歯と眼の悪いおぢいさん

村山籌子




 あるところに一人のおぢいさんがありました。おぢいさんはきのふの晩から歯が痛くて仕方がないので、ほつぺたを繃帯ほうたいしてお医者に行かうとしましたが、おぢいさんは貧乏なものですから、一銭もお金がないのでした。しかしどつかに、一銭ぐらゐおちてゐるかも知れないと思つて、家中うちぢゆうの敷物をめくつて、板のすきまをほじくつて見ましたが、一銭もみつかりません。こんどは、うちのまわりに積んであるわら束をひつくり返して見ました。すると、にはとりの卵が二つみつかりました。おぢいさんは、近眼の上に、あまりお金がほしかつたものですからその卵が十銭銀貨二枚に見えました。おぢいさんは大喜びで、それをポケツトに入れて出掛けました。
 途中で、おぢいさんは、ピイ/\鳴くひよつ子の声を聞きました。びつくりして見ると、ポケツトの中から黄色い小さいひよつ子が首を出してゐました。おぢいさんは、いつの間に、ひよつ子がポケツトの中へはいつたのだらう、もしや、食ひしんぼのひよつ子に、十銭銀貨をたべられると大変だと思つて、ポケツトをはたいて見ましたら、案の定、十銭銀貨の影も形もありません。
「ひよつ子や、お前たち、十銭銀貨を一つづゝ食べたらう?」とおぢいさんは聞きました。
「いゝえ、おぢいさん、私たちは生れたばかりですから、そんなかたいものはたべられやしません。」とひよつ子は答へました。
「食べないと言つたつて、入れたものがない以上食べないはずはない。」とおぢいさんが言ひましたので、ひよつ子たちは悲しくなつて、ピイ/\やかましく泣きました。
 その声を聞いて、一人のおぢママうさんがやつて来て言ひました。
「おぢいさん、どうかそのひよつ子を二十銭で売つて下さい、丁度こゝに十銭銀貨が二枚ありますから。」そして、おぢやうさんはおぢいさんにお金をわたして、ひよつ子を持つて行つてしまひました。
 おぢいさんはおぢやうさんにもらつたお金を持つてお医者様に行きました。そして、さつきの事を話して、「なぜ、ひよつ子のたべた二枚の十銭銀貨が、いつの間にかあのおぢやうさんのお財布のなかにはいつてゐたのでせう。」と申しました。歯のお医者様は笑つて言ひました。「おぢいさん、あなたはのお医者へも行かねばなりませんね。」と。





底本:「日本児童文学大系 第二六巻」ほるぷ出版
   1978(昭和53)年11月30日初刷発行
底本の親本:「子供之友」婦人之友社
   1928(昭和3)年8月
初出:「子供之友」婦人之友社
   1928(昭和3)年8月
入力:菅野朋子
校正:noriko saito
2011年5月3日作成
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