僕は僕の下宿の路次の
僕の薄暗い穴から出た。
そして直ぐ
硝子戸をそつと押して
階下の
僕の顔も
僕は
四方を高い建物で
井戸の底へ落ち込んだやうな処だ。
正面に入口の石段があつて、
此中庭から此家の六層の階段が始まる。
僕は之を昇らうとする度に
何時も、入口の石段で
ちよいと軽く気を入れながら、
立ち止りもせずに
ぐん/\と昇つて行く。
階段を一つ
狭い中庭へ向いて附いた硝子窓が
だん/\明るさを増して、
僕に地上からせり出しつつあると云ふ意識を
確かにさせる。
其れは悪るくない感じだ。
そして、第五の階段にさしかかると
僕の脚が少し重く、
僕の動悸が少し高く、
僕の呼吸が少し
すると、僕に潜在して居る
のつそりと眼を覚して、
殆ど
足早にあとの
今日も僕は同じ経過を取つた。
海老茶色の
何時見ても
長い
僕は
静かに
「ボン・ジュウル、」
「ボン・ジュウル、」
「
「いいや、モデルが来ないから」、
二人は手を
友は
印度の袈裟のやうに、
希臘の
左の肩から右の脇へ巻いて居る。
そして又何時ものやうに、
愛着的な、優雅な、
細心な、
そして
おゝ我が友よ、僕をして
ナルシスの愛と美を想はせる。
三方を
天井の高い、
そして
大岩窟の観がある。
そして大きな画架、
青い天鷺絨張りのモデル台、
紙片、
麝香撫子と、絵具と、
酒と、テレピン
匂ひの
壁から、
友の
川に浴する女
仰臥の女、匍ふ女、
赤い髪の女、
太い
手紙を書く女、
編物をする女、
そして画架に書きさした赤い
其等の裸体、半裸体の女等と、
マントンの海岸、
ブルタアニユの「愛の森、」
ゲルンゼエ島の牧場、村道、岩の
グレエの森、石橋、
其等の風景と、
赤い菊、赤い芍薬、
アネモネの花、薔薇、
林檎と蜜柑、
梨、
其等の静物とが
見とれる如く、あまえる如く、
熱い
彼れの一挙一動に目を放さぬ如く、
我が美くしいナルシスの画家を取巻いて居る。
そして
四月の巴里が水色に霞んで、
低く、低く、海のやうに望まれる。
正面に近く
左に遠く、ちいさく、日を受けて
うすもも色をしたのがノオトル・ダムだ。
僕はモンマルトルの中腹の、
六階の
ふと巴里の
友は壁のあなたの
そして
「聞いてくれたまへ」と
日本文に新しく訳した「エディプ王」を読み上げた。
水晶質の明るい声が
老優ムネ・シュリイの調子で