長ぐつの話

小川未明




 あるところに、かわいそうな乞食こじきがありました。
 さびしいむらほうから、毎日まいにちまちほうへ、ものをもらいにされました。けれど、ちいさなあしには、なにもはくものがなかったのです。子供こども跣足はだしで、ながいしころのおおみちを、とぼとぼとあるかなければならなかったのでした。
 なつあつのことであります。おもてかわいて、いしは、あつけていました。しかし子供こどもは、あしになにもはくものがなかったので、そのうえ跣足はだしあるいていました。とおりすがりのひとたちは、このかわいそうな乞食こじきましても、やさしいこえひとつ、かけてくれるものはありませんでした。
 乞食こじきは、きたならしいふうをして、だれもとおらない、日盛ひざかりごろを往来おうらいうえあるいていたのです。すると、あたまうえで、つばめがいていました。電信柱でんしんばしら往来おうらい沿って、あちらまでとおくつづいていました。そして、そのさきは、あおい、あおい、そらしたえなくなっていました。
 そのはしらはしらあいだには、幾筋いくすじかの電線でんせんがつながっていました。そして、そのほそ電線でんせんにさらされてひかっていました。
 つばめは、幾羽いくわとなくならんで、電線でんせんまっています。そして、いていました。乞食こじきは、ふとおもわずまってうえあおぎますと、つばめは、みんな自分じぶんいていましたので、これは、とりまでが、自分じぶんをばかにするのかとはらをたてました。
 子供こどもは、あしもとの小石こいしひろって、とりらにかってげました。つばめは、おどろいて、みんな一ちました。子供こどもは、しばらくたたずんで、つばめのほうをながめていました。
 翌日よくじつも、またあつでありました。子供こどもがちょうど、昨日きのういしひろってげつけたところにきますと、またもつばめがたくさん電線でんせんうえまって、いていました。今度こんどは、すこしみちからはなれたうえいていました。ちょうどそのしたには汽車きしゃ線路せんろがあって、土手どてがつづいていました。土手どては、ここでは往来おうらいせっしていましたが、やがてみちからとおはなれて、あちらへいっていたのです。
 子供こどもいしひろって、わざわざ線路せんろほうまで、のあぜみちつたわってゆきました。そして、いしをつばめにかってげようとおもったのです。
 けれど、子供こどもは、つばめのいているのは、自分じぶんをばかにしてくのでないということをこころかんじました。
 そのこえは、なにかしきりに、自分じぶんかって、げようとしているようです。子供こどもは、つばめがまっている、した線路せんろのそばをました。すると、そこには、はきふるした、ぼろぼろにやぶれたながぐつが一そくててありました。
 子供こどもは、「これだ! つばめが、おれに、くつのちていることをらしてくれたのだ。」と、ふかこころ感謝かんしゃしました。
 子供こどもは、さっそく、そのながぐつをひろってはいたのであります。それは、多分たぶん工夫こうふかだれかがはいて、もうふるくなってやぶれたのでてたものとおもわれます。
 大人おとなあしにはいた、ながぐつでありましたから、乞食こじき子供こどもがはくと、あし全部ぜんぶが、うずまってしまいそうにみえました。しかし、なにもはかずに、このけるような石塊いしころおおみちあるくよりは、どんなに子供こどもにとって、くつをはくことがよかったかしれません。そればかりでなく、子供こどもは、まれてから、はじめてくつというものをはいたので、めずらしくてしかたがありませんでした。
 おおきなくつを、ひきずるように、往来おうらいまちほうかってあるいてゆきました。
 まち人々ひとびとは、みんなこの子供こどものようすをかえりました。しかし、わらうものはすくなかったのです。
「どうせ、乞食こじきだもの。」とおもっていたので、かわいそうとも、おかしいとも問題もんだいにしなかったほど、冷淡れいたんでありました。
 しかし、田舎道いなかみちとおると、むら子供こどもらはをたたいてわらいました。
「やあい、このお天気てんきに、ながぐつなんかはいているやあい。」とさけびました。そして、ぞろぞろあとからついてきて、わらったり、またいしげたりしました。
 乞食こじきは、しくしくきだしました。まちへいって、みんなに冷淡れいたんにされているほうが、まだよかったようにおもいました。
 きたならしいふうをして、ながぐつをはいた子供こどもは、やっとのがれてむら子供こどもらのついてこない小川おがわへんまでやってきて、そこにってしばらくいていました。
 このいじらしい姿すがたたものは、ほかにだれもありません。ただ、なかあそんでいたかえるらばかりでありました。
 かえるらは、かわいそうな子供こどものために相談そうだんしたのです。
「どうか、むら子供こどもらが、子供こどもてもわらわないようにしてやりたいものだ……。」
 こういって、いろいろはないましたが、ついに、あめらせるにかぎるということにかんがえつきました。
 ほんとうに、よくそられわたっていて、一ぺんくもすらなく、あめりそうなけはいはなかったのです。それをどうかして、あめらせようと、かえるらはおもったのであります。
 たくさんなかえるは、なかや、あぜのうえで、そらかってきはじめました。また、あるものは、ちいさなのぼって、すこしでもおおきく、太陽たいようみみうったえがきこえるように、きたてたのであります。
 晩方ばんがたまで、根気こんきよくかえるらはいていました。すると、いままでえなかったくもかげそらうごきはじめました。そして、ひかりが、だんだんかげってくると、そのよるから翌日あくるひにかけて、大雨おおあめつづきました。
 やがて、あめれました。けれど、田舎道いなかみちには、みずがいっぱいたまっていました。その乞食こじきは、ながぐつをはいてみんなのまえ威張いばってとおることができました。





底本:「定本小川未明童話全集 3」講談社
   1977(昭和52)年1月10日第1刷
   1981(昭和56)年1月6日第7刷
初出:「時事新報」
   1923(大正12)年8月26日
※表題は底本では、「ながぐつのはなし」となっています。
※初出時の表題は「長靴の話」です。
入力:ぷろぼの青空工作員チーム入力班
校正:本読み小僧
2014年4月23日作成
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