春の丘を超えて歩んで来た息子の母は
慈愛にみち
春の大地のように
ふくふくとめぐみにみちていた。
母よ
あなたは歩んで来た
夏を超えて
秋を踏んで
冬の野をふみこえて
春の丘へ辿って来たあなた
その時だけはさすがに幸福そうだった そして
あなたは息子を生んで又歩き出した。
母よ
あなたはもう昔のように
幸福の花を路傍に見ることは得ない
今日もあなたは歩いているが
その路はもう二度と
踏み戻っては来ない路だ。
あなたは工場へ歩いて行く
藁工場ではささり込むような
いがらっぽい呼吸が出て
あなたの呼吸器管は日に日に衰えて行く
夜、
あなたがあの幸福の日に生んだ
息子は今年二十二だ
軍人になる資格をもたされて
徴兵という命令をうけたのだ
やがて
あなたは
知らないことが幸福だとも
不幸だとも知ってはいまい。
母よ
息子の生命がどんな所で
どうして殺されてしまったのか?
屍はどこへ片付けられてしまったのか?
知る筈もない
ただ冬枯れの木肌のような手をあげて
涙をぬぐってもぬぐっても
その心臓がパサパサと
灰のように乾燥でもしない限りは
流れ止まぬであろうよ
母よ
あなたが歩んで来た路を
また幼いあなたの娘が
春の花咲く緑の丘の方へ
辿っていることを知っているか
そして娘もやがてはどんな日を迎えることか
娘があなたと同じように工場に働いて
好きな男と一緒に生活を初め
子供を生んで育てようとも
娘はよろこびを知らぬ機械の附属でもない
息子は彼等が
われらにも また春は花咲き
緑の野辺は広々として蒼穹の下までひろがる
われらは
われらにもあるよろこびの世界と
われらがボリシェビイキの春を信ずる
母よ