三枚のヘビの葉
グリム Grimm
矢崎源九郎訳
むかしむかし、ひとりのまずしい男がおりました。その男は、じぶんのたったひとりのむすこさえも、やしなえないようになってしまいました。そこで、むすこがいいました。
「おとうさん、だいぶくらしもくるしくなってきましたね。わたしはおとうさんの重荷になるばかりです。いっそ、家をでて、じぶんでなんとかしてパンをかせぐようにしたいと思います。」
そこで、おとうさんはむすこのしあわせをいのって、胸のつぶれるようなかなしい思いで、むすことわかれました。
ちょうどそのころ、ある強い国の王さまが戦争をはじめました。若者はこの王さまにつかえて、戦場にでかけました。若者が敵のまえまできたとき、ちょうどたたかいがはじまりました。そのあぶないことといったらありません。鉄砲のたまが、豆のようにバラバラふってきて、味方のものはあっちでもこっちでも、ばったばったとたおれるありさまです。そのうちに、隊長までも戦死してしまいました。ですから、のこったものたちはあわててにげだしました。そのとき、若者がすすみでて、みんなに勇気をつけて、大声によばわりました。
「おれたちの生まれた国をほろぼすな。」
それをきいて、ほかのものたちも若者のあとにしたがいました。若者は敵のなかにとびこんで、さんざんに敵をやっつけました。王さまは、たたかいに勝つことができたのはこの若者ひとりのおかげだったときいて、若者をだれよりもとりたてて、たくさんの宝ものをあたえたうえ、国いちばんの家来にしました。
王さまには、ひとりのお姫さまがありました。お姫さまはたいへん美しいかたでしたが、ただ、ひどくかわっていました。なにしろ、このお姫さまが結婚しようと思う相手の人は、もしもお姫さまがさきに死んだばあい、お姫さまといっしょに生きうめにされてもかまわないと約束できる人でなければだめだという、かたい誓いをたてていたのですからね。
「あたしを心のそこからすいているのなら、あたしが死んだのち、どうして命がいりましょう。」
と、お姫さまはいうのでした。
そのかわり、お姫さまもおんなじことをするつもりでした。つまり、もしご主人のほうがさきに死ねば、お姫さまもいっしょにお墓のなかへはいる気でいたのです。いままでのところは、このかわった誓いをききますと、お姫さまに結婚をもうしこもうと思っていた人も、みんなおそれをなしてしまうのでした。
ところがこの若者は、お姫さまの美しさにすっかり心をうばわれてしまって、ほかのことはなんにも考えず、お姫さまをいただきたい、と、王さまのもとにねがいでました。
「おまえは約束しなければならぬことがあるのだが、それも知っているのかね。」
と、王さまがたずねました。
「もしもわたくしがお姫さまよりあとまで生きておりましたら、お姫さまといっしょに墓のなかへはいらなければなりません。」
と、若者はこたえていいました。
「しかし、お姫さまをすきに思うわたくしの気持ちは、そのようなことはものともいたしませぬほどにふかいのでございます。」
これをきいて、王さまは承知しました。やがて、ご婚礼の式が、たいそうりっぱにおこなわれました。
それから、ふたりは、しばらくのあいだ、なに不足なく、しあわせにくらしておりました。ところがあるとき、ふと、わかいお妃さまがおもい病気にかかりました。どんな医者でも、お妃さまの病気をなおすことはできませんでした。
こうして、とうとうお妃さまがなくなりますと、わかい王さまは、まえにいやいやながらした約束のことを思いだしました。すると、生きたままお墓のなかにはいるのが、たまらなくこわくなってきました。といって、いまさらのがれる道もありません。なにしろ、王さまが門という門を番兵ですっかりかためさせてしまったのですから、この運命からのがれることはとてもできなかったのです。
いよいよ、お妃さまのなきがらを王家のお墓にほうむる日がきました。わかい王さまは、いっしょにお墓のなかへつれていかれました。やがて、門にかんぬきがさされ、錠がおろされました。
お棺のそばに、机がひとつありました。その上にあかりが四つと、パンのかたまりが四つ、それにブドウ酒が四本のせてありました。これだけのたくわえがおしまいになれば、わかい王さまはうえ死にするほかはありません。
わかい王さまはかなしみにうちしずんで、そこにすわっていました。くる日もくる日も、パンをほんのひと口食べ、ブドウ酒をほんのひとしずくのむだけでした。それでもやっぱり、じぶんの死ぬときが、刻一刻とせまってくるのがわかりました。
こうして、わかい王さまがぼんやりまえのほうを見つめていたときです。墓穴のすみのほうから一ぴきのヘビがはいだしてきて、お妃さまのなきがらのほうへ近よっていきました。わかい王さまは、ヘビがなきがらをかじりにきたのだろうと思いましたので、剣をぬいて、いいました。
「わたしの生きているかぎりは、妃のからだにはふれさせぬぞ。」
こういって、わかい王さまはそのヘビを三つに切りすてました。しばらくすると、もう一ぴき、べつのヘビがすみからはいだしてきました。けれども、まえのヘビが三つに切られて、そこに死んでいるのを見ますと、そのままひきかえしていきました。けれども、すぐにもどってきました。みれば、こんどは、みどりの葉を三枚、口にくわえています。
そのヘビは、三つに切られているまえのヘビのからだを、ちゃんともとのようにおしつけて、傷口の上にその葉を一枚ずつのせました。と、きれぎれになっていたからだの部分が、たちまちつなぎあわさったかと思うと、ヘビはピクピクうごきだして、生きかえったではありませんか。そして、ヘビは二ひきそろっていってしまいました。
葉は地面におちたままになっていました。
