虹の橋

久生十蘭





 北川千代は栃木刑務所で服役中の受刑者で、公訴の罪名は傷害致死、刑期は六年、二十八年の三月に確定し、小菅の東京拘置所から栃木刑務所に移され、その年の七月に所内で女児を分娩した。
 受刑者名簿には北川千代となっているが、記名の女性は二十七年の九月に淡路島の三熊山で死亡しているので、もちろん当人であろうわけはない。北川千代の名で服役しているのは、真山あさひという別個の人格なのだが、複雑な事情があって、取調べにたいして、じぶんが真山あさひだという事実も、北川千代でないという事実も、係官が納得するほど充分に立証することができなかったふうである。
 女囚が抱いて入ってきた携乳けいにゅう(携帯乳児)や所内で生まれた産乳は、鳥が古巣へ帰るように、その何割までかが、罪を犯して母の苦役の場へ戻ってくるという無情な伝説があって、旧刑法時代には、そういう不幸な人達を「実家さと帰り」と呼んでいた。
 真山あさひは所内で女の子を産んだが、そのあさひ自身、二十五年前に栃木刑務所の産室で産声をあげた。真山あさひのあさひは、栃木刑務所の所在地、栃木市旭町十九番地からとった名なので、伝説どおりの実家帰りの一人なのであった。
 分娩後、間もなく母が死んだが、そのころは児童福祉法の里親制度といったようなものがなく、公共団体で保育をうけるほかはなかったので、あさひは小学校を終えるまで東京養育院の板橋本院に、その後は本院附属の授産場へ移って、メリヤス編みの技術をおぼえた。この間に女学校の二年級程度の学習をした。
 十六歳の春、あさひは本院を出て「社会」に入ったが、戸籍の母の前科がついてまわり、そのためにいくどか苦い涙を飲みこんだ。刑務所で生まれた受刑者の娘などは、女中にさえ雇ってくれず、うまくもぐりこんだ気でいても、間もなく素姓すじょうが知れ、蹴りだすようなむごい仕方で追いだされた。
 じぶんのもぐりこめる世界は、せいぜいダンサーか女給、ひょっとしたらそれもだめで、もっと暗い狭い穴へ落ちこむほか、生きる道がないのかも知れない。それならそれでもいいが、誰かを好きになって、結婚したくなったら、どうすればいいのだろう。あさひは暗澹あんたんたる前途を見透し、地獄へちる瞬間の光景を垣間かいま見たひとのような悲愴な顔で、生きにくい東京という土地を離れる決心をした。
 二十二年の秋、将来、こういうこともあり得るだろうと予想して、空襲直後のどさくさに、よその町内で貰った仮名の罹災りさい者証明書を持って大阪へ行った。
 大阪に着くなり、行きあたりばったりに駅前の闇市のバラック街へ飛びこみ、食べるだけという条件で牛めし屋の下働きに住みこみ、鍋前に立つ合間に、声をからして客引きをした。
 その店に二た月ほど居たが、十一月のすえ、客の立てこむ混雑にまぎれて売上げをざるごとさらわれた。身におぼえのないことだったが、ひっかかりになるのを恐れて、夜にならぬうちに逃げだした。
 いくらか大阪の地理がわかるようになったので、千日前の十円喫茶を振りだしに、一杯屋の女中、モギリ、スーベニヤの売子、ダフ屋と、じぶんでも思いだせないほどめまぐるしく名と職を変え、南の盛り場を転々と流れ歩いた。おなじ店に二カ月以上は腰を据えないことにきめていたから、二十七年夏までの六年の間に、三十回近く職場を変えたことになる。
 真山あさひの本籍は東京都板橋区板橋五ノ一〇一四の東京養育院で、更にもうすこし辿れば栃木の女囚刑務所が出てくる。なにか事件を起して、本籍地へ身元照会をされることを恐れるあまり、大阪に居た六年の間、あさひは、どういう軽犯罪にも触れないように、ひたすら身を慎しんできた。ぬきさしのならぬ母の古いレッテルと出生の素因が暴露すると、文句なしに犯人素質者のフレームに入れられ、それでもう、二進にっち三進さっちも行かない身のつまりになるのだと思いこんでいた。新憲法のおかげで、あらゆる前科が戸籍から抹消されたということを、あさひは知らなかったのである。
 二十六年の暮、あさひは須磨明美という名で飛田大門通りの「よっちゃん」というキャバレーまがいのスタンドバアで働くことになった。特飲街の近くなので、毎夜のように喧嘩があり、環境は荒いが収入が多く、元今宮の南海鉄道の沿線に部屋をみつけて、翌年の夏ごろまでせっせと稼いだ。おなじ家に半年以上もネバったのはそのときがはじめてだったが、こんどは向うがつぶれた。マダムが短期(相場)でしくじって店を投げだし、そのあとがパチンコ屋になった。
