ストリップ修学旅行

小野佐世男




       1

 この世の中にとんでもなく楽しいことが起ろうとしているのだよ、めったに無いチャンスだ、どーだい、一つ行って見る気はないかという。面白いことや、楽しいことというものは、がいして大冒険のともなうもので、それはめっぽうかいおっかないものではないかねと聞いて見たら、花と競う女の肉体美群にかこまれて酒を酌みかわし遊ぼうというのである。それじゃまるで絶海の女護島に漂流してうれた肉体を持て余してどうしたらよかろうか、ともだえなやむ女群の中に飛びこむ様なものではないか。まあ、そうしたものだろうなあという。
 一年を十日で暮すよい男とは相撲取りで、同じ裸でも一年を三百六十三日で暮すストリッパーは、マアお相撲さんはうらやましいわと、裸になりっぱなしの彼女達は嘆くのである。初夏と秋のたった二日の慰安旅行が裸姫の待ちに待った唯一の楽しい休みの日で、今日こそほんとの裸になって自由気まま舞台の垢をふるい落し、小うるさいバタフライをさらりと投げすて、心の向くまましたいざんまい、ざっくばらんの無礼講、伊豆の伊東の温泉しぶきに日頃の欝憤厄落し、裸女姫の一大饗宴が開かれると云う、悪くないぞえ、おっしゃる通りの女護島、ここ一番度胸をすえて女身の祭礼に身を投じようではないか、とここに一大決心をしたのである。

       2

 東海道は日本晴れ、伊豆、伊東行き温泉特急はフル・スピード、浅草にその名を知られたストリップ劇場、浅草座、美人座の、ピチピチとした生きのよいストリップ・スター諸嬢に、演出、照明、舞台美術、マネージャーに振附け師、社長を入れて五十数名、にぎわしく車内におさまっている。日頃は舞台でバタフライをチョッピリ附けただけの彼女達が、今日は思い思いのドレスにぴったり姿体をつつんで、帽子なぞをまぶかにかぶっているので、どれがシルバーローズか、マリヤ・マリーかわからない。車窓から流れ込む初夏の風にパーマネントの髪をなびかしている、これが有名なストリッパーの大グループとは誰が思おうぞ、ドレス・メーカーの春の旅行といった姿である。隣りに乗り込んだ何かわからぬ小旗を振る団体は、それ一升ビン、それビールだ、酒のさかなだと、まるで華々しく、こちらの方がストリップ劇場グループではないかと最初はまちがえたくらいである。
「キミイー、ほんとかい、この姿は、まるでトラピスト修道院の修学旅行みたいじゃないか、それに洋服の好みも黒やグレーでまるで渋好みじゃないか、一体これは、びっくりするなアー」
 と、まるで約束がちがうように嘆いた。
「ストリップ・ガールというとまるでものすごい女と、思っているのでしょう。大違いですよ、舞台ではあのようにオッパイをはずませたり、おしりを振ったり、そりゃあ、人みしりなんか一かけもありませんが、私生活は想像もつかぬ内気なものですよ、そんりゃそこいらのお嬢さんの方がずーっとものすごいですよ」
 と、森マネージャーの弁解である。
「これでお宅の踊り子さん全部ですか」
「いや、よいところが二、三欠けておりますよ。何にしろこの温泉旅行が無軌道なもので、ついている男が心配ではなさないのですよ、それに一年にたった二回のお休みで、仲間どころか、二人でしん猫をきめこんで価千金というところでしょうなアー。無理もありませんや、十日変りの舞台のあいまに次の御稽古、徹夜こそすれ一年中休むひまがない、生活ですからなアー」
 と、なかなかこの森さん人情家である。
「その男ていうのがすぐついてしまうのですかなアー」
「いや彼女達は特別純情派ですよ。すぐ情にほだされちまうんですなアー。それにストリッパーというものは、寿命が短いですよ、五年がせいぜいですなあー。この時代にうんと稼ごうとあせっています、内でも引っこぬきなんかされないように高給を無理していますよ。彼女達大した金のつかい道がないのでなかなかの金持ちですよ」
「そこで男道楽が始まるというわけなの」
「いやその彼女達はいつも束縛があるし、なにか自分で思いきりいうことを聞く、自由にしたいものがほしいのですよ。そこで何んでも自由になる男がほしい気持ちで金をつかうのですなアー」
 と、森さんはYシャツの新しいやつを三枚ばかり出して、しわをのばし始めた。
「何んです、そんなにYシャツを用意して、まるで永の旅に出るようじゃありませんか、案外お洒落ですな、あんたは」
「いやーこれにはわけがありましてな、彼女達今夜の宴会から夜明けまで、そりゃ大変なのですよ、酒がまわるにつれて勇ましくなりまして、いつも私達は裸にされているんだ、今夜は、ぎゃくに男性を裸にしてしまうんだと、ワァーとあつまって来てアレヨアレヨと云うまに素っ裸にされちまうんですよ。まったくこっちはたまりませんや、抵抗するのでYシャツやパンツは、ずたずたに破かれましてな、その用意にこれこの通りなんですよ」
 ぎょっとして、彼女達をあらためてながめ廻すと、ボンボンをしゃぶったり、チュウインガムを伸したり、読書にふけったり、あいかわらず静かなのですが、なんとなく、原爆の破裂する寸前のようなぶきみさを感じるのは、あのいたずらっぽい瞳のせいであろうか。その時である。ワァーという歓声と共にお隣りなる団体、温泉につかぬうちからモー一升壜がずんずんとあけられ、電車の動揺に酔いのあふりを喰ったかはやみだれて唱いわめく男女、中でも主人格のマダムが手拍子に浮かれてエイヤサッと踊り出したが、何んとこれが、器用にワンピースをぬぎ、スリップをぬぎ、アレヨアレヨと思う間もなく、ヅROス一つのストリップ。はずみ上る乳房の乱舞。アッ!と驚く本物のストリッパー連、
「アーラ物すごい、すっかりお株を取られちゃったわ」
 と鳴りを沈めてびっくり仰天、どぎもをぬかれながら温泉特急は伊豆の駅についたのでした。

