そして、毎日
二三日するうちに、文吉は、すつかり、海になれました。
ある日のこと、朝御飯をたべると、すぐに、文吉は浜へ出かけて行きました。からりとよく晴れた日で、お日さまは、沖の方を、あかるくてらしてゐましたけれど、近く山を背負うた浜のあたりは、まだひや/\した
やがて、お日さまの光は、沖の方からだん/\岸へ近づいてきました。砂地一めん、パツとあかるくなりました。文吉は、いつさんに、そのあたたかい光の方へ
「ヤレ/\かんべんしてくれよ。わしは、今一しんに、さがしものをしてゐたのでのう。」
おぢいさんは、しはがれ声でいひながら、文吉のきものについた、砂をはらつてくれるのでした。文吉は、びつくりした顔つきで、おぢいさんのするままになつてゐました。
おぢいさんは、もはや六十あまりの年ごろで、額にふかい
「ウム、よいお子ぢや。」
といひました。そのまま、後をふりかへるでもなく、とぼ/\歩いて行きました。
お日さまは、山の上に高くのぼりました。砂地はぽか/\あたたかくなりました。文吉は岩のかげに寝そべつて、
「へんなお
そんなことを考へてゐましたが、白帆のうかんだ、うつくしい海のながめは、すつかり、文吉の心をうばつてしまひました。
それから、一時間ばかりもたつたころでした。
文吉は、砂地の上に寝そべつたまま、むしんに、口笛を吹いてゐました。海は大そうしづかで、時たま、
もう遠く、行つてしまつたことゝ、おもつてゐた
「どうも、心のこりでのう。もう一度さがしにひきかへしてきた。」
おぢいさんは
「何をさがすの?」
文吉は、たづねました。
「
「しんらんさまの石?」
「ウム。親鸞さまの石ぢや。」
おぢいさんは、時々、砂地にころがつてゐる石ころをひろひあげて、ためつすかしつして見ては、ポンとなげすててしまひます。
「だめぢや、これもさうぢやない。」
文吉は、ふと、じぶんの足もとに、波にみがかれた、きれいな石ころが目にとまつたのをひろひあげて、
「これぢやないの。」
といひますと、おぢいさんは、
「ドレ/\。」と一目見て、首をふりました。
「イヤ、ちがふ。」
「しんらんさまつて何?」
文吉は、たづねました。
「親鸞さまは、むかしのお
おぢいさんは、前こごみにとぼ/\歩きながら、いひました。
「それが石をどうしたの。」
「親鸞さまが、ここをお通りになつた。たつといお方ぢやけど、かうして、わしのやうな遍路すがたでな。それが、おそろしく海の荒れた日で、親は子知らず、子は親知らずといふ難所ぢや、そら、あそこに見えるぢやろ。」
とおぢいさんは、
「あそこに見えるだろ、あの
おぢいさんの目は、そのとき、
「わしは、もう行くとせう。」
と力ないこゑで、
「ぼんち、おまへは、よい子ぢや。せいだして、さがすがよいぞ。」
かういつて、波うちぎはの細みちづたひに、また歩いて行くのでした。文吉は、ぼんやり見送つてゐました。その
「ぼくは、あしたは家へかへるんだ。親鸞さまの石をさがさうたつて
さう考へると、たまらなく悲しくなりました。
その夕方、文吉は、親鸞さまの石のことを
「
と
「だつて、お遍路さんがさういつてゐたもの。」
「まだそんなことをいつてゐる。親鸞上人はいつの人だとおもふ。七百年もむかしの人だぜ。」
「だつてお遍路さんは、ほんきにさがしてゐたもの。」
「お遍路さんなんて、何も知らないさ。ぼくのいふことが、うそだとおもふなら、学校へ行つて、先生にきいてみな。」
文吉はうなづきました。文吉の学校の先生は、文吉の問に、何と答へて下さるでせうか。