幸福を

今野大力




おお我胸の苦しさよ
幸福は失われた
おおそうだ、幸福は
輝き渡るかなたの山より
朝日の出づると共に
潮のように寄せて来た
然し幸福は私の手元にいる事を拒んだ、又引潮のように
夕べには次第々々に失われていった
私は考えている
失われた幸福の
私を避けた理由を
私は青ざめている
不幸にみいられて
苦しい事もかなしい事も
みんな私をなやませて
一息の安らかな
呼吸さ(ママ)あたえられない故に
私は自分自身で
幸福に強い鞭をあたえた
幸福よ、私のために
大きな幸福であってくれと
そして私は旅に出ようと考えた
遠いかなたに、幸福の泉がゆるやかに湧きあがっていると思ったから
けれども私はゆかれなくなった
そこで私のからだは
前へも後へもゆかれず
幸福は失われ
苦しいなやましい胸を抱いて
いるばかり――
ああ私は幸福と闘った
そして敗北してしまった
今はもうあの皇帝の末路の様に
あわれなひとりになってしまった





底本:「今野大力作品集」新日本出版社
   1995(平成7)年6月30日初版
初出:「旭川新聞」
   1923(大正12)年6月25日
入力:坂本真一
校正:雪森
2015年1月16日作成
青空文庫作成ファイル:
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