フランケンシュタイン

FRANKENSTEIN, OR THE MODERN PROMETHEUS

マリー・ウォルストンクラフト・シェリー Mary Wallstoncraft Shelley

宍戸儀一訳




       主要登場人物

ウォルトン隊長――イギリスの探検家。
フランケンシュタイン――スイスに生れた若い化学者。本篇の主人公。
怪物――フランケンシュタインの創造した巨大醜悪な生きもの。
フランケンシュタインの父――名はアルフォンス。かつて長官その他の顕職にあった。怪物に殺される。
エリザベート――フランケンシュタインの許婚者。怪物に殺される。
クレルヴァル――名はアンリ。フランケンシュタインの親友。怪物に殺される。
ジュスチーヌ――フランケンシュタインの父の家の忠実な女中。怪物のために死刑にされる。
ウィリアム――フランケンシュタインの幼い弟。怪物に殺される。
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    ウォルトンの手紙(第一)
          イングランドなるサヴィル夫人に

セント・ペテルスブルグで、一七××年十二月十一日
 虫の知らせがわるいからとあんなに御心配くださった僕の計画も、さいさきよくすべりだした、とお聞きになったら、お喜びくださることとぞんじます。昨日、ここに着きました。で、まずとりあえず、無事でいること、事かうまく運ぶことにますます自信を得たことをお知らせして、姉さんに安心していただきます。
 僕はもう、ロンドンのずっとずっと北に居るのです。そして、ペテルスブルグの街を歩きながら、頬をなぶるつめたい北方の微風を感じているところですが、それは僕の神経をひきしめ、僕の胸を歓びでいっぱいにします。この気もちがおわかりでしょうか。僕の向って進んでいる地方からやってくるこの風は、氷にとざされた風土の楽しさを今からなんとなく想わせます。この前兆の風に焚きつけられて、僕の白昼夢はいよいよ熱して鮮かになっています。極地は氷雪と荒廃の占めるところだと思いこもうとしてもだめなのです。それは、たえず、僕の想像のなかでは、美と歓びの国として現われてくるのですよ。そこでは、マーガレット、太陽はいつでも眼に見え、その大きな円盤が地平線の上に懸って、永遠の輝きを放っているのです。そこには――というのは、姉さん、あなたの前ですが僕は、僕以前の航海者たちをかなり信じておればこそそう言うのですが――そこには雪も霜も見られません。そこで僕たちは、いくら驚歎してもしきれぬ国、人の住める地球上に今までに発見されたどんな地方にもまさる美しいすてきな国に、吹き送られるかもしれません。天体現象が疑いもなく未知の寂寞のなかによこたわっているように、そこの産物なり地勢なりもたとえようのないものかもしれません。永久の光の国で、何が期待されないと言うのでしょうか。僕はそこで磁針を引きつけるふしぎな力を見つけるかもしれませんし、また無数の天体観察をやってそれをだんだん正確なものにしてもいけるでしょうが、いつもきまって変らないその外観上の偏心率を示すためには、どうしてもこの旅か必要なのです。僕は、これまで訪れたことのない世界の一角を眼にして、自分の燃えるような好奇心を満足させ、人類の足跡を印したことのない国を踏むかもしれません。こういうことが僕を誘惑するわけで、それだけでも僕は、危険をも死をも怖れない気もちになりますし、子どもが休みの日に友だちと語らって、土地の川に何かを見つけに行こうと小舟に乗るときに感じる、あの喜びに駆られて、このほねのおれる旅を始めようとするところです。しかし、こういう臆測がみなまちがっていたとしても、現在のところではそこに達するのに何箇月かかるかわからないような、極地に近い土地への航路を発見することで、あるいはまた、かりそめにもできないことでないとすれば、僕の企てたような計画によってしかやりとげられない磁力の秘密を突きとめることで、全人類の最後の世代に至るまで計り知れぬ利益を受けるだろうということに、あなたもとやこう言うことはできないはずです。
 こんなことを振り返って考えていると、この手紙を書きはじめたときのぐらついた気もちが吹きはらわれて、心が天にものぼるような熱情でもって白熱するのがわかります。というのは、魂がその知的な眼を据えつける一点としての揺るぎない目標ほど、人の心を平静にしてくれるものがないからです。この探検は僕の幼い時から大好きな夢でした。僕は、極地をめぐる海を越えて北極洋に達するみこみでおこなわれた、いろいろな航海の記事を、熱心に読んだものです。発見の目的でなされたあらゆる航海の歴史が、僕たちのよき叔父トーマスの書庫にぎっしり詰まっていたのを、姉さんもおぼえていらっしゃるでしょう。僕の教育はほったらかしでしたが、それでも僕は、一心に書物を読むのが好きでした。そういう書物を昼も夜も読みふけったものです。それらに精通するにつれて、父が亡くなるときに言いおいたことだというので、船乗りの生活に入ることを叔父が僕に許さないと知って、子どもごころにも僕は、ますます残念に思いました。
 こういった幻想は、例の詩人たちをよく読んだとき、はじめて萎みました。この詩人たちは、流れ出たその力で、僕の魂をうっとりとさせ、それを天上に引き上げてくれました。僕も詩人になり、一年間は自分の創り出した楽園に住みました。自分も、ホメロスやシェークスピア並みに、詩の神殿に祀られるとでも思っていたのですね。僕の失敗したこと、その時の落胆がどんなにひどかったかということは、姉さんもよくごぞんじです。しかし、ちょうどそのころ、従兄の財産を相続したので、またまた昔の夢が性懲りもなく首をもたげてきたのです。
 現在のこういった企てを心に決めてから六年になります。今でも僕には、この大冒険に向って自分を捧げた時のことが憶い出されます。僕はまず、自分の体を辛苦に慣らすことから始めました。そこで、捕鯨船に乗せてもらって幾度も北海に行き、自分から進んで寒さや飢え、渇き、あるいは寝不足をがまんし、日中はよく普通の水夫よりも激しく働き、夜は夜で、数学やら、医学のこころえやら、また自然科学のうちで海洋冒険者に実際にいちばんやくだつ部門などの勉強に没頭しました。グリーランドの一補鯨船の補助運転士の役を二度も自分で買っで出て、りっぱに任務を果しました。船長が船で二番目の地位を提供しようとして、たいへん熱心にいつまでも居てくれと頼んだ時には、ちっとばかり鼻が高くになりました。それほど船長は、僕のしごとぶりを高く買ったのですよ。
 そういうわけで、マーガレット姉さん、今では僕にも、大きな目的を果す資格があろうというものではありませんか。安楽に贅沢してくらすことだってできたわけですが、いままでにさしのべられた富のあらゆる誘惑を振り切って、栄光の道を選んだのです。おお、然りと答えるあのどことなく勇ましい声! 僕の勇気と決意はしっかりしていますが、希望や元気がぺしゃんこになる時も、ないとは言えません。僕は長期にわたる困難な航海に出かけるところですが、何か事があるばあい、あらゆる堅忍不抜さをもってこれに処することが求められます。危急のさいに他の者の元気を振いおこすばかりでなく、ときには自分を励まして持ちこたえることが必要なのです。
 ロシアを旅行するには、今がいちばん恵まれた時です。大橇に乗って雪の上を飛ぶように滑っていくのですが、これは愉快なことで、僕の考えでは、イギリスの駅馬車に乗るよりもずっとずっと楽しいものです。毛皮にくるまっていれば寒さもひどくないので、僕ももう、毛皮の服を着こんでいます。なぜなら、それを着たところで血管中の血か残るのを防げないとしても、甲板を歩きまわるのと、何時間も動かずにじっと坐っているのとでは、たいへんな違いがあるからです。僕は何も、セント・ペテルスブルグとアルハンゲリスクとの途中の逓送路線で命を捨てようという野心をもっているわけではないのですから。
 二週間か三週間経ってから、アルハンゲリスクへ向って立ち、そこで船を借りるつもりですが、これは持ちぬしに保険料さえ払えばたやすくできるはずです。また、捕鯨に馴れた連中のうちから必要とおもわれるだけの船乗りを雇うつもりです。六月までは出帆するつもりはありません。ところで、僕はいつ戻ってくるでしょうか。ああ姉さん、この問にいったいどう答えたらよいでしょうか。もしも成功するとしても、何箇月も、何箇月も、ひょっとしたら何年も、お会いすることはできないでしょう。まんいち失敗すれば、すぐまたお目にかかるか、もうお目にかかれないか、どちらかです。
 さらば、撲の大事なマーガレット。御多幸を祈るとともに、僕に傾けてくださったあなたのあらゆる愛情と親切に対して厚く厚く感謝します。敬具。
R・ウォルトン

     ウォルトンの手紙(第二)
            イングランドなるサヴィル夫人に

アルハンゲリスクで、一七××年三月二十八日
 こんなふうに霜と雪に囲まれているここでは、時の経つのがなんと遅いでしょう! けれども、僕の計画だけは、もう第二歩を踏み出しました。船を借りて、乗組員を集めることに没頭しているところですが、すでに雇った連中は、信頼のおける、たしかに怖れを知らぬ勇気をもった男たちのようにおもわれます。
 とはいえ、まだ一つ欠けたものがあって、まだそれを満せないでいます。いま、それがないのは、よくよくの不幸だと思います。友だちがないのですよ、マーガレット。成功の熱に燃えているときにも歓びを共にする者がなく、失望に陥ったとしても意気沮喪に堪えるように励ましてくれる者がないのですよ。僕はなるほど、自分の考えを紙に書きつけもするでしょう。しかし、感情を伝えるには、それは、やくにたちそうもない手段です。僕は、僕に同感でき、眼で眼に答えてくれる人間を、仲間にほしいのです。姉さん、あなたは、僕をロマンチックだとお考えでしょうね。けれども僕は、友だちのいないのはつらいのです。やさしくてしかも勇気のある、心が広くて教養のある、僕と同じような趣味をもった人で、僕の計画に賛成したりまたそれを修正したりしてくれる者が、誰ひとり身近かにはいないのです。そんな友だちがあれば、あなたの貧弱な弟のあやまちをいろいろ矯してくれるでしょうに。私はあまり実行にはやりすぎ、困難にあたって辛抱がなさすぎます。しかも、自分流に独学したことは、そんなことよりもずっと大きな禍です。十五歳までというものは、共有地の荒野を駆けめぐり、トーマス叔父の航海の本をしか読まなかったのですものね。そのころ僕は、自分の国の高名な詩人たちに親しむようになりましたが、自国語以外の諸国語に通じる必要があると気がついたときには、そういう後悔からもっともたいせつな利益を得る力がなくなっていました。僕はもう二十八歳ですが、実際には十四歳の学校生徒よりも無学なのです。なるほど僕は、物事をもっと考えもするし、僕の白昼夢はもっと広がりがあってすてきでしょうが、ただそれには(画家たちが言うように)調和が欠けています。そこで僕は、僕をロマンチックだと言って軽蔑しないだけのセンスのある友人と、僕が自分の心を直そうと努力するうえでの十分な愛情が、大いに必要なのです。
 まあ、こんなことはつまらぬ愚痴というものです。広い大海では、いやこのアルハンゲリタスクでさえも、商人や海員のあいだに友だちを見つけるのは、できない相談です。それでも、その連中の粗野な胸のなかにも、人間性の汚れをいさぎよしとせぬ感情が波うっています。たとえば、僕の副隊長は、すばらしい勇気と進取の気性に富んだ男で、しきりに栄誉を望んでいます。というよりは、もっと特徴づけて言えば、自分の職業の地位が上るのを願っています。この男はイギリス人ですが、教養では和らげられぬ国民的職業的偏見のさなかで、人間性のもっとも高貴な資性をあまり失っていません。はじめ捕鯨船の甲板上で知りあい、この町で失業しているのを見つけて、さっそく僕の計画を助けてもらおうとおもって雇ったわけです。
 特長も気性のすぐれた男で、気のやさしいことと紀律のきびしくないことで、船のなかでも目立っています。この男の誰でも知っている廉直さや恐れを知らぬ勇気にかてて加えて、こういう事情があったので、どうしてもこの男を雇いたくなったのです。孤独に過ぎた僕の年少時代、あなたのやさしくて女らしい養育のもとに送った僕のいちばんよかった時代が、僕の性格の骨組を洗煉しましたので、僕は、船のなかでふつうおこなわれる蛮行に対して烈しい嫌悪を抑えることができません。そんな必要があるとは信じられないのです。そこで、この船乗りが、思いやりの心があって誰からも注目され、乗組員から尊敬され心服されているということを耳にすると、この男に手もとで働いてもらうことができたことを、わけても幸福に思うのです。はじめ僕は、この男のおかげで幸福にくらせたある婦人から、どちらかと言うとロマンチックなやりかたで、この男のことを聞きました。かいつまんで申しあげると、その話はこうです。つまり、この男は、幾年か前に中流の若いロシア婦人に恋しましたが、捕獲賞金で金をだいぶ溜めたので、女の父もその緑組みを承諾しました。そこで、式を挙げる前に一度愛人に会いましたが、娘は涙を流してこの男の足もとに身を投げ出したかとおもうと、自分はほかの男を愛しているが、そのあいてが貧乏なので、父が結婚を許さないのです、と告白して、自分を助けてほしい、と哀願しました。僕の寛大な友人は、その哀願を聴き容れて安心させ、娘の愛人の名を聞かされると、即座に自分の要求を放棄しました。この男はすでに、自分の金で農場を買い、そこで余世を送る算段をしていたのですが、それをそっくり、株を買うつもりだった賞金の残り全部といっしょに、恋がたきにつけてやり、それから娘の父親にその愛人との結婚を承諾するように頼みました。しかし老人が、この僕の友人には義理があると考えて、はっきり拒絶し、頑として聴き容わないのかわかったので、この男は国外に飛び出し、以前の愛人がこの男の望みに従って結婚したと聞くまでは、帰国もしませんでした。「なんという気高い方!」あなたはそう叫ぶでしょう。そのとおりです。しかし、この男はてんで無学で、トルコ人みたいに無口ですし、無知な不注意というようなものが附きまとっていて、それがこの男の行為をいっそう驚くべきものにしているものの、さもなければ得られた興味と同情をそれだけ減じています。
 ところで、僕がちっとばかり不足を言い、あるいは、僕の知らない労苦に対して慰めを心に描くかもしれないからといって、僕が決意を渋っているなどとお考えになってはいけません。それが決まっているのは運命のようなものです。出航がいま延びているのは、天候がまだ乗船を許さないだけのことです。冬はおそろしく酷烈でしたが、春はよさそうな様子で、思いのほか早くやってきそうですから、たぶん予定よりも早く出帆するでしょう。僕はむこうみずはやりません。他人の安否が撲の注意如何に懸っているかぎり、僕がいつも細心で思慮深いことは、あなたもよく知っていて信じてくださるはずです。
 僕の企ての近日中のみこみについて感じていることを申しあげることはできません。なかば嬉しくてなかば怖ろしい、慄えるような思いで出発のしたくをしている時の、こんな気もちをお伝えするのは、不可能なことです。僕は、先人未踏の地へ、「霧と雪の国」へ行こうとしていますが、信天翁アホウドリは殺しません。したがって、僕の安否を気づかったり、コールリッジの「老水夫」のように痩せさらばえたみじめな姿で戻って来はしないかと心配なさったりはしないでくれませんか。こんなふうにそれとなく申しあげると、お笑いになるでしょうね。けれども、秘密を漏らしましょう。僕はよく、危険な大海の秘密に対する自分の愛着、自分の激情的な熱中を、近代のいちばん想像力に富んだ詩人の作品のせいにします。僕の魂のなかには、自分にもわからない何かが働いているのです。僕はほんとうに勤勉です。骨身を惜しみません。倦まずたゆまず、ほねをおって働く労働者です。しかも、そのうえに、僕のあらゆる計画にまつわる奇蹟的なものを愛し、奇蹟的なものを信じてもいるのです。それが僕を、平凡な人たちの道から閉め出し、経験しようとしている荒凉たる海や未踏の地へとせきたてることにもなるのです。
 さて、しかし、もっと大事なことに戻りましょう。はてしのない海を通ってアフリカかアメリカの最南端に戻って来てから、またお会いしましょう。そんなふうにうまくゆくと当てにしているわけではありませんが、絵の裏側を見る気にはなれません。当分は機会があったらできるだけ手紙をください。自分の元気を持ちこたえるためいちばん必要になったときに、お手紙を受け取るかもしれませんから。僕は心から姉さんを愛しています。僕のことは愛情をもって思い出してください、二度と僕の口から何も聞けなくなったとしても。では……
ロバート・ウォルトン

     ウォルトンの手紙(第三)
            イングランドなるサヴィル夫人に

一七××年七日七日
 姉さん――無事に航海を続けていることを申しあげるために、急いで走り書きします。この手紙は、いまアルハンゲリスクから帰航しようとしている一商船が、イングランドにとどけてくれるでしょう。もしかしたら何年も母国の土を見ないかもしれない僕よりも幸運な船です。とはいえ、僕はとても元気です。部下は大胆で、しっかりやれそうに見えます。たえず僕らのそばを通り、僕らの向って進む地域の危険さを示す浮氷の山を見ても、べつにあわてもしないようです。撲らはもうかなり高緯度に達していますが、今は夏の真盛りで、イングランドほど暖かではないにしても、僕がこうも熱心に到達したがっている岸のほうへ、僕らを、急速に吹き寄せている南風が、予想もしなかった爽かな暖かさで吹いています。
 今までのところ、手紙に取り立てて書くような出来事は、何も起りません。一、二度の強風や船の水漏れなどは、経験をつんだ船乗りなら、記録しようと思いつきもしない出来事です。航海中に何も悪いことが起きないとしたら、僕はそれ以上に言うことはありません。
 さらば、なつかしいマーガレット。あなたのためはもちろん自分のためにも、むやみやたらに危険に立ち向ったりはしませんから、どうぞ御安心ください。冷静に、辛抱強く、しかも細心にやります。
 しかし、成功が僕の労に報いてくれるはずです。どうしてそうでないと云えるでしょう。こうして僕は、道のない海上の安全な航路を辿って、遠く去って行きます。星こそそのまま僕の勝利の証人であり証拠でもある所へ。どうしていまだに、人に馴れてはいないが従順な自然の元素を処理しないのだろう。人間の決心や決意を何が中止できるのだろう。
 僕の膨れた胸は、思わず知らず、こんなふうに溢れ出します。けれども私は、やり遂げなくてはなりません。御多祥を祈ります。
R・W・

     ウォルトンの手紙(第四)
            イングランドなるサヴィル夫人に

一七××年八月五日
 たいへんおかしなことがもちあがったので、それを書き記さないわけにいきません。もっとも、この書きものがあなたの手に入らないうちに、どうやらお目にかかれそうですが。
 この前の月曜日(七月三十一日)、僕らは、氷にすっかり閉されそうになりました。氷が四方八方から船に迫り、操船余地も残らないくらいになったのです。殊に、ひどく濃い霧に包まれていたので、僕らの状態はかなり危険でした。そこで、大気と天候に何か変化が起るのを望んで、停船しました。
 二時ごろ、霧がはれてみると、どちらを向いてもはてしのない、広い、でこぼこの氷の平原が、まわりによこたわっていました。仲間のなかには、うめき声を立てる者もあり、僕自身も心配になって、用心する気もちになりかけましたが、と、とつぜんそのとき、奇妙な光景が僕らの注意を引き、僕ら自身の苦境を忘れさせました。大橇に取り附けて犬に曳かせた低い乗りものが、半マイルばかり先の所を、北に向って走って行くのが、僕らの眼に映ったのです。人間の形はしているが見るところ背丈の巨大なものが、その大橇に乗って、犬を操っていました。僕らは望遠鏡で、その旅行者が急速に遠ざかるのを見守りましたが、ついにその姿ははるか遠くのでこぼこした氷のあいだに見えなくなりました。
 この出現は、僕らを無条件にびっくりさせました。僕らは、どこかの陸地から何百マイルも離れていると思いこんでいたのですが、こういうものが現われたとなると、実際には、考えていたほど遠く離れていないのかと思われました。とはいえ、氷に囲まれていたので、最大の注意をもって見守ったその怪物のあとをつけることはできませんでした。
 このことがあってから二時間ばかり後に、浪の音がきこえ、夜にならないうちに氷が割れて船が自由になりました。しかし、氷が割れたあとでゆらゆら浮び漂っている大きな氷塊にぶつかることを恐れて、朝まで停船しました。この時間を利用して、僕は数時間休みました。
 けれども、朝になって明るくなるとすぐ僕は甲板に出、船員たちがみな船の片側に集まって、海上にいる誰かとしきりに話しているらしいのを眼にしました。なんとそれは、僕らが前に見たような大橇で、夜のうらに氷の大きな塊に乗ったまま、こっちのほうへ流されてきたものと見えます。犬が一頭生き残っていたほかには、その塩のなかに人間が居り、その人に、船へ上って来いと船員たちがすすめているところでした。その人は、他の旅行者のようにどこか未発見の島に住む未開な住民かともおもいましたが、そうではなくてヨーロッパ人でした。僕が甲板に現われると、船長が言いました、「わしらの隊長がここにいらっしゃるんだ。あんたをこの広い海の上で見殺しにしたりはなさらないよ。」
 僕を認めると、その見知らぬ人は、外国訛りの英語で僕に話しかけました、「お船に乗せていたただく前に、どこへおいでになるつもりか、それをお教えねがえませんでしょうか。」
 破滅の淵に臨んでいる人から、そう問いかけられた時の僕の驚きは、御想像に任せます。その人にとっては、僕の船こそ、その人が陸上で得られるどんな貴重な富とも交換したくなる頼みの綱だったろうに、と、僕は思いました。けれども僕は、北極に向って探検の旅の途上にあるのだと答えました。
 その人はもそれを聞いてやっと納得したらしく、甲板に上ってくることに同意しました。呆れましたね、マーガレット。自分が救われるのに条件をつけた男が現われるとしたら、あなただってさぞびっくりなさるでしょうよ。その人の手足は凍りかけて、体は疲労と苦痛のため恐ろしく衰弱していました。あんなにひどい状態にある人を見たことがありません。僕らはその人を船室に運びこもうとしましたが、新鮮な空気に当らなくなると、たちまち気を失ってしまいました。そこで甲板に運び戻して、ブランディで摩擦し、むりやりすこし飲ませて、息を吹き返させました。まだ生きているしるしが見えるとすぐ、毛布にくるんで厨房ストーブの煙突のそばに寝かせました。そのうちだんだんとその人は正気づき、スープをすこし飲んで、驚くほど元気を恢復しました。
 こんなふうにして二日経ちましたが、そのあいだずっと、その人は口が利けなかったので、僕は何度も、苦痛のために理解力がなくなったのではないかと心配しました。かなり恢復してから、僕は、その人を自分の船室に移して、仕事にさしつかえのないかぎり介抱してやりました。僕は、これほど興味のある人間を見たことがありません。眼はたいてい荒々しい、というよりは狂ったような表情を浮べていますが、誰かが親切なことをしてやったり、何かごく些細な用をたしてやったりすると、顔全体か、いわば、たとえようもない慈悲深さと柔和さに輝いて、ぱっと明るくなるのです。しかし、たいていは憂欝と絶望にとざされ、のしかかる苦悩の重みに堪えかねるかのように、ときどき歯ぎしりするのです。
 この客人がやや恢復すると、いくらでも質問をしたがる連中を寄せつけないために、たいへんほねかおれました。どうしても絶対安静にしなけれは恢復しない状態の体と頭をもったこの人を、この連中の愚にもつかぬ好奇心に悩まされるようにはしたくなかったのです。けれども、副隊長が一度、どうしてああいう妙な乗りもので氷の上をこんなに遠く来たのか、と尋ねました。
 その人はたちまち、深い深い陰欝さに閉ざされた顔つきになって答えました、「僕から逃げて行ったものを探しにですよ。」
「その、あなたの追いかけた人は、あなたと同じような格好で旅行しているのですか。」
「そうです。」
「とすると、わしらは、その人を見たような気がしますよ。あなたをお救いした前の日に、何頭かの犬が人をひとり乗せた大橇を曳いて、氷の上を通っていったのを見かけましたからね。」
 これが、この見知らぬ人の注意を引いたと見え、怪物――その人はそれをそう呼びました――の通っていった道すじについて、いろいろ訊ねました。まもなく僕と二人だけになると、その人は言いました、「あの善良な人たちと同じように、たしかあなたも、好奇心に駆られておいでのはずですが、思慮深いのでお訊きになりませんね。」
「おっしゃるとおりですよ。こちらがいくら根掘り葉掘り訊きたいからといって、そのことであなたを悩ますのは、じっさい、たいへん無作法で不人情なことですからね。」
「けれどもあなたは、妙な危ない状態から私を救い治してくださった方です。情深いあなたのおかげで私は生きかえったのです。」
 そのすぐあとでその人は、氷が割れてあの怪物の橇もだめになったとお考えか、と僕に尋ねました。はっきりしたお答えはできないが、ただ、氷は真夜中近くまで割れていなかったから、あの旅行者はその前に安全な場所に着いたかもしれないとは思うものの、どうも判断がつかない、と僕は答えました。
 このとき、この見知らぬ人の衰弱した精神状態に、新しい生気がいきいきと波うってきました。甲板に出ることに異常な熱意を示し、前に見えたという橇を見張ろうとしましたが、僕は船室に居るように説きつけました。まだ弱っていて、寒冷な空気には堪えられなかったからです。僕は、その人のために誰かに見張りをさせ、何か新しいものが眼に入りしだいすぐ知らせる、と約束しました。
 これが、今日までのこの妙な出来事に関聯したことの日記です。この見知らぬ人は、だんだんと健康を取り戻しましたが、ただひどく無口で、僕以外の誰かが船室に入ってくると、おちつかない様子です。それでもその態度がいたってものやわらかでやさしいので、船員たちはみな、ことばこそほとんど交さなかったけれども、この人に興味をもっています。僕となると、この人を兄弟のように愛しはじめ、その絶えまない深い悲しみに心から同情と憐れみを感じています。現に難破した今でさえ、こんなに人を惹きつける、人好きのする人なのですから、もっとよかった時代には、けだかい人であったにちがいありません。
 前にあげた手紙の一つで、僕は、広い大海のなかで友人を見つけることはなかろうと書きましたね。ところが、不幸のためにその精神が押しひしがれてしまわない前だったら、僕の兄弟分として幸福を感じさせたにちがいないような人間を見つけたのです。
 何か書きつけておいてよいような新しい出来事があったら、この見知らぬ人に関する僕の日記を、とびとびに続けましよう。

一七××年八月十三日
 例の客人に対する僕の愛情は、日ごとにつのっていきます。この人には、僕も、驚くほど敬服し、また同時に同情せずにおられません。こんなけだかい人間が不幸に引き裂かれているのを、骨の疼くような悲しみを感ぜずに、どうして見ることができるでしょう。それほど心がやさしく、しかも賢く、教養のある心の持ちぬしなのです。そして、話をするときは、そのことばが選りに選った技術で選り出されるのですが、それでも、そのことばは、よどみなく無類の雄弁さをもって流れ出します。
 この人はもう、病気がだいぶよくなって、たえず甲板に出、先に行った橇を見張っている様子です。しかも、不幸な身でありながら、自分の悲惨さにはすこしも気を奪われず、ただ他人の計画に深い閑心をもっているのです。そこで、僕の計画のことでたびたび尋ねてくれましたので、僕も包み隠さずに話しました。すると、僕が最後には成功するようにと、何から何まで相談あいてになり、そのために僕の取ってきた手段の、ごくこまかなところまで熱心に気を配ってくれました。僕は、こうして示してくれた同情にわけもなくほだされて、心の底をうちあけ、魂の燃えるような熱情を言い表わし、この計画を促進させるためなら、自分の運命、自分の存在、自分のあらゆる希望をそれこそ喜んで犠牲にするだろうと、あらゆる熱情をこめて申しました。ひとりの人間の生死などは、僕の目ざした知識を得るためにはらわれるほどの値うちがありません。この人類の原素的な敵を領地として手に入れ、それを後世に伝えたいのです。僕がそう語っていると、あいての顔には暗い蔭かひろがり、はじめは自分の感情を抑えようとしていたらしく、両手で眼を覆っていましたが、その指のあいだから涙がぽたぽた滴り落ち、激した胸から呻き声が洩れてきたのを見て、僕の声も慄えてきて、先が続けられなくなりました。僕は話をやめました。やっとのことでその人は、めちゃくちゃな語調で言いはじめました。
「おかわいそうに! あなたまで私のように気ちがいじみているのですか。あなたまで気が変になる酒をおやりになったのですか。どうぞお聞きください。私の身の上ばなしをしましょう。そしたらあなたは、口につけたその盃を、投げ棄てておしまいになるでしょうから!」
 あなたにも想像がつくでしようが、このことばは、僕の好奇心を強く刺戟しました。しかし、衰弱しきったその人は、こういう悲しみの発作に、今にも前にのめりそうになったので、ふたたび平静に返るためには、何時間も休息して静かな会話を交すことか必要でした。
 その人は、自分の感情の激するのをじっとこらえ、自分が情熱の奴隷であったことをみずから軽蔑しているようすで、まっくらな絶望に心か閉されそうになるのをがまんしながら、僕の身の上に関することをまた話させようとするのてした。そして、僕のずっと子どものころの話を訊きました。僕は急いでその話をしましたが、それからいろいろな憶い出ばなしが尾を引いて出てきました。僕は、友人を見つけたいという願望――いつも授かっていたようなものよりももっと親しみのある、僚友精神をもった同感に対する僕の渇望――のことを話して、こういうしあわせを与り知らない人こそつまらぬ幸福を誇りに思えるのだ、という確信を表明しました。
 見知らぬ人はこれに答えて、「同感です。私たちは、自分よりも賢くて優れた、もっと値うちのあるもの――友だちとはそうしたものであるはずですが――が手を貸して私たちの弱い過ちの多い性質を完全なものにしてくれないとしたら、まだ半分しか出来上らない未定形の生きものなのです。私にはかつて、人間としてもっともけだかい友人がありました。ですから、友情については判断する資格があるのです。あなたは希望と、眼の前にある世界とをおもちです。絶望なさるわけがありません。しかし、私――私は、いっさいのものを失い、生涯を新規にやりなおすことはできません。」
 こう言っているうちに、その顔には静かなおちついた悲しみの色が現われ、それが僕の胸にひびきました。しかし、その人は黙りこんで、まもなく自分の船室に入りました。
 この人のように、精神的に参っていながら、自然美をそれ以上に深く感じることのできる人はありません。星空や海や、この驚異的な地方の示すあらゆる光景が、この人の魂を地上から引き上げる力をまだまだもっているようにおもわれます。こういう人は二重の存在をもっているもので、不幸に悩み、失意にうちのめされることはあるかもしれませんが、自分の心のなかに沈潜すると、まわりに円光を背負った天の精霊のようになり、その環のなかへは悲しみも愚かさも入りこんでみようとはしません。
 この神聖な見知らぬ人に対する僕ののぼせかたをお笑いになるでしょうね。けれども、御自分でお会いになれば、お笑いにはならないはずです。あなたは、本や隠遁生活で仕込まれて洗煉されたので、選り好みがなかなかやかましいわけですが、それでも、しかし、この驚歎すべき人物の非凡な価値を正しく評価するにはまだ足りないでしょう。この人は、つね日ごろ僕の知っているほかの誰とも比べられないくらい、この人を高く引き上げる特質をもっていますが、僕はときどき、それを見つけようと努めました。それは、直観的な洞察力、すばやくはあるがあやまちのない判断の力、物事の原因に溯って貫きはいる力、またこれに附け加えて云えば、楽々とした表現、そのいろいろな抑揚が魂のなかから和らげられた苦楽であるような声、などであるとおもいます。

一七××年八月十九日
 昨日、この見知らぬ人は私に言いました、――
「ウォルトン隊長、あなたには、この私が、大きな、たとえようもない不運に虐まれていることが、すぐおわりになるでしょう。一度は私も、こういう禍の記憶を自分もろとも殺してしまおうと決心しましたが、あなたに負けて、この決心を変えることにしました。あなたも、私がもとそうだったように、知識と智慧を求めていらっしゃるが、その願いの叶うことが、私のばあいのように、あなたに咬みつく毒蛇とならないことを熱心に望むのです。私の災難をお話しすることが、おやくにたつかどうかはわかりません。けれども、あなたが私と同じ通すじを辿り、私をこんなふうにしてしまった同じ危険にさらされておいでになるのをふりかえってみると、私の身の上ばなしからひとつの適切な教訓を汲み取られるだろうと想像するのですよ。それは、あなたの計画がうまくいくとしたら、手引きになるでしょうし、また、失敗したばあいは、慰めになるでしょう。ただ、普通ならば奇怪なことと考えられることをお話しするのですから、どうぞそのつもりでお聞きください。私たちがもっと温和な自然のなかにいるのでしたら、信用されるどころかむしろ笑い出されるおそれがありますが、こういった荒凉たる神秘的な土地にあっては、千変万化する自然力のことを知らない人たちの笑い草になるようないろいろのことも、ありそうなことに見えてくるものです。それに私の話そのものが、そのなかに出てくる事件がほんとうだということを、ひきつづきお伝えしている、ということだけは、疑いようもないことなのです。」
 僕がこのうちあけ話を聞いてたいへんありがたく思ったことは、あなたも容易に想像がつくでしょうが、ただこの人が、自分の不しあわせを語ることで悲しみを新たにするのは、堪えられないことです。一つには好奇心から、また一つには、僕でできることなら、この人の運命をよくしてあげたいという強い欲求から、それこそ熱心にその約束の物語を聞かせてもらうことにし、そういう感情を揺さずにあいてを促しました。
「御同情には感謝しますが、」とその人は答え、「それは無用です。私の運命はほとんど終りました。私は、一つの出来事を待っているだけで、それが済んだら安らかに休息します。……お心もちはわかりますが、」と、口をはさみたがっている僕に気づいて話しつづけました、「そう申しあげてよかったら、あなたはまちがっていらっしゃいますよ。どんなものも私の運命を変えることはできないのです。私の来歴をお聞きください。そしたら、それかどんなに取りかえしのつかぬように決定されているかが、おわかりでしょうから。」
 そこでその人は、明日からおひまな時に物語を始めようと言いました。この約束に、僕は厚く厚く感謝しました。毎晩、どうしても手ばなせない仕事がある時のほかは、この人が昼間話したことをできるだけそのことばのままに記録しようと決心しました。用事で忙しければ、すくなくとも覚え書きを取っておこうとおもいます。この原稿にはずいぶん、あなたもお喜びになるにちがいありませんが、この人を知り、この人自身の口からそれを聞く身にとっては、将来いつか、どんな興味と同感をもってそれを読むことだろうとおもいます。僕か日課を始める今でさえ、音吐朗々たるその声が耳にひびき、そのうるおいのある眼がけだるい甘美さを帯びて僕を見ています。魂の内部から輝いた顔をして元気よく手をあげるのが見えるのです。この物語は、世にもふしぎな、そして人の心を傷つけるものにちがいありません。雄々しい船をついに押し包んて難破させたあらしのすさまじさ――それはこうして!


    1 私の生いたち


 私の生れはジュネーヴで、私の家柄はこの共和国でも指折りの一つだ。私の先祖は永年、顧問官や長官だったし、父は、いくつもの公職に就き、名誉と名声を得ていた。父は廉直で倦むところなく公務に励んだために、知っている人全部から尊敬された。ずっと若いころは、たえず国事に没頭してすごしたので、事情がいろいろに変ってそのために早く結婚することができず、晩年になってはじめて人の夫となり一家の父となった。
 父の結婚の事情は、父の性格をよくあらわしているので、私はそれをお話しないわけにはいかない。父のいちばん親しい友人のなかにひとりの商人があったが、この人は、はじめはたいへん繁昌していたのに、いろいろと不しあわせがかさなって、貧窮のどん底に落ちてしまった。ボーフォールと称するその人は、傲岸不屈の気性をもっていて、以前には身分と豪華さとで人の口をひいた同じ国で、貧乏な、世に忘れられた生活をつづけることにはとうてい堪えられなかった。そこで、りっぱに負債を払いあげてから、娘をつれてリュセルンの町に姿を隠し、人に知られずに、みじめなくらしをすることになった。私の父はボーフォールに対して、すこしも変らぬ真実な友情をもちつづけ、友人がこういう不運な境涯に陥って所在をくらましたことを深く悲しんだ。この友人が誤まった矜持から、二人を結びつけた愛情にふさわしくないような行動に奔ったことをひどく歎いた。そこで、自分の信用と援助の力でふたたび世に出るように説きつけたい、という望みをもって、時を移さず捜しにかかった。
 ボーフォールはうまく身を匿していたので、その居所をつきとめるには十箇月もかかった。それがやっとわかったので、すっかり喜んだ父は、ロイス河の近くのきたない街にあるその友人の家へ駆けつけた。しかし、その家に入ったときに父を迎えたのは悲惨と絶望だけであった。ボーフォールは、破滅した運命のあとにごく些細な金の残りを握っていただけであったが、それでもどうやら数箇月は支えられるつもりだったので、そのうちにどこか商館に相当の勤め口が見つかるだろうという目あてがあった。そういうわけで、そのあいだは無為に過ごし、だが、ものを考えるひまができると、悲しみが深まって苦しくなるばかりで、ついにはひっきりなしに襲いかかるその悲歎のために、三箇月の終りには病床に就いて、もうどんな仕事もできなくなった。
 ボーフォールの娘は、このうえもなく手厚く看護はしたものの、わずかばかりの持ち金がたちまち減っていって、ほかには何ひとつ支えになるものがないのを、絶望の眼で見ていなければならなかった。しかし、キャロリーヌ・ボーフォールは、そのへんには見られぬ心の持ちぬしで、けなげにも逆境を支えて立ちあがった。こうして、たやすい仕事をひきうけることにし、麦わらを編んだりなど、いろいろ手を尽して、辛うじて食いつないでいけるだけの小銭を、どうにかこうにか稼ぎだす工夫をした。
 こんなふうにして数箇月は過ぎた。キャロリーヌの父はますます悪くなり、時間がいよいよ看病だけに取られて、糊口の道はすっかり逼迫してきた。そして、十筒月ばかり経って父親が娘に抱えられて死んでしまい、娘は乞食になるしか道のない孤児としてあとに残された。そして、この最後の一撃に打ちのめされ、父親ボーフォールの棺のそばに跪いてさめざめと泣いていたが、そのとき私の父が室内に入っていった。父はこのきのどくな少女のところへ守護霊のようにやって行って、めんどうをみてやることにし、友人の埋葬を済ませてから、その娘をジュネーヴに伴れて行き、それをある親類の保護に託した。この出来事があってから二年後に、キャロリーヌは父の妻となったのだ。
 私の両親の齢はだいぶ違っていたが、こういう事情はかえって、献身的な愛情のきずなで、いっそうこまやかに、二人を結びつけるように見えた。父のまっすぐな心のなかには正義感があって、そのために、強く愛することを大いによしとせずにはいられなかったのだ。おそらく父は、はじめ何年かは、晩年になってわかった親友の感心できない点に気を病み、またそれだけに、信頼のおける人間的値うちには、その分だけよけいに尊敬の念を寄せた。父の母に対する愛着には、老人の溺愛からとはてんで違う、感謝と尊敬のしるしがあった。というのは、それは、母の美徳に対する尊敬の念や、またある程度までは、母が堪えてきた悲しみを償うことにやくだちたいという願いから出たものであったからだが、そのために父の母に対するふるまいには、なんともいえない優しさがこもっていた。あらゆることが母の望みと便宜にかなうようにされた。庭師が異国のりっぱな植物を庇うように、父は母をあらゆる荒い風から庇い、母のおとなしい情深い心に楽しい感情をおこさせるものなら、なんでもそのまわりに取り揃えてやるように努力した。母の健康は、いや、これまで変りのなかったその精神の穏かさでさえ、母がくぐりぬけてきた苦労のために、だいぶ不安になっていたのだ。結婚に先立つ二年間に、父はだんだんと、あらゆる公職を辞めてしまっていたので、いっしょになるとすぐ、母の弱った身心を恢復させるために、イタリアの快適な風土と、このすばらしい国の旅に伴う風景や興味の変化を求めた。
 二人は、イタリアからさらに、ドイツとフランスを訪れた。最初の子である私は、ナポリで生れ、赤ん坊のまま両親の漫遊に伴れられていった。数年間は子どもというのは私ひとりだった。親たちはすこぶる仲がよかったが、私というものがあればこそ授かった愛の富源から、愛情の汲み尽しがたい貯えを引き出しているように見えた。母のやさしい愛撫と、父の私を見守るときの慈愛にみちた喜ばしい微笑が、私の最初の思い出なのだ。私は両親の玩具であり偶像であった。いや、もっとよいもの――天から授かった無力なあどけない被造物としての子どもで、良く育てあげなければならないものであり、その将来の運が、私に対する義務を果すかどうかで、親たちの手で幸か不幸かにわかれるものであった。親たちが、自分の生んだ者に対して負うた義務を深く意識し、それに二人を元気づけた精極的な思いやりの精神を加えたので、私が子どものころのあらゆる機会を通じて忍耐、慈悲心、自制というようなものを教えこまれたこと、一本の絹のような綱で導かれたために、私にとってはすべてが一連の楽しみとしか見えなかったことは、想像がつくだろう。
 長いこと私は、両親の世話をひとり占めした。母は女の子をほしがっていたが、依然として私は一人っ子であった。私が五つぐらいのころ、イタリアの国境を越えて旅をし、コモ湖の岸で一週間ばかり過ごしたことがあった。両親はそこで、その情深い気性から、貧乏人の小舎にたびたび出かけて行った。これは母には義務どころの沙汰ではなかった。苦しんでいる者に対して、今度は自分が護りの天使の役にまわる番であった母にとっては、――自分がどんなに苦しみどうして救い出されたかを思い出せば――ひとつの必然、ひとつの情熱であったのだ。あるとき、こういう散歩の途中で、とある谷蔭の貧しい小屋が、とくべつにうら悲しく立っているのが目についたが、そのまわりにたくさん集まっている半裸体の子どもたちを見ても、その最悪の貧窮ぶりがすぐわかった。ある日、父がミラノへ行ったとき、母は私をつれてこの家を訪れた。ひどく働いて心労とほねおりのために腰の曲った百姓夫妻が、ちょうど、腹をすかした五人の子どもたちに、乏しい食べものを配っているところだった。そのなかには、ほかの誰よりもよけいに母を惹きつける女の子が居た。その子は血統が違うように見えた。ほかの四人は眼の黒い丈夫なわんぱくどもであったが、この子だけは痩せぎすで、たいへん美しかった。髪の毛は輝くばかりのいきいきとした金色で、着物の貧窮さにもかかわらず、その頭に高貴な冠を戴いているようにおもわれた。眉毛ははっきりしていて豊かだし、青い眼には曇りがなく、唇や顔つきには敏感さや愛嬌のよさが現われていて、誰が見ても、種の違った子、天の申し子、あらゆる特色の点で天上の印をされた者としか見えなかった。
 百姓の妻は、母がこの愛らしい女の子を驚異と歎賞の眼でじっと見ているのに気がついて、熱心にこの子の話をして聞かせた。この子は百姓の娘ではなくて、ミラノのある貴族の娘であった。母はドイツ人で、この子を産むとすぐ亡くなってしまった。赤ん坊はこの善良な人たちに養育を託された。そのころはこの人たちも、もっと良いくらしをしていたのだ。この人たちは結婚してからまだ日が浅く、いちばん上の子が生れたばかりのところだった。預けられた子の父親は、イタリアの古代の栄光の記憶のなかで育てられたイタリア人――祖国の自由を獲得するために尽力した愛国の士の一人であった。この父親は、国が弱かったばかりにその犠牲になった。死んでしまったのか、それともまだオウストリアの牢獄にむなしく生きながらえているのかは、わからなかった。財産は没収され、子どもは天涯の孤児となつた。その子がずっと今まで養父母のもとにいたわけで、葉の黒ずんだいばらのあいだにある花園の薔薇よりも美しく、このあばら屋のなかに花咲いているのだった。父が、ミラノから帰って来たとき、絵にかいた小天使よりも美しい子が、私たちの住んでいる別荘の広間で私と遊んでいるのを眼にした。それは、顔から光を発しているかとおもわれるような子で、その容姿や動作が山の羚羊カモシカよりも軽やかだった。その子の現われたわけを、父はすぐ聞かされた。父の許しを得て母は、保護者である百姓夫妻を説き伏せて、その子を自分のところに引き取った。百姓夫妻はそのかわいらしいみなし児が好きだった。その子の居ることが、この人たちにはしあわせとおもわれていたが、神さまがこういう有力な保護者を与えてくださったのに、貧乏と窮乏のなかにこの子をとどめておくのは、よくないことだ、と考えなおした。そこで、村の牧師に相談して、その結果、エリザベート・ラヴェンザは、私の親の家の寄寓者――私の妹以上のもの――、あらゆる私の仕事、私の喜びの、美しくて慕わしい伴侶となった。
 誰でもエリザベートを愛した。みんな、熱情的な、ほとんど尊敬に近い愛着でもってエリザベートを見たが、自分も同じ眼でそれを見ると、誇りと喜びとを感じた。エリザベートが家へ件れて来られる前の晩に、母が私に冗談を言った、――「ヴィクトルにあげるきれいな贈りものがあるの。――明日になったらあげますよ。」そして翌日になって、母が約束の贈りものとしでエリザベートを私に会わせたとき、私は、子どもらしくまじめに、母のことばを文字どおりに解釈し、エリザベートを私のもの――自分が護り、愛し、かつ大事にすべき私のものと考えた。エリザベートに与えられるあらゆる賞讃を、自分の持ちものに与えられた賞讃として受け取った。私たちはたがいに、「いとこ」という名で呼びあった。エリザベートの私に対する一種の関係を具体的に示すことのできることばも、また表現も、一つとしてない。その後、死ぬまでエリザベートは私だけのものであるはずだったから、それは私の妹以上のものであったわけだ。


     2 自然哲学への夢


 私たちはいっしよに育てられた。二人の齢はまる一年と違っていなかった。私たちがどのような仲違いも口争いも知らなかったことは言うまでもない。調和が私たちの友愛の精神であって、性格中の変化や対照はかえっていっそう二人を親しく結びつけるのであった。エリザベートは、もっとおちつきがあり、もっと物事に集中する気性をもっていたが、私のほうは、すべてに熱情をもち、もっと激しい仕事に堪え、もっと深く知識を渇望した。エリザベートは詩人たちの夢のような創造のあとを追うのに忙しく、私たちのスイス風の家を取り巻く厳かな珍らしい風景――山々の荘厳な形、季節の変化、嵐と凪ぎ、冬の沈黙、わがアルプスの夏の活気とざわめき――に、いくら讃歎し歓喜しても尽せない広大な余地があった。私のあいてが物のすばらしい現象を厳粛な満ち足りた精神をもって観照しているあいだに、私はその原因を考究することに喜びをおぼえた。世界は、この私にとっては、予知しようと望んだひとつの秘密であった。好奇心、眼に見えぬ自然の理法を学ぼうとするじつに熱心な研究、それが眼の前にひろげられた時の、有頂天に似た歓び、こういうものが、私の憶い出すことのできるもっとも幼いころの気もちなのだ。
 私と七つ違いの二番目の男の子が生れると、両親は今までの放浪生活を切り上げて、自分の故国に定住した。私たちはジュネーヴに家をもち、市から一里ばかり離れた湖の東岸のベルリーヴに別荘をもったが、たいてい別荘のほうに住んだ。両親の生活はかなり隠遁的なものであった。群衆を避け、少数の者と熱烈な交りを結ぶという私の気質が、こうして生れた。したがって、学校友だちには概して無関係だったが、そのうちの一人とはきわめて密接な友情のきずなで結ばれた。アンリ・クレルヴァルは、ジュネーヴの商人の息子で、珍らしい才能と空想をもった少年だった。冒険的事業や艱難辛苦を、いや、危険をさえも、道楽に好んだ。騎士や恋物語の本を耽読した。史詩をつくったり、妖術と騎士の冒険の物語をたくさん書きはじめたりした。私たちをあいてに劇をやったり、仮装舞踏会に[#「舞踏会に」は底本では「舞路会に」]出たりしたがったが、そのときの人物は、ロンスヴァルやアーサー王の円卓の英雄たちや、キリストの墓所を異教徒の手から取り戻すために血を流した一団の騎士から取ったものであった。
 子どものころを私よりも幸福に過ごすことのできた人間は、どこにもない。私の両親は親切と寛大の精神に満ちていた。私たちは、両親は自分たちの気まぐれに従って私たちの運命を左右する暴君ではなくて、私たちの享楽するいろいろな歓びをみな拵えてくれる人たちだと感じていた。他の家族と交わったとき、自分の身の上がどんなに特別に幸運だったかを、私は、はっきりと見きわめ、そのために親に対する愛情をますます深めるのだった。
 私の気性もときには荒々しくなり、私の熱情も激しくなったが、それは、私の性分のなかのある本能的傾向によって子どもっぽい追求にならず、むやみやたらにあらゆることを学びたいというのではなかったが、とにかく学びたいという熱心な望みに変っていった。ここで白状するが、私は、各国語の構造にも、各国の政府の法典にも、またいろいろな国家の政治にも、興味をもたなかった。私が学びたかったのは、天地の秘密であって、私の熱中したものが物の外面的な本質であったにせよ、またあるいは、自然の内在的な精神や人間の神秘的な魂であったにせよ、しかもなお、私の探究は、形而上学的なもの、すなわちその最高の意味において世界の物理的秘密に向けられたのだ。
 ところがクレルヴァルは、言うならば事物の道徳的関係に没頭した。忙しい生活の場面、英雄たちの美徳、人間の行動などが、その主題であった。この男の希望と夢は、人間の仁侠な冒険好きな恩人として、物語にその名をとどめるような者の一人となることであった。エリザベートの聖者風の魂は、私たちの平和な家のなかで神殿に捧げられた燈のように輝いた。エリザベートの同感は私たちの同感であり、エリザベートの微笑、そのやさしい声、この世のものともおもえないその眼のかわいらしいひらめき、それがいつもそこにあって、私たちを祝福し、活気づけた。エリザベートは、人の心を和らげて惹きつける生きた愛の精神であった。この少女がそばに居て、私を自分と同じようにおとなしくしてくれなかったとすれば、勉強しているうちに機嫌を悪くし、もちまえの熱情から気が荒くなったかもしれない。またクレルヴァルは、どんな病気もこの男のけだかい精神を侵すことができないだろうと思えるほどだが、そのクレルヴァルだって、エリザベートが善行のほんとうのよさを語り、高揚する望みの目的が善いことをすることにあることを、納得させなかったとしたら、あれほど申し分なく人間的であり、あれほど寛大に思慮をめぐらすということは、なかったかもしれない。冒険的功業のために熱情に燃えているさなかで、あれほど親切に心やさしくふるまいはしなかったかもしれないのだ。
 子どものころの回想にひたっていると、なんとも言えない喜びが感じられるが、それ以後のことになると、不しあわせが私の心を汚辱し、広く人類のためにやくだつという輝かしい幻想も、そのために陰気な狭い自己反省に変ってしまう。さらに、私の幼いころのことを書くとすれば、思わず知らず、私の後日の不幸な身の上ばなしをすることになってしまう出来事まで、書き記すことになってくる。なぜなら、後に私の運命を支配したあの情熱の発生を、自分に納得のいくように考えてみると、それが、山川のように、ほとんど人の目にもつかぬささやかな源から出ていることがわかる。しかし、それは、進むにつれて水量を増し、急流となってついに、私の望みや喜びをすべて押し流してしまったのだ。
 自然哲学、それが私の運命を左右した魔神なのだ。だから私は、話を続けるにあたって、この学問を偏愛するにいたった事実を述べたいとおもう。私が十三のとき、私たちはみんなで、トノン附近の温泉場に遊びに出かけたが、あいにく天候が悪かったので、やむをえず宿屋に一日閉じこもった。この家で私は偶然、コルネリウス・アグリッパ(一四八六―一五三五、ドイツの神秘哲学者――訳註)の著作を一冊見つけた。何気なく開いてみたのだが、著者が論証しようと企てている理や、著者が語っている驚異的な事実が、私の冷淡な感情をまもなく熱狂に変えてしまった。ひとつの新しい光が心に射しこんできたような気がしたので、喜びに心をはずませながら、父にこの発見を伝えた。すると父は、書物のとびらをむぞうさに眺めて言った、「おやおや! コルネリウス・アグリッパかい! ヴィクトルや、こんなものでおまえの貴重な時間をつぶしてはいけませんよ。それはくだらないものだ。」
 もしも父が、こんなことを言うかわりに、アグリッパの原理はすっかり陳腐になっていて、今では、古いものよりずっと大きな力のある近代的な科学体系が採り入れられている、というのは、昔の科学の力がふわふわして捉えどころがないのに対して、近代のは真理にかなっていて実際的であるからだ、ということを説明するだけの労を取ってくれたとしたら、ああいう事情のもとにあったのだから、私はきっとアグリッパをわきへ投げ棄て、もっともっと熱心に前からの研究に戻って、私の想像力を昂奮したままで満足させたことだろう。私の一連の考えが、自分を破滅にみちびいた致命的な刺戟を受けるということさえ、なかったかもしれない。しかし、父は私の本をちょっと眺めたばかりだったので、父がその内容をよく知っているとはうなずけなかった。そこで私は、それをむさぼるように読みつづけた。
 家に帰ってからの私の最初の用事は、この著者の全著作と、そのあとでパラケルスス(一四九三―一五四一、スイスの医師、化学者)とアルベルツス・マグヌス(一二〇六―八〇、トマスの師、ケルン大学に教えた科学的な博学者)の著作を買い求めることであった。私は大喜びで、これらの著者の放恣な空想を読み、かつ研究したが、そういうものは、私以外の人のほとんど知らない宝のような気がした。私は自分を、自然の秘密を洞察しようという激しい憧憬にいつも浸っている者だと称した。近代の哲学者たちの烈しい労作やすばらしい発見にもかかわらず、私はいつも、自分で研究してみたあげく、不満と不足を感じるようになった。アイザック・ニュートン卿は、自分は、まだ探検されない大きな真理の大海の岸で貝殻を拾っている子どものようなものだ、と言いきったという。自然哲学の各部門でこのニュートンのあとを継いでいる人たちと私は親しんだが、この人たちは、少年の私が理解してさえ、同じ研究に従っている初心者のようにおもわれた。
 人に教えてもらわない百姓でも、自分のまわりの自然力を見て、その実察的な用途をよく知っているものだ。それなのに、たいへん学問のある哲学者だって、それ以上のことは、あまり知らなかったのだ。そういう哲学者は、部分的には「自然」の顔のヴェールをはがしたが、この「自然」の不滅の相貌は、今なおひとつの驚異、ひとつの神秘なのだ。哲学者は解剖し、分析し、命名するかもしれない。しかし、究極の原因は言うにおよばず、第二、第三級の原因も、哲学者にはまるきり知られていないのだ。私は、人間が自然の本丸のなかに入ることを妨げている保塁と障碍物を眺めて、むやみにわけもわからず愚痴をこぼした。
 しかし、ここに書物があり、一段と深くつっこみ、一段と多く知っている人々があった。私はこの人たちの主張したとおりにそのことばを取り、この人たちの弟子になった。そういうことが十八世紀に起ったのは、ふしぎとおもわれるかもしれないが、ジュネーヴの学校できまりきった教育の課程を踏んでいるあいだにも、自分の好きな勉強に関するかぎりは、大いに独習した。私の父は科学的ではなかったので、知識に対する私の学生らしい熱心さに加えて、子どもらしい盲目さで私がもがいているのを、そのままにしていた。新しい先生たちの指導のもとに、私はひどく勤勉に、賢者の石とか不老不死の霊薬の研究に入りこんだが、まもなく経済の研究に専念した。富などというものはくだらないものだ。けれども、もしも私が、人体から病気を駆逐して、人間を暴力による死以外は不死身にすることができたら、その発見はなにほど光栄なことであろう!
 しかも、これだけが私の夢想ではなかった。幽霊とか悪魔を呼び出すことは、私の大好きな著者たちがみな文句なしに約束していたことであったので、その約束の履行されることをそれこそ熱心に望み、私の呪法がいつもうまくいかないと、その失敗を、師匠たちの未熟や不忠実のせいでなく、かえって自分の無経験と過誤のせいだと考えた。こうして、しばらくは、陳腐になった体系に熱中し、燃えるような想像力と子どもっぽい推理にみちびかれて、無数の対立しあった理論を素人のようにこねあわせ、種々雑多な知識のそれこそ泥沼のなかで絶望的にのたうちまわったが、これは、たまたまある事件がおこって私の観念の流れが変えられるまでつづいた。
 私が十五歳くらいのとき、一家はベルリーヴ附近の家へ引っ込んだが、そのころ私たちは、すこぶる猛烈な怖ろしい雷雨に出会ったことがあった。それがジュラ山脈のむこうから進んできたかとおもうと、空のあちらこちらで一時にものすごい雷鳴がした。雷雨がつづいているあいだ、私は、好奇心と歓びに駆られて、それが進んでいくのを見守った。戸口に立っていると、私たちの家から十間あまり離れて立っている美しい樫の老木から、とつぜん炎が噴き出るのが見えたが、眼のくらむようなその光が消えるか消えないうちに、樫の木がなくなっており、枯れた切り株が残っているだけであった。翌朝そこへ行ってみると、その木がへんなぐあいに打ち砕かれていた。それは、衝撃で裂けたというよりは、まるい木製の細いリボンのようなものになってしまっていた。私はこれほど完全に破壊されたものを見たことがない。
 この時まで私は、すでに明らかになっていた電気の法則を知らなかった。このときたまたま、自然哲学を大いに研究した人がいっしょに居たが、この災害に刺戟されて、電気や流電気の問題について、自分でつくりあげた理論を説明してくれたが、それは私には、新しくて、しかもびっくりするようなことであった。この人が言ったことで、コルネリウス・アグリッパ、アルベルツス・マグヌス、パラケルススなど、私の想像の君主たちは、ずっと蔭のほうに投げこまれ、こうして何かの宿命によって、こういう人たちがうっちゃられてしまったため、私は、例の研究を続けることに気乗りがしなくなった。私には、何ものもつねに知られない、知られそうもないようにおもわれた。長いあいだ私の注意を引きつけてきたことがみな、急につまらなくなった。おそらく私たちが若い時にいちばん陥りやすい一片の気まぐれから、私はさっそくこれまでの勉強を放棄した。そして、博物学やそのすべての子孫を畸形の出来そこなった子と見なし、真の知識の足もとにも寄りつけないえせ科学に対して、すこぶる軽侮の念を抱いた。こんな気もちで私は、しっかりした基礎に立っていていかにも私の考慮に値する数学とその数字に関係する研究の諸部門に、手を着けた。
 こんなふうにして、へんなぐあいに私たちの魂は組み立てられ、こういうほんのちょっとしたきずなに引かれて私たちは、繁栄か破滅かに向って出発しようとしているのだ。背後をふりかえってみると、性向や意志のこのほとんど奇蹟的な変化が、あたかも私の生命を護る天使が直接に示唆してくれたものであるかのような気がするのであるが、最後の努力は、そのときでさえ運命の星のなかで催して今にも私を包みそうな風雨を避けようとする、保身の精神によってなされたものだ。それが勝利を占めたことは、魂の異常な静けさや嬉しさからみてわかったが、これは私が、あの古くさい、ひとをすっかり悩ませる研究を廃棄した結果なのだ。それはこうして、私が、続けてやれば禍を、またそれに無頓着になれば幸福を連想させる、と教えられたことであった。
 それは、善の精神の強い努力ではあったが、むだなことであった。運命はあまりに強く、その不変の法律は、私のまったくの怖ろしい破滅を命じたのだ。