 雨後の夕凪で、昼間の暑気が淀みのこり、蒸し釜で蒸しあげられるような夜の九時すぎ、あさひがシュミーズひとつでぐったりしているところへ、店で芦原小夜子といっている北川千代が、スーツケースをさげてやってきた。組がちがうので、さほど親しくもしていないが、東京生れだというので、なんとなくたがいに気をひかれるといった程度の間柄だが、あさひのほんとうの名を知っているのは、店では千代だけだった。
「ちょっと、いいところじゃないの……さっそくだけど、二三日、置いてくれないかしら。いま部屋を開けわたして来たところなの」
「いいわよ……ひどい汗。話はあとにして、ともかく裸におなんなさいよ」
「大阪の夏って憂鬱ね……じゃ、裸になるわ」
 千代はパンティだけになって、窓際の畳のうえに足を投げだすと、沈んだ顔つきで煙草に火をつけた。
「お店のせいばかりでもないけど、急に里心がついちゃって、東京へ帰ろうかなあって思っているところなの……真山さん、あなた大阪は、ことしで何年?」
「六年よ」
「そういえば、あたしも六年だわ」
「東京の住い、どちら」
「麻布の霞町……何代となく深川に住みついていたんですけど、あたしが大阪へ来た年、麻布へ越したのよ。六十二になる眼の見えない祖母が、たったひとりでひっそりと暮しているの」
「たいへんね」
「土地馴れない山の手なんかへ越して、ご近所の世話になって、カスカスに生きるのかと思うと、しみじみとしちゃう。このごろ、お祖母さんの夢を見たりすると、ドキッとすることがあるのよ」
「見てあげるひとはいないの」
「両親も兄弟も、親類みよりみたいなのも、深川の空襲で、きれいさっぱりやられてしまったわ」
「たよりはしているの」
「このあいだ、近々に帰るって、手紙をだしたけど……」
「そんならお帰んなさいよ。そのほうがいいわ」
「あっさりいうわね……あたし、それとなく観察していたんだけど、あなただって、この土地になじんでいるようには見えないわ……東は東、西は西というのは、関東と関西のことじゃないかって、そんなことを考えることがあるのよ。大阪ってローカル、あたしたちの肌にあわないのよ……ねえ、いっしょに帰らない?」
 この六年、重っ苦しい過去の家族史を忘れて、ひと並みにのびのびと生きて来れたのは、他人の私事をコセコセと洗いたてたりしない、おおどかな大阪のふうのおかげだったような気がする。東京へ帰れば、こんなレッテルをつけたままもぐり込める穴はないのだし、仮りにうまくいって、ねがってもないようなところに落ちつくことができたとしても、いつ、むかしの汚染しみが滲みだすかと、たえずハラハラしていなくてはならない。そんな思いをするために、東京へなんか帰ることはない。
「あなた、しあわせよ。あたしなんか、東京へ帰ったって、帰ってきたかといってくれるひともないの……生きているというだけなら、どこの果てだっておなじことだわ。あたしのことは、放っておいてほしいの」
「それゃね、無理強いするようなことでもないわ……悪いけど、もうひとつ、おねがいがあるのよ。アパートの前に、グリ公を待たせてあるの。一晩だけ、ここへ寝かしてくれないかしら」
「こんな暑っくるしいところで寝なくとも、六甲か和歌浦か、涼しいところへ行ったらどうなのよ」
「グリ公は宝塚へ行こうというんだけど、今夜は、二人っきりになるのは困るの」
 できそくないの木像のような妙にギョロリとした顔をしているので、グリ眼のグリさんで通っている。千里山に住んでいる若槻という株屋の息子で、東京の医大を出て関西医大でインターンをやっているということだったが、毎夜のように病院を抜けだしてきて、「よっちゃん」に入りびたっている。関西人にはめずらしく口の重い、掴みどころのないような男で、どういうつもりか、いつも本を抱えてやってきて、女給たちに読め読めとすすめる癖がある。
 春の終りごろ、この小説の中に、君のようなひとがいる。読んでみろよと、「モンパルナスのビュビュ」という本をあさひにおしつけた。あら、そうなの。じゃ、お借りするわねといったが、読む気などはなかった。持って帰ったなりで机の下に放りこんでおいたが、風邪をひいて三日ばかり寝込んだとき、思いだしてひっぱりだしてみた。
 薄眼になって、でたらめに拾い読みをしているうちに、ベルトという若い淫売婦が、夕方、ぶらりと会堂へ入って、祈りにもならない祈りをするあたりでギックリとなった。起きなおって夢中になって読み耽り、ピエールというベルトの愛人が、「助けてくれ! みんな来てくれ、あそこで女が一人殺されかけている」と身悶えする結びの一句にうたれて、頭がぼうっとなるほど強く感動した。
