夜の道づれ

三好十郎




走り過ぎる自動車のクラクション。

夜ふけの町かど。

深い闇の奧に白くもうろうとそびえ立つているビルディング。こちらは、夜空に黒くおしつぶされた家々。
とぼしい街燈が、あたりを明るく照し出すためよりも、かえつて暗くするためのように、ポツリポツリとついている。
なんの物音もない。
いちばん近い街燈の丸い光の中に、中年の男が一人、自然木のステッキをついて立つている。古い背廣にヨレヨレのレインコートを着て、飲みつづけた酒の醉いのさめかけた、デロリとした蒼い顏が鳥打帽の下からのぞいている。

腕時計を見る。
奧の四つ辻のあたりに鋭どい光が飛び散り、高級自動車のクラクションとエンジンの音が右から左へサッと過ぎる。男は、その方を見送つてから、やがて右手をズボンのポケットに突つこんでクシャクシャのサツをつかみだす。それを左手に移し、ステッキをわきの下へ、右手でもう一度ポケットをさらつて、兩手のサツを見調べる。かさは多いが、たいした額にはならぬようだ。全部をポケットにもどし、フンといつて歩きだす。すこし猫背の肩に荷物でも背負つているような歩きかたである。近くで、かすれた人聲がする。

聲 ……(やつと聞える位になるが、まるで感情のこもらない、間のびのしたねごとのように)……いいじやないか、よう。助けてくんな、よう。……助けてくんなよう。
男 ……[#「 ……」は底本では「……」](踏みだした足をとめて、眼で聲のありかを搜す)
(その視線の先きの、街路樹の根もとにグタリと抱きついて片脚を幹に卷きつけている洋服の男)
洋服 よう。(足がらみで樹を押したおそうという氣らしい)おい!
(こつちの男は、それを見ている)
洋服 だろう? ……助けてくれ。なあ。助けて、くれ、た、その上で――(歌のような、お經のような節になつている)
やがて男は、なんの表情も現わさないで、ノソリと闇の中へ。うしろから、にぶい聲が「………よう!」と追いかけてくる。

男は街路を左へ横切る。
遠くで夜汽車の汽笛。
暗い横露路からフラフラと出て來た影が、露路の出口の家の軒燈の下で眞紅なブラウスにチェックのスカートに素足に下駄を突つかけた若い女になる。
若い女 ねえ!(まんなかに變なアクセントのある聲)ちよいとお!
男 ……(女を認めるが足をとめない)
若い女 (スッと寄つて來て)さあ!(これも妙なアクセント)そんなデイタンな顏するもんじや、なくつてよ、お兄さん!
男 ……(しかたなく立ちどまつて、突き出された女のモシャモシャの髮を鼻がくすぐつたくなつた顏をして眺める)
若い女 いい所へ案内するから、寄つてかない? ねえ――お兄、じやない、おじさんかあ!
男 (苦笑して)ありがたいが、ダメだ。八十圓きやない。
若い女 へーい!(奇聲を發して)へつ、八十圓だつてえ? ひつ! 八十圓で、おめえ!
男 だからさ。
若い女 へん、なめんな!
男 なめやしない、歩くんだ。
若い女 へーい!(白い齒をむいて、右手のひらでピシャリと音を立てて自分のふとももを叩く)バイバイ、マグロくわすから、またおいで!
男 バイバイ。
若い女 くそたれじじい!
男はコツコツと歩く。
暗い中にほの白くつづいたコンクリート道は、陸橋の方へ向つてゆるやかなのぼり坂になつている。その向うの繁華街の燈火の、夜がふけて、いたずらに明るいために、それを背にしたこの坂のあたりは暗く、片がわを歩いて行く男の姿が闇にまぎれて見わけられない位だ。ところどころに女が立つているが、よく見えない。男の足音。
すこしおくれて、別の足音。どこから出て來たか、男から三四間おくれて誰か同じ方向へ歩いて來ている。
……男がその方を振りかえつて見る。
……又もとのように歩き出す。
そうして二人の人間がしばらく歩く。
……男、氣になると見えて、再びうしろを振りかえる。同時に足をとめる。すると、うしろからついて來た足音だけがコツコツとつづく。五六歩つづいて、これも立ちどまつたらしく、フッとやむ。
……男がその方をジッと見ている。
……やがて、しいて氣にしないで歩き出す。うしろの足音も又きこえはじめる。
……男、もう一度立ちどまり、タバコを出して一本くわえ、カチリとライタアをともし、うしろを、すかして見る。……そこに人影が一つ立ちどまつている。
男 ええと……(問いかけようとするが、なんといつてよいか、わからない)
人影 ……(動かない)
男 ……(低くフ! といい、ライタアを消し、タバコを大きくひと吸いして、足を出しかけ、ほとんど無意識に聲を出す)……なんですか? ……(返事を待つている)
人影 (間が拔けたような頃になつてから)あのう――すみませんが……(寄つて來る)タバコの火を――
男 ああ。……(あまりに平凡な言葉に、かえつてマゴついて)タバコ? やあ――(手に持つたタバコの火に向つて相手が右手と顏を近づけて來るので、チョット自分のタバコの火を差し出すが、思い出して、ポケットからライタアを取り出し)いや……(二つ三つライタアをこすつて火をつけて出す)どうぞ。
人影 ……や……どうも……(吸いつける。ライタアの火の明りで、この男の姿が見える。黒い背廣にキチンとネクタイをしめ、おとなしい顏の、帽子はかむらず、あまりふくらんでいないリュックサックを片方の肩にひつかけている。左手に一本の白い小さな切花をにぎり、素足にチビた駒下駄を突つかけただけ。おだやかな、シッカリした聲。中年だが、男一よりも五六歳若いかもしれない。……うまそうにタバコを吸いこんで)ありがとう……マッチを忘れて來て――
男一 やあ、ハハ。(意味なく低く笑つて、歩き出す)
男二 ……(これも歩き出しながら)もう一時は、※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)りましたかね?
男一 そろそろ二時です。
下の方からシャーッと機關車のエキゾーストの響。
それが大きく、はげしくなる。
陸橋の上である。
下から卷きあがつて來た白い煙がコンクリートの柱と手すりをモウモウと包んだかと思うと、たちまちうすれて行く。下の方から口笛の音がきこえて來る。驛手が橋の下の線路を歩きながら吹いているらしい。
聲 連結オーライだよう!
別の聲 (間を置いて遠くで)おおう!
(それが、夜空にオーウと反響して、深夜の大きな驛の構内の靜けさが、這いあがつて來る。
タバコをくわえて右の方からコツコツ歩いて來た男一が、その聲でフッと手すりの所に立ちどまつて目を下へやる。しばらくおくれて、ついて來るともなくついて歩いて來た男二も立ちどまる。……口笛は「インタアナショナル」を吹いているようだ。男一は、遠くの、眠つてしまつた盛り場の明りを見ている。男二もその方へ視線をやる)
男一 ……ふけましたねえ。
男二 そう。……
男一 だが、こうして見ると、どこが變つたかと思いますね。戰爭なぞ、いつ、あつたのだろう。妙な氣がする。(歩き出す)
男二 ……そうですねえ。

驛の裏口の建物の前。
男一 これから始發の列車まで待つのも、チョットたいへんですね?
男二 え? ……いえ、私は――。あなたは、それで?
男一 やあ、僕あ――(と左手の方へ暗くつづいている街道の方をアゴでさして)歩くんです、ハハ。……じや――(と歩いて行く)
男二 ……(自分がどこに居るかわからなくなつたように、ボンヤリ立つている。左手の花が白く光つている)

ゆるい下り坂の所。
右手から歩いて來た男一が、フト立ちどまつて、驛の方を振り返つて見る。そこには男二がまだ突つ立つているらしい。男一の顏に妙な表情が現われる。かなり永い間。……左手からコツコツと足音がして來て、男二がこつちへ來る。それを男一が見迎えている。……しかしやがて自分をおさえて向うを向いて足をふみ出す。男二も自然にそのうしろから連れ立つて行く形になる。
男二 ……(歩きながら口の中でブツブツ、ブツブツと何かいつている。それがヒョイと聞える位の聲になる)……ふるさと……ふるさとの……
男一 なんです?
男二 なんですか?
男一 いや……(かえつて、こつちが困つて)この……どうしたんです?
男二 歩くんです私も。
男一 (あらためてジロジロと相手を見ながら)……そうですか。
男二 ……暗いですね。
男一 そう。
男二 どちらです?
男一 やあ。……(不快をかくさない)
男二 甲州街道なんだから、ズーッと行けば――(あとは忘れたようにプツンとよしてしまう)
男一 ……(怒つたような調子で)烏山のうちまで歸るんですがね――
男二 ははあ。(自分のした質問に相手が答えているのに、なんの反應も示さない)
男一 (拍子ぬけがして)……電車をなくして、時々、これだ。
男二 そうですか。
男一 ……あなたは、どこです?
男二 ……そうですそうです。
男一 うん――?
男二 え?
男一 どこまで歸るんです?
男二 そうですねえ……
男一 ……(ジロジロと相手の顏を見る)……どこです、君は?
男二 ……(ビックリして、ちよつと立ちどまり)はあ?
男一 ……どこへ行くの?
男二 ……いや、こつちへ――(左手の方を指す)
男一 だから、どこまで、全體――?
男二 甲州街道だから――
男一 わかつてますよ、そりや。……
男二 甲州から、ズーッと、この――
男一 ズーッと?
男二 ええ。とにかく甲府へ出て――
男一 歩いて、じや、行くの?
男二 (當惑している)
男一 甲府まで、そんな君――
男二 ……(ポカンとして男一を見る)
男一 ……君は一體、だれ?
男二 ……はあ。
男一 何だ、君あ?
男二 ……。(ションボリと言葉を失つている)
(二人は影のように相對してしばらくたたずんでいる。……やがてあきらめた男一が足を踏み出す。つづいて、ほとんど無意識に男二もあゆみ出す。)

聲 (暗い中から)おいおい、君たち!
男一 ……?(立ちどまつて、そちらを見る。男二も立ちどまつている)
聲 どこへ行くんだね?(いいながら暗い所から出て來る。二人の武裝警官。ゆだんなく左右からザザッと寄つて二人を、はさんで立つ)
男一 ……(それとわかつて、男二にチラリと眼をやつてから)やあ。
警一 ……だいぶ、おそいねえ。(けいたい電燈をパッと照して二人の男の人相風體をしらべる)
男一 ……(その光で射られて、眼をしわめながら)おそい、ですね。
警二 どうしたね?
警一 どこへ行く、こんなにおそく?
男一 歸るんですよ、だから。
警二 どこだね?
男一 非常警戒ですか?
警一 住所と姓名を聞かしてくれたまい。
男一 ……(しばらくだまつていてから)世田谷區上祖師谷四丁目千八百八十八番地。御橋次郎、四十五歳、著述業。……ええと――(ポケットをあちこちさがして、名刺を取り出して警官二に渡す)
警一 ふむ。だが、どうしてこんな時間に歩いて歸るのかね?
御橋 這つて歸るわけにも行かんからな。
警一 まじめに答えてくれんと、いかんよ。
御橋 電車は、もうとつくになし、泊るわけにはいかんし、自動車に乘るほどの金はないです。
警二 ……(名刺を光に照らして見て、何か考えていたのが)だけど、祖師谷というと、小田急沿線になつているんじやないかね?
御橋 そりや祖師谷でもしもだ。僕んとこはかみで、烏山の近くです。
警一 ……どうして、こんなにおそくなつた?
御橋 いわなきやなりませんか、そんな事?
警一 ……いつてくれた方がいいね。
御橋 闇取引の相談をして、それからケンカをして、それからパンスケ買つて……冗談ですがねそれは、フフ。ちよつと用たしにまわつて友人と一二カ所でちよつと飮んで話しこんでいて、つい――(いわれて、警官一がジロリと男二を見る)
警二 今ごろまで飮ませる店が、よくあるねえ?
