赤土へくる子供たち

小川未明





 りの道具どうぐを、しらべようとして、しん一は、物置小舎ものおきごやなかはいって、あちらこちら、かきまわしているうちに、あきかんのなかに、かみにつつんだものが、はいっているのをつけしました。
「なんだろうか。」
 あたまを、かしげながら、ほこりに、よごれたかみを、あけてみると、べいごまが、六つばかりはいっていました。しん一は、きゅうになつかしいものを、いだしたようにしばらくそれに見入みいっていました。そのはずです。一昨年おととしはるあたりまで、べいごまが、はやって、これをってはらっぱへ、いったものです。それが、べいのやりとりをするのは、よくないというので、おとうさんからも、先生せんせいからも、とめられて、ついみんなが、やめてしまったが、ただ記念きねんにしようとおもって、これだけすてずに、かみつつんで、しまっておいたことを、おもしました。
「やはり、こまはおもしろいなあ。」
 お天気てんきはいいし、子供こどもたちのあそんでいるこえが、きこえるし、もうしん一は、じっとして、いえにいることが、できなかったのです。べいごまを、ふところへれると、赤土あかつちはらっぱをさして、かけていきました。
 はらっぱには、たけちゃんや、ぜんちゃんや、ゆうちゃんたちが、あそんでいました。
 しん一は、ふところから、べいをして、つちうえで、まわしてみました。これをつけると、善吉ぜんきちが、とおくからかけてきました。
しんちゃん、なにしてんだい。」と、さけびました。
「なんでもない、ただ、まわしてみたんだよ。」としん一は、べいをひろいげて、またかみなかへ、れました。
きみ、べいごま?」
「うん、そうだよ。」
「いくつ、っているの?」
「六つしかない。」
 善吉ぜんきちは、あんなに、たくさんっていたのに、どこへやったのかと、いわぬばかりのかおつきをして、しん一をました。
「あんなにあったのを、どうしたんだい。」
「みんなかわへすててしまった。」
「おしいことをしたね。」
「だって、おとうさんが、すてろといったから。」
 善吉ぜんきちは、自分じぶんおなじようなめに、あったことを、おもしていました。
きみは?」と、こんどは、しん一がたずねました。
「ぼくは、いま十っているよ。あとは、ごみばこへ、すててしまったのさ。」
 善吉ぜんきちが、こうこたえると、しん一は、をまるくして、
「いまなら、くずさんにやると、いいんだね。ごみばこなかへ、すてたりして、おしいなあ。」と、いいました。
「ぼくも、十かくしておいたのを、ってこようか。」と、善吉ぜんきちは、いいました。
「あ、っておいでよ。」
 このとき、あちらから、勇二ゆうじ武夫たけおが、
「なにしているの。」と、口々くちぐちに、わめきながら、やはり、かけてきました。
「べいごま。」
「ぼくもっているよ。」
「いくつ?」
「ぼくは、十五ばかり。」と、武夫たけおが、いいました。
「おお、たくさんあるんだな。」と、みんなが、感心かんしんしました。
ゆうちゃんは、っていないの。」
ぼくは、十ばかり。」と、勇二ゆうじこたえました。
「なんだ、みんな、っているんだな。じゃ、ここへってきて、まわしっこしない?」と、善吉ぜんきちがいいました。
「しようよ。ただやるだけなら、いいんだろう。やったり、とったりして、かけなけりゃね。」と、勇二ゆうじが、いいました。
「ほんとうは、それでは、おもしろくないんだがな。」と、武夫たけおがいいました。
「だめ、つかったら、しかられるから。」
「さあ、はやくみんな、いえへいって、っておいでよ。」と、しん一が、いいました。
「オーライ。」と、子供こどもたちは、元気げんきよく、いっさんに、はらっぱから、かけして、きえてしまいました。
まっさきかけて、つっこめば
なんともろいぞ、てきじん
うまよいななけ、かちどきだ
 しん一は、うたいながら、しきりに、べいをまわして、しばらく、しなかった、ならしをしていました。
 すると、このとき、ぴかりと、自分じぶんかおを、あかるくてらしたものがあります。とんぼでもんできて、さわったのでないかと、かおをなでてみました。そして、べいのまわるのをていると、また、ぴかりとしました。
「なんだろう?」
 しん一は、あたまげて、はらっぱをまわしました。はじめ、だれもいないと、おもったのに、あちらに、材木ざいもくのつんであるうえで、おんなが、あそんでいました。
 よくると、かねさんと、光子みつこちゃんらしいのです。そして、ぴかりとしたのは、だれか、コンパクトに、ついているかがみで、をてりかえして、自分じぶんに、いたずらを、したのです。
 しん一が、じっとていると、二人ふたりは、くすくす、わらっていました。
っているよ。」と、しん一が、そのほうはしっていきました。
わたしたち、なんにもしないわ、おままごとしていたのよ。」と、かねさんがいいました。
「コンパクトのかがみで、やったんだい。」
「ほほほ。」
しんちゃん、そこにいるの。」と、まっさきにかけてきたのは、善吉ぜんきちでありました。つづいて、武夫たけおに、勇二ゆうじが、にこまをにぎってかけてきました。
「ああ、ござが、ないなあ。」
「だれか、だいと、ござを、ってくると、いいんだね。」
「だいは、いらないけれど、ござがなくては、できないよ。」
 こまはつちうえでは、よくまわらぬからです。勇二ゆうじは、あしちからをいれて、赤土あかつちうえをトン、トン、と、ふんでいました。かたくして、そこで、こまをまわそうというのです。
