図書館法ついに通過せり

中井正一




 この数年間、わが図書館界は、この法のために、実に多くの討論をし、実に多くの交渉をし、海を越え山を越えて、ここに辿り来ったのである。
 勿論われわれは、未だ多くの夢をもっている。しかし、かかるかたちにおいて、一つの橋頭堡を、われらの永い文化の闘いにおいて、かちえたことは、現段階の酷薄な情勢のなかにあっては、一つの前進であり、記念すべき、勝利への第一歩であるというべきである。
 法案通過のためにたたかった諸兄と共に深い感慨をもって、お互いに手を握りあいたい。
 しかし、法が示すように、財政的措置としては、私達の力をもって、運動を貫いて立ち上るほかない。この法は、その運動を全面的に展開せよとの最初の狼火の役割をもっているのである。
 法案が通過したその最初の瞬間こそが最も大切な時である。すべての図書館の関係者は外部に向って、その旨をつげ、その法のもつ遠い任務を説き、文化運動として、全文化大衆に向って、即刻行動を起すべきである。
 一つの町が起ちあがれば、次の村もじっとしてはいられないのである。燎原の火の如く、それは次次に点火されなければならない。一つの郡が他の郡を競争の中に巻き込まなくてはならない。そして、一つの県が災害から立ちあがることで、他の県をも呼び込まなければならない。
 館友は、ともに援けて、救援におもむき、呼応しなければならない。そして、法の不備は、館友自体の努力をもって覆いかくさなければならない。この努力が、その成不成にかかわらず、この法自身をより完きものとする次の法制定のきっかけとなり、力となるのである。
 われらは、この瞬間に決して、法の内容の批判に立止ってはならない。われわれが前進することによって、法もまた、おのずから進んでゆくのである。
 遠い遠い前進の第一歩を今日私達は踏みしだいているのである。
 われらは、また立止って人々に援助を哀願してはならない。文化運動の見えざる集積をつみかさねて、零細な同情と協力を一つ一つ結集して、一つの大きな力として固め、そして、それを図書館法の精神に集めなければならない。そしてそれが、おのずから予算の上ににじみ出て、青年、少年が、図書館の新たな動きの中に※(「口+喜」、第3水準1-15-18)々として飛び込んで来るようにしなければならない。
 法の通過は、今、私達に安堵をあたえたというよりも、多くの心躍る不安をもたらせている。図書館協会の半世紀の歴史の中で、最も大いなる転回期と、歴史的な最も重い責務の時に直面しているのである。
 この時に関東も関西も打って一丸として、公共図書館も学校図書館も固く手を握って、この画期的な曲り角に、その腰を沈めよう。
 敗戦の四年、物質方面の多少の恢復にもかかわらず、精神方面の傷の深さは、むしろその口をひろげつつある。
 読書力の減退を見よ、青少年の知的飢渇を見よ、出版界の崩壊現象を見よ。一つとして、図書館界の手をさしのべなければ、危機がその「死の十字」の様相を示さんとしていないものはない。
 戦いのさ中に嘆いたように、今正に、私達は嘆かなければならない。
 戦いのさ中よりも、今、その危機はむしろ深まりつつある。そして、図書館法は、私達に、それを救うべき最初の狼火となって、今ここにその焔をあげたのである。





底本:「論理とその実践――組織論から図書館像へ――」てんびん社
   1972(昭和47)年11月20日第1刷発行
   1976(昭和51)年3月20日第2刷発行
初出:「図書館雑誌」
   1950(昭和25)年4月
入力:鈴木厚司
校正:染川隆俊
2008年1月26日作成
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