御橋 ……(ゲンナリして、口を開かぬ)
警一 こつちが、その友人かね?
御橋 はあ? ……ふん。(めんどうくさくなつて不得要領にいう。警官一は、男二に近づいて、胸やズボンのポケットに外から觸れて調べる。男二はポカンと立つてされるままにしている。異状無いようで、警官は男二のかついでいるリュックのひもをほどきにかかる)
警二 そうだ。(ともう一度名刺を見て)あんた、たしか小説家だつたかな。御橋と――どつかで見たことがある。
警一 うむ?
御橋 小説も書きますよ。ホントは劇作家――つまり芝居書きですけどね。なんでも書く。恥もかきます。
警二 いやあ、そうだ。讀んだことがある。(警官一を見る。警官一は、男二のリュックを調べるのを中止する)……いいだろう。
警一 ……(ちよつとうなずいて、男二に)だが、住所とお名まえだけ、ちよつと。
男二 (なんの感情もなく)千代田區麹町三番町三丁目千百三番地の六、熊丸信吉。會社員。
警一 (手帳にそれを控える)ふむ。クママルのクマは、動物のあの熊ですね?
熊丸 そうです。
警一 よろしい。……花はどうしたんだ、その?
熊丸 ……?(いわれて片手の切花に目をやり、それから、それをポケットに突つこむ)いや。……
御橋 コロシかなんかですか非常警戒は?
警二 ええまあ。……つらいですよ、僕らも。ちかごろ、ほとんど毎晩ですからねえ。
御橋 まつたく、御苦勞さまですねえ。
警一 よろしい。でも、なんだね、あんまりおそくならん方がいい。第一、君たち自身がヘンな目に會わんとも限らん。
御橋 氣をつけましよう。じや――(片手を帽子のツバの所にあげてから、左手へ歩き出す。熊丸もそちらへ歩いて行く)

街燈のとぼしいコンクリートの街道を左手へ歩いて行く御橋と熊丸。
御橋 友だちにしちまいやがつた。
熊丸 御橋さん。……(この男のそれまでの寢ぼけたような所が、すこしハッキリなつている)……すみませんでした。
御橋 いやあ。……うん? どうして君あ、僕が御橋だつてこと――?
熊丸 たつた今、おつしやつた――
御橋 あ、そうか。
熊丸 それに、あなたの書かれた物、讀んだことがあります。
御橋 そう。そりや――そいで、あんた、熊丸――? ――?
熊丸 熊丸信吉といいます。
御橋 ……甲府まで行くんですつて?
熊丸 はあ。いえ、甲府までと、きまつたわけじやありませんけど――
御橋 だけど、歩いて行くというのは、どういう――?
熊丸 いえ、どうといつて、べつに。急に、この、なんです。……
御橋 汽車賃がない?
熊丸 そうですね、金はありません。でも――そうじやありません。
御橋 ……それに、こんな夜ふけだ。もつとも、あと三四時間で夜は明けるようなもんだが――寢ないで歩くんですか?
熊丸 ええ、まあ。
御橋 一番の汽車を待つておいでんなりや、それこそ、歩いて多摩川へんまでも行かない間に、向うに着いているんじやないかな? どういうんです、ぜんたい?
熊丸 どういう――?(途方にくれたように、相手の顏を見る)
御橋 わからんなあ。
熊丸 でも、行かなくちやならないんで。
御橋 だからさ、君、なんか用があつて行くんでしよう? それが、こんな夜の夜なかに、甲府といえば、たしか三十里――それ位かな――それを歩いて行く。……失敬だけど、君、どうかしたんですか?
熊丸 ……そうです。たしかに――。
御橋 ふん。……君はさつき、會社員だといいましたね? ええと、熊丸君か。
熊丸 そうです。
御橋 どんな會社?
熊丸 小さな信託會社で、工場や商會などの經理方面の依託事業などもしていますけど――
御橋 じや……だから、勤めているんでしよう? それが、こんな君、變な――?
熊丸 はあ。
御橋 何かあつたんですか?
熊丸 別に、この――
御橋 ……ドロボウでもしたの、君? フフ、いや、會社の金を使いこんだとか、競馬でスッたとか、そういつたような――?
熊丸 (これも弱く笑つて)……まつたく、ドロボウでもできるようだと、いいんです。
御橋 わからんなあ。……(アグネて、不快そうに口をつぐんで歩く。熊丸は、相手の不快をとくために二三度何かいい出そうとするが、いえない。いい方が見つからないのではなくて、いうべき事がないらしい。ションボリして歩く。永い間、二人の足音だけが、人けのない街道にひびいている)
(間……)
御橋 ……(なにを思つたか急にニヤニヤと笑つて)そうだな、それでよいのかも知れん。昔の――といつても、たかだか百年前かそこいらの人間は、みんな歩いている。足を持つていて、道がある。道の向うに甲府だとか大阪だとかがチャンと在るとすれば、安心なもんじやないか。夜なかだつて、珍らしいことじやないさ。晝があつて夜が來て、そいで晝が來る、うつちやつといたつて、そういう順序だ。
熊丸 へへ……(相手がきげんをなおしてくれたのでホッとして、しかし相手の言葉はよく理解しようとしないで)いやあ、そういう、べつにこの、なんです――
御橋 いいですよ。それもいい、フフ。ところで熊丸君……だつたですね(愉快そうに笑いながら)君、人でも殺して來たの?
熊丸 ……はあ? 人を――(ユックリ立ちどまる。スッと笑いを引つこめた青い顏が、御橋の方をうかがつている。沼の暗がりで蛇が鎌首を持ちあげたようだ)
御橋 ……(クスクス笑いながら、足をとめようともしないで歩き過ぎて行く)フフ、さあさ、いつしよに行こう。
熊丸 ……(やつと再び歩き出し、御橋に追いついて、しばらく默つて歩をはこんでいてから)……そんなふうに見えますか?
御橋 うん? ……(ギロリと熊丸を見る)
熊丸 困つたなあ、どうも。(弱く笑う)
御橋 フ! (又笑い出している)いいよ、いいよ。
(二人、しばらく默々として歩く)
熊丸 ……(不意にいい出す)幸福にならなければいけない。今すぐに、このままで、何はおいても、自分が幸福にならなくてはならん。何かが、どうにかなつて――何かがどうにかならなければ、自分も幸福になれないなんて、そんな時が來るまで、待つてはおれない。自分は自分であつて、人ではない。自分の孫でもない。孫の代にみんな幸福になるなんていつたつて、自分の慰さめにはならない。たつた今、この自分が幸福にならなければ、ならない。なれるか?
御橋 何をいつてるの君は?
熊丸 あなたがいつているんだ。
御橋 なんだつて?
熊丸 あなたが、そういつているんですよ。いつだつたかあなたの書いた本を讀んだんです。そいで、そこんとこだけ忘れないでいる。すこしちがうかも知れんけど、意味は大體そうだつたでしよう?
御橋 待て待て。ちよいと待つた。ええと……うん、書いた。……君、讀んでくれたんですか?
熊丸 ……たしかに、そりやそうだ。あなたのいう通りです。しかし問題は、そうなれるかという點です。……そうなれると、あなたはいつている。そこから先きが、ちがうんです。あなたのいつた事はそこから先きは夢です。
御橋 夢か。そうだなあ……そいで?
熊丸 夢の、デタラメですね。
御橋 デタラメ?
熊丸 その證據に――證據というと、なんですけど、さつき僕はあなたの顏を見たんですよ。警官からとめられてる時です。ははあ、これがあの御橋という人かと思つてね。今いつた幸福のことを書いた文章があるんで、いきなり僕にや他人のような氣がしないんですよ。アッと思つて、つくづく見た。……幸福な人間の顏じやない。どういう見方をしたつて、どんな割引きをして見たつて、幸福なんていうものと縁もゆかりもあるツラじやない。
御橋 うつ? そんなに、ひどいか?
熊丸 ええ、まあ。
御橋 ううん。……(うなつて、しばらく默つていたが、その時、近づいた街燈の光の中で帽子をぬぎ、顏を突き出す。ほとんど醉のさめた蒼白の顏に兩眼がギラギラ光つている)よく見ろ君、それほど捨てたもんじやないぜ。
熊丸 ……(それをジロジロ見ながら)んだから、あなたの書いている、そこから先きの事はデタラメなんですよ。――眼つき一つ見たつて、ちつとはうまく行つている人が、そんな眼つきをしてるもんですか。ゾッとする。
御橋 ゾッとするはないだろう。眼つきの惡いのは生れつきだよ。
熊丸 まつさおな色をして、フラフラしているじやありませんか。そんな人が、あなた――
御橋 ちつと飮みすぎた。
熊丸 つまり、酒にしたつて順に入つて行かない。妙なところに入つてしまう。
御橋 誇張するなよ。僕だつて酒は口から飮む。尻からは飮まない。
熊丸 この夜中にこんな所を狼のように歩いて――
御橋 電車がなくなつて金がないから歩くだけだよ。へつ、道が有つて足が有つて、そいで道の先きに甲府が有るのは誰だつけ?
熊丸 幸福のコの字でも手に入れている人間が、そんなあなた――
御橋 アッハハ、そうか! それなら安心したまい。僕は幸福だよ、こいで。嘘じやない。それも唯の幸福じやない。千萬人にたつた一人というぐらい幸福だ。
熊丸 へへ。
御橋 キベンだと思うかね? そう思つたら、君のまちがいだ。
熊丸 へへ。
御橋 幸福とは、自分が自分のことを幸せだと思うことだ。
熊丸 ヒッ!
御橋 バカめ! 僕は本氣でいつているんだぜ。
熊丸 僕も本氣ですよ。幸福とは自分が幸福と――いつだつたか、僕がそういつたんです。そしたら、邦子が、それなら、食べ物がなくてもあなたは別に不幸ではないでしようからといつて、夕飯を食べさせてくれなかつた事があります。
御橋 邦子?
熊丸 あなたは書いている。自分の是非したいと思う事だけをして、それ以外の事をやめてしまつた人。その自分のためにする事がそのままでソックリ他人のためになるような事をしている人。他人のためにする事がソックリそのままで自分のためになるような事をしている人。――幸福はそれだとあなたはいう。けつこうです。だから、デタラメというんですよ。邦子は、特別に變つた女ではありません。とくにえらい女でもないかわりに、とくに惡い女でもありません。母親もそうです。正枝にしたつて普通の子です。義三も、あれで普通の子供で、敏夫もあたりまえの弟だ。そいで、私と來たら、凡人の中での一番の平凡な男です。
御橋 ははあ、家族が多いんだな。そいで、内んなかがゴタついてる――?
熊丸 いいえ、べつに。
御橋 ……邦子というのは、あんたの奧さん?
熊丸 そうです。
御橋 さては、夫婦げんかをした――?
熊丸 とんでもない。あれで、割に良い性質の女です。もう七八年、けんかなんかしたおぼえがありません。
御橋 ははん?
熊丸 そうだ、いつそ家のなかで、けんかでも始まるようだと、もうすこしちがつていたかもしれない。
御橋 ……わからんなあ。
熊丸 自分のためにする事が、そのままでソックリ他人のためになるような事。他人のためにした事がソックリ自分のためになる――
御橋 僕のいつた事にこだわるのは、よそうじやないか。
熊丸 こだわるわけじやありませんけど――つまりです――あなたは恐ろしい事をいう人だ。
御橋 恐ろしい? 僕の書いた事がかね?
熊丸 そうです。あなたはそいつを知らないんだ。どんなに恐ろしい事を書いたかを――
御橋 だからさ、どういう意味で、何が、君――?
男の聲 あのう――おいおい、ちよつと――!
