ねずみさんの失敗

村山籌子




 ねずみさんはとてもなまけ者です。そのねずみさんが、ねずみさんのおかみさんの部屋にとんで帰つて言ひますのに、
「おかみさんや、早く着物を着換えなさい。一番いい着物に。帽子も一等いいのに。それから、わしにも一番いい服を出しておくれ。」
 おかみさんは、ねずみさんの言ふことがよく分らないので、返事をしませんでした。ねずみさんは、大きな声でどなりました。
「下のうちのチユウチユウさんのところへ遊びに行くんだから。」おかみさんはしぶしぶ、「チユウチユウさんのところへ? 何しに行くんです。」と聞きました。ねずみさんは、
「それがさ、まあお聞き。今ね、わしがチユウチユウさんのとこの前を通つたのさ。そしたらお前、あぶらあげ、ね。あぶらあげを焼いてるにほひがプンプンしてんだよ。早く、遊びに行けば、きつと、分け前がもらへるよ。さ、早く早く。」と呼吸いきを切らして言ひました。
「ほんと? ぢや早くしないとお前さん、駄目だめになつてしまひますよ。早く、早くつたら。」とおかみさんも仲々慾張よくばりでしたから、二人で大あわてにあわてて仕度をして出掛けました。
 二人は目の色を変へてお庭を走りぬけて、大きな門のそばを通つて、やつとこさ、大きなお部屋の前まで来ました。「おや、みちをまちがつたやうだよ。困つたなあ。」とねずみさんは、こわごわなかを見ましたら、そこには、山のやうに大きなおもちやのくまさんがすわつてゐました。二人はビツクリしてしまひましたが、こんな事ぐらゐで引つかへすなんて事は出来ません。二人とも、とてもおとなしく、そして、頭を床にすりつける位低くおぢぎをして、「熊さん、私たち、路に迷つて、大変困つてをりますのですが、チユウチユウさんとこはどつちでございませうか。早く参りませんとあぶらあげの分け前をいただかれなくなりますから、早く教へて下さいませんか。」と言ひました。
 熊さんはとてもをかしかつたので、フキ出しながら、
「お前さんみたいな夫婦はきつと道をまちがへるね。この机の上の穴を通つて、地下室へおいで。そこがチユウチユウさんのとこだ。」
 二人はその路を出来るだけ[#「だけけ」はママ]はやくかけ出して、やつとチユウチユウさんのうちへ参りました。
「ごめん下さい。」とねずみさんが言ひますと、チユウチユウさんとそのおかみさんは、あぶらあげをたべたばかりの口をふきながら、出て来ましたので、ねずみさんとおかみさんはがつかりして、腰がぬけさうになりました。
「チユウチユウさんとこへなぞ、一生もう行くもんか。」と二人はプンプンおこつて帰つて来ました。気の毒なお話ですね。





底本:「日本児童文学大系 第二六巻」ほるぷ出版
   1978(昭和53)年11月30日初刷発行
底本の親本:「子供之友」婦人之友社
   1931(昭和6)年6月
初出:「子供之友」婦人之友社
   1931(昭和6)年6月
入力:菅野朋子
校正:noriko saito
2011年5月3日作成
2011年9月25日修正
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