老境なるかな

吉井勇




 私がはじめて歌を作つたのは中学の二年の時だと思ふから、顧みれば私の歌歴も、もうすでに五十年を越してしまつてゐる。その最初の歌は、維新史研究家だつた勝山孫弥といふ人の出してゐた「海国少年」といふ雑誌の短歌欄に投稿したもので「出雲なるの川上はそのむかし八頭やまた大蛇おろち住みけるところ」といふのであるが、これがその時分まだ川柳などを作らず、万葉調の歌人として知られてゐた坂井久良岐の選で天位になつた。この事実がそもそも私の半生を歌に結びつけた因縁をなすものであつて、もしその時選にはひつても天位になつてゐなければ、私は今日とはまた違つた、別の運命の路をたどつてゐたかも知れない。これが私の第一の転機である。
 その後与謝野寛先生の主宰する新詩社に入り、「明星」に歌を出すやうになつたが、さうなると私の歌に対する情熱は日毎に高まり、明治四十年七月与謝野先生、北原白秋、木下杢太郎、平野万里等と九州へ旅行をした時以来、切支丹遺跡探訪から得た異国情調に対する憧憬は、自由主義的外国文学の影響もあつて、短歌の封建性を破ることに専念するやうになつた。私がこの旅行によつて歌の領域を大きくひろめたことはいなめない。しかしはつきり自分自身でも歌境が一新したと思つたのは、その後数年経つてから「明星」廃刊のあとをうけて、森鴎外先生監修の下に「スバル」といふ雑誌が創刊されてからのことで、それに載せた八十七首から成る連作「夏のおもひで」がそれなのである。この歌はその後私の第一歌集「酒ほがひ」に収録したが、斎藤茂吉君はその頃の私の歌風を「純情(変愛の情緒)をば、きはめて単純な句法で仕立ててゆく手法で、その調べは常に直線的であるから、一読して共鳴するものは共鳴してしまふ特質をもつてゐる。また感情には迂路を取らぬ直截性を持つてをり、調べの直線的な特質と相まつて、読者の胸を響かせる一つの力をもつてゐる」といつてゐるが、これはこの「酒ほがひ」に対する評言とも見るべきものであつて、私はこの第一歌集を出したことを、私の第二の転機とする。
 その後十数年間私の歌歴の上ではきはめて不安定な、どうなるかと危ぶまれるやうな期間が続いたが、昭和五年相模野の林間に閑居して、一種の虚無感に徹底するやうになつてから、かへつてそれによつて救はれるやうになり、歌境も著しく変化していつた。それはこの時代の歌を集めた「人間経」のために、佐藤春夫君が寄せてくれた「若き命をうたひては、若きわれらをよろこばせ、今また老の近き日に、歌声頓に変りたる、君が歌こそいみじけれ、われまた老の近き身に」といふ詩を見てもわかると思ふが、これを私の第三の転機としたい。その後の土佐隠棲、京都移住、越中流離、洛南幽居等、生活上の変転はいろいろあつたけれども「人間経」以来の歌境は、なほ今日までつづいてゐるといつてもいい。
 しかし私は近ごろになつてから老境といふものの楽しさを、身にしみじみと感じてゐる。半生を歌によつて懺悔しつづけて来たのであるから、老境の今日となつては、身魂ともに清浄である。西鶴は「好色一代女」の末尾で「胸の蓮華ひらけてしぼむまでの身の事」といつてゐるが、私の胸の蓮華は、いつまでもしぼむことなく、ながく開きつづけてゆくやうな気がする。一昨年の正月には新年の所感として「鉄斎は老いてすぐれし絵を描きぬ年のはじめに思ふことこれ」といふ歌を作つたが、鉄斎の絵を見てゐると、私はいつも老境の力強さを感ずるのである。
 私が土佐から京都に移つて来たのは、昭和十三年の十月のことだつたから、洛中の人となつてからもうすでに十六年、現在私は銀閣寺に近い浄土寺石橋町といふところに住んでゐるが、ここは大文字の送り火で名高い如意嶽の麓で、亡き関雪画伯邸白沙村荘の筋向ふ、前には両岸に桜並木のある、疎水の水が流れてゐる。私がこの家を「紅声窩」と名づけたのは、ここに移ると間もなく、私の好きな市井詩人中島棕隠の書いた、この三字の額を手に入れたからであつて、これを玄関の※(「木+眉」、第3水準1-85-86)間に掲げたほかに、杉本健吉の毘沙門絵馬、棟方志功の版画、上田秋成の茶の歌幅などが身辺にある。志功の作品は私の歌を主題としたもので、今掲げてあるのは、

わが胸の鼓のひびきとうたらりとうとうたらり酔へば楽しき

といふ歌を版画化したものである。
 老境なるかな、老境なるかな、やつとここまで到達したかと思ふと限りなく楽しい。





底本:「日本の名随筆34 老」作品社
   1985(昭和60)年8月25日第1刷発行
   1999(平成11)年8月25日第20刷発行
底本の親本:「定本・吉井勇全集 第八巻」番町書房
   1978(昭和53)年6月
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2010年12月3日作成
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