つちうえでは、だめだよ、だれか、いえにござをっていない。」と、しん一が、いいました。そこへ、また、あちらから一人ひとり少年しょうねんがかけてきました。
小山こやまが、きた。」
 小山こやまは、かねさんのにいさんです。
「べいをするのかい。」と、小山こやまが、ききました。
「ござがなくて、こまって、いるんだよ。だれか、ござを、さがしてこないかな。」と、勇二ゆうじが、いいました。
わたしうちへいって、ってきてあげるわ。」と、かねさんが、いいました。
「ばか、うちにござなんか、ないじゃないか。」と、小山こやまは、かねさんをにらみました。


 十日とおかばかりまえのことでした。新緑しんりょくがすがすがしいしいのしたで、たたみやが、しごとをしているのを、かねさんは、ってていました。いつかあかいインキをこぼして、おとうさんにしかられてすぐインキけしでふいたけれど、どうしても、そのあとがとれなかったちゃのたたみも、あたらしいあおくさのかおりのするおもてにかえられました。
 もうこれから、毎日まいにちあのよごれた、たたみをなくてすむのであります。そんなことをおもってていると、おもしろいように、ほうちょうのはいります。するするとござがれていきます。そのあとをふとはりが、すいすいとぬって、じょうぶないととおしていきます。半畳はんじょうのところへくると、半分はんぶんだけござがのこりました。かねさんはうちへかけこんで、
「おかあさん、あたらしい半分はんぶんのござがのこったの、どうするの?」と、ききました。
「しまっておけば、入用にゅうようのことがありますよ。」
「ねえおかあさん、わたしにちょうだいよ。」
「なんにするんですか。」
わたし、おままごとのとき、しくんですの。」
「そんなら、おおきいのがいいでしょう。」
わたしふるいのはいや、あたらしいのがいいの。」
「あげてもいいですよ。」
 かねさんは、よろこんで、半分はんぶんのござをもらって、物置ものおきなかへしまっておきました。
 いまぜんちゃんや、ゆうちゃんや、しんちゃんたちが、べいごまをするのに、ござがなくなってこまっているのをて、しまっておいたござを、おもしたのです。それでかしてあげましょうかと、いったのでした。
「ばか。」と、にいさんにしかられて、かねさんはかおあかくしました。けれど、自分じぶんのものを、かしてやって、しかられるわけはないので、
物置ものおきにあるわよ。」と、かねさんはいいました。
「あれは、ぼくんだい。」と、小山こやまは、いもうとをにらみました。
「いいえ、あれは、わたしのよ。」
「ぼくが、手工しゅこうをするのに、おかあさんからもらったんだい。」
 ともだちは、二人ふたりほうていましたが、
小山こやまくん、かしてね。」と、しん一が、いいました。けれど、小山こやまはだまっていました。
「ねえ、辰雄たつおくん、いいだろう。」と、善吉ぜんきちがいいました。
「ぼく、べいをっていないから、つまんないもの。」と、小山こやまこたえました。
「ござをかしてくれれば、一つあげるよ。」と、勇二ゆうじが、いいました。小山こやまは、きゅうに、たのしそうな顔色かおいろになりました。
「ほんとうかい。」と、小山こやまは、かけだしました。
「だれが、うそをいうもんかね。」と、武夫たけお勇二ゆうじは、かおあって、にっこりわらいました。
 小山こやまは、ござをかかえて、もどってきました。このとき、かねさんは、
光子みつこさん、あっちへいって、じゅずだまをりましょうよ。」と、いいました。くさむらのなかには、つゆくさがむらさきのはなかせていました。へびいちごのあかが、じゅくしていました。あちらではおとこたちが、べいにむちゅうになっています。
「ござがあたらしいから、気持きもちがいいね。」
ゆうちゃんのかくつよいなあ、たっちゃんの一つしかないべいがすっとんでしまった。」と、ぜんちゃんがわらいました。
 小山こやまは、しょげてしまいました。せっかく、ゆうちゃんがくれたのに、またゆうちゃんにられてしまったからです。
「ぼくが、一つあげよう。」と、こんどは、武夫たけおが一つこまを小山こやまにやりました。
「やりとりしっこなしなんだろう。」
「うそっこでは、つまんないや。」
「わかると、先生せんせいにしかられるよ。」
「ああ、いちばんあとで、みんなかえそうや。」
 みんなで、そんなことをいっていると、
「ぼく、もうかえろう。」と、小山こやまがいいました。
「かえるの? もっとあそんでおいでよ。」
勉強べんきょうしないと、おかあさんにしかられるもの。」
 小山こやまは、しいてあるござをりかかりました。
たっちゃん、かしておきよ。すんだらっていくから。」と、武夫たけおがいいました。
「よごすと、手工しゅこうのとき、こまるもの。」
「そんな、いじわるをいうもんでないよ。」
「ほんとうだい。ござがなければ、べいができないじゃないか。」と、勇二ゆうじが、おこりしました。
 小山こやまは、こういわれると、ござにかけたをひっこめました。
たっちゃん、べいを一つあげよう、これは、ほんとうに、きみにあげるのだよ。」と、善吉ぜんきちが、こまをやって、小山こやまのきげんを、なおそうとしました。
「さあ、みんなでやろう。たつちゃん、もうすこしあそんでいたって、いいだろう。」
 こういいながら、しん一は、ブーンとうなりをたて、こまをござのうえれました。こまは元気げんきよくまわりました。そこへ善吉ぜんきちも、勇二ゆうじも、武夫たけおもいっしょにこまをれました。