 それがなんであるのか、あさひにはよくわからなかったけれども、ながいあいだ無意識にさがし求めていたもの……心のなかを吹き浄められるような、それさえあれば、足りないもののすべてのおぎないになるといった、安心と慰めを与えてくれるなにかがあった。
 ベルトが会堂へ行って、
(神さま、ふだんのあたしを知っているひとたちは、こんなところを見たら大笑いするでしょうが、それでも、お祈りをいたします。あたしはみじめな淫売婦ですけど、まだ悪人にまでは落ちていないつもりです。あなたはあたしをごらんになって、「うむ、おさないベルト・メテニェがお祈りしているな」とおっしゃってくださるだろうと思います。)
 ベルトのあわれなようすが見えるようで、いくども読みかえして暗記してしまったが、これは、じぶんひとりの意想のなかの出来事なので、若槻などには言いもしなかった。


「この一と月ほど、ああだこうだと押しあっていたんですけど、やっとのことで話がついたところ……淡路島へ行ってピクニックでもして、それで最後にするつもりなの。グリ公はヨリを戻すつもりでいるらしいけど、明日の朝、天保山の桟橋から船に乗ってしまえば、いくらジタバタしたって、つけこむひまはないわけだから」
 あさひ自身、送ったり送られたりしながら、そのまま仲間のアパートへ泊りこんでしまうことがあるので、断わる理由はなかった。
「夜具なんかないけど、ごろ寝でよかったら」
「結構よ。じゃ、呼んで来るわね」
 スーツ・ケースから浴衣をだすと、千代は伊達巻をひきずりながら、いそいで階下へ降りて行った。口で言うほど、若槻を嫌っているようでもなかった。
 なにかもめているらしく、だいぶ暇がかかったが、十分ほどすると若槻が千代のうしろについて入ってきた。
「すみません。宝塚へ行こうと言ってるんだが、どうしてもいやだというもんだから」
「いいのよ、おかまいできないけど」
 近くの仕出し屋が冷しビールを持ってきた。
 一時ごろまでしゃべって、座布団を枕にして思い思いにごろ寝をしたが、汗ばかり流れて、どうしても寝つけなかった。
「朝までマジマジしているんじゃ、たまらないわ。グリさん。ブロバリン持っているでしょう」
 若槻はボストン・バッグをひきよせて、ブロバリンの小瓶をだすと、千代のほうへ放ってやった。
「二錠くらいにしておけ。飲みすぎると、だるくて起きられやしないぜ」
「わかってるわ……真山さん、どう? ありふれた薬だけど、眠れることだけは確実よ」
「睡眠剤?……暑さがつづいたせいか、この二三日、眠ったような気がしないの。飲んでみようかしら」
 あさひにとって、その夜は平凡な夜ではなかった。重苦しい夢の中で、あさひは痛烈な感覚を味わった。失神する直前の、無限に墜落するあのたよりなさ……官能をギリギリまでおしつめ、粉々にしてしまうような苦悩のつづけ撃ちだったが、それ自体は不愉快なものではなく、苦痛の極の恍惚といった、言い知れぬ感動に思わず竦みあがる瞬間もあった。
 あさひはだんだん不安になり、神経が緊張して、これ以上耐えられそうもなくなると、あゝ、いま死ぬんだわ。いい気になって睡眠剤なんか飲んだ罰だ、などとぼんやりと考えているうちに、痺れるような眠りのなかで夢を見た。その夢は無限に変化する男女の営みの千態万態で、組合せの奇抜なことといったらお話にならない。あらゆるスタイルとフォルムがのたうちまわりながら、はてしもなく展開する。それはたぶんこんなものと、おおよそのところは知っているつもりでいたが、夢の中で経験したそれは、あさひの幼稚な想像などとは及びもつかぬほど豊富なものだった。
 どれくらい時間が経ったかわからない。あさひの感覚にぼんやりとした曙がおとずれ、意識が水の底から浮きあがるように徐々に覚醒の域まであがってくると、胸の上にのしかかっている重感は、夢にしてはすこし現実すぎるようだと疑問をもちだした。皮膚が感じているのは、じぶんの体温とちがう体温であり、四肢の位置もひどく不随意で、自分でなら、どうしたってこんな恰好はしないだろうと思うような意外な状態にあった。
 半醒の混濁した意識の中で、たいへんなことになった、なんとかしなければと思ったが、どうすればいいのかわからない。とりとめない状態のままうろうろしているうちに、いままで持続していた感覚が、無慈悲なやりかたで急に中断された。この夢は無限につづくものと思い、貪慾に感覚を任かしていたのだったが、だしぬけに中止されたので、なんともつかぬ悲哀の情に襲われ、思わず、あゝと悲鳴をあげた。そのとたん身体が自由になり、まだ闇のよどむ部屋の中で、影のようなものがむこうへころがって行くのを、見たような気がした。
