百姓仁平

今野大力




何つう病気だか知らねいが、
俺家おらえのたけ子病気だどって帰って来た
何でも片足だけは血が通わねえんだって
そしてくさりこんでさ
うみが出て うみが出て、
血の通うところまでぶった切って
生れにもない片輪になりやがって
二十一の働き盛り 嫁盛りに
何つうこった
俺あ口惜くやしくて涙も出ねい
たけ子の野郎奴は
ロクすっぽ金も持たずにおんだされて来やがった

どうすべか
いい考えもありやしねい
ああ俺は口惜しくてなんねい。

それにさ
此処ら辺は去年の早霜で
五段の蕎麦そば畑から三俵の収穫だ
米粒なんぞあ拝みていたってありやしねい
毎日まいひ毎日馬鈴薯ごしょいも燕麦えんばくばかり
燕麦なんぞ馬糧ばりょうだに、
何つう地獄だ、何つうどぶ底だ。
神でも仏でもつら見せろ!

俺あだまされた
三年経てば地主様だの
五年経てば立派なお百姓だのと
ああ 俺あ口惜しい
どうしてくれべに
畜生!

俺あきいたぞ、俺あ覚えていんぞ、
地主の野郎こそとんでもねえ泥棒だに
俺あここで七年が間
ほんとに辛い
胸一杯の辛さ 悲しさ 口惜しさこらえて
骨身を肥料こやしに働いて来たに
残ったものは何にもねい
老爺じじ老婆ばば
貧乏と 意地張りと
病気の娘っ子とちっちゃい息子

俺あんだ
朴直の 謹直の 実直のと
ちゃんちゃらおかしいや
なんぼだまそたって騙されるもんけい
俺あ考えていんぞ
俺あ屹度きっと、えい屹度、
あいつをぶちのめすんだ
咽喉笛のどぶえ、首っ玉さ噛りついてさ
暴れてくれべと思うんだ
えい畜生! 泥棒やろ!
おぼえてけつかれ!
(『文芸戦線』一九三〇年五月号に「百姓仁平は起つ!―北海道××村争議団へ―」と題して今埜大力名で発表『今野大力・今村恒夫詩集』改訂版を底本)





底本:「日本プロレタリア文学集・39 プロレタリア詩集(二)」新日本出版社
   1987(昭和62)年6月30日初版
底本の親本:「今野大力・今村恒夫詩集」新日本出版社
   1985(昭和60)年4月改訂版
初出:「文芸戦線」
   1930(昭和5)年5月号
※初出時の表題は「百姓仁平は起つ!―北海道××村争議団へ―」です。
※初出時の署名は「今埜大力」です。
入力:坂本真一
校正:雪森
2014年5月14日作成
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