       3

 空は青空、温泉街はしごくのどか、湯の町エレジーがのんびりと流れてくる。ワイワイはしゃぐ劇場連を迎えの自動車に送って、こちらは散歩。土産店の前でバッタリ会ったのが伊東の住人尾崎士郎先生、いったい今頃どうしたわけかと不思議そう。実はストリップ・ガールの大宴会がありまして、それに客分として参加するしだいを申しますと、そんな面白いものなら是非僕も仲間に入れてもらいたい、僕はストリップというものをついぞ一度も見たことがない、願ってもないよい機会にめぐり会ったものだ、是非是非との事で、こちらは一人でも味方のほしい、ではYシャツを一つ御用意願いましてということにあいなった。

       4

 鮎が住むという松川の河畔なる温泉旅館松川館の大玄関には、浅草座美人座御連中、の立看板が湯客の眼を引いていた。内には鮎よりピチピチした彼女達が湯にほてったからだを浴衣に包んで色めきたち、サリー、ジーン、セーラ、滝、シルバーなぞ名の張られた客間がずういとならび、嵐の前の静けさである。さて定刻の六時となれば、熱帯の花が競うよう、陸続と彼女達は大広間に現れ、いよいよ女護島の幕は切って落されたのである。社長を上座に、ぐるっと大円陣の前には酒さかなの美事な膳部がならべられ、自慢の肉体をお揃いの浴衣ににおわし膝をそろえた盛大さは、さながら女親分の総会もかくやあらんというありさま。
「さて皆様、いつも御無理をお願いするにもかかわらず、熱心に舞台を御つとめ下さいましてありがとうございます。本日はこのようなささやかなおもてなしでございますが、吉例によりまして皆さんと大いに愉快な舞台をはなれて楽しい一夜をすごしたいと思います。いつも皆さんは、裸にばかりなっておられるので今宵だけはどうか湯の街の綺麗どころの三味線がなりましても、大切に身体をしまっておいていただきたい」
 ……ヨウヨウそのかわり男性は裸になってサービスウ……と拍手が起る。
「どうかいつもきゅうくつにはめておられるバタフライを、今夜はおとりになって心おきなくゆっくりとおくつろぎ下さい。これは心ばかりの本日の贈りものですが」
 と大入袋がめいめいにくばられた。
「お酒もビールも充分に用意してありますから、どうか不夜城のつもりで大いにやって下さい、そして、又明日から舞台で大いに色っぽいところをお客様にサービスをしてあげて下さい。では皆さん乾盃いたしましょう」
 社長のあいさつと共に無礼講の膝小僧がくずれたのである。
 美妓のお酌に盃は廻され、その飲みっぷりの美事なこと、赤い唇にグイグイと酒は流れ込む。早や上気してあつい息をはくのはナオミさん、髪をバッサリ振って眼もとを桜色にポーとさせたのはマヤさん、襟元がくずれて水色のシュミーズが顔を出したのがシルバーさん、皆さんどうも肉体に何かまとっているのは生れつき御気にめさぬらしい。
 女性の飲みっぷりというのは、男性とちがってチビリチビリ味わうといった風でなく、まして今夜のように十八から二十一、二の娘盛りは酒に酔うという尺度なぞ決して考えに入れていない。いや、もーひやひやと心配になるのは私だけではない、お隣りの尾崎士郎さんも大切な器が碎けるのを見るようにひどく心配顔である。
 浴衣一枚に紅のしごき、のぞき出た餅の肌はちらりちらり、紅に散って五彩の虹、さしもの大広間は花のこぼれるような酔女の群。どっと我慢のせきが切れてやわ肌は時ならぬうずきを見せてとろけるまなざし、一せいに男側をねめつけて、
 ヤー ホー