 それなり深く眠りこんでしまい、はっきりと眼をさましたのは、十一時近くだった。よほど前に出かけたらしく、千代のスーツ・ケースがあるだけで、二人の姿はなかった。
 そろそろと照りつけてきた、きびしい陽の色を浴びながら、あさひは姫鏡台の前に坐って鏡に顔をうつしてみた。朦朧たる闇の中の出来事は、夢だったように思われるが、夢でも幻でもない証拠に身体のなかに、昨日までなかったものが加わり、身動きするたびに、思いがけないところがギクシャクする。生理にも精神にも、大変動が起きているのに、顔だけは、昨日のままに白々としているのが、納得のいかぬ気持だった。
「あれがほんとうの営みというものなんだわ」
 クリンシング・クリームで顔の寝脂ねあぶらを拭きとりながら、あさひはなんということもなく呟いた。
 口惜しいような気がするが、といって不当に侵かされたとも思わない。いつかはかならずやってくるはずのものが、たまたま、昨夜、到着したというのにすぎない。自在に男女の疏通が行なわれる特飲街の習俗の中では、貞操とか貞潔とかいう観念は、かつて生活の仕組みの中に入ったためしはない。これまでにもいくども誘われ、そういう機会はかぞえきれないほどあった。肉体は求めていたのだろうが、ギリギリのところへ行くと、気がすすまなくてやめてしまうのは、刈込みにでも逢って、知られたくないことがあばきだされでもしたらかなわないと、それを恐れたからだった。
 千代は最終のフェリーボートで帰ってくるといっていたが、翌日になっても帰らない。たぶん、そんなことになるだろうと思っていたし、スーツ・ケースが置いてあるのだから、そのうちに、ひょっくりやってくるのだろうと気にもしないでいたが、大阪新聞の兵庫版で、須田栄太郎という男と真山あさひという女が、淡路島の三熊山でブロバリンを飲んで心中したという記事を読んで、はっとした。
 若槻と千代はあの日は洲本すもとの四洲園で一泊し、翌朝、小路谷の古茂江へ行くといって宿を出、三熊山の山曲へ入ってブロバリンを飲んだというようなことらしかった。
 北川千代が宿帳にあさひの名をつかったことは、仲間のあいだで金を融通しあうのと同様で、おたがいさまのことだから文句はないが、元気のいい千代が自殺するとは思いもしなかったので、虚を衝かれたようなへんな気がした。
 なにか、ひっかかりがくるのではないかと不安になりながら、兵庫版を注意して読んでいたが、でたらめな住所を書きつけたのだとみえて、心配していたようなことはなにも起らず、真山あさひと須田栄太郎は、身元不明のまま、行路病者として洲本市役所にひきつがれて、千草の無縁墓地に埋葬され、それで、観光地のありふれた心中事件として終止符が打たれた。
「真山あさひなんていう女は、無くなったって惜しいことはない。思えば、あわれなやつだったけど……」
 部屋の隅に千代のスーツ・ケースが置かれてある。あの夜、千代が浴衣を出したとき、戸籍謄本と履歴書らしいものが入っていたのを見た瞬間から、千代はどんな過去をもった女なのか知りたいというひそかなねがいがあった。あさひはスーツ・ケースを手で撫でていたが、どうせ見ずにはいられないのだと思って、蓋をあけた。
 北川千代……昭和五年生れ。本籍は江東区。祖母はフサ。父は源次郎。母の嘉代は長尾清太郎という人の二女で、大正十三年に源次郎と結婚し、翌年、源一を生んでいる。父の源次郎と母の嘉代は昭和二十年に戦災死。長男の源一は昭和十九年に南方で戦死している。
 履歴書の方は、深川第一小学校、日本高女の技芸科を二年。京華ダンスホールに一年、西銀座の「ベラミ」というバアに一年、それから大阪……これが北川千代の歴史だった。
 あさひは戸籍謄本と履歴書をもとのところへ戻すと、スーツ・ケースを枕にしてあおむけに寝た。思いもしないようなふしぎなことが、はじまりかけている。それはどういうことなのか、あさひは心の深いところでうすうす感じていた。
「真山あさひは千草の土の下へ入ってしまったんだから……」
 なんのめんどうもなく北川千代という女に転身することができ、帰ろうと思えば東京へも帰れるし、就職にも結婚にも、完全な自由をもっている。
「そうだったら、どんなにうれしいだろう」
 しかし、これは過去に拭いがたい汚染をもっている人間の、はかない心の遊戯にすぎない。あさひは人生のむずかしいところを、骨を折って切りぬけてきたので、女の浅智慧や企みほどおろかなものはないということを、経験を通じて知っている。そんな胡魔化しがバレずにすむと思ったら大変なまちがいだ。そうだったら、どんなにうれしいだろうというだけのことだと、じぶんに言いきかせた。


