私の知つた文學者には、豫言者
だちの人と、饒舌家型の人とがあつて、著しい相違を見せてゐる。勿論、太宰君は豫言者型といふよりも、豫言者と言つた方が、もつと適切なことを思はせてゐた。
宗教の上の豫言者が、その表現の思ふ壺にはまるまでは、多く饒舌家に類してゐた。太宰君の作品にもさういふ風があつて、語がしきりに空
りしたこともある。だが誰も認めてゐる彼の築いた「異質の文學」は、世間は勿論、彼自身意識してゐないこの次の人生を報告しようとして、もがいてゐたのである。
そんな點では徒らに説明の多い同時代の哲人たちよりも、もつと哲學人らしかつたと言へる。ただ惜しいことは、それをつきとめて、具體的なものを我々に示すことが出來なかつた點である。饒舌の藝術なる文學に慣れた我々は、そんなことを言ふ。だが、繪であり更に音樂であつたなら、太宰君の到達した程度で、凡、十分だと言ふことになつたはずである。