど特別にいい生活をしているでしょう。
 多くの人は、つのめだった世相につかれて生活のうちにせめて寸刻のやわらぎを求めています。あつい夏の朝、新聞をあければ、今日も明日もと、下山事件、三鷹事件、『アカハタ』への手入れとあつ苦しい、ごみっぽい記事はすべて共産党に結びつけて大げさに書かれている。そんな紙面を見ると、ある種の人々の感情はなんだかうんざりしてしまう。本質的には、底をついた植民地的収奪の生活にうんざりしているその気持が、新聞記事の調子を通して、組合だの、前衛組織だのへ向って流されてゆく。めいめいの現実につながった人民的な事件であるそれらの事柄さえも「また例の」と社会面的に、皮相的にみられる習慣をつけられてゆく。毎日の新聞記事をそっくりそのまま信じないまま、冷淡になってゆく心理の習慣、社会的な感情を生活の疲労とともに無反応、無批判にみちびいてゆく手段。これこそファシズムの社会心理学第一章です。軍部の「怪文書」が乱れとんで、出所も正体もわからないまま、五・一五、二・二六と人心をかきみだして行って、遂に、無判断無批判にならされた人民を破滅的な戦争に追いこんで行ったいきさつは、こんにちあらわれる二・二六実記と称するものをよんでさえ、よくうかがえます。しかも、きょうのファシズムは、それらの手段を、必ず左からまわってやっているのです。民主主義を守るという口実でやるのです。ナチスも左からまわったし、ムソリーニも左からまわりました。いずれも、人民を裏切って。
「おくれた大衆」という言葉は、前衛的な人たちによってしばしば使われていますけれども、私はいつも一種の感じをもってきいているのです。わたしたちの家庭のなかに、あるときはわたしたち自身のなかに、「おくれた大衆」はいないのかしらと思って。戦争中は少尉や中尉で、はためにいい気持そうに威張って何年も軍隊生活にいた人が、きょうは民主陣営の先頭に立って、同じように何の疑問もなく「おくれた大衆」という。それはどういう日本の特徴なのだろうかと思って。
 進歩性の問題は、ツルゲーネフが「父と子」という小説に書いた時代からすすんで、こんにちではどこの国でも、一九二〇年代の終りから三〇年代にかけての日本にみられたような、世代の分裂、親と子の離反としてだけに止っていない。親と子、世代と世代とが、マルクシズムに対する観念上の対立というようなもので固まってしまうことができないほど、生活問題がじかに迫っているわけです。人民の統一戦線は、うちのなかまで入って来ています。だから若い進歩的な人々は、ただ親を――古い時代を論破するという段階からはずっと進みでているわけで、休暇中に国へ帰っている学生たちの仕事は、その土地での生活擁護のいろいろな活動に入っていって、実際に土地の住民としての親が苦しんでいる問題を解決するために協力するのが自然だと思います。土地の進歩的な青年たちと文化運動に参加することも必要だし、――すねかじりをしていられる学生は男女とも非常に少いのですから、学生はもとのように「大きい息子」「大きい娘」というだけではない、ちゃんとした社会人なのです。

        三 文化戦線の問題

 花山信勝の「平和の発見」や、永井隆の「ロザリオの鎖」「長崎の鐘」などがさき頃のベスト・セラーズでした。日配の統計の純文学では「細雪」が第一位です。わたしたちはここでもやっぱり客観的でなくてはいけないと思います。前に、日本の新しいファシズムの一つの現れとして、ルポルタージュに名をかりた戦記もの、秘史に名をかりた皇道主義軍国主義の合理化的宣伝の出版物が急にましてきていることにふれましたが、日本の人民的な文化の下地というものは、実に中国や昔のロシヤとちがうのです。中国も、帝政時代のロシヤも、人民の文化水準は全く低くて、文盲率が非常に高くありました。中国では、日本の侵略に抵抗して、「抗戦救国」というスローガンがあらゆるへんぴな村々の壁にはられました。そして村人たちはゲリラを闘い日本軍の惨虐に耐えました。字のよめなかったこれらの中国の人民が、第一に知った字が「抗戦救国」であり、改革された土地に対する新しい自分たちの権利について署名したのが、自分の姓名のかきはじめだというような事情は、ロシヤの人民が文盲撲滅運動でピオニェールからアルファベットをおそわった頃、まずおぼえたのが、「ソヴェト」という字であったことと同じような、新鮮な人民的階級文化の下地でした――もちろん古い迷信や習慣というものは一朝一夕に消えてしまわないにしろ。
