いまわれわれのしなければならないこと

宮本百合子




 かなりの復興したとはいっても、東京の街々はまだ焼あとだらけである。大きい邸跡の廃墟に石の門ばかりのこって、半ばくずれたコンクリート塀の中に夏草がしげっている。小さい道をへだてて、バラックのトタン屋根が暑い日をてりかえし、スダレの奥から大きな声でラジオのニュースが響いている。
「――して華々しい戦果をおさめました」
 東京に、またこんなラジオがきこえはじめた。
広島を平和都市に!
長崎を国際都市に!
ノーモア・ヒロシマズ!
 ついこの間までラジオは、やさしい抑揚をつけてそう語った。被原爆地に、眼病のなかでも不治とされる「そこひ」が発生していると報ぜられている。
 日本の一部の人々は、あんまり度々いや応なしに戦争にかりたてられてきたために、神経衰弱のようになっていて、しんから戦争をさけたいと思っているときでも、ちょっとした挑発や暗示にまけやすくなっている。
 わたしたちは平和を求め、そのために努力している世界の意志、自分の意志に、もっともっと明確な信頼を示すべきである。あらゆる国の人民にとって「平和」はジェスチュアではない。生きることそのことである。原爆を第一に経験した日本の住民が、世界の平和投票に率先しないなら、それは、われわれが生きる権利をすててしまっているも同然である。
 原爆使用は禁止されなければならない。このことを世界の正義と良心に向って、しんから叫ぶことのできるのは、そのために肉親を犠牲にした日本の全人民である。平和は戦争に反対することによってのみたたかいとられる。
〔一九五〇年七月〕





底本:「宮本百合子全集 第十六巻」新日本出版社
   1980(昭和55)年6月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十二巻」河出書房
   1952(昭和27)年1月発行
初出:「労働新聞」全労連機関紙
   1950(昭和25)年7月7日号
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月14日作成
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