熊丸 ……(その聲の方をすかして見る)
男の聲 すみませんけどねえ――(いいながら、街路樹のそばからノッソリ出て來て二人の方へ近づく。復員服にソフトをかぶり、立派な口ひげを生やした三十男で、大ふろしきの包みを背負つている)――ちよつと、この……
御橋 む? なんだ?
男 あのう、あのねえ……このう――(そこでプツンと言葉を切つて、ジロジロと二人を見くらべる。その樣子が、どこか間が拔けたままで普通の通行人のものではない。御橋と熊丸も緊張して、立ちどまる。三人が三角形に立つて、しばらく睨み合つている。……間)
熊丸 ……ええと、君――
男 (ほとんど同時に)この、荏原の方へ拔けて行きたいんだがね、どこいらから曲りやいいか――
御橋 なに? エバラ?
男 このう、五反田の近くへ出るんですけどね。
御橋 五反田? 五反田じや、大變だ。そうさなあ――ぜんたい、どつから來たの、あんたは?
男 こつちの、桃園から十二莊の、なんだこの
御橋 そうか。じやねえ――いやいや、僕も五反田までのくわしい道は知らん。どつちせ、澁谷までは出なくちやならんだろうから、すると――いや、新宿まで出てしまつて、環状線を行けば一番早やわかりだが、そうすればすこし遠くなるにや、なるが、それならね、これをまつすぐにどこまで行つて(來た方を指す)驛のわきを通つてね、直ぐ變てこなカッコウの四つ角に出たら、それを右に取つて行きや代々木、原宿、澁谷と一人でに行ける。早道をする氣なら、その途中の、そうさ、道路に電車線路のある所へ出たら、そこんとこを右へ斜めに入つて行きや、十分位で代々木に出る。その方が一番かも知れん。
男 そうですかねえ。(身を入れて聞いてはいない。マジリマジリと熊丸を見ている)
御橋 わかつたかね?
男 う?
御橋 聞いてやしないじやないか? ぜんたい何なの、君は?……(相手はポカンとして返事をしない)どつちにせよ、十四五丁行つてから右へ曲つて行けば、まちがいない。(急にニヤリとして)しかし、途中で、警察が非常線を張つているから、氣を附けるんだな。
男 ふむ。……(かくべつの感じを受けたようでもない。ただ眼だけを光らして、一度御橋を見返すが、すぐ又熊丸を見る。一言もいわない熊丸が氣になるらしい。その熊丸は何の興味も感じないようにボンヤリと立つているだけ)
御橋 さて、行こう。……(足をふみ出す)
男 あのう、あんたがたあ、金持つているかね?
御橋 金か? ……
男 うむ、その――
御橋 やつぱり、そうじやないか。はじめつから、そういつてくれりや、いい。すこししか持つていないが、全部なにするから、お互いに、この――(いいながら、ポケットに手を突つこむ)
男 なんだね?
御橋 ちかごろの人らしくないなあ君も。
男 すまんけど、あのう、買つてくれるとありがたいけど――
御橋 だから、亂暴するのだけはよしてくれよ君。そんな事したつてしなくつたつて、同じ事だから。みんなあげる。
男 買つてくれませんかねえ?
御橋 買う?
男 はあ。これなんだがね……(ノロノロとフロシキ包みをおろし、その一カ所をほどいて、そこにクシャクシャにして突つこんである古い衣類のコバグチを見せる)セビロかレインコートか、シャツも二三枚ある。みんな古いけど――
御橋 うん?(おどろいて、それを見おろしている)……それを、買え?
男 はあ。なんしろ金がないもんで。
御橋 ……(クスクス笑い出している)……フ。フフ。いいよ、いいよ。金は、やる。といつても、こんだけしきや、ない。(つかみ出したサツを男の手に握らせる。男はキョロンとして御橋を見ている)……フフ、いいかげんにした方がよかろうぜ君も。うむ。ロクな事あない。
男 ……シャツでも持つて行くかね?
御橋 え? いや、いらんいらん。そんなもん、着られるもんか。どこでカッパラつて來たか――ハタいて來たか、それとも君あ? そんな物を着るか!
男 なに、そんなもんじやありません。わしは、親類から、この、そういつて、ただ――
御橋 いいよ、わかつたわかつた。早く行きたまい。グズグズしていると、ロクな事あないぜ。
男 そうかね?――(御橋のいうことがわかつたかわからないか、不得要領のままで、包みを背負う。ギョロリ、ギョロリと二人を睨みまわすようにしながら)
(その時、街道を右の方から走つて來るトラックの音が近づき、ヘッドライトがそのへんを明るくする。そのきらめく光の中で、コンクリートの街路と歩道、兩側の貧弱な人家と商店の表がまえ、看板の類、その間に黒くこげたままの燒跡や、貧しい街路樹など――東京の舊市内を出て一里ばかり行つた幹線道路の[#「幹線道路の」は底本では「幹線道身の」]、荒れすさんだ光景と、その車道と歩道の境目の所に立つている三人の男の姿が、鋭どく燒きつけるようにクッキリと浮びあがる。たと思うと[#「たと思うと」はママ]、ヘッドライト接近し、すべての影はグラグラと押したおされ、ガーッと音がして暗くなり、トラックは左の方へ疾走し去り、一瞬にして、もとの、ほの暗い街道になつている……)
男 ……そんじや、まあ。
御橋 早く行けよ。
男 すんませんでした。(ペコリと頭をさげて右手の方へ歩き出している)
御橋 (その背なかに向つて)だから、今いつた新町まで行くのはやめて、もつと早く、すぐそこいらで右へ曲つちまいな。
男 ふむ?(振りかえつて、こつちを見る)
御橋 そうしないと、ふんづかまるよ!
男 やあ。(否定でも肯定でもない無意味な聲を出してスタスタと右手の闇の中に歩き去つて行く)
御橋 阿呆! 合うか、いまどき、そんな商賣していて! ふん! きれいに卷きあげてしまやがつた!(ブツブツと一人ごと。……連れの方をヒョイと見ると、熊丸は、まるで燒け殘つた街路樹のようにボサッと突つ立つている)……さあ行こう、君。
熊丸 …………。
御橋 どうしたの?
熊丸 いや……。(歩み出す)
御橋 (これも、左手の方へ歩きはじめる)フ、世話を燒かせる。
熊丸 私、ですか?
御橋 いや、今のドロボウさ。
熊丸 ……(男の去つた方を振りかえつて見てから)ドロボウですかね?
御橋 そうさ。
熊丸 でも、着物も買つてくれというんだし、そんな所はないけど――?
御橋 そういうのも居るさ。いや、それが今の時代なんだな。おそろしく正直で、リチギなドロボウがいるかと思うと、總理大臣がむやみと謹嚴な顏をしてワイロをつかんでいたりさ、パンすけが良妻賢母だつたり、舊華族の令孃のハンドバッグに、ゴム製品が一ダースも入つていたり――そういつた時代。その逆もある。その又逆も眞なり。要するに何が何だかわからん。だから、今のはドロボウじやないかも知れんね、大きに。あれで文部省かどこかの役人かも知れん。そういえば、八字ヒゲなど生やしていたな。フ! すべて存在するものは合理的なり。リーゾナブルという言葉があるね? リーゾナブル。よく出來た言葉だ實に。君と僕とが、こうしていつしよに歩いているんだつて――なんだつけ? こりや全體、どういうわけ? ……リーゾナブルか。どこにリーズンが在るんだ? そんでも、こうしていつしよに歩いている。
熊丸 ……あなたは今の男に金をやりましたね?
御橋 なあに、とられたのさ――
熊丸 有りあまつてるお金じやない。でしよう?
御橋 ず星だ。實は僕が盜りたい。
熊丸 自分のためにする事が、ソックリそのままで人のためになる事。そうじやありませんか? それが、こんな事をなすつているんだ。
御橋 え? まだそれをいつているのかあ? しつこいなあ君も!
熊丸 そして、今の事だけじやありませんよ。毎日々々あなたがなすつている事は、今のような事ばかりです。それがあなたの生活なんだ。それ以外にあなたの生活はないんです。つまり、あなたの書いていられるような事は、生きた此の世の中には有り得ないという事です。デタラメで夢だといつたのは、それなんですよ。
御橋 ……そうか。よし、わかつた。氣ちがいにしちやオツな事をいう。そうさ、僕はデタラメだ。……君がそこまでいうんだつたら、僕もまじめに話そう――(歩きながら、ステッキを握つたまま片手をあげて、ひたいをこすつて何か考えている。やがて、シガレット・ケースを出してタバコを一本とりだし、熊丸にケースをさしだす。熊丸も一本拔き出す。ライタアをともし、先ず自分が吸いつけ、次ぎに熊丸に吸いつけさせる。……二人は自然に立ちどまつている。ライタアを差し出してやつている御橋の兩眼が、喰いつくように鋭どく熊丸の顏を見つめている。……熊丸は吸いつけ終つて、その御橋を見る。……こちらは相變らずの無表情な、ナエたような視線である。……御橋の、自分をおさえつけた低い聲)……しかしねえ、これで、夜なかの道づれどうしの、なんちゆう事はない浮世ばなし――そういう事にして置けんかなあ? ムキになると、お互いにケガをするがなあ? どうだろう、そうして置かない?
熊丸 う? ――(無表情)
御橋 ダメかね? ……じやまあ――その前に、聞くが、君はどつかへ死にに行くの?
熊丸 ……やあ、べつに。(シラシラと笑う)
御橋 ホントの事をいつてくれていいよ。とめたりはしない。
熊丸 ……なんですか?
御橋 僕はインチキ野郎だが、ウソだけはいわん。……知りたいんだ、つまりだな、君は全體、何だね? 正體?