     3 運命の門出


 私が十七歳になると、両親は私をインゴルシュタット(南ドイツにあり、むかしバイエルン侯国に属した――訳註)の大学に入れることに決めた。それまでジュネーヴの学校に通っていたが、父は私の教育をしあげるために、私が母国の慣習よりも他国のそれに親しんでおくことが必要だと考えたのだ。だから、私の出発はずっと前から決まっていたが、その日が来る前に、私の生涯に起った最初の不運、いわば私の将来の不幸の前兆が来てしまった。
 エリザベートが猖紅熱しょうこうねつを患って、その病状が重く、危篤の状態にあった。その病気のあいだ、いろいろ相談して母に看病させないように説きつけた。母ははじめは私たちの懇願を聴き容れていたが、自分の娘も同然の者の命があぶないと聞くと、もう心配でたまらなくなってじっとしておれず、エリザベートの病床に附き添った。その、夜も眠らぬ介抱で、悪性の熱病もさすがに追放し、エリザベートは命拾いしたが、こういう無理が祟って、こんどは、看護したほうが致命的な結果を蒙ってしまった。三日目に母は病みついたが、その熱にはすこぶる憂慮すべき症状がともない、かかりつけの医者の様子から察しても、最悪の事態が気づかわれた。死の床にあっても、母のこういうけなげさや心の優しさは失われなかった。母はエリザベートと私の手を握り合させて言った、
「子どもたちや、私は、さきざきの幸福のいちばん確かな望みを、あなたたちがいっしょになるという期待につないできたのですよ。今となっては、この期待は、お父さまだけの慰めでしょう。かわいいエリザベートや、あなたは、小さい子どもたちのために、私のかわりにならなくてはいけません。ああ、残念だけど私は、あなたたちのところから伴れて行かれてしまいます。みんなと別れてしまうのは、ほんとにつらいわ。けれど、こんなことを考えるのは、私らしくもありませんね。喜んで死んでいけるように努力して、あの世で会うという希望にひたることにしましょうね。」
 母は安らかに死んだが、そのおもざしには、死んでもなお愛情が湛えられていた。その最愛の絆があのもっとも取り返しのつかない禍のために断ち切られた人たちの感情、すなわち魂に生ずる空虚さ、また顔に現われる絶望を、ここに述べるまでもない。私たちが毎日見ていた母、その存在が自分たちの一部のようにおもわれていた母が、永久に離れ去ってしまった、かわいらしいあの眼の輝きが消え失せた、そして私たちの耳にあんなに聞きなれたなつかしい声のひびきが、沈黙に帰してもはや聞けなくなってしまった、ということを、自分に納得させるまでには、ずいぶん長い時間がかかった。こういうことは、初めの何日かの回想であるが、時が経って禍の事実だったことがわかってくると、そのときはじめて、ほんとうのやりきれない悲しみが始まる。しかも、その荒々しい手で親しい骨肉のだれかを断ち切られたことのない人があるだろうか。としたら、なんだって私は、人みなの感じている、また感じるにちがいない悲哀を語ろうとするのか。悲しみが己むをえないことではなくてむしろ気休めである時が、ついにはやってくるものだ。そして、口もとに浮べた微笑は、神聖冒涜と思われるかもしれないにしても、消え去りはしないのだ。母は死んだ。しかし私たちにはまだ、果さなければならぬ義務があった。私たちは、ほかの者といっしょに自分の行路を歩みつづけ、死の手につかまれないでいるうちは自分を幸運だと思うことを学ばなければならなかった。
 こういう事件でのびのびになっていた私のインゴルシュタットへの出発は、ようやくふたたび決まった。私は父から、数週間の猶予をもらった。そんなに早く、喪中の家の死んだような平静をあとにして、生活のさなかに突入することは、神聖を冒涜するような気がしたのだ。私には悲しみは初めてだったが、にもかかわらずそれは私を仰天させてしまった。私は、あとに残された者の顔を見られなくなるのがいやだったし、殊に私のいとしいエリザベートがいくらかでも慰めを感じているところが見たかった。
 エリザベートは、じっさい、自分の悲しみを隠し、私たちみんなの慰め役になろうと努力した。そして、生活をしっかりと見、勇気と熱誠をもって義務を引き受け、伯父と呼び従兄と呼ぶように教えられてきた私たち親子のために、献身的に勤めた。その微笑の日光を取り戻して私たちを照してくれたこの時ほど、エリザベートが魅惑的に見えたことはなかった。エリザベートは、私たちに忘れさせようとほねおることで、自分の歎きをさえ忘れてしまったのだ。
 私の出発の日はとうとうやってきた。前の晩はアンリ・クレルヴァルが私たちといっしょに過ごした。自分も私といっしょに行って同級生になることを父親に許してもらおうと、自分の父親をしきりに説きつけていたが、だめだった。父親というのは、量見の狭い商人で、息子の抱負や野心を怠惰や破滅だと見ていた。アンリは自由な教育を禁じられる不幸を痛感し、黙りがちだったが、口を利いたときのきらきらした眼やその眼のいきいきした動きに、商売などのみじめなはしくれにつながれてはいないぞ、という、抑えてはいるがしっかりした決意を私は看て取った。
 私たちは遅くまで起きていた。おたがいに別れるのがいやで、「では、さようなら!」と言う気にはなかなかなれなかった。やっとそれを言い、あいてをたがいにだましたつもりで、すこし休息するということを口実にして寝室へ引き上げたが、夜明けに私を乗せて行く馬車のところまで降り立って行くと、みんながそこに立っていた。父はふたたび私を祝福し、クレルヴァルはもう一度私の手を握りしめ、エリザベートは、手紙をたびたびくれるように念を押して頼み、遊びなかまであり友だちであった私に、最後の女らしい心づかいを見せた。
 私は、自分を乗せて行く二輪馬車に身を投げ出し、すこぶる憂欝な考えにふけった。いつもやさしい仲間に取り巻かれてたえず喜びをわかちあおうと努めてきた私、その私が、今やひとりぼっちなのだ。私が行こうとしている大学では、自分で自分の友だちをつくり、自分で自分の保護者にならなければならない。今までの生活がいちじるしく引っ込みがちで、家庭から出ることがなかったので、新しい顔に会うことにはどうにもならぬ嫌悪感が先に立つのだ。私は、自分の弟たちとエリザベートとクレルヴァルが好きで、この人たちが「古くからの親しい顔」であったが、見知らぬ人たちと仲間になるには自分はまるきり適さないと思いこんだ。そんなふうに、旅に立つときは考えていた。しかし、進んで行くにつれて元気と希望がもりあがってきた。私は痛切に知識の獲得を願った。私は、家に居たころ、よく、自分の青春がひとところに閉じこめられているのをつらいと考え、世間に出て、よその人たちのあいだに自分を置くことを熱望した。その願いがかなえられた今、後悔するのはじつにばかばかしいことであった。
 長くて疲れるこのインゴルシュタットまでの旅は、そのあいだにこんなことやその他いろいろのことを考えめぐらすひまがたっぷりあった。とうとう、町の高い白い尖塔が見えてきた。私は、馬車から降りて自分の孤独なアパートメントに伴れて行かれ、その晩は好きなようにして過ごした。
 翌朝私は、紹介状を持って、おもだった教授たちを訪ねた。そこで偶然が――いや、私がいやいやながら父の居る家の戸口を後にした瞬間から、私に対して万能の支配力をふるった、あの禍の勢力、あの破壊の天使が――私をまず自然哲学の教授クレンペ氏のところへ導いて行った。クレンペ教投は無骨な男だが、自分の学問の秘密には深く浸りきっていた。教授は、自然哲学に関する学問のいろいろな部門を私がどこまでやっているかについて、質問した。私はなんの気なしに答え、なかばそれを軽蔑しなから、自分の研究してきたおもなる著述家として、煉金術者の名を挙げた。教授は、眼を見はって言った、「ほんとうに君は、そういう無意味なことを研究するのに時間を費したのですか。」
 私は肯いた。すると、クレンペ氏は興奮して続けた、「君がそんな本に費した時々刻々が全部、まったくむだでしたよ。君は陳腐な体系と無用な名をおぼえこもうとして苦しんだのだ。なんてことだ! 糞の役にも立にぬことをやってきましたね。君がそれほど貪るように吸収したそんな妄想が、千年も前のもので、古いだけにそれだけ黴臭い、ということを、知らしてくれるだけの親切をもちあわせた人が、一人も居なかったわけですね。この開けた科学的な時代に、アルベルツス・マグヌスやパラケルススの弟子にお目にかかろうとは、夢にも思わなかったよ。さあ君は、研究をすっかり新しくやりなおさなくちゃいけませんぞ。」
 そう言いながら教授はわきに寄って、自然哲学を扱った数冊の本のリストを書き、それをお買いなさいとすすめた。そして私が辞去する前に、つぎの週のはじめに、一般関係においての自然哲学の講義の課程にとりかかるつもりだが、同輩のヴァルトマン君が私と一日違いに化学を講義するはずだ、と語った。
 私はべつにがっかりもしないで家に帰った。教授がこきおろした例の著述家たちを、私もずっと前から、無用のものと考えている、と言ってきたからだ。じっさい、ああいった研究は、どんなかたちにおいてであろうと、もう、二度とくりかえしてやる気にはなれなかった。クレンペ氏は、がさつな声の、人好きのしない顔つきをした、ややずんぐりした男だったが、そのせいか、この教師のやっている講義はどうしても好きになれなかった。私は、おそらく、どちらかというとあまりに哲学的な、即きすぎた調子で、自分が小さいころそれに手を出すようになった結論を話したのであった。子どものころ、私は、近代の自然科学の教授たちが約した結果に満足しなかったのだ。私はまだ年少で、そういうことについて手引きしてくれる人が居なかったためとしか思われない思想の混乱から、時代に沿うて知識の歩みを逆に辿り、最近の研究者の発見を忘れられた煉金術者の夢と取り換えたのであった。そのうえに私は、近代の自然哲学の効用を軽蔑していた。科学の教師たちが不滅さと力を求めたとすれば、それはたいへん異なったものであった。そういった見解は無益ながらも壮大ではあったが、今や舞台が変ってしまった。研究する者の抱負は、私に科学への興味を主としてもたせたこういう幻想を、絶滅するかどうかに懸っているようにおもわれた。私は、はてしのない壮麗な妄想を、ほとんど価値のない現実と取り換えることを求められた。
 こういうことが、インゴルシュタットに住むようになった最初の二、三日中に考えたことだが、そのあいだ、おもに場所がらや、自分の新しい住みかのおもなる居住者たちと親しくなった。しかし、つぎの週が始まると、クレンペ氏が講義に関して教えてくれたことを考えてみた。あのうぬぼれの強い小男が講壇から文句を述べたてるのを行って聴く気にはなれなかったが、それまで町を離れていて私がまだ会ったことのないヴァルトマン氏のことを教えられたのを憶い出した。一つには好奇心から、また一つには所在なさから、その教室に入って行くと、すぐそのあとでヴァルトマン氏が入って来た。この教授は、同僚とはずいぶん違っていた。五十歳前後に見えたが、すこぶる情深い相がその顔にあらわれていた。そして、わずかばかりの白髪まじりの毛がこめがみに生え、後頭部の髪はまだかなり黒かった。背丈は低かったが、たいへんしゃんとしており、私が今まで聞いたことのないほどいい声をもっていた。教授は、化学の歴史やいろいろな学究によってなされた各種の進歩を概括し、さらに熱情をこめてもっとも目ざましい発見者たちの名を語ることから、その講義を開始した。それから科学の現状を見わたし、その基本的な術語をいろいろ説明した。二、三度予備的な実験をやってから、近代化学に讃辞を呈して話を終ったが、そのときのことばを私は忘れはしないだろう、――
「この科学というものを教えた昔の教師たちは、できないことを約束したが、何ひとつ完成していないのです。近代の教師たちはあまり約束をしないし、金属が変質せず不老不死の薬は妄想だということを知っています。しかし、手は泥をこねるためにだけ作られたように見え、眼は顕微鏡か坩堝るつぼをのぞくために作られたように見えるこの哲学者たちが、それこそ奇蹟を完成したのです。この人たちは自然の秘奥にどこまでも入りこみ、眼につかないところまでそれがどんなふうにはたらいているかを示した。この人たちは、天に昇った。血の循環のしかたや、わたしたちの呼吸している空気の性質を発見した。ほとんど無限の新しい力を手に入れた。天上の雷を意のままにしたり、地雷をまねたりすることができる。それ自体の蔭のある眼に見えぬ世界を釣り出すことだってできるわけです。」
 これが教授のことばであったが、それはむしろ、私を破滅させるために発せられた運命のことばだ、と言いたいくらいであった。教授が話をつづけているうちに、私は、自分の魂が、手ごたえのある敵と格闘しているのを感じた。すると、自分の存在機構をなしているいろいろな鍵が一つ一つ手でいじられ、絃が一本一本鳴らされ、やがて一つの思想、一つの観念、一つの目的で自分の心がいっぱいになった。してきたことはこれだけなのだな――よし、と、私フランケンシュタインの魂が叫んだ――もっと、もっと多くのことを私はやりあげるぞ。すでに目じるしのついているとおりに歩いていって、新しい道の先駆者となり、未知の力を探究し、創造のもっとも深い秘奥を白日のもとにあばいてやるぞ。
 その夜私は、まんじりともしなかった。内部の存在が動乱状態になってしまって、そこから秩序が生れるものとおもったが、私にはそれをつくりだす力がなかった。夜が明けてからしだいに眠くなってきた。眼をさましてみると、昨夜の考えは夢のようだった。そこには、自分の古い研究に戻り、私自身が生れつき才能をもっていると信じている科学に身を捧げよう、という決意だけが残った。同じ日に私は、ヴァルトマン氏を訪ねた。この人の私的な態度は、公けのばあいよりももっと穏かな魅力のあるものでさえあった。講義しているうちは、そのものごしに一種の威厳があったが、自宅ではたいへんあいそのよい親切な態度になっていた。私は、クレンペ教授に語したような、自分の以前にやっていたことをこの人に話した。ヴァルトマン氏は、私の研究に関するつまらない話を注意ぶかく聞いてくれ、コルネリウス・アグリッパやパラケルススの名を耳にしてにっこりしたが、クレンペ教授のように軽蔑はしなかった。そして、つぎのように語った、「こういう人たちの疲れを知らぬ熱心さのおかげで、近代の哲学者はそのたいていの知識の土台を得ているのですよ。この人たちは、新しい名称をつけたり一貫した分類にまとめたりすることを、たやすい仕事としてわたしたちに残してくれたが、このことは、この人たちがいわば大いに光明を点ずる道具であったという事実なのだ。天才たちの労苦は、たといまちがったほうに向けられたにしても、とどのつまりは、人類の確乎たる利益になれなかったということは、いつだってほとんどありませんよ。」私は、憶測や衒いのちっともないこのことばを傾聴し、そのあとで、先生の講義は私の近代化学に対する偏見を取り除いてくれました、と述べた。私は、若い者が師に対して払うべき謙譲と尊敬とをもって、自分の志した仕事を焚きつけた熱狂(生きた実験が私を赤面させるにちがいないが)を逐一洩らさずに、慎重なことばづかいで言い表わした。買い求めてよい書物についても、先生の忠言を求めた。
 ヴァルトマン教授は言った、「弟子ができてしあわせだ。君の勤勉さが能力に負けないとしたら、わたしは君の成功を疑いませんよ。化学というものは、進歩がいちばん大きかったし、またこれからもそうだとおもう、あの自然科学の部門であり、それを私が自分の特別の研究科目にしたのは、そういった理由からなのだが、といって、それとともにわたしは、科学の他の部分を否定しやしませんよ。人がもし、人間知識のその部門だけにしかしんけんにならなかったとしたら、それこそなさけない化学者しかできあがらないでしょう。君がもし、ただのつまらぬ実験家でなく、ほんとに科学的になりたいのだったら、数学を含めて自然哲学のあらゆる部門を勉強することをすすめたいですね。」
 それから教授は、自分の実験室に私を伴れていき、さまざまな機械の使い方を説明して、私の買い求めなければならぬものを教えながら、科学の勉強が進んでこういう仕掛けを狂わせたりしないようになったら、自分の機械を使わせてあげよう、と約束した。また、私のたのんだ書物のリストも書いてくれた。そこで私は辞去した。
 こうして、私にとって記念すべき日は終った。それは、私の来るべき運命を決定したのだ。


     4 生命の創造へ


 この日から、自然科学が、また特に、もっとも広い意味においての化学が、私のほとんどただ一つの仕事となった。私は、近代の研究者たちがこれらのものについて書いた、才能と眼識にみちた著作を熱心に読んだ。大学の科学者たちの講義を聴き、その人たちに知己を求めた。クレンペ氏さえ、なるほどいやな人相や態度がつきまとってはいるが、だからといってそれだけ値うちがないわけでなく、どうしてなかなか堅実な意識と現実的な知見をもっているのがわかった。ヴァルトマン氏とはほんとうの友人になった。教授の温厚さには独断の臭みがなく、その講義は、あけっぱなしで、人の好さがあらわれ、どんな衒学的な考え方もしなかった。教授は数えきれない方法で私のために知識の道を歩きやすくしてくれ、どんな難解な研究も、はっきりと平易に理解させてくれた。私の勉強は、初めはぐらついて不たしかだったが、進むにつれてしっかりしてき、まもなく熱心かつ熱烈になって、まだ自分の実験室でやっているうちに星が朝の光で見えなくなるようなことも、一再ではなかった。
 それほど休みなしに勉強したので、進歩の急速だったことは容易に想像されよう。私の熱心さはじっさい学生たちの驚異であったし、私の上達ぶりは先生たちの驚異であった。クレンペ教授はよく、ずるそうな笑いを浮べて、コルネリウス・アグリッパはどうしているかね、と私に訊ねた。ヴァルトマン教授のほうは、私の進歩に対して衷心からの喜びを表わした。こんなふうにして二年過ぎたが、そのあいだ一度もジュネーヴに帰らず、やろうと望んでいるある発見の探求に、心身をあげて没頭した。それを経験した者でなければ、科学の誘惑を想い浮べてみることはできない。他の学問だと、前の人が行っただけ行けば、それ以上に知らなければならないものはないのだが、科学的探求のばあいは、発見と驚異の糧は絶えることがないのだ。相当の能力をもった人なら、一つの学問をしっかりと追求すれば、その研究においてまちがいなくうんと熟達するにきまっている。しかし、一つの研究題日の達成をたえず求め、ひたすらこれだけに没頭して急速に進歩したので、二年目の終りには、ある種の化学的装置の改良の点でいくつか発見をし、そのために大学で大きな名声と賞讃とをかちえた。私がこの程度までになり、もはやインゴルシュタットのどの教授の授業を受けても同じことだと言えるくらいに、自然哲学の理論と実践によく通じるようになり、そこに住んでいることがもはや、私の上達を助けるものでなくなったので、友だちといっしょに故郷の町に帰ろうと考えていたやさきに、私の滞在をひきのばす事件がもちあがった。
 特に私の注意を惹いた現象の一つは、人体や、じつはなんであろうと生命を賦与された動物の構造であった。私はよく、どこから生命の原理は出て来るのだろうか、ということを自問した。それは、むこうみずの質問であり、つねに神秘と考えられてきたものではあったが、臆病とか、不注意が私たちの研究をおさえつけないとしたら、どれほど多くのことがもうすこしで知られるようになることだろう。私は心のなかでそういった事情をとくと考えて、それからというものは、生理学に関する自然哲学の諸部門を特にもっと勉強することに決めた。ほとんど超自然的な熱情によって鼓舞されていなかったならば、この研究に身を入れることは、うんざりするような、ほとんど堪えがたいものであったにちがいない。生命の原因を検討するには、まず死に頼らなければならない。私は解剖学に親しむにいたったが これは十分でなかったので、人体の自然衰頽と腐敗をも観察しなければならないことになった。父は私の教育に際して、私に超自然的な恐怖を感じさせないようにできるかぎりの注意を払ってきた。だから、私はいまだに、迷信的な話に慄えたり幽霊の出現を怖れたりしたおぼえはない。暗やみも私の空想に影響せず、墓場なども、私には、その生命が美と力の器から蛆の食物になってしまった肉体の置き場だ、というだけのことだけだった。その私が今、こういう腐敗の原因と過程を調べることになって、穴ぐらや納骨所のなかで日夜をすごすことを余儀なくされたのだ。私の注意は、人間感情の繊細さにとってもっとも堪えがたいあらゆるものに惹きつけられた。人間の美しい形がどんなふうに衰え萎れて崩れるかを私は見た。生の花やかな頬を襲う死の腐敗を見た。眼と脳髄のすばらしさを蛆虫の類がかたずけてしまうありさまも見た。生から死へ、死から生への変化に例証されるようなあらゆる因果関係を、仔細に検討し、かつ分析しているうちに、とうとう、この暗やみのさなかから、ひとすじの光がとつぜん私の上に射しこんできた。光は輝かしくてふしぎではあるが単純なもので、その光かまざまざと見せてくれに眺望のどえらい広さにめまいがしながらも、同じ科学に向って研究を急いでいる多数の天才のなかで、私だけがこうも驚くべき秘密を発見することになったのが、意外でたまらなかった。
 おぼえておいてほしいが、私は狂人の幻覚を記録しているわけではないのだ。私がいまほんとうだと断言することほど確実には、太陽だって天に輝きはしない。何かの奇蹟かそうさせることになったのかもしれないが、それにしてもその発見の諸段階ははっきりしており、また有りうることであった。日に夜をついだ信じられないような労苦と疲労の後に、私は、生殖と生命の原因を発見することに成功した。いや、それ以上に、無生物に生気を与えることができるようになった。
 最初この発見で経験した驚きは、まもなく歓喜と恍惚に変っていった。苦痛にみちた労苦にこれほど多くの時間を費した後に、ただちに自分の願望のてっぺんに達したことは、このうえもなく満足なほねおり仕事の完了であった。けれども、この発見はあまりにも大きくあまりにも圧倒的だったので、その発見に到達するまで自分を導いて進ませてくれた諸段階がみな忘れられて、私はその結果だけを見た。世界創造このかたもっとも賢い人々が研究し願望してきたものが、今こそ私の掌中にあるのだ。ただ、魔術の場面のようにそれがすべて一時に明らかになったのではない。私が得た知識は、その目的物をもうできあがったものとして示す性質のものでなくて、それどころか、狙いをつけるかつけないうちに研究の目的に向って努力を傾けなければならないような性質のものであった。私は、死者といっしょに埋められて、ただ一つの薄暗いほとんど無いに等しい光だけをたよりに、生への道を見つけた、あのアラビア人のようなものだった。
 あなたの熱心さ、あなたの眼に現われている驚きと期待から察して、私の得た秘密を知らせてもらうものとお考えのようですが、それはできないことです。私の話を終りまで辛抱して聞いていただければ、私がなぜそれを隠しているかが、すぐおわかりでしょう。そのころ私がそうだったように、不用心で熱に浮かされているあなたを、破滅や避けがたい悲惨事のほうに曳っぱっていきたくはないのですよ。知識を得ることがどれほど危険か、また、自分の生れた町が世界だと信じている人間のほうが、自分の持って生れたものが許す以上に偉くなろうと志している者よりどんなに幸福か、ということを、私のお説教によってでなくとも、すくなくとも私の実例によって学んでいただきたいのです。
 私は、そういった驚くべき力が自分の手中にあることがわかったとき、それを用いる方法について長いことぐずぐずしていた。生気を賦与する力はもっているが、しかもなお、それを受け容れるような、こみいった繊維や筋肉や血管をすべて具えた体躯を用意することは、依然として想像もつかない困難と労苦の仕事だった。はじめは自分に似たものをつくりだすことをやってみようか、それとももっと単純なものにしようかと迷ったが、最初の成功で想像力が昂まりすぎていたので、人間のように複雑なすばらしい動物に生命を与える能力が自分にあることを、疑う気にはなれなかった。そのとき手もとにあった材料では、そういう至難な仕事にはまにあいそうもなくおもわれたが、ついには成功することを疑わなかった。私は数々の失敗を覚悟した。というのは、作業にしじゅう頓挫を来してついには仕事が不完成に終るかもしれなかったからだが、科学や機械学において毎日おこなわれている改良を考慮すると、現在の企てがすくなくとも将来の成功の基礎を置くことを望むだけの勇気が出てきた。そして、私の計画が大きくて複雑だからといって、これを何か実行できない議論として考えることもできなかった。私が人間の創造にとりかかったのは、こんなことを感じてであった。部分部分がこまかいと、細工に要する時間がはなはだしく長びいてしまうので、私は、最初の意図に反して、その人間を巨大な背丈にすることに決めた。すなわち、高さが約八呎で、大きさがそれに相応するものであった。それが決まってから、材料をうまいぐあいに集めたり排列したりして私は始めた。
 颶風ぐふうのように私を成功の最初の熱狂へと吹き送ったさまざまな感情は、誰も想像することはできない。生と死は、私がはじめて突破して私たちの暗い世界に光の急流を注ぐ理想の限界のように見えた。新しい種が私をその創造者、根源として祝福するだろう。多くの幸福なすぐれた性質の人間が、私のおかげで存在するだろう。どんな父も、かつて、私がこういう人間たちの感謝を受けるに値するほど完全には、自分の子の感謝を求めることができなかったはずだ。こんなことをつくづく考えながら私は、もしも、無生物に生命が与えられるとしたら、やがてそのうちには(今はまだ不可能なことがわかっているが)死んで腐りかけたとおもわれる体に、ふたたび生命を呼びもどせるかもしれないと思った。
 断えまのない熱心さをもって仕事をつづけているあいだ、こんな考えが私の元気を支えてくれた。頬は勉強のために蒼ざめていき、閉じこもってばかりいるために体は痩せ衰えてしまった。ときどき、もう大丈夫だという瀬戸ぎわに失敗はしたけれども、明日にも、あるいは一時間後にも実現されるかもしれない望みに、私はまだしがみついた。私だけのもっていた一つの秘密が、われとわが身を捧げた希望なのであった。そこで、月が私の真夜中の仕事を眺めているあいだ、撓むことなく、息つくひまもない熱心さで、自然をその隠れたところまで追求した。私が墓場の不浄なじめじめしたところをいじりまわしたり、生命のない土に生気を吹きこむために生きた動物を苦しめたりした時の、私の秘密な仕事の怖ろしさを、誰が想像するだろう。今でも、憶い出すと、手足が震え、眼がまわるのであるが、そのときには、抗しがたい、ほとんど狂乱した衝動に促されて、この、たった一つの追求以外には、精神も感覚もみな失ってしまったようであった。それは、じっさい、私が自分の古い習慣に戻ると、たちまち、一新された鋭敏さをもって、作用することをやめる不自然な刺戟を私に感じさせただけの、一時の夢うつつでしかなかった。私は納骨所から骨を集め、穢らわしい指で人間の体の怖ろしい秘密を掻きまわした。家のてっぺんにあって、廊下と階段で他の部屋から隔てられた孤独な部屋、というよりはむしろ独房を、私は不潔な創造の仕事場とした。眼の球はこまかい仕事を一心にやったためにとび出していた。材料は解剖室や屠殺場からどっさり手に入った。するとときどき、自分の人間らしい性質が、仕事からおぞましげに眼をそらしたが、それでもなお、絶えまなしにつのる熱心さにうながされて、自分の仕事を完成に近づけた。
 こうして一つの探求に心身を捧げているうちに、夏の幾月かが過ぎてしまった。とても美しい季節で、畠からは今までになく豊かな収穫があり、葡萄も劣らずたわわに実ったが、私の眼は自然の魅力には感じなくなっていた。身のまわりの光景を見すごしたと同じ感情で、私は、遠く離れていて久しく会わぬ友だちも忘れていた。私から音信がないので皆が心配していることはわかっていたし、父のことはもよくおぼえていた。「おまえが自分で楽しんでいるあいだは、わたしらのことを愛情をもって考え、ちゃんと便りをよこすだろう、ということは知っている。おまえからの便りがとぎれたら、それは、おまえがほかの義務も同様に怠っている証拠だと見てもいいだろうね。」
 だから、父の気もちがどんなふうかは、よく知っていた。けれども、それ自体としては胸がわるくなりはするが、私の想像力を捉えて離さない自分の仕事から考えを引き離すことはできなかった。いわば、私の愛情に関する一切のことを、私のあらゆる性癖を呑み尽してしまった大目的が完成するまでは、先に延ばしたかったのだ。
 そこで、父が、私のこぶさたを私の悪徳やあやまちのせいにしたとすれば、それは当っていないと考えましたが、私がまるきり責任をもたなくていいように思っていると考えたのも、今となってはもっともだと思っています。申し分のない人間は、いつも平静で平和な心をもちつづけているはずで、情熱や一時的な願望でその静けさを乱すようなことを肯んじないものです。知識の追求もこの例外であるとは考えられません。あなたの専心なさる研究があなた自身の愛情を弱め、また、混りものとても入りっこないその単純な喜びのために、あなた自身の好きこのみを台なしにする傾向があるとしたら、その研究はたしかに法にかなっていませんよ。つまり人間の心に適しないのですね。もしも、この原則がつねに守られるとしたら、つまりその人の家庭的愛情の平静を妨げるものであるかぎり、なんであろうと、それを追求することを許さなかったとしたら、ギリシアは奴隷化されなかったし、カエサルは自分の国を救ったし、アメリカはそんなに早くは発見されなかったし、したがってメキシコやペルーの帝国も、滅されなかったというわけですよ。
 ところで、私はうっかり、この物語のいちばんおもしろいところで、こんなお説教をやってしまいました。それに、気がついてみると、あなたも、話のつづきを聞きたがっておられるようですね。
 さて、父は手紙のなかで責めたりしないで、ただ、前よりずっと詳しく私の仕事のことを訊ねることで私のごぶさたを注意しただけであった。こつこつと研究を続けているあいだに、冬が過ぎ、春が過ぎ、夏がまた過ぎたが、私は花や伸びる木の葉にふりむきもしなかった。以前はそれを見るのがいつも無上の歓びだったのに、それほど仕事に夢中になっていたのだ。そして、仕事が終りに近づかないうちに、その年の木の葉も萎んでしまつたが、今では、日ごとに私がうまいぐあいに成功したことがますますはっきりしてきた。とはいえ、私の熱中ぶりも不安のために阻まれ、自分が好きな仕事に没頭する芸術家のようではなく、鉱山とか何かそのほかの健康にわるい商売に一生奴隷として働かされる人のような気がした。毎日、微熱に悩まされ、じつに傷ましいほど神経質になって、一枚の木の葉が落ちてもギョッとし、罪を犯した者のように仲間の人たちを避けるのであった。ときどき、自分が破滅に陥ったばあいのことを想像して驚くこともあった。自分の目的に費すエネルギーだけが、私を支えていたのだ。けれども、私の仕事もまもなく終るだろう。そうしたらたしかに、運動と娯楽でもって、病気になりかけている状態も一掃されるだろう。この創造が完成したら、二つともやるぞ、と私は心に決めた。


     五 クレルヴァルとの再会


 十一月のあるものさびしい夜に、私は、自分の労作の完成を見た。ほとんど苦悶に近い不安を感じながら、足もとによこたわる生命のないものに存在の火花を点ずるために、身のまわりに、生命の器具類を集めた。もう午前の一時で、雨が陰気に窓ガラスをぽとぽと打ち、蝋燭はほとんど燃え尽きていたが、そのとき、冷えかけた薄暗い光で、その造られたものの鈍い黄いろの眼が開くのが見えた。それは荒々しく呼吸し、手足をひきつるように動かした。
 この大激変に接した時の私の感動をどうして書き記すことができよう。あれほど心血を注ぐような努力をして造ったもののことを、どうして詳しく書けるだろう。ただ、手足はつりあいがとれ、顔つきは美しいものを選んでおいたのだ。美しいだって! なんということだ! 黄いろい皮膚は、下の筋肉や動脈のはたらきを紙一重で蔽っていたし、髪の毛は艶やかに黒くてふさふさしており、歯は真珠色がかった白であったが、こういうものがりっぱなだけに、暗褐色を帯びた白の眼窩とほとんど同じように見えるどんよりした眼や、しなびた肌や、一文字に結んだどす黒い唇と、恐ろしい対照をなしていた。
 人生の出来事はさまざまであるが、人間のもって生れた感情はそれよりもっと変りやすい。私は二年近く、生命力のない体に生命を注ぎこむというたった一つの目的のために、激しく働き、このために、自分から休息と健康を奪ってきた。私は、抑えても抑えきれない熱情をもってそれを願ってきたのだが、それができあがった今となっては、夢の美しさは消えてなくなり、息もつけない恐怖と嫌悪で胸がいっぱいになった。自分が創造したものの姿を見るに堪えず、私は部屋から跳び出し、心をおちつけて眠ることができないので、寝室のなかを長いあいだ歩きまわった。それまで堪えてきた激動のあとに、とうとう疲労がやってきたので、服を着たまま寝床に身を投げて、ちょっとのあいだでもそのことを忘れ去ろうと努力した。しかし、それもやくにたたず、なるほど眠りはしたが、すこぶる奇妙きてれつな夢に煩わされた。どうやら私は、エリザベートが健康にはちきれそうになってインゴルシュタットの街を歩いているところを夢に見たのだ。喜びかつ驚きながら抱擁したが、その唇に最初の接吻をすると、その唇が蒼ざめて死人の色になり、顔つきもみるみる変り、私の抱いていたのは、死んだ母のむくろになっていて、それに屍布が被せてあり、墓の蛆虫がそのフランネルのひだのなかを匍いまわっていた。怖ろしくなって夢からさめると、冷汗が額いちめんに出て、歯ががちがちと鳴り、手足がみなひきつった。と、そのとき、窓の雨戸の間からむりやり入って来たものがあるので、うすぐらい黄ばんだ月の光ですかして見ると、それは、私の造った代物、みすぼらしい怪物であった。そいつが寝台のカーテンを持ちあげ、眼――もしそれが眼と呼ばれるとしたら――で私を見すえた。口を開き、頬に皺を溜めて歯をむき出しながら、何かわけのわからねことをぶつぶつ喋った。ものを言ったのかもしれないが、私にはわからなかった。一方の手が伸びて私を抑えつけようとしたが、私は逃れて階下に跳び下り、私が住んでいた家の中庭に避難して、夜が明けるまでそこに居り、極度に興奮して歩きまわり、不幸にも自分が生命を与えた魔物のようなものが近づいてくる音ではないかと、あたりに気を配り、音という音を聞きつけてはびくびくした。
 おお! あの顔を見て怖れおののかないでいられる人間かあるだろうか。木乃伊ミイラが生き返ってきたって、あいつほどものすごくはない。あいつがまだできあがらないうちにはよくよく見ておいたのだが、そしてそのときだって醜くはあったのだが、筋肉と関節が動くようになってみると、ダンテさえも想像できなかったようなものになってしまった。
 その夜を私は、みじめな気もちで過こした。ときどき脈搏が早く激しくなり、その鼓動が動脈の一本一本に感じられた。また、そうかとおもうと、体がだるく、極端に弱りきって、今にも地べたにくずおれそうになった。この恐怖にまじえて、私は、失望の苦渋をなめた。すなわち、あんなに長いあいだ私の食糧であり快い休息であった夢が、今では、私にとって地獄となったわけで、それほど急速に変り、それほど完全にひっくりかえったのだ!
 うっとうしく湿っぽい朝がついに訪れ、私の眠れなくてずきずき痛む眼に、インゴルシュタットの教会堂と、その白い尖塔と時計が見えてきたが、それは六時を指していた。門番が私のその夜の避難所であった中庭の門を開いたので、街に出て、街を曲るたびに怪物が今にも現われはしないかと恐れながら、それを避けでもするかのように、急ぎ足で歩いていった。自分の住んでいたアパートメントには戻る気にはなれず、暗くて気もちのよくない空から降りそそぐ雨に流れそぼちながら、急ぎつづけなくてはならぬような衝動を感じた。
 しばらくは、こんなぐあいにして歩きつづけ、体を動かすことで心の重荷を軽くしようと努力した。自分がどこに居るか、何をしているかもよくわからないで、街々を私は歩きまわった。私の胸は恐怖感のためにどきどきとし、自分の様子をおもいきって眺めることもできず、乱れた足どりで急ぎつづけた。

怖れおののきながらさびしい道を
 歩む者のように、一度は後を
振り向いて、歩みつづけ、
 二度とはもう振り返らない。
彼は知っているからだ、その後に
 怖ろしい悪鬼が迫っているのを。
        ――コールリッジ「老水夫行」――

 こうして歩きつづけているうちに、私はとうとう、いろいろな乗合馬車や自家用馬車のいつも停る宿屋のむこう側に出た。どうしてだかわからないが、私がそこに立ちどまると、たちまち街のむこう端からこちらへ近づいてくる四輪馬車が眼にとまった。それがすぐそばに近づいたので、見るとスイスの辻馬車で、ちょうど私の立っているところに停ったが、扉が開くと、アンリ・クレルヴァルの姿が見え、私を見つけてさっそく跳び降りた。「やあ、フランケンシュタイン、君に会えてこんなに嬉しいことはないよ。僕が降りた瞬間にそこに君が居るなんて、なんてしあわせなことだろうね!」
 クレルヴァルに会った嬉しさは譬えようもなかった。こうしてクレルヴァルを前にしてみると、父やエリザベートやあらゆるなつかしい思い出のこもる家のことが、胸中に蘇ってきた。クレルヴァルの手を握ると、私は恐怖や不幸を一瞬にして忘れてしまい、いきなり、しかも何箇月ぶりではじめて、静かなおちついた喜びを感じた。だから、あらんかぎりの真心をこめて友を歓迎し、私の大学まで歩いていった。クレルヴァルはしばらくのあいだ、私たちのおたがいの友だちのこと、インゴルシュタットへ来ることを許された自分の幸福のことを話しつづけた。「簿記という貴重な技術だけが必要な知識の全部じゃない、っていうことを、おやじに納得させるのが、どんなにむずかしかったか、君にも容易にわかるだろうよ。まったくのところ、最後までなかなか聴き容れそうもなく、僕の根気よい歎願に対してきまって答えたのは、『ウェークフィルドの牧師』(オリヴァー・ゴールドスミスの作品――訳註)に出てくるオランダ人の校長のことばと同じで、『わしはギリシア語かわからんでも、年に千ポンドの収入があるし、ギリシア語なしでもたらふく食べられるよ』だってさ。けれども、僕に対する愛情のほうが、とうとう学問嫌いにうち勝って、知識の陸地を発見する航海に就くことを許してくれたんだ。」
「君に会えてとても嬉しいよ。だけど、父や弟らやエリザベートのことは、まだ聞かせてもらえないね。」
「とても達者だよ。そして幸福だよ。ただ、君がめったに手紙をよこさないのかちょっと気がかりのようだったね。その話については、おいおい君に、ちっとばかり小言をいうつもりだ。――それはそうとフランケンシュタイン」と言いさし、私の顔をつくづく眺めて続けた、「今まで言わなかったが、君はたいへんかげんがわるそうに見えるよ。ひどく痩せてるし、顔色がよくない。まるで幾晩も眠らなかったように見えるぜ。」
「たしかに図星だよ。このごろ、一つの仕事に没頭しきっていたもんだから、君にもわかったようにろくすっぽ休息を取っていないんだ。しかし、この仕事ももうすっかり終ったから、やっと自由になったと考えたい。ほんとにそう願っているのだ。」
 私はひどく慄えた。前夜の出来事を考えることはもちろん、ましてそれとなく口にすることなどは、とうてい堪えられなかった。そこで急ぎ足になって、まもなくいっしょに大学に着いた。そこで、自分のアパートメントに残してきた生きたものがまだあそこに居て、生きて歩きまわるだろうと考えると、がたがた慄えが来た。私はこの怪物を見るのが怖かったが、それにもましてアンリにそれを見られるのが怖かった。だから、アンリにしばらく階段の下で待ってほしいと頼んでおいて、自分の部屋に駆けあがった。気をおちつけないうちに、手が錠前にかかっていた。私は、子どもが扉のむこう側にお化けが立って待ちぶせていると考えたときにきまってやるように、扉をむりやりにパッとあけたが、そこには何も見えなかった。こわごわ中に入ってみたが、部屋のなかはからっぽで、見るも怖ろしいお客さんは寝室にもおいでにならなかった。これほど大きなしあわせが私をみまってくれたとは、なかなか信じられなかったが、敵がほんとに退散したのを確かめたので、嬉しくなって手ばたきし、クレルヴァルのところへ駆け降りた。
 二人が部屋に上って行くと、召使がさっそく朝食を持ってきたが、私は自分を抑えることができなかった。私を捉えたのは歓びだけでなく、知覚が張りきって肉をひりひりさせ、脈搏が早く打つのを感じた。私は一瞬間も同じ場所にじっとしておることができず、椅子を跳び越えたり、手をたたいたり、大声で笑ったりした。クレルヴァルは、初めのうちは、こんなに異常に元気なのは、自分がやって来たせいだと考えたが、もっと気をつけて観ているうちに、私の眼のなかにわけのわからぬ荒々しさを見た。私の大きな、手ばなしの、気の抜けた笑い声も、クレルヴァルをこわがらせ、びっくりさせた。
「ねえヴィクトル、いったいぜんたい、どうしたんだ。そんな笑いかたはおよしよ。どうも体のぐあいがわるそうだね! 何が原因でそうなったの?」
「何も訊かないで――」あの怖ろしい化けものが部屋に滑りこむのを見たような気がして、両手で眼を覆いながら私は叫んだ。「あいつに訊けやわかるよ。――おお、助けて! 助けて!」私は、怪物が自分をつかまえたと思いこみ、荒れ狂ってもがき、発作を起して倒れてしまった。
 きのどくなのはクレルヴァルで、どんな思いがしたことやら。あれほど喜んで待っていた会合が、へんなぐあいに、こういうひどいことになったのだ。といって、その悲しみを、私はこの眼で見たわけではない。というのは、私は死んだも同然になって、長いあいだ正気にかえらなかったからだ。
 これが神経的熱病の始まりで、それから数箇月も私は寝込んでしまった。そのあいだ、ずっと、アンリがひとりで介抱してくれた。あとになって知ったことだが、私の父が年とっていて長途の旅に適さないことや、私が病気だと聞いてエリザベートがどんなにかみじめな思いをすることを考え、病気がこれほどだということを、隠して悲しませないようにしておいたのだ。アンリは、自分ほど親切で気のつく看護者がありえないことを知っていて、恢復するみこみのあることを固く信じ、国もとの人たちのためにもこういう親切を尽したわけだ。
 しかし、実際には、私の病気は重くて、この友だちの根気の要る限りもない心尽しがなければ、とうの昔に死んでいたことはたしかだ。自分が存在を与えた怪物の姿がいつも眼の前にあるので、私はひっきりなしにそいつのことでうわごとを言った。疑いもなく、私のことばはアンリを驚かした。初めのうちは、私の想像力が乱れたためにうわごとを言うのだと思いこんでいたが、同じことをしつこくくりかえしつづけるので、私の病気は実際に何か異常な怖るべき出来事から起きたものだと考えるようになった。
 きわめて遅々として、ときどきぶりかえしては友だちを驚かせ悩ませながら、私は恢復していった。外部の物を見てはじめて喜びのようなものが感じられるにいたった時のことをおぼえているが、それは、落葉が見えなくなって、窓に翳さす木々から若芽が出てくるのに気がついたのだった。たとえようもなくすばらしい春で、この季節が私の恢複に大いにやくだってくれた。私はまた、喜びと驚愕が胸中に蘇ってくるのを感じたが、こうして私の沈欝さが消え去り、またたくまに、あの致命的な情熱に取り憑かれる前と同じように快活になった。
 私は叫んだ。「ありがとうクレルヴァル、ずいぶん親切に、よくしてくれたね。この冬じゅう、君は、予定したように勉強して過ごすかわりに、僕の病室でその時間をつぶしてしまったんだね。どうしたらその償いができるだろう。僕のためにがっかりさせてほんとに申しわけもないが、かんべんしてくれたまえ。」
「君がくよくよしないで、できるだけ早くよくなってくれれば、それですっかり償いがつくというものさ。ところで、そんなに元気になったようだから、君に一つ話したいことがあるのだが。」
 私は慄えた。一つ話したいことだって! それはなんだろう。私があえて考えもしないでいることを言いだすつもりだろうか。
「おちつきたまえ。」私の顔の色の変るのを見てクレルヴァルが言った。「君が興奮するようだったら、言わないことにしよう。しかし、君のお父さんや従妹が、もし君が自分で書いた手紙を手にしたら、ずいぶん喜ばれるのだろうがね。君の病気がどういうふうか、知ってはおられないのだし、それに君の便りが久しくないので案じていらっしゃるのだ。」
「話というのはそれだけなの、アンリ? 僕はまずまっさきに、僕の愛する、そしてその愛情に応えてくれる、なつかしい人たちに思いを馳せているのに、それが君にはわからなかったのだね。」
「君がそういう気もちでいるのだったら、ね、四、五日もここにある君あての手紙を見たら、たぶん喜ぶだろうよ。君の従妹からだよ、それはきっと。」


     6 故郷からの便り


 クレルヴァルはそこで、つぎの手紙を私に手渡した。それは私のエリザベートから来たものであった。――
「なつかしいヴィクトル――かげんがずいぶんおわるかったのですね。親切なアンリからはしじゅうお手紙をいただきますが、それでもどんなふうなのか安心しきれないのです。あなたは書くこと――ペンを取ることを、禁止されていらっしゃいますのね。だけど、ねえヴィクトル、私たちの不安をなだめるために、あなたの手で一筆書いてよこしてくださいませんか。長いこと私は、今度の便こそそれが来るだろうと考えて、伯父さまがインゴルシュタットへおいでになることをやっきとなってお留めしました。そんな長い旅で不自由なさったり、またひょっとすると危険な目にお会いになったりなさると困りますからね。それでも、自分で出かけて行けないのを何度悲しんだことでしょう! 病床に附き添う仕事は、金だけで働く老看護婦に任せてあることと想像しますが、その人は痒いところに手がとどかず、たとい気がつきはしても、あなたのいとこのような気づかいや愛情をもってそれをしてあげはしないでしょう。もっとも、それももう、過ぎ去ったことですね。クレルヴァルから、あなたがほんとうによくおなりだと知らせてよこしましたもの。この知らせをあなた自身がお書きになって確かめさせてくださることを一心に願っています。
「よくなってください――そして私たちのところへ帰って来てください。幸福な、愉快な家が、またあなたを心から愛する友だちが待っています。あなたのお父さまは御壮健で、あなたに会うことだけを――あなたが達者でいることをお確かめになることだけを望んでおいでですが、それができたら、あの慈愛深いお顔を曇らせたりもなさらないでしょう。私たちのエルネストのよくなったのをお気づきになったら、あなたはどんなにお喜びでしょう。もう十六になり、元気ではち切れそうですわ。ほんとうのスイス人になって、外国の軍隊に入るのだと言っていますが、すくなくとも、あなたがお帰りになるまでは、私たちだけでこの子を離してやることはできません。伯父さまは、遠い国の軍隊勤めをするという考えを喜んでいらっしゃるわけではありませんが、エルネストはあなたのような勉強ぶりを見せたことがないのです。勉強をいやな束縛だと考えてさしじゅう外にばかり出て、山に登ったり湖水で舟を漕いだりしているのです。ですから、この点を考えて、自分で選んだ職業につくことを許してあげないと、怠け者になるおそれがあります。
「子どもたちが大きくなったこと以外には、あなたが家を出られてから、変ったことはほとんどありません。青い湖、雪を頂いた山々、そういうものはちっとも変っていません。――また、私たちの平和な家庭や充ち足りた心は、それと同じ不変の法則に支配されているとぞんじます。私は、こまごました仕事で、時間の経つのも知らず、それで慰められておりますし、どんなほねおりも、身のまわりに見るのは幸福で親切な顔だけだということで報いられるのです。あなたがそちらにいらしてから、私たちの小さな家庭に、一つだけ変ったことが起りました。ジュスチーヌ・モリッツが、どんな機会に私たちの家庭に加わったか、おぼえていらっしゃいますか。たぶん、ごぞんじでないでしょう。だから、簡単にこの人の身の上ばなしを申しあげます。この人の母親のモリッツ夫人は何人の子をかかえた未亡人で、ジュスチーヌはその三番目の子です。この子はいつも父親のお気に入りでしたが、母親のほうは妙に片意地を張ってその子をかわいがらず、モリッツさんが亡くなられてからはとてもひどく扱っていました。私の伯母さまがそれを見て、ジュスチーヌが十二歳のとき、母親を説きふせて、私たちの家でくらすことをお許しになったのです。私たちの国の共和的な制度は、近隣の大きな君主国でおこなわれる制度よりも単純で幸福な慣習をつくりあげています。ですから、住民のいろいろな階級のあいだに差別が少くて、下層の者も、それほど貧しくはないし、また、それほど軽くも見られていないので、その態度がずっと上品ですし、ずっと道徳的です。ジュネーヴでの召使は、フランスやイギリスでの召使と同じことを意味してはおりません。ジュスチーヌは、こうして、私たちの家庭に迎えられ、召使の仕事をおぼえましたが、私たちの幸運な国では、この身分は、無知という観念も、また人間性の尊厳をそこなうことも、含んではいないのです。
「おぼえていらっしゃるかもしれませんが、ジュスチーヌはあなたの大のお気に入りでした。いつかあなたが、気嫌のよくない時でもジュスチーヌがちょっとこちらを見ると直ってしまう、とおっしゃったのを、私おぼえておりますが、やはり同じ理由で、アリオストもこのあどけない娘の美点をあげています。それほど気さくで幸福に見えるのですね。伯母さまもこの子にたいへんお惚れになって、はじめそう思っていたのよりもずっとよけいに教育をつけておやりになりました。この恩恵は十分に報いられ、ジュスチーヌは身の置きどころもないくらいに感謝していました。その子が自分で告白したわけでなく、その子の口から聞いたわけでもありませんが、その眼を見ると、伯母さまをほとんど崇拝していることがわかりました。気もちが快活で、思慮が足りない点はいろいろありますけれど、伯母さまの身ぶりにいちいちできるだけの注意を払いました。伯母さまを何よりもすぐれたお手本と考え、ことばづかいからその癖までまねようと努力しましたので、今でもこの子を見るとよく伯母さまを憶い出します。
「伯母さまがお亡くなりになると、みんな自分の悲しみに沈んで、かわいそうにジュスチーヌを見てくれる者がありませんでしたが、伯母さまの御病気ちゅう、誰よりも心配して手厚く介抱したのはジュスチーヌだったのです。かわいそうにジュスチーヌは、自分のかげんがわるかったのに、もっと別の試煉が待ちかまえていたのでした。
「兄弟や妹がつぎつぎと死んで、その母親が、捨てておかれた娘以外には子無しになってしまったのです。母親はそこで、気に入った子どもらが死んだのは、自分のえこひいきを懲らしめる天罰だったと考えはじめました。ローマ・カトリックの教徒でしたので、懺悔聴聞僧が、そう考えるのが至当だと言ってくれたものかとぞんじます。こんなわけで、あなたがインゴルシュタットへお立ちになった数箇月後に、ジュスチーヌは、後悔した母親のもとに呼び戻されました。かわいそうに! 私たちの家を出て行くとき、ジュスチーヌは泣きました。伯母さまがお亡くなりになってから、ずいぶん変って、悲しみが、以前はいちじるしく快活だったその気性に、柔かさと人を惹きつける暖かさを与えました。自分の母の家に住んでいても、もちまえの陽気さに戻りそうもありません。きのどくな母親の悔悛した気もちも、すこぶるぐらつきました。ときにはジュスチーヌに自分が不親切だったことを許してほしいと言ったかとおもうと、おまえのきょうだいが死んだのはおまえのせいだと責めたりすることも、少くはなかったのです。しじゅういらいらしたあげく、モリッツ小母さんはとうとう健康を害し、そのためにだいいち怒りっぽくなりましたが、今ではもう永久に平和です。この冬のはじめ、寒くなりかけたころに亡くなったのです。ジュスチーヌは私たちの所へ戻って参り、私は心からこの人をかわいがっていると申しあげてさしつかえありません。とても利口で、やさしくて、たいへんきれいで、前にも申しましたように、その態度と表情がたえず伯母さまを憶い出させます。
「なつかしいヴィクトル、愛らしい小さなウィリアムのことも、すこし申しあげなくてはなりませんね。あなたに見ていただけたらと思います。年のわりあいにとても背が高く、そのかわいい青い眼が笑っているようで、睫毛が濃く、髪が縮れています。笑うと健康で薔薇色をした両の頬っぺたにえくぼができます。もう小さいお嫁さんを一人二人もっていますが、ことし五つになるルイザ・ピロンというきれいな女の児がお気に入りです。
「さてヴィクトル、あなたはきっと、ジュネーヴの善良な人たちに関するささやかな噂話が聞きたいでしょう。あのきれいなミス・マンスフィルドはもう、イギリスの青年、ジョン・メルボーン氏との結婚が近づきましたので、そのお祝いの訪問を受けておいでです。器量のよくない姉さんのマノンは、昨年の秋、富裕な銀行家デュヴィラール氏と結婚しました。あなたのお好きな学校友だちルイス・マノアールは、クレルヴァルがジュネーヴを離れてから後、いろいろ不しあわせな目に会いました。けれども、もう元気を取り戻して、とても陽気な美しいフランス婦人マダム・タウェルニエと、結婚なさる目あてでいらっしゃるという話です。その方は未亡人で、マノアールよりずっと年上ですけど、たいへん人に尊敬されていて、誰にでも人気があります。
 なつかしいヴィクトル、こうして書いているうちは元気でしたが、書き終えるとまたふたたび不安になってまいります。手紙をください、ヴィクトル。――一行でも――一語でも、私たちにはありがたいのです。アンリの御親切、御厚情、再三のお手紙には、お礼のことばもこざいません。衷心から感謝いたします。さよなら! ヴィクトル、お体には気をつけて。お願いですからお手紙をください!
エリザベート・ラヴェンザ
ジュネーヴ、一七××年三月十八日」
 この手紙を読んで私は叫んだ、「なつかしい、なつかしいエリザベート! さっそく手紙を書いて、みんなの感じている不安を一掃してあげなくちゃ……。」私は手紙を書いたが、ほねがおれてひどく疲れた。けれども私は、快方に向って順調に進んだ。二週間ほど経つと部屋の外に出ることができた。
 治ってから最初にやらなければならなかったことは、クレルヴァルを、大学の教授数人に紹介することであった。それをしたのはいいが、そのために私は、ひどい目にあって、精神的に蒙った傷に負けない苦しみをおぼえた。自分の研究の終りであってまた不幸の始まりであったあの運命の夜からこのかた、私は、自然哲学という名に対してさえ激しい反感を抱いていたのだ。こうして、そのほかのことではすっかり健康を取り戻したのに、化学的装置を見ると、神経的な苦悶の症状が甦ってきた。アンリはこれを見て、私の眼につかない所へ器具頼をかたずけてしまい、アパートメントも変えてしまった。前に実験室にしていた部屋を嫌っているのを看て取ったからだ。しかし、こうしたクレルヴァルの心づかいも、教授たちを訪問するやいなや水泡に帰してしまった。ヴァルトマン氏が、親切な暖かい心で、私が驚くほど科学において進歩したことをほめたが、それが私を苦しめたのだ。教授はすぐ、私がその問題を嫌っているのに気がついたが、ほんとうの原因の察しがつかず、私が遠慮しているのだと考え、私にもはっきりわかったことだが、私にうちとけて話させようと思って、私の進歩したことから科学そのものに話題を変えた。私に何ができよう。教授は喜ばせようと思ったのに、かえって私を苦しめたのだ。私には、それが、あとで私を後々にむごたらしく死に至らしめるために使う道具類を、一つ一つ念入りに私の前に置いているかのように感じられた。私は、教授のことばを聞いては身もだえしたか、感じた苦しみをあえて表には出さなかった。いつもすばやく他人の感じていることを見ぬく眼と感情の持ちぬしであるクレルヴァルが、自分がまるきり知らないのを口実にして、その話題をそらしたので、話はもっと一般的なことに移っていった。私は心から友に感謝したが、口には出さなかった。アンリが意外に思ったことは、はっきりわかったけれども、私から秘密を引き出そうとはしなかった。私も、限りのない愛情と尊敬の入り混った気もちでこの友人を愛していたのに、あの出来事をうちあけて話す気にはとてもなれなかった。あの出来事は、私の思い出のなかにはすこぶる頻繁に現われるが、それにしても、他人がそれを詳しく知ったら、もっと深刻になまなましい印象を受けるだけだ、ということを怖れるのだ。
 クレンペ氏のほうは、こんなにおとなしく済むわけにはいかなかった。そのとき、ほとんど神経過敏の状態に陥っていた私には、その無遠慮な讃辞が、ヴァルトマン氏の慈愛にみちた称讃よりもかえって苦しかった。教授は叫んだ、「こいつめは、ね、クレルヴァル君、たしかにわしらを追いぬいてしまったんですよ。やれやれ、いくらでも眼を円くしなさいよ。しかし、これは事実なんだ。二、三年前にはコルネリウス・アグリッパを福音書同様に固く信じていた若者が、今ではこの大学の先頭に立っているんだ。この男を早くやっつけないことにゃ、わしらはみな顔色なしですよ――やれやれ。」私が苦しそうな顔つきをしでいるのを見て、教授は言いつづけた、「フランケンシュタイン君は控え目でね。若い人としてすぐれた性質をもっていますよ。若い人たちは遠慮がちがいいですなあ、クレルヴァル君。わしだって若いころはそうだったが、どうも永続きしなくてね。」
 グレンペ氏は今度は自慢話を始めたので、さいわいに私を苦しめる問題から話が逸れていった。
 クレルヴァルは自然科学に対する私の趣味に同感したことがなかったので、その文学的探究は、私が勉強したものとはまるで違っていた。東洋の諸国語にすっかり通暁することを企てて大学へ来たのであるが、それというのも、こんなふうに自分で目じるしをつけた生活設計の一領域を開くためであった。ただ、恥しくない道を歩もうと心に決め、自分の進取の気性にふさわしい活動領域として、東方に眼を向けたのであった。そこで、アンリが、ペルシア語やアラビア語やサンスクリット語に注意を奪われたので、私もつい誘われて同じ勉強を始めた。何もせずにぶらぶらしているのは、私には退屈なことだったし、ふりかえって考えてみるのを好まず以前の研究がいやになっている今では、友と同じ勉強をすることに大きな救いを感じ、また、東洋人の著作に教訓ばかりでなく慰藉までも見出した。私は、アンリのようにその人たちの方言の批判的知識を企てたりはしなかった。というのは、それを一時的な娯しみ以上のやくにたたせるつもりがなかったからだ。私はただその意味を解するために読んだのであって、ほねおりがいは十分にあった。ほかのどの国の著述家たちを研究した時にも経験したことのないぐらいに、この人たちの憂欝は心を慰めてくれ、その歓びは心を高めてくれる。そういう著作を読むと、人生は、暖かい太陽や薔薇の花園のなかにあり――美しい敵すなわち女性の、笑顔やしかめ顔、自分の心を焼きつくす火のなかにあるような気がする。ギリシアやローマの男らしい英雄的な詩とは、なんと違っていることだろう!
 こんなことに没頭しているうちに、夏が過ぎ、私がジュネーヴへ帰るのはこの秋の終りときまったのであったが、いろんな出来事のために、のびのびになっているうちに、冬と雪がやって来、道が通れなくなったらしいので、私の帰省は、さらにつぎの春まで延びることになった。こんなふうにのびのびになったことに、私はじつにつらい思いをした。ふるさとの町や愛する友だちを見たくてしょうがなかったからだ。クレルヴァルが誰とも土地の人たちに馴れないうちに、この見知らぬ所に置いていってしまうのがしのびなかっただけで、私の帰省が長びいたのであった。けれども、冬のあいだは愉快に過ごし、春の来るのがいつになく遅かったとはいえ、それが来ると、その美しいことは、遅かっただけのことがあった。
 五月という月がもう始まっていたので、私は、出発の日取りを決めてよこす手紙を毎日待ちもうけたが、そのときアンリが、私が長いこと住んでいた国にじかにさよならを告げるために、インゴルシュタットの近郊の徒歩旅行に出かけてはどうかと言いだした。私は喜んでこの提案に同意した。私は運動が好きで、故国の山野をこんなふうにぶらつき歩いた時の気に入りの相棒が、いつもクレルヴァルであった。
 こうして歩き廻るのに二週間かかったが、私の健康と元気はずっと前から快復していて、呼吸した健康によい空気、行く先々の自然の出来事、友との会話などで、それがさらにいっそう強められた。以前は研究に閉じこもって学友の連中ともつきあわず、非社交的だったが、クレルヴァルが私の心のよい感情を呼びおこして、ふたたび自然の光景と子どもたちの快活な顔を愛することを教えてくれた。すぐれた友よ! どんなに君は、私を心から愛し、私の心を君自身の心の高さにまで引き上げてくれたことだろう! 自分かってな研究に耽って、私の心が束縛され狭くなっていたのに、君の温厚さと愛情がついに、私の意識を暖ためかつ開いたのだ。私は、二、三年前の、みんなに愛し愛されて悲しみも心配もなかったころと同じような、幸福な人間になった。幸福になってみると、生命のない自然がもっとも喜ばしい感覚を与える力をもっていた。晴れわたった空や青々とした野原が私をすっかり恍惚とさせた。この季節はじつにこの世のものと思えないくらいで、春の花が生垣に咲きこぼれ、一方で夏の花がもう蕾をつけていた。前の年、なんとかして投げ棄てようと努力したにもかかわらず、どうにもならぬ重荷として私を抑えつけていた考えには、悩まされなかった。
 アンリは、私が愉快にしているのを悦び、心から私の気もちに同感して、自分の魂を充たす感情を表わしながら、私を楽しませようと尽力してくれた。こういうばあいにおけるアンリの心の豊かさは、じつに驚くべきであって、その会話は想像力に充ち、しきりにペルシアやアラビアの著述家たちをまねて、すばらしい空想と情熱の物語を創作した。そうかとおもうと、私の好きな詩を暗誦したり、すこぶる巧妙に自分の主張する議論に私を捲きこんだりもするのだった。
 ある日曜日の午後に大学に帰ったが、ちょうど百姓たちが踊っているところで、私たちの出会った人はみな楽しく幸福そうに見えた。私自身も元気いっぱいで、抑えきれない歓びと上機嫌の感情をもって踊りまわった。