 こまは、たがいにふれって、ぱっぱっと火花ひばならしています。ややおくれて、辰雄たつおももらったこまをれました。辰雄たつおのこまもすごいいきおいをしてまわっていたが、けっきょく武夫たけおのこまが、どれもこれも、はじきとばして天下てんかりました。また、小山こやまは、こまを一つもたなくなったのです。そのさびしそうなようすをて、しん一は、
たっちゃんに、一つあげよう。」と、いって、ひらたい、ぴかぴかひかったのをやりました。
「おお、そのべたをやるの。」と、勇二ゆうじが、をまるくしました。
「かしてあげたのさ。」と、しん一はこたえた。そうきくと、なんとおもったのか、
「いらない。」と、いって、辰夫たつお[#「辰夫は」はママ]、そのこまをしん一のかえしました。
「どうして。」と、しん一は小山こやまかおをふしぎそうにのぞきこみました。
「ぼく、もうかえるんだよ。」
「ほんとうに、これ、きみにあげるよ。」
「ぼく、もうかえるんだ。」
 小山こやまは、こういって、また、ござをりにかかりました。
 このとき、じっと小山こやまのすることをていた善吉ぜんきちが、
「いじわるのけちんぼめ。」と、いって、小山こやまのござを、自分じぶんのはいていたくつで、ふみにじりました。
なにするんだ。」と、小山こやまは、善吉ぜんきちを、おしたおそうとしました。ひょろひょろとなった善吉ぜんきちは、
「なにを。」と、小山こやまに、とびついていきました。


「おい、けんかは、およしよ。」と、しん一が、いいました。
「いじわるをするから、けんかになるんだ。」と、みんなが小山こやまかおました。
「ぼくのござだもの、かってじゃないか。」と、小山こやまは、かおあかくしながらいいました。
「そのかわり、べいをやったろう。」
「こんなもの、ほしくはないよ。」と、小山こやまは、一つのっていたべいを、なげすてました。
きゅう勉強べんきょうするなんて、いわなくていいね。」と、たけちゃんが、いいました。
勉強べんきょうのことなんかいうのは、てんとりむしのいうことだ。」
「いらんおせわだよ、だれかみたいに、ランドセルなんか、もらわないからいいよ。」
「なんだと。」
 たけちゃんは、はずかしめられたので、小山こやまのござをめりめりときさきました。
「やあい、いいきみだ。」と、ゆうちゃんが、をたたきました。
 小山こやまは、しくしくといて、かえりかけました。
「いいか、おぼえておれ。」と、小山こやまは、きながら、こちらをふりかえりました。
「いいとも、あそんでなんかやらないから。」と、ぜんちゃんが、こたえました。
いしをなげてやろうか。」と、たけちゃんが、あしもとのいしをひろいました。
「およしよ。」と、しんちゃんがとめました。
 あにのいじめられたのをると、かねさんがはしってきました。
「なんで、みんなしてにいさんをいじめるの。」
「なまいきだからさ。」
「かしたござをかえしておくれ。」
「そこにあるのっておゆきよ。」
「こんなやぶれたのでないのをかえしてよ。あす学校がっこうへいったら、先生せんせいにいうから。」
「いくらでもおいいよ。」と、たけちゃんが、おこって、たたきにかかると、かねさんは、げていきました。
「けんかなんかして、つまらないなあ。」と、ぜんちゃんが、ポケットからボールをだして、そらかってげました。
「ボールをしようか。」
 そんなことをいっているところへ、鳥打帽とりうちぼうをかぶって、あしにゲートルをまいたおとこが、ステッキをついて、はらっぱをみんなのいるほうへ、あるいてきました。
「あっ、いつかきたかみしばいのおじさんじゃあない?」
「そうだ、おじさんだ。」
「おじさあん。」と、みんなが、さけびました。
「おうい。」と、おじさんが、わらいました。
「どうしたの、おじさん、しばらくこなかったね。」
「ああ、商売しょうばいがえをして、このごろは、おはなしをして学校がっこうをまわっているのだ。」と、おじさんはくさのはえたところへ、こしをおろしました。
「なにか、おもしろいおはなしはないか。」と、おじさんが、みんなにききました。
「おもしろいはなしって、どんなはなし?」と、しんちゃんが、いいました。
「なんでも、きみたちがはなしさ。」
「おじさん、してあげようか。」と、ぜんちゃんが、いいました。
 ともだちが、みんなぜんちゃんのかおました。
「きのう、ぼくプールへいったんだよ。そして、およいでいると、どこかのが、ちいさなおとうといもうとをつれてきたのさ。そして、うきぶくろにつかまって、およぎなさいといったのだよ。けれど、そのちいさなおとうといもうとみずにはいるのが、はじめてとみえて、おそろしがってはいらないのだ。
 しかたがなくにいさんひとりプールへはいっておよいだのさ。そうすると、ちいさなおとうといもうとが、おせんべいをたべながら、にいさんのおよいでいくほうへついて、プールのきしをぐるぐるまわっているのさ。ぼく、これをて、おかしくてしようがなかった。だって、おせんべいをたべながらついてはしるんだぜ。」
「は、は、は。」と、おじさんが、わらいました。おじさんが、おかしそうにわらったので、みんなが、いっしょにわらいました。
「なるほどな。」と、おじさんがいいました。
「さあ、こんど、おじさんのばんだ。」
