泣きんぼうの話

小川未明




 あるところに、毎日まいにち、よくがありました。そのようといったら、ひい、ひいといって、みみがつんぼになりそうなばかりでなく、いまにもが、あたりにつきそうにさえおもわれるほどです。
 その近所きんじょ人々ひとびとは、このくと、
「また、きんぼうが、きだしたぞ。ああたまらない。」といって、まゆをひそめました。
きんぼう」といえば、だれひとり、らぬものがなかったほどでありました。
 こんなきんぼうでも、おばあさんだけは、るほど、かわいいとみえて、きんぼうのあとから、どこへでもついてあるきました。
「いいだからくでない。そんなにくと、がみんなあたまのぼってしまって大毒だいどくだ。みなさんが、あれ、あんなにわらっていなさる……さあ、もう、いいだから、かんでおくれ。」と、おばあさんだけはいいました。
 そんな、やさしいことをいったくらいで、きくではありませんでした。
 あるのこと、往来おうらいうえで、なにからないことがあったとみえて、きんぼうは、しました。おばあさんは、また、おおきなこえしてはこまるとおもったから、
「なにがそんなにらなかったのだ。いっておくれ、なんでもおまえのるようにしてやるから。いいだから、もう、そんなにおおきなこえしてかないでおくれ。」と、あとから、子供こどもについてあるいて、おばあさんはたのみました。
 きんぼうは、やさしくいわれると、ますますからだすぶって、そらいて、両手りょうてをだらりとれて、かおいっぱいにおおきなくちけてしました。いがぐりあたまにさらしながら、なみだひかって、たまとなってけたかおうえはしりました。
 白髪しらがのおばあさんは、さしているがさを地面じべたいて、子供こどもをすかしたり、なだめたりしました。二人ふたりっている往来おうらいそらには、とんぼが、はねかがやかしながらんでいます。
「やだい。やだい。ひい――ひい。」と、子供こどもはいって、きました。
 日盛ひざかりごろで、あたりは、しんとして、つよなつ日光にっこうが、や、くさうえにきらきらときらめいているばかりでした。人々ひとびとは、うちなかで、昼寝ひるねでもしようとおもっているやさきなものですから、あたままくらからあげて口説くどきました。
「また、きんぼうがきだした。あんな、いやなは、この世界せかいじゅうさがしたってない。」と、ののしったものもあります。
ぼうや、いいだ。おばあさんがわるかったのだから、もうかんでおくれ。ほれ、ほれ、みんなぼうやをてたまげていなさる。あっちをごらん。」と、おばあさんは、子供こどもをまぎらせようと苦心くしんしました。けれど、子供こどもは、きやみませんでした。
 このとき、あちらのいえから、だれかあたましました。
「あ、やかましくてしようがありませんね。かないようにしてください。」といいました。
「ほら、ごらん、やかましいとおっしゃる。いいだからくでない。」と、おばあさんは、しわのったひたいぎわにあせむすんで、子供こどもたのむようにいいました。
 すると子供こどもは、かえってあちらのほういて、いまよりも、もっとおおきなこえしてきました。どうして、こんなにおおきなこえが、こんな子供こどもからだからるだろうかと、だれしもおもわないものがなかったほどであります。
 おばあさんは、まごくのをて、
「いまに、みんなあたまのぼってしまって、ガンといって、あたまがわれてしまうよ。」と、心配しんぱいしました。
 昼寝ひるねをしようとおもって、うちなかで、できなくてまゆをひそめているものは、いまにもあのこえからて、あたりのいえや、くさや、えついて、そら真紅まっかになりはしないかとおもっていたのです。
 おばあさんは、ほんとうにこまってしまいました。ちょうど、そのとき、だれもとおらない往来おうらいを、あちらから、おとこが、自転車じてんしゃってやってきました。
 おばあさんは、子供こどもをすかすために、
「もし、もし、このをつれていってください。」と、おばあさんはいいました。
「よしきた。さんざ、あっちの野原のはらへいってくだ。」と、おとこは、ひょいときあげると、おばあさんのめるまもなく、さっさと、あちらの野原のはらほうはしっていきました。
 おとこは、自転車じてんしゃに、きんぼうをせて、ひろ野原のはらなかへつれていってろしました。
「さあ、ここでうんとくんだ。そうしたら、だまるだろう。」と、おとこはたったひとり、子供こども野原のはらなかのこして、自分じぶんは、自転車じてんしゃって、また、どこへとなくはしっていってしまいました。
 子供こどもは、野原のはらなかで、おおきなこえしてきました。けれど、だれも、そのごえきつけるものはなかったのです。太陽たいようくもとが、このこえきつけて、びっくりしました。そして、じっとしたつめていました。
「ああ、かわいそうに、あのはなにしてやれ。」と、太陽たいようは、ひとりでいいました。
 このとき、おばあさんが、とぼとぼと小径こみちさがしながら、野原のはらあるいてきました。
「あんなに、おばあさんが子供こどもさがしています。子供こどもつからなかったら、どんなになげくでしょう。」と、くも太陽たいようかっていいました。
「あの老婆ろうばはなにしてやれ。」と、太陽たいようはいいました。
 子供こども老婆ろうばが、二人ふたりともむらからいなくなったので、人々ひとびとおどろいて、方々ほうぼうさがしまわりました。けれど、ついに見当みあたらずにしまったのです。そして、ひろい、ひろい、野原のはらなかに、くる、一ぽんたかいひまわりのはなと、一ぽんのかわいらしい、ひなげしがいていました。





底本:「定本小川未明童話全集 3」講談社
   1977(昭和52)年1月10日第1刷
   1981(昭和56)年1月6日第7刷
初出:「時事新報」
   1922(大正11)年8月16日
※表題は底本では、「きんぼうのはなし」となっています。
※初出時の表題は「泣きん坊の話」です。
入力:ぷろぼの青空工作員チーム入力班
校正:江村秀之
2013年12月5日作成
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