     7 暴風雨のなかで


 帰ってみると、父からつぎのような手紙が来ていた、――
「わたしの大事なヴィクトル、――おまえはたぶん、こちらへ帰る日取りを決める手紙を待ちこがれていたこととおもう。わたしも最初は、ほんの二、三行書いて、おまえに帰ってもらいたい日を言ってやるだけにするつもりでした。しかし、それも無慈悲なのて、そうもできかねました。おまえは幸福な嬉しい歓迎を期待しているのに、それに反して涙とみじめな状態を見たとしたら、おまえの驚きはどうでしょう。ああ、どうしてわれわれの不しあわせを語ることができよう。家に居なかったからといって、おまえがわれわれの喜びや悲しみに対して冷淡になっているわけはない。だから、長いこと家を留守にしてる息子にどうして苦痛を与えることができよう。不吉な知らせに対して覚悟しておいてもらいたかったのだが、それもできかねることははっきりしている。というのは、現におまえの眼が、怖ろしい消息を伝えることばを見つけようとして、この手紙を一気に飛ばし読みしてしまうからだ。
「ウィリアムが死んだのだ! ――あの笑顔でわたしの心を明るくし、暖かくした、あんなにおとなしくて、しかもあんなに快活だった、あのかわいらしい子が! ヴィクトル、あの子は殺されたのだよ!
「私はおまえを慰めようとはしない。ただ事態を述べるにとどめよう。
「前の木曜日(五月七日)に、わたしと姪とおまえの弟二人で、プレンパレーへ散歩に行ったのだ。その夕方は暖かくておだやかだったので、われわれは散歩をいつもより遠くのばした。戻ろうと思ったころには、もう日が暮れていたが、そのとき、先に行ったウィリアムとエルネストの姿が見えないのに気がついた。そこでわれわれは、二人が戻ってくるまで腰を下ろして休んだ。やがてエルネストが戻って来て、弟を見かけなかったかと訊ねた。ウィリアムといっしょに遊んでいたが、弟は馳けだしていって隠れたので、探してみたが見つからない、ずいぶんしばらく待ったけれども、戻って来なかった、というのだ。
「この話を聞いてわたしらはかなりびっくりし、夜になるまで探しつづけたが、そのうちエリザベートは、ウィリアムは家へ帰ったのかもしれないと言いだした。ウィリアムは家に見当らなかった。われわれは炬火たいまつを持ってひき返した。あのかわいい坊やが道に迷って、夜の湿気や露に濡れどおしだとおもうと、じっとしておれなかったからだ。エリザベートだって、心配で心配で居ても立ってもおられぬ思いだった。朝の五時ごろ、わたしはかわいい坊やを見つけたが、前の晩には咲き匂うばかりにいきいきと健康だったのを見ているのに、草の上にのびて、色蒼ざめ、動かなくなってしまって、頸には殺害者の指のあとがついているのだ。
「死体は家へ運んで来たが、私の顔に苦悩の色が現われているのを見て、エリザベートに秘密がわかってしまった。エリザベートはしきりに死体を見たがった。はじめは引き留めようとしたが、どうしてもきかずに、それのよこたわっている部屋に入り、被害者の頸をさっそく調べ、手を叩いて叫んだ、『おお神さま! あたしがあのかわいい子を殺したんだわ!』
「エリザベートは気絶してしまって、正気にかえるのにひどく難儀した。気がついても、ただもうすすり泣いて吐息をつくばかりなのだ。やっと私に話したところによると、その日の夕方、ウィリアムが、エリザベートの持っていたおまえの母のたいせつな小画像を自分が掛けたがって、エリザベートを困らせた。この画像がなくなっているから、殺害者は疑いもなくあれがほしくてやったのだという。そこで、その犯人を見つけようとする努力は続けているが、今のところその踪跡はわからないし、またわかったところで、あのかわいいウィリアムが生きかえるわけではない!
「帰って来ておくれ、いとしいヴィクトル。エリザベートを慰めることができるのはおまえだけなのだよ。エリザベートは泣いてばかりいて、そうではないのにウィリアムの死の原因か自分だと言って自分を責めるのだが、そのことばがわたしの胸を突き刺すのだ。われわれはみな不幸だ。けれども、そのことは、おまえにとって、帰って来て、われわれを慰めてくれようとする動機を、もう一つ加えたことにならないだろうか。おまえのお母さん! ああヴィクトル! 今となっては言いますが、おまえのお母さんがあの小さな坊やのむごたらしいみじめな死に目に会うまで生きていなかったことを神さまに感謝します!
「帰っておいで、ヴィクトル、暗殺者に対して復讐するという考えを抱いてでなく、われわれの心の傷を痛ませるかわりに医してくれる、穏かな、やさしい気もちで。敵に対する憎しみをもってでなく、おまえを愛する者に対する親切と愛情をもって、この哀しみの家においで。――おまえの悩める慈父
アルフォンス・フランケンシュタイン
ジュネーヴ、一七××年五月十二日」
 この手紙を読むうち私の顔を見守っていたクレルヴァルは、はじめ手紙を受け取った時に表わした喜びが、絶望に変ったのを観て、驚いた。私は手紙を卓上に投げ出し、両手で頸を覆った。
「君、フランケンシュタイン、」とアンリは、私がさめざめと泣いているのに気がついて叫んだ、「君はしじゅう不幸な目に会うんだね。ね、君、どうしたんだ?」
 私は身ぶりで手紙を読んでくれとあいずしながら、興奮のあまり、部屋のなかをあちこち歩きまわった。手紙を読んで私の不運を知ると、アンリの眼からも涙が流れた。
「なんとも慰めようがないよ。君の災難はとりかえしがつかない。で、君はどうするつもりだ?」
「すぐジュネーヴへ帰る。だから、いっしょにそこまで行って馬を頼んでほしいんだ。」
 歩きながらもクレルヴァルは、慰めのことばを少しでも言おうと努力したが、真心のこもった同情を表わすことしかできなかった。「かわいそうなウィリアム! いい子だったのに、今では、天使のようなお母さんといっしょに眠っているのだね! 若々しい美しさに包まれて明るく楽しそうにしていたあの子を見たことがある人なら、それが不時に亡くなったと聞いて、泣かずにいられないよ! そんなみじめな死に方をして、殺害者の掴んだ手のあとを、まざまざと見せたまま! ひどい人殺しもあるものだ、あの天真爛漫な、罪もない子を殺すなんて! かわいそうな坊や! 僕らの慰めはたった一つきり。親しい者が歎き哀しんで泣いてはいても、あの子は安らかになっているのだ。激しい苦痛が去り、あの子の苦しみは永久に終ってしまった。芝生にそのやさしい姿を蔽われて、苦痛を知らないでいるのだ。あの子はもう憐れみの対象ではなくなって、憐れまれるのはかえってあとに遺されたみじめな人たちなのだ。」
 街を急いで歩きながらクレルヴァルはこう話したが、そのことばは、私の心に刻みつけられ、あとでひとりになった時に思い出された。しかし、もうそのとき馬が着いたので、私は大急ぎで馬車に乗り、友にさよならを告げた。
 私の旅は、すこぶる憂欝だった。悲しんでいる親しい者たちを慰めて、悲しみを共にすることを願っていたので、最初のうちは急いで行きたかったが、ふるさとの町に近づくと、馬の歩みをゆるめた。万感の胸に迫るのを抑えかねたのだ。年少のころ親しんだ場面を通り過ぎていったが、それは六年近くも見なかったものなのだ。そのあいだに、何もかもなんと変ったことか! 一つのだしぬけな悲しむべき変化が起ったのだが、年数のささやかな事情が徐々にいろいろと変えていって、それが静かにおこなわれたとはいえ、少からず決定的に作用したのにちがいない。私は恐怖に圧倒された。なんだかわからないがとにかく私を慄えさせる名もない無数の悪魔たちを怖れて、私は進みかねた。
 こういう苦痛にみちた精神状態で、私はローザンヌに二日滞在した。私は湖を眺めた。水面は静かで、あたりも穏かだったし、「自然の宮殿」である雪の山々は変っていなかった。平穏な神々しい風景を見ているうちに、だんだんおちついてきたので、私はまた、ジュネーヴへ向けて旅を続けた。
 道路は湖畔を通っていて、私のふるさとの町に近づくにつれて狭くなった。ジュラ山脈の黒いほうの側と、モン・ブランの輝かしい頂上が、いよいよはっきりと見えてきた。私は、子どものように泣いた。「なつかしい山よ! 私の美しい潮よ! おまえたちはこの放浪者を歓迎してくれるのか。山の頂は晴れ、空と湖は青く澄んでいる。これは平和を予言するのか、それとも私の不しあわせをあざわらっているのか。」
 こういった前置きをくどくどと詳しく述べて退屈するのを私は怖れるが、それはわりあいに幸福だったころのことで、私はそれを喜びながら考えるのだ。私の国、私のたいせつな国よ! 土地の者以外の誰が、汝の川、汝の山、とりわけ汝の愛する湖をふたたび見て感じる歓びを語ることができるだろう!
 けれども、家に近づくにつれて、悲しさと怖ろしさが ふたたび私を圧倒した。夜もひしひしと迫ってきて、暗い山々が見えにくくなると、いよいよ気がふさいできた。あたりの景色は広漠朧朧たる悪鬼の舞台のように見え、自分が人間のうちでいちばん悲惨なものになることにきまっているのを、私はぼんやりと予感した。哀しいことに、私の予感は、たった一つのことをのぞいて、現実となって現われた。当らなかったたった一つのことというのは、私が想像したあらゆる不幸のなかで、私が辛抱することを運命づけられた苦悩の百番目のところを、考えつかなかったことだ。
 ジュネーヴの近郊に着いたときには、すっかり真暗であったが、町の門が閉っていたので、半里あまり手前にあるセシュロンという村でその夜を過ごさなけれはならなかった。空は晴れていたが、休むことができなかったので、私は、かわいそうなウィリアムが殺された地点に行ってみようと決心した。町を通りぬけては行けなかったから、プレンパレーに行くにはボートで湖を渡らなければならなかった。この短い舟路のあいだに、私は、モン・ブランの頂で電光がじつに美しい形にひらめいているのを見た。あらしがみるみるうちに近づいているようすなので、上陸して、あらしの進みぐあいを観るために低い小山に登った。あらしが進んできて、空が曇り、やがて雨がそろそろ大粒に降ってきたのを感じたが、それはたちまちのうちにますます烈しくなった。
 刻々に暗やみとあらしがひどくなり、雷が項上ですさまじく鳴りはためいたが、私は立ち上って、歩きつづけた。雷鳴はサレーヴ、ジュラ山脈、サヴォアのアルプス等にこだましたが、その電光の鮮かなひらめきは私の眼をくらませ、湖を照らしてそれを広漠たるいちめんの火のように見せたかとおもうと、その閃光に眩んだ眼がもとどおりになるまで、一瞬、何もかもまっくらな闇になった。スイスではよくこういうことがあるが、あらしは一時に、方々の空にあらわれた。いちばん激しいあらしは、ベルリーヴ岬とコペー村のあいだの湖の一部を掠めて、町の真北を襲っていた。もう一つのあらしは、微かな閃光でもってジュラ山系を照らし、さらにもう一つのあらしは、尖ったモールの山を湖の東に見えなくしたりときどき現わしたりしていた。
 私はじつに美しくはあるがまた怖ろしいあらしを見守りながら、重たい足どりでさまよった。この空の雄渾な戦いは、私の精神を高めた。私は手を打って大声で叫んだ、「ウィリアム、かわいい天使! これがおまえの葬式だよ! 挽歌だよ!」そう言ったとき、私の近くの木立の蔭からそっと抜け出す人影を、暗やみのなかにみとめ、一心に見つめて立ちつくした。見誤るはずがなかった。電光がひらめいてその人影を照らしたので、その形がはっきりとわかったが、とうてい人間とは思えない身の毛もよだつようなその巨大な背丈やその出来そこないの顔つきから、私にはそれが、私が生命を与えたあのおぞましい穢れた魔物だということがすぐわかった。こいつが私の弟を殺した(そう考えて私はぞっとした)のだろうか。こういう考えが私の想像に浮ぶやいなや、それを疑えなくなってしまって、歯の根が合わず、樹によりかからずには立っていられなかった。人影はすばやく私のそばを通って、闇のなかに見えなくなった。人間の皮を被ったものなら、あんないい子を殺すわけがない。あいつが殺したのだ! 私はそれを疑うことができなかった。こういう考え方があるということだけでも、事実だということの争うべからざる証拠だった。私は悪魔を追いかけようとしたが、それはむだだった。というのは、つぎの閃光に照らされたのを見ると、そいつは、南でプレンパレーと境するサレーヴ山という丘陵のほとんど垂直に聳える岩のあいだに、ぶらさがっていたからだ。そいつはまもなく項上に達して見えなくなった。
 私はそこにじっとしていた。雷は止んだが、雨はまだ降りつづけ、あたりは見通しのきかぬ闇にとざされた。
 その時まで忘れようと考えていた出来事が、つぎつぎと心に浮んだ。すなわち、生きものをつくるまでの自分の進歩の全系列、自分の手でつくったものが私のそばに現われたこと、それが立ち去ったことなどが。あいつがはじめて生を享けてからも二年近く経っているが、それがあいつの最初の犯罪だったのであろうか。ああ、私は、虐殺や惨劇を喜びとする邪悪なやつを、世の中に野放しにしてしまったのだろうか。そいつが弟を殺したのではなかろうか。
 私は、その夜を、野外でつめたく濡れたまま明かしたが、そのあいだの苦悩を、誰が言い表わせるだろう。私は、天候の悪いことなどは感じないで、禍や絶望の場面をしきりに想像した。自分そのものの吸血鬼、墓穴から放たれて親しい者を残らず殺すことを余儀なくされた自分そのものの霊に、親しく照らしてみて、私が人間のなかに追い放ったもの、そいつがもうやっているような恐怖の目的を逐げるための意志と力を与えてやったものを考えた。
 夜が明けてから、私は町のほうへ足を向けた。門が開いたので、父の家へ私は急いだ。私の最初の考えは、殺害者を私が知っているということをうちあけて、すぐ追いかけるようにすることだった。しかし、自分の語る話のことを反省してそうするのをやめた。自分がつくって生命を与えたものが、真夜中に、人の近づけそうもない山の絶壁のあいだに見えた、という話なのだ。また、その創造が成ったちょうどそのときにかかった神経的熱病を思いかえしてみても、そうでなくてもまったくありうるはずもない話が、そのためのうわごとみたいなことにされてしまうにちがいない。誰かほかの人がそんな話を私に伝えたとしたら、私だってそれは精神錯乱のたわごとだと考えただろう。そのうえ、たといその話が信用されて追跡を始めることになったとしても、あのへんな動物の性質をもったやつは、どんなに追跡したところで、逃げてしまうだろう。としたら、追いかけたところで何になろう。サレーヴ山の懸崖をよじのぼることのできる動物を、誰がつかまえることができるだろう。こういうことを考えめぐらして心がきまったので、何も言わないでいることにした。
 私が父の家に入ったのは、朝の五時ごろであった。私は、召使たちに家の者を騒がせないように言って書斎に入り、みんながいつも起きる時間を待った。ただ一つの消しがたい痕跡を除けば、六年は夢のように過ぎ去ってしまったが、インゴルシュタットへ立つ前に父と最後に抱擁したあの同じ場所に私は立った。敬愛する親よ! 私にとっては父は依然としてそのままなのだ。私は、煖炉の上にかかっていた母の肖像を眺めた。それは母の来歴に取材したもので、死んだ父親の棺のそばにひざまずいて絶望的に苦悩しているキャロリーヌ・ボーフォールを表わしていた。服装は田舎くさく、頬は蒼ざめていたが、そこには、ほとんど憐憫の情を許さぬ威厳と美があらわれていた。この絵の下にウィリアムの小画像があったが、私はそれを見て涙をこぼした。そうしているうちに、エルネストが入って来た。私が着いたと聞いて、急いで歓迎しに来たのだった。エルネストは私を見て、悲しいながらも歓んだ表情をして言った、「お帰んなさい、僕の大好きなヴィクトル。ああ! 三箇月前に帰って来てほしかったのにね、そしたらみんなで嬉しがって喜ぶのを見れたでしょうに! 兄さんがいま帰って来ても、どんなものも和らげることのできない不幸を共にするだけだ。だけど、兄さんが居てくれれば、不幸のために参ってしまいそうなお父さんが、元気をとりもどしてくださるだろうし、兄さんが納得のいくように話してくれれは、エリザベートだって、ただいたずらに自分を責めて苦しむこともやめるでしょうよ。――かわいそうなウィリアム! あの子は僕らのとっておき、僕らの誇りだった!」
 涙がとめどもなく弟の眼からこぼれ、断末魔の苦悶の感じが私の体じゅうを馳けめぐった。以前はひたすら、さびしい家のみじめなありさまを想像していたが、現実はそれに劣らず怖ろしい真新しい災難として私に迫ってきた。私はエルネストをおちつかせようとして、もっと詳しく父のことや私が従妹と呼ぶ人のことを尋ねた。
「誰よりもエリザベートを慰めてほしいですね。」とエルネストが言った、「自分が弟を死なせるもとになったというので、自分を責めて、それこそ、みじめな思いをしているのですよ。しかし、殺したやつが見つかってから――」
「殺したやつが見つかったって! なにをいうのだ! そんなはずがどうしてあるものか。誰がそいつを追いかけることができるんだい? そんなことはできない相談だよ。風に追いつこうとしたり、一本の藁で山川をせき止めようとしたりするのと同じことだよ。私もそいつを見たが、昨夜逃げられてしまったのだ!」
「兄さんの言うことはわからないけど、」と弟はいぶかるようにして言った、「撲らはそれを見つけたためにかえって不幸を大きくしてしまったのですよ。最初は誰も信じませんでした。今だってエリザベートは、どんな証拠があったところでほんとうにしませんよ。まったく、あんなに愛らしい、家じゅうの者の好きなジュスチーヌ・モリッツが、いきなりあんな恐ろしい、あんな度胆を抜くような犯罪を犯すようになれたことは、誰が信じるだろう?」
「ジュスチーヌ・モリッツだつて! かわいそうに、あの子が嫌疑を受けたのだって? だけど、それはまちがっているよ。誰だってそんなことはわかっている。誰だって信じているわけではないね、エルネスト?」
「最初は誰も信じませんでしたよ。しかし、事情がいろいろわかってきて、どうやら信じないわけにいかないのです。それに、ジュスチーヌ自身のふるまいが、事実の証拠を固めるようにひどく混乱していて、疑問の余地のないのを、私は心配しているのですよ。だけど、今日、裁判がありますから、兄さんもあとですっかり傍聴してください。」
 弟の話によると、かわいそうなウィリアムの殺されたのがわかった朝、ジュスチーヌは、病気になって、数日間病床にひきこもっていた。そのあいだに、女中の一人が、殺人のおこなわれた夜ジュスチーヌが着ていたきものをふと調べてみると、そのポケットから私たちの母の画像が見つかったので、それに誘惑されて殺したものと判断された。その女中がさっそく、もう一人の女中にそれを見せたところ、その女中は家の誰にもひとことも言わずに、治安判事のところへ行ったので、その証拠にもとづいてジュスチーヌは逮捕されてしまった。事実を問いつめられると、このきのどくな少女は、態度がひどくどぎまぎしていたために、かなり嫌疑を強めた、というのだ。
 これはおかしな話だったが、私の信念はゆるぎなかったので、しんけんになって言った、「みんなでまちがっているよ。僕には殺したやつがわかっているのだ。ジュスチーヌには、かわいそうにあの善良なジュスチーヌには、罪はないよ。」
 このとき父が入ってきた。父の顔には深く刻まれた不幸が見えたが、父は、私を元気で迎えるように努力し、哀悼の挨拶を交したあとで、私たちの災難以外の何か別の話をしようとしたが、エルネストはそれに乗らなかった、「そうだ、お父さん! ヴィクトルは、かわいそうなウィリアムを殺したやつを知っているのだって。」
「運の悪いことに、わたしらも知っているよ。わたしが高く買っていた者の、あんな背徳と忘恩を見るくらいなら、何も知らんでいるほうが、ほんとによかったよ。」
「お父さん、それは違っていますよ。ジュスチーヌに罪はないのです。」
「そうだとしたら、断して罪人として苦しんだりすることのないようにしたいもんだね。今日、裁判があるはずだが、無罪放免となるように、わたしは、わたしは、心から望んでいる。」
 父のことばで私はおちついた。私は心のなかで、ジュスチーヌが、いや実際のところどんな人間でも、この殺人事件では無罪だと固く信じた。だから、ジュスチーヌを有罪と決めるに足るほどの、強い状況証拠が持ら出されはしないかと心配はしなかった。私の話は公けに発言すべきものではなかった。胆を潰すようなあの怖ろしさも、民衆の眼には、狂気の沙汰としか映らないにきまっているのだ。自分の感覚でそれを確かめでもしないかぎり、私が世界に放ったような、僭越で無知な、何をしでかすかわからない、生きた記念碑が存在する、ということを信ずる者が、創造者である私を除いて、実際にあるだろうか。
 エリザベートがまもなく、私たちが話しているところへやって来た。最後に会った時から久しく経っているので、エリザベートは、子どものころの美しさにまさる愛らしさをそなえていた。以前と同じ天真爛漫さ、快活さがあるとこへ、もっと感受性と知性にみちた表情が加わっていた。エリザベートはこのうえもない愛情を湛えて私を歓迎した。「あなたが帰っていらしたので、希望がもてますわ。あなたはたぶん、あのかわいそうな罪もないジュスチーヌの身のあかりの立つような手段を、何か見つけてくださるわね。私たちの不しあわせが、私たちには二重につらいのよ。あの愛らしい坊やをなくしたばかりでなく、私の心から好きなあのきのどくな少女が、いっそう悪い運命の手でもぎとられてしまうのですもの。もし、あの人が罪を宣告されたら、私はもう喜びというものを知らなくなるでしょう。だけど、そんなことはないわ。そしたらあたしは、小さなウィリアムの悲しい死のあとですけど、また幸福になるでしょう。」
「無罪だよ、エリザベート、」と私は言った、「それは証明されるよ。何も心配しないで、無罪放免を確信して元気を出すことだね。」
「あなたはなんて親切で寛大な方でしょう! ほかの人はみな、有罪だと思いこんでいますのよ。そんなことがあるはずもないのを知っていますから、私、なさけないわ。みんながそういう致命的な態度で偏見を抱いているのを見ると、私は望みを失って絶望的になってしまいますの。」そう言ってエリザベートは泣いた。
「エリザベートや、」と父が口を出した、「涙をお拭き。おまえが信じているように無罪だとしたら、この国の法律の正しさと、露ほども不公平の影がないようにしたいとおもっているこのわたしの運動に信頼しなさい。」


     8 罪なき者の処刑


 裁判が始まる十一時まで、私たちは悲しい時間を過ごした。父をはじめ家族がみな証人として出席しなければならないので、私もそれについて裁判所へ行った。この裁判のいまいましい猿まねのあいだ、私はなまなましい苦悩を感じた。それは、私の好奇心やとんでもない発明の結果が、親しい人たちを二人まで死なせるかどうかを決定することであった。その一人は、死ぬ前は歓びと無邪気に溢れてにこにこ笑っていたが、もう一人は、聞くも怖ろしい人殺しということでますます汚名が高まったために、ずっとずっと恐ろしく傷つけられている。ジュスチーヌは感心な娘で、幸福な生涯を送れるみこみのある性質をもっていたのに、今やすべてが不名誉な死によって抹殺されようとしているのだ、この私のために! ジュスチーヌがぬれぎぬをきせられている罪は、私が犯したのだと、いっそのこと白状しようかと何度おもったかわからないが、その犯罪がおこなわれた時にはここに居なかったので、そう主張したところで、狂人のたわごとと考えられるにきまっているし、私のために災難を受けたジュスチーヌが無罪になるわけでもなかろう。
 ジュスチーヌの様子はおちついていた。喪服を着ていて、いつも人好きのする顔がその厳かな感情のためになんともいえぬ美しさを湛えていた。無数の人の視線と呪咀を浴びてはいても、無罪を確信しているように見え、慄えたりしなかった。こんなことがなければその美しさのために集まったあらゆる親切さも、ああいう大罪を犯したと考えられているので、その想像のために傍聴者の心から抹殺されてしまったのだ。これに対して、ジュスチーヌは平静だったが、それは明らかに無理に支えている平静さだった。前に取り乱したことが有罪の証拠として挙げられたので、心を励まして勇気を出しているように見えた。法廷に入って来ると、あたりを見まわし、私たちの坐っているところをすばやく見つけた。私たちを見ると、涙で眼が曇ったらしかったが、すぐに気をとりなおした。しかし、その悲しげな、情のこもった顔つきが、この少女がまったく無罪だということを証明しているように見えた。
 裁判が始まり、検事がジュスチーヌ[#「ジュスチーヌ」は底本では「ジュチーヌ」]告発の論告をしたあとで、数人の証人が呼ばれた。いろいろの奇妙な事実が重なりあってジュスチーヌを不利にしていたが、私のように無罪の証拠をもっていない者なら、そのために誰でも、無罪とすることに二の足を踏むにちがいない。ジュスチーヌは、殺人のおこなわれた夜は、ずっと家に居らず、夜明けごろ、殺された子どもの死体があとで見つかった地点から遠くない所に居るのを、市場の女に見つかっている。その女が、そこで何をしているのかと尋ねたが、ジュスチーヌの様子はすこぶるへんで、どぎまぎしたわけのわからぬ答えを返しただけであった。八時ごろに家に戻り、昨夜どこで過ごしたかと訊かれると、坊ちゃんを捜しに行ったと答え、とてもしんけんな顔をしてウィリアムのことを聞きたがった。死体を見ると、猛烈なヒステリーの発作を起し、数日間も床に就いてしまった。それから、ポケットに入っているのを女中が見つけ出したという画像が提出され、ジュスチーヌが、吃り声で、それは、坊ちゃんが居ないのに気がつく一時間前に、その頸に自分が懸けてあげたものと同じものだ、ということを証言すると、恐怖と憤慨のつぶやきが法廷にひろがった。
 ジュスチーヌは抗弁を求められた。裁判が進行するにつれて、その顔色が変った。驚き、怖れ、みじめさが強く現われた。何度も自分の涙を抑えようと努力したが、やがて、申し開きをしようとして自分の力をふりしぼって、聴きとれはするが不たしかな声で語った。
「私になんにも罪のないことは、神さまもごぞんじでいらっしゃいます。けれども、自分の申し立てで私が無罪放免になれるようなふりはいたしません。私が無罪であることは、私に対して数え立てられている事実を、ありのまま手短かに説明すれば、おわかりになるとおもいます。私のいつもの性格をお考えになれば、疑わしい、あるいは怪しいと見えるような事情があっても、判事さまがたは善意に取ってくださることとぞんじます。」
 ジュスチーヌがそれから話したところによると、殺人のおこなわれた晩は、エリザベートの許しを得て、ジュネーヴから一里あまりの所にあるシェーヌ村の叔母の家で過ごした。その帰りに、九時ごろ、一人の男に会ったが、その男は、見えなくなった子どもを見かけなかったかと尋ねた。この話にびっくりして、自分も数時間かかって子どもを捜しているうちに、ジユネーヴの門が閉まったので、自分をよく知っている土地の人を起すのも気が向かないので、その夜はしかたなく、ある百姓家の納屋のなかで数時間を過ごした。その夜はほとんど、そこでまんじりともしないでいたが、明けがたになって、どうやらほんのちょっとばかり眠ったらしく、人の足音で眼がさめた。夜が明けたので、もう一度子どもを捜してみようとおもって、その納屋を出た。子どもの死体のよこたわっていた地点の近くへ行ったとしても、それは何も知らないでしたことであった。市場の女の人に訊かれたときうろたえたのは、驚くに当らない。というのは、自分は一晩じゅう眠らないで過ごしたのだし、かわいそうなウィリアムがどうなったかもまだはっきりわからなかったのだ。画像のことについては、なんとも言いようがない。
 きのどくな被告は話を続けた、「この一つのことが、私にとってどんなに致命的に不利であるかはぞんじておりますが、それを説明する力は私にはありません。自分の身にいささかもおぼえがないと申しあげるとしたら、私は、それがポケットに入っていたことについて、いろいろとありそうなばあいを臆測するにとどめるだけなのです。しかし、そこでも行きづまってしまいます。私は、この地上に、一人の敵ももっていないと信じていますので、私をむやみに破滅させるような悪い人は、たしかに誰ひとりとしてこざいません。殺害者がそこに入れたのでしょうか。私はそんなことをする機会を与えたおぼえもありませんし、かりに与えたとしても、その人はどうして宝石を盗みながら、すぐまたそれを手離したのでしょうか。
「私は、その理由を判事さまがたの公平にお任せしますが、それでも希望のもてそうな余地は見えません。私の人柄については、二、三の証人をお調べくださるようにお願いいたします。もしも、その証人の証言で私の嫌疑が晴れないようでしたら、私は自分の潔白を誓言いたしますけれど、有罪の宣言を受けなくてはなりません。」
 多年ジュスチーヌを知っている数人の証人が呼ばれ、有利な話をしたが、ジュスチーヌが犯したと考えている犯罪を怖れかつ憎んでいるために、みな憶病になって進んで立つのを喜ばなかった。エリザベートは、この最後の頼みの綱、すなわちジュスチーヌのすぐれた気性、非の打ちどころのないふるまいが明らかになってさえも被告がいま罪に陥ろうとしているのを看て取って、ひどく取り乱しながらではあるが、証言に立つ許しを乞うた。
「私は、殺された子の不幸な従姉、というよりは姉でこざいます。と申しますのは、あの子の生れるずっと前からいつも、あの子の両親に教育され、いっしょに住んでまいったのでございます。ですから、このばあい出しゃばりますのは、はしたないことと判断されるかもしれませんが、人ひとりが、友だちらしいふりをしていた者の臆病のために、死ななければならなくなるのを見まして、発言をお許しいただいて、この人の人柄について私の知っていることを申しあげたいのです。私は被告をたいへんよくぞんじております。私はこの人と同じ家に、一度は五年間、また別に二年近く暮らしました。そのあいだずっと、私には、この人は、人間のうちでもっとも人好きのする、情愛の深い性質に見えました。この人は、私の伯母であるフランケンシュタイン夫人の最後の病気のさいには、このうえもない愛情と心づかいをもって介抱いたしましたし、そのあとでも、かなり永く病床にあった時分の母親を看護しまして、この人を知っているかぎりの人に感心されました。それからこの人がまた私の伯父の家に住むようになったのですが、家族のみんなから愛されました。この人は、今は亡くなった子に暖かな愛情をもち、それこそ慈愛ぶかい母親のようにしていました。私といたしましては、いくら不利な証拠が出たにしましても、この人のまったくの無罪を信じきっていると申しあげますことに、躊躇いたしません。あんなことをするほど誘惑を感じさせたものはなかったのでこざいます。おもな証拠になっているあの子どもだましの安ぴかものなど、もしこの人がほんとにほしがったとしましたら、私は喜んであげていたはずで、それほど私は、この人を尊敬し、重んじているのでございます。」
 エリザベートの単純な力強い訴えのあとに、称讃のつぶやきがつづいたが、それは、このエリザベートの寛大な口添えによっておこったもので、きのどくなジュスチーヌの利益になるものではなかった。人々の怒りはかえって、あらたまった激しさを加えてジュスチーヌに向けられ、ひどく大それた恩知らずだと言って責めるしまつだった。ジュスチーヌ自身は、エリザベートが話をするとき泣いたが、何も言わななかった。裁判のあいだずっと、私の動揺と苦悶はその極に達した。私はジュスチーヌに罪のないことを信じていた。というよりは、知っていた。私の弟を殺した(私は露ほどもそれを疑わない)あの怪物が、鬼畜の手なぐさめに、罪もない者までを死と汚辱に陥れたのだろうか。私は、自分の地位の怖ろしさに堪えかね、公衆の声や裁判官の顔が、運のわるい犠牲者を有罪と決めてかかっているのを見ると、苦悶のあまり法廷から跳び出した。被告の苦しみも、私の苦しみとは比べものにならない。被告は自分に罪がないことで支えられたが、苛責の牙が私の胸を引き裂き、ずたずたにしてもなお、あきたりないのだ。
 私はどうにもならないみじめな一夜を送った。朝になって法廷へ行った時には、唇や喉がからからに渇いた。私は、思いきって致命的な質問をすることはできなかったが、役人は私を知っていて、私が訪問したわけを察した。投票は済んだのだが、それはみな黒で、ジュスチーヌは有罪と決まったのであった。
 私がそのときどう感じたかを述べる勇気はない。私は前に恐怖の感情を経験し、それを適切に言い表わそうと努力してきたが、私がこのときがまんした悲痛な絶望の思いを伝えることのできることばはなかった。私が話しかけた人は、ジュスチーヌがもう罪状を自白したと言い足した。「こんなわかりきった事件には、ああいう証言もあまり要らなかったのですがね、」とその人は言った、「けれども、わたしは、あれには喜びましたよ。いや、まったくのところ、われわれ裁判官は、いくら決定的なものであろうと、状況証拠で罪を宣告したくはありませんからね。」
 これは、妙な、予期しなかった理解であった。それはどういう意味だろう。私はわれとわが眼に欺かれたのだろうか。私が怪しいとおもっている当のものを漏らしたとしても、世間がみなそうだと思いこんでいるように、私はほんとうに気が狂ったのだろうか。私が急いで家に戻ると、エリザベートがしきりにその結果を訊きたがった。
 私は答えた、「エリザベート、あなたが予期したかもしれないように決定したよ。裁判官がみな、一人の罪人がのがれるくらいなら、十人の罪のない者が悩むほうがいいと考えたわけだ。しかも、ジュスチーヌは自白したんだ。」
 これは、ジュスチーヌの無罪を固く信じていた、かわいそうなエリザベートに、恐ろしい打撃を与えた。「ああ! 私は、人間の善良さをどうして二度と信じるようになるでしょう。私が妹のように思ってかわいがっていたジュスチーヌ、あのジュスチーヌが、あんな無邪気な笑顔をしながら、どうしてうらぎったりすることができたのでしょう。あのやさしい眼は、ひどいことやわるがしこいことはできそうもなかったのに、それなのに、あの人は人殺しをしたのね。」
 それからまもなく私たちは、あのきのどくな犠牲者がエリザベートに会いたがっている、ということを聞かされた。父は行かないほうがよいと考えたが、行く行かないは本人の判断と感情で決めるがよいと言った。エリザベートはそれに答えて、「ええ、あの人がたとい有罪だとしても、私、参りますわ。そして、ヴィクトル、あなたもいっしょに行ってくださるわね。ひとりでは行けませんもの。」ジュスチーヌを訪問するというこの考えは、私を苦しめたが、といって、ことわることはできなかった。
 私たちが陰欝な監房に入って行くと、ジュスチーヌがむこう端の藁の上に坐っているのが見えた。両手には手錠が掛けてあり、頭が膝にがっくりと垂れていた。ジュスチーヌは、私たちが入って行くのを見ると、起き上がり、三人だけになってから、エリザベートの足もとに身を投げ出して、さめざめと泣いた。エリザベートも泣いた。
「おお、ジュスチーヌ! どうしてあなたは、私の最後の慰めをなくしてしまったの? 私はあなたの潔白を信じていましたから、あのときだってずいぶんなさけない思いをしたけれど、今ほどみじめじゃなかったわ。」
「では、あなたまで、私がそんなよくよくの悪者だと思いこんでいらっしゃいますの? あなたまでが、私をおしつぶそうとする私の敵といっしょになって、私を人殺しとしてお責めになりますの?」そう言う声は、すすり泣きでとぎれてしまった。
「お起ちなさい、ジュスチーヌ、」とエリザベートは言った、「あなたに罪がないとしたら、どうしてひざまずくの? 私はあなたの敵の一人ではありませんよ。どんな証拠があろうと、私は、あなたが自分で犯罪を認めたと聞くまでは無罪を信じていました。その申し立てが嘘だ、と言うのね。だったら、ジュスチーヌ、あなたが自分で白状しないかぎり、あなたに対する私の信頼は、きっと、一瞬間もゆるぎませんわ。」
「私は白状しましたが、嘘を言ったのです。罪業をなくしていただくために白状したのですが、今となっては、その嘘のほうがほかの罪全部よりも私の心を重くするのです。神さま、お赦しください! 有罪を宣告されてからずっと、懺悔聴聞僧が私を責め、どやしつけたりおどかしたりしましたので、私もついに、自分は坊さんのおっしゃる人でなしだったと考えはじめたくらいでした。強情を張りつづけるなら、最後の瞬間に、破門と地獄の火を受ける、と言っておどかすのです。エリザベートさま、私には、自分を支えてくれる人が誰ひとりないのです。みんな私を、汚辱と堕地獄を宣告されたどうにもならぬやつ、と見ているのです。私はどうすることができるでしょう。悪い時に私は、嘘をついてしまいました。今となっては、ただほんとうにみじめなだけですわ。」
 ジュスチーヌは話をやめて涙にむせび、それからまた話しつづけた、「私は、あなたのあのありがたい伯母さまがあれほど大事にしてくださり、そして、あなたもかわいがってくださったジュスチーヌが、悪魔でなければできないような罪を犯すことのできる人間だ、というふうにお考えになったかとおもうと、ぞっとしないではおれませんわ。かわいいウィリアム! しあわせな坊ちゃん! すぐ私も、天国でまたお目にかかります。天国では、私たちはみんな幸福でしょうから。それを考えると、汚名と死を受けようとするところですけれど、心が慰さみますわ。」
「おお、ジュスチーヌ! 一瞬間でもあなたを信じなかったことを許してね。どうしてあなたは自白したの? でも、ねえ、悲しむことはないわ。心配しないでいらっしゃい。私が声明します、あなたの無罪を立証します。あなたの敵の石みたいな心を、私の涙と祈りで、溶かしてみせます。あなたを死なせはしません! ――私の遊び友だち、私の仲間、私の妹であるあなたが、絞首台の上で死ぬなんて! いいえ! いいえ! そんな恐ろしい不運を見て生きながらえるわけにいきません。」
 ジュスチーヌは悲しげに首を振った。「私は死ぬのは怖れません。そういう苦痛は過ぎ去ってしまいました。神さまが私の弱さを強くし、最悪のことに堪える勇気を与えてくださいます。私は悲しいつらいこの世を去って行きます。あなたが私というものを記憶して、まちがって罪を宣告されたものとお考えくださるのでしたら、私は、自分を待っている運命に身を任せます。どうぞエリザベートさま、神さまの御意志にがまんづよく従うということでは、私を手本になさってくださいませ!」
 こういう会話のあいだ私は監房の隅にひっこみ、そこで、私を捉えた怖ろしい苦悶をやっと隠した。絶望! 誰が思いきってそんなことを言うだろう? 明日は生死の間の恐ろしい境界を過ぎなければならないこのきのどくな犠牲者も、私の感じたような深い痛ましい苦悶を感じてはいなかった。私は歯ぎしりをし、その歯をがちがちいわせながら、もっとも奥底の魂から出てくる呻き声を出した。ジュスチーヌはぎょっとした。それが私だったとわかると、私に近づいて言った、「御親切に私をお訪ねくださって、ありがとうございます。あなたは、私が有罪だとお考えになってはいらっしゃらないでしょうね。」
 私は答えることができなかった。「そうよ、ジュスチーヌ、」とエリザベートが言った、「私以上にあなたの無罪を確信していらっしゃるのよ。あなたが自白したとお聞きになったときでさえ、それをほんとうになさらなかったのですもの。」
「ほんとにありがたいことですわ。この最後の瞬間に、私は、私のことを親切に考えてくださる方に心の底からのありがたさを感じます。私のようなみじめな者にとっては、他人の愛情がどんなに嬉しいでしょう! それだけでも、私の不幸の半分以上が無くなります。私の身の潔白をあなたがたに認めていただいた今では、安らかに死ねそうな気がしますわ。」
 こうして、この、きのどくな受難者は、私たちと自分自身を慰めようとした。自分の願った諦めを、ほんとうに得たのであった。しかし、ほんとうの殺害者である私は、自分の胸のなかにあくまで死なない蛆虫が生きているのを感じて、何ひとつ希望も慰めも得られなかった。エリザベートも泣いたし、不幸であったが、それも罪のない者のみじめさであって、美しい月の面を掠める雲のように、しばらくは隠れるけれども、その輝きを消すことはできなかった。苦悶と絶望は、私の胸の底まで食いこんだ。何ものも滅すことのできない地獄を身内に持っていたのだ。私たちは、何時間もジュスチーヌのところにいたが、エリザベートはいつまでもそこを立ち去りかねた。そして叫んだ、「私もいっしょに死んでしまいたいわ。こんな悲惨な世の中に生きてはいられないもの。」
 ジュスチーヌは快活らしい様子を装いながら、苦しい涙を抑え、エリザベートを抱いて、なかば感動を抑えかねた声で言った、「では、さようなら、私の好きな、たった一人のお友だち、エリザベートさま、神さまのお恵みで、あなたに祝福と加護がありますように。あなたのお受けになる不幸がこれ以上でございませんように! 生きて幸福になり、ほかの方たちを幸福にしてあげてください。」
 そして、その翌日にジュスチーヌは死んだ。エリザベートの膓を断つような雄弁も、裁判官を動かして聖者のような被害者を無実の罪から救うことができかねた。私の熱情的な憤激した控訴も、裁判官には利き目がなかった。そして、そのつめたい答を受け、苛酷な無感情の推論を聞くと、そのつもりでいた私の自白も、私の口もとに凍りついてしまった。こうして、私が自分を狂人だと宣言することにはなっても、私のみじめな犠牲に下された判決を取り消すことにはならない。ジュスチーヌは人殺しとして絞首台の上で死んだのだ!
 私は、自分の心の苦しみから眼を移して、エリザベートの深刻な声なき慟哭を考えてみた。これも私のしたことだった! また父の悩みも、最近まで笑いにみちていた家庭のさびしさも――みんな私の呪いに呪われた手のしわざだった! あなたがたは泣く、不しあわせな人たちよ、けれども、これがあなたがたの最後の涙ではないのだ! 葬いの慟哭はふたたび起り、あなたがたの哀傷の声は幾度となく人の耳を打つだろう! あなたがたの息子、血のつながる者、むかしたいへん愛された友人であるフランケンシュタイン。この男は あなたがたのために、生血の一滴一滴を使いはたしたいのだ。――この男は、あなたがたのなつかしい顔色にも映るのでなければ、歓びを考えも感じもしない――この男は、祝福をもって空気をみたし、あなたがたに尽してその生涯を送りたがっているのに――あなたがたに泣けというのだ――無量の涙を流して。もしも、こうして仮借のない運命がその本望を遂げるならば、そして、墓穴に入って平和になる前に、あなたがたの悲痛な苦しみのあとで、破壊の手が休むならば、この男は、望み以上に幸福なのだ!
 このように私の予言的な魂は語った。私は、自分の愛する者が、穢らわしい技術の最初の不しあわせな被害者たるウィリアムとジュスチーヌの墓に悲しみの涙をむなしくそそぐのを、そのとき見ていたのだ。