熊丸 正體といわれたつて別に何という、これだけの……ですから、この、熊丸信吉という――(子供が途方にくれた時のように、あちこちとぐるりに眼をやつて、失つたものを搜すようにする)
御橋 という人間か、フ! ……(頼りない、寂しい影のような相手の樣子を見ているうちに、フツと何かが來る)……いいよ、いいよ。いわないでもいい。……わかるような氣がする。まともな人間が、誰が今頃こんな所をうろついているものか。いいよ。氣の狂いかけた人間が二人、話しながら歩いているという事にしよう。(いいながら思い出して歩き出す。熊丸も續いて歩き出す)……だから、やつぱり、浮世ばなしさ。まあ、いいや。君はとにかく僕の書いたものを一册でも半册でも讀んでくれている。讀者だ。つまりお客さまだ。こちらは藝者。ハ! というよりも僕はこれで役者でね。年中シバイをやります。場代を拂つてくれたお客さんにフマジメな藝を見せてはいかん。ひとつ、眞劍に演じようか。どつちせ、たかがシバイだ。嘘とまことをこきまぜてね。その氣で聞いてくれ。へへへ、いいかね? ……(言葉の調子は輕くじようだんじみ、かつ、時々全く醉餘の一人ごとのようになつてしまつたりするが、それをいう彼の表情は、言葉の調子とは正反對に、一語々々に自分と格鬪しながらの、煮えかえるように激しいものである。それが時に言葉の調子の中にも飛び出して來る。ために、全體がほとんど病的にズタズタに引き裂かれているようになつてしまう。ポツリポツリと切れ切れに)……そうさ、わからんのも無理がない。デタラメだといわれても、しかたがないね。……そうなんだ。俺という――この、おかしな人間全體から、そいつは生れたもので……思想じやない。俺という人間が、この、生きているという事を、全體どんなふうに考えているか、いや、どんなふうに生きているかだなあ、それを知つてもらわんことにや、それは、わかつてもらえない。そうだろうと思う。……だから、それを話して見よう。といつてもだな、歩きながらだ、どうで、ツジツマの合つた風には話せん。……五行ぐらいでしやべつて見よう。人生論ダイゼスト。カンづめにした正の所だ。よく聞け、早いぞ。……彼は自分がなんのために、どんなわけで此の世に生れて來たかを知らぬ。彼は神を信じない。イデオロギイを持たぬ。倫理道徳――モラルを持たぬ。だから、ただ風來坊のように生きる。彼が持つているのは、そして持ちたいと思つているのは、今、いつしよに生きている人間という仲間だけ。つまり、いつしよに生きている仲間同志のかたまりとしての社會。それだけ。それ以上を望んでいない。なんにも期待していない。はじめから、完全に絶望している。人間は、そう急には、これ以上にも、これ以下にも、大して善くも惡くもなりはしない。人生は此處に在る。そのまんなかに、われわれは既に投げこまれている――という形で此處に在る。それは與えられたものとして、實在する。是非善惡の問題ではなく、それは此處に在るのだ。……それで、彼は悲觀しているか? オウ、ノウ! 滿足している。生れて來て、丸もうけだと思つている。八年生きれば八年だけの、八十年生きれば八十年の丸もうけだ。その間は、仲間といつしよに泣いたり笑つたりして生きられる。……そうじやないか君? 俺たちが、なんにも持つていない事をシンから底から實感して見ろ。寂しいぞ。ズーンと、尻こだまを引き拔かれたように寂しい。そして次の瞬間に見わたして見ろ。なんと俺たちはたくさんの物を持つているだろう! それに氣がつく。……俺たちが自分の命のうれしさにホントに氣が附くのは、病氣だとか戰爭だとかで、やつと命拾いをした直後だ。……どうだえ? ……地球という、おかしなカボチャみたいな遊星も、まんざらじやない。御橋次郎氏は、まあ、そこいらから、始めた。そして年中、始めている。彼は貧乏に生れついた。相當ひどい目にあつた。今でも、ひどい目にあつてる。慢性の病氣を五つ位持つている。どんな悲しみも、どんな苦しみも、たちまち、手もなく彼をなぎ倒してヒーヒー悲鳴をあげさせる。しかし彼を、こわしてしまう事は出來ない。なぜなら、その悲しみも苦しみも、彼の幸福の外に在るのではなくて内に在るからだよ。ザマを見ろ! 悲しみも苦しみも彼の幸福を差し引きすることは出來ないんだ。サイコロを投げて見ろ! そいつが、どこへ飛んで行つて、丁と出ても半と出ても、盆の上だ。頭が痛い。どんなに痛くても、やつぱりてめえの頭だ。……あるがままに見よ。おさな子の如く見よ。虎の如く見よ。ツベルクローゼの如く見よ。イソギンチャクは、つまらない人生觀なんど持つていない。生そのものだ。生そのもの。ライフ! ……おわり。
(間……)
熊丸 ……(トボリトボリと歩きながら、聞いているのか聞いていないのか、相手の言葉が終つても、しばらくは何もいわない。――永い間。――やがて弱い聲で、ポツリと)よくわかりません僕には。……今まで、そんなふうな事、よく考えもしなかつた。……いつてみれば、考える必要もなかつたようなもんでしてね。……(涙聲になつている)
御橋 ……泣くのか、君あ?
熊丸 え? ……(涙が流れつぱなしになつている。しかし自分ではそれに氣がつかないでニヤリとして)しかしです。僕は、生れてはじめて、あなたみたいな人に逢いました。……あなたは本氣だ。……わからないなりに、だから、いいますけどね。――老子だとか大乘佛教だとか、そういつたふうなものと、そいから、西洋のなんかそんなふうなものとの入れ混つたもんじやないですかね、あなたのおつしやる事は?
御橋 その通り、正に君のいう通りだ。大したもんじやない。それはそうだ。しかし僕には、貴重なんだなあ、こいつが。これしきやないから。……それに、これで、テメエの身體を張つて手に入れたもんだから。本を讀んだりして、なにしたんじやない。つまり出來合いじやない。身體を張つて――見たまい。こんなひどいツラになつて、四十何年、火の中をくぐつて手に入れた。これは、俺のものだ。佛さんだとかキリストさん、老子、そんなえらい人をみんな連れて來ても、クソでもくらえ! 俺は俺だ。俺は俺の主人だ。こんな、みじめな、ちつぽけなままで、そう思つている俺は。
熊丸 ……うらやましいと思います。……だけど、僕には役に立たない。……あなたが、そんなふうな考えを持つていられること、つまり人生觀ですか――その人生觀も、つまりが、この世に耐えてですね、生きて行くための一つの考え方――一つの、この、思辨とでもいいますか――に過ぎないような氣がする。……どつちせ、人間、世の中でやつて行くためには、なにかしら、それに自分を合わせて、つまり順應させて行かなくちやなりませんからね。生きて行くことが、その人に、つらければつらい程、それに對する受身の方法――いわば、防禦のタテになるものも、よけいに要る。……或る人は、自分を眞つ二つに分けて使います。右の手のする事を左の手に知らさないで。或る人は犯罪をやります。人によるとウソつきになる。又、主義といつたようなものに行きます。共産主義なども、人によつては、そんなようなものじやないでしようかねえ? ……あなたもそれです。あなたにとつて、今の人生觀は、あなたが此の世に耐えて行くために必要なんです。……しかし僕は、耐えて行くのをやめちまつた人間で、ですから、そんなものに用がなくなつた。
御橋 ……君は、僕を脅迫しようというのかね?
熊丸 なんでしようか? ……僕は正直にいつているまでですよ。あなたが、それだけいつてくれているのに、いいかげんな事をいつてはすまんと思つて――
御橋 耐えて行くのをやめちまつたというのは、死ぬということだろう? うん、それもいいだろう。しかし口に出して賣り出すのは惡趣味だ。默つてやるんだな。
熊丸 はあ。……
御橋 (短かくなつたタバコをポイと路上に捨てて)君はどこの人だ? ……いや、聞きたくなつた。そこで、そんな事をいつている君は、全體どういういわれいんねんで、家を飛び出して來て、こんな所を歩いている? 聞かせてくれ。
熊丸 ……かんたんです。五行ぐらいとあなたはいつたが、僕のは三行ぐらいですよ。それに私のは、恐ろしく平凡でしてね。つまらんですよ?
御橋 そんな事はいわなくて、いい。氣色の惡い男だ。かんじんな事だけいえよ。どうして家を出て來た?
熊丸 わからない、私にも。
御橋 わか――? 君がそうした、そのわけだ。人の事じやないんだぜ?
熊丸 わからないんですよ。……ただ、不意に、ジッとしておれなくなつた。そのほかに、わけはないんですよ。……なにもかも、急に、がまんできなくなつた。
御橋 (イライラして)だからさ、それには――
聲 (その御橋の足もとから)キクッ!
(びつくりして二人が立ちどまつて見ると――というのは、しばらく前から街燈も軒燈もとぎれた所にさしかかつていた――まつ暗な路上に、ボンヤリと白く、大の字に寢ているものがある。裸體に近い若い女であることが、わかつて來る。歩道を枕にして、手も足もひろげられるだけひろげて車道にあおむけになつている。着ていたワンピースやスリップなど、そのあたりにぬぎちらし、醉いしれてほてつたからだを冷たいコンクリートの上に投げ出しているのが氣持よいのであろう、自由で樂々とした半裸が自然で健康に見え、意外にワイセツさはない。頭と顏半分を蔽うた燃えるような朱色のネッカチーフだけは離さないでいるのも、ちようど人形が着物をはぎ取られて捨てられているように見える。眼をつぶつて時々シャックリをしている)
御橋 (マジマジと見ていたが)ふん。……(さまでおどろいてはいない)……惡くない景色だ。
熊丸 ……(これも全くおどろいていない。ただ普通のいぶかしそうな顏をして)……どうしたんでしよう?
御橋 女だよ。……若いや、まだ。
熊丸 女は、わかつていますがね。
御橋 醉うとハダカになりたがる奴がある。
熊丸 でも、こんな所で――
御橋 ハハ! 君が、それをいうのかね?
熊丸 でも――
御橋 起して聞いて見たらいい。こんな夜ふけに、こんな所で、あんたがた何をウロウロしてんの? 女の方でそういうだろう。自分の事は自分にわからんものだ。いつでも、自分のしている事はあたりまえで、人のしている事だけが變に見える。そうじやないか。大の男がこんな所を二人づれでモソモソ歩いているよりは、ミス・ピイが醉つぱらつて熱くなつて着物をぬいで寢ている方が、まだしも、よつぽどあたりまえだよ。
熊丸 ……やつぱり、そういつた女でしようかね?
御橋 まあね。だけど、そんな事はどうでもいいさ。これは人間で、そして女だ。そんだけだよ。目の前のことだけをハッキリ見ようよ。かんぐるのは、失敬だぞ。僕は、チャンとした家の奧さんでいて、どんなワイセツな淫賣よりも淫賣である奧さんを知つている。
熊丸 ……でも、とにかく、このままにして置くと、自動車にひかれるがなあ。
御橋 いいじやないか、ひかれたつて。
熊丸 ……(アゴを掻きながら)それに、風を引く。
御橋 うむ、そりや、引く。……(女の方にかがみこんで)おい、起きたらどうかね? ……(女、キクッというだけ)キクッか……(その裸體をつくづくと見ながら、熊丸に)ママア人形というのがあつたねえ?
熊丸 ……ええ。
御橋 横に寢せると、ママア! 眼をグルリとひつくりかえして、ママア! あれさ。そいから、おなかを、こうして――(といいながら、ステッキを持ちなおして、しやがみこんで手を出すが、しかし、むきだしの肩や乳房にチョットさわれないので、手をあちこち遊ばしながら)このへんを押すと、變な聲で――
女 ママア!(と鼻聲でいつて、いきなり伸ばした右腕を御橋の首に卷きつける)
御橋 おつと! ……離せよ、おい! (女の腕を、やつと首のまわりからむしり取つて腰を伸ばし)……ふう! えらい力だあ。見たまい、チャンと聞いてるんだ。自動車でも來たら、しかれる前にハロウとか何とかいつて、乘せてつてもらつて、ついでにあわよくば、ひとかせぎやらかそうという口だろう。行こう。風を引くのは俺たちの方だ。
女 (目はつぶつたまま)オトシマエ、おいてけ!
御橋 オトシマエたあ、何だよ?
女 シトの事さんざん遊んどいて、カラじんぎで行つちまう手はねえだろ。戰爭未亡人のお君さん、知らねえか!
御橋 おめえ、戰爭未亡人か?
女 おおよ! おまけに、特攻隊のヒモが附いてんだぞ、バカ! 甘く見ると承知しねえよつ! ああ、ああ、逃げて來たんだよ、そいつから。子供に逢いたくつてなあ。愛甲郡にあずけてあるんだよう。だから、逃げて來たんだよう特攻隊から。ヒモだ! ヒモだ! ヒモだ!(いいながら、兩手で自分の首や肩のまわりの、有りもしないヒモをむしり取つている)
熊丸 ……子供がいるのかね?
女 愛甲郡だあ!
御橋 愛甲郡たあ、なんだ?
女 神奈川縣愛甲郡荻野村上荻野、本田源吾方。んだけんど、ダメだあ。逃げられない。やつぱし、逃げられないんだよう! ダメだあ。おお、おお、おう! (泣いているのか笑つているのかわからない咆えかたをする)
御橋 逃げられないことはないじやないか。こんな所で醉つぱらつたりしていないで、早くその愛甲郡に行けよ!(どなりつける)
女 ヒモがいるんだあ! 特攻隊の源一郎――
御橋 ヒモなんか、ここいらにや居ないよ。特攻隊だろうと、ゲンイチロウだろうと、かまわん! 逃げろ逃げろ!
女 ダメですよう! 源の奴に、あたいが惚れてんだあ。あんちきしよう、憎らしくつて、殺してやりたいけど、そんでも、トッテもいいんだあ、あんちきしよう! あたいが惚れてんだから、しようねえんだよ! くさるまで、あんちきしようから、しぼられるんだあ! あたいのからだがくさるまで、吸いとられるんだあ! クソでもくらえつ! 愛甲郡にや、行けませんよ! バカのバイタの、ションベンたれ!(御橋と熊丸は、女のいつているのが充分にはわからないままで、そのクダの中にある、何か動かすことの出來ないもののために、何もいえなくなつて、立つている)……さあ、殺せつ!
