七百五十句

高浜虚子




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昭和二十六年


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緑竹りょくちく蒼松そうしょうにある冬日かな
一月四日 ホトトギス、玉藻、花鳥堂社員来。

旧正きゅうしょうの草のいおりの女客

羽子つこか手毬てまりつこかともてなしぬ
二月一日 まり千代、小くに、五郎丸、小時ことき、実花来。

白梅の光り満ちたる庵かな
二月二十六日 句謡会。草庵。

ひよどりの木の間伝ひて現れず
三月二日 明女、久子等静岡勢来る。

われきみと共に老いたり梅もまた
三月十三日 泊月句集序句。

うぐいすのしば鳴くいおと答ふべし
三月十六日 偶成。

やぶの穂に春日遅々とわたりをり
三月十九日 土筆会。草庵。

ゆらぎ見ゆ百の椿が三百に

なれに謝す我が眼あきらかいぬふぐり
三月二十一日 鎌倉玉藻会。英勝寺。

いぬふぐり空を仰げば雲も無し
三月二十六日 大崎会。英勝寺。

家桜いえざくら顧みしつゝ立ちづる

落椿土に達するとき赤し
三月三十日 東京多摩会。英勝寺。

ふと春の宵なりけりと思ふ時
四月四日 全国医師大会俳句会。向島、大倉。

花のたちわれ住むべくもあらぬかな

ひとり居る館の二階や山桜
四月八日 葉山、嵯峨邸。

庭に下り話しつゞける蝶は飛ぶ
四月九日 大崎会。英勝寺。

諸事は牡丹ぼたんに心うつしけり
四月十一日 即事。

落花土にありふ地となれる

この牡丹いやしけれどもつえを立て
四月十三日 句謡会。草庵。

牡丹ぼうたんの日々の衰へ見つゝあり

牡丹に所思あり稿を起さんと
四月二十五日 草樹会。大仏殿。

はなを仏の花と手折たおりもし
五月七日 大崎会。英勝寺。

新緑の瑞泉寺ずいせんじとやいざ行かん
五月二十日 草間新市長祝賀俳句会。

不思議やな神鳴るなべにきのこ
五月二十三日 草樹会。大仏殿。

建増たてまし軒端のきばの梅は移さずに
五月三十一日 句謡会。笹目、立子俳小屋開きを兼ね。

手をほおに話きゝをり目は百合ゆり
六月二日 日本銀行大仏句会。大仏殿。

鉄線のしべ紫に高貴なり
六月十日 鎌倉玉藻会。寿福寺。

梅雨つゆ晴間はれま絶えて久しき友きた
六月二十日 土筆会。草庵。

温泉に入りてただ何となく日永ひながかな
六月二十二日 米和歌よねわかにあり。

朴散華ほおさんげしこうしてきし茅舎ぼうしゃはも

くちなしをえんなりといふうべなはず
六月二十五日 九羊会。茅舎をしのぶ会。立子俳小屋。

夏花げばなとてづ手近なるものを
六月二十八日 句謡会。立子俳小屋。

鉄線の花は豪雨に堪へゐしか
七月三日 即事。

洗髪あらいがみつかね小さき顔なりし
七月七日 艶寿会。

ひろ/″\と富士の裾野すそのの西日かな
七月二十七日 昨日より山中湖畔さがやま山廬さんろ滞在。稽古会。

山荘もこぼたずありし来れば涼し

うつし世の老いし柳に心とめ

さがやま柳の家と尋ね来よ

山風に吹きさらされて昼寝かな

老柳ろうりゅうに精あり句碑は一片の石
七月二十八日 山中湖畔下り山、山廬滞在。稽古会。

避暑の宿落葉松からまつ林とりかこみ
七月二十九日 新蕎麦会有志合同、稽古会。

朝寝して今朝が最も幸福な
七月三十日 句謡会。

山の避暑かはりがはりの泊り客
七月三十一日 句謡会。

避暑の宿迎への車く来り
八月二日 午後二時五十分出発。自動車にて帰鎌。八時著。

まだ書かぬ七夕たなばた色紙重ねあり
八月七日 七夕竹を立つ。子孫集る。

朝顔の雨や書屋をけ放ち
八月二十二日 土筆会。草庵。

る菊にある我がなさけ人や知る
八月二十四日 大崎会。英勝寺。

涼しく思ひはろけくある身かな
八月二十九日 草樹会。大仏殿。

涼しくも生きながらへてべにつけて
九月十三日 午前九時横浜乗車西下。年尾、立子、泰、憲二郎と共に。食堂車給仕きゅうじ田中嬢に贈る。先年大負傷をせし由。

月を思ひ人を思ひて須磨にあり
九月十四日 須磨、保養院の跡を訪ひ、須磨寺小集。

子規忌へと無月の海をわたりけり
九月十五日 年尾居にあり。年尾、立子、泰、憲二郎とこがね丸に乗船。

旅といへど夜寒よさむといへどめいの宿

月を待つ立待月たちまちづきといふ名あり
九月十七日 波止浜に行く。観潮閣泊り。

秋の蚊や竹の御茶屋の跡はこゝ

ふるさとの此松るな竹伐るな
九月二十一日 東野を通る。

思ひ出となるべき秋の一夜かな
九月二十二日 伊丹いたみ、あけび亭。坤者招宴。一泊。

秋風の伊丹古町今通る
九月二十三日 鬼貫おにつらの墓に参る。

虫の音に浮き沈みする庵かな
九月三十日 艶寿会。

柿取るにまかせ庖丁ほうちょう縁にあり
十月二日 句謡会。草庵。

千鳥飛べば我あるものと思ふべし
十月十九日 日御岬ひのみさき燈台、内田稲人に送る。

今はある虹の彼方かなたと共に
十月十九日 石川言成子追悼句帳に。

ふんし得たり幼き源氏鬱金香うこんこう
十月二十五日 鉄線花会招宴。木挽町田中家。岩井半四郎来。「蘭情春酒鬱金香の句あり」

見るうちに多くなりけり菊のあぶ
十月三十一日 七宝会。

草庵を菊のたちとも誇りけり
十一月二日 句謡会。草庵。

菊日和きくびより虻の饗宴はちの饗宴
十一月五日 土筆会。草庵。

贅沢ぜいたくをせんかと思ふ明けの春
十一月十九日 偶成。

山並やまなみの低きところに冬日こつ
十一月二十八日 鎌倉玉藻会。長谷、光則寺。

この冬をこもりて稿を起こさんと
十一月二十九日 大阪くるみ会員来る。第二回、立子俳小屋。

文筆の女あるじの羽織かな
同日 第三回、葉山、嵯峨居。

古きによき絵かゝりて冬籠ふゆごもり

忘れゐし事にうろたへ冬籠

欠伸あくびして頭転換冬籠
十二月一日 句謡会。草庵。

元朝がんちょうや座右の銘は母の言
十二月五日 土筆会。草庵。

書痙しょけいの手冬日に伸ばしさすりをり
十二月十二日 大崎会。英勝寺。

無駄な日と思ふ日もあり冬籠
十二月二十五日

冬枯の庭を壺中こちゅうの天地とも
十二月三十日 七宝会、いぬゐ、すゝむ、丶石ちゅせき来。

さいの目の仮の運命さだめ絵双六えすごろく
十二月三十一日
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昭和二十七年


