日本品詞論

折口信夫




      (一)語根
日本品詞組織の考察は動詞の解体からのを便利とする。先づ其の構造の基礎的要素として語根語尾の二部を対立せしめることに付いては、誰も異存の無いはずである。ところが、此の両者の結合の工合に両様の状態がある。
(一)語根×語尾
(二)語根+語尾
と云ふ風な体製を見るのである。(一)は語根と語尾とが融合してをつて二部に分つことの出来ぬもので、一見語原組織の交錯して居る様に思はれるまで熟してをる。此の場合今一つ語幹と云ふ立場を挿入して此の組織の交錯点を示す方法があるけれども、これは単に方便に過ぎないので、合理的の立脚地に立つものとは云ひ難い。
かく  おす  かつ
めづ  しぬ  いふ
くむ  たゆ  かる
の如き語は、此の類に属してゐる。勿論、此の中には単に語原的意識の明瞭ならぬだけの理由で、実際は(二)に含まれるはずのものもある事と思はれる。
(二)は語根と語尾とが比較的分離し易き関係にあるもので、観念表象の主要と其の属性的判断との結合点を伺ふ事の難くないものである。これにも、
(イ)語根+語尾
(ロ)語根+[#「+」は点線丸囲み]語尾
と云ふ両様の構造がある。(ロ)は勿論、(イ)なる第一形式の転化したもので、形式的に見ると、語根×語尾と云ふ(一)に非常に近くて、曲折的の傾向が明かに認められる。
なす(寝) いそはく(<イソふ) またく(<待つ) はやす(<ゆ) こらす(<懲る) うがつ(<穿く) わがぬ(<曲ぐ) おさふ(<圧す) たゝかふ(<叩く)
これを又形式上から見て、
(A)語根が単に原形の音韻をかへただけのもの
(B)語根が其の原形なる言語の属性の部分観念を表象するために、故意に音韻をかへたものと思はれるものゝ接尾語に結びついて特殊の概念を構成したもの
との二つがある。
内容の上からも亦、
(C)語根語尾の融合により文法的属性の変化を示すもの
(D)時間観念を増加して言語情調を変ずるもの
との二種がある。
(A)は無意識的に音韻の変化したものであるが、(B)は故意に文法的属性を形にあらはしてそれに接尾語を呼んだものである。共に今日では、明瞭な語原意識が浮ばないから判然と断言する事が出来ないが、ともかくも此の二つの範疇が根底に横たはつてゐることは疑を入れない。
例へば、単に(u)で終る原形が(a)と変じて語尾に接する如き、或は副詞法より語尾に続いたものと思はれるわかゆ(<わく)の様なのがあつて、一は全部属性の活動を現はし、一は其の部分的なものである。
前者の例は、かづらく・まくらく・かげるの類、後者の例は、かたぐ・あぎとふ・はらむの類。
後の者は概念の中で最も普通な差別観念が全内包を占て外延を収縮させ、属性的活動を特殊なものにせばめてゐる。
   ※(丸A小文字、1-12-33)抽象語と語尾との粘着
形式上、体言として取扱はれるもので、まだ完全な概念を形づくるに至らないもの、よし又、概念を有してゐても、其の形式が一つの独立詞として扱はれにくい語をくるめて云ふので、之又、厳格な意味に於ける抽象語では無い。
ふるぶ  むつむ  おもる  かする
語根と語尾との分岐点並に其の独立資格を認めることが出来るが、今日単独に直ちに体言として扱ふことは困難である。けれども、活動力の無い点から見て、当然抽象的の体言とすべきである。これには後に云ふ品詞の語根と語尾との複合が大部分を占てをる。
   ※(丸B小文字、1-12-34)擬声語と語尾との粘着
言語の起原を擬声にありとする学者もある程で、とにもかくにも吾々の思想表現の発程に大なる勢力を、此の類の言語が持つてをつた事は事実である。擬声語は副詞の語根ともなるべきものであるから当然体言である。
とゞろく  とよむ  そゝぐ  よゝむ
おどろく  ころぶ  うごく  すゝる
せゝらく  すふ   ふく   さわぐ
きしる   たゝく
これらの語根をなしてゐる擬声語は、総て副詞的の職分を持つてゐる。この場合、語尾は語根の意を拡張することなく聴覚を直に対象の動作に移してゐる。
   ※(丸C小文字、1-12-35)品詞の語根と語尾との粘着
或る種の用言から他の用言に転ずる例は珍らしくない。けれども、それが語尾に対して副詞的の位置をとる場合には直に用言の語根と称することが出来るのである。例へば、
よし>よる     うれし>うれしむ
あらは>あらはる  ころ>ころす
是等は副詞なり形容詞なりの語尾を脱して直に用言語尾に接してゐるので、語根の副詞的の位置を有してをることは明かである。
   ※(丸D小文字、1-12-36)動詞の名詞法と語尾との粘着
動詞の連用法連体法が体言的の性質を持つてゐることは知られてゐることであるが、将然法も終止法も乃至は已然法さへも名詞となることの出来る傾がある。連用法と語尾との用言を構成する事は、其の純粋の体言である性質上分り切つた事実であるから今は省く。
さかる  うわる  はやす  くらす
うまる  くらむ
などは、将然法と語尾との関係と見ることが出来る。これについては、将然副詞法を参照してほしい。
終止法に付いては、其れが用言の語根即ち体言となることが出来ると云つたならば、不思議に思はれるかも知れないが、是は用言の原始活用の章を見てもらひたい。
近世になつて連用法を語根とした或は動詞的発想に体言的の意識をさしはさむところから連用名詞が語尾をなしてをる様に見えるものが多い。うかべる・いきる・すぎるの様な連体から変形した終止法を形づくることもある。





底本:「折口信夫全集 12」中央公論社
   1996(平成8)年3月25日初版発行
※題名の下に「大正四年頃草稿」の表記あり。
※底本の題名の下に書かれている「大正四年頃草稿」はファイル末の注記欄に移しました。
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2009年4月11日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




●表記について