「おれは、こないだ、きたほう旅行りょこうをしてきたが、いなかのは、みんな非常時ひじょうじなのでよくはたらいているぞ。学校がっこうからかえると、やまへいって、たきをせおってくるものや、はたけてくわつみのだすけをするものや、また、くわののはいったざるをかかえたり、せおったりして、いえへはこんだりする。そうかとおもうと子守こもりをしながらほんんでいるものもいる。まち子供こどもたちのように、あそんでばかりいないよ。」
「ひどいな、おじさん、ぼくたちだっておやのおてつだいをしているものが、いるんだぜ。」
「そうか、それは、感心かんしんなこった。」
「まだ、おもしろいはなしはないの。」
「それから樺太からふとまでいったよ。」
樺太からふと? たいへんさむいところまでいったんだね。」と、子供こどもたちは、あのきたのはしにつきて、あおうみいろにとりまかれた、ほそながしまおもしました。
「ツンドラ地帯ちたいって、沼地ぬまちみたいな、こけばかりはえているところがある。そこへがつくと、なかなかきえない。何年なんねんということなく、りんのようなのがしたからもえがる。
 また、樺太からふとには、人間にんげんのはいらないおおきなもりはやしがある。それにがつくと、それこそたいへんだ。どこまでもえるか、わからないからな。そんなとき、どうするかというに、のもえていくなん十メートルかさきはやしりはらって、あきちをつくるのだ。そして、火事かじのあるもり片方かたほうのはしへをつけるのだ。すると、あちらからもえてくると、こちらからもえていくとだんだんちかづいて、どこかであうだろう。そのときは、どうだとおもう。ドーンというおおきなおとがして、のはしらがそらつのだ。そして、それでがきえてしまうのだ。なぜって、両方りょうほうからので、空気くうきがあつくなって、まんなか空気くうきがなくなるからだ。」
「ほんとにおもしろいはなしだな。おじさんは、その火事かじたの?」
「いや、きいたはなしさ。おじさんがたのは、あるむらで、うま出征しゅっせいするので、えきにりっぱなアーチがち、小学生しょうがくせいが、に、に、はたをふりながら、見送みおくりにいくのだった。どこも、非常時ひじょうじで、緊張きんちょうしているぞ。」


 はらっぱのはしのほうに、ちいさなもりがありました。いろいろのがしげっていて、かぜくと、がきらきらとなみのように、かがやきました。ひるすこしすぎる時分じぶん、「カチ、カチ。」という拍子木ひょうしぎおとが、そのほうからきこえました。紙芝居かみしばいのおじさんが、子供こどもたちをんでいるのです。はらっぱで、ボールをなげているもの、とんぼをいかけているものが、一人ひとり二人ふたりと、そのほうへかけていって、もりなかあつまりました。
 もりなかには、ちいさなお稲荷いなりさまのほこらがたっています。そのほこらのとりいのまえは、あちらのまちへつづく、ひろいみちになっていました。おじさんは、とりいのところへ自転車じてんしゃをおいて、みんなのくるのをまっていました。みっちゃんととみさんは、いしのさくによりかかっていました。しん一も、勇二ゆうじも、ほかの子供こどもたちのなかへまじって、ぼんやりとっていました。
 ちょうど、そこは、すずしいかげになっていて、あたまうえでは、せみがジイジイとないています。やがて、「突撃兵とつげきへい」という、おじさんのおはなしが、はじまりました。
「ある召集令しょうしゅうれいが、ちゅう一のもとへまいりました。かれは、仕事道具しごとどうぐをなげすててすぐにちあがった。
いもうとよ、あとをよろしくたのんだ。』
『おとうさん、きょうは、ご気分きぶんは、いかがですか?』
 あにのいなくなったあとは、かよわいおんなながら、いもうとは、はたらいて、よく父親ちちおや看護かんごをしていました。
ながあいだ、よくめんどうをみてくれたぞ。しかし、もうわたしもいくときがきたんだ。ただきているうちに、せがれのてがらをきかずにいくのが、ざんねんだ。』
『おとうさん、そんなこころぼそいことをおっしゃっては、いけません。』
『いや、それよりかおまえは、おとうさんがなくなったら一人ひとりになってしまう。おまえも日本にっぽんおんなだ。なんなりと、自分じぶんちからでできることをして日本にっぽんのためにつくすんだぞ。』
『おとうさん、よくわかりました。いま日本にっぽんひとは、おとこでもおんなでも、としよりでも子供こどもでも、一人ひとりのこらず、ちからをあわせて、ちあがらなければならぬときがきたんです。わたしは、おんなながら、つねにその覚悟かくごっています。』
『ああ、それで安心あんしんした。』
 これが、父親ちちおやのわかれのことばでした。
 はなしかわって、こちらは、戦場せんじょうであります。てきは、ごわくわがぐん前進ぜんしんをさまたげている。ちゅう一の部隊ぶたいは、クリークをへだてて、そのてきかいあっていました。
 あすの夜明よあけに、てきのトーチカをくだいてしまえという命令めいれいがくだった。ちゅう一をはじめ一めいを、天皇陛下てんのうへいかにささげた勇士ゆうしたちは、故郷こきょうへ、これがさいごの手紙てがみいてねむりにつきました。
 その夜中よなかのこと、ちゅう一一等兵とうへいをひらくと、国防婦人会こくぼうふじんかいしろふくをきたいもうとっている。おお、どうしてこんなところへきたかと、おどろいた。
『おにいさんに、らせにまいりました。』
『なにっ、おとうさんが、なくなられたか。それで、おわかれに、なんとおっしゃられた?』
『はい。』と、いもうとがなみだぐみながら、
『せがれのてがらを、このできかずにいくのがざんねんだと、おっしゃいました。』