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ほろび行くものの姿や松の内
一月五日 句謡会。草庵。

卓袱しっぽくに酒あたためし昔ありし
一月十五日 彦影げんえいいたむ。

半四郎二十日はつか正月しに来り
一月二十一日 添田そえだ紫水招宴。

暖き冬日あり甘き空気あり
一月三十日 偶成。

春寒きわが誕生日合ッ点じや
二月二十二日 句謡会。草庵。わが誕生日。

春寒のいつまでつゞく憤り
二月二十七日 上海すみれ会。立子俳小屋。

雪解風ゆきげかぜといふ風吹きし小諸こもろはも
三月三日 土筆会。草庵。

花の旅いつもの如く連れ立ちて
三月三日 はん女、亡き父母の比翼塚にきざまんとて句を乞へるに。

永き日のわれ等が為の観世音かんぜおん
三月九日 大麻唯男、亡き娘栄子の為め長谷観音境内に観音像を建立し、その台石に彫む句を徴されて。

現れし干汐ひしおの石の玉藻かな
三月十五日 『玉藻』二百五十号祝。

こころざし俳句にありて落第す
三月二十三日 『玉藻』二百五十号記念吟行会。東慶寺。

吉右衛門
足すこし悪しと聞けど花の陣
三月二十三日 歌舞伎座番附に句を望まれて。

這入はいり見る筍藪たけのこやぶに故人無し
三月三十日 水竹居十年忌俳句会。駒沢、旧水竹居庵。

花のたち謡の会もありぬべし
四月二日 草樹会。大仏殿。

牡丹のみ偏愛するといふなか
四月三日 牡丹五句のうち。

こゝに又縁ある仏夏花げばな折る
四月七日 大崎会。英勝寺。

松蔭に咲きひろがりし大桜
四月九日 物芽会。光則寺。

落花散り敷けるまに/\客歩く
四月十三日 東京富ヶ谷、初波奈。田坂定孝、憲二郎、すゝむ、東子房、小蔦、波奈子。

我庭の牡丹の花の盛衰記
五月八日 即事。

ひしひしと玻璃戸はりど灯虫ひむしうみの家
五月二十日 近江、堅田、余花朗邸。

父母も今遊楽やのりの花

うみを断つ夏木の幹のたゞ太し
五月二十一日 比叡山上法要、続いて俳句会。

目立たざる※(「木+要」、第4水準2-15-13)かなめの花を眺めかな

美人手を貸せばひかれて老涼し
五月二十三日 同人会。京都、枳殻きこく邸。

短夜みじかよや夢もうつつも同じこと
五月二十三日 室町中立売なかだちうり下ル、藤井邸。小会。

人の世の今日は高野の牡丹見る
五月二十五日 金剛峯寺。

若死の六十二とや春惜む
五月二十六日 奥の院。

大和家やまとやにその短夜の一時ひととき
五月二十六日 坤者招宴。宗右衛門町、大和家。

短夜を旅の終りの朝寝かな
五月二十七日 茶臼山ちゃうすやま、坂口楼泊。

旅帰り軽暖けいだん薄暑心地よし
五月三十一日 句謡会。草庵。

素袷すあわせの美人といふにあらねども
六月五日 艶寿会。

今年竹ことしだけ伸びし兄弟四人かな
六月八日 波多野爽波そうは、葭人、郊三、敬雄の兄弟四人来る。立子、宵子、嵯峨、虚子。

日除ひよけ作らせつゝ書屋書に対す

何事もりにけるかな古浴衣ふるゆかた

見る人は如何いかにありとも古浴衣

古浴衣て賓客に対しけり
六月三十日 晦日会。

金魚玉むなしき後の月日かな
七月一日 艶寿会。

古道に出たり左右の夏木立
七月五日 鹿野山神野寺。

このまとゐ楽しきかなや蚊を追ひて
七月二十四日 修善寺、新井屋。立子、波奈子と共に。

老いてこゝにる不思議ただ涼し
七月二十五日 富士吉田。

湖の今紺青こんじょうに炎天下
七月二十七日 稽古会。第二回、午前。

加ふるに寝冷えをしたる不機嫌ふきげん
同日 第三回、午後。

避暑に来て一と日帰農の友を
七月二十九日 河口湖畔に中村星湖せいこを訪ふ。

郭公かっこうも唯の鳥ぞと聞きれし
七月三十日 句謡会。第一回。

草の戸に居ながらにして月を待つ
九月三日 草樹会。越央子祝賀会を兼ねて。鎌倉、華正楼。

野分のわき暗しとき/″\玻璃の外面とのも見る
九月十四日 十五人会。箱根仙石原せんごくばら、浜野別荘。

吉野屋の愛子踊りし部屋ぞこれ
九月二十八日 俳句大会。河鹿かじか荘。

苔寺こけでらへ道の曲りの柿の家

苔寺を出てその辺の秋の暮

古都の空紫にして月白し
十月一日 三国より京都へ、柊屋に泊る。苔寺に遊ぶ。

飲酒戒破れば月は曇るべし
十月四日 夜、波奈子招宴。月見。初波奈。

欠伸あくびせる口中に入る秋の山
十月二十一日 鎌倉玉藻会。英勝寺。

林檎りんご一顆いっか画伯描けば画伯のもの
十月二十六日 大仏句会。大仏殿。

颱風たいふう一過あすの船路ふなじの月よけん
十一月五日 西下車中。艶寿会出句。

通天の紅葉といふを折りて来し
十一月六日 芦屋、年尾居即事。井上和子来る。

も我も運命のよ銀河濃し

秋晴や古里近く母を恋ひ
十一月七日 別府行航路。

人顔はいまださだかに夕紅葉
十一月九日 高崎山万寿寺別院。句謡会。

小国おぐに町南小国村芋水車
十一月十日 小国を突破して阿蘇外輪山に至る。

かけて見せはずしても見せ芋水車
十一月十二日 昨夜もまた耕春居泊り。

草枯の礎石百官卿相けいしょう
十一月十五日 福岡、田中紫紅邸に在る坊城ぼうじょう一家訪問、都府楼趾とふろうしに至る。

草枯に真赤な汀子ていこなりしかな
十一月十七日 宝塚会館。昨夜芦屋、年尾居泊り。

かくの如く俳句をけみし老の春
十一月十九日 昨日帰鎌。即事。

贈り来し写真見てをる炬燵こたつかな
十一月二十四日 土筆会。草庵。

世に四五歩常に遅れて老の春
十一月二十五日 「老の春」其他の句を作る。

元日の門をづれば七人の敵
十一月二十七日 前日のつゞき。

とはいへど涙もろしや老の春
十一月二十九日 「老の春」の句を作る。

わがまゆの白きに燃ゆる冬日かな
十一月三十日 草樹会。大仏殿。

起き出でゝあら何ともな老の春
十二月一日 「老の春」の句を作る。

下手謡へたうたい稽古けいこ休まず老の春
十二月二日 前日のつゞき。

炭斗すみとりのふくべの形見飽きたり
十二月七日 十五人会。和光。

悪きことも合ッ点老の春
十二月十日 「老の春」の句を作る。

炭斗のありし所になかりけり
十二月十二日 大崎会。英勝寺。

何事も知らずと答へ老の春

傲岸ごうがんと人見るまゝに老の春
十二月二十四日 前日のつゞき。「老の春」の句を作る。
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昭和二十八年


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雨晴れて枯木潤ふけしきかな
一月六日

悪なれば色悪よけれ老の春
一月七日 悪のく人利かぬ人などと杞陽の申し来れるに。

各々おのおのの年を取りたる年賀かな
一月十一日 ホトトギス、玉藻、花鳥堂社員来。

おもんみる御生涯や萩の露
二月二日 伊予西条在飯岡村秋都庵にある我が外祖父母の墓畔に句碑を建てると、山岡酔花の切望せるにこたへて句を送る。外祖父山川市蔵は若くして浪人し松山藩外に在りて寺小屋などをし生涯を此町に終りたりと聞く。