 日本ではこの事情が根本からちがいます。レールの幅は狭軌で能率のわるい鉄道ながら、ともかく日本には明治以来鉄道が普及しているし、それと同じに天皇制軍国主義的国民教育というものが、明治以来全国にしみとおっています。これは、封建的な主従関係での忠義の感情にいきなりむすびついて「奉公」の感覚を養成する教育でした。この場合の「奉公」は、おおやけの一存在としての人民生活、市民生活への奉仕という近代民主主義の要素とはちがったものです。「公僕」という言葉が、民主日本になったからいわれはじめたけれど、その「公」というものが実感の中で「公のものである人民」として感覚されていないことは、警官の見事な武装行列とあばれ振りでよく分ってきています。
 日本のこういう文化的下地は、実に重大な特徴です。この下地があるからこそ日本のファシズムが、左からまわって――共産主義の批判ということを正面にたてて――たやすく影響をひろげ得るわけです。
 今日の日本の人々の感情の中には、もとよりファシズムでもない、さりとて共産主義にもつきかねて、何処かに安定感を求めている感情があります。わたしたちは、本当にもう戦争はいやだし、人間らしくない怒号で狩りたてられることはいやだし、なんぞというとすぐ激昂する、あらあらしさはうんざりです。しかし、日本の現実には安定をもとめている多くの人々の感情をおだやかにうけとめることのできるような社会的条件が生れていません。四年前の八月十五日、ポツダム宣言を受諾した日本の政府が、誠意をもって破滅した日本の社会再建のために奮闘して来たならば、日本の民主化というものはもう少し社会感情としても実体をもってすすんで来たはずです。正直に、おだやかに働いて生きることを求めている人々の心をいくらかうけとって生かす民主的な社会生活とその感情の幅があらわれていたはずです。日本の近代の歴史には本当に自分の階級の力で封建権力にとりかわった市民社会がなかったということ、第二次大戦でこのように破滅するまでの日本の歴史に、わたしたちみんなが民主的に生きる生き方を知っていなかったということは、この四年の間に、特権階級の自己保存のための奸策を、公平な外国の人々がびっくりしているような「人民の従順さ」で、はびこらして来ている。代々政治になれている特権者たちは、おだやかさを求めている人々の心を捕えて、自身の強権的な立場へ有利に利用するために、共産主義までをファシズムと同様に「全体主義」という新しい言葉でいいくるめています。
 小泉信三氏の『共産主義批判の常識』の序文をみても、どこか安定をさがしている文化的な欲求にむすびつくモメントがはっきりあらわれています。小泉氏は、公正な学問的立場からの批判という点を力説しているし、読む人も「公平な」知識を得ようとして読むのでしょうが、客観的に見たとき小泉氏の立場の本質は、資本主義体制の擁護に役立つだけです。社会歴史の展望的な面へ科学的でない批判を集中して、資本主義の立場にたつ政治家がこんにち猛烈に反省をしなければ、日本の青年は政治的無関心に陥いるしかないといっている点など、こんにちの日本のブルジョア思想家の害悪をみないわけにはゆきません。こんにちの青年および一般の人々の感情は、小泉氏のいっているようなものばかりではない。ファシズムに反対するという共通の線でむすばれ、民族とその自主的文化のためにともに闘わなければならないという自覚でむすばれている人々がどんなにふえてきているか。このことは過日の非日委員会法に反対して、いわゆる政治的でない二十七名の教授連が声明書を出したことでもはっきり示されています。その人たちは、市民的自由、学問と言論と思想の自由をファシズムから守るためにはあえて支配権力の政治に対抗する政治力を発揮しました。これは大学法案反対の場合にも見られたことです。自由を守り、ファシズムと奴隷教育に反対する意志の表現は、誰にとっても基本的人権の問題だし、われわれが税を払って政府を養っている以上それと全くひとしい権利を保証された社会的行動の一つです。