 ちゅう一一等兵とうへいは、がばとはねきました。同時どうじがさめたのであります。
『おとうさん、ゆるしてください。じきにわたしもおそばへまいります。』」
 おじさんが、ここまではなしたときに善吉ぜんきち武夫たけおが、はしってきて、
しんちゃん、吉川先生よしかわせんせいがきたから、はやくおいでよ。」と、いって、ほこらのうしろのほうへかくれようとしました。おどろいて、しん一と勇二ゆうじは、そのあとったのです。紙芝居かみしばいのおじさんは、なにごとがおこったのかと、おもったのでしょう。
「どうしたのだ、どうしたのだ。」と、ききました。
学校がっこう先生せんせいが、きたんだよ。」
「なに、先生せんせいが。ちっともわるいことは、ないじゃないか。」と、おじさんはいばりました。
 学校がっこう先生せんせいが、七、八にん上級じょうきゅう生徒せいとをつれて交通整理こうつうせいり見学けんがくにとおったのです。先生せんせいたちが、いってしまうと、しん一も勇二ゆうじ善吉ぜんきち武夫たけおかおせました。
「みんな、どうしたの?」と、おじさんがいいました。
「ぼくたち、いまとりいのまえで、べいをしているのをつかったんだよ。」
「なぜここへきて、はなしをきかなかったの? そんなことをするから、先生せんせいが、こわいのだよ。」と、おじさんはわらいました。
小山こやまくんが、先生せんせいに、ぼくたちのことをいいつけたんだ。だから、先生せんせいが、ぼくたちのそばまできて、のぞこうとしたんだ。」
「あした、学校がっこうへいくとしかられるよ。」と、善吉ぜんきちはしょげてしまいました。
小山こやまくん、ひきょうだね。こないだのしかえしをしたんだ。」と、しん一は、いいました。
「ほんとうに、ひきょうだな。」
「おじさん、このおはなしあとはどうなったの?」と、ほかのちいさな子供こどもが、ききました。
「このあとのおはなしは、またあす。これで、きょうはおしまい。」
 子供こどもたちは、おもおもいに、ちってしまいました。
「おじさんは、まえにきた、紙芝居かみしばいのおじさんと、おともだちだってね。」と、しん一がいいました。
「ああ、ともだちさ、ぼくらは、みなが、いいひとになって、日本にっぽんくにが、ますますつよくなるようにと、紙芝居かみしばいをしてあるいているんだ。」と、おじさんがこたえました。
「じゃ、おじさんは、ほんとうのあめさんじゃないんだね。」と、善吉ぜんきちは、おじさんのかおを、ふしぎそうにました。
「あめもるから、ほんとうのあめさ。だっておはなしばかりでは、きいてくれないだろう。」
「ぼく、おはなしだけでも、きくよ。」
「じゃ、あしたから、あめをってくるのをよそうかな。」
「そして、おかねをとらないの。」
「ほら、ごらん。みなは、おはなしより、あめのほうがいいのだ。」
「おはなしもきいて、あめも、もらいたいのだよ。」
「ぼく、おはなしだけでもいいな。」
「だれだ、えらいぞ。は、は、は。」と、おじさんはわらいました。


 翌日よくじつ学校がっこうのかえりに、善吉ぜんきち武夫たけお二人ふたりは、吉川先生よしかわせんせいからのこされました。
「きっと、ぜんちゃん、べいごまのことだよ。」と、武夫たけおがいいました。
「ああ、それにきまっているさ。だが、なんで、べいをしていけないんだろうね。」と、善吉ぜんきちは、まどのそとのかきの見上みあげていました。あきになってから、ひかりが、なつよりもかえってつよいようです。一つ、一つ、さすようにうえにかがやいていました。
「かきがなっているね、たけちゃん、これはしぶいのだろう。」
「あまいのかもしれない。ここから、あのえだへは、うつれないかね。」
「とびつけば、とどくけど、ちたらたいへんだ。」
 二人ふたりは、二かいのまどから、かきのながらいろいろかんがえつづけていました。そして、はやいえへかえって、あそびたいなとおもったのです。それだけでなく、おかあさんや、おねえさんが、しんぱいしていられるだろうとおもうと、こうしていることが、くるしかったのです。
先生せんせいはやくこないかな。」
わすれたんだろう。かえろうか、たけちゃん。」
 このとき、ろうかをあるいてくる、くつおとがしたのでした。二人ふたりは、きゅうにおぎょうぎをよくしていました。
 先生せんせいは、教壇きょうだんのいすにこしをろして、
「こっちへおいで。」と、善吉ぜんきち武夫たけお二人ふたりまえばれました。
「きのうは、いえへかえってから、なにをしてあそんでいたね。」と、先生せんせい二人ふたりかおをごらんになりました。
 善吉ぜんきちは、かおげて、
「まりをなげたり、べいをしていました。」と、すなおにこたえました。
「べいをしては、いけないというのでなかったかな。」
 善吉ぜんきちは、先生せんせいにそういわれると、だまってうつむきました。
きみは、どうおもうね。」と、先生せんせいは、こんどは武夫たけおかって、おききになりました。
「よくないとおもいます。」と、武夫たけおこたえました。
「わるいとおもうものを、なぜやったのだ。」
 先生せんせいかおは、しだいにおそろしくなりました。
「しまいにったべいを、みんなかえせばいいとおもいました。」と、善吉ぜんきちが、いいました。
 先生せんせいは、しばらくだまって、善吉ぜんきちのいうことをきいていられましたが、
きみたちは、わるいことをして、あとでそれをかえせばいいとおもうのかね。」と、おっしゃいました。