きたること疑はずかれけん
二月十七日 横井迦南かなん追悼。

炬燵こたつあり城にこもるが如くなり
二月十八日 句謡会。草庵。

青き色地に点じたるふきとう

まであるいもが垣根の蕗の薹
二月二十五日 上海すみれ会。和光。

降つてゐるその春雨を感じをり
三月七日 艶寿会。第十五回。

竹藪たけやぶの奥もの深く春の雨
三月十六日 大崎会。英勝寺。

東風こちの顔くわ煙管ぎせるの煙飛び
三月十八日 土筆会。草庵。

行き違ひありて混雑花の宿
四月十三日 句謡会。草庵。

一人花にさまよひ居しがついに去る
四月十五日 草樹会。大仏殿。

春風の伊予の湯の句のあるが故に
四月二十二日 極堂米寿賀。

君と共に再び須磨の涼にあらん
四月二十二日 子規、虚子並記の句碑、須磨に建つ由。

この旅のいづこの宿に更衣ころもがえ
五月四日 別府連中来。草庵。

惜春の心もありて人を
五月五日 別府連中のうち良聞、方子、幹子、花子来。すゝむも来。草庵。

夏山の黒きところは落込める
五月十三日 大崎会。英勝寺。

朝顔の二葉より又はじまりし
五月二十日 土筆会。草庵。

気にかゝる事もなければ梅雨つゆもよし
六月七日 草樹会。大仏殿。

梅雨やむも降るも面白おもしろけふの事
六月八日 大野万木ばんぼく句碑、長谷観音境内に建ちたるに招かれて。

鉄線にけふはくものなき庭か
六月十五日 観世かんぜ宝生ほうしょう玄人くろうと聯合れんごう句謡会。草庵。

皇子みこも妃も七夕遊びうちつどひ
七月九日 十五人会。大仏殿。

端居はしいしてげに長かりし旅路かな
七月十一日 大仏句会。大仏殿。

避暑に行く心づもりも書き添へぬ
七月十二日 ホトトギス同人会。東京木挽町、田中家。

ほとゝぎすしばく宿とたづね来よ

避暑に来て保養といふも仕事かな

避暑の宿ぶとおそれて戸を出でず

ほとゝぎすかならず来鳴く午後三時

避暑宿に来ても変らぬ起居たちいかな

二つある籐椅子とういすに掛け替へても見

避暑の宿寂莫せきばくとして寝まるなり

長梅雨の明けて大きな月ありぬ

さがやま柳の家と答へけり

午前九時始まる避暑の日課かな

昼寝して覚めて乾坤けんこん新たなり

月蝕げっしょくを見る
戸の隙に月蝕すみし月明り
七月二十一日より二十七日迄 富士山麓山中山廬に在り。句謡会、草樹会、新蕎麦会、稽古会等。

冷やかや返事が来ねばそれまでと

冷やかにその行末を見守りぬ
九月五日 艶寿会。

秋晴のかげの濃ゆさやもののくま
九月六日 草樹会。大仏殿。

その月を見たりしといふ誇りあり
九月七日 九代目市川団十郎五十年祭の句を三升みますより徴されて。

こゝに我が句をとどむべき月の石
九月十六日 長瀞ながとろの河心より採取せし句碑の石の写真を見て。

けふの月よからんとひ別れけり
九月二十二日 句謡会。草庵。

何もせで一日ありぬさわやかに
九月二十三日 鎌倉玉藻会。英勝寺。

俳諧の月の奉行ぶぎょうと今までも
九月二十三日 去来二百五十年祭典祝句。

人会しすぐ散らばつて秋の晴
十月四日 草樹会。大仏殿。

川音の高まり長き夜はくだち
十月七日 山中俳句会。鹿野尚生の寺、薬師寺にて。

稲の道車を駆りて故人
十月七日 非無和尚を明達寺に見舞ふ。立子、柏翠夫妻と共に。

人の世の虹物語うすれつゝ
十月八日 三国虹屋にて。柏翠新婚披露。永諦の寺にて句会。

湖中句碑あしの嵐につゝまれて
十月十日 昨夜堅田、余花朗居に泊る。真砂子も来り加はる。湖中句碑を見る。

炉のすみに線香を立てゝ話しけり
十月十日 叡山横川政所よかわまんどころに泊る。

わが墓に散華さんげ供養を受くるところ
十月十一日 虚子塔前にて座主ざす以下逆修ぎゃくしゅ石塔開眼式あり。年尾、汀子、初也も来り加はる。其他多数参列。

野分跡のわきあと倒れし木々も皆仏
十月十一日 元三大師堂俳句会。

こののちは椿を植ゑんはかりごと
十月十二日 昨夜東塔大書院泊り。福吉執事の謀。

素十すじゅうきょ秋日和あきびより安心す
十月十三日 素十僑居きょうきょ

目の前にひら/\するは鳥威とりおど
十月十三日 観覚寺俳句会。

一筋の大きな道や秋の風
十月十六日 野口兼資かねすけ死す。

わがため奥津城おくつきどころ落葉積む
十月十八日 鎌倉玉藻会。寿福寺。

遠ざかりをる人うとし秋の雨
十月二十八日 土筆会。草庵。

俳諧の月の奉行や今もなお
十月三十日 長崎に於ける去来二百五十年祭。

雑炊ぞうすいをこのみしゆゑに遁世とんせい
十月三十日 犬山の丈草二百五十年祭。

双六すごろくも市井雑事も同じこと

屠蘇とそみて温古知新といふ事を
十月三十日 新聞雑誌の要求にり新年の句を作る。

放擲ほうてきし去り放擲し去りあけの春

脱落し去り脱落し去り明の春
十一月一日 草樹会、病気のため休む。新聞雑誌等の依嘱に依り新年の句を作る。

白菊に幾つ姉君あねぎみなりしかと
十一月一日 根本東雲といふ古き俳人の未亡人、八十余歳にて中風ちゅうぶう臥床がしょうとのこと、その娘の小藤田綾子なる人より通知あり。

やゝ酔ひしいも弾初ひきぞめいざかん
十一月八日 新聞雑誌社より新年の句を徴されて。

争はぬことはよろしや弓始ゆみはじめ
十一月十二日 新聞雑誌社より新年の句を徴されて。

昔より月の桂子かつらこ※(「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1-91-26)ろうたけて
十一月二十八日 中西桂子新婚。

縁に腰そのまゝ日向ひなたぼこりかな
十二月十三日 鎌倉玉藻会。英勝寺。

我が仕事炬燵こたつの上に移りたる
十二月十九日 句謡会。草庵。

書き留めてすなわち忘れ老の春

歩み去る年を追ふかに庭散歩
十二月二十九日 草樹会。和光。

眠れねばいろ/\の智慧ちえ夜半よわの冬
十二月三十日 句謡会。和光。
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昭和二十九年


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時雨しぐれつゝ何の疑ふ所もなく
一月二十日 高崎雨城を弔ふ。

