「広場」は、一九四〇年にかかれた。同じ頃の短篇「おもかげ」と作者の内面では連作の意味をもっていた。当時軍国主義日本の文化統制はますますきびしくなってきていて、人間の理性や自然な感覚から生れる文学は、抹殺されつつあった。日本の現代文学は、急速に破壊されて行った。わたしはその兇暴な波にもまれながら、自分が今日そのような力に抵抗する一人の作家として存在するという必然について、深く思いめぐらさずにはいられなかった。自分が日本の作家であればこそ、その日本の非人間的な権力の行動に追随してはならないということについて、新しく自分をはげまさねばならなかった。そのようなモティーフに立ってモスクワを背景とするこの短篇がかかれた。「広場」の題材は、今執筆中の「道標」第三部の終りの部分で再びとりあげられる。そこでは十年前にはっきり描き出す自由をうばわれていたソヴェトの社会主義社会の生活の中で女主人公が経験した民族の文学にたいする愛の実感や登場人物などの関係が語られるであろう。
〔一九五〇年十二月〕