死神の名づけ親(第一話)
ヤーコップ、ウィルヘルム・グリム Jacob u. Wilhelm Grimm
金田鬼一訳
びんぼうな男が、子どもを十二人もっていました。それで、その子どもたちにパンをたべさせるために、男は、いやおうなしに、昼となく夜となく働きつづけました。そこへ十三人めのが産声をあげたものですが、こまってばかりいてもどうにもならず、ままよ、いちばんはじめにばったりでくわした者を名づけ親にたのんでやれとおもって、大通りへとびだしました。
男にでくわした初めてのもの、それは神さまでした。神さまには、男のくよくよ思ってることがちゃんとおわかりですから、
「かわいそうに! 気の毒な人だね。わしが、おまえの子どもに洗礼をさずけてあげよう、その子どものめんどうをみて、この世で幸福なものにしてあげよう」と、仰せになりました。
「どなたですか、あなたは」と、男が言いました。
「わしは、神さまだよ」
「それでは、あなたを名づけ親におねがいするのはおやめだ」と、男が言いました、「あなたは、金もちにゃ物をおやりになって、びんぼう人は腹がへっても知らん顔していなさる」
男は、神さまが富と貧乏とを、大きな目でごらんになって、うまく分配なさるのがわからないものですから、こんな口をきいたのです。こんなわけで、男は神さまに背なかをむけて、すたすた歩いて行きました。そこへ悪魔がやってきて、
「なにをさがしてるんだ。おいらをおまえの子どもの名づけ親にすれば、子どもに金貨をしこたまやったうえに、世の中の快楽ってえ快楽を一つのこらずさせてやるがなあ」と言いました。
「どなたですえ、あなたは」と、男がきいてみました。
「おいら、悪魔だよ」
「それでは、あなたを名づけ親におねがいするのは、ごめんこうむる」と、男が言いました、「あなたは、人間をだましたり、そそのかしたりしますね」
それからまた、すたすた歩いて行くと、かさかさになった骨ばかりの死神が、つかつかとやってきて、
「わしを名づけ親にしなよ」と言いました。
「どなたです、あなたは」と、男がきいてみました。
「わしは、だれでもかれでも一様にする死神さ」
これをきくと、男は、
「あなたならば、おあつらえむきだ。あなたは、金もちでも貧乏人でも、差別なしにさらっていきますね。あなたを、名づけ親におねがいしましょう」と言いました。死神は、
「わしはな、おまえの子どもを金もちにするし、有名な人にもしてあげる。わしを友だちにするものなら、だれにでもそうしてやるきまりなのさ」とこたえました。男は、
「このつぎの日曜日が洗礼です。刻限をみはからって、いらしってください」と言いました。
死神は、約束どおりに、ふらりと姿を見せて、いかにもしかつめらしく名づけ親の役をつとめました。
この男の子が大きくなってからのこと、あるとき名づけ親がはいってきて、わしについておいで、と言いました。名づけ親は、この男を郊外の森のなかへつれこむと、なんですか、そこにはえてる薬草を教えて、
「いよいよ、名づけ親としてのわしの進物をおまえにあげる時がきた。わしは、おまえを評判のお医者にしてあげる。おまえが病人のとこへ呼ばれるときには、そのたんびにわしが姿を見せてあげる。で、わしがな、病人のあたまの方に立っていたら、この御病人はきっとなおしてあげますと、りっぱに言いきるがよい。そうしておいて、病人におまえの薬草をのませれば、その病人はなおる。だが、わしが病人の足のほうに立っていたら、病人は、わしのものだよ。おまえはな、これは手のつくしようがござらぬ、この御病人をすくう医者は世界に一人もござらぬ、と言うのだぞ。とにかく、この薬草を、わしの意志にそむいた用いかたをしないように、よく気をつけろよ。そんなことをしたら、おまえの身にとんでもないことが起るかもしれぬぞ」と言いました。
やがて、このわかい男は世界じゅうでいちばん名だかいお医者になりました。「あの人は、病人をじろりと見るだけで、これはなおるとか、これは死ぬとか、容態がちゃんとわかる」という評判がたって、そこいらじゅうから人がやってくる、病人のところへつれていく、そしてお金をたくさんだすので、男はたちまちお金もちになりました。
そのうちに、王さまが病気にかかったことがありました。このお医者が召しだされて、なおるみこみがあるかどうか、もうしあげてみろということになったのですが、寝台のそばへ行ってみると、死神は、病人の足のほうに立っていました。これでは、例の薬草も、とても役にはたちません。
「ちょいと、死神をだませないものかしら」と、お医者が考えてみました、「おこるにはおこるだろうが、じぶんは、なんといってもあれの名づけ子のことだから、死神も目をつぶってくれるだろ。おもいきって、やってみろ」