 フサの手をひいて銭湯から帰ると、あさひは奥の八畳へ手ばやく寝床をのべた。
「疲れますからね……一時間ほど、床にお入ンなさるといいわ」
 耳に口をつけてそういうと、フサは白髪頭をうごかして、そうしようかねえと、コックリとうなずいた。
 こうなさいといえば、うむ、それがいいでしょうといえば、それがいいと、言いなりになっている手のかからない老人としよりだった。眼の見えないことも、耳の遠いことも、苦にしない。これはこういうものと、自然の成行にまかせ、いつも機嫌よくニコニコ笑っている。
 福々とした、おとなしやかな顔だちで、身だしなみがいい。声も深く美しく、むかしのゆたかな暮しが察しられた。両手を膝に置いて、縁端えんはなにちんまりと坐っているところなどは、古陶の置物の感じだった。
 はじめのうちは、罪の感じに追いたてられ、こんな善良な老人を欺ますのかと、鳥肌のたつような思いをしていたが、食事や寝起きの世話、銭湯へ連れて行って、身体の隅々まで洗ってやるまめまめしい日々をかさねているうちに、フサとじぶんはほんとうの血縁で、もう何年となく、こういう暮しをつづけているようなのどかな気持になり、偽せものだということを、ふと忘れている瞬間があった。
 フサは蒲団の端をさぐると、居なりのまま膝をまわし、裾も乱さずにゆらりと蒲団の上に長くなった。あさひは小掻巻こかいまきをかけ、枕元のきまった場所へ煙草入れと笹飴の鑵を置いた。
「おしもはいいんですか。煙草も飴もここにありますから」
「うむうむ」
 笑皺えみじわがおさまって静かな顔つきになったので、そっと立ちかけると、なにか思いだしたように、フサがしみじみした調子で呟いた。
「いまでも、時々あなたの夢を見ることがあるのよ。遠いところにいるあなたの夢を」
「あたし、ここにいるじゃありませんの」
 落着いて言いかえしたつもりだったが、動悸がして語尾がかすれた。
「どこだかわからないけど、遠いところにいて、いつ逢えるだろうなんて思っている、そんな夢……眼をさまして、そうそう、千代はもう帰っているんだっけ、やれやれ、よかったと思って、ほっとするの」
 屈託のない、おおまかなひとだが、鷹揚すぎて心の中を測りかねる。千代、千代と呼んでいるが、ほんとうに千代だと思っているのか、承知で欺まされているのか、そのへんのところがわからない。ひがんでとれば、いまの言葉も、千代はどこか遠いところにいる、あたしはちゃんと知っているんだよと、遠まわしに仄めかしているのだと思える。
 青山と麻布の高台に挾まれた谷底のような陰気な町筋を、一時間近くも歩きまわったすえ、やっとのことで、それらしい番地をたずねあてた。玄関と勝手口の並んだ浅間な仕舞しもた屋がつづき、その突きあたりに、古ぼけた千本格子が奥深くしずまっている。前まで行ったが、そこもちがうらしい。うんざりしてひきかえそうとすると、八百屋の御用聞きが露路へ入ってきた。
「家を探しているんですか」
「北川って家なんですけど」
「北川さんなら突当りです」
 先に立って格子戸を開け、
「こんちは、北川さん」
 と高っ調子をはりあげると、奥まったところから落着いた声がした。
「徳さんですか。勝手へ廻ってください」
「ここまで這いだしてくださいよ。お客さんです……若い女のひと」
「また担ぐんでしょう」
 白髪をオールバックに撫でつけ、結城の裁着たっつけのようなものをはいた六十二三の品のいいおばあさんが、障子を細目に開けて顔をだしたが、おやと呟くと、玄関の二畳へ這いだしてきて、丁寧にお辞儀をした。
「失礼申しました……このひとたち、くだらないことをいって担ぐもんですから……、どなたさまでいらしゃいましょう」
「あのう、あたしは……」
 あさひが挨拶しかけると、
「大きな声で呶鳴らないと、聞えやしねえよ。耳が遠いんだから」
 御用聞きがそばで世話をやいた。
「大阪からまいりましたものですけど」
 御用聞きは横合いからひったくって、
「あんた千代さんでしょう。おばあさん、毎日、首を長くして待っていましたぜ。今日帰るか明日帰るかって」
 そういうと、おばあさんの耳に口をあてて、
「お待ちかねのひとが帰ってきたよ。びっくりさせようと思ってそらをつかっているんだ」
 おばあさんは立身になると、両手を泳がせながら、
「あら、千代さんだったの……よく帰ってきておくれだった。手紙が来てから二十日にもなるのに、音沙汰がないもんだから、どんなに心配したか知れなかったよ……お上り、お上り」
 御用聞きはスーツ・ケースをひったくって、あさひを二畳へおしあげ、
家主おおやさんに、そう言ってくら」