     9 呪わしい苦悩


 やつぎばやにつぎつぎと起った事件に感情が昂じたあとで、それにつづいて魂の希望も恐怖も共に奪い去ってしまう、あの無為と必然の死のような平静さほど、人間の心にとって苦痛なものはない。ジュスチーヌは死んで安らかになったのに私は生きている。血は私の血管を自由に流れたが、何ものを、動かすことのできない絶望と悔恨の重みは、私の胸を抑えつけた。眠りは私の眼から逃げ去り、私は悪霊のようにさまよい歩いた。というのは、私は、身の毛もよだつような、いなそれ以上の、筆舌に尽しがたい災害の行為を犯して(と私は思い込むんでいた)、まだ隠れているからだ。けれども私の心にも、親切と徳を愛する心が溢れた。私はまず第一に慈悲深くするつもりで生活し、それを実行に移して自分の同胞のためにやくだつ時を渇望していたのだった。今となっては、すべてが水泡に帰してしまった。みずから満ち足りて過去をふりかえり、そこから新しい希望のみこみを立てる、あの良心の清らかさのかわりに、言語に絶する激しい苦痛の地獄へと私を駆り立てる悔恨と罪悪感に捉われたのだ。
 こんな精神状態が私の健康をむしばみ、たぶん、それが最初に受けた衝動からすっかり立ちなおるということはなかった。私は人の顔を避け、歓びや満足のあらゆる声に苦しめられた。孤独がたった一つの慰めだった――深い、暗い、死のような孤独が。
 父は、私の気性や習癖の眼に見える変化に苦しみ、自分の清らかな良心と罪を知らぬ生活の感情から引き出した議論で、がまん強く私を元気づけ、覆いかかった黒雲を払いのける勇気を出させるように努力した。「ヴィクトルや、わたしだってやはり悩んでいるとは思わないかね。わたしがおまえの弟をかわいがった以上に子どもをかわいがった人は、どこにもないのだ。」と言いだした(そう語って眼に涙を溜めた)、「けれども、手放しに歎き悲しむ様子を見せてみんなをよけいに不幸にするようなことをさしひかえるのが、生き残った者に対する義務じゃないかね。それはまた、おまえの背負っている義務でもあるのだよ。あまり悲しみすぎるということは、向上や悦びの妨げになるし、それがなくては人間が社会に適合しなくなるような日常の仕事に対してまでも妨げになるよ。」
 この忠告は、りっぱではあるが、私のばあいにはてんで当てはまらなかった。悔恨につらさがともなわず、恐怖のなかにほかの感情とともに驚きが入り交らなかったとすれば、私はまっさきに、悲歎を隠してみんなを慰めてあげたかった。今は、絶望した顔つきで父に答え、父の眼にとまらぬようにしようと努力することしかできなかった。
 このころ、私たちは、ベルリーヴの家に引っ込んだ。この、居所が変ったということが、私には特に気に入った。十時にきまって門が閉まり、それ以後湖に残ることができないことには、ジュネーヴの城壁の内に住んでいた私はすっかり閉口していた。それがいま自由になったのだ。夜、家の者が寝室に引き取ってから、よく私は、ボートに乗って何時間も水の上で過ごした。ときには、帆をかけて風のまにまに流され、またときには、湖心まで漕いで行ってから、ボートの動くのにまかせて自分のみじめな考えにふけった。あたりがすっかり静まりかえり、自分だけが――幾匹かの蝙蝠や、私が岸に着いた時だけ耳ざわりな声で断続的に鳴いているのが聞える蛙をのぞけば――こんな美しく神々しい情景のなかで休むことなくさまよっているとき、そうだ、私はたびたび、もの言わぬ湖水に跳びこみたい誘惑を感じた。水は私と私の悲運を、永久に閉じこめてくれるだろう。しかし、私は、自分がやさしく愛していてその存在が私と結びつけられている、あの雄々しく苦しんでいるエリザベートを考えると、私は引き留められた。父や、生き残っている弟のことも考えた。自分の卑劣な逃避によって、この人たちを、悪鬼の敵意にさらして、ほったらかしておいてよいだろうか。この悪鬼は、私がこの人たちのあいだに追い放ったものなのだ。
 この時になって、私はさめざめと泣き、この人たちを慰めてしあわせにしてあげるためにだけ、自分の心に平和がふたたび訪れることを願った。しかし、そんなことはできなかった。苛責の念があらゆる希望を絶やしてしまったのだ。私は取り消すことのできない禍の作者で、この私の創造した怪物が何か新しい悪事をしでかしはしないかとおもって、毎日びくびくして暮らした。私は、すべてはまだ終ったのではなくて、あいつの、過去の憶い出をほとんど抹消する目をみはるような罪を、まだまだ犯すにちがいない[#「ちがいない」は底本では「ちがい」]、ということを、ぼんやり感じていた。私の愛するものが何か背後に残っているかぎり、つねに恐怖の余地があったのだ。この悪鬼に対する私の嫌悪感は、言い表わすことができない。そいつのことを考えると、歯がぎりぎりとなり、眼がひとりでに燃え立ち、私があさはかにも与えたその生命を断ち切ってしまうことをしんけんに願った。そいつの犯罪と敵意を考えると、私は、憎悪と復讐の念を抑えきれずに爆発させた。そこでそいつを谿底目がけてまっさきに突き落すことができるなら、アンデス山脈の最高峯までも出かけて行きたかった。そいつの頭にありったけの憎悪を叩きつけ、ウィリアムとジュスチーヌの死に復讐するために、もう一度、そいつに出会いたかった。
 私たちの家は哀しみの家となった。父の健康は、最近の怖ろしい出来事のためにいちじるしく害された。エリザベートは、歎き悲しんで力を落し、もはやいつもの仕事に喜びをもたなかった。エリザベートにとっては、楽しいことはみな死んだ者に対する冒涜であるらしく、そのときの考えでは、永遠の憂愁と涙こそ、罪なくして無残な死を遂げた者に捧げる当然の供物であつた。エリザベートはもはや、私といっしょに湖岸の堤をぶらついて二人の将来の望みをむちゅうで語りあった、もっと若いころの幸福な人間ではなかった。私たちを地上から引き離すために送られた最初の悲しみが、エリザベートを訪れ、そのぼんやりとした影響は、愛らしい笑顔をなくしてしまったのだ。
「ねえヴィクトル、ジュスチーヌ・モリッツがあんなふうにみじめに死んだことを考えると、」とエリザベートが私に言った、「私はもう、世間というものや、そのしかけが、以前私の眼に映ったようには見えませんのよ。以前は、書物で読んだり人に聞いたりした悪徳や不正の話を、大昔の物語か架空の悪事だと考えていましたの。すくなくともそういうことは、あまり縁のない話で、想像よりも理性でそれを知っていただけなのですね。だけど、今では、不幸が家へやって来て、私には、人間がおたがいの血に飢えている怪物のように見えますの。だけど、私はきっとまちがっています。あのきのどくな少女が有罪だと、誰でも信じているんですもの。あの人が罪を犯して罰を受けたとすれば、たしかに、人間のうちでいちばん堕落した者だったんでしょう。宝石の一つや二つのために、恩を受けた親しい人の息子を、生れた時から自分が育てて、自分の子のようにしてかわいがっていたらしい子を、殺すなんて! 私は、どんな人間でも死ぬということには、賛成しかねましたが、そういう人が人間社会にとどまっているとしたら、たしかにふさわしくないと考えたにちがいありません。だけど、あの人には罪がなかったのです。私は知っています、あの人は潔白だったと感じるのです。あなたもこれと同じ意見ですから、確信がもてます。ああ! ヴィクトル、虚偽がこんなにほんとうらしく見えるとしたら、誰が確実な幸福を保証できるでしょう。私は、無数の人々がむらがって来て、私をしきりに深淵に突き落そうとする、断崖の端を歩いているような気がしますのよ。ウィリアムとジュスチーヌは殺されてしまったのに、殺した者は逃げ去って、世の中を思いのままに歩きまわり、ひょっとしたら人に尊敬されているかもしれないのです。だけど、たとい私が同じ罪を犯して、絞首刑の宣告を受けたからといって、そういうあさましい人間に取って代ろうとはしませんわ。」
 極度の苦悶を感じながら、私はこの話に耳を傾けた。私こそ、実際においてではないが、結果において、ほんとうの殺害者であったのだ。エリザベートは私の顔の苦悩の色を察し、私の手をやさしく取りながら言った、「ヴィクトル[#「ヴィクトル」は底本では「ヴィクル」]、気をおちつけなくちゃいけないわ。今度の出来事は私にもこたえ、それがどんなにつらかったかは神さまもこぞんじですが、あなたほどひどく参ってはおりません。あなたのお顔には、絶望の色が、ときには復讐の念が現われていますので、私、慄えていますわ。ねえ、ヴィクトル、そんな暗い情熱をなくしてください。あらゆる望みをあなたにつないでいる、まわりの者を思い出してください。私たちは、あなたを幸福にしてあげる力をなくしたのでしょうか。ああ、私たちが愛しているあいだは、この平和な美しい国にあってたがいに誠実であるあいだは、安らかな祝福を受けますわ、――私たちの平和を何か乱せるというのでしょう。」
 しかし、運命のそのほかのどんな賜物にもまして大事にしたエリザベートのそういうことばをもってしても、私の胸のなかにひそむ悪鬼を追い払いかねたのであろうか。その話をしている時でさえ、今にも例の殺人鬼が私のところからエリザベートを奪いに近寄って来はしないかと怖れて、そっと寄り添うのだった。
 こうして友情のやさしさも地や天の美しさも、私の魂を憂愁のなかから救い出すことはできず、愛のことばも効きめがなかった。私は、慈愛にみちた力も突き抜けることのできない雲に取り囲まれていたのだ。人の入りこまぬどこかの叢林を指してふらふらする脚を曳きずりながら、そこで突き刺さった矢を眺めて死ぬ鹿――それが私の象徴でしかなかった。
 ときには、自分を圧倒する陰欝な絶望感に対抗することもできたが、また、ときには、魂の旋風的な情熱に駆り立てられて、肉体の運動や場所の転換で、堪えられぬ感情からいくらかでも救われようとすることもあった。とつぜんに家を飛び出し、近くにあるアルプスの谿谷に足を向けて、あの光景の壮大性、永遠性のうちに、人間なるがゆえのはかない悲しみをまぎらすことを求めたのは、こういう発作的な情熱が起っているときであった。私の放浪は、シャムニの谿谷に向けられた。子どものころ、よく訪れた所だった。あの時から、六年過ぎ、私は残骸となった、――しかし、この荒涼たる不滅の光景には、何ひとつ変りがないのだ。
 初めのうちは、馬に乗って行った。あとになってからは、もっと脚のしっかりしている、こういうでこぼこの道路でもなかなかけがをしない騾馬を借りた。天気はよかった。八月なかばで、私のあらゆる悲しみの始まったあのみじめな時から、つまり、ジュスチーヌが死んでから、もうかれこれ二箇月になるころであった。アルヴの谷間に深く深く入り込むにつれて、私の精神にのしかかっていた重みが、眼に見えて軽くなった。両側にさし懸っている巨大な山々や絶壁、――岩間に激する川の音、あたりの滝々の落下、それが全能の神の強大な力について語っていた。――そして私は、ここにものすごい姿を露わしている諸元素を創造し支配したものに比べて強大さの劣ったどんなものの前にも、怖れたり屈服したりはしないようになった。それでもなお、登って行くにつれて、谿谷はますます壮大な驚くべき特徴を示した。松山の絶壁にさし懸っている城跡や、アルヴの急流や、木々のあいだからここかしこに見えている小屋が、風変りな美しい光景をなしていた。しかも、それは、別の人類の住む別の地球に属するように、その白い輝かしいピラミッドと円屋根が群山の上にそば立っている大アルプスのおかげで、よけいに荘厳に見えた。
 ペリシエの橋を渡ると、河によってできた峡谷が眼の前にひらけてきたので、そこに覆いかぶさっているような山に、私は登りはじめた。まもなく私は、シャムニの谷に入りこんだ。この谷は今しがた通り過ぎて来たセルヴォの谷よりもすばらしくて壮大であったが、そのわりに美しくもないし、絵のようでもなかった。高い雪をかぶった山々が、ただちにこの谷の境目をなしていたが、もはや古城の跡も肥沃な畠も見られなかった。広大な氷河が道に迫り、落下する雪崩のとどろく音が聞え、それが落ちるに従って雪烟の立つのが見えた。モン・ブランが、至高にして壮麗なあのモン・ブランが、まわりの尖峯からぬきん出て、途方もなく大きなその円屋根が、この谿谷を見下ろしていた。
 この旅のあいだは、長いこと失われていた疼くような歓びの感情が、たびたび起ってきた。とある道路の曲り目とか、とつぜん眼に入ってくる目新しいものが、過ぎ去った日のことを思い出させ、少年時代ののびのびした楽しさを聯想させた。風さえも甘ったるい口調でささやき、母なる自然が私にもう泣くことはないと告げるのであった。ところが、やがてふたたび、この親切な力がはたらくのをやめ――またまた自分が悲しみにつながれ、あれこれとみじめな考えにふけっているのに、気がついた。そこで、騾馬に拍車をあて、世の中を、自分の恐怖を、いや何にもまして自分そのものを忘れようと努力し――そうかとおもうと、もっと絶望的なしぐさで、草の上に身を投げ出して、恐怖と絶望に圧しつけられるのであった。
 やっとシャムニの村に着いた。今までがまんはしてきたものの、身心ともに極度に疲れ、力がまったく尽きてしまった。私は、ちょっとのあいだ窓のところに立ちどまって、モン・ブランの上に明滅する蒼ざめた電光を見守り、綜々と流れ下るアルヴ河の音に耳をかたむけた。私の過敏になった感情にとっては、この流れの音が、子守唄となって私を寝かしつけてくれるようで、頭を枕にのせると、眠りが忍び寄ってきた。私はそれを感じ、忘却を与えてくれるものに感謝を捧げた。


    10 怪物とのめぐりあい


 つぎの日は谿じゅうをさまよって暮らした。ひとつの氷河から出ているアルヴェイロンの水源のほとりに立ったが、この氷河は、山脈の頂上からゆっくりとずり落ちてきて、谷間を塞いでいるのだった。巨大な山の切り立った面が、私の前にあり、氷河の氷の壁が私に覆いかぶさるように立っていた。わずかばかりのひしげたような松の木が、あちこちに立っていた。帝王なる大自然のこういった赫々たる謁見室にあって、その粛然たる沈黙を破るものはただ、雪崩の雷のような音とか、積った氷の山々に沿うて反響する破裂の音だけであった。この氷の山は、不朽の法則のもの言わぬ作用によって、まるで手なぐさみでしかないように、おりおり裂いたりちぎったりされるのであった。こういう荘厳で雄大な情景が、私の受けうる最大の慰めを与えてくれた。それらは、私をいっさいのつまらぬ感情から引き上げ、私の悲しみをなくしはしなかったものの、それを弱め、鎮めてくれた。それらはまた、ある程度、この一箇月ほどくよくよ考えこんでいた状態から、気を晴ればれとさせてもくれた。夜は寝室に引き取って休んだが、私の眠りは、いわば、日中に眺めた、偉大な、さまざまな景色に仕えかしずかれたようなものだった。それらは、私のまわりに集まった。すなわち、汚れのない雪をまとった山頂、きらきら光る尖峯、松の林、ごつごつしたむきだしの峡谷、雲のあいだを飛翔する鷲――そういうものが、私のまわりに寄り集まって、安らかなれと告げるのだった。
 つぎの朝、眼がさめたときに、そういうものがどこへ飛び去ったのだろう。気を引き立たせたものはすべて、眠りとともに逃げ去り、暗い憂欝があらゆる考えを蔽った。雨が篠つくばかりに降りそそぎ、濃い霧が山々のてっぺんを隠したので、この力強い友の顔さえも見えなかった。それでも私は、霧のヴェールを透して、雲に覆われたその隠れ気を見つけようと思った。雨やあらしが私にとってなんだろう。騾馬が戸口まで曳いて来られたので、私はモンタンヴェルの頂上に登ることに決めた。はじめそれを見たとき、途方もなく大きな、絶えず動いている氷河の眺めが、私の心に与えた、あの感銘を私は憶い出した。それは、そのとき、魂に翼を与え、この薄暗い世界から光と歓びへと舞い上らせる荘厳な恍惚感に私を充たしてくれた。自然の厳かな堂々たる姿を見るということは、実際にいつも私の心を厳粛にし、人生のつかのまの心労を忘れさせる力をもっていた。私は案内なしで行くことに決めた。道はよく知っていたし、他人が居ては情念の孤独な壮絶さを壊してしまうにちがいなかったからだ。
 登りは嶮しいが、道が頻繁に短かく曲りくねってつけてあるので、直立したようなこの山を登ることができるようになっているのだ。それは怖ろしく荒涼とした情景なのだ。無数の個所に冬の雪崩の跡が眼につき、そこに木が折れて地面に散らばっているのだった。すっかり倒れている木があるかとおもうと、曲って山の突き出した岩によりかかったり、ほかの木の上に横倒れになったりした木もあった。だんだん登るにつれて、道は雪の谷間にさえぎられ、その上から石が絶えずころがり落ちているが、そういう谷間の一つは特に危険で、大声で話をするくらいなごく小さな物音でも、その話をする人の頭の上に崩れかかるのに十分な、空気の震動をもたらすほどだ。松の木は、そう高いわけでもないし、茂ってもいないが、それは無気味で、情景に厳しい外観を附け加えている。下方の谷を見下ろすと、広漠たる霧がそこを貫流する河から立ちのぼってむこう側の山々に太い花環のように巻きつき、その山々の頂は一様に雲のなかに隠れ、雨が暗い空から降りそそいで、私のまわりのものから受ける憂欝な印象をよけい憂欝にした。ああ、どうして人間は、動物よりも感受性の強いことを誇るのだろう。それはただ、人間をもっと宿命的なものにするだけだ。私たちの衝動が、飢え、渇き、情慾などに限られているとしたら、私たちの衝動はほとんど自由であろうが、いま私たちは、どこから吹く風にも、ふとしたことばにも、あるいは、そのことばが私たちに伝える場面にも、動かされるのだ。

われわれは休む。夢は眠りを毒する力をもつ。
われわれは起きる、一つのさまよう考えが昼を汚す。
われわれは感じる、思いつく、推論する、笑ったり泣いたりする。
つまらぬ悲しみにくよくよしたり、注意を棄ててしまったりする。
それは同じことだ。なぜなら、喜びであろうと悲しみであろうと、
それの離れ去る道は、いまだに自由であるからだ。
人の昨日は明日と同じではないかもしれない。
無常のほかに永続きするものはどこにもない!

 登りつめて項上に着いたのは、正午に近かった。私はしばらく、岩の上に腰かけて、氷の海を見わたした。その氷の海も、まわりの山々も、霧に蔽われていた。まもなく微風が雲を吹きはらったので、私は氷河の上に降りていった。表面はすこぶる凸凹で、荒れた海の浪のように隆起しているかとおもうと、低く下がり、深く沈下した裂け目が方々にあった。この氷原の幅はほぼ一里ばかりのものだったが、それを横切るのに二時間もかかった。むこう側の山は、むきだしの切り立った岩だった。そのとき立っていた側からは、モンタンヴェルは一里あまり離れたところにちょうど向いあって立ち、その上には儼としてモン・ブランが聳えていた。私は岩の奥まった所に居て、宏大なすばらしい情景を眺めた。氷の、海というよりはむしろ大河は、依存する山々のあいだを曲りくねり、宙空に懸るその山の頂は、岩の窪みの上に覆いかぶさっていた。氷をまとってきらきらとした峯は、雲の上にあって、日光に輝いていた。それまで悲しみにみちていた私の胸も、今は何かしら喜びのようなものにふくらんだ。そこで、私は叫んだ、――「さまよっている魂よ、汝がまことにさまよっていて、狭い寝床に休まないとしても、私にこのはかない歓びを許せ。さもなければ、汝の仲間として、生の歓びから私を奪い去ってくれ。」
 こう言ったとき、とつぜん、かなり隔たった所に、超人の速力で私に向って進んでくる人影をみとめた。それは、私が用心して歩いてきた氷の裂け目を跳び越え、近づくにつれてその背丈も人間以上であるように見えた。私は胸さわぎがして、眼に霧がかかり、気が遠くなるのを感じたが、山のつめたい強い風ですばやく正気にかえった。その(見るからにものすごくて憎らしげな!)姿が近づいてくると、それが私の創造したあの下劣なやつであることがわかった。私は怒りと恐怖に慄え、やって来るのを待ってから、組み打ちをして生きるか死ぬかの戦いをする決心をした。そいつはやって来た。そいつの顔は軽蔑や悪意をまじえたむごたらしい苦悶を示し、この世のものならぬ醜悪さがそれをふた目と見られないほど怖ろしいものにしていた。しかし、私には、そんなものはほとんど眼に入らず、怒りと憎しみとで口がきけなかった。私はやっと気を取り直して、狂おしい嫌蔑のこもったことばでほとんどそいつを圧倒しようとした。
 私は叫んだ、「畜生め、近づくなら近づいてみろ! おまえの頭にこの腕で叩きつける猛烈な仕返しがこわくないのか。行っちまえ、虫けらめ! 来るなら来てみろ、踏みつぶしてやるから! そしたら、いいか、おまえのみじめな存在を滅して、おまえにあんな非道な殺し方をされた被害者に、仕返しがしてやれるぞ!」
「こんなことだろうと思っていたよ。」と怪物が言った、「人間はみな、不幸なものを憎んでいる。どんな生きものよりもみじめなわたしが、憎まれなくちゃいけないわけだ! それなのに、わたしをつくったおまえさんが、二人のうちでどちらかが死ななけれは解けない結び目で結びあわされているこのわたしを、嫌って、はねつけている。わたしを殺すつもりでいる。命というものをこんなふうにおもちゃにしてどうするんです? わたしに対する義務を果してくださいよ。そうしたらわたしも、あんたやそのほかの人間に義務をはたしてやりますよ。わたしの条件に同意するなら、そいつらをそのままにしておいてあげましょう。しかしだね、あんたが拒絶するなら、まだ残っているあんたの身うちの者の血に飽きるまで、死神の胃袋をいっぱいにしてやりますぜ。」
「憎らしい怪けものめ! きさまは鬼だ! 地獄の拷問だって、おまえの犯罪の仕返しには甘すぎる。あさましい畜生め! 僕がつくったからと言ってきさまは責めるが、ではここに来い、うっかりしておまえにくれてやった火花を消してやるから。」
 私は怒りを抑えきれず、あらんかぎりの敵愾心に駆られて跳びかかった。
 あいてはわけもなく身をかわして言った、――
「おちつきなさい! わたしの呪われた頭に憎しみをぶっつける前に、わたしの言うことを聞いてもらいたいのだ。あんたがわたしをもっと不幸にしたがっているが、もういいかげん、苦しんだのじゃないかね。生きるということは、苦悩の積み重ねでしかないにしても、わたしには大事なものだから、それを守るのだよ。あんたがわたしを自分より強くこしらえたのを、おぼえていてください。わたしの身の丈はあんたよりも高いし、わたしの関節のほうがもっと強靱なのだ。けれども、あんたに敵対するつもりはありませんよ。わたしはあんたに造られたものだから、あんたのほうでもわたしに対する当然のやくめをはたすなら、わたしだって、わたしの生れながらの主君であり王であるあんたに対して、おとなしく、すなおにするつもりですよ。おお、フランケンシュタイン、わたし以外の誰にも公平にして、わたしだけを踏みつけないでください。あんたの公平さを、いや寛大さや愛情までを、わたしが受けるのは、当然しごくなことなのだ。おぼえておいてください。わたしは、あんたに造られたもので、あんたのアダムというところなのだが、どちらかというと、悪いこともしないのに悦びを奪われた堕天使ですよ。いたるところで無上の喜びを眼にするのに、わたしだけがどうにもならぬようにそれから閉め出されるのだ。わたしは情深くて善良だったが、不幸がわたしを鬼にしたのだ。わたしをしあわせにしてください、そしたらまたりっぱな者になりますから。」
「行っちまえ! おまえの言うことなぞ聞いていられるか。おまえと僕とのあいだには、なんの共通性もないはずだ。われわれは敵同志だよ。行っちまえ、さもなかったら、どっちかが倒れるまで闘って、力試しをやってみよう。」
「どうしたら、あんたの心を動かせるだろうね。これほどお願いしても、あんたのつくったものに、親切な眼を向けてはくれないのかね、親切や同情を哀願する者に? わたしを信じてください、フラケンシュタイン。わたしは情深かったし、わたしの魂は愛と人間らしさに燃えていたのだが、わたしはひとりぼっち、みじめなひとりぼっちじゃありませんか。わたしを造ったあんたがわたしを嫌っているのだもの。わたしに関わりのないあんたの仲間の人間たちに、どんな望みがもてるんです? そいつらはわたしを斥け、憎んでいる。無人の山やうらさびしい氷河が、わたしの隠れ家ですよ。わたしは幾日もここをぶらついていますが、氷の洞穴だけが、わたしの安心しておられる住まいで、人間が嫌がらずにおいてくれるのはこれきりですよ。この吹きさらしの空は、大歓びでわたしを迎えてくれますよ。あんたの仲間の人間より親切だからね。人間どもときたら、わたしの居ることがわかると、あんたがやったように、わたしをやっつけようと武装するのだ。それなのに、わたしを嫌っているそいつらを憎んじゃいけないのかね。敵と仲よくするなんて、いやなことだ。わたしは不幸だから、このみじめさをそいつにも分けてやるのだ。けれども、わたしに埋め合せをしてくれて、そいつらからこの災難をなくする力が、あんたにはあるのですよ。この災難は、あんたの心一つで大きくなって、あんたの家族ばかりでなくそのほかの数限りない人間まで、その猛裂な渦巻に捲き込んでしまうことになりますよ。同情の心を起して、わたしを蔑まないでください。私の話を聞いてください。人間の法律によれば、いくら血を浴びた犯罪者でも、罪の宣告を受ける前に、自分を擁護するために話をすることを許されているはずです。お聞きなさい、フランケンシュタイン。あんたは人を殺したといってわたしを責める。それなのにまた、良心を満足させながら、自分の造ったものを殺したがっている。おお、人間の永遠の正義をほめたたえよ、ですよ! といって、わたしを見のがしてくれというのじゃなく、わたしが言うのを聞いてくれというのです。そのうえで、できることなら、また、そうしようと思うのだったら、あんたの手でこしらえたものを滅しなさい。」
「思い返してもぞっとするような出来事を、自分が不幸のもとになり作り手になったあの事情を、なんだって思い出せるか。憎らしい畜生め、おまえがはじめて光を見たあの日を呪うよ! おまえに僕を、たといようもなく不幸にしてしまった。おまえに対して僕が正しいか正しくないかを考える力が、おまえのおかげでなくなってしまったのだ。行っちまえ! おまえのいやな姿を見えないようにしてくれ。」
「こうすれば見えませんよ。」と怪物が、そのいやらしい両手で私の眼を蔽ったので、私がそれをむりやりに押しのけると、怪物は続けた、「ああすれば、あんたの嫌いなものが見えないのに。見えてなくても、話を聞いてわたしを同情することはできるんですよ。話を聞いてください。長い、変った話だから、ここの所の気温は、あんたの繊細な感覚には堪えられませんね。山の上の小屋に行きましょうよ。陽はまだ高いからね。あの雪の絶壁のむこうに陽が沈んで別の世界を照らすまでほ、あんたは、わたしの話を聞いて、どうとも決めることができますよ。わたしが人間の居る界隈を、永久に去って、害のない生活に入るか、それとも、あんたの仲間の人間どもに対する天罰のもととなって、あんた自身をたちまちのうちに破滅させてしまうか、それはあんたしだいだ。」
 こう言って怪物は、氷原をよこぎって行ったので、私はあとについて行った。私は胸いっばいになってなんよとも答えなかったが、歩いていくあいだに、あいてが語ったいろいろな議論を考えあわせて、すくなくともその話を聞いてやることに決めた。かなり好奇心も湧き、同情も感じてこの決心を固めたのだった。それまでこいつが弟殺しだと考えていたので、私はどうしてもその真否を探り出したかった。はじめて私は、造られたものに対する造りぬしの義務が何であるかを感じ、こいつを非難する前に、まず幸福にしてやらなけれはならないという気になった。こういう動機から私は、こいつの要求に応ずることにしたのだ。そこで私たちは、氷原をよこぎり、むこう側の岩に登った。空気はつめたく、雨がまた降りはじめたので、私たちは小屋に入った。鬼めは意気揚々とした様子で、私は重たい心と欝々とした精神を抱いて。しかし、私が話を聞くことに同意したので、私の憎むべき相棒は、自分の起した火のそばに私を坐らせ、つぎのような身の上ばなしを始めた。


     11 物置小屋での寝起き


「わたしというものがこの世に現われたそもそも初めのころのことは、なかなか思い出しにくいね。どうもあのころの出来事はみな、ごっちゃになって、どれがどれだかわからないのだ。わたしは、いろいろの妙な感覚に捉えられて、同時に見て、感じて、匂いを嗅いだ。自分のさまざまの感覚のはたらきを区別できるまでには、まったく長くかかった。今でもおぼえているが、そのうちにだんだんと、強い光が神経に当るので、眼をつぶらなければならなかった。すると、暗くなってまごついたが、そのことを感じるか感じないうちに、今ならわかりきったことだが、光がまた射してきた。私は歩き、それからたしか下へ降りたが、やがて自分の感覚に大きな変化のあったのがわかった。以前には、触っても見ても感じのない、暗い、不透明なものが、わたしのまわりにあったわけだが、今度は打ち克つことも避けることもできないような障害がなくなって、自由に歩きまわれるのがわかったのだ。光はますます蒸し暑くなり、歩いているうちに暑さに参って、日蔭になっている所を探した。それにインゴルシュタット附近の森で、そこでわたしは、小川のほとりに横になって疲れを休めたが、そのうちにとうとう、腹がすき、喉が乾いて苦しくなった。すると、それが、冬眠に近い状態からわたしを呼びさましたので、木に下ったり地面に落ちたりしていた何かの木の実を見つけては食べた。喉の乾きは小川で満たし、それから横になって眠りこけた。
「眼がさめた時は暗くて、寒さもおぼえたので、いかにもひとりぼっちなのを感じて、いわば本能的に、かなりおびえた。あんたのアパートメントを出る前に、寒さを感じたので、着物をいくらか着ていたのだけれど、それでは夜露を凌ぐには足りなかった。わたしは、貧弱な、自分ではどうすることもできない、みじめな者で、何も知らず、何も見分けることができないのに、どこからもここからも襲いかかる苦痛を感じて、坐って泣いた。
「まもなく、なごやかな光がこっそりと空に現われ、わたしに嬉しい感じを与えた。わたしははっとして立ち上り、木々のあいだから光り輝くもの(月)が昇ってくるのを見た。驚異のおももちで眺めたものだ。それは動く、ともなく動き、わたしの道を照らしてくれたので、また木の実を探しに出かけた。まだ寒かったので、一本の樹の下で大きな外套を見つけると、それをかぶって地面に坐りこんだ。はっきりとした考えが頭にうかばず、何もかもごちゃ混ぜだった。わたしは、光、飢え、渇き、暗やみを感じたし、数かぎりない物音が耳にひびき、八方からさまざまな匂いが漂ってきた。はっきりと見定めることができるのは、明るい月だけだったので、わたしは喜んでそれを見つめた。
「昼と夜が交替して幾日が過ぎると、夜の球体が虧けてほっそりとなったころには、わたしは自分の感覚をそれぞれに区別しはじめた。わたしはだんだん、水を飲ましてくれる清らかな流れや、わたしを葉で覆う木々がはっきり見えるようになった。たびたび耳に入ってくる気もちのよい音が、再々わたしの眼から光を遮った小さな翼のある動物の喉から出る、ということが、はじめてわかって喜んだ。わたしはまた、身のまわりの形を、ごく正確に観察しはじめ、わたしに覆いかぶさる輝かしい光の屋根の境目に気づいた。ときには、鳥の楽しい歌をまねようとしたが、できかねた。ときには、自分の感情を自己流に表わそうと思ったが、自分から出た異様なわけのわからぬ声にびっくりして、また黙り込んだ。
「月は夜になっても見えなくなったが、わたしがまだその森にいるうちに、虧けた形でまた現われた。このころには、感覚がはっきりしてきたし、頭には日ごとに観念がふえてきた。眼が光に慣れてきて、正しい形に物が見え、昆虫と草の区別がわかり、そのうちにだんだん、草の種類を見わけるようになった。雀が耳ざわりな音でしか鳴らないのに、つぐみの類が甘美な、心をそそるような声で鳴くこともわかった。
「ある日、寒さにかじかんでいるとき、どこかの宿なし乞食たちが残していった火を見つけ、そのために味わった暖かさにすっかり喜んだ。喜びのあまり、燃えている燠に手を突っ込んだが、悲鳴をあげてすばやくその手を引っこめた。考えてみたって、同じ原因で、こんな反対の結果が出てくるなんて、どうもふしぎだ! 火の材料を調べてみて、それが木で出来ていることがわかって嬉しくなった。さっそく木の枝を幾本か集めたけれども、それは、湿っていて燃えなかった。これには悲しくなって、じっと坐りこんで火のはたらきを見守っていた。すると、火の近くにあった木が乾いて、ひとりで燃えてきた。わたしはそのわけを考えてみて、いろいろの枝に蝕って原因を見つけ出し、急いで薪をどっさり集め、それを乾かして、火をどんどんといくらでも焚けるようにした。夜になって眠くなると、火が消えやしないかとたいへん心配した。そこで、乾いた薪や木の葉をかぶせ、その上に湿った木の枝をのっけてから、外套をひろげて地面に横になり、そのまま眠ってしまった。
「けれども、食べものが乏しくなったので、腹の虫をなだめる三つか四つのどんぐりのために、むなしく探しまわってまる一日をすごすこともたびたびあった。このことがわかると、これまで住んでいた場所を離れて、自分のわずかな欲望がもっとたやすくみたされるような場所を探した。この移住に際して、偶然に手に入れた火を失うことが、たいへん残念だった。というのは、それをどうしてつくるか知らなかったのだ。この困ったことについて何時間もしんけんに考えたが、それを確保する試みはみな思いきらなければならなかったので、外套に身をくるみ、森をよこぎって入り日に向って出発した。この放浪に三日間をついやし、おしまいに広々とした土地を見つけた。その前の夜に大雪が降ったので、野原は一様に真白で、そのありさまはうらさびしく、地面を蔽ったつめたい湿ったもので足が冷えるのがわかった。
「朝の七時ごろで、食べものと隠れる所がほしくてたまらず、たしか羊飼いの便宜のために小高い所に建てた小っぽけな小屋を見つけた。これは、わたしには目新しいものだったから、たいへん好奇心をもってそのしくみを調べた。すると扉が開いたので、中に入った。一人の老人が火のそばに坐って、朝食を用意しているところだった。老人は物音を聞いてふり向き、わたしを見つけて大きな金切り声をあげ、小屋を飛び出して、その老いぼれた体では出せそうもないような速力で、原っぱをよこぎって走って行った。老人の風貌は、わたしがこれまで見ていたものとは違っていたが、それが逃げて行ったのは、なんとなく意外だった。しかし、わたしは、その小屋の様子が気に入った。ここは雨も雪も入りこめず、地面が乾いていた。それはちょうど、火の海の苦しみの後に地獄の鬼どもの眼の前に現われた万魔堂パンデモニアムのような、申し分のない絶好の隠れ家を与えてくれたのだ。わたしは羊飼いの朝食の残りをがつがつと食べた。その残りものはパン、チーズ、ミルク、葡萄酒などであったが、葡萄酒だけは好きになれなかった。それから、すっかり疲れが出こので、そこにあった藁の上にころりと横になって眠ってしまった。
「眼がさめたのは正午だった。太陽が白い地面を明るく照らしてぽかぽかと暖かいので、旅を続けることにし、見つけた合財袋に百姓の朝食の残りを詰め、畠をよこぎって何時間も歩き、とうとう日没には、とある村に行き着いた。この村がどんなに珍しく見えたことだろう! 小屋や、もっとさっぱりした百姓家や、堂々とした邸宅が、つぎつぎにわたしの眼を奪った。菜園にある野菜や、二、三の百姓家の窓に置いてあって外から見えたミルクやチーズが、わたしの食慾をそそった。そのなかでいちばんよい家に入ったところ、戸の内側に足を踏み入れるか入れないうちに、子どもたちが泣きだし、一人の女が気絶した。村じゅう大騒ぎになって、逃げ出す者もあれば攻撃する者もあり、おしまいには、石やそのほかいろいろの飛び道具の類でむごたらしく傷つけられて、広々とした野原に逃げ出し、怖ろしくなって何もない低い物置小屋に避難したが、村ですてきな邸宅を見たあとでは、そこはまったく見すぼらしいものに見えた。けれども、この小屋は見るところ隣りあった気もちのいい百姓家に附属していたが、いま得たばかりのなまなましい経験から、そのなかには入る気にならなかった。わたし隠れ家は木造だったが、あまり低くて、中でまっすぐに坐っていられないくらいだった。しかも、地面に板が張ってなくてそのまま床になっていたが、乾いていたので、おびただしい隙間から風が入ってきはしたものの、雪や風を凌ぐ気もちのいい避難所であるのがわかった。
「そこでわたしは、中にひきこもって、みじめはみじめでも、この季節の酷烈さから、いやそれ以上に人間の野蛮さから身を隠すという嬉しさに、横になって寝た。
「家が明けるとすぐ、隣りあっている母家を検分して、わたしが見つけたこの住まいにずっと居られそうかどうかをさぐるために、犬小屋みたいなところから這い出した。この小屋は、母家と背中合せになっていて、まわりは豚小屋と水のきれいな池になっていた。一部分は開いていて、そこからわたしは這い込んだものの、今度は、外から見えそうな隙間という隙間を、表に出るばあいにはそれを動かすことにして、石や木でふさいだので、わたしの享ける光は、豚小屋を通してくるだけだったが、わたしには十分だった。
「自分の住まいをこんなふうに整え、きれいな藁を床に敷いて、わたしはそこに身をひそめた。というのは、離れたところに人影が見えたが、この人間の力を見せつけた前の晩の仕打ちを、わたしはあまりによくおぼえていたからだ。けれども、はじめは、盗んだ粗末なパンの一きれと、隠れ家のそばを流れるきれい水を手で飲むよりもっと便利に飲めるコップでもって、その日の糧をまにあわせた。床はいくらか高めになっているので、すっかり乾燥していたし、母屋の煙突のすぐそばだったので、まず悪くない程度の暖かさだった。
「こんなぐあいなので、何か決心の変るようなことが起るまでは、この物置小屋で寝起きすることに決めた。それはたしかに、もと住んでいたあの吹きさらしの森や、雨の滴る木の枝や、じめじめした地面に比べれば、楽園であった。わたしは楽しく朝食を取り、水を少し飲もうとして板を取りのけかかったとき、足音が聞えたので、小さな隙間からのぞくと、頭に手桶をのつけた若い人が、この小屋の前を通って行くのが見えた。その娘は若くて、後に出会った百姓娘や農家の女中とは違って、ものごしがやさしかった。けれども、この少女は身なりが貧弱で、粗末な青いペチコートとリンネルのジャケットだけがその服装だった。金髪は編んであったが、なんの飾りもなく、がまんはしているが悲しいというような顔つきをしていた。その姿は見えなくなったが、十五分ばかり経つと、今度は牛乳のいくらか入った手桶を担いで戻ってきた。見るところ重荷に困るようにして歩いてくると、若い男がそれに出会ったが、その顔はもっと深い意気沮喪を表わしていた。その男は、憂欝な様子で、何やらふたことみこと喋りながら、女の頭から手桶を取って、自分でそれを母家のほうへ持っていった。娘はそのあとについていって、二人とも見えなくなった。その若い男は、すぐまた現われたが、手に何か道具を持って母家の裏の畠をよこぎって行った。娘のほうも忙しく、家に入ったり庭に出たりしていた。
「わたしの住まいをよく調べてみると、以前には母家の窓の一つがその一部分を占めていたが、それが板でふさいであるのがわかった。その板の一つにごく小さなほとんど気のつかない裂け目があって、そこに眼をあてるとどうにか中が見透せた。この隙間から小さな部屋が眼に映った。それは、白く塗られてあってきれいだったが、家具らしいものも何ひとつなかった。炉の近くの片隅には、一人の老人が腰かけていて、悲歎にくれたような様子をして手で頭を支えていた。若い娘は家のなかをせっせとかたずけていたが、まもなくひきだしから何やら手を使ってするものを取り出して、老人のそばに膝を下ろすと、老人は楽器を取りあげてそれを弾き、鶫や夜鶯の声よりも甘美な音を出しはじめた。それは、今まで美しいものを見たことのない哀れな出来そこないのわたしが見てさえ、美しい光景だった! 年とったこの百姓の銀髪と慈悲ぶかい顔つきが、わたしに尊敬の念を起させ、娘のやさしいものごしがわたしの愛情を誘った。老人が甘美な哀しみの曲を奏でると、愛らしい娘の眼から涙が流れたのが見えたが、耳に聞えるような声を出して娘がすすり泣くまで、老人はそれに気づかなかった。それから老人が何か喋ると、娘は仕事をやめて、老人の足もとにひざまずいた。老人は娘を立たせ、親切に愛情をこめてにっこり笑ったので、わたしは、特殊な、圧倒するような性質の感情を意識した。それは、飢えからも塞さからも、また暖かさからも食べものからも、今までにかつて味わったことのないような、苦しさと楽しさの入り混ったもので、その感動に堪えられなくなって、わたしは窓から離れた。
「そのあとですぐ、若い男が薪をどっさり肩にかついで戻ってきた。娘はそれを戸口に迎え、手を貸してその荷を下ろさせ、その燃料を少しばかり家のなかに持って入って炉にさし込んだ。それから娘と若い男は、家の片隅に行き、男が大きなパンとチーズを出してみせた。娘は喜んだ様子で、菜園から野菜類を少し取って来てそれを水につけ、火にかけた。そのあとでさっきの仕事を続けたが、若い男は菜園に入り、せっせと土を掘り起して根菜を抜いているらしかった。こうして一時間ほどその仕事をやったあとで、二人はいっしょに家に入った。
「老人はそのあいだ、もの思いに沈んでいたが、二人の姿を見ると、もっと元気な様子を見せ、みんなで食事にかかった。食事はたちまちのうちにすんでしまった。娘は家のなかをせっせと取りかたずけ、老人は若者の腕によりかかって、家の前の陽のあたるところを三、四分歩きまわった。この二人のすぐれた人間の対照にまさる美しいものはあるはずがなかった。一人は、年老いて、銀髪の、慈愛に輝く顔をしていたし、若者のほうはすらりとした優柔な姿で、顔立ちもじつに美しい均斉を保っていたが、ただその眼と態度は、極度の憂愁と意気沮喪を表わしていた。老人は家に戻り、若者は、朝使っていたものと違う道具をもって畠をよこぎって行った。
「じき、夜になったが、この百姓家の人たちが細長い蝋燭を使って光を延長する手段をこころえているのを知って、わたしはひどく驚嘆した。そして、陽が沈んでも、わが隣人たちを見守ることで味わった歓びが終りにならないことがわかって、嬉しかった。その晩、若い娘と男は、私にはなんのことかわからないさまざまな仕事に精を出し、老人は楽器をまた取りあげて、今朝わたしをひきつけたあのたまらなくよい音を出した。老人がそれを終るとすぐ、今度は若者が、老人の楽器の和音にも小鳥の歌にも似ない単調な音を、弾かずに出しはじめた。あとになってからそれは、大きな声で本を読んだのだということがわかったが、そのときにはまだ、ことばや文字の学問のことを何も知らなかったのだ。
「三人はしばらくこういうことをやったあとで、燈を消して引っ込んだが、わたしの推察では、それは休むためであった。


     12 フェリクスの家族


「藁の上に寝たが眠れなかったので、その日に起ったことを考えてみた。わたしを主として打ったのはこの人たちのやさしい態度であって、そのなかに加わりたいとおもったが、それもできかねた。前の晩に野蛮な村人から受けた仕打ちをあまりによくおぼえているので、これからさきどういう行為を正しいと考えてするにしても、とにかく今のところ努力しようと決心した。
「家の人たちは、翌朝、日の出前に起きた。娘が家のなかを取りかたずけてから食事のしたくをし、最初の食事が終ってから若い男が出ていった。
「この日は前の日と同じような日課で過ぎ去った。若い男はたえず外で仕事をし、娘は中でさまざまなほねのおれる仕事をした。老人は、まもなく盲だということがわかったが、楽器を手にしたり考えことをしたりしてひまをつぶした。若い人たちの老人に対して示した愛情と尊敬にまさるものはなかった。二人がやさしく愛情と義務からのあらゆるこまごました世話をすると、老人はそれに慈悲ぶかい笑顔で答えるのであった。
「みんながまったく幸福なのではなかった。若い男と娘は、たびたび、出て行っては泣いた。わたしにはその不幸の原因はわからなかったものの、それには深く心を動かされた。こんな愛らしい人たちがみじめであるとすれば、できそこないでひとりぼっちの存在である私が不幸なのは、ちっともふしぎでなかった。それにしても、このやさしい人たちがなぜ不しあわせなのだろう。楽しい家(わたしの眼から見れば)やあらゆるぜいたくなものをもち、冷える時にあたたまる火や、空腹な時に口にするおいしい食物をもっていて、りっぱな着物を着、そのうえにおたがい仲間があって話しあい、毎日愛情と親切のまなざしをかわしているのだ。この人たちの涙は、いったい何を意味するのか。ほんとうに苦しみを表わしているのだろうか。はじめのうちは、こういう疑問を解くことができなかったが、たえず注意し、時か経つにつれて、最初は謎であったいろいろのことがわかってきた。
「しばらく経ってから、この愛すべき家族の不安の原因が一つわかった。それは貧乏であって、そのためにひどく難儀しているのだった。この人たちの栄養は、菜園の野菜と一頭の牝牛の乳がその全部で、その牛だって、主人たちが満足に餌料をやれない冬には、乳はごく僅かしか出なかった。わたしの見るところでは、この人たちはしばしば、甚しく空腹に悩み、わけても若い二人がひどくて、自分たちは何も食べずに老人の前に食べものを置くことも一度や二度ではなかった。
「この思いやりの深さには、わたしは強く感動した。はじめは夜のあいだに、自分が食べべるために、この人たちの貯えの一部を盗むことにしていたが、そうすることがこの家の人たちを苦しめることがわかると、それをやめて、近くの森で集めてきた苺、胡桃、根菜の類で満足した。
「わたしはまた、この人たちのほねおりを助ける別の手段を見つけた。若者が毎日燃料にする薪を集めるのに長い時間をついやしているのを知って、夜のあいだにときどき、使い方をすぐおぼえたその道具を取り出して、数日間も燃やせるぐらいの薪を取ってきて置いてやった。
「はじめてそれをしてやった時には、娘は、朝、戸をあけてみると、外に薪の山があるのを見つけて、ひどく驚いた様子であった。そこで大声で何か言うと、若者か出てきたが、これもびっくりしたもようだった。若者がこの日、森に行かずに、家の修理や菜園の耕作で一日を過ごしたのを見て、わたしは嬉しかった。
「わたしは、そのうちにだんだんと、もっと重要な発見をした。この人たちが、自分の経験や感情をそれぞれ区別のある声音で、おたがいに伝えあう方法をもっていることがわかったのだ。この人たちの話すことばが、ときには聞く者の心や顔いろに歓びや苦しみ、笑顔や愁いを起させるのに、わたしは気がついた。これはじっさい神さまのような術であって、わたしは熱烈にそれをおぼえたいとおもった。しかし、そのためにいろいろとやってみたが、失敗してしまった。この人たちの発音が速くて、話されることばが眼に見える対象となんら明白な結びつきもないので、何のことを言っているのか、その秘密を解く手がかりを見つけることができなかった。けれども、さんざん苦労したあげく、小屋のなかで数箇月暮らすあいだに、いちばんよく話に出てくるものについている名まえがわかってきた。たとえは牛乳パンなどということばをおぼえ、使ってみた。それから、この家の人たちの名もおぼえた。若い連中の名まえはいくつもあったが、老人はお父さんというたった一つの名まえで呼ばれた。娘はとかアガータ、若い男はフェリクス兄さんせがれなどと呼ばれた。こういった声音に当てはまる観念を知り、それを発音できるようになったときに感じた歓びは、とても言い表わせない。まだ、理解したり使用したりするところまではいかなかつたが、良いかわいい不しあわせというような、そのほかのいろいろのことばも区別できるようになった。
「冬はこんなふうにして過ごした。家の人たちのやさしい態度と美しさは、わたしに、この人たちを大いに慕う気もちを起させ、この人たちが不幸のときにはがっかりし、この人たちの喜ぶときにはその喜びに同感した。この人たちのほかには、人はあまり見かけず、誰かほかの者がたまたま家に入って来ることがあっても、その連中の粗野な態度や荒々しい歩きぶりは、この家の人たちのりっぱな態度をきわだたせるだけのことであった。老人がしばしば子どもたちを励まし、ときどき老人が呼ぶときにわかったことだが、憂欝を振り払わせようと努力していることは、わたしにも読み取れた。老人は、わたしさえ嬉しくなるような善良さを現わして、快活な口調で話をした。アガータは尊敬の念をこめてそれを聞き、その眼には涙が溢れることもあったが、そんなときはそれをそっと拭き取るようにしていた。しかし、だいたいにおいて、父親に言って聞かされたあとでは、その顔いろや声の調子がずっと快活になるのがわかった。フェリクスのばあいは、そうではなかった。いつでも家族のなかでいちばん悲しそうにしており、わたしの未熟な感じから言ってさえも、ほかの者より深く悩んでいるように見えた。しかし、顔いろのほうはもっと悲しげであったとしても、声は、老人に話しかける時には、妹の声より快活であった。
「ちょっとしたことではあるが、この愛すべき人たちの気性を示す実例を、いくらでも挙げることができる。貧窮と欠乏のさなかにありながら、フェリクスは、雪のつもった地面から首を出した最初の白い花を、喜んで妹に持ってきてやった。朝早く、妹の起きる前に、牛小屋へ行く道をふさいだ雪を掻きのけたり、井戸から水を汲んできたり、納屋から薪を運んできたりしたが、その納屋のなかには、眼に見えない手でいつも補充される薪の貯えがあるのを見て、しじゅう驚くのだった。日中はときどき、近所の百姓家の仕事をすると見え、よく出かけて夕食まで帰らず、薪を持って来なかった。また、ときには、菜園で働いたが、霜のおく季節にはすることとてもあまりなかったので、老人とアガータに本を読んでやった。
「この、本を読むということが、最初は、わたしにはどうしてもわけがわからなかったが、そのうちに、だんだん、読んでいるさいに、話をする時と同じことをいろいろと喋ることがわかった。だから、わたしは、フェリクスのわかることばのしるしが紙の上にあるのだろうと推測し、しきりにそれを理解したいと考えたが、ことばのしるしどころか、かんじんのことばの音さえわからないのに、どうしてそんなことができよう。けれども、この知識は眼に見えて進歩したとはいえ、全心を捧げて努力しても、会話だってろくすっぽわかりっこはなかった。わたしは、家の人たちの前に姿をあらわしたくてしかたがなかったけれども、ことばをまずおぼえこまないうちは、そんなことをしてはいけない、それさえわかれば、この人たちも、わたしの畸形を、見のがしてくれるだろう、ということが、すぐわかった。というのは、わたしの眼にひっきりなしに見せつけられる対照も、わたしにこのことを教えてくれたからだ。
「わたしは、この人たちの申し分のない姿――その愛嬌と美しさと品のよい顔色を讃歎したが、自分を澄んだ池の水に映してみたとき、どんなに慄いあがったことだろう! はじめのうちはその水鏡に映ったものがほんとうにわたしであるとは信じかねてたじたじとなり、自分が実際にそういう怪物であることをよくよく確めると、激しい落胆と無念の感にみたされた。ああ! けれども、わたしにはまだ、こういうみじめな畸形の致命的な効果がとことんまでわかったわけではなかった。
「陽の光が暖かくなり、日が長くなると、雪が消え、裸の木と黒土が見えた。このころからフェリクスは、仕事で忙しくなり、同情の念をそそらずにいられないようなさし迫った飢餓の徴候はなくなった。あとでわかったことだが、食べものは粗末ではあったが、健康にはよかったし、足りなくなるようなことはなかった。いくつか新しい種類の植物が菜園に芽ばえると、それを調理した。こういう安楽のしるしは、季節が深まるにつれて日ごとにふえていった。
「老人は、雨が降らないときは、毎日、正午に、息子によりかかって散歩した。天から水が降りそそぐとき、それが雨と呼ばれることは、わたしにもわかった。雨はたびたび降ったが、強い風がたちまち地面を乾かし、季節はますます快適になってきた。
「小屋のなかでのわたしの暮らしぶりは、変りがなかった。朝のうちは家の人たちの動静に注目し、みんながそれぞれにいろいろな仕事に就くと、わたしは眠り、それから後はまた、家の人たちを観察して過ごした。みんなが寝床に引っこんでしまうと、月が出ているか、星明りがあるかすれば、森へ入りこんで、自分の食べものと家へ持って帰る燃料を集めた。戻ってくると、その必要があるたびに、道路の雪を払ったり、フェリクスがやるのを見ておぼえた仕事をしたりした。眼に見えない手がやってくれたそういうほねおり仕事を見て、この人たちがたいへん驚いたことは、あとになってわかった、このばあい、天使すばらしい、といようなことばが出るのを、一、二度耳にしたが、当時はまだ、そういったことばの意味がわからなかった。
「わたしの考えは、今や、いよいよ活溌になり、この愛すべき人たちの動機や感情を見つけたくてたまらず、なぜにフェリクスがあんなふうにみじめに見え、アガータがあれほど哀しげに見えるのかを、なんとかして知りたかった。わたしの力で、この人たちに、当然の幸福を取りかえしてやれるかもしれない、と、わたしは考えた(ばかなやつだ!)。眠っているか、そこに居あわさない時でも、尊敬すべき盲の父親や、気だてのやさしいアガータや、りっぱなフェリクスの姿が、わたしの眼の前にちらつくのだった。わたしはこの人たちを、自分の未来の運命を定めてくれる人たちだと見なし、この人たちの前に出て、迎えてもらう姿を、あれこれといろいろに想像した。嫌われるかもしれないが、自分のおとなしい態度と穏かなことばで、おしまいにはまずこの人たちに好意をもたれ、それからさらに愛されるだろうと想像したのだ。
「そう考えると励みが出て、ふたたび新しい熱心さをもって、ものを喋る術を身につける勉強をした。わたしの発音器官はなるほど粗っぽかったが、しなやかだったので、家の人たちの語調のやわらかな音楽とは似てもつかないものではあったにしろ、自分のわかるようなことばを、それほどぎこちなくもなく発音した。それは驢馬やちんに似てはいたが、それにしても、べつに他意のないおとなしい驢馬ならばたしかに、その態度がぶざまだったところで、殴られたり憎まれたりするよりはまだましな待遇を受けるはずだ。
「春の気もちのよい驟雨と温和な暖かさで、大地の相貌は大いに変った。この変化が起るまでは洞穴に隠れていたように見える人々は、それぞれに散らばって、耕作のいろいろな仕事に従事した。鳥たちがいっそう快活なしらべで歌い、木の葉が芽を出しはじめた。幸福な、幸福な大地よ! つい先ごろまで荒涼として湿っぽく、健康に悪かったのに、今では神々の住まいにもふさわしい。自然の魅惑的な姿に接して、わたしも元気になった。過去はわたしの記憶から消え去り、現在は平穏無事になって、未来は希望の輝かしい光線と歓びの期待とで、黄金の色に輝いた。


     13 アラビア娘の来訪


「さて、話を端折って、もっと大事なところに入るとしよう。で、以前のわたしを今のわたしに変えた気もちを 押しつけられた出来事について、つぎに述べることにする。
「春はたちまちのうちにたけなわとなり、天気がよくなって、空には雲もなかった。以前は荒凉として陰欝だったものが、今はすこぶる美しい花や線で燃え立つばかりになったのには、驚いてしまった。わたしの感覚は、無数の気もちのいい香り、無数の美しい眺めでもって、満足させられ、元気づけられた。
「こういった日がつづいているうち、ある日、家の人たちが定期的に仕事を休んで――老人がギターを弾き、若い者たちがそれに耳を傾けていた時のことだったが、わたしが見ていると、フェリクスの顔いろがなんとも言いようのないくらい憂欝で、しきりにためいきをついた。すると、父親が、一度はその音楽をやめて、息子の悲しみの原因を尋ねたことが、そのしぐさで察しられた。フェリクスは快活な口ぶりで答え、老人がふたたび音楽をはじめたとき、誰かが戸をたたいた。
「それは、馬に乗って土地の者を道案内につれた婦人であった。婦人は黒っぼい色のスーツを着、黒の厚いヴェールをかけていた。アガータが何か尋ねたが、それに対してその見知らぬ婦人は、美しい声で、フェリクスの名を言うだけであった。その声は音楽的だが、この家の人たちの誰の声とも似ていなかった。それを聞いてフェリクスが急いでそのそばへ行くと、婦人はそれを見てヴェールをはずしたので、天使のような美しさと表情に溢れている顔が見えた。髪の毛は黒光りがして、妙なぐあいに編みあげてあった。眼は黒かったが、いきいきとしていながらやさしかった。顔立ちは整っており、肌の色は驚くほど美しく、頬は愛らしい薄桃色だった。
「フェリクスは、この婦人を眼にすると、歓びにすっかり心を奪われたらしく、悲しみのあとかたもない顔になって、そんなことがありうるだろうかとわたしが信じかねたほど、たちまち有頂天の歓びを見せた。こうして、頬が嬉しさに紅潮すると、眼が輝き、その瞬間にわたしが、この男も御婦人と同じように美しいなと考えたくらいだった。婦人のほうは、それとは違った感情に動かされたように見え、その愛らしい眼の涙を拭きながら、フェリクスに手をさし出すと、フェリクスはむちゅうになってその手に接吻しながら、わたしにわかったかぎりでは、あいてを僕の美しいアラビア人と呼んだ。婦人はそのことばがわからなかったらしかったが、それでもにっこり笑った。フェリクスは、手を貸して婦人を馬から下ろし、案内人を帰してから、婦人を家のなかに連れて来た。息子と父親のあいだで何やら会話が交され、その見知らぬ婦人が老人の足もとにひざまずいて、その手に接吻しようとしたが、老人はそれを立たせて、愛情のこもった抱擁をした。
「見知らぬ婦人は、明哲な声で語り、自分の国のことばで話しているように見えたが、それは、この家の人たちの誰にもわからず、婦人のほうでも、この人たちの言うことはわからない、ということに、わたしはすぐ気づいた。みんなはわたしにはわからない手まねをいろいろしたが、ただわたしにも、この女の人が現われたことが、家じゅうに喜びを満ちわたらせ、太陽が朝霧を払うように、この人たちの悲しみを払ったことは、わかった。フェリクスはとりわけ幸福らしく、歓びにほころんだ笑顔で、このアラビア人を歓迎した。アガータ、いつも気だてのやさしいアガータは、美しい客人の手に接吻し、兄を指して、あなたがおいでになるまでは悲しんでいたのです、というように見える手まねをした。数時間がこうして経ち、そのあいだ、みんなの顔には喜びが浮んでいたが、わたしには、その原因がのみこめなかった。まもなくわたしは、客の婦人が、いくつかのことばを家の人たちにならって何度もくりかえして発音しているので、婦人がこの国のことばをおぼえこもうと努力しているのだ、ということがわかった。そこで、わたしにも、同じ目的のために、同じ教わり方をしてやろう、という考えが、たちまち起った。婦人は最初、二十ばかりのことばを教わってそれをおぼえた。その大部分はたしかに、前からわたしにも解ってはいたが、そのほかのものについても得るところがあった。
「夜になると、アガータとアラビア人は早く寝室へ引き取った。わかれるときフェリクスは、その婦人の手に接吻して言った、『おやすみ、サフィー。』フェリクスはずっと後まで起きていて、父親と話していたが、その名まえを幾度となくくりかえしたので、あの美しい客人のことが話題になっているのだということが察しられた。わたしはその話をなんとかして理解したいと考えたが、それはてんで不可解だということがわかった。
「翌朝、フェリクスは仕事に出かけた。それから、アガータがいつもの仕事をかたずけたあとで、アラビアの婦人は、老人のすぐ前に腰かけて、ギターを取りあげ、心も溶ろけるほど美しい曲をいくつか弾いたが、それを聞くと、わたしの眼から悲しみと歓びの涙が同時にこぼれた。この人が歌うと、その声が森の夜鶯のように、あるいは溢れ高まり、あるいは絶えだえとなって、豊かな抑揚で流れ出した。
「客人が歌い終ると、ギターをアガータにわたしたが、アガータははじめそれを辞退した。アガータは単純な曲を弾き、美しい声調でそれに合せたか、客人の珍らしい歌とは違っていた。老人はほれぼれとして聞いていたらしく、何か喋ると、それをアガータがサフィーにほねおって説明してやったが、これは、あなたの音楽のおかげでたいへん楽しい思いをしたということを、表わそうとしているらしかった。
「それからというものは、家の人たちの顔に悲しみに代って喜びが浮んだことだけが変ったほかは、毎日毎日が、前と同じく平和に過ぎていった。サフィーはいつも楽しく幸福だった。サフィーとわたしは、たちまちのうちに単語をいろいろおぼえこみ、二箇月も経つと、わたしは家の人たちの話すことばがたいていわかるようになってきた。
「そのあいだに、黒い地面は草に蔽われ、緑の堤には、数えきれぬ花々が色も香も美しく咲きみだれ、星は月夜の森の梢に蒼白く輝いた。太陽はますます暖かくなり、夜は晴れて爽かになった。わたしの夜の散歩は、日の入りが遅く日の出が早くなったために、ずいぶん短かくなったが、わたしはこのうえもなく楽しかった。というのは、最初わたしが入りこんだ村でのようなひどい目に会うのは、もう懲り懲りだったからだ。
「ことばをもっと速く習得するために、日中は周到な注意を払って過ごしたので、わたしが、アラビアの婦人よりもっと速く上達したことを誇っていいかもしれない。アラビアの婦人はなかなか解らず、めちゃくちゃな語調で話をしたが、わたしのほうは、話に出てくるほとんどすべてのことばを解し、また、それをまねることもできた。
「話が上達するかたわら、客の婦人に教えられる文字の知識までわたしは学んだ。すると、そのために、驚異と喜びの広い分野がわたしの前に開けてきた。
「フェリクスがサフィーに教えた書物は、ヴォルネーの『諸帝国の没落』であった。それを読むとき、フェリクスがあまりこまかい説明をしなかったとしたら、わたしにはこの書物の内容がわからなかったにちがいない。フェリクスの言うところでは、朗読に適するこの文体が、東方の著者たちにまねて作られたものであるから、この書物を選んだ、ということであった。この著作を通じて、わたしは、歴史のあらましの知識と、世界に現存するいくつかの帝国の概観を得、地上のそれぞれに違った諸民族の慣習、統治、宗教等を知ることができた。わたしは、怠惰なアジア人のこと、ギリシア人のすばらしい天才や精神的活動のこと、初期ローマ人の戦争や驚歎すべき徳行――その後の堕落――のことを、その大帝国の没落のこと、騎士道、キリスト教、王などのことを聞いた。アメリカ半球の発見のことも聞き、サフィーといっしょにその原住民の不幸な運命に泣きもした。
「こういう驚くべき話を聞いて、わたしはへんな気がした。人間はほんとうに、こんなに力強く、こんなに徳があって堂々としていながら、しかも同時にこんなに悪徳の卑劣なものであろうか。人間は、ある時には、悪のかたまりの子孫でしかないように見え、またあるときは、高貴なもの、神のようなものについておよそ考えられろかぎりの存在のように見えた。偉大で有徳な人になることは、心あるものに与えられる最高の名誉のように見えたし、ものの本にたくさん出てくるように、下劣で悪徳にみちていることは、いちばん下等な堕落、つまり盲のもぐらや毒にも薬にもならない蛆虫にも劣る卑しい状態のようにおもわれた。人がその仲間をどうして殺しに行くようになるのかということが、いや、それどころか法律や政府がなぜあるのかということが、長いことわたしにはわからなかったのだ。けれども、悪事や流血のことを詳しく聞くにおよんで、もう驚かず、嫌悪感に胸がむかむかしてわきを向いた。
「この百姓家の人たちの話は、こうして、今やみな、新しい驚異を呼びおこした。フェリクスがアラビア人に教えることを聞いていると、人間社会のへんてこなしくみがわたしにもわかった。財産の分配のこと、巨万の富やあさましい貧乏のこと、身分、家柄、高貴な血統のことなどを、わたしは聞いた。
「こういうことばを聞いて、わたしは、自分をふりかえってみた。わたしは、人間のいちばん貴ぶ所有物が、富と結びついた高い混り気のない家柄だということを聞いた。そういった利点のうち一つだけをもっていても、人は尊敬されるにちがいないが、どちらももたないとすれば、ごくまれなばあいを除いて、無頼漢や奴隷と考えられ、自分の力を選ばれたごく少数の者の利益のために浪費する運命にあるのだ! ところで、わたしは何者だろう。自分の造られたことと造りぬしのことについては、まったく何も知らなかったが、自分が金もなく、友だちもなく、財産らしいものもないことは知っていた。のみならず、おそろしく畸形な嫌らしい姿を与えられていて、人間と同じ性質のものでさえもなかった。わたしは人間よりもっとすばしこかったし、もっと粗末な食べものでも生きていけた。極度の暑さ寒さも、わたしのからだにはあまりこたえなかったし、わたしの背丈は人間よりずっと高かった。あたりを見まわしても、自分と同じような者は見たことも聞いたこともなかった。それならわたしは、人間がみな自分から逃げ出し自分を寄せつけないような、ひとつの怪物、地上の汚点なのであろうか。
「こういった反省がわたしに与えた苦悩は、お話のしようもなく、それを払いのけようとしたが、知識が深まるにつれて悲しみは増すばかりであった。ああ、最初の土地の森にいつまでも居たら、飢え、渇き、寒暑の感覚以上のことを知りも感じもしなかったのに!
「ものを知るということは、なんとおかしな性質のものだろう! それは、ひとたび心を捉えたとすれは、岩についた苔のように心に纏いついてくる。わたしはときどき、あらゆる思想と感情を払いのけようとおもったが、苦痛の感じに打ち克つには、たった一つの手段しかない――それは死である、ということを知ったが、わたしの恐れたこの死というものがどんなものかは、まだわからなかった。美徳や善良な感情というものには感心し、この家の人たちのやさしい態度や人好きのする性質を好みはしたものの、ただわたしは、この人たちとの交際から閉め出されていて、人目をはばかって誰も知らないうちにこっそりと何かをしてやるのが関の山だったが、そのことに、この連中の仲間になりたいという願望を満足させずに、かえってそれを募らせるのだ。アガータのやさしいことばも、魅惑的なアラビアの婦人のいきいきとした笑顔も、わたしに向けたものではなかった。老人の柔和な訓えも、愛すべきフェリクスの溌剌とした話も、わたしに向けたものではなかった。みじめな、不しあわせなやつ!
「それよりももっと深く、心に刻みつけられた教訓が、ほかにあった。わたしは、両性の違いのあること、子どもが生れて大きくなること、父親が赤ん坊のにこにこするのや、もっと大きい子の勢よく跳びまわるのに、どれほど目を細くして悦ぶかということ、母親の生活と心づかいがすべて大事な子どもたちにどれほど注がれるかということ、若者の心がどんなふうに伸びひろがって知識を獲得するかということなどを聞き、一人の人間を他の人間に相互に結びつける兄弟、姉妹、その他さまざまの親縁関係のことを聞いた。
「しかし、わたしの友や親戚はどこにいる? わたしの赤ん坊のころを見守ってくれた父も、笑顔と心づかいをもって祝福してくれた母もないのだ。もし、あったとしても、わたしの過去の生活はすべて、今ではひとつの汚点、目の見えぬ空白であって、自分には何ひとつわからなかった。物心がついでからこのかた、わたしの身の丈もつりあいも今のままだった。いまだかつて、自分に似た者、自分とつきあいたいという者に、出会ったためしがなかった。自分はいったい何なのだろう? この疑問がまたまた首をもたげてきたが、それに対する答えはただ唸ることだけだった。
「こういう感情がどう傾いたかは、まもなく説明することにするが、ここでは母家の人たちに話を戻すことにしょう。この人たちの話を聞いて、憤り、歓び、驚きなどいろいろの感情が、起ったが、しかしそれは、このわたしの保護者たち(わたしは、無邪気な、半分は苦しい自己偽瞞から、この人たちをそう称するのを好んだので)に対する愛情と尊敬をいや増すだけのことであった。


