きその日は
ダンテ・アリギエリ Dante Alighieri
上田敏訳
きその日は思むすぼれ、とぼとぼと
馬を進むる憂き旅路、これも旅かや
まのあたり、路のもなかに「愛」の神、
巡禮姿、しほたれて、衣手輕し。
うれはしき其かんばせは、さながらに、
位はがれしやらはれのやつれ姿か、
憂愁の思にくれて吐息がち、
人目を避けて、うなだるゝあはれの君よ。
ふとしもわれを見給ひて呼び給ふやう、
『われは、今、かの遠里をはなれ來ぬ。
さきにはそこに汝が身の心の臟をぞ
置きたれど、新の悦得させむと
持ち來りぬ』とのたまひつ、忽ちわれに
憑きたまひ、消え失せたるぞ不思議なる。
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