この雪にあえて会する誰々だれだれ
一月二十一日 上海すみれ会。和光。

名にし負ふ木曾の春水しゅんすいき止めて
二月一日 丸山ダムの句を徴されて。

祖母立子声うららかに子守唄こもりうた
二月二日 立子孫、たかし

鉢木瓜はちぼけに水やることも日課かな
二月二十八日

年老いし椿つばき大樹の花の数

花の数倍にも見えて風椿

春泥しゅんでいを人ののしりてゆく門辺かどべ
三月七日 草樹会。光則寺。

ほむらとも我心とも牡丹の芽
三月八日 物芽会。光則寺。

伸ぶきのふ驚き今日驚き

窓外に椿ある故さびしからず
三月十日 土筆会。草庵。

日の当る水底みなそこにして蘆の角
三月十七日 大崎会。英勝寺。

足もとに春の寒さの残りをり

犬の舌赤く伸びたり水ぬる
三月二十二日 句謡会。草庵。

谷の寺元黒谷のかすみけり
三月二十四日 比叡山横川よかわ行。

駕舁かごかきの飛ぶが如くに山桜
三月二十五日 叡山東塔大書院。

山吹の七重八重さへ淋しさよ
三月二十八日 枴童かいどう七周忌。

光なく昼ともりたる春ともし
三月三十日 即事。

つめるも花のあしたの化粧かな

たぐひなき外出日和そとでびよりや花曇

山隈に咲き出でたりし花の雲
四月四日 草樹会。越央子、風生、漾人ようじん、古稀祝賀を兼ね。和光。

一片の落花峰より水面みなもまで
四月九日 艶寿会。第二十一回。

春愁しゅんしゅう些細ささいなことに気落ちして
四月十日 大仏句会。大仏殿。

の家は狭く住みよし梅の花
四月十一日 土筆会。真下居。

春深く稿を起さん心あり
四月十六日 句謡会。高木居。

目黒なる筍飯たけのこめしも昔かな
四月二十七日 艶寿会。第二十二回。

影涼し皆濃紫こむらさきさむらさき

庭木皆よき形なる若葉かな
五月十日 物芽会。光則寺。

せゝらぎの水音響くあゆの川
五月十三日 長瀞行。この夜一泊。「月の石」の句碑除幕。

いつの間に庭木茂りて梅雨つゆに入る

天暗くなりて明るき薔薇ばらの雨
六月六日 草樹会。大仏殿。

よき鉢によき金魚飼ひ書を読めり
六月七日 大崎会。英勝寺。

ダムに鳴く鳥はうぐいすほとゝぎす
六月九日 木曾川に丸山ダムを見、長駆して長良川に鵜飼うかいを見る。公子名古屋より来り会す。

翌朝は雨降つてゐる鵜川かな
六月十日 名古屋宇佐美居に向ふ。少憩の後、覚王山墓地に、防子の墓に参る。ホテルに一泊。諸子来る。

旅帰り再びもとの蝸牛廬かぎゅうろ
六月十三日 土筆会。草庵。

蜘蛛くもの糸の顔にかゝらぬ日とてなし
六月十六日 即事。

さぎの巣の鷺の王国見に来よと
七月一日 埼玉県北足立あだち郡野田村原沢八郎の招請を断る。

山寺に蠅叩はえたたきなし作らばや

しこうして今ひと眠り明易あけやす

山寺に我老僧かほとゝぎす
七月十四日 千葉県鹿野山神野寺。土筆会第一回。

一匹の蠅一本の蠅叩

蠅叩に即し彼一句我一句
七月十五日 土筆会第二回。句謡会第一回。

山寺に仏も我もびにけり

仏生ぶっしょうや叩きし蠅の生きかへり

昼寝せんかと思ひつゝ山を見る
七月十六日 句謡会第二回。草樹会第一回。

避暑に来て短羽織を仮りに
七月十七日 草樹会第二回。稽古会第一回。

蠅叩とり彼一打我一打

夏草も一景をなす坊の庭
七月十八日 稽古会第二回第三回。

明易あけやすや花鳥諷詠ふうえい南無阿弥陀なむあみだ

毒虫を必死になりて打擲ちょうちゃく

山寺に名残なごり蠅叩に名残

すぐ来いといふ子規の夢明易き

蠅叩にはじまり蠅叩に終る
七月十九日 稽古会第四回。下山。

怪談の昨日のつゞき涼み台
七月二十三日 艶寿会。

盂蘭盆会うらぼんえ遠きゆかりとふし拝む
八月二十五日 お鯉観音の句碑。

山の名を思ひ出しつゝ花野ゆく

炎天に消ゆる雲ありとび高く
八月二十九日 昨夜軽井沢ふぎ泊り。小諸行、自動車。

旅にして秋風君のに接す
八月三十日 非無和尚逝去。

霧襲ひ来てたたずめる花野かな
八月三十日 三笠宮東道花野行。

新涼しんりょうおのれはだを感じけり
九月五日 草樹会。大仏殿。

たとふれば真萩の露のそれなりし
九月五日 吉右衛門急逝。

子規逝きし月なり又も訃を伝ふ
九月七日 鯨波逝く。

人を恐れ野分のわきを恐れ住めりけり
九月九日 艶寿会。第二十四回。

蚊遣香かやりこうも少し我に近く置け

人生の颱風圏たいふうけんに今入りし
九月十二日 鎌倉玉藻会。

ひと大死たいし一番の心さわやかに
九月二十日 大崎会。英勝寺。

この萩のやさしやいつも立ちどまる
十月三日 庭前散歩。

追慕する人々も皆びんの霜
十月七日 当年の常磐会寄宿舎舎生でありし人々、鳴雪墓前に「一系の天子」の句碑を建てる由、相原熊太郎より申し来りければ。

たぐひなき菊の契りとことほぎぬ
十月七日 草之、叡子結婚祝。

椿子つばきこも萩もすすきも焼き捨てよ
十月七日 椿子句会もこれにて終りにすると、香葎こうせんの手紙にありければ。

白萩の露のあはれを見守りぬ
十月十三日 物芽会。笹目、大麻邸。

コスモスの花あそびをる虚空こくうかな
十月二十一日 鎌倉玉藻会。寿福寺。

秋の暮たゞ何事も言ふまじく

祝はるゝことも淋しや老の秋
十月二十五日 偶感。

参りたる墓は黙して語らざる
十月二十五日 子規の墓に参る。

我のみの菊日和とはゆめ思はじ

菊の日も暮れ方になり疲れけり
十一月三日 宮中参内。文化勲章拝受。

快き秋の日和のにおひかな

しこうして菊に対する一日ひとひあり
十一月七日 草樹会。大仏殿。

短日たんじつのきしむ雨戸を引きにけり
十一月十七日 艶寿会。

羽子はねをつき手毬てまりをついて恋をして
十一月二十日 諸方より頼まれたる新年句等。

かじかみて高虚子先生八十一
十一月二十八日 祝賀同人会。東京富ヶ谷、初波奈、大風雨。主婦に贈る。

根木打ねっきうちへる子供の遊びありし
十一月三十日 七宝会。祝賀。華正楼。

数の子に老の歯茎はぐきを鳴らしけり
十二月十四日 物芽会。和光。

地球一万余回転冬日にこ/\
十二月十六日 播水、八重子結婚三十周年祝句。

寒むければ防空頭巾ずきんて書見
十二月二十一日 句謡会忘年会。華正楼。
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昭和三十年


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晨鐘しんしょうを今打ち出だす去年こぞ今年ことし
一月一日