     14 家の人たちの身の上


 この人たちの身の上ばなしを知ったのは、しばらく経ってからのことだった。それは、わたしの心に深い感銘を与えずにおかない話で、数々の事情をさながらにくりひろげたが、わたしのような、まったくの世間知らずには、どれもこれもおもしろく、びっくりするようなことてあった。
「老人の名は、ド・ラセーといった。フランスの名門の出で、多年その国で裕福に暮らし、目上の者には尊敬され、同輩には愛された。息子は国務に服するように教育され、アガータは最上流の貴婦人と同列にあった。わたしがここに着く数箇月前までは、この人たちはパリと呼ぶ豪奢な大都会に住んでいて、友人たちに取り巻かれ、相当の資産をもち、美徳や洗煉された知力や趣味などをもってあらゆる歓楽を味わっていたのだ。
「サフィーの父親が、この人たちの破滅の原因であった。この父親というのは、トルコの商人で、永年パリに住んでいたが、わたしの知らない何かの理由で、そのとき政府の忌憚に触れ、サフィーがコンスタンチノープルから来て、父親のもとに到着したちょうどその日に、逮捕されて牢獄にぶちこまれ、裁判を受けて、死刑を宣告された。この宣告の正しくないことはまぎれもなかったので、パリじゅうが憤激し、でっちあげられた犯罪というよりもこの人の宗教と富が、この断罪の原因であると判断された。
「フェリクスはたまたまこの裁判を聴いていたが、法廷の決定を耳にすると、恐怖と憤激を抑えることができなかった。そして、その瞬間、この人を救おうと厳粛な誓いを立て、それからその手段を求めていろいろ考えをめぐらした。監獄に入れてもらうために手を尽してみてうまくいかなかったが、そのあとで、厳重に格子をはめた窓のところに、この建物の隙を見つけた。それはこの不運なマホメット教徒の入っている地下牢の明りとりであった。この不運な男は、そこで鎖でつながれ、絶望したまま無残な刑の執行を待っているのだった。フェリクスは夜、その鉄格子のところに来て、自分が助けでやるつもりだということを知らせた。このトルコ人は、驚き、かつ喜び、莫大な報酬をさしあげると約束して、自分を救い出そうとする者の熱心さを煽り立てようとした。フェリクスはこの申し出を軽蔑して斥けたが、そのとき、父親のところに来るのを許された美しいサフィーが、身ぶりでもって感謝の念を強く表わしたのを見て、若いフェリクスは、この囚人は自分のほねおりと危険に十分に報いるだけの宝をもっていると、心中ひそかに思わないわけにいかなかった。
「トルコ人は、自分の娘がフェリクスの心に与えた印象にいち早く気づいて、自分がすぐ安全な場所に伴れていかれたら、娘と結婚していただいてもよろしいと約束して、フェリクスの心をもっと確実につかもうとした。フェリクスは潔癖だったので、この申し出を受けなかったが、それでも、自分の幸福が完成するのはこの出来事によってであるかもしれないという気がした。
「それから数日かかって、この商人の脱出の準備が進んでいるうちに、フェリクスの熱心さは、あの美しい娘から受け取った数通の手紙のために強められた。娘は、父の家僕でフランス語を解する老人の助けを得て、自分の考えを恋人の国のことばで表わす手段を見つけたのであった。娘は、たいへん熱のこもったことばで、フェリクスが自分の親のためにわざわざ尽してくれることを感謝し、同時に自分の運命をやさしく歎いた。
「わたしはこの手紙を写しておいた。というのは、この小屋に住んでいるあいだに、わたしは、字を書く道具を手に入れる手段を見つけたからだ。手紙はたびたびフェリクスやアガータの手に取って読まれた。お別れする前に、その手紙をあなたにあげましょう。それは、この話がほんとうのことである証拠になるだろうからね。しかし、今は、陽がもうすっかり傾いたから、そのあらましをお話するだけにしておきましょう。
「サフィーの述べたところによると、その母親というのは、キリスト教徒のアラビア人で、トルコ人に捕えられて奴隷にされたが、美貌のおかげで、サフィーの父親にすっかり気に入られ、結婚することになった。サフィーは、自由な身分に生れながらいま陥った奴隷の境涯を受けつけなかったこの母親のことを、語を強めてむちゅうで語った。母親はその娘を、自分の宗教の教義に従って教育し、マホメット教の婦人の信者には禁じられている高度の知力や精神の独立を志すことを教えた。この婦人は亡くなったが、その訓えはサフィーの心に消しがたく刻みつけられた。サフィーは、アジアにふたたび帰り、女部屋の壁のなかに閉じ込められて、今では大なる観念や徳を高めようとする高尚な張りあいに馴れている自分の性分には、とても合いそうもないような、幼稚な娯楽にふけることだけを許されることになりそうなので、いやでいやでしょうがなかった。だから、キリスト教徒と結婚して、婦人が社会的地位を保つことを許される国に居られるとおもうと、嬉しくてたまらなかった。
「トルコ人の処刑の日どりがきまったが、その前の夜に、本人は監房から脱出して、夜が明けないうちにすでにパリから遠く離れていた。フェリクスは、父と妹と自分の名まえで旅券を手に入れた。前もってその計画を父に伝えておいたので、父は旅行を口実にして自分の家を出、娘といっしょにパリの人目につかぬ場所に身を隠して、その芝居に協力してくれた。
「フェリクスは逃亡者を案内してリヨンに行き、モン・スニ峠を越えてイタリアのリヴォルノ市に出、そこで商人は、トルコ領のどこかへ渡る好機会を待つことに決めた。
「サフィーは父親が出発する瞬間までいっしょにそこに居ることに決めたが、出発の前に、娘を命の恩人といっしょにするということをかさねて約束したので、フェリクスもそのことを期待していっしょにとどまり、そのあいだ、ごくあどけない、やさしい愛情を見せるサフィーとの交際を楽しんだ。二人は通訳者を介して、またときには眼にものを言わせて、話をしあい、サフィーは自分の国のすてきな歌をうたって聞かせた。
「トルコ人は二人がこのように親しくなるのをそのままにしておき、若い恋人たちの望みを力づけたが、腹のなかではずっと違った計画を立てていた。自分の娘がキリスト教徒といっしょになるという考えが、がまんのならぬことだったが、冷淡だと思われてはフェリクスの怒りを買うおそれがあった。というのは、みんなの居るこのイタリアの政府に密告することを選ぶことだってやれるかぎり、まだ自分がフェリクスの勢力下にあるのだ、ということを知っていたからだ。そこで、その必要がもはやなくなるまであいてを瞞すことを引きのばし、いざ出発という時にこっそり娘をつれていけるようなさまざまな計画を決めた。その計画は、パリから来た便りのおかげでやりやすくなった。
「フランスの政府は、死刑囚の脱走にひどく怒り、手を貸した者を見つけ出して懲罰するためには労を惜しまなかった。フェリクスの密計はたちまち発覚し、ド・ラセーとアガータは投獄された。この消息が耳に達したので、フェリクスは歓楽の夢から醒めた。自分が自由な空気と愛する者との交際を楽しんでいるあいだに、眼の見えぬ年とった父とやさしい妹が、健康によくない地下牢によこたわっていたのだ。それを考えると苦しかった。そこで、さっそくトルコ人と相談して、自分がイタリアに戻って来ないうちに脱出の好機会をつかむようなことがあっても、サフィーはリヴォルノの尼寺に寄宿生として残していってもらう、ということに話を取り決め、それから、愛するアラビア娘と別れて、大急ぎでパリに帰り、そうすることでド・ラセーとアガータを釈放してもらうことを望んで、法の報復を受けるために自首して出た。
「それはうまくいかなかった。一家三人は五箇月の禁錮の後に裁判を受け、その結果、財産を没収され、永久国外追放を宣告された。
「三人はドイツの百姓家をみじめな隠れ家としたが、わたしはそこでこの人たちを見つけたわけだ。フェリクスはまもなく、自分とその家族がそのためにああいった前代未聞の圧迫を受けた腹黒いトルコ人が、恩人がこんなふうに貧窮と破滅に陥ったのを知ると、善良な感情や体面を裏切って、娘を伴れてイタリアを去り、今後の生計を立てるうえにお助けすると称して、無礼にもはした金をフェリクスに送ってよこしたのを知った。
「フェリクスの胸をむしばみ、フェリクスに報いた出来事というのは、こういうもので、わたしが、家族のうちでいちばんみじめなこの若者をはじめて見たのは、このときであった。貧乏にはがまんできたし、こういう困苦も、自分の美徳を賞め讃えるものであるなら、それを誇りとしたところだが、トルコ人の忘恩と愛するサフィーの喪失は、それ以上につらい、取りかえしのつかない不幸であった。だから、アラビア娘がやって来たことで、今や、フェリクスの魂に、新しい生命が注ぎこまれたのだ。
「フェリクスが富と地位を奪われたという消息がリヴォルノに達すると、商人は娘に、恋人のことはもう考えないで故国へ帰る準備をすることを命じた。気立ての高潔なサフィーは、この命令に踏みつけられたものを感じ、父を諌めようとしたが、父は怒ってそれに取り合おうとせず、圧制的な命令をくりかえした。
「数日後にトルコ人は、娘の部屋に入って来て、自分がリヴォルノに住んでいることがばれたと思われるふしがある。そしたらフランス政府にさっそく引き渡されるだろう、ということを大急ぎで語った。そこで自分は、コンスタンチノープルに行く船を傭っておいたから、数時間のうちにそこへ向って出帆すると、いうのであった。娘は、腹心の召使に世話させることにして後に残し、まだリヴォルノに着いていない財産の大部分をもって、あとでゆっくり自分のあとを追って行かせるつもりであった。
「ひとりになると、サフィーは、このばあい自分の取るべき行動の計画を心のなかで決めた。トルコに住むのはいやなことで、自分の宗教も、感情も、同様にそれに反対した。自分の手に落ちた父の書類から、恋人が国外に追放されたことを聞き、その後に住んでいる地点の名を知ったとき、しばらく躊躇はしたものの、とうとう決心した。自分のものである宝石をいくらかと金を少しばかり持ち、リヴォルノの土地の者ではあるが日常のトルコ語を解する娘を供にして、ドイツに向けて出発した。
「サフィーは、ド・ラセーの家から二十四、五里ばかり離れた町まで無事に辿り着いたが、そのとき供の者が病気になって危篤に陥ってしまった。サフィーはできるかぎりの献身的な愛情をこめて介抱したが、きのどくなことにその娘は死んでしまって、この国のことばがわからず、世間の風習などもてんでこころえないアラビアの婦人は、ひとりぼっちになった。けれども、さいわいに親切な人に出会った。というのは、イタリア人の娘が行き先の地名を言っておいたので、その娘が死んだ後で、二人が泊っていた家の婦人が、サフィーが無事に恋人のいる家に着くように世話をしてくれたのだ。


     15 怪物とド・ラセー老人


 わたしの好きな家の人たちの経歴は、このようなものであった。それはわたしに深い印象を与えた。そのためにわかってきた社会生活のありさまから、わたしは、この人たちの美徳に感心し、人類の悪徳を非難することを学んだ。
「とはいうものの、わたしはまだ、犯罪などというものは、縁の遠い悪事だと考えていた。つまり、慈愛と寛大がたえずわたしの眼の前にあったので、多くの称讃すべき性質が求められ発揮される活舞台に、一役を買って出たいという願望を、わたしの心に呼びおこした。しかし、わたしの知力の進んだことをお話するには、同じ年の八月はじめに起ったひとつの出来事を省略するわけにいかない。
「ある夜、自分の食べものを集めたり家の人たちの薪を取ったりする近所の森に、いつものように出かけたさい、わたしは、衣類数点と数册の書物の入っている革の旅行鞄が、地面に落ちているのを見つけた。わたしは、いっしょうけんめいにその獲物をつかんで、小屋に戻った。書物はさいわい、小屋でその初歩を習いおぼえたことばで書かれてあったが、見るとそれは『失楽園』、『プルタルコス人物伝』の一巻、『ヴェルテルの悲しみ』であった。こういう宝物が手に入ったので、わたしは、このうえもなく喜び、家の人たちがいつもの仕事をしているあいだに、これらの書物についてたえず自分の心を磨きかつ働かせることにした。
「書物の影響をお話するのは、なかなか、できそうもない。それは、ときにはわたしを有頂天にする新しい想像力と感情を限りもなく心のなかに湧き立たせもしたが、失意のどん底に投げ込むことのはうが多かった。『ヴェルテルの悲しみ』のなかには、その単純で感動的な物語の興味のほかに、今までわたしにわからなかった事がらについて、いろいろ多くの意見が述べられ、多くの見方が示されてあったので、わたしはそのなかに、尽きることのない思索と驚異の源泉を見つけた。それに書いてあるやさしい家庭的な習慣は、自己以外のものを目的とする高潔な情操や感情と結びつき、家の人たちのあいだで得たわたしの経験や、自分の胸のなかにたえず生きていた欲求とも、よく一致していた。しかし、ヴェルテルそのものは、かつて見たり想像したりしたよりずっとすばらしい人間で、その性格はなんらのてらいもなく深く沈潜している、と考えられた。死と自殺についての考察は、わたしをすっかり驚嘆させた。わたしはこの立場のよしあしに立ち入るつもりはないが、それでもわたしは、主人公の意見のほうに傾き、何ゆえかはっきりはわからなかったが、その死に涙した。
「けれども、書物を読みながらわたしは、自分の感情や境遇に、個人的にいろいろ当てはめてみた。すろと、それについて読みもしその会話を聞きもした人々と、自分が似てはいるが、同時に妙に違ってもいることがわかった。わたしは、その人々と同感したし、かなり理解もしたが、わたしは精神的にできあがっておらず、頼るものとてもなく、縁つづきの者もなかった。『生きようが死のうが勝手だった』し、死んでも誰ひとり歎いてはくれなかった。わたしの体は醜悪だったし、背丈は巨大だった。これはいったい、どういうことだ? わたしは何者だ? どこから来たのだ? 行き先はどこだろう? こういった疑問がしじゅう起きてきたが、それを解くことはできなかった。
「わたしのもっていた『プルタルコス人物伝』には、古代のいろいろな共和国の最初の建国者の物語があった。この書物は、『ヴェルテルの悲しみ』とはずいぶん違った影響をわたしに与えた。ヴェルテルの想像からは、失意と憂愁を学んだが、プルタルコスは高い思想を教え、ふりかえって見る自分のみじめな境遇からわたしを高めて、古い時代の英雄たちを崇拝させ敬愛させた。わたしの読んだ多くのことがらは、自分の理解や経験を超えていた。わたしは、王国、土地の広大なひろがり、大きな河、はてしのない海などについて、ひどく混乱した知識を得た。しかし、都会や人間のおおぜい集まっているところはまったく知らなかった。わたしの保護者たちの家が人間研究のたった一つの学校であったわけだが、プルタルコスのこの書物は、新しくてずっと大きな行動の場面をくりひろげてくれた。国事に携わって同族を統治したり虐殺したりする人間のことを、わたしは読んだ。自分の身に引きくらべてみたところでは、いわは歓びと苦しみだけの関係においてではあったが、そこにあることばの意味を解したかぎり、美徳に対するたいへんな熱情と悪徳に対する嫌悪感が自分のなかに湧きあがるのを、わたしは感じた。こういう感情に動かされて、わたしはもちろん、ロムルスやテセウスよりは、ヌマ、ソロン、リュクルゴスというような平和な立法者に感服させられた。家の人たちの家長を中心とする生活が、こういう印象を頭にこびりつかせていたのだが、もしも、わたしの人間性に対する最初の開眼が若い兵士などによってなされ、栄誉と殺戮のために心を燃え立たせるとしたら、わたしは違った感情に染まっていたことだろう。
「しかし、『失楽園』は、それとはまた違ったずっと深い感動を与えた。わたしは、手に入ったほかの書物を読んだのと同じように、それをほんとうの歴史として読んだ。それは、自分の違ったものと戦う万能の神の姿を仰いだ時のような、あらゆる驚異と畏怖の感情をひきおこした。それがあまり似ているのに気づいたので、わたしはよく、いろいろな境遇を自分にひきあててみた。わたしは明らかに、アダムと同じように、生きているほかのどんな人間とも結びつけられてはいなかったが、アダムの状態は、そのほかのどの点でも、わたしのばあいとはずいぶん違っていた。アダムは、神さまの手から完全な被造物として出てきたもの、創造者の特別な心づかいに護られた幸福で有望なものであって、性質のすぐれた者と話をし、そういうものから知識を得ることを許されていたが、わたしときたら、まったくみじめで、頼りなく、ひとりぼっちであった。わたしは何度も、魔王サタンを自分の状態にずっとぴったりした象徴だと考えた。というのは、サタンと同じように、よく、家の人たちの幸福を見ると、にがにがしい嫉み心がむらむらと湧きあがってきたからだ。
「もう一つ、別の事情が、こういう感情を強め、ゆるぎないものにした。この小屋に着いてからまもなく、あなたの実験室から持ってきた服のポケットに、何か書類の入っているのを見つけたのだ。はじめのうちはそれをほったらかしておいたが、さて、そこに書いてある文字を判読できるようになると、精を出してそれを研究しはじめた。それは、わたしというものが創造されるまでの四箇月間に、あなたがつけた日記だった。この書類には仕事の進捗のあらゆる段階をこまかに書きつけてあったが、そのなかには、家庭的な出来事の記事もまじっていた。あなたはむろん、その書きもののことをおぼえているはずです。これがそうですよ。わたしというものの呪われた起原に関わりのあることは、何もかもこのなかには書いてある。そういうことになった胸のわるくなるような事情の一部始終が詳しく示され、あなた自身を恐怖感で苦しめ、わたしの激しい嫌悪感を消しがたいものにしたことばで、わたしの忌まわしい醜悪な姿が微に入り細をうがって書いてあるのだ。読んでいてわたしは気もちがわるくなった。苦しくなってわたしは叫んだ、『おれが生を享けた憎むべき日よ! 呪われた創造者よ! おまえでさえ嫌って顔をそむけるような醜い怪物をどうしてつくったのだ? 神さまは哀れだとお思いになって人間を自分の姿にかたどって美しい魅力のあるものにお造りになったが、おれの姿ときたら、似ているのでかえってよけいに忌まわしい、おまえの姿のけがらわしい模型だ。サタンには敬服し激励する仲間や同類の悪魔どもがあるが、おれはひとりぼっちで厭がられている。』
「落胆しきった孤独な気もちでいる時にわたしが考えめぐらしたのは、こういうことだが、母家の人たちの美徳や愛すべく情深い気性を眺めると、わたしは、この人たちが、わたしがその美徳に感服していることを知るようになったら、わたしに同情してわたしの体のできそこないなどは見のがしてくれるだろう、と自分に言い聞かせた。いくら畸形だといって同情と友情を哀願する者を玄関払いすることがあるだろうか。わたしは、すくなくとも絶望せず、自分の運命を決するこの人たちとの会見に際して恥しい思いをしないように、どんな方法でも取ろうと決心した。わたしはこの企てをさらに幾月か延ばした。成功するかどうかが重大なことだったので、失敗したら一大事だぞと心配したからだ。そのうえ、わたしの理解力が毎日の経験ごとに向上しているので、もう数箇月ほど経って、わたしがもっと賢くなるまで、この企てに着手したくない、と考えたのだ。
「そのあいだに、家のなかにはいくつかの変化がおこった。サフィーの居ることが家じゅうを幸福にしたが、また、家のなかがずっと豊かにもなったことがわかった。フェリクスとアガータは、もっと長い時間を娯楽と会話に費し、仕事には召使をつかった。金持ちのようでもなかったが、満足して幸福にしていた。このとおり、みんなの感情が穏かでなごやかなものであったのに、わたしの感情は、日ごとに乱れてきた。知識が増した結果はただ、自分がみじめな宿なしであることを、いよいよはっきりと見せてくれただけのことであった。なるほど、わたしは、希望をもってはいたが、水に映った自分の姿とか、月光の投げた自分など、あの壊れやすい像や変りやすい像を見てさえも、それは消えてしまった。
「わたしは、こんな心配を握りつぶし、二、三箇月の後に受けようと決意した試験に対して、自分を強くしようと努力した。そして、ときには、理性では抑えきれない自分の思想が楽園の野に逍遥し、愛らしく美しい人たちが、自分の気もちに同感し、自分の憂いを吹きはらって、その天使のような顔が慰めの笑いを浮べている、というようなところを空想した。しかし、それはみな夢であって、悲しみを和らげてくれ、考えを共にしてくれるイヴは居なかった。わたしはひとりぼっちだった。創造者に対するアダムの歎願を、わたしはおぼえていた。けれども、わたしの創造者はどこにいるのだ? 創造者はわたしを見棄てておいたし、わたしも、心のつらさに堪えかねてこの創造者を呪った。
「秋はこんなふうにして[#「こんなふうにして」は底本では「こんふうにして」]過ぎてしまった。わたしは、木の葉が枯れ落ち、自然がふたたび、はじめて森や美しい月を見た時にまとっていた、あの荒凉とした吹きさらしの相貌を装ったのを、驚きかつ悲しんで眺めた。けれども、塞い気候はなんとも思わなかった。わたしは、体のつくりが暑さよりも寒さに堪えるのに適していたのだ。しかし、花や、鳥や、夏のあらゆる華美な装いを眺めるのが、何よりの歓びだったのに、そういうものがなくなったとなると、家の人たちにもっと注意を向けてみるしかなかった。この人たちの幸福は、夏を過ぎても減らなかった。この人たちは、たがいに愛しあい、同情しあった。この人たちの喜びは、いずれも相互に依りあっていて、まわりに起る偶発的なことでは中絶させられなかった。この人たちを見ていればいるほど、その保護と親切を得たいというわたしの願望はいよいよ強くなり、この愛すべき人たちに知られ愛されることを心から願い、この人たちの感情のこもったやさしい眼がわたしに向けられるのを見るのが、わたしの野心の極限であった。この人たちが軽侮と恐怖の念をもってわたしから眼をそむけるようなことは、どうしても考えられなかった。この家の戸口に立った貧乏人で、まだ追いはらわれた者はなかったのだ。わたしはたしかに、わずかばかりの食べものや休息よりも大きな宝を求め、親切や同情を欲したのだが、自分にその資格がてんで無いとは思わなかった。
「冬も深くなって、わたしが生命に眼ざめてから、四季がまるまる一めぐりした。このときわたしの注意は、自分を家の人たちに引き合せる計画だけに向けられていた。あれやこれやと、いろいろ計画をめぐらしましたが、最後に決めたのは、盲の老人がひとりでいる時に家に入って行くことであった。以前にわたしを見た人たちが怖れたのは、主としてわたしの姿の不自然な無気味さであった、ということがわかるほど、わたしは賢くなっていたのだ。わたしの声は、耳ざわりではあるが、そのなかには怖ろしいものがなかった。だから、もしも若い連中の居ないあいだにド・ラセー老人の善意ととりなしを得ることができれば、そのために若い人たちに咎められないですむかもしれない、と考えた。
「ある日、地面に散らばった紅葉を陽が照らして、暖かくはなかったが晴ればれとしていたとき、サフィーとアガータとフェリクスは遠足に出かけ、老人は自分から望んでひとりで畄守るすをしていた。みんなが出かけると、老人はギターを取り出し、悲しげであるが甘美な、今までに聞いたことのなかったほど甘美で、しかも悲しみにみちた曲を、いくつか奏でた。はじめのうちは、その顔は歓びに輝いていたが、続けているうちに、考えこみ、悲しみはじめたかとおもうと、おしまいにはとうとう、楽器をわきにおいて、もの思いにふけるのだった。
「わたしの心臓は速く鼓動した。これこそ、わたしの希望を解決するか、それとも怖れていたことが事実となってあらわれるかの、試煉の時であり、瞬間であった。召使たちは近所の市へ出かけていった。家の内も外も静まりかえり、絶好の機会だった。とはいえ、計画をいざ実行に移すとなると、手足がいうことをきかなくなって、わたしは、地面にへたばりこんだ。ふたたび立ちあがって、できるだけの断乎たる力を揮い起しながら、自分の足どりをくらますために小屋の前に立ててあった板を、取りのけた。すると、新鮮な空気にあたって元気が出たので、決意を新たにして家の戸口に近づいた。
「わたしは戸をたたいた。『どなたです?』と老人が言った、――『お入りください。』
「わたしは中に入って言った、『とつぜんに参りましてすみません。わたしは旅の者ですが、ちょっと休ませていただきたいとぞんじまして。ほんのちょっとのあいだ、火のそばに居させていただければ、たいへんありがたいのですが。』
「ド・ラセーは言った、『さあ、お入りになって。お望みに添えるようにはできるでしょうが、あいにく子どもたちが畄守でして、それにわたしが盲なものものですから、食べものをさしあげかねるようなわけですが。』
「『どうぞおかまいなく、食べものはもっていますから。暖まって休めるだけでけっこうです。』
「わたしは膝をおろして、そのまま黙っていた。一分でもたいせつなことはわかっていたが、どんなふうに話をきりだしたらよいか迷った。と、そのとき老人が話しかけた――
「『お客さんは、おことばから察しますと、わたしの国の方のように思われますね。――フランスの方ですね?』
「『いいえ、そうじゃありませんが、フランスの家庭で教育されまして、フランス語しかわからないのです。わたしは今、自分が心から愛する方々、そしていくらかは好意を寄せてもらえそうな気がする方々の保護を願おうと思っているところなのです。』
「『それはドイツの方ですか。』
「『いいえ、フランス人なのです。けれども、話題を変えましょう。わたしは、不しあわせな、見棄てられた者です。どこを見ても、この世には親戚も友人もありません。わたしが目あてにしでいる親切な方々は、わたしを見たことはありませんし、わたしのことはごぞんじないのです。わたしは心配でたまりません。というのは、もしもそこでしくじったとしたら、永久にこの世の追放者になってしまうのですよ。』
「『絶望しなさるな。友だちがないのは、なるほど不運なことですが、人間の心は、明白な利己心に捉われないときは、兄弟のような愛情や慈悲に満ちているものですよ。ですから、希望をつなぐことですね。しかも、その人たちが善良でやさしいのだとしたら、何も絶望なさることはありませんよ。』
「『親切な方々なのです――この世でいちばんりっぱな方々です。ただ、あいにく、わたしに対して偏見をもっているのです。わたしは善良なたちでして、今まで悪事をはたらかず暮してまいりましたし、いくらか人のやくにもたちましたが、致命的な偏見のためにこの人たちの眼が曇って、わたしを思いやりのある親切な友人と見てよいところを、まるで蛇蝎視するだけなのです。』
「『それはなるほどおきのどくですね。しかし、ほんとに疚しくさえなければ、この人たちの非をさとらせることができるのじゃありませんか。』
「『そうしようと思っているところですよ。それで、そのためにいろいろ心配でたまらないのです。わたしはその人たちが心から好きで、知られないようにして、もう幾月も毎日親切なことをしてあげるのを習慣にしていますが、この人たちは、わたしが害を加えるというふうに思いこんでいるのですね。わたしが無くしたいとおもっているのは、この偏見なのです。』
「『その人たちはどこにお住まいですか。』
「『この近くです。』
「老人はちょっと黙っていたが、やがて話をつづけた、『あなたがもし、身の上の話を腹蔵なくうちあけてくださるなら、ひょっとしたらわたしが、その人たちの誤解を解くのにおやくにたつかもしれません。わたしは盲人ですから、お顔を判断することはできませんが、おことばをうかがったかぎりでは、どこかまじめな方のように受け取れます。わたしは、貧乏人で、しかも追放者ですが、何かのことで人さまのおやくにたてたら、ほんとうに嬉しいのですよ。』
「『たいへんおりっぱなことです! ありがとうこざいます。おことばに甘えさしていただきます。御親切のおかげで、泥まみれのところから浮び上れます。お助けいただければ、きっとわたしは、あなたの同胞の方々から追い出されずに、おつきあいと同情を願えるでしょう。』
「『追い出すなんて、そんなことがあるものですか! たとえあなたがほんとうに罪人であったとしても。そんなことをしたら、あなたをそれこそ、ほんとうの絶望に追いこむだけのことで、徳を積ませるようなことにはなりませんよ。わたしだって不運なのです。わたしの一家は、罪もないのに断罪されました。ですから、あなたの不しあわせに思いやりがあるかないか、おわかりになるでしょう。』
「『なんと言ってお礼を申しあげたらよいか、あなたはわたしの、たった一人の、このうえもない恩人です。はじめてわたしは、あなたのお口から親切な声を聞きました。御恩は永久に忘れません。あなたのこの情深さから見て、これからお目にかかろうとしている方々のばあいも、うまくいくという気がします。』
「『その方々のお名まえとお住まいを承ってもいいですか。』
「わたしは黙った。おもうに、これこそ永久に幸福を奪い去られるか、それとも幸福を与えられるかを決する瞬間であった。それにはっきり答えられるだけの確乎としたものをつかもうとして、わたしは、むなしくもがいたが、この努力に、残っている力が根こそぎ引きぬかれ、椅子に半身をのめらせながら、声を出してむせび泣いた。その瞬間、若い人たちの足音が聞えた。一秒だってもうぐずぐずしてはおれなかったが、それでも老人の手を掴んでわたしは叫んだ、『その時が来ました!――わたしを助けで保護してください! あなたとあなたの御家族が、わたしの求めている方々なのです。せっぱつまったこの時こそ、わたしを見棄てないでください!』
「『なんということだ! あなたは誰です?』と老人は叫んだ。
「そのとき家の戸が開いて、フェリクスとサフィーとアガータが入って来た。わたしか見たときのこの人たちの恐怖と驚愕を、誰が形容することができよう。アガータは気絶し、サフィーはそれを助け起すこともできずに家の外へ跳び出した。フェリクスは突進して来て、老人の膝にすがりついていたわたしを、人間わざとおもえない力で引き離し、怒りにまかせてわたしを地面にたたきつけ、棒でわたしを烈しく殴りつけた。獅子が羚羊かもしかを引き裂くように、あいての手足を一本一本引き裂くことまできた。しかし、ひどい病気にかかったみたいで心がめいったので、それも思いとどまった。またまた殴りつけようとしているのを見たので、痛さ苦しさに堪えかね、家を跳び出して、大騒ぎしているあいだに人知れず自分の小屋に逃げこんだ。


     16 怪物の旅


「呪われた、呪われた創造者よ! わたしはどうして生きたのか。ふざけ半分に与えた存在の火花をどうして消しとめなかったのか。わたしにはわからない。まだ絶望しきってはおらず、わたしの感情は怒りと復讐に燃えていた。わたしには、その家と住んでいる者どもをめちゃめちゃにし、その悲鳴とみじめさに腹鼓を打って、喜ぶことだって、できるわけだった。
「夜になると、わたしは、隠れ家を出て、森のなかをぶらついた。今はもう、見つかるのを怖れてびくびくすることもなかったので、おそろしい哮え声をあげて苦悩をぶちまけた。まるで罠を破った野獣のようで、邪魔になるのをたたきこわしながら、鹿のような速さで森じゅうをうろつきまわった。おお! なんというみじめな夜を過ごしたことだろう! 冷たい星が嘲るように光り、裸の木々が頭の上で枝をゆすり、ときおり小鳥の美しい声が宇宙の静寂を破った。自分を除けば、あらゆるものが休むか楽しむかしていた。わたしは魔王のように、おのれの内部に地獄をもち、自分が同情されないのを感じながら、木々を根こぎにしようとし、やがて、まわりというまわりをめちゃくちゃに破壊してやろうと思った。
「しかし、これは、永つづきのしない感情の昂ぶりでしなかったので、体を動かしすぎてへとへとに疲れ、絶望に打ちひしがれたまま、湿った草の上にへたばってしまった。この世の数限りもない人間のなかに、わたしを憫んだり助けたりする者が、一人として無いのに、この敵に対して親切な気もちをもたなくてはいけないのか。否、その瞬間からわたしは、人類に対して、また何よりも、わたしを造り、この堪えがたい不幸へと送りこんだ者に対して、永遠の戦いを宣言した。
「陽が昇り、人声が聞えたので、昼のうちに隠れ家に戻れないことがわかった。そこで、これからの時間を自分の置かれた立場を考えて費すことに決め、とある茂った下生えに身を隠した。
「快い日の光と昼の澄んだ大気のおかげで、かなり平静を取り戻し、あの家で起ったことを考えてみると、自分があまり結末を急ぎすぎたというふうに信じないわけにいかなかった。わたしはたしかに、軽はずみに行動した。わたしの話があの父親に興味をもたせて、事が有利に運びそうに見えたのに、自分の姿を若い人たちの恐怖のなかにさらしたのは、ばかなことだった。ド・ラセー老人と親しくなり、あとの者に、わたしがあとから現われることに対して心の準備をさせてから、みんなの前に出て行くべきであっだ。しかし、このまちがいは、取り返しのつかないものでもないと信じたので、よくよく考えてみたあげく、あの家に戻って老人に会い、事情を訴えて自分の味方につけようと決心した。
「こう考えると気が静まってきたので、午後はぐっすりと寝込んだ。しかし、血が燃え立って、平和な夢は見られなかった。前の日の怖ろしい場面がしじゅう眼の前にちらついて、女たちが逃げ出し、怒ったフェリクスが父親の足もとからわたしを突き離した。ぐったりとして眼をさますと、もう夜になっていたので、隠れ家から這い出し、食べものを探しに出かけた。
「空腹がおさまると、よく知っている道へ歩みを向けて家のほうへ行った。そこではすべてが平穏だった。わたしは小屋に這いこみ、黙って皆のいつも起きる時刻を待っていた。その時刻が過ぎ、陽が高く昇ったのに家の人たちは出て来なかった。わたしは、何か怖ろしい災難でも起ったのかとおもって、がたがた慄えた。家のなかは真暗で、何の動く音も聞えなかった。この不安な苦しみはたとえようもなかった。
「やがて田舎の人が二人で通りかかり、家の近くで立ちどまって、しきりに手まねをまじえて話しはじめたが、その二人は家の人たちのことばとは違う国のことばで話したので、わたしには何を言っているのか見当がつかなかった。ところが、やがてフェリクスが別の人をつれてやって来た。その朝フェリクスが家を出なかったことはわかっているので、わたしはびっくりして、とにかくその話を聞いたうえで、こうして思いもかけず姿を現わしたのは、いったいどういうことなのかを知ろうとおもって、気づかいながら待ちうけた。
「つれの男がフェリクスに言った、『三箇月分の家賃を払って、しかも菜園の作物を手離さなくちゃならないなんて、お考えなおしになったらいかがです。わたしは不当な利益を占めたくはありませんよ。ですから、二、三日よく考えたうえでお決めねがいましょう。』
「フェリクスはそれに答えた、『それにはおよびません。私どもはこの家には、二度と住めないのです。お話したような怖ろしい事情のために、父の命がひどく危いのですよ。妻や妹は、あの怖ろしさからとても立ちなおれないでしょう。お願いだから、もう何も言わないでください。あなたの貸家はお返ししますよ。とにかく私をここから立ち去らせてください。』
「フェリクスはこう言っているあいだもひどく慄えた。二人は家のなかに入り、二、三分も居たかとおもうと出ていった。ド・ラセーの家族の者は、もはや一人も見当らなかった。
「わたしは、その日の残りを、まったくの気のぬけた絶望状態のまま、小屋のなかで過ごした。わたしの保護者たちは立ち去ってしまい、わたしを世間につないでいたただ一つの鎖が断ち切られたのだ。復讐と憎悪の感情がはじめてわたしの胸に溢れたが、わたしはそれを抑えようとはせず、押し流されるままになって、危害と死だけをもっぱら考えていた。わたしの友人たち、ド・ラセーのもの静かな声や、アガータのやさしい眼や、アラビアの婦人のなんともいえない美しさを思うと、そういう考えも消え失せ、涙が溢れ出ていくらか心が慰んだ。しかし、また、この人たちがわたしを足蹴にして棄て去ったことを考えると、怒りが、激烈な怒りが戻ってきて、人間のものを何ひとつ傷つけることがてきなかったので、この憤ろしさを無生物に向けた。夜おそくなってから家のまわりにいろいろな燃えやすいものを集め、菜園のわざわざ作ったらしいものを残らずめちゃめちゃにしてから、逸る心を抑えて、月が沈むまで事を始めるのを待った。
「夜が更けてくるにつれて、森のほうから強い風がおこり、空に低迷していた雲をたちまち吹きはらった。その強風が大雪崩のように押しまくり、わたしの魂のなかで狂乱状態となって、理性や反省のあらゆる束縛を破ってしまった。わたしは一本の乾いた木の枝に火をつけ、おとなしくしている家のまわりを荒々しく踊り狂ったが、眼はただ、月の下端がまさに触れようとしている西の地平線を見つめたままだった。月の円の一端がついに隠れると、わたしは燃える木の枝を振りまわし、月がすっかり沈んだのを見すまし、大きな叫び声をあげて、集めておいた藁やヒースの木や灌木に火をつけた。風が火を煽り、家はたちまち焔に包まれた。焔は家にまといつき、叉になった破滅の舌でそれを舐めるのだった。
「いくら加勢して消しとめようとしても、この家のどこの部分も助りっこない、と見定めると、わたしはまもなく、その場を去って森のなかへ逃げこんだ。
「さてこんどは、この世に抛り出された身が、どこへ歩みを向けたものだろう? この不運の現場から遠くへ逃げ去ることには決めたが、憎まれ蔑まれるこの身にとっては、この国だって同様に怖ろしいにきまっている。とうとう、あんたというものがわたしの心を掠めた。あんたが書いたものから、あんたがわたしの父、わたしの創造者であることを知らされた。わたしに生命を与えた者にお願いするよりほかに適当な方法があるだろうか。フェリクスがサフィーに教えた課業のうちには、地理学も省かれてはなかったので、それによってわたしは、地上のさまざまな国の相対的位置を学んでおいたのだ。あんたの生れた町の名は、ジュネーヴと書き記してあったので、わたしは、この場所に向って行くことに決めた。
「しかし、どうして方角をきめたらいいのか。目的地に達するには西南の方角に旅行しなければいけないことは知っていたが、案内してくれるものは太陽のほかになかった。通過することになっている町の名も知らず、さればといって、一人の人間から教えてもらうこともできなかったが、わたしは絶望しなかった。あんたに対しては憎悪以外の感情をもたなかったものの、救ってもらえるあてがあるのは、あんただけだった。無情な、心ない創造者! あんたはわたしに知覚と欲情を与えておきながら、人間の軽蔑と恐怖の的として突き放してしまった。しかし、あんたにだけは、憐憫と救済を求めたいので、人間の姿をしたほかの誰からも求めても得られなかったあの正義を、あんたに要求することに決めたのだ。
「わたしの旅は長く、受けた難儀もひどいものだった。永らく住みなれた地方を旅立ったのは、秋も晩くなってからであった。わたしは人の顔に出会うのを怖れて夜だけ旅行した。あたりの自然は凋落し、太陽も暖かくはなくなった。雨と雪が身のまわりに降りつけ、大きな河も凍り、土の表面も固く、冷たく、むきだしになって、身を隠すところとてなかった。おお、大地よ! わたしは幾度、自分が存在するにいたった原因を呪咀したことだろう! わたしの性質のやさしいところは消え失せ、わたしの内部のあらゆるものは苦汁と辛酸に変った。わたしは、あんたの家に近づけば近づくほど、復讐の念がますます深く胸のなかで燃え立つのを感じた。雪が降り、水が凍ったが、わたしは休まなかった。いろいろな出来事でときどき方角がわかったし、この国の地図も手に入れたが、たびたびひどく道に迷った。心の苦悶がわたしに休息を許さなかったし、激怒と悲惨のたねとならない事は起らなかった。しかも、スイスの国境に着き、太陽がふたたび暖かくなって、土に緑が見えはじめた時に起った出来事は、わたしの気もちのせつなさ怖ろしさをとくべつに強めた。
「だいたいわたしは、昼間は休んで、人の目につかない夜だけ旅行したけれども、ある朝、道が深い森のなかを通っているのを見て、太陽が昇ってからも思いきって旅をつづけたが、その日はもう春の初めで、美しい日の光や爽かな空気を浴びてつい朗らかになった。わたしは、長いこと死んだように見えていた穏かな楽しい心もちが自分のなかに生さかえってくるのを感した。こういう珍らしい感情をなかば意外に思いながら、その感情に身をまかせ、自分の孤独や畸形を忘れてすっかり嬉しくなった。甘い涙がふたたび頬を濡らし、このような喜びを与えてくれる祝福された太陽をさえ、感謝にうるおった眼で見上げるのだった。
「森のなかのうねりくねった道を辿って行き、おしまいに森はずれに出にが、その森のへりに流れの速い深い川があって、いろいろの木がその上に枝を垂れ、今やいきいきとした春の芽をつけていた。ここでわたしは、どの道を行ったらよいか、よくわからなかったので、立ちどまったが、そのとき人声がしたので、糸杉のかげに身を隠した。わたしが隠れるか隠れないうちに、若い娘が誰かのところから戯れて逃げたのか、わたしの隠れているところに笑いながら走って来た。それから続けて川の岸の崖になったほうに行ったが、そのときとつぜん足をすべらして急流のなかに落ちこんだ。わたしは隠れていたところから跳び出し、やっとこさで強い流れのなかからその娘を助け、岸へ引き上げた。娘は気を失っていたので、息を吹き返させるために、自分の力でできるだけのことをしてやったが、そのとき、とつぜん、この娘と戯れていたらしい一人の百姓男が近づいてきたので、それが遮られた。その男は、わたしを見ると跳んで来て、わたしの腕から娘を引き離し、森のもっと奥のほうへ駈けていった。なぜということもなく、わたしは急いでそのあとを追ったが、その男はわたしが近づくのを見て、手に持っていた鉄砲で、わたしの体に狙いを定めて発砲した。わたしが地面に倒れると、その加害者は、もっと足速に森のなかへ逃げていった。
「さて、これが、わたしの慈悲心の報いだった! 一人の人問を死から救い、その報酬として今、肉と骨とを砕いた傷のみじめな苦痛に悶えるのだ。つい先ほど抱いていた親切なやさしい気もちは、悪鬼のような激怒と歯ぎしりに変った。苦痛に煽られて、あらゆる人間に対する永遠の憎悪と復讐を誓ったが、傷の痛みに堪えかね、脈搏がとまってわたしは気絶してしまった。
「わたしは、受けた傷を治すことに努めながら、何週間も森のなかてみじめな暮らしをつづけた。弾は肩に入って、まだそこに残っているのか、それとも突き抜けたのか、わからなかったか、とにかくそれを抜き取る手段はなかった。わたしの苦悶はまた、こんなふうに危害を加えたことの不正や忘恩に対するがまんのならぬ気もちのために、いっそう強められた。わたしの毎日の誓いは、復讐――わたしが受けた凌辱と苦痛だけを償うような、深刻な、死のような復讐であった。
「数週間の後に傷が治って、わたしは旅を続けた。わたしの堪えてきた旅の労苦は、もはや輝しい太陽や春のそよ風では楽にならなかった。喜びはみな偽りでしかなかった。それは、自分が歓びを享けるように造られていなかったことを、いっそう痛ましく感じさせるものだったのだ。
「しかし、わたしの旅も終りに近づき、それから二箇月後にはジュネーヴの郊外に着いた。
「着いたのは夕方だったが、まわりの野原に身を隠すところを見つけて、どうしたらあんたに会って頼めるかを思案した。わたしは疲労と空腹に参ってしまい、あまりにみじめだったので、夕方のそよそよした風や、雄大なジュラ山脈のむこうに沈む太陽の光景などは、楽しむどころの沙汰ではなかった。
「このとき、すこしばかりまどろんで、こういう苦しい考えからのがれたが、その眠りは一人のきれいな子がやってきたためにさえぎられた。その子はいかにも幼い者らしく喜々として戯れながら、わたしの隠れていた物陰に走り寄って来たが、それを見たとたんに、わたしは、こんな小さい者なら偏見をもつまい、生れてまだまもないのだから畸形をこわがりはすまい、という考えに捉えられた。そこで、この子をつかまえて、自分の仲間として教えこむことができたら、人の住むこの地上でこれほどさびしくはなくなるだろう。
「こういう衝動に襲われて、わたしは、通り過ぎるところをつかまえて、その子を自分のほうに引き寄せた。その子にわたしの姿を見るとすぐ、両手で眼を蔽って甲高い悲鳴をあげたので、その手をむりやり顔から離させて話しかけた、『坊や、なんだってそんなことをするの? 痛い目にあわせるつもりじゃないんだよ。わたしの話を開さなさい。』
「子どもは烈しく身をもがいた。『放してよ、怪物! 悪者! 僕を食べたいんだろう、ずたずたに引き裂きたいんだろう――きさまは人食い鬼だ――放せったら、放さないとお父さんに言いつけるよ。』
「『坊や、もう二度とおまえをお父さんに会わせないよ。わたしといっしよに来るんだ。』
「『怖ろしい怪物め! 放しなよ。僕のお父さんは長官だぞ――フランケンシュタインだぞ――おまえを罰するぞ。僕をつかまえておいたらたいへんだぞ。』
「『なに、フランケンシュタイン! さてはおまえは敵のかたわれだな――その敵におれは永遠の復讐を誓ったのだ。およえを最初の犠牲にしてやるぞ。』
「子どもはなおも身をもがいて、わたしの心に絶望的な形容のことばを浴せかけるので、黙らせようとして喉をつかむと、あっというまに死んで、わたしの足もとによこたわった。
「犠牲になった者を見つめていると、歓喜と悪魔的勝利に胸がふくらんだ。そこで手を叩いてどなった、『おれだって、人を破滅におとしいれることができるのだ。おれの敵は不死身ではない。この子どもが死んだことは、敵に絶望を感じさせるだろう。これから無数の不幸で、そいつを悩ませ滅ばしてやるぞ。』
「子どもをじっと見ていると、胸のところに何か光るものが見えた。手に取ってみるとそれはすこぶる美しい婦人の肖像たった。烈しい悪意をもってはいながらも、それはわたしの気もちを和らげ引きつけた。ちょっとのあいだは喜んで、睫毛の長いその黒い眼や愛らしい唇をじっと眺めたが、すぐにまた怒りが戻ってきて、自分は永遠にこういう美しい人から与えられる歓びには縁がないこと、見るとよく似ているその婦人が、わたしを見たばあい、そのけだかい慈愛に満ちた様子を嫌悪と恐怖を表わすものに変えたにちがいないことを、わたしは憶い出した。
「腹立ちまぎれのこいいう考えを、あんたは無理もないとは思わないか。その瞬間に、自分の気もちをぶちまけて絶叫しながら苦しみ悶えたりしないで、人間のあいだに馳けこみ、それを滅そうとして自分が死ぬようなことにならなかったのは、ふしぎなくらいだ。
「こういう感情に身を任せながら、殺人のおこなわれた地点を去り、もっと人里離れた隠れ家を求めて、空っぽらしく見える納屋に入った。藁の上には、一人の女が眠っていたが、それは若い娘で、たしかに、わたしが持っていた肖像の婦人ほどは美しくなかったが、いやみのない顔立ちで、若さ健かさの美しさに溢れていた。おもうに、その喜びをわかつ笑顔をわたし以外のあらゆる人に見せる者が一人、ここに居るのだ。そこでその娘の上に身かかがめてささやいた、『眼をおさまし、美しい娘さん、おまえさんの恋人がすぐそばに居るよ――その男は、おまえさんの愛情のこもった眼で一目だけ見てもらうなら、命を棄ててもいいのだ。かわいい娘さん、眼をおさまし!」
「眠っているその娘が身じろぎしたので、ぞっとするような怖ろしさが全身を馳けめぐった。ほんとうに眼をさましてわたしを見たら、わたしを呪い、人殺しといって叫ぶだろうか。この隠された眼が開いて、わたしを見るとしたら、きっとそんなふうにするにきまっている。そう考えると気も違いそうになり鬼畜の心がこみあげてきた――おれではない、この娘が苦しむのだ、この娘が与えることのできるあらゆるものをおれが永久に奪われているからこそ、おれの犯した殺人罪をこの娘に償わしてやるのだ。犯罪はこの娘から出ているのだから、刑罰はこの娘に加えるがいい! フェリクスの課業と人間の殺伐な法律のおかげて、わたしはもう悪戯をはたらくことを学んでいた。そこで、娘のほうに身をかがめて、その着物の襞の一つに落ちないように肖像をさしこんだ。娘がまた身動きしたので、わたしは逃げた。
「四、五日のあいだ、そういった活劇の演じられた地点にかよって、ときにはあんたに会いたいと思ったり、またときには永久に世界とその不幸におさらばしようと決心したりしたのです。とうとうわたしは、あんただけが満足のできる燃えるような情熱のままに、この山々にさまよいこみ、その巨大な山奥をつぎつぎと渉り歩いていたわけだ。わたしの要求に応ずるとあんたが約束するまでは、お別れするわけにはいきませんよ。わたしは、ひとりぼっちで、みじめなのだ。人間はつきあってくれないけれども、わたしと同じような、畸形の怖ろしい者なら、わたしを斥けはしないでしょう。わたしのこの相棒は、同じ種族で、しかも同じ欠点をもっていなくてはいけない。そういうものを造ってもらわなくてはいけないね。」