それで、お医者は病人をつかまえて、上下を逆に置きかえて、死神が病人のあたまのほうに立つことになるようにしました。そうしておいて、いつもの薬草を服ませると、王さまは元気をとりもどして、もとどおりのじょうぶなからだになりました。けれども、死神はお医者のところへやってきて、腹をたてた底意地のわるい顔をして、指でおどかしながら、
「おまえは、このわしを、だましたな。こんどだけは、寛大にみてやる、おまえはわしの名づけ子のことだからな。だが、こんなことを、もう一ぺんやったら、命はないぞ。わしは、おまえをひっつぁらっていく」と言いました。
ところが、その後まもなく、王さまのお姫さまが大病にかかりました。おひめさまは王さまの一人娘で、王さまは、昼も夜も泣きとおしたので、目がつぶれました。それで、お姫さまの命をすくってくれるものがあったら、おひめさまのおむこさんにして、王さまの後継にする、というお布告をだしたものです。
お医者が病人の寝どこへ行ったときには、死神は足のほうに見えました。お医者は名づけ親の警告をおもいだしたはずなのですが、お姫さまのすばらしく美しいのと、うまくいけばそのおひめさまのおむこさんになれるという望みとにあたまがしびれて、お医者は、ほかのことはなんにも考えませんでした。死神は、おこった目つきでにらみつけました。手を高くふりあげました。そして、かさかさのにぎりこぶしで打つまねをしましたが、そんなことは目にはいらず、病人を抱きおこすと、せんに足のあったほうへ頭を置きかえました。そうしておいて、例の薬草を服ませましたら、たちまちお姫さまの頬っぺたに赤みがさしてきて、命がまた新しく、ぴくりぴくりと動きだしました。
死神は、これでもう二度、じぶんの持ちものをだましとられたわけですから、お医者のところへ大股につかつかとやってきて、
「おまえは、もうお陀仏だ。いよいよ順番がまわってきたぞ」と言ったかとおもうと、氷のような冷い手で、お医者を、てむかいすることもできないようにあらあらしく引っつかんで、地面の下の、どこかの洞穴の中へつれこみました。
そこで目にはいったのは、なん千とも数知れない燈火が、見わたすこともできないほど、幾列にもならんでともっていることでした。大きいのもあり、中ぐらいのもあり、小さいのもあり、目ばたきをするまに、そのあかりが、いくつか消えるかとおもうと、また別のがいくつも燃えあがるので、小さな焔は、入れかわり立ちかわり、あっちこっちへぴょんぴょん跳びはねているように見えます。
「どうだ!」と、死神が声をかけました、「これは、人間どもの生命の燈火だ。大きいのは子どもので、中ぐらいのは血気さかんな夫婦もの、小さいやつは、じいさん、ばあさんのだ。と言っても、子どもや若い者でも、ちいっぽけなあかりしきゃもってないのが、よくある」
「わたしの命のあかりを見せてくださいな」
じぶんのはまだまだ大分大きいだろうと思って、お医者がこう言うと、死神は、いまにも消えそうな、ちいっぽけな蝋燭の燃えのこりをゆびさして、
「見なさい、これだよ」と言いました。
「こりゃあ、ひどいや」と、お医者は、ぎょっとしました、「おじさん、新しいのを点けてくださいな。ね、ごしょうですからさ、そうすりゃあ、生きていられる、王さまになれる、美しいおひめさまのおむこさんになれるんですからね」
「わしの力には及ばないよ」と、死神がこたえました、「まず、一つ消えてからでないと、新しいのは燃えださないのでな」
「そんなら、古いのを新しいやつの上へのっけてください。古いやつがもえちまえば、新しいのが、すぐつづいて燃えだすでしょう」
と、お医者は泣きつきました。
死神は、その望みをききとどけるようなふりをして、手を伸ばして新しい大きなろうそくを引きよせました。けれども、もともと意趣がえしをするつもりなのですから、さしかえるときに、わざとしくじって、小さなろうそくは、ころりとひっくりかえって消えました。そのとたんにお医者はぱったり倒れて、今度は、じぶんが死神の手にはいってしまったのです。
底本:「完訳 グリム童話集(二)〔全五冊〕」岩波文庫、岩波書店
1979(昭和54)年8月16日改版第1刷発行
1989(平成元)年5月16日第15刷発行
※表題は底本では、「四九 死神の名づけ親(第一話)〈KHM 44〉」となっています。
入力:かな とよみ
校正:noriko saito
2020年11月27日作成
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