御橋 ……そうか、惚れてるのか。んじや、しようねえなあ。
女 しようねえんだよう! んだから、遊んでけよう!
御橋 よし、遊んで行くぞ。(あちこちのポケットを搜すが、金は出て來ないで、シガレット・ケースだとか、半分飮みかけのポケットウイスキイ、クツベラだとか、ちぎれたボタンなどが出て來る)といつても、金はないんだ。よしよし、これを持つてろ。(と、ケースから入つているタバコを五六本拔き取つて、ケースだけを女の手に握らせる)こんでも、銀だぞ。……(それを見ていた熊丸が、だまつてポケットから、ガマグチを出し、ケースの上にのせる。御橋それをジロリと見あげるが、何もいわぬ)
女 バカヤロ! ただで貰やしないよつ! 乞食じやないんだ! 遊んでけ! ただなら、ヤだよつ!
御橋 バカヤロウか? よし遊んで行くよ。(變に嚴肅な顏をして、しやがみこんで、いきなり片手で女の下腹部をなでる)いい腹だ。……山のようだ。……もりあがつてる。……(スッと立つて、熊丸に向つて噛みつくように)君も、遊べ!
熊丸 ふん。
御橋 ただ貰うのはイヤだといつてる。
熊丸 ……(しばらく默つて立つていたが、やがて二歩ばかり前に出て、片足をあげ、女の頭髮の歩道にはみ出した部分を下駄でガリガリガリと踏みにじる)
御橋 (それを見ていたが)ふむ。……(左手に歩きだす)
熊丸 [#「熊丸 」は底本では「熊丸」]……(これも歩き出す)
女の聲 (だんだんうしろになりながら、さつきの咆え聲と同じ聲で)人の、氣も、知らないで……(遠ざかりメロディだけになり、消える)
(永い間。……コツコツと歩いて行く二人の足音だけ……)
御橋 どうして、あんな事するの?
熊丸 うー?
御橋 いや、今のさ――踏んづけたね君は。いやいや、あんな女に別に同情する氣持は僕も持たない。里子に出した子供が有つて、ヒモが有つて……どうも話が出來すぎてる。ピイの寢物語りによくあるやつさ。ホントであればあるほどウソに聞える。假りにホントだつても、今さら、どうということはないや。……しかし踏んづける事もなかろう。え?
熊丸 ……わからんです僕にも。
御橋 ……戰爭のセイかね?
熊丸 ……?
御橋 いや、君の、その、なにがさ。……今の女もいつている事が假りにホントだとすれば戰爭未亡人。……いつて見れば、まあ、とにかく、新聞屋式にいえば、アプレゲールですかね? つまり、そいつたいい方でさ、君のなにも、戰爭のセイ?
熊丸 そうじやないですね。(氣がない)
御橋 そうかね?
熊丸 戰爭なんかに關係はないな。
御橋 すると、どういうのだね、全體? そのさ、不意にジッとしておれなくなつた――
熊丸 ああそうか。そうだなあ。……そうですよ。昨日まで……いやその一時間前まで、こんなふうになるとは夢にも思つていなかつたんです。會社の集金で一日歩きまわつて、そして、集めた金を社へ持つて行つてから、内へ歸つた。そう、八時頃だな……(人に語るというよりも、自分で自分に思い出させているようにポツポツと、まるで感情のこもらない語調)それからメシを食つて……酒は、やりません。飮むには飮むが、毎日じやない。……そうだ、疲れては、いたな。なにしろ一日歩きまわつて、豫定の半分も集金できなかつたが。……疲れていた。そいで、すぐ……三十分ばかり、うたたねをしようと思つて眠つた。……ヒョイと眼がさめると、どういうのか、自分が横になつているのがどこだか、かなり永いことわからなかつた。といつても、その間四五分ぐらいのもんだつたでしよう。あるいは、眼がさめてというのが思いちがいで、その時まで、まだ眠つていて、うなされていたのかも知れない。夕飯に食つたものが、まだ胃に溜つていて、そうだ、うなされていたのかも知れませんね。……とにかく、寢ぼけたのとも、ちがう。どこに自分が居るのか、いくら考えてもわからんのですよ。暗い中に、なにか、なまあたたかい物をかぶせられて横になつている。非常に妙な……生れてはじめて、そんな氣持がしたんです。……そのうちに、暗い中で、時計が十一時を打つたので、それが自分の家の居間で……そうだ、さつきここで飯を食つた……と氣が附いて……眠つてしまつた私に家内が毛布を掛けて、電燈を消してくれたんだと、わかりました。……家の者はみんなもう寢たと見えて、シンとしています。ゴトンゴトンという音がするので、何だろうと思つて、しばらくそれを聞いていましたがね、氣がついたら、自分の心臟の音です。……急に、何か、非常におかしな、妙なふうになつたんです。寢ざめぎわの、まだボンヤリした氣持のまま、毛布の下で……あれは、どういうんですかね? ……寂しいの寂しくないのといつて、暗い穴の中に落ちこんで行くような……いやいや、そんなもんじやない。口ではいえん。私には、うまくいえないんです。……死ぬんじやないかと思いました。いや、じやないか、とか、思つたというんじやない。俺は死ぬ。と、ズーンと、この、死が、すぐそこに來たんです。そうする、この、どうにもこうにも……いえ、普通いう寂しい氣持とは、まるでちがいます。そう、寂しいんじやない。そんなふうな、なんか、感情だとか氣分だとかいうもんじやない。もつと、何か、押しても引いても動かすことのできない――物體とか、物質……そう、物質のようなもんです。……そうだ、物質だ。ほかにいいようがない。……悲しく泣きたくなるような寂しさではない。ガタガタと、からだがふるえ出して來ました。齒の根が合わないといいますか。もう、どうにもしておれないんですよ。一體全體、何が起きたのか自分にもわかりません。タタミにしがみ附くようにして、がまんしようとするんだけど、ダメです。……そのうち、隣りの部屋にいた家内が、氣配で變だと思つたか、こちらへ入つて來て、電燈をつけて、どうかなさつたんですかといつて、私の毛布をはがしにかかりました。その毛布を私は引つたくつて、その毛布の下でガタガタやつていた。まあこんな冷汗を出してと家内が僕の額にさわつていつたんです。……全身から冷たい脂汗が流れている。口がきけません。邦子はわけがわからず、心配して毛布をはがそうとします。はがされまいと僕は毛布にしがみついていたんです。……今、これをどけて家内の顏を見たら、そのトタンに自分は家内を殺す。しめ殺すかなんか、とにかく、必ずやるにちがいないと思つた……思つたんじやない、知つた――というか、ハッキリ、わかつた。家内だけでなく、子供もです。そのほか、母親だとか、とにかくそこらに居る人間を、みんな、蟲けらをひねりつぶすように。……わかりますか? わからんでしよう? ……僕にもわからん。今でもわかりません。しかし、そうだつた。それにちがいなかつたんです。……(かすかにニヤリとしたように見える)……恐ろしくて――その自分が恐ろしくて恐ろしくて、しかたがなかつたんです。……それで、とにかく、どうにもしようがないもんですから、毛布の下から家内に、熱が出たらしいから、すまんけど、大急ぎで氷を買つて來てくれといい、邦子はブツブツいつていましたけど、しかたがないもんで、氷を買いに出て行きました。しかし、まだ隣りの部屋に子供が寢ています。飛びあがつて、そちらへ行つて、いきなり馬乘りになつて、とんでもない事をやりそうなんです。とても、そうしては居れない。……そいで、このリュックと――壁にかかつていたのをそのまま――と、机の上の花びんに差してあつたこの花をぬき取つたのが、どういう氣持だつたか、それが、自分にもわからないんですがね。飛び出したんです。……それから、あれは、四谷見附の土手を降りたようです。その下の暗渠のような、土管の中で、永いことしやがんでいました。……そして、一所懸命考えたんですけど、僕にはわからないんです。……不意に何かの病氣になつて熱が出たための發作のようなものかとも思つて見ました。しかし熱はないんです。自分でわかる。……アモックというものがある、南方に――だそうですね? あんなふうな、つまりテンカンのようなものか? ……だけど、僕は自分のことが何でもチャンとわかる。あんなものとも、違うらしい。……じや、キチガイの遺傳が自分に有るか? ズーッと考えて見たんだけど、そんなものはない。いいえ、もし、僕のおじいさんか、大伯父さんに精神病の人が有つたのだつたら、僕はかえつて安心したでしよう。その遺傳が今自分に出たんだと思つてね。それがない。……すると俺はどうしたらいいんだ? このまま家に歸れば、何をはじめるかわからない。じや、どこへ行くんだ? ……いろいろに、その暗渠の中にしやがんで考えましたよ。……しかし、どうにも出來ません。……そいで、こつちへ歩いて來たんですよ。……そいだけです。それから――(何かまだいうかと思うと、そこで言葉を切つたきり默つてしまつて、ボクボクと歩く)
御橋 すると、どういうんだろう……君の奧さんが、何かこの、君にそむいたとか――つまり、まあ、いわば不貞といつた――?
熊丸 え?(ビックリして)いいえ、妻は、固い女で、まあ、貞しゆくな女ですよ。
御橋 いや、今ではなくてもさ。つまり、その二人の子供が二人ともか一人だけでもだな、實は君の子供ではないといつたような――
熊丸 (弱く笑つて)いやあ、二人とも僕の子供です。
御橋 ふむ。しかしだなあ――
熊丸 あなたの考えていることは察しがつきます。あなたの考えるように考えるのが、あたりまえなんです。それがホントウですよ。だけど、あなたの想像は全部當つていません。だつて、僕がこうして出て來てしまつたのには、原因も動機もまるでないんだから。……今おつしやつた邦子は、特にすぐれた所のある女でもないけど、かといつて別にひどい女でもありません。どつちかといえば、良く出來た部類にぞくするかも知れませんね。まあ普通の女です。もともと、好き合つて――そうですね、戀愛結婚というわけでもないけど、見合いをしてから一年ばかり附き合つて、まあ兩方で氣に入つて、いつしよになつた。僕が學校を出て三四年たつてからです。そんなふうな、先ず。……いつしよになつた後で、以前あれに好きな男が有つたことがわかつて、當座すこしゴタゴタしましたがね、それもしかし深い關係ではなく、現にもう、とうにその男は病氣で亡くなつていた。……で、ゴタゴタが過ぎると、僕とあれとの仲は、かえつてシックリするようになつて……。それから、十四五年、ズーッとまあ、可も無し不可も無し。極く普通の夫婦が經驗するような事を經驗してですね。子供が生れ、それから戰爭……私は二度召集を受けましたが、最初の時は、ちようど病後だつたので即日歸郷、二度目は終戰間ぎわで、二カ月ばかり兵舍にいるうちに終戰。家は戰災はまぬがれていました。……永い間にはいろんな事もありましたが、今から振り返ると、記憶に殘るような特別のこともない、まあ平々凡々ながら、どちらかといえば幸福な家庭だつたといえるでしよう。家族は多くて、時々うるさい事もありますけど、そうかといつて特別にどうという事は起きません。友人の附き合いも普通。そんな具合です。……仕事はいろいろやりました。法科をやつて、經濟の方にもいくらか頭を突つこみ――これでひと頃、小さな夜間の大學の講師をつとめた事もあります。何をしても、大して成功もしない代り、大して失敗もしません。今の會社では、まあ課長次席といつたところで、豐かではありませんが生活には、さして困りません。住んでいる家が自分の物で、その他に貯金がいくらか有ります。子供は二人とも丈夫で、そうですね、案外あれで出來が良いのかもしれない。すべてが、つまり、私はこれまでの生活に、これといつて特別の不足を感じていません。不足が有つても、これが世の常だと思つて、おだやかに諦めて、それで別に、苦しい事もなかつたんです。……それだけです。ウソは一つもいつていません。……そんなわけで、あなたの想像はみんな當つていません。私には動機がない。……
御橋 ……ふん。……神經衰弱だそれは。一種の恐迫觀念じやないかな。
熊丸 そうです。(アッケない程すなおな肯定)……考えて見ました。ふだん、しかし、僕は眠れないとか、固定觀念とか分裂症状とか、ないんですよ。特に頑健でもないけど、普通に健康です。普通に健康……實に飽き飽きするほど普通です、心もからだも。だから神經衰弱なら神經衰弱でもいいけれども、それならば、僕という人間の上に神經衰弱が起きたんじやなくて、僕が神經衰弱なんですよ。根こそぎ、僕というものがだな。
御橋 神さんや佛さんの、そいつは問題じやないかね? つまり宗教。信仰。そういつた事。そつちの方へ歩き出してる人じやないかな?