     17 怪物との約束


 怪物は、語り終えて私をじっと見つめながら、返答を待った。しかし、私は、すっかりめんくらい、困惑して、あいての要求の全体を理解するだけに考えをまとめることができなかった。怪物は話をつづけた、――
「生きていくうえに必要な同情を交してわたしといっしょに暮らしていける女性を、あんたに造ってもらわなくてはいけないのです。これはあんたしかできないことだし、あんたの拒むわけにいかない権利として、これを要求するわけですよ。」
 話のあとのほうの部分を聞いて、百姓家での穏かな暮らしの話を聞いているあいだは消え去っていた怒りが、私の心に新しく火をつけたが、今また、これを聞いて私はもはや、自分のなかに燃える怒りを抑えきれなかった。
「そんなことはおことわりだ。いくら僕を苦しめても、同意するわけにいかないよ。おまえが僕をどこまでも不幸な人間に陥し入れるかもしれないが、僕は、この眼で見て自分が卑劣になるようなことはやらないよ。おまえと同じようなものを別に造ってみろ、いっしょに悪事をはたらいてこの世界を荒らすだろう! 行ってしまえ! おまえに対する答えはすんだ。おまえは僕を苦しめるかもしれないが、僕はけっして同意しないぞ。」
 怪物はそれに答えた、「あんたはまちがっているよ。わたしは、脅すわけでなく、あんたに納得してもらうことで満足するのだ。わたしは、どんな人間からもあいてにされないし、憎まれているじゃありませんか。わたしを造ったあんたは、わたしを八つ裂きにして勝ち誇りたいのだ。それをおぼえておきなさい。そして、人間がわたしを憫れむ以上に、どうしてわたしが人間を憫れまなくちゃならないか、そのわけを教えてほしいね。あんたがわたしを氷の裂け目に突き落して、自分の手でこしらえたわたしの体を滅すことができたとしても、それをあんたは殺人だとは言わないでしょう。人間がわたしを軽蔑するのに、わたしは人間を尊敬するのかね。たがいに親切にして人間がわたしといっしょに暮らすとしよう、そしたら、わたしは、害を加えるどころか、受け容れてくれたことに対する感謝の涙で、人間にあらゆる利益を与えるだろう。しかし、それはできないことだ。人間の心もちが、わたしたちの結びつきにとって、越えることのできない障壁なのだから。とはいえ、わたしの気もちだって、卑屈な奴隷のように屈伏したりするものか。自分に加えられた危害には仕返しをするのだ。愛情を与えるにも与えられないとすれば、恐怖の念を起させてやるよ。しかも、わたしの造りぬしだから、主として第一の敵であるあんたに向って、消すことのできない憎悪を誓うのだよ。気をつけなさい。わたしはあんたの破滅を仕事にし、あんたの心を破滅させ、あんたが自分の生れた時間を呪うようになるまでその仕事をやめないからね。」
 そう言いながら悪鬼のような怒りに燃え、その顔が、人間の眼ではふた目と見れないほど恐ろしくひきつったが、まもなく気をおちつけて話をつづけた、――
「わたしはよく話しあうつもりでした。こんな激情がわたしには有害なのですよ。あんたは自分がその激情をよけいにした原因だということを考えてくれないからね。もしも誰かがわたしに慈悲ぶかい気もちをもつならば、わたしはそれを何万倍にもしておかえししますよ。というのは、その一人の人のためなら、全人類と和解してもいいからですよ! けれども、それはいま、実現のできない幸福の夢にふけるだけのことだ。あんにに求めているのは、ごくもっともな、穏当なことで、性は別だがただわたしのように醜い者を要求するだけのことです。その満足はささやかなものだが、わたしが受けることのできるのはそれだけのものですから、それに甘んじます。それはなるほど、全世界から切り離された怪物どもではあるでしょうが、そのためになおさらおたがいに愛着を感じるでしょうよ。二人の生活は幸福ではないでしょうが、それは害にはならないもので、いま感じているみじめさからはのがれられるでしょう。おお! わたしを造ったあんたにお願いする、わたしをしあわせにしてください。一つだけ恩恵を施して、わたしに感謝の気もちを向けさせてください。誰か人間から同情してもらえるということを、わたしにわからせてください。この要求を斥けないてください!」
 私に心を動かされた。自分が同意したことから起りうる結果か考えると身慄いしたが、怪物の言うことにも一理はあると感じた。その話や、いま表わした感情は、こまやかな気もちをもった者であることを証拠立てたし、また造った者としてできるだけ幸福の分けまえを与えてやる義務があるのではなかろうか。私の気もちが変ったのを見て、怪物は話をつづけた、――
「もしも同意していただけるとしたら、あんたをはじめほかの人間にも二度とお目にかからないようにして、南アメリカの広漠とした荒地にでも行きます。食べものが人間の食べものじゃありませんから、腹が空いたからといって仔羊や仔山羊を殺したりしないで、どんぐりや苺のようなもので十分に栄養が取れるのです。わたしの伴れあいもわたしと同質だとしたら、同じ食事で満足するはずです。わたしらは乾いた木の葉で寝床をつくるでしょうし、人間に照らすと同じように太陽が照らし、わたしらの食料をみのらすでしょう。お話しているこんな情景は、平和な人間らしいもので、あんだだって、みだりに残虐な暴力をふるってでもないかぎりは、否定することができないと感じるにちがいありません。あんたはわたしに対して無情でしたが、いまあなたの眼には同情の念があらわれています。この好意をもった時にわたしを理解して、わたしが熱烈に望んでいることをしてくれると約束してください。」
「人間の住む所から退散して、野獣だけが仲間になるような荒地に住もう、というのだね。人間の愛情や同情を熱望するおまえが、こんな追放を辛抱できるとおもうのかね。戻って来てまた人間の親切を求め、人間に忌み嫌われるのだろう。よくない熱情がよみがえれば、おまえは伴れあいの助けを借りて破壊の仕事にかかるだろう。これじゃいけないよ。こんなことを議論するのはやめなさい、僕は同意できないから。」
「なんというあやふやな気もちだ! たった今までわたしの話に動かされていたのに、どうしてまた、つれなくするのかね。わたしの住んでいる大地にかけて、またわたしか造ったあんたにかけて、あんたの与える伴れあいをつれて、人間の界隈を立ち去り、その時のばあいによってもっとも未開な所に住む、ということを、ここで誓いますよ。同情さえ得られれば、よくない熱情などは消えてしまいます。わたしの生活は穏かに流れていき、死ぬ瞬間にも、わたしを造った者を呪うことはないでしょう。」
 そのことばは、私に奇妙な効果を及ぼした。私は同情を催し、慰めてやりたくさえなったが、あいての姿を眺め、動いて話をしている汚らしい塊を見ると、胸くそがわるくなって、気もちが恐怖と憎悪の感情に変ってしまった。私はそういう感情を抑えつけようとした。同情することができないのだから、せめて自分の力で与えることのできるわずかばかりの幸幅を、与えずにおく権利はない、と考えたのだ。
 私は言った、「おまえは害をしないと誓っているが、僕が疑うのがあたりまえなくらいの悪意を、もう見せたじゃないか。この誓いだって、仕返しの幅をもっと拡げて、おまえの勝利を大きくするための偽りじゃないのかね。」
「どうしてそんなことになるんだろう? なぶってはいけませんよ。わたしは答えが聞きたいんだ。もしもわたしに対して、義理も愛情も感じられないとしたら、憎悪と悪徳がわたしの運命となるほかはありませんよ。ほかの者の愛があれば、わたしの犯罪の原因がなくなって、わたしは誰も知らない存在となるわけです。わたしの悪徳は、わたしの嫌いな、無理に押しつけられた孤独の結果ですから、似たもの同志で暮らすとなれば、当然、わたしにも美徳が生れてきます。わたしは、心ある者の愛情を感じ、いまわたしが閉め出されている存在や出来事の聯鎖のなかに結びつくことになるでしょう。」
 私はしばらく黙ったまま、怪物の話したことや、そこで用いられたいろいろな論法を、よく考えてみた。生存のはじめに当って示したような美徳のみこみがあることや、ド・ラセー家の人たちがこの怪物に向って表わした嫌悪や軽蔑のために、あらゆるやさしい気もちが枯れはててしまったことを、私は考えた。この怪物の力や脅迫も勘定に入れないわけにいかなかった。氷河の氷の洞穴に居て、これを追いかけても近よれない断崖の峯々のあいだに隠れてしまう生きものは、争ったところでむだな能力をもったものであった。私は、黙って長いこと考えたあとで、この怪物にとってもまた人間仲間にとっても当然の正しさが、この要求を承諾することを求めている、という結論に達した。そこで、怪物のほうを向いて言った――
「追放中のおまえに伴れ添う女性をおまえの手にわたしたら、さっそく、永久にヨーロッパから、人間が近くにいるあらゆる場所から、立ち去ってしまう、と厳粛に誓うならば、おまえの要求に応じよう。」
「誓いますとも。天日にかけて、神のまします青空にかけて、この胸を燃やす愛の火にかけてわたしの祈りが聴きとどけられるならば、それらのもののあるあいだは、二度とにお目にかかりません。お家に帰って仕事にかかってください。その仕事の進捗ぶりを、言いようのない渇望をもって見守っています。準備ができたらわたしが現われますから、それだけは心配なさらぬように。」
 そう言うと、怪物は、私の気が変るのを恐れでもしたのか、とつぜん私から離れ去った。見れば鷲の飛ぶよりも速く山を馳け降り、起伏する氷の海のあいだにたちまち見えなくなった。
 怪物の話はまる一日かかり、そいつが立ち去ったころには、太陽が地平線とすれすれになっていた。まもなく暗やみに包まれるので、急いで谷間に降りていかなければならないことはわかっていたが、心が重く、歩みははかどらなかった。山の細道を曲りくねって辿り、進むのにいちいち足を踏みしめるつらさに、昼間の出来事で興奮していた私は、すっかり悩まされた。途中の休憩する所まで来て山のふもとに腰を下ろした時には、もうすっかり夜ふけだった。雲が掠めて通るあいまあいまに星が輝き、黒い松の木が眼の前に立ち、地面にはどこにもここにも折れた木か倒れていた。それは驚くほど厳かな場面であって、私の心に奇妙な感じを起させた。私はさめざめと泣き、苦悶のあまり手を握りしめて叫んだ、「おお! 星よ、雲よ、風よ、おまえらはみな私を嘲ろうとしている。ほんとうに僕を憫れむなら、感覚や記憶を叩きこわしてくれ。僕を無に還らせてくれ。が、それもできないなら、行ってしまえ、行ってしまえ、そして暗やみのなかに僕を置いていけ。」
 これはむちゃくちゃでみじめな考えだったが、永遠にまたたく星の光がどんなに重たくのしかかり、焼きつくすように吹いてくるどんよりしたいやな熱風のような風の吹くたびに、その音をどんな思いで聞いたかは、とてもお話できそうもない。
 シャムニの村に着かないうちに夜が明けたので、私は休息もしないでまっすぐジュネーヴへ帰った。私は、自分の心のなかでさえ、私の気もちを言い表わすことができなかった、――それは山のような重さでのしかかり、私は下敷きにされて、あまりの苦しさにむちゅうになった。こんなふうにして私は、家に帰り、中に入って家の者の前に現われた。やつれはてて気ちがいじみた私の姿に、みなひどくびっくりしたが、私は何を聞かれても返事をせず、ほとんど口をきかなかった。私は、禁令のもとに置かれているような――みんなの同情を受ける権利がないような――もうみんなと仲よくできないような気がした。それでも私は、みんなを敬慕に近いくらいにさえ愛し、この人たちを救うために、自分のいちばんいやな仕事に身を捧げる決心をした。そういうことに没頭することを考えると、ほかのことはみな夢のように眼の前を過ぎ去り、そういう考えだけが生活の現実となった。


     18 イギリスへの旅立ち


 ジュネーヴへ帰ってから幾日も幾週間も経ったが、仕事にかかる元気は湧いてこなかった。望みを失った悪鬼の仕返しを恐れはしたものの、私は、言いつけられた仕事をするのはいやでたまらなかった。ふたたび深遠な研究とほねのおれる探求に数箇月を費さなければ、女性を造り出せないことがわかっていた。イギリスのある哲学者が何か発見をした話を開き、それを知ることは私が成功するためには必要なことだったので、そのためにイギリスへ行くのに父の同意を得たいと考えることもあったが、あらゆる口実をもうけてぐずぐずし、その仕事がぜひともすぐやらなければないわけでもなさそうな気がしはじめて、その第一歩を踏み出すことを尻込みした。私の身にはたしかに変化が起っていた。というのは、今まで衰えていた健康がだいぶ恢復し、不幸な約束を思い出すことで妨げられない[#「妨げられない」は底本では「妨げげられない」]かぎりは、それに応じて元気も出てきた。父はこの変化を見て喜び、私の憂欝のなごりを根絶するいちばんよい方法について考えた。私のこの憂欝は、ときどき発作的に、日の光も蔽う舐めつくすような暗さを帯びて戻ってくるのであったが、そういう最中には、私は、それこそまったくの孤独のなかに隠れ、終日ひとりで小さなボートに乗って、黙ってぼんやりと雲を眺めたり、波のさざめきに耳をかたむけたりした。けれども、新鮮な空気と輝かしい太陽が、かならず、と言っでもいいくらい、ある程度のおちつきを取り戻してくれたので、家に帰るとみんなは、待っていてくれた笑顔で機嫌よく迎えてくれた。
 ある日、こういう漫歩から戻ってくると、父は私をそばに呼んで、つぎのように話しかけた、――
「おまえが以前の喜びを取り戻し、自分に帰っているらしいのを見て、わたしは嬉しいよ。けれども、おまえはまだ不しあわせで、わたしらのなかにいるのをまだ避けているね。わたしはしばらく、その原因についてあれこれと考えてみたが、昨日ひとつ考えが浮んだので、それが十分に根拠のあることだったら、聴いてもらいたいのだ。そういうことで遠慮することは、無用であるばかりでなく、わたしら皆のものに三重の不幸を招くことになるからね。」
 この前置きを聞いて私はひどく慄えたが、父は話をつづけた、――「白状するが、わたしはいつも、おまえのエリザベートとの結婚を、この家庭を楽しくする絆であり、わたしの晩年の支えであると思って、将来を考えていた。おまえらは幼い時からたがいに仲よくし、いっしょに勉強し、気性や趣味の点でもまったく一致しているようだった。しかし、盲目的なのは人間の経験だから、わたしが自分の計画をいちばんよく手助けできると考えたことだって、それを叩き壊してしまうかもしれない。ひょっとしたら、おまえは、あの子を妹と考えていて、自分の妻にするというつもりはないのかもしれない。いや、おまえの好きなほかの女に出会っているのかもしれない。そして、エリザベートとは義理に縛られていると考え、どうもそうらしく見えるように、そんな気苦労でひどく参っているのかもれないね。」
「お父さん、御安心ください。僕は、あの従妹を心から深く愛しているのです。エリザベートのように、熱烈な敬慕や愛情を僕に起させる婦人には会ったことかありません。僕のこのさきの希望や予想は、まったく、僕らがいっしょになることの期待に結びついていますよ。」
「この問題に対するおまえの気もちを聞くと、ねえヴィクトル、絶えて味わったことのない喜びを感じるよ。おまえがそんなふうに考えてくれれば、いくらこのごろの出来事がわたしらに暗い影を投げようと、わたしらはきっと幸福になれるだろう。しかし、わたしが追いはらいたいのは、おまえの心を掴んで離さないように見えるこの影なのだよ。だから、この結婚の式をさっそく挙げることに、おまえが賛成かどうか、聞かしてほしいね。わたしは運がわるかったし、最近の出来事がわたしの齢や老衰に似つかわしい毎日の平静さを奪ってしまった。おまえは若い、けれども何不自由のない財産があるのだから、早く結婚したところで、おまえの立てているかもしれない未来の名誉な、また有益なことの計画の邪魔にはなるまい、と考えるのだ。といって、わたしがおまえの幸福を指図したがっているとか、おまえのほうでのびのびになるのがわたしにたいへんな心配を起させる、などと考えてもらっては困る。わたしの言うことを率直に取って、お願いするからひとつ、自信と誠実さをもって答えてもらいたいのだ。」
 私は黙って父の言うことに耳をかたむけ、しばらく答えることができずにいた。頭のなかですばやくさまざまなことを考えめぐらし、何か結論に達しようと努力した。ああ! 私にとって、エリザベートとさっそく結婚することは、怖ろしいことだったし、狼狽せずにいられないことだった。わたしはひとつの厳然たる約束に縛られていて、それをまだ果していなかったし、破る気もなかった。というよりは、もしも破ったならば、どんな数々の災難が私と私思いの家族に降りかかるかもしれなかった! こういう致命的な分銅を頸に懸け、地につくほど身を屈めたままで祝儀に臨むことができるだろうか。平和を期待する結婚の喜びを享ける前に、私は約束を果して、あの怪物を伴れといっしょに立ち去らせなければならなかった。
 私はまた、イギリスへ行くか、それともその国の哲学者たちと久しいあいだ通信を交すかする必要があるのを思い出した。この哲学者たちの知識と発見は、私の現在の企てには欠くことのできないやくにたつものであったからだ。ただ、通信でもって自分の望んでいる知識を得ることは、手間がかかってしかも不十分だし、それにまた、父の家で、自分の愛する者たちといっしょに仲よく暮らしながら、一方で忌まわしい仕事に従うことを考えると、どうにもこうにもいやでたまらなかった。恐ろしい出来事がたくさん起るかもしれないし、そのうちのどんな小さなことでも、私に関係のある者全部に、怖ろしさに身の毛もよだつ思いをさせる秘密をあばき出すことになる、ということは明らかだった。また、自分がしばしば自制心を失って、この世のものとも思われない仕事の進行中に、人を傷つけるような感情に捉えられたとしても、それを隠す力がなくなってしまうということも、私にはわかっていた。この仕事をしているあいだは、すべて自分の愛する者から離れていかなくてはならなかった。いったん、始めたとなると、それは早くできあがるだろうから、そしたら、平和で幸福な家族のもとに帰れるのだ。約束を果せば、あの怪物は、永久に立ち去るはずだ。もしかしたら(と私の甘い空想が心に描いたところでは)そのあいだに何か偶発的なことが起きて怪物を殺し、私のこんな奴隷状態が永久に終りを告げるかもしれなかった。
 こんな気もちから、私は父に返答した。私はイギリスに行きたいという望みを言いあらわしたが、この要求のほんとの理由は伏せておいて、疑念をすこしも起させない口実のもとにこの願いに衣を着せ、父もわけなく承諾させられるような熱心さでこの願望を力説した。その烈しさや結果から言って狂気にも似た無我夢中の憂欝が長く続いたあとだったので、父は、私がそういった旅行を考えついて喜ぶようになったのを知って嬉しがり、場面の変化やいろいろな楽しいことで、帰って来るまでにはすっかり元の私にかえるのを望んだ。
 私の畄守にする期間は自分で選んでさしつかえないことになったので、数箇月あるいはせいぜい一年というのが予定期間になった。父は、私に伴れができるように、父親らしい配慮をしてくれ、私には前もって知らさずに、エリザベートと相談して、クレルヴァルがストラスブルグで私と会うような手筈をととのえた。これは、仕事をするために自分の求めた孤独の妨げにはなったが、旅をはじめるにあたっては、友だちが居てくれることはいっこうさしつかえなく、長いこと孤独な、気の狂いそうな考え事にふけることからこんなふうに助かって、私はほんとうに嬉しかった。否、例の私の敵の闖入したとか、アンリがその前に立ちふさがってくれるかもしれなかった。もしも私が、ひとりだとしたら、あいつはときどき、私の前にあのぞっとするような姿でおしかけて来て、仕事のことを憶い出させたり、その進捗ぶりを眺めたりするかもしれないではないか。
 だから私は、イギリスへ出発しようとした。そして、帰って来たらすぐエリザベートと結婚すべきだということを了解した。父も、齢のせいで、ぐずぐずするのをたいへん嫌った。自分には、いやな仕事がすめばと自分に約束した一つの報酬――比べるもののない苦痛に対する一つの慰めがあった。それは、自分が、みじめな奴隷状態から解放されてエリザベートを求め、この娘との結婚によって過去を忘れる日の期待であった。
 私はそこで旅の仕度をしたが、怖ろしくて胸さわぎのする一つの感じに絶えず悩まされた。私の畄守中は、自分の親しい者たちは敵のいることに気づかず、私の出発したことで激昂するかもしれないあいつの攻撃を妨げないのだ。しかし、あいつは私の行く所へはどこであろうとついていくと約束したのだから、イギリスまでついて来るのではなかろうか。この想像はそれだけのものとして見れば怖ろしいものであったが、親しい者の安全を思わせるものであるだけに、慰めとなった。ただ、これと反対のことが起りはしないかと考えると苦しくなった。しかし、自分の造ったものの言うことに従った全期間を通じて、私は、その瞬間瞬間の衝動の支配するのにまかせたが、現在の感じではなんとなく、あの魔物が私のあとを追って来て、家族たちがそいつの悪だくみの危険をまぬがれるという気がしてならなかった。
 私が故国を離れたのは、九月の下旬であった。この旅は自分が言い出し、したがってエリザベートが賛成してくれたものであったが、エリザベートは、私が自分と別れるのがつらくて、不幸と悲歎に暮れていると考えて気を揉んだ。クレルヴァルを私の伴れにするようにしたのは、エリザベートの注意であった――それなのに男は、女の周到な注意を必要とする無数のこまかい事情には盲なものだ。エリザベートは、私に早く帰ってと言いたいのであったが、――万感こもごも胸に迫ってものが言えなくなり、黙って涙ながらの別れを告げるのだった。
 私に自分を乗せて行く馬車に身を投じたが、どこへ行くのかも知らなかったし、あたりに何が起きているかにも気をつけなかった。ただ、いっしょに持っていくように、化学器具を荷造りしてくれと命じたことはおぼえているが、そのことを考えると、やりきれない苦悩を感じた。わびしい想像をめぐらしながら、私は多くの美しい雄大な光景を通り過ぎたが、眼はじっとすわっていても何も見ていなかった。私にはただ、この旅の目的地と、旅先にあるあいだはやめずに没頭しなければならない仕事のことしか考えられなかった。
 四、五日ほどぼんやりと怠惰のうちに過ごして、そのあいだに何里も歩いたりしたあとで、ストラスブールに着き、そこで二日クレルヴァルを待ち合わせた。クレルヴァルはやって来た。ああ、私たち一人がなんと対照的だったことだろう! クレルヴァルは、どんな新しい場面にも敏感で、沈む太陽の美しさを見ては喜び、太陽が昇って新しい日が始まるのを見てはそれ以上に嬉しかった。風景の移り変る色や空の現象を教えたりもした。「生きているかいがあるというのは、こういうことなんだ。いま僕は、こうして生きていることを享楽するよ! だけど、フランケンシュタイン、なんだって意気銷沈して悲しんでいるんだ!」まったく私は、陰気な考えにふけり、宵の明星の沈むのも、ライン河に映える金色の日の光も見なかった。――だから、私の回顧談に耳をかたむけるよりも、多感と歓びの眼で風景を観察したクレルヴァルの日記のほうがずっとおもしろいにちがいない。みじめなあさましい私は、喜びへのあらゆる通路を閉めきる呪いに附きまとわれたのだ。
 私たちはストラスブールからロッテルダムまで、ボートでライン河をくだり、そこからロンドンへ渡航することに相談を決めた。この舟旅のあいだ、私たちは、柳の多い島々を過ぎ、いくつかの美しい都会を見た。マンハイムには一日滞在し、ストラスブールを立ってから五日目にマインツに着いた。マインツから下流のラインの河筋は、ますます絵のようになってくる。絶壁のふちに立ち、高くて近よれない黒い森に囲まれた古城を、私たちはたくさん見た。このあたりのライン河は、珍らしく変化に富んだ風景を見せている。ある地点では、峨々たる山々や、その下に色濃いラインの河の流れる巨大な断崖の上に聳え立った古城が見え、また、とある山はなを曲ると、緑のなだらかな岸に繁る葡萄園や曲りくねった河や背景を占めた賑かな町々が見える。
 葡萄のとりいれの時に旅行したわけで、私たちは、流れを滑るようにくだりながら、労働者の歌うのを耳にした。意気沮喪し、たえず暗欝な気もちに胸を掻きむしられる私でさえ、嬉しかった。舟の底に横になり、雲ひとつない青空を眺めていると、長いこと忘れてきた平静さに吸い込まれるようにおもわれた。こうして、私の気もちがこのようであったとすれば、誰がアンリの気もちを述べることができるだろう。アンリはお伽ばなしの国につれていかれたような気になって、人間としてめったに味わえない幸福にひたった。「僕は自分の国のいちばん美しい景色を見ている。ルツェルン湖やウリ湖にも行ったが、あそこでは、あの華やかな眺めで人の眼を慰める青々とした島々がなかったら、陰欝で悲しげな風景になりかねない黒い底知れぬ陰を投げて、雪に蔽われた山々が、ほとんど垂直に水辺に迫っていた。あの湖水があらしに波立つのを僕は見たが、そのときは、風で水の渦巻ができて、大海の竜巻とはこういうものにちがいないと思うくらいだったよ。そして、浪が怒り狂って山の麓にぶつかったが、そこでお坊さん夫妻が雪崩に押しつぶされ、今でも夜風のあいまに、二人の死に瀕した声が聞えるという話だ。僕はラ・ヴァレー山脈やペー・ド・ヴォー湖も見たことがある。しかし、この国はね、ヴィクトル、いっさいのそういうものより僕の気に入ったよ。スイスの山のほうがもっと雄大で変っているが、このすばらしい河の岸には、まだ比べになるものを見たことのない魅力がある。むこうの絶壁にさしかかっているあの城をごらんよ。あの美しい木立の葉に隠れてよく見えないけれど、島の上にもあるよ。あれあれ、労働者のむれが葡萄のあいだから出てくるところだ。あの村は山ふところに半分隠れてしまっているのだね。ねえ君、こういう所に住んでここを守っている精霊は、きっと、僕らの国の、氷河を積みあげたり、山の近よれない峯々にひそんだりしている精霊よりは、ずっと人間と調和する魂をもっているわけだね。」
 クレルヴァル! 愛する友よ! 君の言ったことを記録し、誰よりも君こそ受けるに価する賞讃の辞を述べるのに、今だって私には嬉しいことだ。クレルヴァルこそ「自然の詩そのもの」に養われた人間なのだ。野性的で熱狂的なその想像力は、心の感受性によって精煉されたものだ。魂は熱烈な愛情に溢れ、またその友情は、世俗的な心をもった人なら、そんなものは想像のなかだけにあるものだと言うような、あの没我的な、ふしぎな性質のものだった。しかし、人間の同感さえ、この男の燃えるような心を満足させるには足りなかった。ほかの者ならただ感歎して見るだけの外的自然の風景を、この男は熱情をもって愛したのだ。――

轟く滝は激情のように
たえずその人に附きまとう。
高い岩も、山も、また深い暗い森も、
その色も形も、こうしてその人には嗜好だった。
与えられた思想による、あるいは
眼から見たのでもない何かの興昧による
間接的な魅力を必要としない
感情や愛情だった。
      ――ワーズワース「チンターン僧院」――

 そのクレルヴァルは、いまどこにいるのだろう。このやさしい愛すべき人間は、永久に居なくなったのだろうか。ひとつの世界を形成する空想的なすばらしい観念や想像にあれほど満ちていた心、その存在が創造者の生命に依存していた心は、――あの心は、滅び去ってしまったのだろうか。いや、そうではない。あのようにすばらしくつくられた輝くばかりに美しい君の姿こそ、朽ちはててしまったが、君の精神は今でも、君の不幸な友を訪れて慰めてくれるのだ。
 こんなふうに悲歎にくれるのを許してください。いまさら言ってもむだな、こういうことばは、アンリの比類ない価値に対する、ささやかな、たむけのことばでしかありませんが、それでも、あの男を思い出すと襲いかかって苦悩に溢れる私の心を慰めてくれるのです。さて、話を続けましょう。
 ケルンを過ぎれば、オランダの平野に出る。そこで二人は、それから先の道を早馬で行くことに決めた。風が向い風だったし、河の流れも舟にはゆるやかすぎたからだ。
 この旅も、ここまでで、美しい景色から生ずる興味を失ったが、数日後にはロッテルダムに着き、そこから海を渡ってイギリスに向った。ブリテンの白い崖をはじめて見たのは、十二月も末のある日の晴れた朝であった。テームズ河の西岸は、新しい光景をくりひろげたが、それは平坦ではあるが土地が肥えていて、ほとんどどの町にも、何か物語を思い出させるような痕跡があった。ティルベリ堡塁が見え、スペインの無敵艦隊が憶い出された。グレイヴゼンド、ウーリッヂ、グリーニッヂというような、国にいるときでさえ聞いたことのある所も見えた。おしまいには、ロンドンの無数の尖塔、あらゆるものの上に聳え立つセント・ポール寺院、イギリスの歴史のうえで有名なロンドン塔などが見えてきた。


     19 荒凉たる孤島で


 ロンドンはさしあたりの休息地であった。私たちは、このすばらしい有名な都会に数箇月滞在することに決めた。クレルヴァルはこのころ盛名のあった才能ある人たちとの交際を望んだが、それは、私にとっては第二次的な目的であった。私は、おもに、自分の約束をはたすために必要な知識を得る手段に心を用い、自分が持ってきた、もっともすぐれた自然哲学者あての紹介状を、さっそく利用した。
 この旅が、もしも、まだ研究に従っていた幸福な時代におこなわれていたら、私に言いようもない喜びを与えていたことだろう。しかし、私の存在には暗影が投げかけられていて、私はただ、自分かおそろしく深刻な関心をもっている問題についての知識を、教えてもらうために、この人たちを訪ねたにすぎなかった。仲間も私にはわずらわしかったので、ひとりきりになっていると、心を天地の眺めで満たすことができた。ただアンリの声は私を慰めてくれるので、自分を偽って、しばしの幸福を味わうことができた。しかし、しきりにつまらなそうにしてはしゃいでいる人々の顔を見ると、私の心には絶望が戻ってきた。私は、自分と自分の仲間である人間のあいだにある越えることのできない障壁を見たが、この障壁は、ウィリアムとジュスチーヌの血で封印がしてあり、この二人の名まえに結びついた出来事を考えると、私の魂は苦悶でいっぱいになった。
 しかしクレルヴァルは、以前の私自身のおもかげを髣髴たらしめ、研究的で、経験や知識を得ることに熱心だった。自分の守った風習の違いが、この男にとっては教訓と楽しみの尽きることのない源泉であった。この男はまた、長いこともくろんでいた目的を追求していた。そのもくろみというのは、インドへ行くことであって、自分のもっているその国のさまざまな言語の知識、その社会についての見解が、ヨーロッパの植民と貿易の進歩を実質的に助ける手段であると信じていた。さらに進んでこの計画を実行に移すのは、イギリスに居てはじめてできることであった。クレルヴァルはしじゅう忙がしくしており、その楽しみのたった一つの邪魔は、私の悲しげながっかりした気色だった。私は、何かの心配やつらい思い出に煩わされないで、新しい人生の舞台に上ろうとしている者の、自然な歓びを妨げないために、できるだけそれを隠そうとした。自分ひとりで居るために、ほか
に約束があるからと言って、私はよく、クレルヴァルといっしょに出かけるのをことわった。私は今また、新しい創造のために必要な材料を集めはじめたが、このことは、頭にたえず落ちてくる水の一滴一滴の拷問のようなものだった。もっぱらそのために用いられた考えは、どれもこれも極端な苦悩であり、暗にそれを指して語ったことばは、一つ一つ唇を慄えさせ、心臓をどきどきさせた。
 ロンドンで何箇月か過ごしたあとで、私たちは、スコットランドに居る人から手紙を受け取ったが、この人は以前ジュネーヴに私たちを訪れたことのある人であった。自分の国の美しさを挙げて、もしもこういうものに誘惑を感じるようでしたら、私の住む北方のこのパースまで足を延ばしていただけませんか、と言ってきたのだ。クレルヴァルはしきりにこの紹待に応じたがったし、私も人とつきあうのは嫌だったけれども、山や河や、自然が意のままに定めたその住まいを飾るすばらしい細工を、ふたたび見たかった。
 私たちがイングランドに着いたのは十月初めで、今は二月だった。そこで、三月が過ぎたら北に向って旅を始めることに決めた。この長途の旅に際して私たちは、エディンバラへの大道を通らず、ウィンザー、オクスフォード、マトロッタ、カンバーランド湖水地方などに寄るつもりで、七月の終りごろにはこの旅の終点に着くことに決めた。私は、スコットランドの北部山地のどこか人知れぬ片隅で、自分の仕事を仕上げることに決めて、化学器具と集めた材料を荷造りした。
 私たちは、三月の二十七日にロンドンを立ち、二、三日ウィンザーに滞在して、そこの美しい森のなかを散歩した。これは私たちの山国の人間には目新しい風景であって、厳めしい※(「木+解」、第3水準1-86-22)の木、たくさんの鳥獣、堂々とした鹿のむれになどは、いずれも珍らしかった。
 そこから私たちはオクスフォードへ行った。この都会に入ると私たちは、一世紀半以上も前にここに起った出来事を思い出さずにいられなかった。チャールズ一世が軍隊を集めたのは、ここであった。国民全部が議会と自由の旗を守って王の味方をすることをやめた後でも、この市に忠義を立てとおした。あの不運な王、その仲間、気立てのやさしいフォークランド、傲慢なゴーリング、王妃、王子等の憶い出は、この人たちが住んでいたとおもわれるこの市のあらゆる部分に、特別の興味を与えている。古い時代の魂がここにはとどまっており、私たちはその足跡を尋ねて喜んだ。こういう感情が想像力を満足させなかったとしても、市の外観は、それだけでもなお十分に、私たちを感歎させるような美しさをもっている。大学の各学部は古色を帯びて絵のようだが、街々もたいてい壮麗であり、すてきな緑の牧地を通って市のそばを流れるアイシス河は、木々の間に抱かれた塔、尖塔、円屋根などの集まりを映す渺茫とした水鏡をひろげている。
 私にこういう光景を見てこの楽しんだが、楽しみは、過去を憶い出しても、また未来を予想しても、にがにがしいものになった。私は穏かな幸福を享けて暮らせるはずであった。今より若いころは不満の起ったためしはなかったし、また、私がいつも倦怠アンニュイに襲われたとしても、自然のなかの美しいものを眺めたり、人間の制作のなかの優れにもの、卓越したものを見たりすると、つねに自分の心に興味が起り、精神に弾力が与えられたものだった。しかし、今に、私は枯木であった。電戟が私の魂を打ったのだ。そのとき、私は、自分が生きながらえるとすれば、ほかの人たちに対してはなさけない、自分自身に対してはがまんのできない、難破した人のみじめな姿――まもなくそうであることをやめるだろうような――をさらすことになるにちがいない、という気がした。
 私たちはかなり長くオクスフォードで過ごし、その郊外を散策して、イギリスの歴史のもっとも生彩に富んだ時期に関係のある地点を、いちいち見て歩いた。このささやかな発見の旅は、目的物がつぎつぎと現われてきたために、たびたび延期された。有名なハンプデンの墓やこの憂国の士が倒れた戦場も訪れた。私の魂はしばしば卑屈になるみじめな気づかいから高められ、こういう名所にその記念物や記念碑を遺している自由や自己犠牲のけだかい思想について考えた。しばらくは私も、思いきって自分の鎖を振り棄て、自由で高潔な精神をもってあたりを見まわしたが、鉄鎖が肉に食いこんでいるのを見て、ふたたび戦慄し失望してみじめな自分に還るのであった。
 私たちは思いを残しながらオクスフォードを去り、つぎの休息地マトロックへ行った。この村の近隣地方は、かなりスイスの風景に似ているが、何もかも規模が一段と小さく、緑の小山にも、故国の、あの松の生えた山々にかぶさった遠くの白い冠が欠けている。珍らしい洞窟や博物学の小さな陳列館にも行ってみたが、そこには、セルヴォやシャムニの蒐集品と同じようにして珍らしいものが並べてあった。アンリがセルヴォやシャムニという地名を口にすると、あの恐ろしい場面が聯想されたので、急いでマトロックを立ち去った。
 ダービーからさらに北に向って旅をつづけ、カンバーランドやウェストモアランドで二箇月ほど過ごした。すると今度は、スイスの山々に居るのかと空想しかねないほどであった。山の北側のまだ消えやらぬはだら雪や、湖水や、岩間をほとばしる流れは、私に親しいなつかしい光景であった。ここでもまた私たちは、幾人か知り合いができて、そのために私も、どうにかこうにか幸福になれた。クレルヴァルの喜びは、こんなふうで私どころのさわぎでなく、才能のある人たちと仲間になってその心が伸びひろがり、また自分より劣った者とつきあっているうちに、自分の性質のなかに、自分で想像していたよりも大きな能力と素質をもっていることがわかった。クレルヴァルは私に言った、「僕は、ここで一生を過ごせるね。こういう山の中にいると、スイスやライン河を羨むこともないからね。」
 しかし、旅人の生活というものが、喜びのさなかに多くの苦痛を蔵するものであることを、クレルヴァルも知った。というのは、感情がいつも緊張しており、何かしら新しいものを見っけては喜んで寄りかかるが、さて、ゆっくりした気分になりはじめると、それから離れ去らずにいられなくなり、新しいものにふたたび注意を奪われ、それをまた見棄てて別の新しいものを求めるのだった。
 ようやくカンバーランドとウェストモアランドのいくつかの湖水に行き、土地の人たちにもなじみができたころ、スコットランドの友人との約束の期限が近づいたので、そこをあとにして出発した。自分としては心残りはなかった。しばらく約束をほったらかしておいたので、怪物が力を落として何かしでかしはせぬかという懸念もあった。あいつはスイスに残っていて、私の身うちの者に仕返しするかもしれなかったからだ。この考えが附きまとって、それさえなければゆっくりもし、穏かにしていられるときでも、私を苦しめた。私は、興奮していらいらしながら自分あての手紙を待ち、それが遅れるとみじめになって、どこまでも危惧の念に駆られるのだったが、さてその手紙が来て、エリザベートか父の上書きを見ると、思いきって読んで自分の運命を確かめる気にはなかなかなれなかった。あの魔ものが私について来て、怠慢を責めて私を促すために私の伴れを殺すかもしれないとも考えた。こういう考えに取り憑かれると、ひとときもアンリのそばを離れず、影のようにそのそばに附いてまわり、殺戮者の怒りを想像してこの友人を護った。私に、自分が何か大きな罪を犯したような気がして、その意識にどこまでも附きまとわれた。罪を犯したわけではないが、実際に、罪の呪いと同様の致命的な怖ろしい呪いを頭上に招いていたのだ。
 私は眼も頭もどんよりとしてエヂンバラに行ったのだが、どんな不運な者でもこの都会には興味をもつにちがいない。クレルヴァルは、オクスフォードほどにはここを好まなかった。オクスフォードの古さがここより気に入っていたからだ。しかし、エヂンバラの新しい町の美しさや整然たるところや、またその浪漫的な城、世界でいちばん楽しいその近郊、アーサー王の座席、聖バーナードの泉、ペントランド丘陵などが、気分を変えるのにやくだったので、クレルヴァルもすっかり愉快になって感歎した。けれども私は、旅を切りあげてしまいたくてならなかった。
 一週間ほど経ってからエヂンバラを去り、クーパー、セント・アンドリウスを通り、テイ何の岸をつたわってパースへ行った。しかし、よその人と笑いあって話をしたり、来訪者らしいよい機嫌でその人たちの感情や計画に立ち入ったりする気分にはなれなかったし、したがってクレルヴァルにも、ひとりでスコットランド観光の旅をやりたいと語った。「君はゆっくりしていてくれよ。そして、ここで落ちあうことにしようよ。僕はひと月かふた月畄守にするだろうが、お願いだから、かってにしておいてくれないか。ちょっとのあいだ、静かにひとりっきりで居さしてほしいんだ。帰って来たら、気もちがもっと晴れやかになって、君の気分にももっとしっくりするようになるつもりだから。」
 アンリは私に思いとどまらせようとしたが、この計画に心を傾けている私を見て、諌めるのをやめ、そのかわり手紙をたびたびくれるように念を押した。「僕はね、自分の知らないスコットランドの人たちといるくらいなら、君の一人旅についていきたいよ。それじゃ、早く帰って来てくれたまえ。そしたら僕はまた、くつろいだ気分になれるだろうからね。どうも君が居ないとだめなのだ。」
 友と別れてから、スコットランドのどこか遠い所へ行って、そこでひとりになって仕事をしあげようと決心した。あの怪物が私のあとについてきて、仕事をしあげたときに、自分の伴れあいを受け取るために、私の前に姿をあらわすだろう、ということだけは疑いなかったからだ。
 こう決心して北部高地を横ぎり、仕事の場所として、オークニー群島中のいちばんはずれの島に腰をおちつけた。それは、岩といったほうがよいくらいな、高いほうの側がたえず波に打たれる島で、こういう仕事にはふさわしい場所だった。土地は痩せていて、かろうじて数頭のみすぼらしい牛を飼う草地と、五人しかない住民の食べるオートミルとがあるだけで、この人たちの痩せこけて骨ばった手足が、そのまま食料の乏しさを語っていた。珍らしいごちそうの野菜やパンばかりでなく、清水でさえも、五マイルも離れた本土から持って来なければならないのだった。
 島全体で、みすぼらしい小屋が三軒あるだけで、しかもその一軒が空いていた。それを借りたわけであるが、それにたった二つの部屋があるだけで、しかもそれは見るかげもなく荒れはてたむさくるしい代物だった。草葺きの屋根は落ち、壁は塗りがはげ、扉の蝶つがいははずれていた。私はそれを修繕させ、家具を少しばかり持ち込んでそこに住むことにした。これは島の人々の意識が欠乏とむごたらしい貧困のためにすっかり麻痺していなかったならば、かなり意外なことに思われたにちがいない。しかし、食べものや着ものを少しばかりくれてやってもお礼も言わないくらいのもので、どうやらじろじろ見られたり妨害されたりもしなかった。貧苦というものは、人間のごく粗野な感覚をそれほど鈍らせるものだ。
 この隠れ家で、朝のうちは仕事にかかりきり、夕方には天気さえよければ、石ころの多い海辺を歩いて、足もとに哮えて砕ける浪の音に耳をかたむけた。単調ではあったが、たえず変る光景であった。スイスのことを考えたが、それはこの荒涼としたものすごい風景とはずっと違っていた。スイスの山は葡萄に蔽われ、その農家に平原に散在している。美しい湖水は、青い穏かな空を映して、風に乱される時でもその騒々しさは、この大海の咆哮に比べれば、元気のいい赤ん坊のいたずらのようなのでしかない。
 はじめここに着いたとき、仕事をこんなふうに割り当てたが、仕事が進むにつれて、それが日ましにいやになり、うんざりするようになった。幾日となくどうしても実験室に入れないこともあったし、そうかとおもうと、仕事をしあげるために夜も昼も働くこともあった。私が従事したのは、ほんとうに穢らわしい仕事だった。最初の実験中は、一種の気ちがいしみた熱中のおかげで、仕事のおぞましさに対して盲になり、ただいちずに仕事を完成することにしか心がはたらかず、自分のやっていることに対する怖ろしさも眼に入らなかった。しかし、気もちが冷静になってくると、今度は、自分の手を使ってやっていることに対して、何度もつくづくといやになった。
 こういう状態で、このうえもなく忌わしい仕事に従事し、自分の置かれた現実の場面からちょっとのあいだでも注意をそらしてくれるもののない孤独にひたっていると、精神に不同が生じてきて、だんだんおちつきがなくなり、神経質になった。いつなんどき、自分を追いかける者に出会わないともかぎらないのを恐れたのだ。ときには見るのをこんなに怖れているものと顔を合せるようなことのないように、眼をあけるのを恐れて、地面に眼を伏せて坐った。ひとりでいて、あいつが伴れあいをよこせと言って来るようなことのないように、人間の眼のとどくところから外へ出歩くことも、怖がってやらなかった。 そうしているあいだにも、働きつづけたので、仕事はもうかなりはかどった。私はその完成を、いっしょうけんめいな、しかしびくびくする望みをもって眺め、その完成を疑う気にはなれなかったものの、何かしら漠然とした悪い予感がそこに入りまじってきて、私の胸をむしばむのであった。


     20 約束を破棄して


 ある晩、私は仕事場に居た。陽が沈んで、月がちょうど海から昇るところだった。仕事をするには光が足りないので、今夜は仕事を休もうか、それとも、そんなふうにほったらかしたりせずに完成を急ごうか、などと考えて、なすこともなくぼんやりしていた。腰を下ろしていると、つきからつぎと考えが浮んできて、自分のいまやっていることの結果を考慮させた。三年前に私はこれと同じことをして怪物をつくったが、そいつは、そのたといようなもない残酷さで私の心をめちゃくちゃにし、それをこのうえもなく傷ましい悔恨でもっていっぱいにした。それなのに、今また同じものをつくろうとしているのだが、その性分がどんなものであるかは、私にも前同様にわからなかった。それは、その相棒よりも千倍も万倍も悪いものになって、理由もなく人を殺したいばかりに殺し、難渋させたいために難渋させて喜ぶかかもしれなかった。例の怪物は人間の住む界隈から離れて荒野に身を隠すと誓ったが、女の怪物のほうは約束していないし、また、ものを考えたり推理したりする動物となるはずのそいつは、自分が造られる前にできた契約を守ることを拒むかもしれない。二人はたがいに憎みさえするかもしれず、すでに生きているほうの怪物が、自分の畸形を嫌っているのに、それが、女の姿で眼の前に現われるとしたら、もっともっと嫌悪するかもしれないではないか。女のほうもまた、人間のすぐれた美しさに比べて、男を嫌ってそっぽを向くかもしれないし、男を捨てるかもしれない。そうすれば、男はまた、ひとりぼっちになり、自分と同種のものに見棄てられたという新しい挑発に激昂するかもしれない。
 二人がヨーロッパを離れて新大陸の荒野に住むにしても、あの魔ものが渇望している同感の最初の結果は子どもの生れることだろうが、そうすれば、この悪魔の一族か地上に繁殖して、人間の存在そのものを、不安な、恐怖にみちた状態にしてしまうかもしれない。私は、自分の利益のために、この呪咀をどこまでもつぎつぎと続く世代にかぶせてしまう権利があるだろうか。前には、自分がつくった者の詭弁に乗せられ、そのものすごい脅迫のおかげで、うっかりばかげたことを言ってしまったが、今はじめて、あの約束のまちがっていることがわかり、これから先の世の人々が、私というものを、自分たちの疫病神として呪うだろう、と考えて身慄い[#「身慄い」は底本では「身慓い」]した。この私は、利己的な立場から、おそらく人間全体の存在を犠牲にして、一身の平和を購うことを躊躇しなかった、ということになるのだ。
 私は身慄いし、気が挫けた。と、そのとき、眼をあげると、月のあかりで、窓のところに例の悪魔の姿が見えた。腰かけて当てがい仕事をしている私を眺めながら、そいつの唇はものすごい笑いにひきつった。そうだ、私の旅について来たのだ。森のなかをうろついたり、洞穴に身をひそめたり、広い殺風景な荒蕪地に避難したりして、いま私の進捗ぶりに気をつけ、約束を果してくれと言いに来たのだ。
 見れば、その顔には、極度の悪意と不信が現われていた。私は逆上して、こいつと同じようなものをもう一つ造るなんて約束したのかと考え、激情に身を慄わせながら、造りかけたものをこなごなに打ち砕いてしまった。怪物に、自分のこのさきの幸福はそれが居るかどうかできまると考えていたものを、私が壊してしまったのを見て、悪鬼のような絶望と復讐のわめき声をあげて引き下がった。
 私は部屋を出て、扉に鍵をかけ、この仕事を二度と始めはしないぞと自分の心におごそかに誓い、それから足をぶるぶるさせながら居間にひきこもった。私はひとりきりだった。この暗澹たる気分を追いはらって、胸のわるくなるような怖ろしい幻想の圧迫から救ってくれる者は、近くに一人もいなかった。
 数時間が過ぎ、私は窓の近くに腰かけたまま海を眺めていた。ただ数隻の漁船が海上に点在しているだけで、ときどき微風が、呼び交わす漁夫の声を運んできた。私は、深い深い静けさを意識したわけではないが、夜の静けさを感じてはいた。そのうちにとつぜん、私の耳に、岸辺の近くで櫓を漕ぐ音が聞え、私の家の近くで人が上陸する音が聞えた。
 二三分経ってから、誰かがそっと開けようとしているらしく、扉のきしる音が聞えた。私は、頭のてっぺんから足の先まで慄えあがり、誰が現われたかを感じて、私の家から遠くない所に住んでいる百姓の一人を呼び起したいと思ったが、よく、恐ろしい夢のなかで、さしせまった危険から逃れようとしてもできない時に感じるような、腑ぬけた感情に圧しつぶされて、その場にじっとして動かずにいた。
 すると、廊下に足音が聞え、扉が開いて、恐れていたやつか姿を現わした。そいつは扉を閉めて私に近づき、声を殺して言った。
「やりはじめた仕事をぶちこわしたね。それはどういうつもりなの? 約束を破る気だね? わたしは、つらさ、みじめさを堪えしのんできた。あんたといっしょにスイスを立ち、ライン河の岸に洽って、柳の生えた島々のあいだを通ったり、山のてっぺんを越えたりしがなら、わたしは人目を忍んで歩いて来た。イングランドの荒地やスコットランドの荒野に何箇月も住んだ。言いようのない疲労と寒さと飢えに堪えてきたんだ。そのわたしの願いを踏みにじる気かね?」
「出て行け! 約束は破るよ。おまえみたいな、できそこないの邪悪なやつを、もう一人つくる気はないのだ。」
「腰抜けめ、このまえ筋みちを立てて話して聞かせたが、おまえはわたしの謙遜に価いしないことを証明したね。おれに力があるのを知らないか。おまえは自分が不幸だと思いこんでいるが、おれは、おまえが日中の光を憎むほどひどい目にあわせることができるぞ。おまえは造りぬしだが、おれはおまえの主人だ――いうことをききないさい!」
「僕は煮えきらなかったが、もうそれもやめた。おまえがいくら脅迫したって、それに負けて邪悪な行動を取ったりはしないぞ。それはかえって、おまえに悪事の相棒をっくってやらぬという決意を、固めさせるだけのことだ。死や惨事を見て喜ぶような悪魔を、冷静な気もちでこの世に野放しにできるものか。出て行け! 僕の決心は変らないぞ。おまえの言うことは、僕の怒りを昂ぶらせるだけだ。」
 怪物は私の顔に決断をみとめ、怒りのもどかしさに歯ぎしりした。「人間の男はみな妻を見つけて抱き、動物もそれぞれ相棒をもっているのに、おれはひとりぼっちなのか。おれは愛情をもっているが、それが嫌悪と軽蔑で報いられた。おい! おまえは憎むかもしれないが、気をつけろ! おまえの一生が怖ろしいみじめなものになり、やがておまえから永久に幸福を奪い去らずにおかぬ電戟が、おみまいするからな。こんなみじめなありさまでおれが匍いずりまわっているというのに、おまえが幸福でいてよいものかね? おまえは、おれのそのほかの情熱を枯らすことができるとしても、復讐心だけは残るよ――これからは光や食べものよりもたいせつな復讐心だけは! おれは死ぬかもしれないが、まず、おれの暴君、おれの苦しみの種であるおまえを、自分の不幸を見下ろす太陽を呪うようにしてやる。気をつけろ、おれは恐れないし、力があるからな。おれは、毒牙で咬んでやるために、蛇の狡猾さでもって見守ってやる。やい、ひどい目にあって後悔するな。」
「畜生め、黙れ。そんな悪意のこもった声で空気を毒さないでくれ。僕は僕の決意を言いきったし、おどし文句に屈するほど臆病でもないぞ。出て行け。言ったってむだだ。」
「よろしい。行くよ。しかし、おぼえてろ、おまえの結婚の夜には行くからな。」
 私は身をのりだして叫んだ、「悪党め! 僕の死刑執行命令書に署名する前に、自分が安全でいるかどうか確かめろ。」
 私はつかまえようとしたが、怪物は身をかわして、まっしぐらに家を飛び出した。それから二、三分経つと、そいつが小舟に乗っているのが見えたが、その舟は矢のような速さで海をよこぎり、やがて波のあいだに見えなくなった。
 すべてがまた静かになったが、怪物のことばは耳のなかでひびいていた。私は怒りに燃え、私の平和を台なしにしたやつを追いかけて、海にたたきこんでしまいたかった。私は、気がせき、心みだれて、部屋じゅうをあちこち歩きまわったが、そうしているあいだにも、自分を苦しめ痛める想像を数かぎりもなく想い描いた。どうしてあいつのあとを追って、生きるか死ぬかの闘いをやらなかったのだろう。私は、あいつが立ち去るのを見のがし、あいつは本土を指して行ってしまった。私は、あいつの飽くなき復讐心に捧げられるつぎの犠牲者は誰だろう、と考えて身慄いした。また、それから、あいつの言ったことをふたたび考えてみた、――「おまえの結婚の夜には行くからな。」そうすると、それが、私の運命の満了と定められた期限なのだ。その時に私は死に、同時にあいつの悪意を満足させ消滅させることになるのだ。そういうことを考えても、恐ろしくてどうこうするわけではなかったが、ただ、愛するエリザベートのことを考えると――愛する者を自分の手から残酷にもぎとられた時の、その涙やはてしない悲しみのことを考えると――長いあいだ流したことのなかった涙が、私の眼から流れ出した。しかし、激しい格闘を演じないでは敵の前に倒れないぞと、決心した。
 夜が明け放たれて、海上から陽が昇った。激しい怒りが絶望の底に沈潜するとさ、それが平静と呼ばれるかもしれないとしたら、私の気もちはかなり平静になった。昨夜の怖ろしい争いの場所である家を出て、海岸を歩いたが、海はほとんど私と人間仲間とのあいだの越えがたい障壁に見えた。いや、事実そういうことになってほしいものだと思った。なるほど退屈ではあるが、突然に不幸の打撃を蒙ることもなく、この不毛の岩の上で一生を過ごしたかった。もし帰るとすれば、自分が犠牲になるか、私のもっとも愛する者が私自身のつくった悪鬼につかまれて死ぬのを見るか、どちらかになるのであった。
 私は、愛するすべての者から離れた、そしてその離れていることでみじめな思いをしている、おちつきのない幽霊のように、島を歩きまわった。正午になり、陽が高く昇ると、草の上に寝て、深い眠りに陥った。前夜、一睡もしていなかったので、神経が昂ぶり、眼が徹夜と苦悩のために充血したのだ。しかし、ぐっすり眠って元気が恢復したので、眼がさめると、やっと自分が、自分と同じ人間に属しているという気になり、ずっとおちついて今までのことを考えはじめたが、それでもまだ、悪鬼のことばが葬いの鐘のように耳のなかに鳴りひびき、それが、夢のようてもありながら、しかも現実として明白な、重たくのしかかるものに思われた。
 太陽がずっと低くなったので、私は浜に坐りこみ、オートミールの菓子で、がつがつになった食慾をみたした。と、そのとき、見ていると、一隻の漁船が私の近くに着き、そのなかの一人が、私のところへ一つの包みを持って来た。そのなかには、ジュネーヴからの手紙と、帰って来てほしいというクレルヴァルの手紙が入っていた。クレルヴァルの手紙には、自分がこの土地でむなしく過ごしていること、ロンドンでできた友人たちから、インド関係の仕事のことで取りきめておいた相談を実行に移すために帰ってほしい、という手紙が来ていることが、書かれてあった。自分は出発をこれ以上延ばすわけにいかないのだが、ロンドンへ行けば、ばあいによってはいま臆測しているよりも早く、すぐまたもっと長い航海に出ることになるので、なんとか都合をつけて、できるだけいっしょにいるようにしてほしい、と頼んでよこしたのだ。だから、二人でいっしょに南へ行くために、そのさびしい島を去って、パースで僕と落ちあってくれないか、とも懇願してあった。この手紙で、私はある程度、生活のなかにつれもどされ、二日あとに島を去る決心をした。
 とはいえ、出発する前に、やらなければならぬ仕事があり、それを考えると身慄いした。それは化学器具の荷造りで、そのためには、あのいやらしい仕事の場所であった部屋に入らなければならなかったし、見ただけでも胸の悪くなるような器具類を手にしなければならなかった。翌朝、夜明けに私は、勇を鼓して仕事部屋の鍵をはずした。すると、半分できたのを私が壊した動物の遺骸が、床の上に散らばっていて、なんだか自分が人間の生体をこまぎれにしてしまったような気がしてならなかった。私は立ちどまって気をおちつけ、それからその部屋に入った。慄える手で器具を部屋の外に持ち出したが、造ったものの残骸を遺して百姓たちに恐怖と嫌疑を起させてはいけないと考え、そこで、それをたくさんの石といっしょに籠に詰めこみ、今夜こそそれを海に投げこんてやろうと決心した。そして、そのあいだ浜に坐って、化学器械を掃除したり整理したりすることにかかった。
 怪物が現われた夜以来の私の感情に起った変化ほど、完全な変化はどこにもない。以前には私は、自分の約束は、どういう結果を生ずるにしても、果さなければならぬものと考えて、暗い絶望に閉ざされていたが、今では自分の眼から薄皮が取れて、はじめてはっきりものが見えるような気がした。あの仕事をくりかえしてやりはじめようという考えは、ほんのひとときも起らなかった。私の聞いたあのおどし文句は、心に重くのしかかっていたが、それが自分の力で避けられることだとは考えられなかった。私は、最初に作ったあの悪鬼と同じような心のをもう一つ造るなどということは、はなはだ卑劣非道な利己的行為だと心に決め、これと違った結論に達するあらゆる考え方は、頭から追いはらってしまった。
 朝、二時から三時のあいだに、月が昇った。そこで私は、籠をボートに積み、岸から四マイルばかり漕ぎ出した。あたりはまったくものさびしく、二、三隻の小舟が陸のほうに戻るところだったが、私はそれから離れたところを漕いでいった。何か恐ろしい罪を犯しかけているような気がしたので、人に遭うことをびくびくしながら避けたのだ。そのとき、それまで明るかった月がとつぜん厚い雲に蔽われたので、私はその瞬間の暗さを利用して、籠を海中に投げこみ、それが沈むときのごぼごぼという音を聞いて、それからその場を漕ぎ去った。空は曇ってきたが、空気は清新だった。ただ、そのとき吹きだした北東風でそれは冷たかった。しかし、そのために気が清々して、快適な気もちになったので、水上にもうしばらく居ることにし、舵をまっすぐの位置に固定して、舟の底に手足を伸ばした。雲が月を隠し、あらゆるものが、ぼんやりして、竜骨が波を切っていく時の舟の音しか耳に入らなかった。そのざわざわした音に寝かしつけられて、まもなく私は、ぐっすりと眠った。
 いつからこんな状態でいたのかわからなかったが、眼をさました時には、陽はもうよほど高く昇っていた。風が強く、涙がたえずこの小さな舟の安全を脅かした。その風は北東風で、乗り出した岸からずっと私を吹き流してしまったにちがいない[#「ちがいない」は底本では「ちがい」]ことがわかった。向きを変えようとしてみたが、もしも、二度とそうしてみようとすれば、舟はたちどころに水浸しになることが、たちまちわかった。こうして、この立場にあっては、風のまにまに流されるしかなかった。白状するが、私はちょっと恐ろしく感じた。羅針盤はなかったし、この地方の地理をほとんど知らなかったので、太陽もあまり助けにならなかった。洋々たる大西洋に吹き流されて、あらゆる飢餓の苦しみを感じるかもしれないし、まわりで哮えたける巨大な水に呑みこまれるかもしれなかった。もうずいぶん時間が経っていたので、燃えるような渇きの苦しみを感じたが、それはそのほかの苦痛の前ぶれであった。空を見上げると、あとからあとから来ては飛んでいく雲に蔽われていた。海を眺めたが、それは私の墓場になるはずの場所であった。私は叫んだ、「畜生め、おまえの仕事は、もう終ったぞ!」私は、エリザベートのこと、父のこと、またクレルヴァルのことを考えた。みんなあとに残るのだが、その人たちに対して怪物は、血に飢えた無慈悲な欲情を満足させるだろう。こう考えると、絶望的な怖ろしい妄想に捉えられた。その場面が眼の前で永久に終りを告げようとする今でさえ、そのことを考えると戦慄するのだ。
 何時間かがこうして過ぎ去ったが、太陽が水平線に傾くにつれて、だんだん風が衰えて微風となり、海には砕ける白浪がなくなった。しかし、そのかわりに大きなうねりが出てきた。私は舟に酔って、舵につかまっているのがやっとだったが、そのとき、とつぜん、南のほうの水平線に陸地が糸のようになって見えた。
 へとへとになって、数時間も恐ろしい不安に堪えてきたので、精も根も尽きはててしまったが、いまだしぬけに、だいじょうぶ助かるというみこみがついて、暖かい血のように喜びが胸に溢れ、眼から涙がほとばしった。
 私たちの気もちはなんと変りやすく、はなはだしい苦境にあってさえ、私たちのしがみつく生命への愛着は、なんと妙なものだろう! 私は着物を裂いてもう一つ帆をこしらえ、いっしょうけんめいに陸に向けて舵を取った。それは見たところ荒れた岩だらけの陸であったが、だんだん近づくにつれて、耕作のあとがすぐみとめられた。岸の近くには船が見えたので、開けた人間の住むところにいきなり伴れもどされたことがわかった。私は注意ぶかく曲りくねった岸に洽うて歩き、ついに小さな岬のむこうに突き出ている尖塔を見つけた。私はひどく衰弱した状態にあったので、いちばんたやすく栄養物を手に入れることのできる場所として、その町へ向ってさっそく舟を漕いでいった。さいわいに金は持っていた。岬を廻ると、小さなさっぱりした町と、よい港が見えたので、思いがけなく助かった喜びに胸をはずませながら、その港に入っていった。
 舟をつなぎ、帆を始末していると、数人の人々がその場に集まって来た。その人たちは、私が現われたのをたいへんいぶかしくおもっているらしく、私をちっとも手助けしないで、ほかの時なら少しは警戒の感じを私に起させるような身ぶりで、たがいに囁きあっていた。しかし、このとき、その人たちが英語を話していることに気づいただけであった。だから私は、英語で話しかけた、「皆さん、この町はなんという所ですか。ここはどこだか教えていただけませんか。」
 すると、嗄れた声の男がそれに答えた、「そのうちにわかるさ。たぶん、あんたの気に入らない所に来たわけだよ。あんたの宿の相談に乗る者はないだろうよ、きっと。」
 私は知らない人からこんな失礼な返答を受けてひどくびっくりし、しかもその仲間たちの眉をひそめて怒った顔を見てめんくらった。「どうしてそういう乱暴な答えをなさるのです? よそ者をそんなふうに不親切に扱うのは、たしかイギリス人のしきたりじゃありませんね。」
「イギリスのしきたりがどんなのか知らないがね、悪党を憎むのがアイルランド人のしきたりさ。」
 こういう奇妙な会話が取り交されているあいだに、たちまち、黒山のように人垣が築かれるのが見えた。その連中の顔が好奇心と怒りのまじりあった表情をしていたので、私は、それが気になって、かなり警戒もしはじめた。宿屋へ行く道を尋ねたが、誰も答えなかった。それから、私が歩きだすと、あとについて来たり取り巻いたりしている群衆のなかから、がやがや言う声が起り、そのとき人相のよくない男が近づいて、私の肩を叩いた、「さあ、行こう。カーウィンさんのところへ行って、身のあかりを立ててもらおう。」
「カーウィンさんって、誰です? どうして僕は身のあかりを立てなきやならないんです? ここは自由な国じゃないですか。」
「ええ、そりあね、正直な人間にとっては、たしかに自由だよ。カーウィンさんというのは、知事(行政・司法を兼ねる長官でいわば奉行とでもいうべきもの。訳=註)――だ。昨夜ここで殺されていた紳士のことで、詳しく話してもらおうじゃないか。」
 この返事には驚いたが、まもなく気を取りなおした。私に罪はない、それはたやすく証明できる。そこで私は、黙ってその案内者のあとになって、町でもっともりっぱな家の一つにつれて行かれた。疲労と空腹で今にも倒れそうになっていたが、群衆に取り巻かれているので、体の衰弱のために危惧の念や有罪意識をもっていると解釈されたりしないように、全力を振い起すのが得策だと私は考えた。そのときは、自分をぺちゃんこにして、恐怖と絶望のために不名誉だの死だのというあらゆる気づかいも消えてなくなるような、災難がふりかかってくるとは、よもや思いもかけなかった。
 ここで私は、ひと休みしなければなりません。というのは、思い浮んだままにこれから詳しくお話しする事件を憶い起すのは、あらゆる勇気を必要とするのです。


