日本の全ての方々へ

マハトマ・ガンジー Mahatma Gandhi

The Creative CAT 訳




 始めに告白せざるを得ません。あなた方を敵視しているわけではありませんが、私はあなた方の中国に対する攻撃を激しく憎悪しています。あなた方は立派な高みから帝国の野望へと落ちてしまったのです。あなた方がその野望を実現することはできないでしょうし、あるいはアジアを分断した張本人となるかもしれません。かように、あなた方はそれと知らぬうちに世界の連盟と同胞愛とを妨げているのであり、そのような連盟や同胞愛なしには人類の希望はあり得ぬからです。
 五十年以上の昔、十八の若造としてロンドンで学んでいた頃から、私は故サー・エドウィン・アーノルドの著作を通じて、あなた方の国が持つ数多くの優れた資質を賞賛するようになりました。南アフリカ滞在中に、あなた方がロシア軍に対して見事な勝利を収めたと知った時はわくわくしたものです。一九一五年に南アフリカからインドに帰国してからは、私どものアシュラム修行場に折々属していた日本人僧侶たちと親しく交流するようになりました。その内の一人(*1)はセバグラムのアシュラムの貴重な一員となり、その精進ぶり、堂々たる忍耐力、日々の礼拝への不屈の献身、愛想の良さ、種々の状況にも動じぬ姿、平和な内面を明瞭に物語る自然な微笑み、これらのために私ども皆から慕われたのです。そんな彼も、今ではあなた方が大英帝国に対し宣戦布告したせいで連れ去られてしまいました。愛すべき同僚だった彼がいなくなったことを悲しく思っています。今でも彼を思い出す縁があります。日ごとの祈祷と小さな太鼓。私どもは朝夕の祈りを始める時、この太鼓を鳴らします。
 かように愉快な記憶を背景として、私の目には正当な理由なく開始されたと映る対中攻撃および、もし報道が正しいとすれば、かの偉大なる古の土地に対するあなた方の情け容赦ない蹂躙を鑑みるに、私は深く嘆き悲しむのです。
 世界の列強と肩を並べようというのは、あなた方の立派な野心でした。中国への攻撃と枢軸国との同盟は、実に、その野心を不当なまでに割り増したものだったのです。
 あなた方がかの偉大なる古き人々の隣人たることを誇っていると、本来ならばそう考えるべきなのでしょう。あなた方はその隣人の古典文芸を自らのものとしてきたではありませんか。互いの歴史、文化、および文学についてあなた方が持つ理解、それはあなた方を現在そうであるような敵同士ではなく、友人として結びつけるべきものなのです。
 もし私が自由人であり、あなた方が入国を許可してくださるならば、衰えた体に鞭打ち、健康上の危険性も、命すらなにするものぞとあなた方の国に参上し、あなた方が目下中国および世界に対して、従ってあなた方自身に対してもなしている過ちを思い留まるようにと懇願することでしょう。
 しかし私にはそのような自由がありません。また私どもは帝国主義に抵抗せねばならぬ独自の立場にいます。私どもはあなた方の野望やナチズムに負けず劣らず帝国主義を嫌悪しています。私どもの抵抗は英国の人々を傷つけようとするものではありません。彼らを変えたいのです。私どもは丸腰で英国の支配に抗っています。この国のある重要な政党(*2)は異国の支配者に対し断固たるしかし友好的な抗論を続けています。
 とはいえ、彼らは外国勢力の援助を必要としていません。実際の所、あなた方はひどく騙されているのです。あなた方のインド攻撃が差し迫ったこの時期を狙って私どもが連合国を窮地に陥れようとしているというのは、誤った情報です。英国の困難に乗じて自分の好機としたいのでしたら、私どもは三年近く前、開戦直後にそれを実行していたことでしょう。
 インドから英国の勢力を退けようとする私どもの運動は、いかなる誤解も受けるべきではありません。仮に、あなた方がインド独立を熱望しているとの報道が信に足るなら、かかる独立が英国によって承認された暁には、あなた方のインド攻撃は弁明しえないものになるのです。のみならず、報道されているような宣言は、あなた方の中国に対する手段を選ばぬ侵略行為とは相容れないのです。
 自分たちはインドで心から歓迎されるだろうと信じておられるなら、あなた方は悲しいほど幻滅させられるでしょう。この点を決して誤解されないように願います。英国追放運動の目標と狙いはインドを整備することにあります。そのためにあらゆる軍国主義者や帝国主義者の野望に抵抗する自由を得ようとしています。それが大英帝国主義、ドイツのナチズム、あなた方のそれと、いかなる名前で呼ばれようとも。さもなければ、私どもが非暴力の中に軍国主義的精神やその野望に対する唯一の解決策を求めているといくらあなた方が信じようと、私どもは恥ずべき傍観者として世界の軍国主義化を眺めるだけになっていたでしょう。個人的に私は恐れています。インド独立宣言なしには、暴力を宗教的な尊敬の対象に祀り上げる枢軸国に対して、連合国側は抗し得ないのではないかと。あなた方が行っているのと同様の無慈悲で練達した戦争行為を採用しない限り、あなた方やあなた方の同盟者を倒すことはできません。もしも連合国がそのような真似をするなら、民主主義と個人の自由のために世界を救うという彼らの宣言は無に帰さざるを得ないのです。彼らが力を得られる方法は一つだけだという気がします。それはあなた方の冷酷さを模倣しないことであり、今すぐインドの自由を宣言し承認し、嫌がるインドを無理やりに協力させるのではなく、自由なインドの自発的な協力を得られるならばそれが可能なのです。
 私どもは英国と連合国に対し、正義の名において、彼らの宣言の実証として、彼ら自身の利益に沿って抗議の声を上げてきました。あなた方に対しては、人道の名において訴えます。無慈悲な戦争には最終的な勝者がいない、ということが何故あなた方にはわからないのか不思議でなりません。連合国でなくても、疑いなく他の何らかの勢力があなた方の手法をより進め、あなた方の武器によってあなた方を打倒するでしょう。仮にあなた方が勝利を収めたとしても、あなた方の国民が誇りに思えるような遺産を残すことはできないのです。熟達の技たる残虐行為を延々聞かされて誇りを持てる者などいません。仮にあなた方が勝利を収めたとしても、それはあなた方に正義があったことを証明するのではなく、ただあなた方の破壊力の方がより大きかったということを証明するだけです。これと全く同じ話が、インドを直ちに誠意をもって自由にし、隷属せられたアジアやアフリカの全人民を同様に解放すると約束しない限り、連合国側に対しても成立します。
 私どもの英国への抗議は、自由インドが自発的に連合国軍の駐留を認めるという提案と結びついています。私どもには連合国側の大義を傷つける意図が一切ないことを証明し、同時にあなた方が、英国撤退後の空白地帯へ足を踏み込まないでいられるものかと感じることがないように、これを提案したのです。繰り返す必要はないでしょう。あなた方がこの手の考えを抱き、実行するなら、私どもは必ずや国の持てる力を糾合してあなた方に抵抗します。あなた方およびあなた方の同盟者にも影響を及ぼせるように、そしてあなた方が正道に戻るようにとの希望を込めて、私はこの請願を書いています。このままではあなた方の道徳は崩壊し、人間はロボットに堕してしまうでしょう。
 あなた方が私の請願に応えてくれるというというのは、英国に比べ遥かに望み薄です。英国人は正義感を完全に失っているわけではなく、しかも彼らは私を知っています。私は判断がつく程あなた方を知ってはいません。私が読んだものは全て、あなた方には請願を聞く耳がなく、もっぱら武器の言うことだけを聞くのだと語っています。それらの文章が全て誤っており、私があなた方の琴線に正しく触れられたらいいのにとどんなに祈っていることか! 何はともあれ、私には、人間たるもの必ずや応えてくれるだろうという不滅の信条があります。迫り来るインドでの運動を着想したのはこの信条がもたらす力に支えられてのことであり、あなた方にこの請願をしようと思い立ったのも、この信条に基づくものなのです。

