雪
とうとう二十年来の肩の重荷をおろしましてほっといたしました。ふりかえってみますと、私が十五歳の折り、内国勧業博覧会に「四季美人図」を初めて出品いたしまして、一等褒状を受け、しかもそれが当時御来朝中であらせられた英国皇太子コンノート殿下の御買上げを得た時のことを思い合わせまして、今度皇太后陛下にお納め申し上げました三幅対「雪月花図」とは、今日までの私の長い画家生活中に、対照的な
私がこの作品の仰せを
もっともその間には、幾度か焼炭をあて、下図をつくりましたが、そのつど俗事と俗情に妨げられまして、どうしても素志貫徹にいたらず、まことに残念に存じていますうちに、これまた幾たびかその下図が古びたり、または損じてしまったりいたしまして、さらに幾ども取りかえ引きかえして今日に及びましたしだいです。
月
で私は、いつまでもこれではならぬと考えまして、この春になりましてから、断然発奮いたしまして、ぜひ今度こそはと思い定め、あらゆる画の関係を断ち、一意専念に御下命画の「雪月花」完成に精進いたしたわけでした。
私は毎朝五時には起床いたしまして、すぐ身を浄め、画室の障子をからっと明け放します。午前五時といいますと、夜色がやっと明け放れまして
こうして私は、外の俗塵とは絶縁して、毎日朝から夕景まで、専心専念、御下命画の筆を執りました。画室内には一ぴきの蝿も蚊も飛ばず、絵の具皿の上には一点の塵もとどめませんのみならず、精神も清らかで、一点心を遮る何物もありません。こうして私は「雪月花」をやっと完成いたすことができました。
まことにこの「雪月花図」こそは、乏しい私の一代の画業中に、一つの頂点を作り出した努力作であることを、断言いたし得るのを幸いに思います。
花
完成の「雪月花図」をお納めいたしますについて、これもまた非常に都合のよかったことは、ちょうどこのたび皇太后陛下には京都においで遊ばされ、半月あまりも御所に
最初、この作品は表装をつけて差し出すものかと存じましたが、三室戸伯は「単に作品のみの御下命であってみれば、とにかくこのままで差し出すがよろしかろう。その上陛下お好みの御表装を仰せ出さるるやも計られぬ、その時はまたその時のことといたしては如何」とのお言葉でしたから、ある表装師に相談いたしまして、蒔絵軸の
この御下命を得ました当時は、皇太后陛下がまだ皇后陛下でいらせられた際のことであり、考えてみますと、筆者の私としましても深い感慨に打たれまして、まことに恐懼の念に堪えないしだいでございます。
さもあらばあれ、これにて私も、やっと重い責任を果たしたという喜びでただ今いっぱいでございます。私はこれからゆっくりと