 むやみな声で呶鳴りながら露路を駆けだして行った。玄関の二畳、勝手につづく茶の間の六畳、狭い庭をひかえた奥の八畳という小体こていな住居だが、長火鉢、茶箪笥、鼠入らず、湯こぼしと、品よく、きちんとして、居なりで用が足りるようになっている。あさひを長火鉢の前におしつけると、おばあさんは、千代や、千代やと飽かずというふうにあさひの頬や肩を撫でた。玄関の格子戸が開いて、
「ご大層な靴があるな。帰ったんだね」
 といいながら五十二三の赧ら顔の男が入ってきた。おばあさんはそちらへ顔をむけると、
「金井さんですか。ご心配をかけましたが、千代が帰ってきました」
 顔に手をあててさめざめと泣いた。
「よかった、よかった。これで、ご隠居さんも安心だな」
 この家の玄関を入るとき、あさひは非情なほど冷静で、あっただけのことを隠さずに話すつもりで、千代のスーツ・ケースをさげてきたが、肩につかまって、みじめな泣きかたをされると、千代さんは死にましたと言いだす勇気は、あさひにはなかった。家主おおやの金井が飛びこんできたとき、
「ただいま帰りました。祖母がいろいろとお世話になりまして……」
 と、ひとりでに言葉が辷りだしたが、その場の調子で、不自然だとも厚顔あつかましいとも思わなかった。
 最初の日は、大阪の話などしてお茶を濁した。日がたつにつれ、ちょっとした言葉の端からでも、化けの皮が剥げそうで、ひやひやしていた。フサは疑っているようなようすは微塵もなく、ときどき、顔をうつむけて考えこむことがあるが、そのほかは、どんなことでも上機嫌をそこなうものはなかった。苦労したおかげで、やさしくおなりだとか、人間が変ったようだとか、そんな言葉さえ、いっこうに気にならなくなった。
「夢の話はね、あとでゆっくり聞きます。血圧があがるといけないから、眼をつぶって、眠るつもりになるのよ」
「そろそろ眠りかけている」
「嘘ばっかし。そばにいると、ご機嫌がよくなってだめなのね。あたしは夕食の仕度にかかりますから、ほんとうに眠るつもりになってちょうだい」
 フサは眠るつもりになったらしく、うむとうなずいた。つくづくと見ていると、仏縁でもありそうな清浄な顔だちで、いやがらせをするような人柄とも思えない。やはりひがみだったのだと、あさひの気持はすぐ落着いた。
 あさひは茶の間を通って勝手へ行った。水口が露路につづく狭い台所だが、眼の不自由な老人が一人暮しをしていただけあって、庖丁の掛け場所、笊の置きどころまで、仕勝手しがってよく考えてあって、菜を茹るにも居まわりで用の足りる便利さといったらなかった。
 あさひは、水口のガラス戸に凭れて、夕食のお菜はなににしようと熱心に考えた。それとなくさぐりを入れ、嗜好や物癖をのみこんだが、なにもお祖母さん、かにもお祖母さんで、じぶんの食べるもののことは、てんで計画に入っていないことに気がつくと、つい笑いだしてしまう。縁もゆかりもない老人のそばにいて、なんのために気骨を折るのかと、じぶんでも不審に思うことがあるが、こうしていることが訳もなく楽しくて、苦労も苦労にならない。この思いのなかには、肉親にたいするあこがれと愛情がこもっていて、生きていくうえの一貫した深いよろこびを感じさせてくれる。千代の身代りになってこの家に居付くようになってから二た月ほどの間、あさひは生れてからまだ一度も味わったことのないような幸福な感じに包まれ、この生活が永久につづけばいいと、感動して涙を流すことがあった。


 玄関で声がするので出てみると、三十七八のげたような男が立っていた。くたびれたサージの背広を着て、上着のポケットに両手を突っこんでいる。このポーズに共通する不快な思い出があった。
「北川千代さんというのは?」
「あたしです」
「赤坂署のものだが、手間をとらせないから、ちょっと署まで」
「眼の不自由な老人としよりが寝て居りますのですが、ここではいけないんですか」
 私服は、いけぞんざいな口調になって、
「君のほうが、工合が悪いんじゃないのか」
 と陰気な声でせせら笑った。その声のひびきの中から、破綻を予見してあさひは絶望した。奥の八畳へ行って、
「警察から呼びに来ましたから、行ってきます。あとのことは家主さんにお願いしておきますから」
 と、フサにいったが、返事がなかった。しばらくしてから、フサがボソリといった。
「何もかもすまして、きれいな身体になって帰ってきたのだとばかり思っていたのよ」
「それはなんのこと?」
「よしよし、早く帰ってきなさい。身体に気をつけてね」
 警察へ行くと、すぐ二階の刑事部屋へ入れられた。狭いところに机が並び、刑事が三人ばかり火鉢をかこんで雑談をしていた。