先生せんせいこまをまわすことは、わるいことですか。」と、武夫たけおが、こんど先生せんせいかおながら、ふしぎそうにたずねたのです。先生せんせいは、ちょっとあたまをかしげて、すぐには、返答へんとうをなさいませんでしたが、しばらくしてから、
「こまをまわすことを、いけないというのではない。ったり、けたりするのに、品物しなものをかけてやることを、いけないというのだ。べいなら、そのけたこまを、ったものがるというふうに、勝負しょうぶあとが、品物しなもののやりとりになるからいけないというのだ。」
先生せんせいそんなら、ただ、おたがいがこまをまわして、勝負しょうぶをするぶんなら、いいのですか。」
「ものをかけたりしなければ、わるいことはない、みんなが、ただ一つぎりでな。ぼくも、子供こども時分じぶんは、こまをまわすのがだいすきだった。」
先生せんせいも、べいをなさったのですか?」と、二人ふたり子供こどもは、おどろいたかおをしました。
「いや、ぼくの子供こども時分じぶんには、べいごまなどというようなものはなかった。もっと大形おおがたごまか、鉄胴てつどうのはまったこまだった。鉄胴てつどうのこまには、ごまは、どうしてもかなわなかったものだ。そして、こまの合戦かっせんは、それは、さかんなものだった。」
 吉川先生よしかわせんせいは、自分じぶん子供こども時分じぶんおもして、いまのようにものをかけずに、ただ勝負しょうぶをしただけで、それでもみんなが、満足まんぞくしたというはなしをなさいました。
ごまは、鉄胴てつどうにかかると、よく二つにわれたものだ。そのわれるのが、またゆかいだった。しかし、つばきのでつくったごまは、たいへんかたくて、なかなかわれぬばかりでなく、うまく火花ひばなをちらして、ぶつかって、どぶのなか鉄胴てつどうをはねとばしてしまうことが、あったものだ。」
先生せんせい、おもしろいですね。」
「おもしろいが、べいなんか、もうよしたまえ。このごろは、みんなでいっしょにたのしんで、そして、けをきめるようなおもしろいあそびが、たくさんあるじゃないか。」と、先生せんせいは、おっしゃいました。この時分じぶんには、先生せんせいのおかおは、いつものやさしいおかおになっていました。
先生せんせいよくわかりました。」と、善吉ぜんきちが、いいました。
「わかったか。」
「わかりました。けれど先生せんせいにつげぐちするものなんか、もっとひきょうだとおもいます。」と、武夫たけおが、いいました。
「つげぐちされるようなことをしなければいいのだ。では、もうかえるがいい。」
 吉川先生よしかわせんせいは、がると、さっさと、ろうかのほうあるいていかれました。
くろめがねのかみしばいのおじさんは、ぼく、このはなしをしたら、たっちゃんは、自分じぶんがけんかができないので、先生せんせいにいうなんてひきょうだといったよ。」と、善吉ぜんきちがいいました。
「おじさんは、先生せんせいをよくっているといったね。」
「ああ、おじさんも、日本にっぽん子供こどもは、そんとか、とくとかいうことなんか、かんがえてはいけない。ただしいことをしなければならぬといった。」
 二人ふたりは、階段かいだんりて、はなしながら校門こうもんそとたのでありました。
ぜんちゃん、あのいぬをごらんよ。」
 武夫たけおのゆびさしたほうると、しろいろいぬが、まりをくわえて主人しゅじんあとについていきました。あるいえもんのところに、茶色ちゃいろいぬがはらばいになっていたが、このいぬつけると、きゅうにおきあがって、ほえはじめました。二ひきのいぬのあいだが、だんだんちかづきました。しかし、まりをくわえたいぬは、らぬかおをして、わきもせずに主人しゅじんについていくと、茶色ちゃいろいぬはいまにもとびつこうとしたのでありました。


 赤土あかつちはらには、だれもあそんでいませんでした。茶色ちゃいろいぬをつれたおとこひとは、ボールをすと、ちからいっぱい、これをとおくへかってげました。ボールは、あおそらがって、それからしたちました。
「よし。」と、いうと、いぬは、かけしていきました。
「おじさん、いぬは、なんというの。」と、武夫たけおきました。
「ジョンです。あれで、まじりけのないシェパードではありませんよ。」と、おじさんは、こたえました。
「いいいぬですね。」と、善吉ぜんきちが、感心かんしんしました。ジョンは、ボールをくわえてきました。
訓練くんれんひとつですね、いいいぬにするには、なかなかほねがおれます。」
 ジョンは、ボールを主人しゅじんまえへおこうとすると、
「こら!」と、おじさんはしかって、っているむちでジョンをたたこうとしました。ジョンは、すぐがついて、みぎからひだりへぐるりと、おじさんのあしもとをまわって、ボールをおきました。「よし。」と、おじさんは、いぬあたまをなでてやりました。それから、おじさんは、いぬをそこにたしておいて、自分じぶんだけ、あちらへかけていきました。やがて、おじさんの姿すがたは、くさむらのしげったなかへ、かくれてしまいました。じっと、そっちをながら、すわっていたジョンは、主人しゅじん姿すがたえなくなると、さびしくなったのか、クン、クン、といって、おじさんをこいしがりました。善吉ぜんきちも、武夫たけおも、忠実ちゅうじついぬが、かわいくなりました。
 おじさんは、ちがった方角ほうがくから、姿すがたをあらわして、もどってきました。
「よし。」と、命令めいれいすると、ジョンは、すぐに主人しゅじんのいったあしあとをさがして、ボールをりにいきました。