眠れねば足の先き冷えまさりつゝ
一月二日

硝子戸ガラスどほおすりつけて冬日恋ふ
一月七日

春の空人仰ぎゐる我も見る

春の空人仰ぎゐる何も無し
二月二十二日 句謡会。高木宅。

風椿立ち直りつゝ花落とす
三月十三日 草樹会。大仏殿。

落椿土に帰せんとしつゝあり
三月二十五日 土筆会。草庵。

この桜大宮人おおみやびとを思はする
三月二十九日 大崎会。英勝寺。

子規しきと短かき日その後永き日も
四月一日 『ホトトギス』七百号回顧。

鎌倉の古き土より牡丹の芽
四月四日 句謡会。段葛だんかずら前、鈴木屋。

花下かかにありと云ふばかりなり花も見ず

かへりみて一木の花を仰ぐ老
四月九日 鎌倉玉藻会。光則寺。

こけの上落花しづまる一つ/\

鬱々うつうつと人病む家の夕桜
四月十日 草樹会。大仏殿。

蝌蚪かと泥と共にき上げられてをり
四月十三日 即事。

庭広しよりどころなく蝶の飛ぶ
四月二十二日 物芽会。和光。

煉瓦れんがつみ重ねありたる萩のそば
五月三日 『ホトトギス』七百号。

豆飯に何はなくとも目刺めざし焼く
五月七日 大崎会。英勝寺。

よき住居すまいあわせころの主客かな

古袷ふるあわせてたゞ心豊かなり
五月十日 物芽会。大町、相沢綾女邸。

鉄線を咲かせてあるじ書にこも
五月十一日 土筆会。草庵。

更衣ころもがえしたる筑紫つくしの旅の宿
五月十四日 飛行機、板付ちゃく。福岡県二日市、玉泉閣。

ひろごれるはるあけぼのの水輪かな
五月十五日 松濤園(お花、立花邸)。

蒲団ふとんあり来て泊れとの汀女ていじょ
五月十六日 熊本、江津荘。芭蕉林。

山さけてくだけ飛び散り島若葉
五月十七日 三角みすみ港より有明ありあけ湾を渡る。島原泊り。

ゴルフ場に下り立てば躑躅つつじむらたかく

天草あまくさの島山高し夏の海
五月十八日 夏目義明東道にて雲仙うんぜんを越え、長崎、桃太郎泊り。

芒塚すすきづか程遠ほどとおからじ守るべし
五月十九日 日見峠に去来の芒塚を見、井上米一郎に寄す。

美しき故不仕合せよきあわせ
五月二十日

風薫る甘木あまぎ市人いちびとつどひ来て
五月二十二日 甘木市、丸山公園。

ほたる飛ぶ筑後ちくご河畔に佳人あり
五月二十二日 原鶴温泉、小野屋泊り。

梅雨つゆの道少し直して迎へくれ
五月二十三日 池田に病草城を訪ふ。この夜芦屋泊り。

中堂を焼きたる雷と思ひつゝ
五月二十五日 坂本滋賀院。祖先祭。雷鳴。

緑蔭りょくいんにありて一歩も出でずをり
六月七日 大崎会。英勝寺。

大岩に根を下したる夏木かな
六月九日 龍子古稀。

梅雨暗しとこすみなる古きつぼ
六月二十一日 土筆会。草庵。

油虫聖賢の書に対すのみ
六月二十四日 鎌倉玉藻会。英勝寺。

親蟹おやがにの子蟹誘うて穴に入る
六月二十八日 偶成。

旅鞄たびかばんけてなれし古浴衣ふるゆかた
七月一日 新潟行。

われ老いぬ人も老いぬと明易き
七月三日 かき正、句謡会。

おのずから風の涼しき余生かな
七月四日 午後帰鎌。

燈火ともしびを暑しと消して涼みけり
七月二十二日 即事。

はいかにわれはしずかに暑に堪へん

去年こぞ残し置きたるこゝの蠅叩はえたたき

蠅叩われを待ちをる避暑の宿
七月二十六日 鹿野山、神野寺に行く。地元句会。上海すみれ会。

山寺に避暑の命を托しけり

大昼寝して次の間の話声

かならずしも蠅を叩かんとにあら
七月二十七日 上海すみれ会。土筆会。

一切を放擲ほうてきし去り大昼寝
七月二十八日 土筆会。句謡会。

軒近く来鳴くうぐいす僧昼寝

先住と我の写真や避暑の寺
七月二十九日 句謡会。草樹会。

力無きあくび連発日の盛り

山寺の夜の秋なる端居はしいかな

勤行ごんぎょうの責め打つ太鼓明易き

夏の蝶日かげ日なたと飛びにけり

人の世の悲し/\とひぐらし

髪洗ふ女百態その一つ
七月三十日 草樹会。稽古会。

我を見て舌を出したる大蜥蜴おおとかげ

襟首えりくびを流るゝ汗や天瓜粉てんかふん

夏行げぎょうとは句を作ること選むこと
七月三十一日 稽古会。

すぐ去ることも秋の風
八月二十二日

流れ星はるかに遠き空のこと

流れ星ホトトギス合本がっぽん七十冊

大空の青えんにして流れ星
九月九日 物芽会。大麻邸。

星一つ命燃えつゝ流れけり
九月十一日 草樹会。大仏殿。

高きに登る日月星辰じつげつせいしん皆西へ
九月二十二日 句謡会。明治寮。

秋風にいつまで浴衣著る女
九月二十三日 土筆会。草庵。

颱風の名残に曇る今日の月
十月二日 即事。

色鳥いろどりに心遊べるあるじかな
十月九日 草樹会。大仏殿。

鉄線の葉の末枯うらがれもその一つ
十月二十三日 土筆会。草庵。

貴船きぶね出て立寄る柿の円通寺えんつうじ

こゝもまた柿の村なる円通寺
十一月五日 帰省の帰路京に立寄る。洛北に遊ぶ。

あぶと我菊の日向にひゐたり
十一月十二日 大仏句会。

冬晴の虚子我ありと思ふのみ
十一月十三日 草樹会。大仏殿。

冬山に隠れ住むともいふべかり
十一月十六日 大崎会。英勝寺。

乱雑の中に秩序や去年こぞ今年
十一月十九日 即事。

元日や炬燵の間にも客しょう
十一月二十一日 句謡会。

しぐれつゝこずえの柿のまだ残り
十一月二十六日 偶成。

去年今年一時か半か一つ打つ
十二月七日 大崎会。英勝寺。

障子閉ざし老僧病むと聞くばか
十二月九日 物芽会。光則寺。

冬枯にわれはたたずみ人は行く

ひかげりし障子四枚や時雨しぐれ来し

いのちる寒燈一つ去年今年

元日や句はすべからく大らかに
十二月十一日 草樹会。浅羽屋。

元日や深く心に思ふこと
十二月二十三日 土筆会。草庵。

三汀の墓は質素や水仙花
十二月三十日 晦日会。瑞泉寺。
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昭和三十一年


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例の如く草田男くさたお年賀二日夜
一月二日

まつにかゝりて太き初日かな
一月四日

君謡へ打初うちぞめせんといひしこと
一月八日 灘万女将死す。

老の春写真をくれと人いふも
一月十日

この寒さ身を引締めてつとめけり
一月二十九日

わがいおの椿にひよの来る日課
二月二十八日

考へを文字に移して梅の花
三月四日 銀行協会俳句会。瑞泉寺。

春の山いびつながらも円きかな
三月十二日 草樹会。大仏殿。

春水しゅんすいや一つ浮きたる水馬みずすまし
三月十五日 十五人会。浄明寺、上野邸。

この池の生々流転せいせいるてん蝌蚪かとひも
三月十八日 土筆会。真下宅。

かち/\と目刺の骨をみにけり
三月二十三日 物芽会。英勝寺。

春山をそうして京に都せりと
三月二十五日 京都。柊屋。

落椿おちつばき美し平家物語
四月一日 三菱俳句会。鎌倉本覚寺。

雨ながら今此の時の花盛り
四月八日 草樹会。岡本武美邸。

世に生きて青葉隠れの遅桜おそざくら
四月十五日 『玉藻』三百号祝賀会出句。

木々の芽や寺復興の尼悲願

春の天おほどかにしてやゝ曇る
四月二十日 大崎会。英勝寺。

真つ赤なる障子の隙の庭椿
四月二十二日 土筆会。草庵。

山の背をころげ廻りぬ春のらい
四月二十五日 句謡会。瑞泉寺。

花に妬雨とう多き日本にほんを離れつゝ
五月六日 立子印度インドの旅におもむく。

しいの花におひこぼるゝとはこの事
五月十三日 草樹会。大仏殿。

牡丹ぼうたんの一弁落ちぬ俳諧史
五月十三日 松本たかし死す。(五月十一日)

