お姫さまと猟師

村山籌子




 お姫さまは朝から、大変ごきげんがわるうございました。そして、ぷりぷり、おこつてゐらつしやつたので、いつものかはいゝお姫さまではなくて、年をとつた、おばあさんのやうに、こはいお顔をしてゐらつしやいました。そこへ、お姫さまの大好きな、猟師が山から帰つて参りました。そして、
「お姫さま、今日は何にも、えものがございませんでした。」と猟師が申しました。
「えものがなかつたの?」と、お姫さまはおつしやいました。そして、お泣きになりました。そこで、猟師が申しました。
「それがです。わたしは、どんと、この鉄砲を打ちました。猟犬のレオは、一散に走つて行つて、えものをくはへて来ました。まあ、おどろくではございませんか、おもちやのくまなんです。そしてそのおもちやの熊は死んでゐました。また、けものが出て来ました。真白まつしろ犬位いぬぐらゐあるやつなんです。これはと思つて引金を引きました。レオは飛んでゆきました。まあ、何となさけないことでせう。白い、小ちやい犬ころでした。
 仕方がないので、谷へおりて行つて水をのまうと致しますと、目の前に、わに程もあるお魚が泳いでゐるのでございます。私はすつかりおなかがへつて、ぺこぺこでした。急いでそれをつかんで、口の中へ、はふりこみました。まあ、何て、かたい肉でせう。私の前歯が四本ともぼこぼことをれてしまひました。お姫さま、それは、五寸位の、鉄のおもちやのお魚でした。私は、なさけなくなつて、ぐつたりと大きい木にからだをもたせかけましたら、どしんと、私はひつくりかへりました。何にも、木なんぞありませんでした。よくよく足もとを見ると、おもちやの松の木がころがつてゐました。」
 この猟師は[#「 この猟師は」は底本では「この猟師は」]、かう言ひながら、泣きさうになりました。大変年寄りでしたから無理もありません。
「まあ、お前は馬鹿ねえ。なぜ、そのおもちやを、私にもつてかへつてくれなかつたの。」とお姫さまがおつしやいました。
 猟師は、さも困つたやうに胸をどきどきさせて涙をこぼしました。
「お姫さま。私はさう思ひました。そして、それをひろひあげて、この網のなかへ入れようと致しますと、みんな、網のなかへははひらず、外へこぼれてしまひました。お姫さま、それは、たしかに夢だつたんでございます。」
 お姫さまは大きい声でお笑ひになりました。美くしいお姫さまが、ごきげんを直したので、猟師はやつと安心して、胸をなでおろしました。そして、二人で、いつまでも笑ひました。





底本:「日本児童文学大系 第二六巻」ほるぷ出版
   1978(昭和53)年11月30日初刷発行
底本の親本:「日本童話選集 第一輯」丸善
   1926(大正15)年12月
初出:「子供之友」婦人之友社
   1924(大正13)年7月
※初出時の署名は「岡内籌子」です。
入力:菅野朋子
校正:noriko saito
2011年2月14日作成
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