熊丸 そうですかね? そんな事、これまであまり考えた事はないんですけどねえ。
御橋 だつて君は、その寢ざめぎわに、死が自分の方へ來たといつたろう? 死の恐怖……つまり佛教やなんかでいう、一大事にほう着した。
熊丸 ……そうでしようか? ……いや、ちがうなあ。だつて私はふだんそんな事は、ほとんど考えないんです。人間は一度はキット死ぬし、死ぬ時が來れば泣いてもわめいても死ぬんですから、考えても考えなくても同じ事で、捨てて置けばいい。ズーッとそう思つて、それでやつて來れたんですよ。それが急に、まるで別の感じがしちやつた。死は死でも、いつものやつとは、まるで違うんです。……寂しくつて寂しくつて息がつけなくなるんです。
御橋 寂しいか。……うん、寂しい。……人生の空虚に耐えきれない。……年だ、そりや。人が、いや、ある種の人間が或る年齡まで來ると、不意に生きている寂しさに耐えきれなくなる事がある。つまり、それが一大事に逢着したんじやないかな? ……どつちせ、そいつは、宗教みたいな所へ行かなければ、どうにもならんのじやないかな。
熊丸 しかし僕は神も佛も持つちやいない。これから先きも信仰なんかには入れませんね。ハッキリそれがわかつているんです。どこまで歩いて行つても、そんなものは居ませんねえ。
御橋 神や佛ではなくても、もつとこの、安心立命とまあいつたようなものだね?
熊丸 さあ、どうですか。わかりませんね。大體、どこまで行つても行き着く所はないような氣がします。
御橋 果てのない道かね? なんだか恐ろしい事をいうなあ。
熊丸 恐ろしいんですよ。こうして歩いていても、ジッとしておれない。
御橋 しかし、君は僕よりも冷靜な顏をしているぜ。そいで……(いいながら熊丸の横顏を見ていたが、急にギクンとして立ちどまる)君は、ぜんたい――(フッと言葉を切る)
熊丸 ……?(これも立ちどまつて相手を見る)
御橋 ふむ。……(しばらく默つていてから)君は、俺を殺すんじやあるまいね?(ステッキを握りしめている)……うん?
(短い間。……あたりの靜けさ)

(そこへ、左方の行手からガタリガタリと音が近づく。二人が見迎えると、大型の荷車にカラの肥料桶をギッシリと並べて積んだのを引いてズボンにゲートルにジカたび、ハンテンをバンドでしめてお釜帽をかむつた中年の農夫が出て來て、ユックリと二人の前を通り過ぎて右手へ。通り過ぎながら二人を見るが、まるで眼の色を動かさない。ゴロゴロと音させて遠ざかつて行く……)
熊丸 ……(ほとんど錯亂してしまつた表情で、非常に不思議そうに、それを見送つている)
御橋 (フッと笑い出している)……この奧の仙川だとか、もつと遠くからも、市内へコエくみに行く。
熊丸 こんなにおそく――
御橋 おそいんじやない、早いのさ。宵のうちに寢て十一時十二時に起きて出かけるんだ。歩きながら眠つて行くよ。今のも眼は開いているが、グッスリ眠つてる。
熊丸 ふむ。
御橋 今、百姓は忙しい。からだを働かしている人間は、ああさ。つらい事だけど、つまらん事を考えたりしている暇はないから、極樂だともいえるなあ。……そういう事を考えてみたら、どうだろう? この世をむやみとむずかしく考える――つまり哲學的に見て苦しむのは、頭ばかり働かして身體に樂をさせるからじやないか? そのバランスが狂つているからだというんだな。つまり人間は、もつと動物に近づけということさ。トルストイなどもいつてる。たしかにそりやそうかもしれん。……もつとも、今さら俺たちの頭の運轉をとめるわけにやいかん。今さら俺たちは木と木をこすり合せて火を作つたりはできない。現に、そういつたトルストイ爺さんが自分の頭の運轉に追い立てられて、おかしなノタレ死にをしちやつたんだものね。フ! 結局、俺たち、二十世紀から後がえりは出來んだろうな。
熊丸 そう。……
(そして二人は、いつの間にか息苦しい見詰め合いから拔け出して、再び歩きだしている)
御橋 ……わからん。そうだ、僕にや、わからん。(以前の話の續きにもどつている)……いや、人生の空虚に耐えない――つまり、何を見ても何をしても、寂しくつてたまらんという奴なら、僕にもチットはわからんことはない。僕も四十を過ぎている。いくらか鹽はなめて來た。……二度ばかり――そうさ、正確にいえば三度、自殺をしかけたこともある。……死。そう……死ぬのは怖い。假りに八十になつても九十になつても怖いだろうと思う。最後の瞬間まで同じだろうね。……どんな思想や色や慾を持つて來ても防ぎはつかん。たとえばマルキシズムなどといつたものも、それを宗教的に信仰しちまえば別だろうが、信仰できない人間にとつては、ホントにイザという時には役には立つまい。つまり人間が進歩することに、よろこびは感じてもだな、そのうちに自分が死ぬ、人ではない此の自分がなくなる、そうなれば一切合切がなんだろう、まして人間の進歩が何だろうと思つてしまえばだな……そんなふうにしか思えない人間にとつては、マルキシズムだとか何とか一切の主義も幻みたいになる。……僕は時々、世間で非常にえらいといわれている人間の――特に自分の主義や信仰でもつて、百パーセントにガッチリ生きて來た人間の死ぬ瞬間をのぞいて見たいと思うことがある。たとえばローマ法王だとかスターリンだとか、そういつた連中のね。どんな姿をさらすかだ。ホントに安心して目をつぶるか、シマッタとあわてふためくか、それとも死にぎわの一芝居というんでコケオドカシの大芝居を打つか。見たいねえ。……僕などは、最後の瞬間までジタバタするように出來ている。しかたがない。……と思つているから、これはこれで、おさまりが附いている。いわば、これが俺の悟りだ。……だけど、寂しいのは、やつぱり寂しいね。……わかるつもりだ。しかし、君のは、それとも少し違うようだ。
熊丸 氣がちがつたんですよ、やつぱり。
御橋 ……そう、氣がちがつたというんだろうな普通は。しかし君は氣がちがつているんじやないもんなあ。
熊丸 もういいじやないですか。……あなたにとつて、こんな僕なぞ、どうでもいいじやないですか?
御橋 そうは思わん僕は。思えなくなつて來た。なぜかつて、こいつは君だけの問題じやないような氣もちが、だんだん、して來たんだ。どうせ、別れる所まではいつしよに行くんだ、たいくつざましに聞きたまえ。……(バラでポケットに入れておいたタバコを一本くわえ、熊丸にも與えて、ライタアをともして吸いつけ、熊丸にも火を與えてから)君は、さつき、自分がこんなふうになつたのは戰爭のせいじやないといつたね? しかしホントにそうだろうかなあ? ……なるほど、君の氣持は一時急に世の中がイヤになつた、はかなんだ、というような事ではないようだ。もつとも、そうだな、フフ、そうさ、起きた現象から見れば一時急にどころじやない、まるで電氣に打たれたように急すぎる――けどさ、本質的には、なんか違う。もつと、なんというか、時代とか社會とかに關係さして考えただけでは片附かない、もつと深いイノチとか生とか死とかだな、そんな所から來ている。……しかしだな、それが、今、つまり、今日、なぜ起きたんだろう? どうして昭和十五年でもなければ、昭和十八年でもなかつたのだろう? つまり僕のいうのはだね、君がそうなつたのが、戰爭前でもなければ戰爭中でもなくて、こうした敗戰の、なぜ、その直後だつたんだろうという事だ。
熊丸 なぜといわれても、さあ――
御橋 というのはだな、君は氣が附いてないかも知れんが、すくなくとも氣分の上ではだな、敗戰やその後の、こうしてガタガタになつてしまつた日本――いや日本と限らなくてもいいだろう――とにかく、この世の中の調子が、君に影響を與えたという事はいえんのだろうか? どうだろう? もしそうだとすれば、結局はそれも戰爭からいかれたためだと、或る意味で、いえん事はないのじやないかな?
熊丸 ……それは多少あるかもしれませんね。そうです。いわれて見ると、僕には近ごろ日本人が一人殘らずイヤでイヤでしようがなかつた。人間のような氣がしない。みんな。……ウジ蟲、ならまだいいが、とにかく、まるで意味をなさない、きたならしい、道理の聞きわけのない、それで慾ばかり深くて、猿! といいたいが、猿はもつとキレイな事をします。……踏みつぶしてやりたくなる。……ツバを吐きかけたくなる。……腹の底から輕蔑していましたね、なるほどいわれて見ると。そいで――ところが、人の事をそう思つているうちに、自分もそうだと氣が附きました。俺も、その、きたならしい仲間の一人だ。……それにヒョッと氣が附いたら、今度は、憎くなつた。そこらに居る人間がみんな。私もふくめてです。……憎惡ですね。自分も人も、憎惡せざるを得ない。そういう事なんだな、いわれて見ると。……今でもそうです。なるほど。(思わず立ち止つている)……なるほど、そうか。
御橋 ありがたい、すこし話が通じるようになつた。……それだよ! そこに君の原因があるんじやないかな? そして、つまり、それは戰爭じやないか。いや、戰爭というものを、なんだなあ、この、どの戰爭が正しくつて、どの戰爭がまちがつているとか、その他、そんなふうな角度から見るんじやなくてさ、戰爭全體をだな、人間というものが人間自身に對して犯した自己矛盾として見る、そういう見方もあろうじやないか。つまりだな、そこに現に生きている一人の特定のドイツ人を、どんなフランス人だつて憎んではいない。その逆もさ。つまり、殺し合わなければならない程、お互いに憎み合つている人間は、どこにも居ない。だのに戰爭を起す。起したとなると、互いに齒をむき出して一度に二千人三千人と殺し合う。……人間の愚かさかも知れんし、人間の歴史の運命みたいなものかも知れんが――とにかく自己矛盾だ。愚かさは初めからわかつているんだ。……ええと、俺は何をいおうとしているんだい? ……いや、そうなんだよ、君の原因はそれだ。わかる。僕も多少そうだからね。輕蔑と憎惡だ。しかし、君は、なぜ憎むんだね? 愛しているからだよ! そうだぜ! 愛さざるを得ないからだよ日本人を。愛さざるを得ないものを憎まざるを得ない! 憎まざるを得ないものを愛さざるを得ないんだ! それが戰爭だつた。いや、戰爭が俺たちに與えたホントの問題だ。君の問題も結局はそこにつながつている。そうなんだ! もちろん、答えは生れていない。この矛盾に答えを見つけ出すことが、實はこの世紀のだな、戰爭中も戰後も含めてのわれわれの課題なんだよ。君は、もつとハッキリ君の中を調べて見たらどうだい。問題を自分だけに限つてだな、自分だけの特殊の場合だとばかり思うのは、惡いエゴイズムだよ。
熊丸 そんな事は私には、わからんですよ。愛するなぞといわれても、とんでもない事のような氣がするだけだな。理窟じやないんです。理窟は僕にはわからない。それに僕のこんな氣持は戰爭後と限らないんです。戰爭中から、ズーッとなんですよ。どの人間を見ても、生きていても死んでも同じような氣がする。愛しているとか、愛さざるを得ないとか思つた事は一度もありません。政治とか道徳とか、そんな高尚な事なぞいわなくてもです、電車に一つ乘り降りさせても、道を歩かしても、他人の迷惑にならないようにやつている人間は、戰爭中からこつち、日本人には百人に一人も居やしません。事務を取つたり、商賣をしたり、役所の仕事をしたり、政治をしたりすれば尚さらです。家の中で、家族同志で、夕飯を食つている時だつてそうです。表面はとにかく、腹の中ではみんな猿のようにガツガツと慾張つて、齒をむき合つています。親子兄弟でも、友だち同志でも、先生も生徒も、國中のみんながお互いに信用しちやいない。……いや、そんなもんだと思つていたから、これまで過して來られたんだなあ、いわれて見ると。そうです。それが世の中だと思つていた。それが人間だと思つて、ごく若い時分から、そう思つて馴れつこになつて來た。
御橋 そうなんだよ。それが戰爭中から終戰後へかけて、世間も人間もこの調子なもんだから、君のうちのそんなふうなアクタみたいなものも、積りに積つてひどくなつていたんだ。それを君自身は知らずにいた。つまり無意識でいた。いるうちに、そいつが極限に近い所まで來ていた。そいつが不意にやぶけたんじやないかな? そんな氣がするが、どうかなあ? つまり、液體が一滴ずつコップに溜つていたようなもんで、それは知らない間に一杯になつていた。不意に、それが最後の一滴のためにあふれて、こぼれ出したんじやないだろうか? つまり、むつかしくいうと、永いこと君の中につもつて來た現實に對するニヒルが、戰爭から戰爭後のありさまで急に、生そのものについてのニヒルを引き起したんじやなかろうか?