ふしあわせな王さまは、このありさまをすっかり見ていましたが、いまヘビを生きかえらせたこの葉のもっているふしぎな力が、もしかしたら人間にもききはしないだろうかと、ふと思いつきました。そこで、わかい王さまはその葉をひろいあげ、一枚を死んだ人の口の上におき、あとの二枚を目の上にのせてみました。と、どうでしょう、葉っぱをのせたとたんに、はやくも血が血管のなかをめぐりだして、それがまっさおな顔にのぼって、ふたたび顔に赤みがさしてきたではありませんか。お妃さまはそれから息をして、目をぱっちりとあけて、いいました。
「あらまあ、あたしはどこにいるのでしょう。」
「おまえはわたしのそばにいるのだよ。」
と、わかい王さまはこたえました。
そして、いままでのできごとをのこらずものがたって、じぶんがお妃さまを生きかえらせたことを話しました。それから、わかい王さまはお妃さまにブドウ酒とパンをすこしずつやりました。
やがて、もとのようにからだに力がつきますと、お妃さまは立ちあがりました。そうして、ふたりで扉のところへいって、ドンドンたたいて、大声にさけびました。番兵がそれをききつけて、王さまにもうしあげました。
王さまはじぶんでおりてきて、扉をあけました。すると、ふたりが元気なじょうぶなすがたで立っています。王さまはふたりといっしょによろこびあいました。これで、苦労はすっかりなくなってしまったわけです。
さて、あの三枚のヘビの葉は、わかい王さまがもってきて、ひとりの家来にわたして、いいました。
「これはたいせつにして、いつも肌身はなさずもっていてくれ。またどんなことで、これがわたしたちの役にたつかもしれぬからな。」
ところで、お妃さまのほうは、生きかえってからというもの、心のなかがすっかりかわってしまったのです。じぶんの夫を愛する気持ちなどは、お妃さまの胸のなかからあとかたもなくきえてしまったようでした。
しばらくたったとき、わかい王さまは海をこえて、じぶんの年とったおとうさまのところへいこうと思いたちました。そこで、お妃さまとふたりで船にのりこみました。ところが、ひどいことに、お妃さまは、わかい王さまがまごころからじぶんをかわいく思っていてくれるということも、またそのおかげで死なずにすんだということも、すっかりわすれてしまって、船頭がすきになってしまったのです。
そしてある日、お妃さまは、わかい王さまが横になってねむっているのを見すまして、その船頭をよびよせました。そして、じぶんはねむっている王さまの頭をつかみ、船頭には両足をつかませて、ふたりでわかい王さまを海のなかへほうりこんでしまいました。こういうひどいことをしてから、お妃さまは船頭にいいました。
「さあ、これからひきかえして、わかい王さまはとちゅうでなくなったともうしあげよう。あたしはおとうさまに、おまえのことをうんとほめたてて、あたしとおまえが夫婦になって、やがては、おまえが王さまの位につけるようにしてあげるよ。」
ところが、あの忠義者の家来が、このようすをのこらず見ていたのです。家来は、ひとに気づかれないように、親船からそっと小舟をおろすと、すぐさまそれにのりこんで、主人のあとを追ってこいでいきました。うらぎりものたちののっている船は、そのままいってしまいました。
忠義な家来は、死んだわかい王さまをすくいあげますと、肌身はなさずもっていた、あの三枚のヘビの葉を、わかい王さまの両方の目と口の上にのせました。すると、そのおかげで、わかい王さまはふたたび生きかえりました。
わかい王さまと忠義な家来は、ふたりで、夜を日についで、力のかぎりこぎました。ですから、小舟はとぶように走って、ほかのものよりもさきに、年とった王さまのもとへつきました。王さまはふたりきりでかえってきたのを見ますと、ふしぎに思って、どうしたのかとたずねました。王さまはむすめのやったというひどいおこないのことをききますと、
「わしには、あれがそのようなひどいことをしたとは信じられん。しかし、まもなく、ほんとうのことがわかろう。」
王さまはこういって、ふたりに、ひとに見られないへやにはいって、だれにも気づかれないようにしろ、といいつけました。
それからまもなく、親船がかえってきました。この人でなしの女は、いかにもかなしそうな顔つきをして、王さまのまえにやってきました。
王さまはいいました。
「どうしておまえはひとりでかえってきたのだね。おまえの夫はどこにいる。」
「ああ、おとうさま。」
と、わるものの女がこたえていいました。
「あたしは、ほんとうにかなしい思いをしながら、もどってまいりました。夫は、航海のあいだに、きゅうに病気になりまして、死んでしまいました。もしこの感心な船頭が手をかしてくれませんでしたら、あたしはとんだめにあうところでした。この人は夫の最期のときに、いあわせましたから、なにもかもすっかりお話しすることができます。」
「わしが死んだものを生きかえらせてみせよう。」
王さまはこういって、あのへやをあけて、ふたりにでてくるようにいいつけました。女は夫のすがたをひと目見るなり、まるでかみなりにうたれたようにひざをついて、
「どうかおゆるしください。」
と、おねがいしました。
王さまはいいました。
「ゆるすことはできん。この男は、おまえといっしょに死ぬかくごをして、おまえの命をすくったのだ。それなのにおまえは、この男のねているときをねらって、殺したではないか。おまえは、じぶんにふさわしいむくいをうけねばならん。」
こうして、女は、手つだいをした男といっしょに、穴をあけた舟にのせられて、海につきだされました。ふたりは、まもなく波間にしずんでしまいました。
底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社
1980(昭和55)年6月1刷
2009(平成21)年6月49刷
※表題は底本では、「三枚のヘビの葉」となっています。
入力:sogo
校正:チエコ
2020年6月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
●表記について
- このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。