おふくろへ

槇本楠郎




おふくろよ
おれは おまえまで
そう かわっていようとは おもわなかった
まえば が 一ぽんしか のこっていなかったというのではない
あたま が まっしろになっていたからというのでもない
また こし が ひんまがっていたからというのでも むろん ない
おふくろよ
おれは あのばん
おまえが もりあげて だしてくれる むぎめしの
しみて ざくろのみのように ポツポツするやつを
やぶれしょうじ の なかにはった ねまきのまえで かきこみながら
おまえから きいた
あの いえをこわされるときのはなし
――ドンドンと かべをたたく きづちのおとが
むないた を たたかれるように いたかったこと
そのために おまえが びょうきしたこと
だが びょうきがなおってから そうぎがはじまると
おまえまで えんだんに はいのぼったこと
そのとき しんけいつうで ねていた おやじまでが
「ばあさん しっかりたのむぞ!」と はげましたということ…………
そんな かずかずの ものがたりをきいていると
おふくろよ
おれは ほんとに むぎめしが のどにつまったよ
ほんとに よのなかはかわったな と おもったよ
おふくろよ
おれは おまえもよくしってるとおり 五ねんまえ
かんどう どうようの しうちをうけて
おまえたちや むらのやつから むらを おいだされた おとこだった
だが おふくろよ
だが いまでは むらのやつも おまえたちも
みんな このおれを したしくむかえてくれたのじゃなかったか
かわったな おふくろよ
おれは どんなきもちがしたとおもう?
おれは なみださえにじみでたぞ
それはなんのためだ?
みんな びんぼうのためじゃないか
びんぼうは むらのやつらをも おまえたちをも みんなかしこくしたのだぞ…………

おれは しょうじにはった ねまきのまえで かぜをさけながら
やしきのあとにできたという みごとな だが かべつちのにおいのする
(もっとも はじめは しょうゆ の わるい せいかとおもったのだが)
はっぱ の しおからいやつで ちゃづけを かきこみながら
みかんばこ か なにかのなかに おさまっている
せんぞ の いはい を みつめながら
いよいよおれは おれのしょうがいの かくごをきめたのだ
むろん そのかくごではいたのだが
そのとき ほんとに ハッキリと けっしんがついたのだ
もう おまえたちまで おれのみかただ
おれのしごとに みんなよろこんでいてくれる
そうおもったのだ
おれは ちからがわいてきた
おれは だから おおいそぎに そのばん かえってきてしまったのだ

おふくろよ
おれたちのしごとは いのちがけだ
だがおれたちは ただじゃ しねねえのだ
おまえたちも そちらでたのむぞ
おれたちは ちみどろだ
おたがいに いつやられるかしれねえが
やッつけるか やッつけられるまで たたかうのだ
こどもさえ おれたちのうたをうたって もう うしろからおしてくる
あとからあとから おれたちのなかまは めじろおしにつかえてる
へこたらず くたばらず
どうか がんばってくれ
ふるしんぶんだが これは おれたち ろうどうしゃ ひゃくしょう の しんぶんだ
おくるから カナをひろって みんなでよんでくれ
よんですんだら やきすてたがいい
ふすま や しょうじ を はってはいけないぞ
いいか わかってるね
くれになっても しょうがつがきても
さとうの一きんも
たびのかたあしも
おくれないのを ざんねんにおもう
だが これがおれたちプロレタリアの ほんとうのすがただから しかたがない
くれぐれも たっしゃでな
では またてがみをかこう
(『プロレタリア詩』一九三一年一月号に発表)





底本:「日本プロレタリア文学集・39 プロレタリア詩集(二)」新日本出版社
   1987(昭和62)年6月30日初版
底本の親本:「プロレタリア詩」
   1931(昭和6)年1月号
初出:「プロレタリア詩」
   1931(昭和6)年1月号
入力:坂本真一
校正:雪森
2014年6月12日作成
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