 とばかり立ちあがり、しどろにはだけたゆかたに白い肌をちらつかせ、一列にならんだ散兵隊、女軍突進さながらに勢いはげしくおそいくる、その迫力にたじたじと、思わず胸をどきつかせ、坐りなおして太ももをしっかりつけて脚もがたがた。
「ネー先生、一ぱいいかが」
 と、尾崎士郎旦那の前に坐ったのは、眼をうっとりさせた星ひろ子さん、
「私ねー、人生劇場大好きよ、青成瓢吉みたいな人好きですわ」
 案外静かな彼女の様子に尾崎旦那は、やれ安心、僕の前にたおれる如く現れたのは、いすずあけみさんというストリッパー、けむのようにやわらかいパーマの髪をなびかして、グイッと盃を飲みほすと、
「わたし、ストリップ・ガールに見える」
「そうだなアー、そおやって浴衣を着ているところは、お人好しのオモチャ屋のお姉さんといったところかな」
「オホホホ、わたし、とても子供が好きなの、無茶苦茶に好きなの、いつでも道を歩いて子供に会うといっしょに遊びたくなるの。おんぶしている赤ちゃんがいるとあやしちまうの。とてもとても可愛くなってしまって持ってっちまおうかな――と思うのよ。わたしの一番やりたいと思っていることわかる」
「ストリッパーでしょう」
「ちがうちがう、幼稚園の先生なの、どーしてもなりたいの、サアー一ぱい、ついで、ちょうだい……」
 一息にのみほし、胸をふくらませると、
「幼稚園が駄目なら保姆さんになりたいの、なりたいわ、泣きたくなるくらいなりたいわ私! 舞台に出る前保姆養成所に願書出したの、いつまでたっても返事が来ないのよ。くやしくってくやしくって泣いちゃったわ。あとで聞いたら途中で握りつぶされたの、でも一生死ぬまでになりたいわ。子供ダーイー好き、小野の旦那、あんたお子さんある」
「ウン! 三人いるよ」
「一人くれない」
「やだよ」
「くれなけりゃ、そっと盗んじまうから」
 彼女は子供々々と次々盃をさして行くのである。梯子酒というのは知っているが、いすずさんのように子供酒は初めてである。
 次に情熱のかたまりのようなマヤ笑さん、襟がはだけて奥の方に丸い乳房が月のように浮かんでいる。
「今日は逃げても駄目、裸にしちまうから」
「おどかすなよ」
「おどかしじゃないわよ、吉例のいけにえだもの……あたしあたし、とても悲しいのよ」
 ストリッパーというのは、すぐ泣きたくなったり悲しくなったりするらしい。
「あたし蛇の踊りがしたいの、蛇大好きなの、うちに三匹飼ってんだわ、とても可愛いわよ、だけれど社長さんは、蛇はグロテスクでお客がいやがるから、やっちゃあいけないというのよ、わたしとても悲しいわ」
「僕も蛇はあんまり好かなかったのだけれど南方にいた時、長さ十五尺もある錦蛇を飼っていたんだよ、鵞鳥をのみに来たのをみんなで生捕りにしたのだけれど、これが思ったよりおとなしくってね、マヤさんがいうようにこっちが可愛がると蛇はまるで犬のようになつくものだね」
「あらあんたも蛇好き、マアーうれしい」
 彼女は御膳をひっくり返して抱きついてきた。
「今度私の蛇見せてあげるわね、こんあ事なら、ハンドバックに入れて来ればよかったなアー」
 と彼女、蛇のことについてはモー夢中である。
「僕は熱帯地でとても熱いでしょう。だから大蛇といっしょにベットに寝ていたんだよ、大蛇め僕の手枕をして、いびきをかくのだもの驚いてしまった。だからうるさいッて頭を軽くたたくと、すみませんてな顔をして寝がえりをしたよ」
「アハハハハ、ほんとね、蛇っていびきをかくわねー、アハハハハ」