つゝじ散り皐月さつきつゝじはまだの頃
五月二十日 土筆会。草庵。

彼一語我一語新茶れながら

新茶よし碧瑠璃へきるりと云はんには薄し
五月三十日 句謡会。対僊閣。

昼寐ひるねするともなく椅子いす深々ふかぶか

人々よ昼寐のわれを起すなよ
六月三日 土筆会。草庵。

山やうやく左右そうに迫りて田植かな

なつかしや子規がみせし山の温泉でゆ
六月四日 羽黒行。

桑畑くわはたや女みの頬被ほおかむ
六月五日・六日

夏山のえりを正して最上川もがみがわ

白糸の滝もながめや最上川
六月五日・六日 猿羽根峠。

俳諧を守りの神の涼しさよ
六月五日・六日 駕籠かごにて羽黒に登る。

何事も神にまかせてただ涼し

大杉のまたしっ蔓手毬つるでまり
六月五日・六日 別に祈願といふものなし。

緑蔭りょくいんを出て来る君も君もかな
六月十日 草樹会。大仏殿。

石にともし竹に点せし蝸牛かたつむり

蝸牛氏かぎゅうし書屋しょおく主人と相識あいしらず
六月十五日 大崎会。英勝寺。

田を植うる妙義のふもと家二軒
六月十七日 小諸に行く。小山氏句碑除幕。

子をりて大緑蔭を領したる

寺の門はひらんとして風涼し

俳諧の大緑蔭やおのづから
六月十九日 物芽会。英勝寺。

わが家も住みよかりけり青簾あおすだれ

蜈蚣むかでゐてわが庭ながら恐ろしき
六月三十日 晦日会。華正楼。

青簾世に隠れんとにはあら
七月一日 銀行協会。光明寺。

蠅叩はえたたき作り待ちをる避暑の寺

蠅叩手に持ち我に大志なし
七月十五日 稽古会、第一回。鹿野山神野寺。

山寺や少々重き夏蒲団ぶとん
七月十六日 同、第二回。

梅雨つゆ暗しとこ花瓶かびんの花白し

大いなるありふといふわれは見えず
同日 同、第三回。

用ゐねばおのれ長物蠅叩

蜘蛛くもに生れ網をかけねばならぬかな

浴衣ゆかたてわれも仏と山寺に

浴衣著て浴衣の句でも作らばや
七月十七日 同、第四回。

ほとゝぎす鳴くや仕合せ不仕合せ
同日 土筆会、第一回。

みことのり都忘れの花とかや

重きくわ渡され椿植ゑよとや
七月十八日 同、第二回。

諸鳥もろどりは声をひそめてほとゝぎす

ブラジルの人あれ聞けやほとゝぎす
同日 大崎会。

蜘蛛網を張るが如くに我もあるか
七月十九日 地元句会。

昼寐覚めけふも一日平凡に
同日 もの芽会。

並び立つ松の蕊あり雲の峰

涼しさや三年みとせ来ざりし山の荘
七月二十七日 句謡会、第一回。山中湖畔、山廬。

夜の富士心にねむる避暑の荘
七月二十八日 同、第二回。

山の日にかわき吹かるゝ浴衣かな

諸君去り諸君きたるや避暑の荘
同日 草樹会、第一回。

明易あけやすやわれ流浪する夢を見し

談笑常の如くなるべしほとゝぎす

避暑に来て親子きやうだい親しさよ
七月二十九日 同、第二回。

我老いて老柳なれにしかめやも

風雪にいたみし山の荘に避暑

人々のためわが為に夏行げぎょうかな
七月三十日 上海すみれ会、第二回。

寿を守るえんじゅの木あり花咲きぬ

心足りすなわち下山避暑五日
同日 地元句会。

粗末なる団扇うちわの風を愛しけり
八月二日

手を握り富士の花野に別れけるが
八月十日 鼠骨そこつ三周忌。佐藤肋骨ろっこつ、その山荘に我等両人を招きたることありし。

よろめきて杖つき萩の花を見る
八月二十八日 草笛会。英勝寺。

暑かりし日を思ひつゝ残暑かな
九月二日 草樹会。大仏殿。

この庭の萩の乱れといふことを

あるものを著重きかさねつゝもはだ寒し
九月十六日 土筆会。草庵。

大樹ありたたずめば秋の風
九月二十八日 物芽会。英勝寺。

暁烏あけがらす文庫内灘うちなだ秋の風
十月四日 金沢、高木を訪ふ。松風閣にて句会。「河北潟」一見。前日金沢大学にて暁烏文庫を一見せり。

旅の風邪かぜいたはりながつとめけり
十月六日 比叡山滋賀院。祖先祭。

秋風や独潭どくたん和尚健在なりし
十月七日 関西稽古会、第一回。近江おうみ堅田祥瑞寺。途に走井はしりい月心寺に立寄る。

門外はただの秋風円通寺

石庭せきていの石皆低し秋の風
十月八日 京都北山、円通寺、句碑除幕式。

横雲の夕焼をして一二片
十月九日 帰京。天竜川の畔にて。

秋晴や一片雲いちへんうん爪弾つまはじ
十月二十日 ホトトギス同人会。芝白金台町しろかねだいまち、八芳園。

山茶花さざんかの真白にべにあやまちし
十月二十六日 物芽会。八幡前、博雅。

秋晴や心置きなき人ばかり
十一月十日 大仏句会。大仏殿。

洛北のこと大原おおはら時雨しぐれかな
十一月十一日 草樹会。大仏殿。

たかぶれる人見て悲し秋の風
十一月十六日 大崎会。英勝寺。

古書堆裡たいり坐りてさほど寒からず
十一月十八日 土筆会。草庵。

萩その他糸の如くに枯れにけり
十一月二十六日 句謡会。高木邸。

ぶら/\と恵方えほうともなく歩きけり

不精ぶしょうにて年賀を略す他意あらず
十二月二日 玉藻俳句会。

起り来る事に備へて去年こぞ今年
十二月七日 偶成。

移り住む田舎の地図や年始状
十二月八日 偶成。

石庭に魂入りし時雨かな

この庭のおもてを起す時雨かな
十二月九日 草樹会。八幡二の鳥居前、浅羽屋。

一本のすすきほゝけて枯るゝまで
十二月十日 偶成。

冬日向ふゆひなたこゝにもありとたもとほる

わが癖や右の火鉢に左の手
十二月十二日 大崎会。英勝寺。

赫奕かくえきとして初日あり草のいお

耄碌もうろくと人に言はせて老の春
十二月十六日 土筆会。草庵。

忘るゝが故に健康老の春

鎌倉の此処ここに住みり初日の出

枯れてなしひたきの梅と名づけしが
十二月三十日 晦日会。扇ヶ谷、香風園。
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昭和三十二年