 文学者がファシズムに反対し、戦争挑発に反対して現実的に行動する必要にめざめていることは、「知識人の会」の組織されたことをみても分るし、「平和をまもる会」に文壇の長老が参加していることにもあらわれています。『近代文学』のグループといえば、ブルジョア民主主義の限界内で、個人主義的な主体性の確立の論議にとらわれていたようだけれども、去年の夏からファシズム反対の積極的な活動体となってきています。少くともこんにちのまじめな文化人は、一九三〇年代の終りの日本の人民戦線当時の失敗と悲劇とを再びくりかえすまいと、かたく決心しているのです。三年前には、文学における政治の優位性という問題が、政治への嫌悪、権力への屈服の反撥と混同され、その基本的な理解において、論議の種でした。一年一年が経つごとに社会と政治の現実は、人間性と文化の擁護のためにはファシズムと闘わなければならないという実際の政治的必要を文化欲求の基礎として実感させてきました。そしてそれは行動されはじめました。文学における政治の優位性の問題は、現在では具体的な内容をもって二歩も三歩も前進しています。(これは一つの大きい複雑な課題だからここでは省略します。)
 ファシズムが、イデオロギーの面でも、左からまわってやってきているという例は、猪木正道氏、渡辺慧氏などという新型のジャーナリズム流行児の出現にも注目されます。
 過去十数年にわたってわたしたち日本の人民は、正しい社会科学の本もよめなかったし、侵略戦争の本質を解明した本もよめず、人民の文学としての民主主義文学の発展史もよまされませんでした。その思想的空白、ファシズムの暗いほらあなにうちこまれていた理性のゆがみと弱視のために、この四年間日本の民主主義は独特な障害に面してきています。猪木氏の出現は、今日の若い読者層が過去の社会科学の文献に通じていず、したがって同氏が論拠とされている、ローザ・ルクセンブルグやトロツキーなどの引用文の、革命理論の誤謬を実際的に批判する能力は持っていないというギャップをねらっています。同氏が利用しているようなローザ・ルクセンブルグやトロツキーの文献を読んでいないことは、一般読者はもちろんのこと、前衛的な学生でもこの四年間の忙しさで同じことでしょう。ローザの経済主義的な誤謬(ある国の革命の要因を資本主義経済発展の段階だけにおいて見たあやまり)、トロツキーの世界革命がおこらない間は、それぞれの国での革命、社会主義生産への移行は不可能であるとした理論などは、こんにちのソヴェト同盟の存在と民主中国の事情を研究すれば、誤りであることが明瞭です。
 政府の挑発的な暴力革命の宣伝に呼応して『展望』の八月号に猪木氏の「暴力論」がでました。レーニンの言葉を引用して、歴史の事実をゆがめ、労働者階級の任務を歪曲した議論がまとめられていることに、多くの人が驚きました。
 知識欲のさかんな若い人々、レーニンが云っているように向上心にもえ、階級の武器として、あらゆる知識をもちたいと思っている優秀な労働者たちが、その知識慾を餌じきにされて、きたならしい饒舌、ダイジェスト文化に、時間と金を吸いとられ、頭脳をかきまわされるのは何とくちおしいことでしょう。
