よろこびの挨拶

宮本百合子


 人間が、人間らしく幸福に住むためには、どの位の空間がいるものでしょう。そして、その空間は、今日の社会の進歩と自然の条件とに対して、健全に人間を休ませ、活動させるためには、どんな備えをもっていなくてはならないものでしょうか。
 大昔は穴居していた人間。それから城廓とそのぐるりの小舎に住んでいた人々。市民の家屋というものが、都市に出現するようになってから、われわれの文化史は重大な変化を経験しました。この変化につれて「家を建てる人」の社会における意味も一世紀ごとに推移しました。家を建てる仕事が「言葉なき家畜」である奴隷の労役によってされた時代から、有名な築城師があらわれました。ついで、芸術家としての名建築家が、王侯貴族たちの名声と権力と金の力とをつくしてその腕を発揮しました。近代社会の経済機構が基礎をかためてからは、資本が、建築のすべての条件を決定するようになりました。建築家は自身のどんな想像力を具体化することが出来たでしょう。資本が、その天性にしたがって強力無慈悲な計算をする、その計画に、どの程度のプロメシウス的な反抗をしたでしょうか。
 例えば、ひところの住宅建築に、空間のぬけ目ない利用或は立体化ということが流行ったことがあります。昔シカゴ市で見学した一つのアパートメントの有様は、今もまざまざと目に残っています。ある一つのドアをノックしました。そのクリーム色に塗られた近代風のドアが開くと、その一間住宅であるアパートメントの瀟洒な布張のアーム・チェアに細君がかけて編物をしています。ドアを開けてくれたのはそこの主人でした。
 シカゴ市の有名な建築家である某氏が、一寸来訪の意味を説明すると、その小肥りで陽気な御主人は、いかにも快活に「さアさア」と柱のどこかについていたスウィッチを押しました。壁だと思っていた鏡板が動き出して、大きい大きい貝がらのように開いて床から一定の高さに落着いたら、それはダブル・ベッドでした。シーツも枕もかけものも、みんなそっくりそのまま入れたままになっています。びっくりして見ている目の前で、可笑しい手品をして見せるように、又ボタンを押しました。尨大なダブル・ベッドは、緩慢にカラを閉じてすべすべした鏡板に戻ってしまいました。
「何て、簡単なんでしょう!」
 子供らしい私の感嘆は、夫婦を非常に満足させたようです。
「全く簡単ですよ。家庭の妻の負担は、本当にへります。御存知でしょう? 寝床つくりが一仕事なのを――ね」
 そして、今度は細君が、一つの戸棚のようなドアをあけて、流し元を見せてくれました。一つの窓もない箱の中に、昼間の電燈がキラキラして、手をのばせば、万端の用事が済むように出来ています。何と能率的でしょう。でもまた、何と薬局めいているでしょう。ベッドにしても、それが開いて下りて来ると殆ど室一杯になって、本を読むせきもないようです。
 丁寧に感謝して去りましたが、私の心にはその時から深い疑問が残されました。「人間の家族が、ほんとに人間らしく暮すには、どれだけの空間がいるものだろうか」と。

 こういう空間の能率化は、何から考えられて来たのでしょう。人間の人間らしさを求めてのことでしょうか。決してそうではなさそうです。地代は平面で算出されます。其故、上へ上へと積上げた空間のそのまた平面を、最少限の面積で、最大限の能率に活かすアパートメント経営者の、才覚にほかなりません。そういう人間用の巣箱を「わが家」と呼んで、近代社会の何千万人が、せせこましい、律気な、名のない大衆としての生活を送っているのです。
 日本の家――ヨーロッパ人が木と紙の住居と言って驚く日本の、弱い、こまかい、自然に対してそう無防禦な家々は、一つ一つと切りはなされ、乏しい一つ一つの「かまど」の煙を立て、しかも世界最新の物理力による破壊にさえ面しました。インドの人々の小屋。中国の最も進歩した世代の人々が、古き大地の第何世紀層かの洞窟ぐらしをしている不思議さ。今日この地球は、人間の発展のための矛盾や摩擦の諸問題にあふれています。そのままの姿が、住居の問題、建築の問題に映っていると思われます。
 日本の若い建築家たちは、この人間の課題を、どう前進させ、解決していらっしゃるでしょう。一つの建物を、本当に人民の幸福を語るものとして持つよろこびを、どのようにして準備していらっしゃるでしょうか。
「建築家」という仕事が、単に石と木と泥と設計図だけの中にないことは、まことに自明です。
 建築家の娘であり、作家であり、人間の幸福を切望する一人の婦人である私は、歴史のあたらしい発展者である〔九字分空白〕の道途に心からなる拍手をお送りいたします。





底本:「宮本百合子全集 第十七巻」新日本出版社
   1981(昭和56)年3月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十五巻」河出書房
   1953(昭和28)年1月発行
初出:民主的な建築団体創立総会へのメッセージ
   1946(昭和21)年6月8日
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月15日作成
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