セバグラムにて、
一九四二年七月十八日

あなたの友人にして幸運を請願する者たる
M.K.ガンジー


[#改ページ]

翻訳について

 底本は GANDHI SEVAGRAM ASHRAM のサイト(http://www.gandhiashramsevagram.org/selected-letters-of-mahatma/gandhi-letter-to-every-japanese.php)です。いつもと異なり、この翻訳にあたっては、「HKennedyの見た世界」の一部『2017-02-13 ガンジーから、「すべての日本人への手紙」』(http://hkennedy.hatenablog.com/entry/2017/02/13/165327)を参考にしました。例によってこの訳文は Creative Commons CC-BY 3.0 の下で公開します。TPPに伴う著作権保護期間の延長が事実上決定した現状で、ほとんど自由に使える訳文を投げることには多少の意味があるでしょう。登場する固有名詞:Sir Edwin Arnold、Sevagram。

(*1) 藤井日達(http://www.kumamotokokufu-h.ed.jp/kumamoto/shoukai/rekisi/nittatu.html)のことでしょう。従って、続く「祈祷」は法華経を初めとする仏教の経文ないし題目、「太鼓」は団扇太鼓と思われます。ガンジーと藤井の思想的交流については、例えば外川昌彦「ガンディーと共に暮らす」(http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/43635/1/ioc159010.pdf)で触れられています。
(*2) インド国民会議派のことでしょう。





This is a Japanese translation of "To Every Japanese" by Mahatma Gandhi.
   2017(平成29)年7月15日初訳
   2017(平成29)年8月16日最終更新
※以上は、 "To Every Japanese" by Mahatma Gandhi の全訳です。
※この翻訳は、「クリエイティブ・コモンズ 表示 3.0 非移植 ライセンス」(https://creativecommons.org/licenses/by/3.0/deed.ja)によって公開されています。
Creative Commons License
※元のファイルは、http://www.asahi-net.or.jp/~YZ8H-TD/misc/ToEveryJapaneseJ.html にあります。
翻訳:The Creative CAT
2017年8月16日作成
青空文庫収録ファイル:
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