川の中へおつこちたお猫さん

村山籌子




 あるところにおねこさんがありました。どういふわけだか、生れつきおうちにゐるのがきらひで、いつでもぶらりぶらりと、あるきまはつてゐました。
 ある日、お母さんがおつしやいました。
「お猫さんや、今日は少し寒いから、おうちにじつとしていらつしやい。」
 けれども、お猫さんは、お母さんの姿が見えなくなると、すぐさまおうちをとび出して、三ママほどむかふの川のふちのあひるさんのところへ行きました。
 あひるさんのお母さんはおつしやいました。
「お猫さん、折角ですが、あひるさんはまだ学校から帰つて来ません。」
 お猫さんはがつかりしましたが、おうちに帰るよりこゝで待つてゐた方がましだと思つて、
「をばさん、外で待つてゐます。」と言ひました。
 一時間待ちました。
 あひるさんは帰つて来ません。寒い風が吹いて来て、お猫さんの帽子を川の中へふきとばしました。お猫さんは、一ママ四方にもひゞきわたる程大きく
「ハクシヨン※(感嘆符二つ、1-8-75)」とくしやみをしました。
 あひるさんのお母さんはおつしやいました。
「お猫さん、今日は寒いから、もうおうちへお帰りなさい。」
 それでもお猫さんは「ぼく、ちつとも寒くないや。」といつて、動きません。
 お猫さんはそこで、又一時間待ちました。けれどもあひるさんは帰つて来ません。
 又、寒い風が吹いて来て、お猫さんの上衣うはぎを、川の中へふきとばしました。お猫さんは二ママ四方位にひゞきわたる程、大きく「ハクシヨン、ハクシヨン。」と、くしやみをしました。
 あひるさんのお母さんはおつしやいました。
「さあ、もう、おうちへお帰りなさい。風邪をひきますから。」
 お猫さんはシヤツ一枚でガタガタふるえながら、
「大丈夫です。おばさん。」といつて、動きません。そしてもう一時間待ちました。
 夕方になつて、嵐のやうに大きな風が吹いて来ました。そしてお猫さんはコロコロと川の中へおつこちてしまひました。
 お猫さんはさいはひなことに、水泳の選手でしたから、ズブぬれになりましたが、すぐに川からはひ上つて、三ママ四方にもひゞきわたる程大きく、「ハクシヨン、ハクシヨン、ハクシヨン。」とくしやみをしました。そのくしやみの音は、お猫さんのおうちまでひゞきましたので、お猫さんのお母さんは大へんびつくりして、かけて来ました。そして、ズブぬれのお猫さんをおうちへつれて帰りました。
 おうちのベツトの中へはいつて、お猫さんは、
「川の水の中より、おふとんの中がずつとあつたかくていいや。」と思ひましたが、それは後のまつりで、その晩から熱が出て、一週間程はうんうんうなりましたさうです。





底本:「日本児童文学大系 第二六巻」ほるぷ出版
   1978(昭和53)年11月30日初刷発行
底本の親本:「子供之友」婦人之友社
   1933(昭和8)年11月
初出:「子供之友」婦人之友社
   1933(昭和8)年11月
入力:菅野朋子
校正:noriko saito
2011年5月3日作成
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