熊丸 ……なるほど、ふうむ。……そうかも知れません。そういわれればそんな氣もします。たしかに戰爭中から、ことに終戰後にかけて、日本人がイヤなのが、ひどくなつていた。しかし、それも、世の中なんてこんなもんだとズーッと思つて……そうだ! いや、しかし、そうかな? ……ウーム。とにかく憎まざるを得ないというのはホントです。しかし、愛さざるを得ない――? 愛ですつて? そんな事はありません。僕はただイヤでイヤでしようがないだけです。自分もイヤなんですよ。僕は自分も憎んでいるんです。それがあなた、人を、日本人を愛する……そんな――
御橋 自分が地球といつしよに自轉していることが見えなくつたつて、自分は地球といつしよに自轉しているという事があるね?
熊丸 ……とあなたがそう思つているだけで、あなたもそれを見たわけじやないでしよう?
御橋 自分の持つているものを人間は全部知つてやしないよ。
熊丸 ですから、――ということを、あなたは、どうして知つているんです?
御橋 コンニャク問答をするのは、よそう。默つて聞きたまえ。僕の獨斷として置いていいよ。僕はそう思う。早い話が先刻寢ていた女ね。彼奴のいつたことがもしホントだとすれば、ありや子供の所へ行く氣で、ヒモの男の所から、もう何度も逃げ出してるよ。ヒモの男が憎いんだよ、あの女は。そいで逃げられない。ヒモにしばられているからじやない。自分にしばられているんだよ。自分が、ヒモの男に惚れているからさ。憎い奴に、惚れているんだよ。ウガチすぎた話かも知れんけどね、あの女の場合がそうかどうか、あれだけじやハッキリした事はわからない。けど、そういう事も世の中にはあるということさ。……君の場合はたしかにチョットちがう。それに、もつと手ひどく來ている。いつて見れば深刻だな。……しかし、その關係は似ているんじやないか? 君にとつて愛さざるを得ないものを、君は憎まざるを得なくなつているんじやないかね? その愛のところが君に見えないだけじやないだろうか? 僕は抽象論を、空言を弄しているんじやない。おぼえて置きたまい、君はそうして家を出て、どこへ行くものか。豫言しておく俺が。グルッと廻つて、又、もどつて來るよ。いや、君の家でなくてもいい。日本へだな。日本を出て、そして日本へ歸つて來る。そして……それでいいさ。(いい切つて、だまつてしまう)
(二人しばらく無言で歩く)
熊丸 安心立命。あなた、さつきいいましたね? ……そいつは、悟りといつたような事ですか?
御橋 そうもいえるだろうな。
熊丸 そんなものが有るんでしようか? いえ、人間にそんなものが――?
御橋 あるらしいね。
熊丸 らしい――?
御橋 うむ。……或る種のしあわせの良い人がそいつを手に入れるようだよ。器量というか、器量のすぐれた人がだな。しかし俺なぞ縁がない。どこまで行つても悟れんなあ。そういうごうだ。どこまでもフラフラ迷つて歩く。……だから、トウに自分の事を思い捨てて、迷つてもよい、しかたがないと觀念している。……そして、それが俺の安心立命だ。……舟はゆれるもんだ、波が動いているから。舟に乘つている自分もゆれる。無理にゆれまいとすると、醉うよ。……舟といつしよにゆれるさ。ゆれているのが、安定してるともいえる。いや、いえるいえないじやなくつて、そうなんだから、しかたがない。他のようには在り得ない。つまり絶望だよ。それが俺のニヒリズム。……こつけいな事に、こんなふうに思つてしまつて、氣がついて見ると、自分の状態が、そんなことをまるきり考えなかつた前と同じだという事だ。これも又、出かけて戻つて來た、つまり囘歸だね。……ただ、出かける前とは、すこし違つている。どこがどうともいえないが、まあ、舟も俺もゆれてるなと思つて、スナオに受けていられるようになつた。だから、同じ醉うにしても、今度は醉つていながらユックリ飯も食えば星も眺められるようになつてる。まあ、それ位の所だなあ。
熊丸 わかりました。いや、あなたのなにが、すこしわかるような氣がする。……そうですか。その、醉つている最中でしようかね、僕など。……ふむ。……いや、戰爭中、禪宗の寺に行つて、そこに坐つている人を見て妙な氣がしましてね。それから、何だろうあの禪なんていうものはと思つて、いろいろ自分流にせんさくして見ましたけどなんにもわからなかつた。……すると、なんですか、あなたのそういつたなには禪などにも關係ありますか?
御橋 ないね。禪もチットやるにはやつたけど、こつちがダメで、まるで脈がない。ヘタをすると野狐になる。よしちやつた。それに、俺には、つまらないんだ、あんなもの。……下々の下根の生れつきでね。だから、こんな自分の考えも、しかたなく、自分のからだで、そこら中はいずりまわつて手に入れただけだ。手に入れたというよりも、とにかく、やりきれんものだから――君のいう人生に耐えるための思辨かね――考えというよりは、からだが一人手にしぼり出した汗みたいなもんで、つまり、出たとこ勝負だ。そう、俺は、いつでも出たとこ勝負だよ。……フフフ(自嘲の、しかし快よい笑い)實はねえ熊丸君、白状するが、僕は君に向つてこんなえらそうな事をいつていながらだな、さつきから、實は、俺もひとつ此の足で君といつしよに、君の行く所へついて行つて見たいような氣がしているんだよ。僕にも妻子がある。仕事がある。そんなもの、みんな打つちやつてだね。なあに、しようと思えば、僕には、なんでもなく、それが出來る。ホントに行こうか、いつしよに? ……君とはチョットちがつた氣持からだけどね。それはつまり――日本は、ここんとこで、ぶつこわれたねえ? ガラガラ、ガッチャン。積み上げて來たものが、みんなひつくりかえつた。……もとのように築きあげることは多分もう出來まい。それでいいという見方もあるし、それではいかんという見方もある。そんなこと、どうでもいいさ。ただ築いたものが叩きこわれても、それののつていた地面は有る。人は生きて行く。生きて行くからには、地面には立つてなくちやならんだろう。どうして立てるか? それさ。……それには、考えて見たり議論をして見たりしてもダメらしい。歩いて見ないじや。日本人は日本を歩いて見る必要がある。歩くという事がどんな事だか君知つてるか? ……歩くには身一つでなきやならん。よけいな物は持つておれん。全部捨てる。ハダカだ。ハダカで日本の自然と日本人の中を一歩々々見つつ、味わいつつ、觸れつつ過ぎること。そんなものがその人間を洗い上げて行く。同時にその人間の中に、日本のホントの姿と生命が積み上げられて行く。百里歩けば百里だけ、奴は日本人になる。當人にとつては、そういう事が起る。一方、この男が通り過ぎて行く人々にとつては、どんな事が起きるかというと、通り過ぎて行くこの男を一本の線として、あちらの人とこちらの人、この村とあの町とが結ばれる。つなぐ糸になるんだその男が。自分ではそれと知らないでね。……そういう事だ歩くというのは。だから見たまい、人間が弱つちやつた時、國がメチャメチャになつた時、文化が叩きこわれた時、その他人間全體の調子がダメになつた時には、知らん間に人は、みんな歩き出しているよ。それと意識しないで、本能的に歩き出しているんだ。歴史を見よう。キリストさんや、オシャカさんは、もちろん歩いてるね? むしろ歩く一生だつた。ダヴィンチが歩いた。カルヴィンやルーテルが歩いた。學者も歩いてる。中國のえらい奴、孔子にしたつて老子にしたつて、歩いてる。ガンジイさんも歩いた。日本でも、柱になつた人は、あちこち歩いてる。大昔では大國主のみこと、聖徳太子――そいから俺たちの知らないたくさんの人たち。だから書紀の類や古事記、それから萬葉と、すべてあれらは一種の旅行記だ。近世では西行や芭蕉や、そのほかのえらい奴等。みんな歩いた。わけもなしに家を飛び出してテクテク、テクテク。芭蕉がうまい事をいつている、「そぞろ神の物につきて心を狂わせ、道祖神のまねきにあいて、取る物手につかず」……そうなんだ。神の物につきて。何か、深いエイ智みたいなものがさせる氣ちがい沙汰。……そしてそれが日本を救つた。宗教を救つた。文化を救つた。當人はただ、つかれてした事だ。自分では知らん。また、自分で自分のことは救えたか救えなかつたか、それはわからん。しかし大きなものを救つた。……西洋でもそうだが、特に、こいつは日本なんだな。日本だ。つまり出家というのが、それだ。出家。出離。全部一切合切捨てる。スパッと、ほうり出してしまう。そして、もつと大きな全部を手に入れる。日本は良いんだぞ君! 日本は戰爭で全部失つた。失つたが。もしかすると、俺たちのやりよう次第でそのうちに、もつと大きなものを手に入れるかも知れない。領土だとか、そんなもんじやない。もつと、もつと、この――そう思う。捨てたもんじやない……君も、或る意味でそれかも知れんね?