 渡辺慧氏の弁舌も特徴のつよいものです。この人の左まわり右へは、さき頃のラジオ討論会、「宗教と科学は両立するか」の時の話し方で聴取者の腹の底までしみ渡りました。渡辺氏は、宗教が、たとえば宗教裁判や戦争挑発によって過去に人類的罪悪を犯したのは――反科学的であったのは、宗教が宗教の外へ出て行動した場合だけであったと言いました。が、渡辺氏は、そういう理論づけを我からつきくずして、まるでその口元が目にみえるような煽動の語調で、一言一言ゆっくりと、ソヴェトの社会主義なんかは「インチキ」といわれました。どんな客観的理由も説明せず、三十年間の社会主義社会建設の歴史をもって今日に来ている人民の社会を、「インチキ」と断言したことに対して、デマゴギストという印象を与えられなかった人はないでしょう。どんな権力の意識がこの人の背後にあれば、あのような客観性のない暴言を吐き得たのでしょう。
 田辺元氏の「無」の哲学は、戦争中は「無」の独特な融通性によって侵略戦争に相応したし、一九四五年の冬から天皇制論のやかましかった頃には天皇制護持のための「無」と変化しました。サルトルが流行したら「無」は実存主義によって語りだされました。何とジャーナリスティックな、かんのいい「無」でしょう。田辺哲学の読者は、この資本主義社会に発生した東洋的な「無」の哲学が、われにもあらず権力と商業主義に流され、このように「無」の流転する姿を、哲学の破綻そのものの姿としてみているでしょうか。
 日本の歴史学は、まだ大塚史学の伝統をとりのぞいて正しく科学としての日本の歴史学に発展するところまでいっていません。『国のあゆみ』『民主主義』読本に対する監視と批判は、決して新学期に際してだけの季節的行事であってはならないと思います。今日二・二六の事件を戦争を欲しなかった青年将校の行動であるとか、農民大衆の窮乏にふるいたった青年将校たちの行動であるとかいう二・二六記録が発表されている事実と鋭くにらみ合わされる必要があります。
 人民的な文化建設をいうとき、これまではいつも、文化現象の社会的基盤の分析がまず行われてきました。田辺哲学の批判もそこまではきている。太宰治の文学についてそこまではいわれている。「しかし」というところが一般の感情のうちに残っていて、太宰もよまれ田辺も崇拝者をもっている。この「しかし」こそ微妙です。赤岩栄氏の存在はいかにも時代的であり過渡的で、この「しかし」の心理に深い連関をもっています。民主的文化確立の道は、この社会的基盤の分析という段階から既に文学そのものの創造によって、人民の哲学そのものの確立によって、新しい知性と美の流露によって、知的に心情的に、「しかし」の谷間まであふれてゆかなければならない段階にきていると信じます。既成文化の否定から、新しい文化の具体的な誕生による肯定の面へまででてゆかずにはいられない人間的な欲求があるのです。
 中国での人民革命の成功は、一部の人々を性急にしています。日本の人民的文化の下地の具体的条件をとびこして、せっかちに、まるで新しい「新しい文化」の発見にあせっているところもある。だが、現実に日本にあらわれている新しい文化の動きは、いろいろのところにいろいろの段階と形とをとって、あるときには旧いものとまじりつつあらわれ、しかもファシズム反対というつよい統一的な線でつながれてゆこうとしているのが実際です。別の星から飛んで来て生えている種はない。「知識人の会」の活動ぶりと「日本文化をまもる会」の活動ぶりとは、いつも必ず同じとはいえないでしょうが、それぞれちがいながら窮極の民主主義擁護と平和のまもりでは一つの流れにとけ合ってゆきます。人民層の多様さに応じた多様な歴史的善意が、それぞれの必然によって湧きたち、そのものとしてうけ入れられ、結合され高められつつあります。個人の善意がそのような形で結集しよりつよい形で生かされようとしています。
 この新しい段階の多様な面白さ、内部に動きをもった統一というものが、ファシズムに対する統一戦線として、十分自覚されなければならないと思います。文化と政治との関係の進歩した具体的な表現として、もっともっと親愛されていい。文化・文学における政治の優位性ということを、たたかいの年月を通じてまじめに体験し、理解している人は、既成の学問の諸分野において、民主的創造、民主的な学問の達成そのものが闘われなければならないことを痛感しています。学問を愛する多くの学生が大学法案に反対し、さまざまに政治的に行動する場合にも、学問の道そのものにおける勝利の意義が忘れられたことはなかろうと思います。