 永田という私服は奥まった机の前へあさひを連れて行くと、いきなり、
「君は六年前、銀座の『ベラミ』というバアで女給をしていたことがあったね」と、おっかぶせた。
 銀座のバアで女給をしていたことは千代から聞き、履歴書でも読んで知っていた。
「ございます」
 永田は刑事たちのほうへ振返って、
「こいつに、まちがいはないんだね」
 と念をおした。刑事たちがうなずくと、永田は物入れからペルシャ模様の臙脂色のネッカチーフをだしてきて、それをあさひの前に投げだした。
「おぼえがあるだろう」
 手にとってみたが、おぼえなどなかった。
「ないわけはない。五年も六年もずらかっていやがって、よくも洒々と舞いもどってきやがったな。わからなけれアわかるようにしてやる。まア、こっちへ来い」
 調べ室へ連れられて行かれて、本式の取調べになった。
 北川千代が「ベラミ」で女給をしているとき、末延薩夫という男を天城の猟山へ誘いだして崖から突き落した。末延は森林主事に助けられて大仁おおひとの病院へ運ばれたが、脊椎の骨折で二日後に死んだ。ペルシャ模様のネッカチーフは現場にあった遺留品だということだった。
「聴取書では、末延はお前が突き落したと証言しているんだぜ。末延がほかに女をこしらえたのでお前は怨んでいた。それで猪撃ちに誘いだして殺して了う積りだったんだ。読んで聞かせてやろう。その時、末延とお前は万三郎岳のカルデラの崖の上に坐っていた……
『このごろ、死ぬような気がして、不安でしようがないのよ。あなた、そんな気持になったことはないの』
『おれはなかなか死にそうもないよ』
『たいへんな自信ね。ほんとうに死なない?』
『健康すぎて困っているくらいだ』
『あなたは死ぬわ。それも間もなく』
『どうしてだい!』
『あたしがあなたを殺すからよ』
 そういって末延に猟銃をつきつけた。曳鉄ひきがねをひく勇気はなかったらしいが、末延はおどろいて崖を踏みはずして、カルデラの底へ落ちた……まちがいはないだろう」
 母の前科と出生の秘密を消そうとして、傷害殺人の前科を背負いこむことになったらしい。どこかに天の声があって、これが教訓だといっているような気がした。
 あさひの房は厠に近い奥の室で、四畳半ほどの広さの板敷に、汚れた茣蓙が敷いてあった。どういう関係になっているのか、初冬のたよりない陽の光が、窮屈に折れ曲って、朝の二時間だけ入ってきた。
 取調べのない日は、あさひは一日じゅう壁に向って坐っていた。他人の名を詐称している事実を告白しないかぎり、冤罪をいいとく方法はないわけだが、調べが捗れば、自然わかりだすのだと思い、徹底的に取調べられることを期待して、知らない、そんなことはないの一本槍で突っぱった。そういうことで、一筋繩ではいかない女だと思われたらしく、むやみに取調べの時間が長くなった。調べ室の椅子では疲れるのか、当直室へ連れて行き、畳に寝ころんで肱枕をしながら、三時間も四時間もねちねちと調べる。
 そのほうは耐えれば耐えられるが、かなわないのは房の中で手錠をはめられることだった。冷たい重い手錠は、人間の意志の力を弱らせるふしぎな作用をもっていて、両手で手錠の重さを支えていると、ほんとうにじぶんが殺人を犯したような気持がしてくる。精神不安のせいか生理がとまり、顔が両手の中へ入ってしまうほど小さくなってしまったので、家主の金井が面会に来たとき、身体権侵害の抗告をして警察病院で診察して貰ったら、意外にも、妊娠三カ月ということだった。
 翌日、永田は、いつもとちがう調子で絡みついてきた。
「白状さえすれば、おばあさんにも逢わせるし、差入れもゆるしてやる……お前は妊娠しているんだそうだな。そんな身体で下手な突っ張りかたをすると、死んでしまうぞ。栃木には立派な産室があるから、楽々とお産ができるんだ。どうだ、その気にならないか」
 実家さと帰りはいいとしても、母子二代、刑務所の産室で子供を産むのかと思うだけで、身体中の血が逆流する。生れてくる子供のためにも、どんなことがあっても他人の罪など背負いこむわけにはいかない。あさひは態度を変えて、わたしは真山あさひで、北川千代なんていう女ではないと、厳粛に主張した。
「大阪では、こういう家とこういう家に働いていましたから、調べればすぐわかるはずです」
 翌日、永田が投げだすようにいった。
「どの家にも、真山あさひという女が働いていた事実はなかった。のみならず、真山あさひという女は、二十七年九月八日に、淡路島で死んでいるんだぜ」
「それが北川千代です……働いていた事実がないとおっしゃいましたけど、顔を見れば、いやでもわかるはずです」
