「白い蛇、赤い蛇」

岸田國士




 舟橋聖一氏長篇小説「白い蛇、赤い蛇」は新聞の連載小説として書かれたものだが、なるほどこれなら、大概の読者を満足させることに成功したであらう。
 作者は必ずしも通俗味をねらつてはゐないが、さうかと云つて、芸術家気取りの独りよがりを売物にしてもゐない。人情と世相の上に、やゝ早熟とも思はれるほどの眼を向け、これに同君一流の官能描写を織り込んで、心理的ドラマの多彩な絵巻を作り上げてゐることは、たしかに、非凡な腕前である。
 この小説の中に現はれる女人群像は、殊に見事な現代浮世絵である。それぞれの著しい特色の中に、たゞ共通なるものとして感じられるのは、かの「自意識」――何をしでかすかわからない自意識である。新しい女性のみに与へられたこの「新しい魅力」について、作者はまた作者らしい観察と想像を肆にしてゐる。私は、多くの読者が、この一点だけにでも、誘惑を感じない筈はないと思ふ。
 筋の発展にもなかなか鮮かな手際を見せてゐる。映画的コンテイニユイテイイにも殆ど破綻を見せず、新聞小説などにあり勝ちな、空々しい「クウ・テアトル」は無論ないが、場面としての事件的緊張は、程よく全篇を調子づけ、文体の新鮮な古典味と相俟つて、教養ある読者の期待に添ひ得ること、万に疑ひなしである。
「面白い小説はないかなあ」と探してゐる人には「これを読んで見給へ」と勧め得る自信が私にはある。





底本:「岸田國士全集28」岩波書店
   1992(平成4)年6月17日発行
底本の親本:「時事新報」
   1933(昭和8)年8月2日
初出:「時事新報」
   1933(昭和8)年8月2日
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2011年2月8日作成
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