奪われてなるものか

――施療病院にて――

今野大力




君はおれの肩を叩いてきいてくれる
君は親しげなまざしでおれを見る
おお君はいつもおれの同志
おれたちの力強い同志

しかしおれには今
君の呼びかけたらしい言葉がきこえない
君はどんなにかあの懐かしい声で
留置場からここへ帰って来たおれに
久方ぶりで語ってくれたであろうに
おれには君の唇の動くのが見えるだけだ
パクパクとただパクパクと忙しげな
静けさ、全く静けさイライラする静けさ
扉の外にっていたパイの跫音あしおとも聞えない
何と不自由な勝手のちがった静けさか

音響の全く失われたおれの世界
自分の言葉すら聞えず忘れてゆこうとしている
おれは君と筆談だ、君は書く
――おれたちは来る六月十九日の文化連盟の
拡大中央協議会を攻撃の中に開催すべく闘っている。
よし君の言うのはわかる
――おれの耳を奪ったのはあいつ××だ
おれは奴らのテロで耳を奪われたが
××は腕を折られた、足腰も立てなくなってる。
――そうだ奴らはおれたちの側の耳を奪い
手足までも奪ってしまおうとしているのだ
おれたちはそれを奪い返そう
引ったくってやろう
奪われてなるものか
それが後に残った者達の重大な仕事だ。

おれは耳を奪われたしかし
君の文字が伝えてくれるおれたちプロレタリアの側の熱意が
こんなにハッキリわかるのが実にうれしい
おれには何時いつ知らず熱い涙が目尻めじりを流れていた
――おお おれたちの同志しっかり!
おれもやるぞ!
(一九三二年六月作『文学新聞』同年七月十五日付に発表)





底本:「日本プロレタリア文学集・39 プロレタリア詩集(二)」新日本出版社
   1987(昭和62)年6月30日初版
底本の親本:「文学新聞」
   1932(昭和7)年7月15日
初出:「文学新聞」
   1932(昭和7)年7月15日
入力:坂本真一
校正:雪森
2014年5月14日作成
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