「おじさん、まりをかくしてきたの?」
つちへうめてきたが、ちょっとつからないでしょう。」と、いって、おじさんは、わらっていました。
 いつまでたっても、ジョンは、かえってきませんでした。つからないのです。そのうちに、ジョンは、しおしおとして、なにもくわえずにもどってきました。これをると、おじさんは、こわいかおをして、いぬをにらみました。そして、げて、
「だめ!」と、どなりました。ジョンは、また、さがしに、あちらへはしっていきました。
「かわいそうだな、つからないんだよ。」と、武夫たけおは、いぬ同情どうじょうしました。
 そのとき、少年しょうねんが、きっきのしろいぬをつれてさんぽにやってきました。そして、みんなのいるところへきました。
「ポインターのかわりですね。」と、おじさんは、しろいぬあたまをなでました。いぬは、おとなしくしていました。おじさんは、よくいぬ種類しゅるいっています。また、どのいぬもかわいがりました。いぬもまた、かわいがるひとをよくっているようです。
 ジョンは、やっとボールをつけて、うれしそうに、くわえてはしってきました。おじさんも、よろこんで、ジョンのそばへくるのをって、いぬが、ぐるりとまわって、まえへボールをおくと、だくようにしてあたまをなでてやりました。
「おりこうですね。」と少年しょうねんが、これをて、いいました。
「ふせ!」と、おじさんが、いうと、ジョンは、うえへはらばいになりました。
伏進ふくしん!」
 ジョンは、はらばいになりながらすすみました。これをていた武夫たけおは、善吉ぜんきちかって、
戦争せんそうにいって、てきつからないようにして、すすむんだね。」と、ささやきました。
 しろいぬも、おとなしくして、ジョンのするのをていました。すると、少年しょうねんは、
「ごらんよ、おまえも、あんなことできるかい。」と、自分じぶんのほおを、いぬかおにおしつけました。おじさんは、て、わらっていました。
「なにもおしえないのですか。」
「このいぬは、ぼうきれをげると、くわえてくるぐらいのものです。」
「そのいぬは、猟犬りょうけんですね。」
「だから、にわとりや、ねこをると、いかけて、しかたがないんですよ。」と、少年しょうねんは、いいました。そのうちに、少年しょうねんは、いぬをつれて、あちらへいってしまいました。
 おじさんも、ひととおりの茶色ちゃいろいぬ訓練くんれんがすむと、善吉ぜんきち武夫たけおかって、
「さようなら。」と、いって、ジョンをつれて、おうちへかえっていきました。
「ああ、きょうは、かえりがおそくなったね。ぼくおうちへかえって、きっと、おかあさんにしかられるだろう。」と、武夫たけおは、しんぱいしました。
復習ふくしゅうがあったと、いえばいいだろう。」
 善吉ぜんきちは、うそをいって、わるいとおもったが、そういうことに、きめていました。
「ぼくは、はらっぱで、いぬのおけいこをてきたと、いおうかしら。」と、善吉ぜんきちが、いいました。
のこされたといわなけりゃ、どっちだっておんなじじゃないか。」

 にましすずしくなりました。はらっぱにって、だまってそらをみあげながら、ごえのしたほうをそらすと、くろちいさく、れをなして、わたどりんでいくのがられました。
 ワン、ワン、いぬが、ほえています。そのほうると、いつかおじさんのつれてきた、ジョンでした。
「ジョン、ジョン。」と、善吉ぜんきちが、びました。ジョンはかけてきました。そばには、武夫たけおのほかにしん一もいました。
「どこのいねなの?」
 しん一が、ききました。
「いつかどこかのおじさんがつれてきたいぬだよ。」と、武夫たけおは、あたりにおじさんがいないかとまわしました。どうしたのか、おじさんの姿すがたえません。
「ジョン、どうしたんだい? ひとりかい。」と、善吉ぜんきちが、いうと、ジョンは、よろこんでとびつきました。
「きっと、みちをまぐれたんだよ。」
「ぼくたち、どっかへかくれよう、そうしたら、ジョンは、どうするだろうか。」と、武夫たけおが、いいました。


「そうだ、いいことがわかった。」
「どんなこと。」
 武夫たけおしん一は、善吉ぜんきちかおました。
「ジョンが、まりをさがしているあいだに、ぼくたちはどこかへかくれるのだよ。そうしたらジョンは、どうするだろうかね。」と、善吉ぜんきちは、いいました。
「どうするだろう? おもしろいな。」と、しん一がいいました。
「おうちかえっていくかもしれないよ。」
「いや、きっと、ぼくたちをさがすだろう……。」
「よし、やってみようよ。」
 武夫たけおはジョンにまりをせてから、自分じぶんは、こうのくさむらのほうはしっていきました。そして、わからないように、くさなかへかくしてきました。
 武夫たけおは、いきらしてもどると、
「ジョン、まりをさがしておいで。」と、すぐ命令めいれいをしました。ジョンは、かけていきました。
「さあ、このあいだにかくれよう、どこがいいかな。」
 さきって、はしっている善吉ぜんきちさけびました。
ぼくうち物置ものおきへいこうよ。」
 三にんは、はらっぱをいぬのいった、反対はんたいほうかってはしりました。
 ひろ道路どうろのあちらは、すぐまちになっています。そして、いちばんちかいところに、善吉ぜんきちいえがありました。土管どかんや、じゃりや、セメントなどを、あきなっていました。物置ものおきなかには、これらの品物しなものがつまれていました。三にんは、きゅうくつそうに、からだをおしあって、かたすみにかくれて、かわるがわるふしあなからはらっぱのほうをながめていました。
