くびわの ない いぬ

小川未明




 ふたりの どもが、いえの そとに たって いました。
「どこの いぬだろうね。」
と、二郎じろうくんが、ちゃいろの いぬを みて いいました。
「しらないけれど、いい いぬだね。」
と、たけおくんは いって、くちぶえを ふきました。すると、いぬは、おとなしく そばへよって きました。ふたりは、かわるがわる いぬの あたまを なでて やりました。
 すなおな せいしつと みえ、からだつきも のびのびと して、どこか りこうそうな かんじが しました。
「おや、くびわが ないね。」
と、二郎じろうくんは、ふしぎに おもいながら、
「おまえ、どこで おとして きたの、いぬころしに つかまるぞ。」
と、いぬに むかって いいました。
 たけおくんも、それに づいて、じっと、を こらして いましたが、
「すていぬじゃ ないかな。なんだか ようすが すこし さびしそうだ。」
と、まえに いぬを かった ことの ある けいけんから、いいました。
 二郎じろうくんは、ポケットに あった キャラメルを だして、みちの うえへ なげて やりました。しかし、いぬは それを みただけで、ひろって たべようと しませんでした。
 二郎じろうくんは、じぶんが、キャラメルを 一つ たべて みせ、べつの てのひらに のせて、いぬの くちもとへ やりますと、いぬは、あんしんしたのか、よろこんで たべました。
「なかなか よく しつけが して あるね。」
と いって、たけおくんも、かんしんしながら みました。
 ちょうど そこへ、せんたくやの こぞうさんが、まわって きました。
「この いぬは、すていぬなんですよ。」
と いったので、ふたりは、いまさらのように おどろきました。
 こぞうさんが いうのには、まえの しゅじんは、ひじょうに この いぬを かわいがって いたのを、とおくへ ひっこすので、じぶんの いえを ゆずる かわりに、いぬを だいじに かって くれる やくそくで、いまの ひとに たのんだのだそうです。ところが、そのひとは、いぬなんか せわが やけて きらいだと、くびわを はずして しまったのでした。
 この はなしを きくと、ふたりは、
「それでは、じぶんが ころすかわりに、いぬころしに ころさせる つもりじゃ ないか。」
と ふんがいしました。
「ぼくたちが、たすけて やろうよ。うちに、ふるい かわの バンドが あるから、あれを きって、くびわを つくって やる。」
と、たけおくんは いいました。そして、いぬの せを なでながら、
二郎じろうくん、ごらんよ。くびわなんかの ついて いない、しぜんの ままの ほうが、よっぽど うつくしいと おもわない。」
と、を ほそく して いいました。
 二郎じろうくんは、また なにを かんがえたのか、
「どうぶつは、いつだって、しょうじきで、いつわるような ことは ないが、にんげんは、そんとくを かんがえて、うらぎる ことなんか へいきで いる。じつに はずかしい ことだと おもうよ。」
と、ためいきを ついたので ありました。





底本:「定本小川未明童話全集 16」講談社
   1978(昭和53)年2月10日第1刷発行
   1982(昭和57)年9月10日第5刷発行
初出:「幼年クラブ」
   1952(昭和27)年9月
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:笹平健一
2024年3月12日作成
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