きんまくわ

槇本楠郎




 つばめは、まいあさ早く、すずしいたんぼの上へ、ツーイ/\ととんで来ました。そして身がるさうに、ななめにとんだり、クルリとひつくりかへつたり、作物の頭とすれすれにとんだりして、目をさましたばかりの作物に、かう挨拶あいさつしていきました。
「みんな、おはやう。かはつたことはありませんか?」
 すると、朝露にぬれた作物たちは、みんな顔をあげて、つばめに挨拶しました。
つばめさん、おはやう。かはつたことはありません。」
 作物たちは、自分の新芽や葉を食べるわるい虫を、みんな、つばめにとつてもらつてゐたのです。だから、まいあさつばめが見まはりに来ると、かう挨拶してゐたのです。
 ところが、ある朝、つばめがツーイ/\と、とんで来て見ますと、畑のまん中で、作物たちの、喧嘩けんくわがはじまつてゐました。よく見るとそれは、なすきんまくわとでした。
「らんばうぢやありませんか。ひとの体につるをまきつけるなんて。さあ早く、その手をはなして下さい。わたしは苦しくつて、息がきれさうです。ねえ、早くはなして下さい。」さうつてゐるのは、顔のまつ黒い、の低い、なすでした。
「だつて、ぼくは蔓があるんで、ブラ下つてみたくてたまらないんだ。へちまのやうに高いところにブラ下つて、すずしい風にふかれてみたいんだ。ぼくは体が金色だから、へちまひようたんより、とてもきれいなんだ。だい一、きみがこんなところにゐるから、いけないんだ。強さうな体のくせに、ケチ/\云ふもんぢやないよ。」
 さう云つたのは、金色の顔をした、卵のやうなきんまくわでした。きんまくわは、畑中に蔓をのばしてひまはり、それからなすの木に、いぢ悪くまきついてゐるのでした。
 なすは、泣きだしさうな声で、
「だつて、あなたは青瓜あをうりさんや、白瓜さんの仲間ですもの、地面をはふだけで、いいぢやありませんか。わたしにまきつくなんて、あんまり、ひどいぢやありませんか。わたしは、竹や棒ではありません。早くはなして下さい。ああ、くるしくつてたまりません。」
 けれど、いぢわるのきんまくわは、はなすどころか、グイグイと、一そうなすの体に、青い蔓をグルグルまきつけてしまひました。
 そこで、すぐそばに立つてゐた、赤いおひげのとうもろこしが、口をだしました。
「もし/\、きんまくわさん、あんたは少しらんばうのやうですね。なす君にしても、ぼくにしても、ひとに迷惑をかけぬやうに、自分の場所に、おとなしく立つてゐるのに、あんたは広い地面を、勝手にはひまはつたうへ、ひとの体にまきつくなんて! そんな、らんばうはよしたまへよ。」
 するときんまくわは、ひどく腹をたてて、
「なアんだ、赤ひげ君か。きみこそ、ひつこんでゐたまへ。あんまりおせつかいをしてると、君のひよろ長い体へも、この青い蔓をまきつけるよ。なまいきな!」
と、プリプリして、どなりつけました。
 とうもろこしも、それきりだまつてしまひました。つばめも、この喧嘩を見ながら、どうすることも出来ませんでした。
 けれどつばめは、その翌日あくるひから、きんまくわの悪い虫だけは、一ぴきもとつてやりませんでした。きんまくわは、毛虫や青虫に食はれて、だん/\葉がなくなりました。
 でも剛情なきんまくわは、それにも懲りずに、なすの体から、今度はとうもろこしの体にまで、グル/\とまきつきました。
 ある晩、つよい風が吹きました。なすとうもろこしも、つよい風にあたりました。ワツサリ・バツサリ、右左にゆれました。けれど、なすとうもろこしとは元気を出して、やつと折れたり、倒れたりせずにすみました。でもきんまくわは、なすとうもろこしにからんでゐたので、風にふかれてゆれるたびに、あちら、こちらの蔓がきれて、風のやんだときには、体中がヅタ/\に引きさかれて、かはいさうな姿になつて、もう枯れかかつてゐました。
―昭和八年五月九日作―





底本:「日本児童文学大系 三〇巻」ほるぷ出版
   1978(昭和53)年11月30日初刷発行
底本の親本:「仔猫の裁判」文章閣
   1935(昭和10)年11月
入力:菅野朋子
校正:雪森
2014年6月12日作成
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