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冬日ありに頼もしき限りかな
一月十七日

岩壁にひ上るごと落葉積み
一月二十九日 玉藻会。英勝寺。

我れが行く天地万象てし中

落椿紅白にしてじん大地

その後とは花に別れし後の事

大麻唯男氏を悼む
君が来し門椿咲きつゞきをり
二月十一日

東山西山こめて花の京
二月二十五日 「東山」新発行所を得、橙重とうちょうに贈る。

謡ひやめひいなの客を迎へけり

世直りて草のいおりの雛祭り
三月三日 おはん、小時、実花来り、老妻慰藉いしゃ

或る時は梅かすかなる日和かな

かたわらに人無き如く梅にあり
三月七日 どうだん会。好々亭。

閉ざしたる老の我儘わがまま梅が門
三月十一日 偶成。

三笠宮両殿下に
北極の春の御空は如何いかなりし
三月十五日

せき一つ彼もこぼしぬ春の風邪
三月十七日 土筆会。草庵。

かである春の煖炉だんろのさうざうし
三月十八日 句謡会。高木宅。

離々として鬱々うつうつとして春の草
三月二十一日 上海すみれ会。二ノ鳥居前、浅羽屋支店。

雪残る村の小家を打ち囲み
四月五日 金沢行。妙高附近。

春暁しゅんぎょうの時の太鼓や旧城下
四月六日 前夜高木泊。畠山招宴、謡会。金沢鍔甚つばじん

こゝに来て百万石の花見せん

姉妹きょうだい著物きもの貸し借り花の旅
四月八日 句謡会。高木宅。

立山のの連峰の雪解水ゆきげみず

この旅や故人の墓に皆無沙汰ぶさた
四月九日 福野行。

花の雨強くなりつゝ明るさよ
四月十日 金沢、あらうみ句会。

かつて手を握りし別れ墓参り
四月十一日 松任まつとう在北安田、明達寺。松任、聖興寺。金沢、浄誓寺を訪ふ。

月尚和尚
なつかしき仏なりけりまいりけり

起きぬけの気むつかしさや花の雨
四月十一日

花七日はななぬかそれも過ぎ来し月日かな

妙高の雪は雲間にまかゞやき
四月十二日 帰途。

草の戸を叩きて又も花の雨
四月十四日 草樹会。大仏殿。

清閑といふばかりなり花下に僧
四月十五日 成田行。

春雨の音に目ざめし旅がへり
四月十七日 物芽会。英勝寺。

花にやゝ遅れたれども鐘供養かねくよう
四月十九日 大崎会。英勝寺。

唯今ただ春日爛干らんかん[#「爛干」はママ]蝶も飛ばず
四月二十一日 新人会。草庵。

春霞はるがすみ永久とわに羽衣物語
四月二十九日 兄、池内信嘉追善能。記念一句。

草原くさはらに蛇ゐる風の吹きにけり
五月五日 銀行協会俳句会。建長寺。

年を経し我が身なりけり明易き
五月十二日 草樹会。大仏殿。

毛虫ゐる樹下と思ひて立ち止り
五月十三日 句謡会。高木邸。

大夏木打ち立てりけり我れ思惟しゆい
五月十五日 物芽会。英勝寺。

更衣ころもがえ小者こものはしたに至るまで
五月十九日 土筆会。草庵。

線と丸電信棒と田植傘

夏草にほこりの如き蝶の飛ぶ
五月二十七日 新潟行。室長泊り。二十八日、赤羽岳王居俳句会。岳王招宴。行成亭。

しわ/\とからす飛びゆく田植かな
五月二十九日 新潟、橋本春霞居俳句会。春霞招宴。

前山の緑かたまり庭に飛び
六月九日 草樹会。大仏殿。

なすことも無く昼灯ひるともし五月雨さつきあめ
六月十二日 大崎会。英勝寺。

車降り我と夏木とたたずみぬ
六月十四日 物芽会。覚円寺。

打たんとてものき蠅をただ見たり
六月十六日 土筆会。草庵。

春蝉やかつて住みたる比叡ひえの奥
六月十七日 宝文会。東京杉並、米川邸。

夏至げし今日と思ひつゝ書を閉ぢにけり
六月二十三日

月落つる西の空我が古里と
七月十日 偶成。

母がせし掛香かけこうとかやなつかしき

掛香の女男も昔かな
七月十三日 土筆会。鹿野山神野寺。

かびの昼寐ひるねしてをり山の坊

三方に庭石分れ蜥蜴とかげをり

大景を座断してをる籐椅子といすかな

かびの香の寺に僧俗住めりけり
七月十四日 同。

昼寐せん行蔵こうぞうすべて意のまゝに

昼寐する我と逆さに蠅叩

新しく全き棕櫚しゅろの蠅叩
同日 もの芽会。

湯をでゝ満山の涼我に在り
七月十五日 同。

籐椅子は禅榻ぜんとう蠅叩は打棒

我生の美しき虹皆消えぬ
同日 大崎会。

夏山に対して朝の息をする
七月十六日 同。

俳諧ののともりけり月見草

風生ふうせいと死の話して涼しさよ
七月二十九日 地元句会。山中湖畔、山廬。

こゝにさき避暑の山廬のある故に
七月三十日 草笛会。山中湖畔、山廬。

朝の蜘蛛くも殺さで払ふ避暑の荘
七月三十一日 句謡会。

年々に月見草咲き家建たず

避暑に来てもつとも暑き日と思ふ
同日 草笛会。

虎杖いたどりの花に牧歌の生れけり
八月一日 草樹会。山中湖畔、山廬。

夏山の姿正しき俳句かな
同日 上海すみれ会。

山荘のテラスしばらく炎天下
八月二日 同。

かんばせは汗にまみれてゐて涼し
同日 稽古会。

雨戸引き忘れて銀河山のいお

避暑の荘富士山を皆持つてゐる
八月三日 同。

忘るゝが故に健康ほとゝぎす
八月四日 同。

天の川雨戸の外にかゝりけり

布衣ほいとなりて銀河を仰ぎけり

こころざし成ると銀河を仰ぎけり
九月二日 大久保橙青主催、唐沢樹子からさわじゅし法務大臣就任祝賀会。鎌倉、和光。

颱風たいふうの残りの風や歯をみが
九月八日 二百二十日会。和光。

ほどけゆく一塊の雲秋の空

秋の雲大仏の上に結び解け
九月十五日 草樹会。大仏殿。

朝顔を一輪挿いちりんざしに二輪かな
九月二十二日 土筆会。草庵。

萩叢はぎむらの露万斛ばんこくたたへけり
九月二十五日 句謡会。高木邸。

秋の雲浮みて過ぎて見せにけり
十月二日 京都東山橙重居。知恩院の句碑を見、橙重庵の句碑を見る。立子と共に。

松原の続く限りの秋の晴
十月四日 敦賀つるが行。立子と共に。気比けひの松原。

(二村は地名)
二村ふたむらは刈田二枚に三世帯
十月五日 芭蕉の遊びたる色ヶ浜に遊ぶ。

芭蕉忌のしょくしんる坊が妻

秋風にもし色あらば色ヶ浜
十月五日 色ヶ浜本隆寺。芭蕉忌法要。

へいの上の高き目隠し小鳥来る
十月六日 京都に行く。柊屋泊り。十月七日、年尾居に行く。玉藻句会。盲泊月来る。

十四日月明らかに君は逝く
十月七日 柳原極堂死す。(陰暦八月十四日。子規の逝きたるは同じく陰暦十七日なりし)

におやかに少し濁りぬ秋の空
十月十三日 草樹会。大仏殿。

秋の空濁るといふにあらねども
十月十六日 大崎会。英勝寺。

露もなく枯れ/\にある萩のむら

露の玉いだき隠せる小草おぐさかな
十月二十八日 句謡会。高木邸。

しずかなる落葉の下にわれは在り
十一月九日 大仏句会。大仏殿。

わがそでにふと現れし秋の蝶
十一月十日 草樹会。大仏殿。

年々の枯萩の色見はやさん

枯菊に愚かな杖の立てゝあり
十一月十八日 山口笙堂しょうどう、鹿野山住職就任祝賀会。華正楼。

掃く時もたたずむ時も落葉降る
十一月二十日 大崎会。英勝寺。

真中まなかあるじが愛す萩黄葉もみじ
十一月二十四日 土筆会。草庵。

我が庭や冬日健康冬木健康
十一月二十五日 草笛会。覚円寺。

の人に書きもするなり年始状

さんにち昔恋しと遊びけり

貧乏の昔恋しや三ヶ日
十二月一日 偶成。

枯萩を刈りのけし跡萩のちり
十二月八日 草樹会。八幡、二ノ鳥居前、浅羽屋支店。

祖母の世の裏打ちしたる絵双六えすごろく
十二月九日 偶成。

冬枯の庭淋しさや下りて見る
十二月十一日 物芽会。長谷、浅羽屋本店。

去年こぞ今年我れ信ずるが故にかな

ほこ/\と落葉が土になりしかな
十二月十二日 偶成。

くの如く只ありて食ふ雑煮かな

園丁のなたの切れ味枯枝飛び
十二月二十七日 十五人会。三十日、晦日会。其他。
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昭和三十三年


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吉兆きっちょうをはる/″\げて上京す
一月十二日 上海すみれ会。鎌倉八幡二の鳥居、浅羽屋支店。

霜除しもよけに霜なき朝の寒さかな

冬梅の香の一筋の社頭かな
一月二十二日 宝文会。代々木、初波奈、新築茶室。

梅が香の脈々として伝はれり
二月十五日 明治座再建成る。新派興行。もとめに応じて六句。

門を出る人春光の包み去る

春空の下に我れあり仏あり

春の空かさの如くにかぶさりぬ
三月九日 草樹会。大仏殿。

直線の堂曲線の春の山
三月十二日 大崎会。英勝寺。

咲き満ちてこれより椿きたなけれ
三月十六日 土筆つくし会。草庵。

その昔土筆つくし摘みにと来し原ぞ
三月十七日 大手ビル竣工しゅんこう。句を徴さる。

大空に春の雲地に春の草
三月二十九日 句謡会。高木邸。

たちまちに景色変りて花の雨
四月六日 土筆会。草庵。

花見にと馬にくら置く心あり
四月十三日 身延みのぶに行く。

白糸の滝の陰晴いんせい常ならず
四月十三日 草樹会。裸子句会。いずれも身延山にて催す。身延行にて得たる句出句。四月十四日、白糸滝を見る。

野に遊ぶ金米糖コンペイトーをおてのくぼ
四月十六日 物芽会。覚円寺。

老いてなお雛の夫婦と申すべく
四月二十七日 甘木、秋月の句碑除幕に列し、門司行。二十八日、関門トンネル開通祝賀句会列席の為め門司岡崎旅館泊り。二十九日、夜汽車帰東。