熊丸 僕はただの氣ちがいに過ぎません。
御橋 ううん、そりやそれでいいよ。話がさ。君はそれほどえらくない。ただのチッポケな氣ちがいのようだ。しかし、日本人みんな、今氣ちがいになつて、なにもかも打つちやつといて、トコトコ歩き出して見る必要があるんじやないかな? そうすれば仕事をする人間が居なくなつて世間が困るともいえるが、なあに、困つたつていいじやないかな? そんな事あ大した事じやない。捨てろ。一舉に。全部を捨てて、飛び出せ。……それが日本だ。それが東洋だ。東洋の生き方のエイ智だ。偉大だよそれは。……そして西洋でも偉大な奴は、よく、そうしている。不思議だ。……一切を捨てて、一切を掴む! ……そんな氣がする事があるんだよ。それさ、僕が君といつしよに行つて見ようかと思うのも。……フフ。しかし、僕は行かない。そう思いながら、行かない。俺は、此處で、よごれ切つた、なまぐさい所で、アクセクして生きる。俺は逃げない。それが俺の旅だ。俺は逃げられない。俺の牢屋が俺の旅なんだ。俺は俺の地獄の苦痛の中で幸福なんだ。ウソはいわない。俺はこのままで幸福なんだよ。俺は君じやない。……つまり、僕は、僕なりに、トックの昔から歩いているともいえる。僕は、もしかすると、君よりも迷い歩いている人間かも知れない。……そうさ、君は行きたまい。しかたがない。それでいいのかも知れない。……(寂しい寂しい調子)
熊丸 ……(しばらく前から相手の言葉をほとんど耳に入れていない。街道のあちらを見、こちらを見つつその邊の何かを確かめようとする風で歩調がのろくなつているが、この時、街道に直角に交つている道路の角の、街燈の下に近づき、立ち止つて、こちらをジッとのぞき込んで見る)……
御橋 ……どうしたの?(すこし行き過ぎて、立ち止る)
熊丸 ここだ。……
御橋 なんだよ?
熊丸 ……松澤病院でしよう、この突き當りが? おぼえが有る。
御橋 そうだよ。おぼえ? すると、なにか、君あこの――?
熊丸 ……(微笑)一昨年、僕の中學時代からの友だちで杉本というのが此處に入院する時に、私がつれて來たんです。
御橋 そう。……
熊丸 非常な秀才でしてね。交通史の研究では間もなく一方の權威だろうなんていわれていました。あちこちの大學の講師をしていて。不意に變になつて……
御橋 ……バイドクかなんか――?
熊丸 そうじやないといいましたね。發病の原因は、わからずじまいでした。氣だての良い、まじめな男でしたよ。境遇も別に惡くありません。家庭も健康なもんで。それが、一年ばかり前から時々、歴史というものは結局ホントの事はわからんものだといつていました。どうして? と聞きますと人間というものが、よくわからんというんです。その人間が歴史を作るんだから、歴史はわからん。……しかし、それも學究的なおだやかな疑問を洩らしているという程度で、どういう點から見てもそんな事になろうとは思えない位の事で。……それが急に、口をまるきり利かなくなつてしまつたんです。オウシになつたように妻君にも一言もいわない。醫者は何とかつていいました。そこで此處に入院させましたけど……半年ばかりで死にました。死ぬ二三カ月前から、自分のクソを自分で食つてしまうようになりましてね。……石ころのように默つたまま、うまそうにそいつを食つている。
御橋 ふーん。
熊丸 ……(ジーッとこちらを見ていたのが、二歩ばかりこちらへ歩んで來る。しかし又立ち止つてチョット何か考えていてから、なつかしそうな微笑を浮べて、こちらへ向つて輕く頭を下げてから、ユックリともとの街道を左手へ、御橋の後へ歩き出す)……ああはなりたくない。……いや、ホントにああなれたら、かえつていいかな? ……だが半分だけあんなふうになつて、時々頭がハッキリして、自分のしてることがわかつたら――? すると……クソが、うまい……
(二人、又しばらく何もいわず歩む)
御橋 ……(沈んだ靜かな口調で)そいで君は、甲府へ行つて、何か當てがあるの?
熊丸 ……甲府の町はずれに、遠縁にあたる男が一人います。……ひとまず、そこへ行つて、それから後は又その時で、どつかへ行くか……いや、さつきからあなたの話を聞いていて、このまま家へ戻ろうかと、よつぽど思いました。……同じ事のような氣もします。それに、なにかしら、僕のこんな氣持もホンの一時の氣まぐれに過ぎないようにも思いました。つまり、これまでやつて來れたんだから、これからもやつて行けない事はない。そんな氣もして來ました。……しかし、やつぱり、甲府へ行つて見ることにします。
御橋 ……遠縁の人というのは、どんな――何をしている人?
熊丸 四五年會いませんが、トウフ屋をしている筈です。
御橋 トウフ屋?
熊丸 もう、いいかげんの年よりで。もと、修驗者――山ぶしみたいな、あれです、――を永いことをやつていたようですが、途中でどうしたのか山をおりてトウフ屋になつた……いえ、變つたような所はまるでない、ごく普通の人です。第一、學問も何もない、ハガキもロクに書けないような人で。これまでに、格別目立つたことは何一つしでかさなかつた人間です。修驗をやめてトウフ屋になつたのも、人間には修業よりも食い物の方が大事だ、それには、なるべく安あがりで、榮養分のあるものを作ること、それでトウフだ、といつたような簡單なことでトウフ屋をはじめただけで、うまいトウフを作つてよそよりもいくらか安く賣つているそうですけどね。今では何か協同組合といいますか、十四五人の人間が株主になつて、それがみんな働らくといつたような形でやつてるそうで。自分もその一人で働らいています。ボソッとしたおやじさんで、會つてもべつに何もいいません。……その人に、どういうわけか、しきりと會いたいんです。平凡なところが良いのかしれませんね。ただ一目、顏を見て、それからどうするか……まあ行つて見た上で――
御橋 そう。……君もそこでトウフ屋の一人になつて働らけるようにでもなると、いいけどね。
熊丸 そうですね。……だけど、どうですかね。……多分またフラフラどつかへ行くんじやないですかね。
御橋 人の事のようだね、まるで。ハハ……(笑いは明るいが、しかし滅入るように寂しい)いいさ。もしそれから、どつかへ行くんだつたら、一度なるべく早く、奈良へ行つて見ないかね。いや、かくべつの理窟はない。行つて見たらいい。これまでに行つたことある?
熊丸 いえ。
御橋 奈良にはいろんなものが有る。みんな日本のエキスみたいなもんでね。それが、かたまつて有るんだ。日本が在るともいえる。美術とかなんとか、そういつた意味だけでなく、もつと深い意味の……是非行つて見なさい。すすめる。
熊丸 はあ。……(氣がない)
御橋 ……(そのへんの街道の樣子に目をつけて)ええと……僕はここからこつちへ曲る。(アゴで左方をさして、立ちどまる)
熊丸 ……そうですか。(これも立ち止つている)
御橋 どうだね、僕んとこに寄つてメシでも食つて行つてくれるか?
熊丸 いえ、いいんです。
(二人がそうして、互いに相手の姿をシミジミと見ている……間)
御橋 ……(内ポケットからウイスキイの小びんを取り出し、なかみを街燈にすかして見調べてから)まだある。持つて行つてくんないかな。ほかに何もない。
熊丸 いいですよ。
御橋 ……そうだな、ここで飮むか? (コップになつたフタを開けて、そのフタを熊丸に渡そうとチョットするが、やめてポイと捨てて、先ず自分で小びんからラッパ飮みする)う! ……(ビンを熊丸に渡す)おやんなさい。
熊丸 ……(御橋の顏をジッと見ていたが、默つてこれもラッパ飮みする)
御橋 (それを見ながら)君は、そいで、しかし、途中でノタレ死にをするかも知れんね。……それも、しかたがないようなもんだなあ。
熊丸 ……(ビンを相手に返しながら)ありがとうございました。……あなたに、こうして會つたこと、忘れないでしよう。
御橋 僕も、そうだろう。……(又ひと口飮んで、再びユックリとビンを相手に渡しながら)縁というものは有るなあ。どうして、こんな、君と僕とが、こんなことで、逢わなければならなかつたんだろう? そんな氣が君はしませんかね? (熊丸がウイスキイを飮みながら、うなずく)變なもんだ。……(沈んだユックリした調子で)こいで、お別れで、又いつ逢うか、……もう逢わんかも知れん……で、もう一度、最後にいうが、熊丸君。……いや、實に平凡きわまる、自分で今までいつた事をキレイにひつくり返してしまうような、常識をいうけどね、通俗小説式な。どうだろう、君は此處で思い返して、家に歸りませんかねえ? 惡いことはいわん。そう出來ないかなあ? 今さらバカな事をいうと思つたら、笑いたまい。シンからいつてる僕は。
熊丸 ……(御橋を永いこと見つめている。そのうちに、これも低い聲でポツンポツンと)よくわかります。あなたのおつしやる事は。……邦子もかわいそうです。……子どもたちもかわいそうです。……母も、そいから、みんなかわいそうです。……わかるんです。……だけど、僕は戻つては行けません。……戻つて行つても、一刻も耐えきれないだろうと思うんです。……それだけはハッキリわかつているんで……とにかく……とにかく甲府へ行つて。……すみません。
御橋 ……そうだろうな。多分、無駄だろうとは思つていた。……いいさ。……そいじやまあ。(ウィスキィを飮んで、ビンを熊丸へ)もういつぱいどう? ……いやね、僕は人間の言葉というものを信じない男でね。芝居や小説を書くのを仕事としていながら、言葉を信じない。すくなくとも言葉だけを信じるという事は出來なくなつている。言葉は眞實をあらわすこともあるが、それよりも眞實をかくす時の方が多い。だから、芝居や小説をいつまでも書いておれるのかも知れないが。……だからこうして、歩きながら僕が君にいつた言葉だな、それから君が僕にいつた話、それが僕や君のホントの事をいつたものかどうか、わからん。……つまり、君がそうやつて行く氣持のホントの所は、僕には、わからんのだといえる。二時間や三時間話し合つたつて、お互いにわかり合えるもんでもない。……そんなもんだ、人間なんて。……それでいい。……だから、ただ僕は夜の甲州街道で、一人の變な男に會つて、しばらく道づれになつて、二つ三つ世間話をしたということで、君と別れますよ。ハハ、いいだろう?
熊丸 [#「熊丸 」は底本では「 熊丸」](これも笑つて)……けつこうです。(ポケットに入れていた切花に氣がついて、取つて捨てようとする)
御橋 それ、もらつて置こう。
熊丸 そうですか。……(渡す。そしてチョット考えていたが、リュックを肩からはずし、ヒモをゆるめて手を突つこんで中をさがし、白サヤの短刀を取り出し、差し出す)ついでに、これを貰つてください。
御橋 うん? (相手の顏を見る)
熊丸 どういうんだか、そんな物を入れて、――
御橋 ……貰つとこう。ありがとう。(短刀の事であると同時に短刀の事ではない。……サヤを拂つて、光つた刀身を見る)
熊丸 ……(ウイスキイのビンを返す)みな飮んでしまつて。……そいじや――(左手へ歩き出している)
御橋 (短刀をサヤにおさめて)ああ、氣をつけてね。……(立つて熊丸を見送つている。左手に短刀と花とステッキ、右手にウイスキイのビン)
(熊丸の姿が、左手につづいている街道の闇にのまれて行く)
御橋 さようなら。
熊丸 ――(オーともアーともつかない長く引いた聲を出す。さようならといつているのかもしれないが、言葉は聞き取れず、かすれた叫び聲が、けだものの咆えるように尾を引いて聞える)
御橋 ……(それをジッと聞いている。聲がやむ。あとに深い靜けさと、四方の闇だけが殘つている。しばらくジッとしていたが、口の中でフといつて、右手のウイスキイの空ビンに氣附き、見ていたがやがてそれを熊丸の去つた方向の夜空へ向つてビューッと投げる……短い間が有つて、その方角の遠くから微かに、それが何かに當つてバリン! と、粉みじんにくだけた音……)
(それを聞きすましてから、左方へユックリと歩き出している)





底本:「三好十郎作品集 第二卷」河出書房
   1952(昭和27)年11月25日初版発行
初出:「群像」
   1950(昭和25)年2月号
※記号間の空きの有無には、ばらつきがありましたが、底本通りにしました。
※「飲」と「飮」、「廻」と「※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)」の混在は、底本通りです。
入力:青空文庫
校正:青空文庫
2011年2月2日作成
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