 マヤさんの笑い声にまじってにぎやかな手拍子がわき起ったので眼を転じると、これはおどろいた、女だてらに眼を皿のようにして歯をむき出し、保姆になりたいなの、あけみさんがゴリラ踊りをやっているではないか。いやそれより驚いたのは、エイうるさいとついに、浴衣をかなぐりすてたのか、あちらこちらにシミーズ一枚、ズROス一つの彼女たち、抱き合ったり、またがったり、乳房を柱にぶつけてトレーニングしたり、おたがいの髪をつかみ合いをしてたわむれたり、まろびつころびつ女体の相打つ響が白い餅をつくように心地よげな音をたてている中を、
「降参々々々々」
 と男性が五、六人の女軍に取りまかれ、身につけているもののすべてをはぎとられまいと必死となって抵抗する。滑稽な逃げまどう姿。聖歌がどことなく鳴りひびくような女群のわきたつ群像は、さすがは舞踊芸術に生きる彼女達の自然ににじむ明朗さで、少しも不潔感も不快感もちりっ葉ほども見えぬのは一体どうしたものか。むしろ清流に遊ぶ人魚のたわむれるような心地よさが、みなぎっているのは、天心爛漫、童心にかえったあまりにも自然の姿なのであろうか。私は外分をかざり、いやしみとへつらい、讒訴と虚偽を内に秘した、会社の慰安温泉旅行の仮面をかぶり汚濁に満ちた宴会よりも、心もなにも裸にさらし酒の神バッカスと踊りたわむるこの裸の祭典にまさるものが他にあろうか。宴は益々最高潮、舞台のつもりでつい浮かれでて、浴衣をぬぎ、美事にぬいだストリップ。アッ! 今日はバタフライをつけてなかったか、気がついたが後の祭り、ワアーとはやされ逃げ込むおかしさ。
「サアサアサア今度はかくし芸かくし芸」
「ナニいってるのさ、こう真っぱだかじゃかくすところなんかありゃしないわよー」
 滝まさみさんの本調子かっぽれ、続いて星ひろ子さんの日本舞踊、せっかくうまいところを見せようとするのにワアーと群りくる酔女群スルリスルリと着衣をすべり取る。ゆで玉子のように裸にされて、舞台では平気な彼女達、今宵ばかりはキャッと前をおさえて逃げ込む姿もおかしく、マヤじゅん子さんの秘中の秘芸、サラリと浴衣がすべり落ちれば眼もあざむく曲線美、身体のあきちにビールびんかん徳利のアクセサリ、器用に飾っての一踊り、その美事さに思わず歓声、とたんに開け放された屋外の闇の中、ガランドシンの大音響。屋根に登って盗み見の旦那が下に落ちたらしい、いやとんだ罪つくりのストリップ宴会。森マネージャーが耳のそばで、
「ちと荒れぎみでさあ、これからがストリップ台風が吹きまくるのですよ、部屋の唐紙をおさえていても駄目ですよ。陽気な風娘は飛びこんでシャツもパンツも吹き飛ばしてしまいますぜ」
 これは大変と尾崎士郎旦那ははや浮き腰、
「キミイ、これはまったく危険だぜ、早く逃げ出そうぜ」
 二人はあわてて廊下に飛び出した。
「アラ先生! 逃げるの、逃がさないわ」
 ともはや、はやてが吹いて来た。酒にたおれた風娘が階段の下、廊下の真んなか、ドサリ、ドサリ伸びている。
「しっかりしなけりゃ駄目よ――」
 と抱きおこす仲間の風娘もやわらかい乳房を重ねてぐったり伸びてしまうものすごさ。サット一陣、はやてがかけ降り、
「待てエー」
 と叫ぶストリップ台風、風速正に三十米、
「ソレ来た!」と、二人はだしで外へ飛び出しやっと一息。
「おい君、あのものすごい台風が静まるまでどっかで一つ飲みなおそうよ」





底本:「猿々合戦」要書房
   1953(昭和28)年9月15日発行
入力:鈴木厚司
校正:伊藤時也
2010年1月26日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




●表記について