「どうしたんだろう、こないよ。」
「おうちへかえったんじゃないか?」
 とつぜん、のぞいていたしん一が、
「きた、きた、ジョンが、きちがいのようになって、さがしているよ。」
「こっちへこない。」
あしあとをさがしているから。」
「まりは、どうした?」
「くわえている。」
「かわいそうだから、てやろうか。」と、善吉ぜんきちがいいました。
 しかし、まもなくジョンは、小舎こやのところまでやってきました。そして、まりをしたへおいてさもかなしげに、しました。
「ジョン。」と、このとき、三にんは、さきをあらそって、物置ものおきからとびしました。
「ふだに番地ばんちいてあるから、これからつれていってやろう。」と、しん一は、ジョンのあたまをなでました。
 にわに、うめもどきのあかくなって、そのしたに、さざんかのいているうちがありました。そこが、ジョンのおうちでした。
 三にんは、げんかんにつと、ジョンがをふって、ワン、ワンとよろこんできだしました。しょうじをあけててきた、おばさんは、いぬ子供こどもがいるので、てびっくりしました。三にんが、まよいになった、ジョンをつれてきたことをはなすと、
「まあ、まあ、それは、ありがとうございます。じつは、いなくなったのでしんぱいして、みんなが、さがしにているのですよ。いつもつないでおくのですが、あさ、くさりをといてやったら、いなくなってしまったのです。」と、おばさんは、おれいをいいました。
 武夫たけおは、ジョンをくさりにつないでから、
「さようなら。」と、いいました。
 三にんは、いいあわしたようにジョンのほうをふりきながら、もんようとすると、ジョンは、ついていこうとして、くさりをらしてほえました。
「ぼっちゃん。っていてください。」と、おばさんが、あわてておくからてきました。そして、げたをはいて、かみつつんだものをみんなのところへってきました。
「これは、ほんのおだちんですよ。あめか、おかしでもって、わけてください。」と、おばさんは、しん一のわたそうとしました。
「いいえ、そんなものいりません。」と、しん一は、っこめました。
「そんなこというものでありません、さあってください。」と、こんどおばさんは、善吉ぜんきちわたそうとしました。
「おかしなんかうとしかられます。」と、善吉ぜんきちも、っこめました。
「じゃ、えんぴつをってわけてください。」と、おばさんは、むりに武夫たけおににぎらせました。武夫たけおは、どうしたらいいかとおもったが、おばさんが、これほどいってくれるのを、ことわるのはわるいとおもって、いただいてそとました。
こまったなあ、これどうしたらいいだろう。」と、武夫たけお二人ふたりにそうだんしました。
「じゃ、えんぴつをってわけようよ。」としん一が、こたえました。
たけちゃん、きみ、あずかっておいでよ。」と、善吉ぜんきちがいって、三にんは、はらっぱへもどってきました。もう西にしほうそらが、あかくなりかけていました。
「あっ、かみしばいのおじさんがきている。」
 三にんは、子供こどもたちのあつまっているほうへかけしました。そこには、小山こやまも、かねも、光子みつこも、とみもきていました。
「ね、くろめがねのおじさんが、支那しなへいくんだって。」と、三にんかおると、小山こやまはいいました。
「ほんとう? くろめがねのおじさんが、支那しなへいくの。」と、武夫たけおが、おじさんにききました。
「ほんとうだとも、こんど宣撫班せんぶはんになって支那しなへいくのだ。」と、かみしばいのおじさんは、こたえました。くろめがねのおじさんは、いつかこのはらで、樺太からふと旅行りょこうをしたときのはなしをしてくれました。
宣撫班せんぶはんって、支那人しなじんのせわをしてあげるの。」と、とみさんがたずねました。
「ああ、そうだ。そして、支那しな子供こどもにおもしろいおはなしをきかせてやるのさ。どんなによろこぶだろうな。」
「どんなおはなし?」
「そのおはなしが、あのおじさんのことだから、日本にっぽん子供こどものことさ。きっときみたちのおはなしをして、日本にっぽん子供こどもは、みんなしょうじきで、やさしくて、いいばかりだということだろう。」と、おじさんは、わらいました。
「そうかなあ、ぼくたち、あのおじさんに、はたおくろうか。」
「そうだ。ジョンのおうちからもらったおかねで、はたおう。」
ぼくも、おかねすよ。」と、小山こやまが、いいました。赤土あかつちはらっぱには、赤々あかあかとして、夕日ゆうひがうつっていました。





底本:「定本小川未明童話全集 12」講談社
   1977(昭和52)年10月10日第1刷発行
   1982(昭和57)年9月10日第5刷発行
底本の親本:「赤土へ来る子供たち」文昭社
   1940(昭和15)年8月
初出:「せうがく三年生」
   1939(昭和14)年6〜12月
※表題は底本では、「赤土あかつちへくる子供こどもたち」となっています。
※初出時の表題は「赤土へ来る子供たち」です。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:酒井裕二
2016年10月28日作成
青空文庫作成ファイル:
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