夏蝶の高く上りぬ大仏おおぼとけ
五月十日 大仏句会。大仏殿。

添水そうず鳴る故人をおもひつゞけをり
五月十四日 水竹居忌。東京、はん居。

白波の一線となる時涼し

見るうちに人ふえ夏の浜となる
五月十八日 土筆会。長谷、鎌倉ホテル。

かりそめに人入らしめず薔薇ばらの門
五月二十六日 川崎大師、句会。

金色こんじきの涼しきのりの光かな
五月二十六日 本堂改築竣工。

ふだんに心涼しく神まい
六月一日 草樹会。大仏殿。

ひざだいて端居はしいしてをる我時間
六月四日 大崎会。英勝寺。

裏門に立てば夏蔭なつかげ人通る
六月九日 句謡会。京都南禅寺、木村。

夏山の東山あり京に来し
六月十日 句謡会。東山、麗水荘。

夏山の禿げたるところ何かありし
六月十五日 土筆会。鎌倉ホテル。

普請ふしんして住みよくなりてはしゐかな
六月十五日 艶寿会出句。

雛芥子ひなげしに秋風めきて日の当る
六月二十三日 北海道行。札幌。

青きところ白きところや夏の海
六月二十三日 小樽銀鱗荘「望海」。

鎌倉は海湾入わんにゅうし避暑の町
六月二十九日 三菱俳句会。本覚寺。

緑蔭に境内のちりやくかまど
七月六日 銀行協会。大仏殿。

夏痩なつやせもせず重き荷を背負ひけり
七月十九日 鹿野山神野寺、夏行句会、第一回。

歯塚とはあらはづかしの落葉塚

我生の七月二十日歯塚立つ

歯塚
楓林ふうりんに落せし鬼の歯なるべし
七月二十日 午前、第二回。

涼風に円座あり他は無用なり

く起きて籐椅子にあり他は知らず
同日 午後、第三回。

山寺の一現象の夕立ゆだちかな

雨戸すこしあけ夕立ゆうだちを見てゐたり
七月二十一日 午前、第四回。

あえてして汗をかくべく歩きけり

女涼し窓に腰かけ落ちもせず

廊涼し書院小書院つなぎたる
七月二十六日 句謡会。遊行寺ゆぎょうじ

犬吠いぬぼうの涼しき月や君は
八月八日 土手貴葉子を悼む。

洗面所新涼しんりょうの湯のほとばしり

新涼や道行く人の声二つ

新涼や眼鏡をとりてあたり見る
八月十日 玉藻夏行句会。婦人子供会館。午前。

二階よりへいの上行く日傘見る
同日 午後。

浅草に無く鎌倉で買ふ走馬燈
八月十一日 夏行句会。二日目、午前。

よしありげかさ深々と踊りけり
同日 午後。

香水の香にも争ふ心あり

香水に孤高の香りあらまほし

香水のあるか無きかの身だしなみ
八月十二日 夏行句会。三日目、午前。

突としてひぐらしの鳴き出でたりな

我思索つく/\法師鳴くなべに
同日 午後。

団子坂だんござか上り下りや鴎外忌おうがいき

それ故に津和野つわのなつかし鴎外忌

客去れば庭に現れ草刈女くさかりめ
八月三十一日 草樹会。大仏殿。〈七月九日鴎外忌〉

いつもこの紺朝顔の垣根かな

釈迦牟尼しゃかむにの画像金色夏花げばなあか

雲のみねわきてそだたず山のはし
九月三日 大崎会。英勝寺。

草にれ土にれたる虫の声

露深く育てし虫の高音たかねかな
九月十二日 物芽会。

秋の蝶色を見せつゝとびにけり

秋の蝶茶室の軒を渡りけり

秋暑し衣紋えもんをぐつといなしたる
九月十四日 二百二十日会。和光。

秋の蚊は芙蓉ふようの花のかげよりも

踏石に置く蚊やりこう縁に腰

藤豆のれたるノの字ノの字かな
九月二十一日 土筆会。英勝寺。

秋の野の其の紫の草木染くさきぞめ

松虫の物語あり虫すだく
九月二十九日 句謡会。鎌倉明治寮。

秋雲は老の心にさも似たり

源平池
敗荷やれはすの茎面白や水のあや

玄関の衝立ついたて隔て秋日和あきびより
十月一日 物芽会。八幡宮社務所。

ほのかなる空のにおひや秋の晴

秋風はいたる所のものを吹く

寺の境はこゝや秋の山
十月十日 大崎会。英勝寺。

白雲のち切れしところ秋の空
十月十二日 草樹会。大仏殿。

雨露をしのぐ草屋の煙出し

よそおひし山の片袖かたそで初紅葉
十月十九日 土筆会。

あるじ健在小鳥日毎ひごとに来り去り
十月二十四日 句謡会。婦人子供会館。

我杖のさわれば飛ばんすすきの穂

立つても見すわりても見る秋の山
十一月二日 同人会。鎌倉、華正楼。

石蕗つわ咲いて時雨しぐるゝ庭と覚えたり
十一月三日 自衛隊会。若宮荘。

光りつゝ冬雲消えてせんとす
十一月八日 大仏句会。大仏殿。

時雨るゝとたゝずむなれと我とかな

我心歩き高ぶる時雨かな
十一月九日 草樹会。大仏殿。

むかごづるいたる所に黄なりけり

れてこれぞ名に負ふ滑川なめりがわ
十一月十二日 物芽会。野田武夫邸。

門松を立てゝ静かに世にあらん

子規墓参今年おくれし時雨かな
十一月十二日 新年四句。

やぶの中冬日見えたり見えなんだり

谷々の家々にある冬日かな
十一月十六日 土筆会。英勝寺。

我が額冬日かぶとの如くなり
十一月十九日 大崎会。英勝寺。

よき炭のよき灰になるあはれさよ
十一月二十二日 句謡会。婦人子供会館。

余す年いくばくも無き初鏡

同し道歩み来りし老の春
十二月六日 新年の句。

母が餅やきし火鉢を恋ひめやも

洋間にも長火鉢置き意を得たり

よき人によき火鉢をと思へども
十二月七日 十五人会。小庵。

埋火うずみびや稿を起してより十日

埋火の絶えなん命守りつゝ
十二月十日 大崎会。英勝寺。

別の間に違ふ客ある師走しわすかな
十二月十二日 間組はざまぐみ俳句会。草庵。

新居とも人や見るらん年新た

冬浪の時化しけ模様なる日の続く
十二月十四日 草樹会。浅羽屋支店。

風雅とは大きな言葉老の春

あけの春弓削ゆげ道鏡の書が好きで
十二月十四日 新年の句。

こころざし俳諧にありおでん食ふ

梅のぬし老い朽ちたりと人や見ん

初空や東西南北その下に

初空を仰ぎたたずむ個人我(虚子)
十二月十七日 物芽会。浅羽屋支店。

傷一つかげ一つなき初御空みそら
十二月二十一日 土筆会。英勝寺。

いにしえを恋ひ泣く老や屠蘇とそよい
十二月二十五日

推敲すいこうを重ぬる一句去年こぞ今年

元日や午後のよき日が西窓に

初夢のうきはしとかや渡りゆく
十二月二十五日 新年の句。

しずかなる我住む町の年の暮

君は君我は我なり年の暮

ふとしたることにあはてゝ年の暮
十二月三十日 三十日会。香風園。
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昭和三十四年


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吉兆をれぬ破魔矢はまやを贈らばや
一月十一日 上海すみれ会。於鎌倉、浅羽屋支店。

梅あるが故に客も来ひたきも来

白梅の老木のほこり今ぞ知る
一月二十二日 鎌倉探勝会。虚子庵。

梅の客椿の客や浪花人なにわびと

花多き今年の梅の老木おいきかな

庭梅の今を盛りと老にけり

老梅のきたなまでに花多し

白梅に住みりたりといふのみぞ
二月二十三日 坤者、大寒、秀郎、白水来。年尾、立子も共に。

あしびあり残る雪ありたたずまひ

我一人ありて気儘きままや梅の亭

(註 以下三句句帖より)
をともす指の間の春のやみ

灯をともすてのひらにある春の闇

テーブルの下椅子の下春の闇
二月二十八日 如月きさらぎ会(三輪田)。和光。

寺維持の尼の願ひや牡丹の芽

此椿花多かりし思ひ出で
三月三日 大崎会。英勝寺。

春泥しゅんでいの鏡の如く光りをり
三月八日 草樹会。大仏殿。

思ひ川渡りしといふ花便り
三月十日 玉木豚春より。

梅古木石の如くにかたかりき
三月十五日 土筆会。英勝寺。

東風こちの空雲一筋にみんなみ
三月十八日 物芽会。長谷観音客殿。

舞殿まいどのが遠く群集のさくらかな
三月二十九日 如月会。八幡宮。

幹にちよと花簪はなかんざしのやうな花

椿大樹我に面して花の数

鎌倉の草庵春の嵐かな

英雄を弔ふ詩幅桜生け

春の山かばねをうめてむなしかり
三月三十日 句謡会。婦人子供会館。

ひとり句の推敲すいこうをしておそき日を
三月三十日 句仏くぶつ十七回忌。





底本:「虚子五句集(下)〔全2冊〕」岩波文庫、岩波書店
   1996(平成8)年10月16日第1刷発行
底本の親本:「日本現代文学全集 二五 高浜虚子・河東碧梧桐集」講談社
   1964(昭和39)年9月19日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※「牡丹」に対するルビの「ぼたん」と「ぼうたん」、「籐椅子」に対するルビの「とういす」と「といす」、「庵」に対するルビの「いお」と「いおり」、「夕立」に対するルビの「ゆだち」と「ゆうだち」の混在は、底本通りです。
※表題は底本では、「七百五十句 (自 昭和二十六年[#改行]至 昭和三十四年)」となっています。
※新仮名によると思われるルビの拗音、促音は、小書きしました。
入力:岡村和彦
校正:木下聡
2024年3月28日作成
青空文庫作成ファイル:
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