「お前は三十回以上も職を変えたそうだが、お前をひっぱって、一軒ずつ面通しをして歩けるか。馬鹿なことをいうな」
 警察とのやりあいが、きまりのつかないうちに拘留満期となり、小菅の東京拘置所へ移されたが、そこでも、さっそく取調べがあった。拘置所の調べ室で、細面の、謹直なようすをした取調べ官が、丸テーブルの向うに掛けて、あさひを待っていた。
「お前は北川フサのところでも、警察でも、北川千代と名乗っていた。そうだね?」
「そうです」
「自分が北川千代であることを肯定しながら、北川千代の犯罪事実を否定しようとしているが、北川千代と公訴による犯罪の事実は不可分なものだ。この点、矛盾しているとは思わないのか……お前が大阪へ行く前に、祖母のフサに、東京に居憎いことができてよそへ行くが、大阪へ行ったことは、誰にも言わないでくれ。二三年で帰るからと言って出かけたそうじゃないか」
「そんなことがあったかもしれませんけど、それはあたしではありません。あたしは真山あさひで、北川千代ではないんです」
「真山あさひという女は、昭和五年の五月に栃木の女囚刑務所で出生しているが、お前が真山あさひだという事実を、立証することができるのか」
「だから、立証できる方法を考えていただきたいと申しあげているのです」
「警察から照会した原籍役場の回答では、北川千代は生存していることになっている」
「北川千代は淡路島で死にました」
「するとお前は、北川千代が死んだのを承知で、北川千代と名乗っているんだね? それはどういうわけか」
「一口には申しあげかねます」
「それはよろしい……北川フサは縁もゆかりもない赤の他人だといったが、北川フサはお前を千代にちがいないといっている。眼が見えないにしたって、三カ月近く、おなじ家に寝起きしながら、他人とじぶんの孫をとりちがえるお祖母さんがあるものだろうか。常識では考えられないことだ」
「北川フサはそんな事をいってるんですか」
「誰も強いたわけではない……お前は徹頭徹尾、なにもかも否定しようとかかっているが、公訴の一部に該当する事実があるなら、それを認めて、審理を受けてはどうか。お前が末延を殺したときめているわけではない。お前のほうにしても、威しに猟銃をつきつけたのがあんな結果になったとか、ふざけているうちに相手が崖からころげ落ちたとか、そういった隠れた事情があるなら、審理を借りて充分に表明すべきなので、否定ばかりしているのは、かえって不利だと思うが」
「お尋ねいたします。北川フサは、北川千代のことをどんなふうに言っているのでしょう」
「ひとを殺せるような娘ではないから、なにかのはずみだったのだと思う。受けるべき刑なら、潔く受けて、一日も早く帰って来てほしいというようなことだった」
「一日も早く、帰ってほしいといったのですね」
 自分の帰りを待っていてくれるひとがいる。あさひの幸福はあまりにも完全で、息苦しいほどだった。失敗や憂鬱な日々がつづき、慰めを求める望みも絶えたとき、思いがけなく活気づけられる、あの幸福だった。
「お手数をかけました……あたしは北川千代でございます。公訴の事実は認めます」
 真山あさひの北川千代は、現在までに刑の三分の二を終えたわけだが、行動監察の結果成績優秀と認められ、累進処遇令による一級者になり、自由に手紙を書けるようになったふうである。
 真山あさひの娘は、二十九年の六月まで所内の乳児室にいたが、里親が現われるまで板橋の東京養育院で保育されることになった。真山あさひの残刑期は二年程だが、職員会議で減刑の申請をしているらしいから、近く仮釈放か在宅監視に移されることになるだろう。
 最近の手紙には、こんなことが書いてあった。
 この三年の間に、所内でいろいろと勉強させていただいたので、ありがたいと思っておりますが、親子二代がおなじように情けない経歴をたどるようになった事実だけは、どうしてもあきらめきれません。
 私としましては、子供に別れたくないのですが、娘が結婚する場合を考えますと、やはり、どなたかに貰っていただくほかはないのです。娘は数え年四つになりましたが、不幸な境遇を理解しないうちに、親切な方に引取っていただきたく、それだけが私のただひとつの祈りです。





底本:「久夫十蘭全集 ※(ローマ数字2、1-13-22)」三一書房
   1970(昭和45)年1月31日第1版1刷発行
   1983(昭和58)年9月30日第1版5刷発行
入力:笠原正純
校正:仙酔ゑびす
2012年5月24日作成
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