     21 思いもかけぬ災難


 私はまもなく知事の前に伴れて行かれたが、知事というのは、ものごしの穏かで柔かな、やさしそうな老人であった。とはいえ、かなり厳しく私に眼をくれてから、案内してきた者に向って、誰がここに証人として出ているのかと尋ねた。
 五、六名の人が進み出て、そのなかの一人が知事に選ばれたが、その男の申し立てによると、昨夜、自分の息子と義弟ダニエル・ニュージェントを伴れて漁に出、十時ごろに強い北風が吹きだしたので、港に入った。月がまだ昇ってなくて、たいへん暗い晩だったので、港で上陸しないで、いつものように、二マイルばかり下の入江で上陸した。その男が漁具の一部を持って先に立って歩き、あとの二人はすこし離れてついて来た。砂浜を歩いていると、ふと何かにつまずいて地面に四つん匍いになった。そこで、伴れの者が来て助け起し、提灯の光で見ると、どう見ても死んでいる人間の体につまずいて倒れたものだということがわかった。はじめは、溺れて波のために岸に打ち上げられた者の死体であろうと仮定したが、よく調べると、着物が濡れておらず、体もまだその時には冷たくなっていないくらいだった。そこで、さっそくそれをその場に近いある老婆の家へ運んで、息を吹き返させようと手を尽したが、どうしてもだめだった。それは二十五歳前後の美しい青年で、見たところ絞め殺されたらしく、頸についている黒い指のあと以外には、何ひとつ暴力のしるしがなかった。
 この証言のはじめのほうは、私にはちっとも興味がなかったが、指のあとということを聞くと、弟が殺されたのを憶い出して、ひどく胸さわぎがし、手足が慄え、眼が霞んで、椅子によりかからずには立っていられなかった。知事は私をするどく観察し、もちろん私の態度から好ましくない徴候を看て取った。
 息子は父親の話を確証した。しかし、ダニエル・ニュージェントは、証言に呼び出されると、義兄が倒れる直前に、岸に近いところに一人の男の乗った舟を見たが、乏しい星明りで見分けることができたかぎりでは、それは自分かさっき乗っていた舟と同じであった、と自信ありげに言った。
 一人の女の証言によると、この女は浜の近くに住んでいて、死体発見の話を聞く一時間ほど前に、自分の家の戸口に立って漁師の帰りを待っていたが、そのとき一人だけ乗った舟が、あとで死体の見つかったあたりの波うちぎわから出かけていくのを見た、ということだった。
 もう一人の女は、死体を家のなかに運びこんだという漁師の話を確証した。これによると、死体はまだ冷たくなかった。みんなで寝台に寝かしてこすってやり、ダニエルが町へ薬を買いに行ったが、そのうちにすっかり冷たくなった、ということだった。
 私の上陸のことで、ほかの数名の男が調べられたが、いずれも言い合せたように、昨夜はずっと強い北風が吹いたので、この男は何時間も吹きまくられて、出かけた所とほとんど同じ場所に戻されてしまったのにちがいはあるまい、と述べた。のみならず、この男は死体をほかの町から持ってきたと見え、ここの海岸を知らないために、この町から死体を棄てておいた場所までどれだけ隔たっているのかわからずに、港へ入って来たものらしい、とも申し立てた。
 カーウィン氏は、この証言を聞いてから、死体を見て私がどんな影響を受けるかを観察するために、埋葬するために死体を横たえてある部屋に伴れて行かせた。こういう考えは、おそらく、殺害の手口を聞いた時に示した私の極度の興奮から、思いついたのであろう。そこで私は、知事とそのほか数人の者につれられて、その部屋に行った。私は、いろいろな出来事のあった夜のあいだのこういう奇妙な、偶然の一致には驚かざるをえなかったが、この死体が発見された時刻には、私が住んでいた島の数人の者と話を交していたことを知っているので、この事件の成りゆきについてはまったく平気だった。
 私は、死体の置いてある部屋に入り、棺のところに伴れて行かれた。それを見たときの私の感情をどう言いあらわしたらいいだろう! 私は今でも恐怖に焙られるような気がするし、戦慄や苦悶なしにあの怖ろしい瞬間を考えることができない。アンリ・クレルヴァルの命のない体が私の前に伸びているのを見たとき、取り調べのことも、知事や証人の居ることも、私の記憶から夢のように薄れた。私は息もつけずに喘ぎ、死体の上に身を投げ出して叫んだ、「僕の大事なアンリ、僕のろくでないもくろみのために、君まで命を取られたのか。僕はもう、二人も死なせている。犠牲になるほかの者も、運命を待っているんだ。しかし、クレルヴァル、親友で恩人の君が、――」
 人間の体ではもはや、堪えてきた苫悶を支えることができなくなって、私は、烈しい痙攣を起したまま部屋から運び出された。
 それにつづいて熱病が起きた。ふた月ほど危篤の状態で寝こんだが、あとで聞くと、私のうわごとはものすごかった。私は自分をウィリアムとジュスチーヌとクレルヴァルの殺害者だと称し、ときには附き添いの者に、自分を苫しめる悪鬼をやっっけるのに手を貨してくれと頼むこともあった。また、ときには、怪物の指がもう自分の頸をつかんでいるような気がして、大きな声で苦悶と恐怖の悲鳴をあげた。
 さいわいに、自分の国のことばをつかったので、私の言ったことがわかったのは、カーウィン氏だけであったが、私の身ぶりと激しい叫び声は、ほかの目撃者を怖がらせずにはおかなかった。
 私はどうして死ななかったのだろう。かつてこれほど悲惨であった者もないのに、なぜ忘却と休息に陥らなかったのだろう。溺愛する両親のただ一つの望み、花と咲いた子どもたちを、死はいくらでもさらっていく。花嫁たちや若い恋人たちが、この日、健康と希望に溢れているかとおもえば、つぎの日には、墓場の蛆や腐敗の餌食に、どれほどなったことだろう! 車輪が廻るようにたえず苦しみを新たにするいろいろな打撃に、私がこうして堪えられるのは、どんな材料でできているからなのだろう。
 しかし私は、生きるように運命づけられていた。そしてふた月ほど経ってから、夢から醒めてみると、自分が、囚人としてむごたらしい寝台にのびており、看守、牢番、閂、そのほかすべて牢獄のあさましい道具立てに囲まれているのがわかった。私がこんなふうに、理解力を取りもどしたのは、朝のことであったとおぼえている。どういうことが起ったのか詳しいことは忘れて、ただ、何か大きな不運がとつぜん私をうちのめしたような気がしたが、あたりを見まわして、閂をさした窓や自分のいる部屋のむさくるしさを見ると、あらゆることが記憶に浮び、私は烈しく呻き声をあげた。
 この音で、私のそばの椅子にかけて眠っていた老婆が眼をさました。附添人として傭われたこの老婆は、一人の看守の妻で、その顔つきは、よくこういう階級の者に見られるあの特徴的なよくない性質を表わしていた。顔の輪郭は、人の不幸を同情なしに見ることに馴れている人たちのそれのように、硬くて粗々しかった。声の調子もまったくの冷淡さを表わしており、英語で私に話しかけたが、その声は、私か苦しんでいる最中に聞いた声だと気づいた、――
「もうよくなりましたかね?」とその老婆が言った。
 私も英語で、弱々しい声を出した、「どうやらね。しかし、これがすべてほんとのことで、夢ではないとすると、まだ生きてこんなみじめな恐ろしい目にあうのは、残念ですよ。」
 老婆はそれに答えた、「そりあね、あんたが殺した紳士のことだとすれば、あんたは死んだほうがいいようなものさ。だって、どうせひどい目にあうものね! だけど、そんなことはわたしのかまったことじゃない。わたしゃ、あんたを看病してよくするためによこされただけだからね。やくめはまちがいなく無事にはたしますよ。誰がやったところでいいのさ。」
 私は、胸がむかむかして、命の瀬戸ぎわからたったいま引き返したばかりの人に、こういった無情なことばをかけることのできる女から、眼をそらしたが、けだるくて、過ぎ去ったことをすっかり回想することができなかった。
 生涯の全連続が夢のように見え、ときにはそれが、ほんとうに現実のことであるかどうかを疑った。というのは、それが現実の力を伴って順に浮んでこなかったからだ。
 眼の前に浮ぶ影像がだんだんはっきりしてくると、私は興奮した。暗やみがあたりに迫ってきたが、やさしい愛情のこもった声で慰めてくれる者は、近くには誰ひとりとしてなく、親しい手で私を支えてくれる者も、一人としてなかった。医者が薬を処方し、老婆がそれを調合してくれたが、医者は、眼に見えてまるきり冷淡だったし、老婆の顔つきには残忍な表情が強く刻まれていた。給金をもらっている死刑執行人のほかは、いったい誰が殺人者の運命に関心をもてるだろう?
 私のまず考えたのは、こういうことであったが、ただ、カーウィン氏がたいへん親切にしてくれるのが、まもなくわかった。この人は、私のために、監獄のなかでいちばんよい看房を当てがうようにしてくれたし(じっさい悲惨なのもいちばんだったが)、医者と看護人を附けるようにしたのも、この人だった。カーウィン氏は、さすがに、めったに私のところには来なかった。というのは、あらゆる人間の苦しみを救済したいと熱心に考えてはいたものの、殺人者の苦悩とみじめなうわごとのそばに居たくはなかったのだ。だから、カーウィン氏は、おりおり、私がなおざりになっていやしないかどうかを見に来たが、来るとすぐ帰ったし、来るのも、ごく稀れであった。
 ある日、私がおいおいに恢復してきたころ、私は、眼がなかげ開き、頬が死人のように蒼ざめたままで、椅子にかけていた。私はたびたび、陰欝と不幸にひしがれ、自分にとって悲惨なことばかりの世の中に生きながらえることを望むよりは、いっそ死んだほうがよい、と考えた。一時は、自分はきのどくなジュスチーヌに比べると罪がなくはないのだから[#「ないのだから」は底本では「ないのかだら」]、有罪だと名のり、法の裁きを受けるべきかどうかということも考えた。こんなことを思っていると、看房の扉が開いてカーウィン氏が入って来た。氏は、顔に同情と憐憫を表わし、私のそばの椅子を引き寄せて、フランス語で話しかけた、――
「こういう所が君に打撃を与えやしないかとおもって心配でね。何かもっと気もちよくしてあげられることがありませんか。」
「ありがとうございます。しかし、おっしゃってくださることは、僕には無意味なのです。地上にはどこにも、僕の受けられる慰めはないのですから。」
「見知らぬ人の同情が、君のように妙な不運にひしがれた者にとって、ちっとも助けにならないことは、わたしも知っています。けれども君は、まもなくこの憂欝な住まいから出ることになりそうですよ。犯罪の嫌疑から解放されるような証拠が、きっと、たやすく出てきますからね。」
「そんなことはちっとも考えていません。奇妙な事の成りゆきで、僕は人間のうちでいちばんみじめな者になりました。僕のように悩み苦しめられる者にとっては、死ぬことなんか禍ではありませんよ。」
「最近起ったこのふしぎな出来事ほど、めぐりあわせがわるくて人を苦しめたことは、たしかにどこにもありませんよ。あなたは、何か意外な事で、親切で有名なこの海岸に投げ出されてさっそくつかまえられ、そして殺人罪で告発されたのです。最初にごらんになったのは、わけのわからぬやりかたで殺され、いわば悪鬼のようなものの手であなたの通るところに置かれた、あなたの友人の死体でしたよ。」
 カーウィン氏がこんなことを言ったので、そのために自分の苫悩を思いかえして興奮したにもかかわらず、また私のことをよく知っているらしいのにもかなりびっくりした。私の顔にかなり驚きが現われたと見え、カーウィン氏は急いで言った――
「君が病気になってからすぐ、身につけておられた書類がわたしのところに来たので、それを調べてみると、かなりの手がかりを見つけて、それでお家の人たちに、君の不運や病気のことを言ってやることができたわけですよ。というのは、数通の手紙が見つかり、その一通が、書き出しから見て、君のお父さんからだということがわかったのです。わたしは、さっそく、ジュネーヴへ手紙を出しました。その手紙を出してから、もうかれこれ、ふた月になりますよ。――それはそうと、君は病気ですね。今もまだ慄えていますよ。少しでも興奮してはいけませんな。」
「この不安は、どんなに恐ろしいことより千倍もこたえるのです。おっしゃってください、新しい死の舞台がどんなふうに演じられたか、こんどは誰が殺されて悲しむことになるのか。」
 カーウィン氏はやさしく言った、「御家族はまったく無事です。ところで、どなたか、お友だちがあなたを訪ねて来ていますよ。」
 どんな考えからそう思うようなことになったのかわからないが、殺害者が私の不幸を嘲笑しにやって来て、やつの鬼畜のような願望に私を同意させるための新しい刺戟として、クレルヴァルが死んだと言って私を罵るのだということが、たちまち私の頭に浮んだ。私は手で眼を掩って悶えながら叫んだ。――
「おお! そいつを追いはらってください! 僕は会うわけにいかないんだ。後生だから中に入れないでください!」
 カーウィン氏は困った顔をして私を眺めた。氏は、私がわめきたてるので、どうやら有罪かもしれないと見ないわけにいかなくなって、どちらかといえば厳しい語調で言った。――
「君のお父さんが見えたとしたら、そんなひどい反感を見せないで、歓迎するにちがいないと、わたしは思うがね。」
「父ですって!」と私は叫んだが、苦悶が歓びに代ってそのために顔の造作も筋肉も弛んだ。「父がほんとに参りましたか。それはそれは御親切に! だけど、どこにいるんです、どうして急いで来ないのでしょう。」
 私の態度が変ったので、知事は驚きもし喜びもした。知事は、私がさっき喚きたてたのは、精神錯乱の一時的再発だったと考えたらしく、またすぐ以前の思いやりのある態度に変った。そして、起ちあがって附添人といっしょに出ていったが、入れかわりに父が入ってきた。
 このとき、父が来てくれたほど嬉しいことはなかった。そこで私は、手をさしのべて叫んだ、――
「それじゃ御無事でしたね、――エリザベートは――それからエルネストは?」
 父はみんな達者だといって私をおちつかせ、私の関心をもっていることを詳しく話して、私のげっそりした気分を引き立てて元気にしようとしたが、まもなく監獄というものに楽しく住めるわけがないと感じた。「おまえの住んでいる所は、まあなんとしたものだ!」と言って父は悲しげに、格子のはまった窓や部屋のあさましい様子を眺めた。「おまえは幸福を求める旅に出たのに、運命がおまえを追いまわしていると見えるね。それにしても、きのどくなクレルヴァルは――」
 運わるく殺された友人の名は、この弱りきった状態では、なかなか堪えられない刺戟であった。私は涙を流した。
「ああ! そうなんです、お父さん。何かしらひどく怖ろしい宿命が僕に迫っていて、それが終るまで僕は生きなくちゃならないのです。でなかったら、僕はきっとアンリの棺の上で死んでしまったはずですよ。」
 私たちは長く話しこむことを許されなかった。私の健康状態がまだ心配なので、安静を保つためにできるだけの用心が必要だったからだ。そこで、カーウィン氏が入って来て、無理をして力を出しきってはいけないと主張した。しかし、父が現われたことは、私には護り神が現われたようなもので、私はだんだん健康を恢復した。
 病気が治ると、私は、何ものも消すことのできない陰気な暗澹とした憂欝に浸るようになった。ぞっとするほど蒼ざめた、殺されたクレルヴァルのおもかげが、しじゅう眼の前にあった。こういう考えに興奮して危険なぶりかえしが来はすまいかとみんなが心配したことは、一再ならずあった。ああ! どうしてみんなが、こういったみじめでいやな生活をするのだろう。それは、きっと、今や終りに近づいている私の運命を満足させるためであった。まもなく、おお! まさにまもなく、死がこの脈搏を断って、屍になるまで私にのしかかる苦悶のたいへんな重みから、私を救ってくれ、そして正しい審判をおこなうことによって、私もまた安息にひたることができるだろう。そうなってほしいという思いが、いつも念頭を去らないのに、死の姿はいま遠のいてしまった。私はよく、何時間も身しろぎもせず、ものも言わずに腰かけて、私も私の破壊者もその廃墟のなかに埋まるような、大変革か何か起ればよいと思うのだった。
 巡回裁判の季節が近づいた。私はもう三箇月も監獄におり、まだ弱っていてたえず再発の危険もあったのに、裁判の開かれる州庁のある町まで、百マイル近くも行かなければならなかった。カーウィン氏は自分で証拠を集め、私の弁護の手筈をきめるために、あらゆる気を配ってくれた。この事件は、生死を決定する裁判にはかけられなかったので、私は、犯罪者として公衆の前に姿をさらす不名誉をまぬかれた。私の友人の死体が見つかった時刻には、私がオークニー諸島に居たことが証明されたので、大陪審(十二名ないし二十三名から成り、小陪審の手に移る前に告訴状の審査をするもの―訳註)がこの告訴を却下し、この町へ来てから二週間後には、私は監獄から釈放された。
 私か罪の嫌疑を受けた無念さから解放されて、娑婆の新鮮な空気を呼吸することをふたたび認められ、故国へ帰ることを許されたのを見て、父はすっかり喜んだ。私はそんな気もちにはなれなかった。私にとっては、牢屋の壁も宮殿の壁も、どちらも同じように憎らしかったからだ。生命の盃が永久に毒されていたので、太陽が幸福な楽しい人々を照らすと同じように私を照らしはしたものの、私を見つめる不達の眼のかすかな光しかさしこまぬ、濃い、恐ろしい暗黒のほかには、何ひとつまわりに見えなかった。その二つの眼が、死んでしまって窶れたアンリの表情的な眼、あの、瞼にほとんど蔽われた黒っぽい眼球や、それをふちどる長くて黒い腿毛になることもあり、そうかとおもうと、インゴルシュタットの私の部屋ではじめて見た時の、例の怪物の、白ちゃけてどんよりした眼になることもあった。
 父は私を愛情に眼ざめさせようとした。そこで、まもなく私か帰るはずのジュネーヴのこと――エリザベートやエルネストのことを話して聞かせたが、それはただ、私から深い呻き声を引き出すことだけのことであった。私は、幸福を求めようと願って、私の愛する従妹のことを憂欝な喜びをもって考えることもあったし、また、望郷の念にかきむしられて、子どものころ親しんだ青い湖やローヌの急流をもう一度見たいと熱望することもあったが、私のだいたいの気もちは、自然の神々しい情景も監獄もどうせ同じことだと思うような麻痺状態になっていて、たまにそういった願いがむらむらと起ってきても、それは苦悶と絶望の発作で中断されるだけのことであった。私は再三、なんとか忌わしい存在に結着をつけようとしたので、私が何か恐ろしいむちゃなことをしでかさないように、たえず人が附き添って見張りしている必要があった。
 とはいえ、私には一つの義務が残っていて、考えがそこへいくと、結局は自分の利己的な絶望をひっこめないわけにいかなかった。必要なことは、即刻ジュネーヴに帰って自分の熱愛する人たちの命を見張りし、あの殺人鬼を待ち伏せて、やつの隠れ家のある所に乗りこむような機会があれば、あるいは、やつがふたたび現われて私に危害を加える気になったとすれば、狙いあやまたず、あの奇怪な姿の存在をかたずけることであった。やつの姿は、魂のなかでなおさら奇怪なものとなって私を愚弄するのであった。父は、私が旅の疲れに堪えられないだろうと気づかって、まだ出発を延ばしたいと考えた。というのは、私に打ち砕かれた残骸――人間の影であった。私は腑抜けになってしまった。私は骸骨でしかなく、しかも夜となく昼となく熱が私の体を衰弱させるのであった。
 それでも、私がいらいらして、しつこくアイルランドを立つことをせがむので、父は、私の言いなりにするほうがいちばんよいと考えた。私たちは、アーヴル・ド・グラースへ行こうとしている舟に乗り、順風を受けてアイルランドの海岸から出帆した。それは真夜中のことだった。私は、甲板に横になって星を眺め、波のぶつかる音を聞いた。私は、アイルランドを視野から閉ざす暗やみを喜んだ。まもなくジュネーヴが見れるのだと考えると、熱っぽい喜びで脈搏が鼓動した。過去は、怖ろしい夢のなかのように見えた。けれども、乗っている船と、アイルランドの忌まわしい海岸から吹く風と、あたりの海は、自分が幻想にだまされているわけでないこと、私の友人でありもっとも親しい仲間であったクレルヴァルが、私と私のつくった怪物のために犠牲者となったことを、いやおうなしに認めさせるのであった。私は、記憶の糸をたぐって、自分の全生涯を、家の人たちとジュネーヴに住んでいたころの穏かな幸福、母の死、自分のインゴルシュタットへの出発などを憶いかえした。見るも怖ろしい敵を造り出すように私を駆りたてたあの病的熱狂を憶い出して、私は戦慄し、あいつがはじめて生命を得た夜のことを追想した。私は、筋みちを辿って考えることができず、万感こもごも胸に迫ってたださめざめと泣くのであった。
 熱病が治ってからはずっと、毎晩、ごく少量の阿片丁幾を用いる習慣がついていた。命を持ちこたえるために必要な休息を取るには、この薬にたよるほかはなかったからだ。さまざまな不運の想い出に打ちのめされると、こんどはいつもの倍の量をのんで、そのおかげでまもなくぐっすりと眠った。しかし、眠っても、もの思いやみじめさからのがれてくつろぐことができず、夢のなかにさえ私をおびえさせるものが無数に出てくるしまつであった。明けがたには、夢魔のようなものにうなされ、魔物に頸を締められるような気がしても、それを振りきることができず、呻き声と叫び声が耳にひびいた。私を見守っていた父は、私が寝苦しそうにしているのを見て、私を起した。しかし、ぶつかって砕ける浪がまわりにあり、曇った空が上にあるばかりで、例の魔ものはここにいなかったので、とにかくひとつの安心感、すなわち、現在のこのときと、のっぴきならぬ惨澹たる将来とのあいだに休戦が成り立った、という気もちが、一種の穏かな忘却を与えてくれた。人間の心は、別して忘却には陥りやすくできているのだ。


     22 帰郷と結婚


 航海は終った。私たちは上陸してパリへ行った。私は自分が体力を酷使してきたこと、これ以上旅をつづけるにはどうしても休息しなければならぬことが、まもなくわかった。父は、疲れを見せずに私を世話し、めんどうをみてくれたが、私の苦悩が何から来ているのかがわからず、この不治の病を医そうとして誤まった方法を考えた。父に私に、人との交際に楽しみを求めさせようと思ったのだ。ところが、私は、人の顔を見るのが嫌いだった。いやいや、嫌いなものか! そういった人たちは、私の兄弟、私の同胞であって、そのなかのどんないやらしい者でも、天使のような性情と天人のような性分をもった人間と同じように、私を惹きつけるのであった。しかし、自分には、その人たちと交際を共にする権利がない、という気がした。人の血を流し人の呻き声に聞きなれて喜ぶ敵を、この人たちのあいだに、野放しにしたのだ。私の穢らわしい行為と私から出た犯罪のことを知ったとすれば、この人たちは、みんなで私を嫌い、世間から追い出してしまうことだろう!
 父もとうとう、人とのつきあいを避けたいという私の願いに譲歩し、議論をいろいろ持ち出して私の絶望をほくしようとした。ときには、私が殺人の嫌疑に答えなければならないのをひどく屈辱的なことだと感していると考え、誇りなどは何にもならないものだということを証明しようとした。
「ああ、お父さん、」と私は言った、「お父さんは、僕のことはごぞんじないのです。僕のような悪い者が自尊心をもつとしたら、人間は、人間の感情や情熱は、ほんとうに屈辱的なものになりますよ。ジュスチーヌは、きのどくで不しあわせなジュスチーヌは、私と同じように罪がなかったのに、同じように嫌疑をかけられて、苦しみそのために死んでしまいました。原因は私にあるのですよ、――私が殺したのです。ウィリアムも、ジュスチーヌも、それからアンリも――みんな私の手にかかって死んだのです。」
 私の入獄中に、父は再々、私がこれと同じようなことを言うのを聞いており、私がこんなふうに自分を責めると、説明を聞きたがっているように見えることもあったが、また一方、それを錯乱状態の結果だと考えるように見えた。病気中に何かそういうことが考えられるのではないかと想像したが、恢復期になっても私はそのことをおぼえていた。私は説明を避け、自分がこしらえた怪物についてはどこまでも沈黙を守った。私は気が狂っていると考えられたほうがよいと考え、そのためにしぜん、あくまで口をつぐむことになるのであった。それに、また、聞く者を驚愕させ、恐怖とあるまじき嫌悪感をその人の胸に抱かせるにちがいないような秘密を、どうしても漏らすことはできなかった。だから、同情してもらいたいという堪えがたい渇望を抑え、この致命的な秘密を人にうちあけたいとおもう時でも、黙っていた。それでも、なお、前に述べたようなことばが抑えきれなくなっておもわず飛び出すのであった。そういうことを説明するわけにはいかなかったが、それが実際であったことは私の奇怪な災難の重荷をいくぶん軽くしてくれた。
 こういうばあい、父はどうも不審でたまらぬという表情で言うのであった、「ヴィクトルや、おまえ正気でそんなことを言っているのかね。ねえ、頼むから、二度とそんなことを言わないようになさい。」
「僕は狂っているわけじゃないのです。」と私は力をこめて叫んだ、「僕のやったことを見ていた太陽や天なら、僕の言うことが真実だということを、証明してくれますよ。なんの罪もないあの犠牲者たちを殺したのは、僕なのです。みんな僕のたくらみにかかって死んだのです。あの人たちの命を救うためには、自分の血を一滴ずつ何千回流そうとかまわなかったのですが、まったくのところ、全人類を犠牲にすることはできなかったのですよ、お父さん。」
 父に私のこういうことばから結論して、私の考えに狂いが来ていると見、さっそく話の題目を変え、私の考え方の筋みちを変えようと努力した。父は、アイルランドで起った場面を憶い出さないようにできるだけ抹消しようとし、そのことにはいっさい触れず、私にも私の不運のことについては何も語らなかった。
 時が経つにつれて私もすこし平静になり、みじめさは心から去らなかったが、もはや前のように、あともさきもなく自分の罪のことを口走るようなことがなく、自分の気もちだけで抑えておくようになった。ときには、不幸のあまりに、全世界にぶちまけようとする威丈高になった声を、自分でみずから、叩き伏せるようにして抑えた。そこで、例の氷海に出かけてからというものは、以前に比べて、私の態度はずっと穏かになり、おちついてきた。
 パリをあとにしてスイスへ向う数日前に、エリザベートからのつぎのような手紙を私は受け取った、――
「ヴィクトルさま――伯父さまがパリでお出しになった手紙を受け取りまして、とても嬉しうございました。あなたはもう、おそろしく遠い所にはいらっしゃらないで二週間もたたないうちにお目にかかれるわけなのね。おきのどくに、ずいぶんお苦しみになったでしょう! ジュネーヴをお立ちになった時よりおぐあいがわるいのじゃないかとおもいます。どうなったかとおもって心配で心配で、そのためにこの冬はとてもみじめな思いをして暮らしました。でも、お顔の色に平和を見、お心に慰藉や平静が欠けているわけでないことを知るのを私は望んでいます。
「でも、一年前にあなたをあれほどみじめにしたと同じようなお気もちが今もまだあり、ひょっとしたら時間が経ったためにそれがもっと強くさえなったのではないかと、私は心配しています。いろいろな不運があなたにのしかかっているこの時に、お心を乱したくはありませんが、伯父さまと出発の前にした相談について、お会いする前に少しばかり説明しておく必要がありますの。
「説明だって! と、たぶん、おっしゃるでしょう、エリザベートが説明するようなどんなことがあるのか、と。ほんとうにそうおっしゃるのでしたら、私の質問は答えられたことになり、私の疑いはみな解けたことになります。しかし、あなたは私と離れた所におり、この説明を恐れはするけれどもお喜びになるかもしれません。ひょっとしたらそれが事実かもしれませんので、お畄守のあいだにたびたび申しあげたいとおもい、そうするだけの勇気がなかったことを、もう先に延ばしたりしないで、おもいきって手紙で申しあげることにしました。
「よくごぞんじでしょう、ヴィクトル、私たちがいっしょになることは、子どものころからずっと、あなたの御両親のお望みの計画でした。二人はずっと前からそのことを聞かされ、たしかにそうなることとして期待するように教えられました。二人は子どものころには仲のよい遊び友だちだったし、大きくなるにつれて、おたがいにたいせつな友人になったと私は思います。しかし、兄と妹なら、もっと深い結びつきを欲せずに、たがいにいきいきとした愛情を抱くでしょうが、私たちのばあいもそういうものではないのでしょうか。ねえヴィクトル、おっしゃってください。おたがいの幸福のために、お願いですからほんとうのことを答えてください。――あなたはほかの方を愛していらっしゃるのではありませんか。
「あなたは旅をなさっていました。インゴルシュタットで生涯のうちの何年かをお過ごしになりました。白状いたしますが、昨年の秋、あなたがあんなに不幸で、あらゆる人との交りを避けて孤独になさるのを見て、あなたが私たちの結びつきを悔み、気に合わないながらも親にちの望みに添う義理があると思いこんでいらっしゃる、と考えずにはいられませんでした。しかし、これは誤った推理でした。私があなたを愛していること、私の未来の夢のなかではあなたがいつも変らぬ友であり伴侶であったことを、私は告白します。しかし、あなた自身の自由な選択で決めたものでないかぎりは、私たちの結婚は永久に私をみじめな者にすると申しあげるほうが、私自身はもとより、私の願うあなたの幸福になるのです。残酷きわまる不運にひしがれたあなたが、体面ということばのために、あの愛と幸福のあらゆる望みを殺しておしまいになるかとおもうと、今でさえ泣けてきます。この望みだけが、あなたを昔のあなたにかえしてくれるというのに。あなたに対してこれほど私心のない愛情をもっている私でも、あなたの望みを邪魔するものになって、あなたの不幸を十倍も増しているかもしれませんね。ああ! ヴィクトル、あなたの従妹、遊び友だちが、あなたに対して誠意のある愛情をもっているかぎり、こういう仮定のためにみじめな思いをなさらなくてもよいことはたしかです。幸福になってください。このただ一つの要求に従ってくださるなら、地上の何ものも私の平静を妨げる力をもたないことに満足していらしてください。
「この手紙があなたを苦しめたりするようなことがございませんように。もしも、そうするのが苦痛でしたら、明日も、明後日も、お帰りになるまでも、御返事をお書きにならなくてさしつかえありません。伯父さまがあなたの御健康のことを知らしてくださるでしょう。お会いしたとき、私のいろいろな努力によってあなたの唇にただの一度でも微笑が浮ぶのを見たら、私にはそのほかの幸福に要りません。
エリザベート・ラヴェンザ
ジュネーヴで一七××年五月十七日」
 この手紙は、今まで忘れていた悪鬼のおどし文句――「結婚式の夜には行くからな!」――を記憶のなかに甦らせた。それが私に対する刑の宣告であって、その夜、例の魔ものは、私を殺すためにどんな手でも使い、幸福をちらつかしていくらかでも私の苦悩を和らげる目あての立つものがあれば、それを、私から引き裂いてしまうだろう。よろしい、それでよいのだ。そのときにはきっと、死の闘いがおこなわれ、やつが勝てば、私は平和になり、私に及ぼすやつの力は終りになるし、やつが負ければ、私は自由な人間になるのだ。ああ! どんな自由だというのか。自分の家族が眼の前で虐殺され、家は焼かれ、畑は荒され、路頭に迷って、家もなく、金もなく、ひとりぼっちで、自由という名ばかりの、土百姓の享けるようなもの。エリザベートという宝を一つもっていることを除けば、そういうのが私の自由であろう。ああ! それも、死ぬまで私をつけまわす悔と罪の恐怖感のために帳消しにされたのだ。
 美しく愛らしいエリザベート! 私は、その手紙をくりかえして読んでいると。何かしらなごやかな感情が心に忍びこんで、愛と歓喜の楽園の夢をささやいたが、林檎はすでに食べられており、天使は腕をまくって私のあらゆる望みを取りあげようとしているのであった。けれども私は、エリザベートを幸福にするなら死んでもよかった。怪物がもしその脅迫を実行に移すとしたら、死は避けられなかったが、それでも、結婚すれば自分の宿命を早めることになるかどうかをまた考えてみた。私の破滅はなるほど数箇月早くやってくるかもしれないが、私を苦しめる怪物が、その脅迫を怖れて私が延期したというふうに邪推するとしたら、別の、おそらくはもっと怖ろしい復讐の手段を見つけ出すにきまっている。やつはおまえの結婚式の夜に行くからなと誓ったのだが、この脅迫がそのあいだ平和を守る約束をしたことになると、考えているわけではなかった。というのは、まだまだ血に飽き足りていないことを示すもののように、あのおどし文句を並べた直後に、クレルヴァルを殺しているからだ。だから、私がすぐ従妹と結婚して、この従妹が父の幸福をもたらすとすれば、私の命を狙う敵の計画のために、ただの一時間でも結婚を延ばしはしないぞと私は決心した。
 こういう精神状態で、私はエリザベートにあてて手紙を書いた。その手紙は、なごやかな愛情にみちたものであった。「僕の愛するひとよ、僕は、地上にはもう、僕らのための幸福はあまり残っていないのではないかと心配するのです。それにしても、いつか私が享けるかもしれない幸福はみな、あなたを中心にしたものです。何にもならぬ懸念は、追いはらっておしまいなさい。僕は、自分の生活と満足のいくための努力を、あなただけに集中しているのですから。僕はね、エリザベート、一つの 秘密を、恐ろしい秘密をもっているのですが、それをあなたにうちあけたら、あなたの体は恐怖のために凍ってしまい、僕の不幸に驚くどころか、私が生きながらえて堪えてきたことをふしぎに思うだけでしょう。この悲惨な恐ろしい話は、私たちの結婚が済んだつぎの日に、あなたにうちあけます。そうなれば、おたがいにすっかりうちあけなければなりませんからね。しかし、お願いだから、それまでは、直接的にも間接的にもそのことに触れないでください。私はほんとうに心からこれをお願いし、あなたも承知してくれることとおもっています。」
 エリザベートの手紙が着いてから一週間ほど後に、私たちはジュネーヴに戻った。エリザベートは曖かい愛情で私を迎えた。それでも私の窶れた体や熱ばんだ頬を見ると、エリザベートの眼には涙がにじんだ。私もあいての変ったことをみとめた。ずっと痩せて、以前私を惹きつけた天与の快活さはずいぶん失われたが、そのやさしさと同情のこもったなごやかな顔のために、私のように枯れはてたみじめな者には、いっそうふさわしい伴侶になっていた。
 私かいま感じている平静は長く続かなかった。記憶には狂気が伴っていて、過ぎ去ったことを考えると、私はほんとうに気が狂った。荒れ狂って激しい怒りに燃えることがあるかとおもうと、すっかりふさぎこんで、しょんぼりとすることもあった。誰とも口をききもしなければ会いもせず、つぎつぎと自分をたたきのめす災難に戸惑いして、ただじっと坐っているのだった。 こういう発作から私を救い出す力があったのは、ただエリザベートだけで、そのやさしい声は激情に浮かされている私をなだめ、麻痺状態に沈んでいる私に人ごこちをつけてくれた。エリザベートは、私といっしょに、私のために泣いた。私か正気にかえると、私に忠告し、諦めさせようとほねおってもくれた。ああ、不幸な者にとっては、諦めるのもよいことだろう。しかし、罪を犯しに者には平和はない。悔恨に苦しみ悶えると、さもなければ、過度の悲しみにふけるさいに往々見られる悦びがだめになってしまうのだ。
 私が家に置いてからすぐ、父は私とエリザベートとの結婚式をさっそく挙げようと言いだした。私は黙っていた。
「それではおまえは、誰かほかに好きな人でもあるのかね?」
「そんなものはとこにもありませんよ。僕はエリザベートを愛しています。私たちがいっしょになるのを喜んで待っているのです。だから、日取りを決めてください。そうすればその日に、生死をかけて、あの子の幸福のために身を献げます。」
「ねえヴィクトル、そんな言いかたをするものじゃないよ。わたしらはひどい不運にみまわれたが、こうなるともう、あとに遺っている者にだけすがりついて、亡くなった者に対する愛情を、まだ生きている者に移そうじゃないか。わたしらの身うちは小さくなったが、愛情とおたがいの不運の絆でぴったり結ばれているのだよ。時の力がおまえの絶望を和らげてくれれば、新しく大事に世話してやる者が、わたしらから残酷に奪い去られた者に代って生れてくるだろうからね。」
 父が教えてくれたのは、そのようなことであった。しかし、私にはやはり、あの威嚇の憶い出が戻ってきた。あの悪鬼は、血を見ることにかけてはまだまだ万能だったので、それを私がほとんどどうにもならないものと考え、やつが「結婚式の夜には行くからな」と明言したかぎり、この脅迫された運命を避けられないものと見たとしても、驚くには当らないだろう。しかし、死は私にとっては、もしもそれでエリザベートを失うことが帳消しになるなら、禍でもなんでもなかった。そこで私は、喜んだ、むしろ快活な顔で、あの子さえ賛成するなら十日後に式を挙げる、という父に同意し、こうして想像したように、自分の運命に捺印した。
 ああ! 鬼畜のような敵の兇悪なもくろみがどんなものであったかを、ただの一刻でも考えていたら、このみじめな結婚に承諾したりしないで、むしろ、故国から永遠に自分を追放したところだろう。しかし、魔法の力をもっているかのように、怪物は、そのほんとうの意図を私に見えないようにし、私が自分の死だけを覚悟していると思ったとき、ずっと大事な犠牲者の死を早めてしまったのだ。
 決められた結婚の期日が近づくにつれて、私は、臆病からか予感からかわからないが、気がめいってしまうのを感じた。しかし、うわべは陽気にしてこの感情を隠したので、父の顔には笑いと喜びが浮んだが、ただ、エリザベートのつねに油断のない鋭敏な眼を欺くことはできそうもなかった。エリザベートは、静かな満足をもって私たちの結婚を待ちうけてはいたものの、過去の災難に刻みつけられた多少の危倶がまじっていないでもなかった。つまり、今は確実明白な幸福と見えるものも、まもなくはかない夢となって消え失せ、深刻な、はてしない悲歎をしかあとにのこさないのではないか、という心配があるのであった。
 式の準備が整えられ、お祝いの客の訪問を受けて、みんながにこにこしていた。私は、自分を悩ます不安を、できるだけ胸に閉じこめ、それが自分の悲劇の飾りとしてしかやくだたないにしても、とにかく熱心に見えるようにして父の計画に従った。父の尽力によって、エリザベートの相続財産の一部が、オーストリア政府から返され、コモ湖畔の小さな所有地がエリザベートのものになった。私たちは、結婚の直後に、ヴィラ・ラヴェンザに行って、その近くにある美しい湖のほとりで私たちの幸福な最初の日々を過ごすということに相談を決めた。
 そのあいだ私は、例の悪魔が公然と私を攻撃したばあいに身か護ろうと、あらゆる予防手段を講じた。拳銃と短剱をたえず身につけ、策略にかからぬようにいつも気をつけていたので、そのためにだんだんおちつきを取りもどした。じっさい、その時が近づくにつれて、あの威嚇がますます錯覚のように見え、私の平和を乱すほどのことでないような気がしたし、また一方、挙式の日と定められた時がだんだん近づき、それを妨げる出来事が起ろうなとど夢にも思わないで語られているのを聞くと、結婚したら得られるだろうと望んでいた幸福が、ますます確実なものに見えるのであった。
 エリザベートは、幸福なようすだった。私の平静なふるまいが、心を安めるのにたいへんやくだったのだ。しかし、私の願望と宿命が果されることになったにその日は、エリザベートも憂欝で、禍の予感にひたされ、またおそらくは、私がそのつぎの日にうちあけるた約束した怖ろしい秘密のことを考えてもいた。そのあいだも、父は大喜びで、準備のどさくさにまぎれて、姪の憂鬱を花嫁のはにかみぐらいにしか考えなかった。
 式か済んだあとで、父のところにおおぜいの人々が集まったが、エリザベートと私は、水路で旅に出かけ、その夜はエヴィアンに泊り、翌日はまた旅をつづける、ということになった。天気がよく、風は追い風で、みんなが笑顔で私たちの蜜月の舟出を見送ってくれた。
 これは、私の人生のうちの幸福感を味わった最後の瞬間であった。私たちは急速に進んでいった。太陽は暑かったが、天蓋のようなもので日よけをして、景色の美しさを楽しみ、ときには湖の一方の端を進んで、そこでモン・サレーヴや、モンタレーグルの気もちのよい岸を眺め、遠くにあらゆる山の上にぬきんでた美しいモン・ブラン、それと競っても追いつけない雪の山々の集まりなどを眺めた。また、ときには、反対の岸に沿うて、偉大なジュラ山系を眺めたが、それは故国を去ろうという野心に対する暗黒面や、その故国を奴隷にしたがっている侵入者に対するほとんど越えがたい障壁を、突きつけているのであった。
 私はエリザベートの手を取った。「悲しそうにしているね。僕が悩んできたこと、まだそれに耐えていくことがわかったら、すくなくともこの一日だけは、絶望から逃れて安静にしておいてやろうと努力してくれそうなものなのにね。」
「幸福になってね、ヴィクトル、」と、エリザベートは叫んだ、「あなたを苦しめるものは何もないとおもうわ。私の顔がいきいきとした喜びに染まっていなくても、私の心は満足しているのよ。私たちに向って開かれた前途にあまり頼ってはいけないと、何かささやくものもあるけど、私はそんな、縁起でもない声には耳を傾けませんわ、ごらんなさいな、私たちの船はこんなに早く進んでいるのよ。それに、モン・ブランの円屋根を蔽い隠したり聳え立たしたりする雲が、この美しい眺めをいっそう引き立せていますのね。また、澄んだ水のなかで泳いでいるたくさんの魚もごらんなさいな。底の小石が一つ一つ見わけられるくらいよ。なんてすばらしいでしょう! 自然がみんな幸福に晴ればれとして見えますわ!」
 エリザベートはこんなふうに、憂欝なことを考える自分と私の心を、なんとかしてそらそうとした。しかし、その気分が動揺していて、ちょっとのあいだは眼を輝かしてよろこんだが、それがたえず困惑と空想に代っていった。
 太陽は沈みかけた。私たちはドランス河を過ぎ、小山の深い割れ目やもっと低い山の谷あいを通っている水路を眺めた。アルプス山系はこのあたりでは湖に近く迫っていて、私たちはその東の境になっている山々の円形劇場に近づいた。そのまわりにある森や、そのそばにさしかかった山また山のつらなりの下に、エヴィアンの尖塔が輝いていた。
 それまでたいへんな速さで私たちを吹き送っていた風が、日没には止んで微風になった。そのそよそよとした風は、水面にさざなみを起すぐらいのもので、海岸に近づくにつれて木々のあいだをこころよくそよがせ、花と乾草のじつに気もちのいい香りを運んでくるのだった。上陸するとき、太陽が水平線の下に沈んだ。私は、岸に着くと、まもなく自分を捉えて永久にまといつく心労や不安が甦ってくるのを感じた。


     23 最愛の者の死


 上陸したのは八時ごろであった。私たちはしばらく、ひとときの光を楽しんで湖畔を歩き、それから宿屋に入って、暗くてぼんやりしてはいるがまだ黒い輪郭を見せている水や森や山々の美しい景色を眺めた。
 雨へ落ちていた風が、こんどは西から激しく吹き起った。月は天心に達して傾きはじめたが、雲は禿鷹の飛ぶより速くそれをかすめて光をかげらせ、湖はあわただしい空模様を映して、起りはじめたおやみない浪のためにますます騒々しくなった。と、とつぜん、沛然として雨が降りだした。
 私はおちついていたが、夜になって物の形がぼやけはじめるや否や、心に数限りない恐れが起ってきた。拳銃をふところに隠して右手で握りしめながら、私は気がかりになって用心した。物音がちょっとでもするとびくびくしたが、私は、そうやすやすと殺されてたまるか、自分か敵かどちらかが息の根をとめるまでは、ひるまずに格闘するぞ、と決心した。
 エリザベートはしばらく、おどおどとして、心配そうに黙ったまま、私の興奮を見ていたが、私の顔つきに何かしら恐怖を伝えるものがあったと見え、慄えながら、私に尋ねた。「昂奮なさるのは何のためなの、ヴィクトル? 何を怖がっていらっしやるの?」
「おお! 静かにして、静かに、」と私は答えた、「今夜だけは。そうしたらすっかり安全になるよ。けれど、今夜は恐ろしい、とても恐ろしいのだ。」
 私はこういう精紳状態で一時間ばかり過ごしたが、そのとき急に、私が今にも起るかと待ちかまえている戦いが、妻にとってどんなに怖ろしいものであるかを考え、寝室に引き取ってくれと熱心に頼み、敵の動静について多少とも知らないうちは、妻のところに行かないと決心した。
 妻が去ったあとで、私は、この家の廊下をあちこち歩きまわって、敵のひそんでいそうな隅々をみな調べてみた。しかし、どこにもそいつの形跡が見つからなかったので、何か都合のよいことが起って、やつが脅迫を実行に移すことが邪魔されたのだろうと推測しはじめたが、そのとき、とつぜん、耳をつんざく怖ろしい悲鳴が聞えた。それはエリザベートが寝ていた部屋からだった。こんな状態はほんのちょっとで終り、悲鳴がまた起ったので、私はその部屋に跳びこんだ。
 なんということだ! どうしてあのとき私は、死んでしまわなかったのだろう! この世で私の最上の望みであったこのうえもない純潔な人の死を、どうしてここでお話しするようなことになったのだろう。エリザベートは、死体となって、寝台の上に投げ出され、頭ががっくりと垂れさがり、蒼ざめて歪んだ顔が髪の毛になかば蔽われていた。どちらを向いても私には、あの同じ姿が見える――今は花嫁の棺架となった寝台の上に、殺害者の手で投げ出された、血の気のない腕やだらりと伸びた姿が。私はこれを見てしかも生きていられたのだろうか。哀しいかな、生命は執拗なもので、いくら嫌われてもその嫌われるところにかじりつくのだ。記憶がとぎれるのは、ほんのひとときだけであっだ。私は気が遠くなって倒れるのを感じた。
 気がついてみると、宿屋の人々がまわりに集まっていて、その顔は息もつまりそうな恐怖の表情を浮べていたが、私には、他人の恐怖などは、ただのまねごと、つまり自分にのしかかる感情の影法師でしかないようにおもわれた。私はこの人々から逃れて、つい先ほどまで生きていた、大事な、かけがえのない、恋人でありまた妻であるエリザベートの死体の置いてある部屋へ行った。最初に見たときと姿勢が変って、こんどは、頭が腕を枕にするように置かれ、顔と頸にハンカチが掛けてあって、眠っているかとおもわれるようであった。私は馳け寄って、むちゅうで抱きついたが、死んで手足にもう動かず、冷たくなってしまっているので、いま腕に抱いているのは、自分が熱愛したあのエリザベートではなくなっていることがわかった。あの畜生の絞め殺した痕が頸についており、肩から息が出なくなっているのだった。
 私がまだ絶望的に悶えて死体の上にかがんでいるあいだに私は、ふと眼を上げた。部屋の窓はそれまで暗かったが、月の薄黄色の光が室内を照らしているのを見て、一種の恐慌を感じたのだ。鎧戸が押しあけられ、開いた窓のところに、見るも恐ろしい嫌なものの姿を、名状しがたい恐怖感をもって私は見た。怪物は歯をむき出して笑い、残忍な指で妻の屍を指さして嘲弄しているように見えた。私は窓に馳け寄り拳銃ピストルを胸にあてて発射したが、怪物は身をかわし、居たところから跳び下り、電光のような速さで走っていって、湖水に跳びこんだ。
 拳銃ピストルの音を聞いて、人がたくさん部屋にやって来た。やつが見えなくなった地点を指さすと、みんなボートに乗って追跡し、網を打ったりしたが、何にもならなかった。数時間経ってから、私たちは、失望して帰って来たが、いっしょに行った人たちは、たいてい、私か空想ででっちあげた姿だと思いこんだ。舟から上ると、こんどは陸の上を探すことになり、組みに分れて森や葡萄園のあいだを八方に散っていった。
 私もいっしょに行こうとして、宿屋からちょっと離れた所まで行ったが、目が廻って、歩きぶりも酔いどれのようになり、とうとう、へとへとに疲れきって、眼に薄皮をかぶり、皮膚が熱病の熱で焼けるような気がした。こんなありさまで私は伴れもどされ、寝台に寝かされたが、どんなことが起ったのかわからず、何か失ったものを探すように、部屋を見まわすのだった。
 しばらくしてから私は起きあかつて、本能にみちびかれたように、愛する者の死骸のよこたわっている部屋に入っていった。女の人たちがまわりで泣いており、私もその上に身を屈めて、いっしょに泣いた。――この時にはどうもはっきりした考えが頭に浮ばず、自分の不運とその原囚をごたまぜに反映するさまざまなことを、考えるともなく考えていた。雲とむらがる驚愕と恐怖のために、途方に暮れてしまったのだ。ウィリアムの死、ジュスチーヌの死刑、クレルヴァルの殺害、今また、妻の殺害。そして、この瞬間にも、ただ二人だけ残っている身うちも、あの殺人鬼の悪意の前には安全でないことがわかった。父が今にもあいつに絞められて身もだえし、エルネストがあいつの足もとて死んでいるかもしれなかった。私は、こう考えて身慄いし、さっそく行動にとりかかった。ここを出発して、できるだけ速くジュネーヴに帰る決心をしたのだ。
 手に入れられる馬がなかったので、湖水を渡って帰らなければならなかったが、風が逆風で、雨は滝となって降った。とはいえ、夜も明けきっていなかったので、夜までにはむこうに着ける望みがあった。そこで、舟を漕ぐ男たちを傭って、自分も橈を取った。いつも、体を動かすことで心の悩みを忘れた経験があったからだ。しかし、こんどは、どうにも支えきれぬみじめさを感じ、じっと堪える心の動揺のあまりに、手足がいうことをきかなかった。私は橈を棄て、あおむけに寝て、浮んでくるあらゆる陰欝な考えに身を委した。見あげれば、私が幸福だったころに親しみ、今は影や回想でしかない妻といっしょに前の日に眺めたばかりの、風景が見えた。涙が眼から流れた。ひととき雨が止んでいたので、魚が水のなかで、幾時間か前と同じように泳いでいるのが見えたが、あの時は、エリザベートもそれを見たのだ。大きなだしぬけの変化ほど、人の心にとって苦痛なものはない。太陽が輝いて、雲が低く垂れれているかもしれないが、私には、どんなものも前の日と同じには見えなかった。悪鬼が私から将来の幸福の望みという望みを強奪してしまった。私ほど悲惨な者はかつてなかったし、こんな怖ろしい出来事も、人間の歴史のうえでたった一つしかないのだ。
 しかし、この最後の圧倒的な出来事に続いて起った事件は、もう詳しくお話するまでもないでしょう。私の身の上ばなしは恐怖の話であり、私はすでにその極点に達し、いまお話ししなければならないことは、あなたにとってはただ退屈なだけです。ここでは、私の身うちが一人また一人と奪い去られたことを、知っていただければよいのです。私はひとりぼっちになってしまいました。私自身の力も尽きはてました。私はごく手短かに、この怖ろしい話の残りをお話ししなければいけませんね。
 私はジュネーヴに着いた。父とエルネストはまだ生きていたが、父は私かもたらした消息を聞いてぐったりとしてしまった。すぐれた慈悲ぶかい老人であった父が、今でも私の眼に見える! 父の眼はあらぬかたをぼんやりと見ていた。それはもはや魅力や歓びを失ったのだ。余生が少くなるにつれて、ほかのことにはあまり感情を動かさないで、残っている者にますます一心にしがみつく人が感じる、あのあらゆる愛情をもって溺愛したエリザベートは、父にとっては娘以上のものであった。老齢の父に災難をもたらし、不幸のために精根を枯らすように運命づけた悪鬼は、いくら呪われてもよい! 父はまわりに積み重なった恐怖のもとに生きていけず、存在の泉がとつぜんに涸れ、寝床から起き上れなくなって、数日のうちに私の腕に抱かれて死んでしまった。
 それから私はどうなったか。私は知らない。私は感覚を失い、鎖と暗黒しか私に強く迫るものはなかった。ときにはたしかに、若かった頃の友だちと花の咲いた牧場や楽しい谿谷をさまよっている夢を見たが、目がさめると牢屋のなかにいるのであった。憂欝は続いたが、だんだんと自分のみじめさや情況をはっきり考えるようになり、やがて牢獄から釈放された。人々は私を気ちがいと呼んだが、察するところ、幾月となく私は、独房に住んでいたのだ。
 けれども、私が理性に目ざめたとき、同時に復讐の念を取りもどさなかったとすれば、自由は私には無用のたまものであった。過去の不運が私を圧迫するにつれて、私は、その原因である自分のつくった怪物、自分の破滅のためにこの世に追い放ったあの悲惨な魔もののことを考えはじめた。そいつのことを考えると、私は、狂おしい怒りに捉えられ、そいつをつかまえてその呪われた頭に、これと思い知らせやれるようにと、願い、かつ一心に祈るのであった。
 私の憎悪は、何にもならない欲求だけにいつまでもとどまってはいず、やつをつかまえるいちばんよい手段を考えはじめた。そして、そのために、釈放されてからひと月ばかりして、町にいる刑事裁判官のところに出かけて、私は告発することにする、私は自分の家族を殺した者を知っている、だから、その殺害者の逮捕に全力をあげていただきたい、と話した。刑事裁判官である知事は、注意ぶかく親切に私の話に耳をかたむけた、――「ええ、だいじょうぶですよ。骨身を惜しまずにその悪者を見つけますから。」
「ありがとうございます。」と私は言った、「では、証言しますから、お聴き取りください。これは変った話ですから、どれほどへんなことでも、それを信じさせるだけの力のある何かが実際にないと、ほんとうにはなさらないのではないかとおもって心配です。この話は、前後左右の脈絡がはっきりしていて、夢とまちがえられたりすることはありませんし、私が嘘を申しあげるいわれもありません。」知事にこう話しかけたとき、私の態度は印象的であったが、おちついていた。私は心のなかで、あの殺戮者を死ぬまで追跡する決心を固めていたので、この目的は私の苦悩を和らげ、しばらくのあいだ私に生きがいを感じさせた。私はそこで手短かに、自分の経歴を述べたが、しっかりと精確に、日附けなどにもいささかの狂いもなく、また筋みちをそれて罵倒したり絶叫したりすることもなかった。
 知事は、はじめのうちは、まるきりほんとうにしないように見えたが、話をつづけるうちに、だんだん注意し、関心をもつようになって、ときには恐怖に身慄いし、またときには、少しも疑いをさしはさまぬ驚きがその顔にまざまざと描かれるのを、私は見た。
 話が終ってから私は言った、「僕が告発するのは、そいつなのです。そいつを逮捕して処罰するために、ひとつ全力を尽してくださるようにお願いします。それは知事としてのあなたの義務ですし、人間としてのあなたのお気もちも、このばあい、そういう職責をはたすことをお厭いにならないだろうと、私は思ってもいますし、またおもいたいのです。」
 このことばに、聴いていた知事の顔色が、かなり変った。知事は、精霊や超自然的事件の話を聞いた時のように、半信半疑で話を聞いていたのだが、その結果として公的に行動することを求められると、頭から信じられないという態度にもどった。けれども知事は、穏かに答えるのであった、「あなたが追跡するばあいには、喜んでどんな援助でもしますが、お話しになったその生きものは、わたしの努力などはものともしない力をもっているようですね。氷の海をよこぎったり、人間のとても入りこめない洞窟や獣の巣窟に住むことのできる動物を、誰が追いかけられますか。そのうえ、あの犯罪がおこなわれてから何箇月も経っており、そいつがどんな場所を歩いているのか、今どの土地に住んでいるのか、誰も推測できませんからね。」
「きっと僕の住んでいる所の近くをうろついています。また、たしかにアルプスの山中に逃げこんでいるとすれば、玲羊カモシカのように狩り出して猛獣として殺すのですよ。しかし、僕には、あなたのお考えがわかります。僕の話を信じてはおられないのだ。それで、僕の敵を追跡して当然の刑罰に処するつもりがないのだ。」
 こう語ったとき、私の眼には怒気がちらついた。すると知事は、それに気がついて言った、「それはまちがっている。わたしは努力しますよ。わたしの力でその怪物をつかまえたら、きっとそいつの犯罪に相当した処罰をします。ただ、お話しになったそいつの性質から見て、それができそうもないと思うのですよ。そんなわけであらゆる適当な手段を講じますが、まあ、望みのないことだと思っていただかなくてはなりませんね。」
「そんなはずはありませんよ。しかし、僕がなんと言ったって、やくにたたないでしょうね。僕の復讐などは、あなたには何も重大なことではありませんからね。だけど、自分で悪いことだとは認めても、白状しますが、それが僕の魂の渇望、そのたった一つの情熱なのです。僕が世の中に追い放った殺戮者がまだ生きていると思うと、僕の怒りは言語に絶するのだ。あなたは僕の正当な要求を拒みましたが、僕の取る手段はたった一つしかありません。生きるか死ぬかで、あいつをやっつけることに身を捧げるのです。」
 こういいながら私は、興奮のあまりぶるぶる慄えた。そこには、狂乱の風と、どうやら、昔の殉教者たちがもっていたといわれるあの尊大な荒々しさがあった。献身や英雄主義の観念とはまるで違った観念を心に抱いているジュネーヴの知事には、こういう心の高揚は、よほど気ちがいじみて見えるのであった。子守りが子どもをあやすように知事はしきりに私を宥めようとし、話を前にもどして、あなたが言ったようなことは錯乱状態の結果だ、と言うのであった。
「なんだと、」と私は叫んだ、「あなたは賢いのを自慢にしているが、なんて無知なのだ! おやめなさい。言っていることがどんなことかこぞんじないのだ。」
 私は、腹立ちまぎれにいきなりその家を跳び出し、自分の家に帰ってほかに取るべき行動を考えた。