        四 頽廃への抵抗

 学生運動の分野で女子学生の活動はどんなものでしょうかときいたらば、編集部は次のように答えられました。「男の学生に比較すれば量において少いし、人間的生長といった面でも遅れているように見受けられます」と。わたしは正直なところこの御返事の気分に不満なのです。日本の女学校教育は特別なものであったから、共学がはじまってまだほんの僅かしかたたない今日、女子学生が男の学生に比較してあとにいるという事情にも無理もないところがあります。日本の民主化されていない家庭では、女の負担が実に多い。それでもまじめな人たちはアルバイトまでして勉強しています。真剣に社会について考えている。女の子は汗じみたなりを辛抱しているという一つのことにしても、男の学生よりは生理的に心理的に苦痛が多いのです。日本のような社会の歴史をもったところでは、この矛盾のひどい中で悪に抵抗して力一杯生きようとしているけなげな若い女性のためには、男の人たちが人間的同情にとんだ態度であってほしいと思います。さっきの「進歩」について云ったように、いくら一握りの青年が前進してもその半身である若い女性が遅れていたら、その互の不幸は深いと思います。
 ところがまた女性の側からいうと、男の遅れているということが実際問題になっているのです。男の感情の習慣と生活の形の中には、自覚ある女性が切なく感じている封建性と男子優越が残っています。組合の中でもそういうことはある。一昨年でしたかやっぱり『学生評論』で各学校からの男女学生が集って座談会をしたことがありました。丁度学生祭のあとで、話題は豊富でしたが、女子学生の問題の中には家庭と職業との矛盾をどうするかという問題があり、したがってそれが恋愛や結婚の問題にもつながって考えられていました。日本の現実では、この点がまだ社会的に解決されていません。経済事情が悪化している今日、学生のアルバイト、主婦の内職、また内職的な意味でのかけもち職業の問題が増えてきて、女性の重荷はましています。
 積極的な意志で結婚した人々もこういう問題については、苦しい経験をしているわけです。根本は家事が個別的に主婦の負担であるということが原因です。今日民主的な活動をしている人々の間に、思ったよりも多く従来の結婚生活がこわれてきています。外で働く男の人は仕事の場面でまだ若い身軽な女性を見出して、その人と新しい結婚生活に入ることが発展だという風に理屈づけるけれども、その婦人が又結婚生活の中で主婦として暮しはじめたとき、果して全く新しい家庭の形態というものがつくれるでしょうか。その人の上にも、女として家庭と仕事との矛盾はおこらないでしょうか。矛盾のままの、無理だらけの毎日を送って、ちっとも心に不満が起らない程日本の「家庭生活」のなかでの経験者――既に一人の女性はその家庭の犠牲となったほどの――男の人が、万年青年であり得るでしょうか。
 若い一組が働きながら夫婦の生活感情を成長させてゆくためには、お互に大局からの仕事についての理解が、非常に深くなければなりません。互の忍耐もいり、我ままを愛の表現と思わない決心がいる――「スタイル」の愛の技巧とは全くちがった聰明がいります。
 若い一組がうまくゆかないということは、やっぱり男の人に、女は家にいる方がいいという便宜的な必要が強く影響するからの結果もあるでしょう。積極的に結婚をする人は、女の人にしても、生活力が強いし向上心もあるから、家庭に封鎖されることは苦しいのです。社会的活動から遮断されたいきぐるしさを感じるのです。現在ではそういう若い妻たちが案外に多いのだから、地域的な民主的組織が、主婦という条件を考慮した上での協力をひろげてゆくことがどちらのためにも必要です。イタリーのようにファシズムでしめつけられた国で、今日婦人の民主的組織はきわめて大規模に発展しています。
 日本は、なんと青春にとってむごい国だろうと思います。この頃の雑誌が性教育とか性に対する知識の普及とかいって扱っている記事の内容は、どうでしょう。ブルジョア恋愛論の空想性、偽瞞性で装飾しながら、ロマンティックなような形容詞で、かいていることといえば、肉体主義の文学の生理的註解のようなものです。これまでに科学的な性の知識がちっとも与えられていないのに、今日は十六歳の少女でも読む雑誌に、いきなり局部的な性の技巧とか性の満足とかいうことが書かれていて、両性の生活にある人間的な複雑な要素は、全くけとばされています。愛のよろこびや美しい結合に憧れをめざまされるよりも先に、性交への好奇心が石盤刷りのようなあくどさで刺戟されてゆくのは、惨憺たることです。性には人格もあり個性もある。特に女性は人間的な要素が多い。その要素を無視して、性器だけの交渉に中心をおくならば、すべての性的な行為は売娼の本質と等しくなってしまいます。なぜなら、そこに、人間的な選択、完全な結合、愛、同感、互の運命への責任等がぬかれているのだから。
 人間を動物的に低める性的誇張は、ファシズムの一つの方法です。ナチスが青年男女を「わが陣営」にひきつけるためにとった方法は、いわゆる性の解放でした。正しい民主的な社会を求める人々は、こういう性のこみちから人間を人間でなくするような人間破壊に対して闘わなければなりません。肉体主義の文学が、「肉体をはる」生き方にヒロイズムを描き出している。汚れをいとわないとか、古くさい結婚の形にしばられない感情の冒険とかいうことの現実をみると、結局は社会の経済生活の崩壊による女性の男への寄生的生活の合理化であり、広汎な売娼生活の合理化だということが分ります。

        五 人民的なオーケストラ

 何故こんなにしつこく社会と文化の今日のありようについて、わたしたちは追求せずにいられないのでしょう。わたしたちの心にあるこの抗議と抵抗の動機は、人間らしい、美しい、瑞々しい人生をもちたいという痛切な願いからです。わたしたちみんなの心にこの訴えがあります。わたしたちは、ただ一度しかない人生をいとおしみます。このやわらかい心。やわらかい心が苦しんで訴えるさけび。さけばずにいられない心がむすびあって結集した力。これが現代のわれわれのモラルであり、抵抗です。わたしたちの生きてゆく感覚そのものがより美しいものを求めて社会悪に抵抗する。感情そのもののせつない動きが、いなずまのように社会の価値判断の急所を射つらぬいてゆく。そのような殺しても殺しても生きる命としての抵抗力、強い生活感覚、それこそが、きょうの歴史を生き進んでいるわたしたちの人民的センスであり、抵抗の源泉であると思います。生活と闘いの達人となってゆこうと努力しているわたしたちにとって、理論と行動、思想性と階級性というようなものは、ひっくるめた新しいヒューマニズムとして、すっかり身体の中に入ってしまっていて、それはわたしたちのリズムであり、センスであるところまで行っていいと思います。
 正しさは同時に美しさとして感覚されるようにつよくなりたい。部分部分の理解をきりはなして屈服させられるようなことは、あり得ないものになってゆきたいと思います。
〔一九四九年九月〕





底本:「宮本百合子全集 第十六巻」新日本出版社
   1980(昭和55)年6月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十二巻」河出書房
   1952(昭和27)年1月発行
初出:「学生評論」1号
   1949(昭和24)年9月発行
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月14日作成
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