     24 極地への追跡


 こういう情況では、私の自発的な考えは、ことごとく形をひそめ、失くなってしまった。私は怒りに駆り立てられ、復讐だけが私に力とおちつきを与えた。さもなければ、錯乱状態か死に陥ったにちがいない時にも、この復讐が感情の鋳型になり、いろいろものを考えて平静にしていられるようにするのであった。
 まず最初に決めたことは、永久にジュネーヴを立ち去ることであった。自分が幸福で愛されていた時には、私にとってなつかしかった祖国が、自分が逆境に陥ってみると、憎らしいものになったのだ。私は、母のものであった少しばかりの宝石と何がしかの金を身につけて出発した。
 こうして今や、死ぬ時にはじめて終るはずの私の放浪が始まった。私は、地上を広く歩きまわり、旅人が無人境や蛮地で出会うすべての辛苦に堪えた。自分がどうして生きてきたか、私は知らない。幾度となく私は、弱りきった手足を砂原に投げ出し、死を求めて祈った。しかし、復讐の念が私を生かしておいてくれたので、自分が死んで敵を生さながらえさせる気にはなれなかった。
 ジュネーヴを去ってます最初にやることは、あの悪鬼のような敵の足とりの手がかりを何かつかむことであった。しかし、私の計画はきまっておらず、どこをどう行ったらよいかわからずに、何時間も町はずれをさまよった。もう夜になるころ、ウィリアムとエリザベートと父の眠る墓地の入口に来ているのがわかった。私は、中に入ってその墓を示す碑に近づいた。風にかすかにそよぐ木の葉のほかは万物寂として声なく、夜は暗黒に近く、行きずりの人の眼にも、この情景は厳かな傷ましいものに映ったことだろう。世を去った者の霊が、哀悼する者の頭のまわりを飛ひまわり、影を投げているように見えるのであった。
 この情景が最初に引きおこした深い悲しみは、たちまち憤怒と絶望に代った。みんなが死んで、私が生きている。みんなを殺したやつも生きている。だから私は、そいつをやっつけるために、自分の疲れはてた存在を延長しなくてはならない。私は、草の上にひざまずき、土に接吻し唇を震わせて叫んだ、「僕のひざまずく聖なる大地にかけて、僕のそばをさまよう影たちにかけて、僕の感じる深い永遠の歎きにかけて、僕は誓います。おお夜よ、おんみにかけて、また、おんみのつかさどる霊たちにかけて、生さるか死ぬかの格闘をしてあいつが斃れるか自分が斃れるまで、この不幸を招いた悪魔を追跡するために、僕は誓います。僕はこのために生さながらえ、このたいせつな復讐を遂げるために、さもなけれぼ永久に僕の眼から消えるはずの太陽をふたたび見、地上の緑の草をふたたび踏みます。そして、僕の仕事を助け導きたまえと、あなたがた死者の霊に、また、さまよっているあなたがた復讐の使者に呼びかけるのです。あの呪われた凶悪な怪物に、深い苦悶を味わわせ、いま僕を苦しめているような絶望を思い知らせてください。」
 私はおごそかに、畏怖の念をもって、この誓いを始めたが、そのために、殺された身うちの影たちがこの祈りに耳をかたむけて同意しているような気がしたが、そう言い終ると怒りが私を捉え、憤ろしい思いでものが言えなくなった。
 夜の静寂を通して、声高い悪魔的な笑いが私に答えた。その笑いは私の耳に長く重くひびき、山々がそれにこだまをかえしたが、私は、地獄が嘲笑を浮べて自分を取り巻いているような気がした。私の誓いが聴かれず、私が復讐のために生きながらえているのでなかったら、あの瞬間に私は、たしかに気が狂ってこのみじめな存在を滅していたにちがいない。笑いがとまると、よく知っているいやらしい声が、どうやら私の耳の近くで、聞きとれるぐらいにひそひそと話しかけた、――「おれは満足だよ、ざまを見ろ! おまえは生きる決心をしたね、それでこそおれは満足だよ。」
 私はその声のする所に向って跳びかかっていったが、悪魔は身をかわした。とつぜん円い大きな月が出て、人間わざとおもえない速力で逃げ去る亡霊のような醜い姿をありありと照らし出した。
 私にそれを追いかけた。そして、何箇月も、この追跡が私の仕事になってしまった。ちょっとした手がかりをたよりに、ローヌ河のうねりくねった流れを辿ってみたが、むだに終った。青い地中海が見えた。すると、私は、妙な機会から、例の悪鬼が、黒海へ向けて立とうとしている船に、夜のうちに乗りこんで隠れるところを見た。その船に私も乗りこんだが、どんなふうに逃げたのかわからないが、やつは逃げてしまった。
 やつは今また私を遁れたが、韃靼やロシアの苦野のさなかを、私はやつのあとをどこまでもつけていった。ときには、この怖ろしい化けものに脅かされた百姓が、そいつの行った道を教えてくれたし、またときには、やつが自分で、その足どりを私がすっかり見失ったら絶望して死にはしないかと心配して、私の目じるしになるものを何か残していった。雪が頭に降りかかると、白い平原に、やつのでっかい足あとがついているのが見えた。はじめて実地の経験をお始めになる、苦労というものがまだもの珍らしくて未知の悩みでしかないあなたにとっては、私の感じた、また今でも感していることを、どうして理解できるでしょう。寒さ、窮乏、疲労などは、私が堪えぬく運命におかれた苦しみのうちの、いちばん楽なものであった。私は、ある悪魔に呪われ、永遠の地獄を持ち歩いたのだが、それでもなお守護天使があとについてきて、私の歩みを導いてくれ、どうにもならなくなって呟くと、とても越えられそうもないと思った困難から、たちまち救い出してくれるのであった。ときには、飢えのために参って体がへたばったような時に、荒野のなかに私の食べるものが置いてあって、そのおかげで恢復して元気づくこともあった。その食べものは、なるほど、その地方の百姓たちが食べるような粗末なものであったが、それは、私が助けたまえと祈った精霊たちが用意してくれたものであることを、私は疑わない。すべてが乾ききって、空に雲ひとつなく、喉が渇いてからからになったような時にも、よく、薄雲が空を蔽い、私を生きかえらせる数滴の雨を降らせて消え去ることがあった。
 私はできるだけ河すじを辿って行ったが、悪魔はたいてい、国の人口が主としてそこに集まっているので、河すじを避けて歩いた。そのほかの所では、人間はめったに見られず、私はそういう所ではたいてい、道で出くわした野獣を殺して飢えを凌いだ。金を持っていたので、それをやって村の人たちと仲よくなったし、そうかとおもうと、殺した食料の獣を持っていって、少しばかり自分で取ってから、それをいつも、火や調理道具を貸してくれる人たちに与えたりもした。
 こんなふうにして過ごしたので、私の生活は自分ながらじつにいやで、私が歓びを味わえるのは、ただ眠っているあいだだけであった。おお恵まれた眠りよ! どれほどみじめな時でも、よく私はぐっすりと寝こんだが、そうすると夢にあやされて、うっとりとなるくらいだった。私が行脚をしとおすだけの力を持ちこたえれるようにと、私を見守る精霊が、幸福のこういう瞬間、否、むしろ時間を与えてくれたのだ。こういう休息が奪われれば、私は艱難辛苦に参ってしまったことだろう。日中も私は、夜の希望に支えられ元気づけられた。眠ると、身うちの者や妻や愛する母国が見えたからだ。また、父の慈悲ぶかい顔が見え、エリザベートの声の銀のような音調が聞え、健康と青春を享楽するクレルヴァルの姿が現われた。ほねのおれる歩行に疲れると、私はよく、夜になるまでは夢をみていて、夜になったらなつかしい人たちをほんとうに抱くのだ、と自分に言いきかせた。この人たちに対して、私はなんという苦しい愛着を感じたことだろう! ときには私が歩いているさいちゅうにさえこの人たちが附きまとって、まだ生きていると思いこませたので、どれほど私は、そのなつかしい姿にすがりついたことだろう! そういう瞬間には、私の内部に燃えていた復讐の念が、胸のなかで消え、自分の魂の已みがたい願望としてよりも、天から言いつけられた仕事として、つまり自分にはわからぬ何かの力の機械的衝動として、悪魔退治に向って自分の道を辿るのであった。
 自分の追跡している者の気もちがどんなものであったか、私にはわからない。ときには、まったくのところ、やつは、木の皮に書き石に刻んで目じるしを残し、そうすることで、私に道を教えたり、私の怒りを煽ったりした。「おれの支配はまだ終っていない。」(やつの書きつけたものの一つに、そんなことばが読まれた)、「おまえは生きているし、おれの力も完全だ。ついて来い。おれは北方の永遠の氷を目ざして行く。そこでは、おれには苦しくもなんともない寒さと氷雪のつらさが、おまえにはこたえるだろう。おまえがあまり遅れないでついてくれば、この近くに死んだ兎を見つけるだろうから、食べて元気を出せ。来い、敵よ。われわれはまだ、命のやりとりをしなければならないわけだが、その時がくるまで、おまえは、数々のつらいみじめな目に会わなくてはならないぞ。」
 嘲笑する悪魔め! 私はまたまた復讐を誓うぞ。あさましい畜生め、私はふたたび、おまえの運命を、苛責と死へと追いつめるぞ。どちらか一方が斃れるまで、私はこの追求をやめないだろう。どちらかが斃れたら、私はどんなに歓んで、エリザベートやそのほかの亡くなった親しい者に会うことだろう! この人たちは今でも、このあきあきするような難儀や怖ろしい行脚の御褒美を、私のために用意しているのだ。
 さらに北方へと旅をつづけるにつれて、雪は深くなり、寒気もきびしさを増して辛抱できないくらいになった。百姓たちは小屋に閉じこもり、ごく頑丈な少数の者が、空腹のあまり餌食を求めてしかたなしに隠れ家から出てきた動物をつかまえに、思いきって外に出るだけであった。河は氷に蔽われて、魚も取れなかった。こうして私は、主要な糊口の道を断たれてしまった。
 敵の勝利に、私が難儀になるにしたがって増していった。やつが書き残したことばのなかには、こういうのがあった、――「覚悟しろ! おまえのほねおりはこれから始まるのだ。毛皮で身を包み、食料を用意しろ。まもなく、おれの永遠の憎しみがおまえの苦悩を見て満足する旅に入りこむのだから。」
 こういう嘲笑のことばで、私の勇気と忍耐は元気づけられた。こうして、私はこの目的を遂げないうちに挫けることのないように決心し、天の加護を願いながら、めげない熱心さをもって広大な無人境をよこぎりつづけると、ついに遠くに大海が見え、水平線の限界となった。おお! それは南の青い海とはなんと違っていることだろう! 氷に蔽われていて、すこぶる荒涼としており、凹凸が多い、という点で、陸地と見わけがつくにすぎないのだ。ギリシア人は、アジアの山から地中海を見たときに嬉し泣きをし、自分たちの労苦の限界を知ってむちゅうで歓呼した。私は泣かなかったが、跪いて、敵の愚弄にもかかわらず、やつに出会って格闘しようと望んだ所に無事に私を導いてくれた精霊に、胸いっぱいで感謝した。
 この時から何週間か前に、私は橇と数匹の犬を手に入れ、こうして考えられないような速力で、雪の上をよこぎって行った。怪物もこれと同じ便宜をもっているかどうかわからなかったが、今までの追跡で毎日遅れていたのに、今度は追いついて、私がはじめて大海を見たときには、怪物は一日の旅程だけ先に進んでいたので[#「いたので」は底本では「いたのでで」]、海岸に達しないうちにやつをつかまえられる望みがあることがわかった。そこで、新しい勇気を振いおこして進んで行き、一日かかって、海辺のみすぼらしい小村落に着いた。怪物のことを土地の者に尋ねて、私は正確な情報を得た。その人たちの言うところによると、その前の夜、鉄砲と拳銃で武装した巨大な怪物がやって来て、その怖らしい姿で一軒家の人たちを逃げ去らせた。そいつは、蔵ってあった冬の食糧を奪い去って、馴れた犬の群につけた橇にそれを載せて曳かせ、その夜のうちに、陸地には着かない方角をさして、海をよこぎって行ってしまった。その人たちの推測によると、そいつはたちまち氷が裂けて死ぬか、永劫の寒さで凍死したにちがいないというのであった。
 この情報を耳にして、私は一時、激しい絶望に襲われた。やっは逃げてしまったのだ。こうして、土地の人でも長く堪えられる者のほとんどない、まして温暖で日当りのよい気候に生まれた私にはとても助かりそうもない寒気のなかを、大海の山のような氷をよこぎって、破滅的な、ほとんど際限のない旅を始めなくてはならなかった。けれども、あの悪鬼が生きていて凱歌をあげることを考えると、怒りと復讐の[#「復讐の」は底本では「復譬の」]念がまた戻ってきて、大きな津波のように他のあらゆる感情を押し流すのであった。私は体をすこし休めたが、そのあいだ、死者の霊たちがまわりを飛び舞い、追跡をつづけて復讐するように私をけしかけるので、すぐ旅の支度をした。
 私は、今までの平地用の橇を、起伏の多い氷結した大海にむくように作った橇に変え、食糧をどっさり買いこんで陸地を離れた。
 それ以来どのくらいの日数が経ったか、推側できないが、自分の胸に永久に燃える正当な復讐の感情がなくてはとってい支えきれない苦しさに、私は堪えた。氷の巨大な突兀たる山々が、たびたびゆくてをはばみ、また、今にもおまえは死ぬぞと脅かすような、大海の轟きが、たびたび足もとに聞えてきた。しかし、厳寒がまたやってきて、安全な海の道を作ってくれた。
 自分の食べた食糧の量から見て、私はこの旅で三週間ほど過ごしたものと判断され、またまた、いつになったら望みがはたされるものやら、はてしがないような気がして、失意と悲しみのにがい涙をこぼした。私は、まさに絶望の餌食になって、この不幸のために今にも斃れそうだった。信じられないような辛苦に堪えて私を運んでいたかわいそうな動物たちが、ひとたび、傾斜する氷の山のてっぺんに達してから、一匹が疲れのために倒れて死んでしまったので、私は苦悶を湛えて眼の前の広漠たるひろがりを眺めたが、そのときとつぜん、私の眼は、薄暗い平原のかなたに、ひとつの黒点を捉えた。いったい何だろうかと目を凝らしてよく見ると、一台の橇と、夢にも忘れない畸形の姿が見わけられたので、私はむちゅうで、荒々しい叫び声をあげた。おお! どんな噴炎となって私の胸に望みがふたたび訪れたことだろう! 暖かな涙が眼に溢れたので、悪魔の姿を見失わないように、急いでそれを拭ったが、それでもまた、熱い涙のために視界がぼんやりし、おしまいには胸に迫る感動をもてあまして大声で泣いた。
 しかし、ぐずぐずしているばあいではなかったので、死んだ犬をその仲間から取りのけて、残った犬に食べものをどっさりやり、どうしても必要な、とはいえもどかしくてじっとしておれない一時間ほどの休息を取ってから、旅をつづけた。例の橇はまだ見えており、ちょっとのあいだ前に立ちはだかる氷の岩山で見えなくなる時以外は、それを二度と見失うようなこともなかった。私は、事実、はっきり認められるぐらいに追い迫り、二日間ほど追いかけたあげく、一マイル足らずのところに敵の姿を見たときには、私の心は躍りあがった。
 しかし、もう少しのところで敵をつかまえそうになったそのとき、私の望みはばったりと消え失せ、やつの足どりが今度こそすっかり見失われてしまった。足下に激浪の音が聞え、海の水がうねり高まって進んでくる時のすさまじい音が、刻々とますます不気味に恐ろしくなってきた。私は進んでいったが、何にもならなかった。風が出て、海が怒号し、地震のような大きな衝撃を感じたかとおもうと、ものすごい、耳を聾するばかりの爆音が起って氷が割れた。私の労苦は立ちどころに終った。たちまち荒海が私と敵のあいだにさかまき、私は切り離された氷片の上に取り残されて漂流しはじめたが、その氷はたえず小さくなり、こうして身の毛もよだつ死の手が私を待ちうけることなった。
 こんなふうにして恐ろしい何時間かが過ぎ、犬が数頭死んでしまった。そして自分も、かさねがさねの苦難のためにへたばってしまいそうになったが、そのときあなたの船が碇泊しているのを見つけ、助かつて命拾いする望みがもてたわけだ。船がこれほど北に来ているなどということに、思いもよらなかったので、それを見てびっくりした。私はさっそく橇を壊して橈をこしらえ、それを使って、よくよく疲れきってはいたが、とにかくその氷の筏をあなたの船のほうへ動かしてきた。あなたがたが南へおいでになるのだとしたら、自分の目的を棄てずに、自分を浪のまにまに委ねることに決めたにちがいない。というのは、敵を追跡でさるボートを貸していただけるように、お願いしたかったのだ。しかし、あなたがたの行く先は北だった。私は、力が尽きはてた時に、あかたがたのおかげて船に引き上げてもらい、かさなる苦難のためにまもなく死にそうになったが、私はまだ死を怖れていた。――というのは、私の仕事は終っていないのだ。 おお! 私を導いてくれる霊は、いつになったら私を悪魔のところへ伴れていって、こんなに私が望んでいる休息を私に許してくれるのだろう。それとも、私が死んであいつを生かしておかなくてはならないのだろうか。もしもそうだとしたら、ウォルトンさん、やつを逃さない、やつを探し出して私の仕返しをしてやる、と誓ってください。といって、私の行脚を引き受け、私の辛抱してきたような苦難に堪えてほしいとお願いしてよいものでしょうか。いやいや、私はそれほど利己的ではありません。ただ、私が死んでから、まんいちあの怪物が姿を見せたとしたら、つまり、復讐の神の使いがあなたのところへあいつを引っぱってきたら、そのときは生かしておかない、と誓っていたださたいのですよ。――あいつが私のかさねがさねの災難に凱歌をあげ、あいつの凶悪な犯罪の目録に追加をするようなことはさせない、と誓ってください。あいつは雄弁で口がうまいので、一度は私まであいつのことばにほだされましたが、信用なさってはいけません。あいつの魂は、あいつの姿と同じように、背信と、鬼畜のような悪意でいっぱいなのです。あいつの言うことに耳をかたむけてはいけません。ウィリアムと、ジュスチーヌと、クレルヴァルと、エリザベートと、私の父と、それから哀れなこのヴィクトルの名を呼んで、あなたの剣をあいつの胸に突き剌してください。私がそのそばを飛び舞って、刃先をまっすぐに向けるようにしますから。


     ウォルトンの手紙 ――続き


一七××年八月二十六日
 この奇妙な恐ろしい物語をお読みになったでしょう、マーガレット。そこで、僕が今でさえそうなるように、怖ろしさに血も凍る思いがしなかったでしょうか。この人は、ときには苦悶のあまりに、話をつづけることができなくなることもあり、またときには、声がとぎれて、苦悩しながら話そうとすることが、なかなか口に出ないこともありました。その美しい愛らしい眼が憤怒にきらきら輝いたかとおもうと、こんどは悲しみに萎れ、このうえもない悲惨な状態に沈むのでした。また、顔いろや声の調子もいつもと変らず、興奮のそぶりをちっとも見せずに静かな声で恐ろしい出来事を話すこともあり、迫害者を呪って甲高い声をあげながら、爆発する火山のように、顔がとつぜん荒々しい怒りの表情に変ることもありました。
 この人の話は、前後に脈絡があって、すこしも飾りけのない真実のように見えました。しかも、この人が見せてくれたフェリクスとサフィーの手紙や、僕の船から見えたその怪物の出現が、この人が本気で筋みちを立てて断言した以上に、その話がほんとうであることを確信させるものとぞんじます。それなら、そういう怪物がほんとうに存在したのか! 僕はそれを疑うことはできませんが、それでもすっかり度肝を抜かれて茫然としています。僕は、ときおり、フランケンシュタインからその生きものをどうして造ったかを詳しく聞き出そうとしましたが、この点になると頑としてゆずりませんでした。
「あなたは気でも狂ったのですか。」とその人は言いました、「それとも、無意味な好奇心でお訊きになるのですか。まあ、まあ、おちつきなさい! 私の不幸がよ
い手本ですよ。不幸をわざと大きくなさってはいけません。」
 フランケンシュタインは、僕がこの話を書き取っているのを見て、それを見せてほしいと言いだし、ところどころ自分で手を入れたり附け加えたりしたが、それはおもに、自分が敵と交した会話に生命と活気を与えるためであった。そして言った、「私の話を保存なさるからには、まちがったものを後世に伝えたくはありませんからね。」
 こうして、想像もつかぬ奇怪な物語を聞いているうちに、一週間ほど経ちました。僕の考えること、またすべて魂に感じることは、この客人に対する興味に吸い取られてしまいましたが、それは、この話と、この人のもっている高められたやさしい態度から来たものでした。慰めてやりたいとはおもいますが、このようにどこまでも悲惨で、どんなことをしても慰められそうもない人に、いくら勧告したところで、生きるようにさせることができるでしょうか。どうしてどうして! この人がいま知ることのできるたった一つの喜びといえば、その打ち砕かれた精神が死の平和へとおちつく時なのでしょう。けれども、この人は、孤独と精神錯乱から出てくる一つの楽しみを味わってもいるのです。夢のなかで親しい者と話をつづけ、そういう交りによって自分の不幸を慰められたり、復仇の念をかきたてられたりすると、それは、自分の幻想から生れたものでなく、幽界からはるばると自分を訪ねて来た人たちだと思いこむのです。この信念は、そういった瞑想に厳粛さを与えて、それを、ほとんど真実のような、きわだった興味ふかいものにしているのです。
 僕たちの会話は、かならずしも、この人自身の経歴や不運のことに限られてはいません。文学一般のあらゆる点について、この人は、無尽蔵の知識と鋭敏な鑑識力を見せます。その雄弁は、力強くて人を感動させ、悲しい出来事について話したり、聞く者の憐憫や愛の情熱を動かそうと努力したばあいは、涙なしには聞けませんでした。破滅した今さえこんなに高貴で神々しいとすれば、華やかだったころには、どんなに輝かしかったことでしょう! この人は、自分の値うちや失敗の大きさを感じでいるように見えます。
「若かったころには、」とその人が言うのでした、「私は、自分が何か大事業をやるような運命にあると思いこんでいたものです。私の感情は深刻でしたが、そういう事業をやりとげるのにふさわしい冷静な判断力をもっていました。自分の性質を高く買っていた気もちは、ほかの人なら参ってしまう時でも、私を支えてくれました。同胞のためにやくにたつ自分の才能を無益な悲しみのために放棄することは、犯罪だと思ったのです。知覚あり分別のある動物の創造にほかならぬ自分の完成した仕事を考えてみたとき、私は自分を無数の平凡な発案者と同列におくわけにはいきませんでした。しかし、世の中に踏み出したころには自分を支えてくれたこの考えも、今となっては、自分をますます踏んだり蹴ったりするのにやくだつばかりです。私の思索も希望も、すべて無いに等しく、万能を志した主天使と同じことで、永劫の地獄につながれているのです。私の想像力はいきいきとしていましたが、しかも分析や応用の力が強かったで、そういう性質を合せて人間の創造ということを考えつき、それを実行したのです。今でも、あの仕事が未完成であったころの自分の空想を憶い出すと、熱情をおぼえずにいられません。あるいは自分の力に有頂天になり、あるいはその結果を考えて胸を燃やしながら、自分の考えのなかで天上を踏み歩いたものです。幼いころから私は、高い希望と崇高な野心にひたってきましたが、今ではなんと落ちぶれたことでしょう! おお! あなたがもし、かつての私をごぞんしでしたら、この零落状態にある私を、以前の私だとはお認めにならなかったでしょう。失意の念もめったに私の心を訪れませんでした。最高潮に達した運命は、私が倒れて、けっして二度と起ち上れないようになるまでは、緊張をゆるめないように見えたのですよ。」
 僕は、この感歎すべき人物を失わなければならないのでしょうか。僕はしきりに友だちがほしいと思い、僕に同感し僕を愛する友人を求めていました。ごらんなさい、こういう荒涼たる海上で、その友だちを見つけたのですよ。けれども、見つけてその価値を知ったばかりで、すぐ失うことになるのではないかと心配しています。生きようとする気もちにならせたいのですが、そういう考えをてんで受けつけないのです。
 その人は言うのでした、「ウォルトンさん、こんなみじめな者に対する御親切は、ありがたいことです。しかし、あなたは、新しい絆や新しい愛情ということをお話しになりましたが、亡くなった者たちの代りになるものがあるとお考えなのでしょうか。私にとって、クレルヴァルと同じような人間があるものでしょうか。また、エリザベートがもう一人ほかにいるでしょうか。何かすぐれた長所があって、そのために愛情が強くはたらくばあいでなくても、子どものころの仲間は、その後にできた友だちではなかなか得られない力をつねに私たちの心に及ぼすものです。そういう人たちは、私たちの子どものころの性分を知っていますが、その性分は、あとで変るとはいえ、根が絶えるわけではありません。この人たちは、私たちの動機の誠実さについては、いっそう確かな結論でもって私たちの行動を判断できるのです。ほかの友だちなら、たとい強い愛着をもたれながらも、思わず知らず疑惑の眼で見られるような時でさえ、兄弟とか姉妹は実際にそういった徴候が前々から現われるのでないかぎり、たがいに瞞したり偽りの扱いをしたりしやしないか、などと疑うことはできません。しかし私には、習慣や交際からばかりでなく、その人のもっているほんとうの値うちから親しくなった友人もありました。こうして、どこへ行っても、エリザベートのやさしい声とクレルヴァルの話し声が、たえず私の耳もとでささやいていたのでした。この人たちも死んでしまい、もはやこういった孤独のなかでは、たった一つの感情しか私を生きながらえさせることはできません。つまり、私がもし同胞のために広くやくだつ何か高邁な仕事もしくは計画に従事したとすれば、その時は私も、それをやりぬくために生きることができたはずです。しかし、それは私の運命ではありません。私は、自分が生存を与えたものを追いかけて息の根をとめてしまわなければなりません。そうすれば、この世では私の運命は終り、もう死んでもよいのです。」

九月二日
 姉さん、――なつかしいイギリスやそこに住む親しい人々を、二度と見るような運命にあるかどうか、あぶないものだし、またいずれとも知るよしもありませんが、とにかくそういうなかでこの手紙を書きます。脱出を許さず、今にもこの船を押し潰しそうな氷の山に取り巻かれているのです。僕が仲間になってくれと言って伴れてきた勇敢な連中も、助けを求めて私のほうを見ますが、どうすることもできません。事態はたしかに怖ろしくぞっとするようなものですが、それでも僕は、勇気と希望をまだ失っていません。しかし、この人たちが僕のために命の瀬戸ぎわに立っていると考えると、恐ろしくなります。僕らが命を失うことになれば、それこそ僕の気ちがいじみた計画か原因なのですから。
 ところで、マーガレット、あなたの精神状態はどんなふうでしょう。あなたは僕の死んだことを聞かず、僕の帰りを心配してお待ちになっているのでしょう。幾年か経って絶望に陥り、それでも希望を捨てきれずに苦しむのでしょう。おお、なつかしい姉さん、待ちに待った期待がはずれてよろめくことを考えると、自分が死ぬよりも恐ろしいのです。しかし、あなたは、夫と愛する子どもたちがあるのですから、幸福にしていられないこともありません。天の恵みで何とぞそういうことになりますように!
 僕の不運な客人は、厚い同情の念をもって私を見てくれます。僕に希望をもたせようとして、命こそかけがえのない宝だと言うのです。この人は、この海の探検を企てた他の航海者たちも、どのくらいこれと同し目に出遭ったか、ということを憶い出させたので、思わず元気にさせられます。水夫たちさえ、この人の力強い雄弁に打たれ、この人が話をするともう絶望しなくなります。こうして、みんなの力を奮起させるので、その声を開いていると、巨大な氷の山も、人間の決断の前につぶれるモグラの山だと思いこむのです。とはいえ、こういう気もちも一時的で、期待が一日一日と先に延びるにしたがって、みんなの心配が大きくなっていくので、僕は、こういった絶望のために暴動が起りはしないかとさえ恐れています。

九月五日
 この手紙はどうやらお手もとにとどきそうもありませんが、それでもどうしても書いておかずにいられないような、そういう異常に興味のある場面が、たったいま見られたばかりです。
 私たちはまだ氷の山に取り巻かれていて、あいかわらず今にもそれにぶつかって潰されるかもしれない危険にさらされています。寒さがひどく、たくさんの不運な同僚がすでに、この荒原たる天地のなかで死んでしまいました。フランケンシュタインの健康も、日ごとに衰えています。熱病の火がまだ眼のなかに輝いていますが、力が尽きはてて、とつぜん元気を出して努力するかとおもうと、すぐまた死んだようにぐったりとなるのです。
 この前の手紙で私は、暴動のおそれがあると申しあげました。今朝、眼をなかば閉じ、たいぎそうに手足をだらりとしている友人の蒼ざめた顔を見守っていると、五、六人の水夫が船室に入っていいかと言って来ました。中に入って、そのなかの頭株の者が、僕に話しかけましたが、それによると、この連中が、ほかの水夫たちから代表に立つように選ばれ、正義からいって僕の拒絶できない要求をすることになったのでした。僕らは氷に閉ざされ、おそらく逃れられないでしょうが、ひょっとして氷がなくなり、自由な航路が開かれるとしたら、せっかくこの場を切りぬけてからでも、僕がむこうみずに航海をつづけて、新しい危険を迎えることになるだろう、ということを、みんなが心配しているのでした。そこで、船がもし自由になったら、さっそく進路を南へ向けると厳粛に約束してほしい、と言って迫りました。
 これを聞いて僕も閉口しました。僕はべつに絶望しているわけでなかったし、自由になったら帰航するなどという考えはまだもっていなかったからです。とはいえ、正義からいって、というよりは可能かどうかから見て、この要求を拒絶できるでしょうか。私は答を躊躇しました。すると、はじめのうちは黙っていて、耳をかたむけるのもやっとなくらいに見えたフランケンシュタインが、そのとき身を起しましたが、見ると、ひととき精気に溢れて、眼から火花を放ち頬を紅潮させていました、――
「それはどういうことです? 体調に何を要求するのかね? それなら君たちは、そんなにやすやすと自分たちの計画をうっちゃるのかね? 君たちはこれを光栄ある遠征だなんて呼びはしなかったかね? どうしてそれが光栄あるものだったの? それは、航路が南の海のように坦々として平穏なものだからでなく、危険や恐怖にみちみちているからだったろう。新しい出来事に出遭うたびに、君たちの剛毅さが呼び出され、君たちの勇気が示されることになるからだった。危険や死に取り巻かれ、君たちがものともせずにそれに立ち向って打ち勝つからだったね。このためにそれは、光栄あるものだったし、このためにそれは、名誉な事業だったのですね。君たちは、このさき、人類の恩人として敬慕され、君たちの名は、人類の名誉と福祉のために大いに死に立ち向った勇敢な人々に属するものとして、崇敬されることになるのですよ。それなのに今、見たまえ、はじめて危険を想像して、というよりは、いわば自分たちの勇気の最初の大きな恐ろしい試煉にあたって、尻ごみをし、寒さや危険に堪えるだけの力がなかった者として言い伝えられることになるのです。かわいそうなやつらさ、寒さにかじかんで、暖かい炉辺に帰って行った、とね。なんだって、こういう準備を必要としたのだろう。君たちの臆病を証明するだけのことなら、隊長を何も引っぱり出して敗北の恥をかかせることもあるまいよ。さあ。男になるのだ、男以上の者に。目的に向ってぐらぐらしたりせず、岩のようにしっかりしなさい。この氷は、君たちの不抜の心と同じような材料でできているわけでなく、君たちさえその気になれば、どうにでも変るものだし、君たちに逆らうことができないものですよ。額に不名誉の烙印を捺して家族たちの所に帰ってはいけません。戦って征服した英雄、敵に背を見せることを知らぬ英雄として帰るべきです。」
 フランケンシュタインは、けだかい意向と英雄主義とにみちたまなざしで、その話に現われたいろいろな表情にたいへんぴったりした声を出しながら、こう話しましたので、水夫たちが感動したのも怪しむに足りません。連中はたがいに眼を見合せて、なんとも答えることができませんでした。そこで、僕が口を出して、ひとまず引き取って、いま言われたことを考えてみたまえ、みんながあくまで反対するなら、僕はもっと北へ進むとはいわないが、考えてみたうえでみんなの勇気がまた出てくるのを望んでいる、と話しました。
 水夫たちが引き取ったので、友人のほうを向きましたが、友人はぐったりとなって、ほとんど死んだもののようでした。
 これがどういうふうにおちつくか、僕にはわかりませんが、恥を忍んで、目的を遂げずに帰るくらいなら、死んだほうがましです。けれども、そんなことになるのが僕の運命じゃないかと思って心配しています。光栄や名誉という観念に支えられない水夫たちは、喜んでこのつらさを辛抱しつづけるなどということは、とてもできません。
 骰子さいころは投げられました。僕は、もし破滅に陥らなければ帰るということに同意しました。こうして、僕の希望は臆病と不決断のために立ち消えとなり、僕は何もわからずにがっかりしたままで帰ります。
 こんな不法に堪えていくには、自分のもっている以上の哲学を必要とします。

九月十二日
 事は終りました。僕はイギリスに帰るところです。人類のやくにたつという望み、光栄の望みを失い――友を失ってしまいました。しかし、姉さんには、このせつない事情をできるだけ詳しく申しあげましょう。イギリスに向って、あなたのところに向って船で近づいているあいだは、僕も落胆しないでしょう。
 九月九日に氷が動きはじめ、氷の島々が裂けて八方に散らばる時の雷のような音が、遠方に聞えました。僕らけ、ひどくさし迫った危険状態にありましたが、なるがままになっているよりほかはなかったので、僕はほとんど、病気が悪化してすっかり床についたきりの不運な客人に、附き添っていました。氷が僕らのうしろで割れ、僕らはむりやりに北方へ押しやられましたが、西から風が出て、十一日には南への航路が完全に自由になりました。水夫たちはこれを見て、どうやら確実に故国に帰れるようになったので、騒々しい喜びの声をあげ、大声でいつまでもがやがやしていました。すると、眠っていたフランケンシュタインが眼をさまして、どうしてあんなに騒ぐのかと尋ねました。私は言いました、「まもなくイギリスへ帰るというので、わいわい言っているのですよ。」
「では、あなたはほんとうに帰りますか。」
「ええ、そうです、哀しいことですが。あの連中の要求には逆らえません。いやなものを、むりやり危険なところへ引っぱって行くわけにはいきませんからね。ですから、僕も帰るほかはありません。」
「そういうことなら、そうなさいませんか。けれど、私は帰りません。あなたは目的をお棄てになるかもしれませんが、私の目的は天からきめられたもので。棄てる気にはなれないのです。私は弱っていますが、僕の復讐を助けてくれる精霊たちが、きっと十分な力を与えてくれます。」こう言って寝台からはね起きようとしましたが、そうするだけの力もなくて、あおむきに倒れて気を失ってしまいました。
 正気にかえるのに長くかかり、僕は何度も、もう息を引き取ったのではないかとおもいました。やがてやっと眼を開きましたが、呼吸が苦しく、口もきけませんでした。医者が気つけ薬をのませ、安静にしておくように命じ、この人はもう何時間ももつまいと僕に耳うちしました。
 医者に見放されてしまったので、僕はただ、悲しんで辛抱するほかはありません。寝台のそばで見守っていると、病人は、眼を閉じていたので、眠っているものと思っていましたが、やがて弱々しい声で、僕を近くに呼び寄せて言いました、――「ああ、残念ですが、当てにしていた力も尽きましたよ。私はもうまもなく死にますが、私の敵であり迫害者であるあいつはまだ生きているでしょう。ウォルトンさん、私がこんなふうにいまわのきわになっても、かつて表わしたあの燃えるような憎悪やしんけんな復讐の願いを抱いているとは、考えないでください。しかし、敵の死を願っているのは、自分でも正しいことだとおもっています。このごろ、私は、自分の過去の行為を検討してみましたが、べつに非難すべき点も見つけませんでした。熱狂的な発作に襲われながら、私は、理性をそなえた生きものを創造し、それに対して、私の力でできるだけは、そのしあわせをはかってやる義務を負いました。これは私の義務でしたが、そのほかにもっとたいせつな義務もあったわけです。自分の属する人類に対する義務のほうが、幸不幸のもっと大きな部分を占めていますから、私の注意をそれだけ大きく要求することになります。こういう見解から私は、最初に造った者の伴れあいをっくることを拒絶しましたが、拒絶するのが正しかったのです。そいつは、邪悪さの点でお話にならない悪意と利己心をさらけ出し、私の親しい人たちを殺し、微妙な感情をもった、幸福な、賢い人たちを殺害しました。しかも、こういう復讐に対する渇望が、どこで終りになるかもわからないのです。みじめはみじめでも、ほかの者を不幸にしないためには、そいつが死ななければいけません。そいつをやっつける仕事が私の仕事でしたが、私は失敗しました。自己本位のよくない動機に駆られた時には、この未完成の仕事を引き受けてくださるようにお願いしましたが、理性と徳だけで動いている今でも、この要求をくりかえします。
「とはいえ、この仕事を果すためにお国やお友だちを棄てることはお願いできません。しかも、イギリスへお戻りになるとすれば、あいつに出会う機会もなくなります。しかし、こういう点を考慮することと、あなたが義務だとお取りになることをよく考え合せることは、あなたにお任せします。私の分別なり考えなりは、もはや死が近くなったために乱れています。私は、正しいと思うことをしてくれとお願いする気はありません。私はまだ情熱のために誤っているのかもしれませんからね。
「あいつが生さていて、災害を振り撒いているとおもうと、私の気もちは乱れます。そういうことを別にすれば、今にも楽になれるかと待ちかまえているこの時が、この数年ずつと味わったことのない唯一の幸福な時です。亡くなった人々の姿が眼の前にちらつき、私はその姿に向って急いでいるのです。さようなら、ウォルトンさん! 平穏無事のなかに幸福を求め、野心はお避けなさい、たといそれが、科学や発見で功を立てようという見たところ無邪気な野心でしかないとしても。だけど、なぜ、こんなことを言うのでしょう? 自分こそこういう希望にやぶれましたが、ほかの人なら、成功するかもしれないのに。」
 そう話しながらも声がだんだん弱くなり、とうとう力尽きて黙りこんでしまいました。それから三十分ほど経ってからまた言いだそうとしましたが、何も言えず、僕の手を力弱く握って、眼を永久に閉じ、やさしい微笑の光も唇から消え去りました。
 マーガレット、この赫々たる精神の時ならぬ消滅をなんと言ったらよいでしょう。僕の悲しみの深さを理解していただくためには、どう申しあげたらよいでしょう。僕の言い表わすことはみな、不十分で弱いのです。涙が流れ、失望の雲で心が暗くなります。しかし、私はイギリスを指して進んでいるのですから、帰れば慰めが得られるでしょう。
 邪魔が入って書けなくなりました。あの音はなんでしょう? 今は真夜中で、風も追い風ですし、甲板の見張りも動きません。人間の声のような、ただもっと嗄れた音がまた起りましたが、それは、フランケンシュタインの死体の置いてある船室から聞えてくるのです。行って調べなくてはなりません。おやすみなさい、姉さん。
 ああ、なんたることだ! どんな場面が現出したと思いますか。今でもそれを憶い出すと眩暈がします。それを詳しく申しあげる力があるかどうかわかりませんが、それでも、この最後の驚くべき結末がなければ、僕の記録したこの話は不完全なものになるでしょう。
 僕は、運のわるい感歎すべき友人の遺骸の置いてある船室に入っていきました。すると、なんともかんとも言いようのない、背丈が巨大で、しかも不格好な、つりあいのとれぬ姿のものが、死体の上にかがみこんでいました。棺の上にかがみこんでいたので、もじゃもじゃした長い髪の毛に隠れて顔は見えませんでしたが、色も見かけもミイラの手のような一方のものすごく大きな手をのばしていました、僕の近づく音を聞きつけると、悲歎と恐怖の声を立てることをやめ、窓のほうへ跳んでいきました。そいつの顔ほど胸のわるくなるょうな、ぞっとするものすごいものを見たことがありません。僕はおもわす眼を閉じ、この殺人鬼に対する自分の義務が何であったかを憶い出そうとしました。僕はそいつを呼びとめました。
 そいつは立ちどまって、けげんそうに僕を見、それからまた、自分を造った人の死体のほうへ戻って来、僕の居ることも忘れたようになって、何か抑えされぬ激情に駆られた荒々しい怒りを顔つきと身ぶりで示しました。
「こいつもおれの犠牲だ!」とその怪物は叫びました。「こいつを死なせたからには、おれの犯罪ももうおしまいだ。おれの存在のみじめな糸も、すっかり巻き終えられたというわけさ。おおフランケンシュタイン! 寛大で献身的な人だった! いまおれが赦しを求めたところで、なんのやくにたとう? おまえの最愛の人たちをみな殺して、おまえを死なせてしまったのだ、おれは。ああ、冷たくなっている、もう、おれに答えてくれないのだ。」
 その声はのどをつまらせたようでした。僕の衝動は、はじめ、友人が死んでいく時の頼みに従って、この友人の敵をやっつけることを思いつかせましたが、今それを見て、好奇心と同情の入りまじった気もちに抑えられました。僕はこの見るも怖ろしいものに近よりましたが、その顔を見あげる気にはなれませんでした。その醜悪さにはじつに、胆をつぶすばかりの、この世のものともおもえないものがあったからです。僕は、口をきこうとしましたが、ことばが唇のところで消えてしまいました。怪物は、荒々しくとりとめもない自責のことばを喋りつづけました。とうとう僕は、そいつの激情のあらしがちょっとやんだ時に、意を決して話しかけました。「君の後悔は、今となってはよけいなことだよ。君がその凶悪な復讐をここまで極端に進める前に、もし、良心の声に耳をかたむけて、悔恨の苛責を感じていたとすれば、フランケンシュタインはまだ生きていたはずだ。」
「笑わせないでほしいね。それじゃおれが苦悶も悔恨も感じなかったと思っているのかね。――この人は、」と、死体を指さしながら、「この人は、死んでいく時には、ちっとも苦しまなかった、――そうだ、計画の一つ一つが遅々としてはかどらない時のおれの苦しみの、万分の一ほども。おれは恐ろしい利己心に駆られていたが、そのあいだにもおれの胸は悔恨にむしばまれていたのだ。クレルヴァルの呻き声がおれの耳には音楽に聞えたとでも思うのかね。おれの心は、愛や同情に感じやすいようにつくられ、不幸のために悪徳と憎悪のほうへねじまげられた時には、激しい変化に堪えかねて、あんたなどの想像もつかぬほど苦しんだよ。
「クレルヴァルを殺してから、断腸の思いでおれはスイスへ戻った。フランケンシュタインをかわいそうに思い、その憫れみが嫌悪に変り、おれは自分がいやになった。しかし、おれの存在を造ると同時に、言いようのない苦痛まてつくりだしたこの人が、幸福になろうという望みをもったのだ。この人はおれの頭には苦難と絶望を積みあげておきながら、おれには永久に拒まれている恩恵から自分の感情や欲情の享楽を求めている、ということがわかったので、無力の嫉みと激しい怒りのために、おれは復讐に対する飽くことを知らぬ渇望でいっぱいになった。おれは自分の脅迫のことばを憶い出し、それを実行に移す決心をした。これが自分にとっては死ぬような苦しみになることは知っていたが、おれは、自分でもいやでたまらぬ、といって背くことのできぬ衝動の、主人ではなくて奴隷だった。けれど、あの女が死んだ時は――あの時は、おれは不幸ではなかった。おれは、感情をみな投げ棄て、苦悩を押えつけて、絶望のあまり暴れまわった。それ以来、悪がおれの善になったのだ。こうなると、おれは、自分の性質を自分から進んで選んだ要素に適応させほかはなかった。この悪魔的な計画を完成することが、抑えきれぬ熱情となったのだ。それがいま終って、最後の犠牲がここにいるというわけだ!」
 僕は、はじめのうちは、そいつが自分の不幸について語ったことに感動しましたが、フランケンシュタインが怪物の雄弁と説得の力のことを言っていたのを憶い出し、友人の死体にふたたび眼を投げたとき、僕の胸に怒りがまた燃えあがりました。「悪党め!」と僕は言いました。「おまえが、自分でこしらえた破滅状態を悲んで泣くためにここにやってきたのは、けっこうだ。おまえはたくさんの建てものに松明たいまつを投げこんでおいて、その建てものが燃えてしまった時に、その焼け跡に坐って、それがなくなったと言って歎いているわけだ。腹黒い鬼め! おまえがいま弔っている人がまだ生きていたら、おまえの呪われた復讐の餌食になるにきまっている。おまえがいま感じているのは憫れみじゃない。おまえが歎いているのは、ただ、おまえの悪意の犠牲者がおまえの力のとどかぬ所へ行ってしまったからだよ。」
「おお、そんなことはない、――そんなことは。」と怪物はさえぎって、「ただ、それがおれのやったことの本音だと思われる点かあり、そのために、あんたに与える印象がそんなことになるのにちがいないが、おれは、自分の不幸に同情を求めているわけではないのだ。おれが同情を受けるようなことはないだろう。おれがはじめ同情を求めたとき、自分もあずかりたいと思ったのは、自分のありあまる美徳への愛と幸福や愛の感情だった。しかし、今では、それも影のようになってしまい、その幸福や愛情がつらい忌まわしい絶望に変ってしまったというのに、いったい何におれは同情を求めたらいいのかね? おれは、自分の悩みが続くうちは、ひとりで悩むことに満足しているのだ。死ぬ時に、憎悪や非難でおれの記憶が背負いきれないようになったって、おれは十分満足だよ。かつて、おれの空想は、美徳と名声と享楽の夢に和らいでいたものだ。かつておれは、おれの外形を承知して、おれの示せるすぐれた特質のゆえにおれを愛してくれる人に出会いたいという、まちがった望みをもっていた。おれは名誉や献身という高邁な理想を抱いたこともある。しかし今では、犯罪のために、もっとも蔑しい動物以下に堕落してしまった。どんな罪も、どんな害悪も、どんな不幸も、おれのばあいとは比べものにならない。おれの罪悪の恐ろしい目録にざっと目を通すと、その思想ががっては崇高な卓越した美の幻想と善の威厳にみちていたあの存在と同じものであるとは、自分でも信じられないのだ。しかし、それはまさにそのとおりなのだ。堕天使は悪意にみちた悪魔になる。けれど、この神と人間の敵は、その荒廃のなかにあってさえ友だちや仲間をもっていた。おればひとりぼっちなのだ。
「フランケンシュタインを自分の友人だと言うあんたは、おれの犯罪やこの男の不幸のことをよく知っているらしいね。しかし、あんたにした詳しい話のなかで、この男は、おれが辛抱して無力な欲情をすり減らしていた不幸の歳月を勘定に入れることができなかったのだ。おれはこの男の望みをたたき壊しながら、自分の欲望をみたしたわけでなかった。それはいつも、熱烈切実なもので、おれはそれでも愛と友情を欲して、やはりはねつけられた。これには不正がなかっただろうか。人間がみなおれに対して罪を犯したのに、おれだけが一人犯罪者と考えられなくてはならないのだろうか。自分の友だちを辱しめて戸口から叩き出したフェリクスを、どうしてあんたは憎まないのだ? 自分の子を助けてくれた者を殺そうとした田吾作をどうして憎まないのかね? いやはや、こんなやつが有徳で潔白なお方なのだ。みじめな、見棄てられたおれは、突きとばされて踏んだり蹴ったりされる出来そこないだ。
「しかし、おれはまったく悪者だ。おれは愛らしい者や無力な者を殺した。罪もない者を眠っているあいだに絞め殺し、おれをはじめ生きているどんなものも傷つけたことのない者の喉をつかんで死なせた。愛と称讃に価する人間のうちでも選りぬきの手本であるおれの創造者を、苦境におとしいれ、こんな取りかえしのつかない破滅にまでも追いつめた。その人が、ここに伸びているのだ、死んで血の気がなくなって、冷たくなって。あんたはおれを憎んでいるが、その嫌悪は、おれが自分に対してもっている嫌悪とは比べものにならないよ。おれはこれを実行しに自分の手を見、こういうことを思いついた自分の心を考えて、この手がおれの眼を掩い、そういう考えにもう二度と悩まされなくなる刹那を、しきりに望んているのだ。
「おれがこのさき悪いことをしやしないかという心配は、無用だよ。おれの仕事はどうやらかたずいたのだ。おれの生涯にきりをつけて、どうしてもやっておかなければならぬことをやりとげるには、あんたやそのほかの人の死は必要じゃない。入用なのはおれ自身の死だ。おれがこんなように自分を犠牲に供することをぐずぐずしているとは考えてもらいたくない。おれは、おれが、ここまで乗ってきた氷の筏で、あんたの船から離れ、地球のいちばん北のはてまで行ってから、自分の火葬の薪の山を集めて、このみじめな体を燃やして灰にしてしまうのだ。おれのようなものをまた造ろうという好奇心の強い穢らわしいやつが、おれの死骸から手がかりを得たりしないようにね。おれは死ぬつもりだよ。いまおれの胸に焼きついている苦悩も感じなくなるだろうし、この飽き足らぬ、抑えきれぬ感情の餌食になることもないだろう。おれをつくったこの男は死んでいるのだ。おれが居なくなれば、おれたち二人の記憶だって、すぐ消えるだろう。おれはもう、太陽とか星を見たりしないし、頬をなぶる風も感じなくなるだろう。光も、感情も、意識もなくなってしまうだろう。そして、そういう状態のなかに幸福を求めなくてはならないのだ。何年か前、この世界の示す形象がはじめておれの眼の前に開け、夏の気もちよい暖かさを感じたころ、木の葉のさやぐ音や鳥の囀る音を耳にしてそういうことがおれの全部であったころなら、死ぬのが怖くて泣いたにちがいないが、今では死ぬことがたった一つの慰めなのだ。犯罪でけがれ、悲痛な悔恨に引き裂かれた今、死以外のどこで休息を取ることができるだろう。
「さようなら! これでおいとましよう。おれの眼が見おさめする最後の人間があんただ。さらばフランケンシュタイン! おまえがまだ生きていて、おれに対して復讐の念をもっていたら、おれが死んでからでなく、生きているうちに、それが満たされたわけだね。しかし、そうじゃなかった。おまえは、おれがもっと大きな悪事をはたらかないように、おれを殺そうとした。だから、何かおれの知らないやりかたで、おまえがまだ考えたり感じたりするのをやめないとしても、おまえは、おれの感じる復讐の念よりも大きな復讐の念をおれに対してもたなかったにちがいない。おまえは破滅したが、おまえの苦悶はまだまだおれの苦悶には追いつかない。悔恨のとげは、死がそれを取り去ってくれるまでしじゅう傷口を悩ませるだろうからね。
「しかし、すぐに」と悲しげに、また厳粛に、熱情をこらえかねて、怪物は叫んだ、「おれは死んで、いまこうして感じていることももう感じなくなるのだ。まもなく、この火の出そうな苦しみも消えるだろう。おれは、火葬の薪の山に意気揚々と登り、苦痛の焔にもだえて勝ち誇るのだ。燃えさかるその火の光も消え去り、おれの灰は風のために海へ吹き飛ばされるだろう。おれの霊は安らかに眠り、それが考えるとしても、きっとこんなふうには考えないだろう。では、さようなら。」
 怪物はこう言いながら、船室の窓から、船の近くにあった氷の筏に跳び下りました。それはまもなく、浪に流されて暗やみのなかを遠くへ消えていったのです。





底本:「フランケンシュタイン」日本出版協同
   1953(昭和28)年8月20日初版発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
※底本における「灯」「燈」の混在はそのままにしました。
入力:京都大学電子テクスト研究会入力班(大石尺)
校正:京都大学電子テクスト研究会校正班(大久保ゆう)
2009年8月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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●表記について