きたりすナトキンのはなし

THE TALE OF SQUIRREL NUTKIN

ベアトリクス・ポッター Beatrix Potter

おおくぼゆう やく




表紙絵

口絵1
口絵2
ノラに おくる ものがたり

挿絵1
 これは はなしです――つまりは きたりすの しっぽの はなしで、 そのこの なまえは ナトキンと いいました。
 チンクルベリという おにいさんと おおぜいの いとこがいて、 みんなして みずうみの ほとりにある 1ぽんの きに すんでいました。

挿絵2
 そのみずうみの まんなかには しまが あって、 もりと どんぐりの やぶに おおわれて、 1ぽんの がらんどうに なった ナラのきが ありました。 そこは しまの ぬしである ブラウンという ふくろうの おうちでした。

挿絵3
 あるとしの あきは きのみも たわわ、 ハシバミの やぶでも はっぱが きいろに みどり ―― ナトキンと チンクルベリは おおぜいの こどもりすと いっしょに もりの そとへ でて、 みずうみの ほとりへと むかいました。

挿絵4
 ちからを あわせて きのえだで こぶりの いかだを つくって、 みなもを こぎこぎ、 どんぐりを あつめに ふくろうの しまへ むかいます。
 ひとりひとり ちいさな ふくろと おおきな オールを てにして、 ほぬのがわりに しっぽを のばします。

挿絵5
 しまの ぬし ブラウンへの てみやげとして 3びきの ぶくぶくとした ねずみも つれていって、 とぐちの ところへ さしだしました。
 それから チンクルベリと りすいちどうは いっせいに ふかぶかと おじぎを して、 ていねいな ことばづかいで、
「しまの ぬし ブラウンさま、 どうか このしまの どんぐりを とること おゆるし ねがえませんか?」

挿絵6
 ところが ナトキンの たいどは めに あまるほど なまいきで、 あかい サクランボみたいに ふらふらと うごきながら こんなことを うたうのです。
「なぞなぞ なぞなぞ といてみろ!
 あかい ふく きた ちびっこが
 てには ぼうきれ、 のどには こいし、
 このなぞ とけたら おだちんやるぞ。」
 とはいえ このなぞなぞは むかしながらの ものなので、 しまぬしさまも ナトキンを とことん むししました。
 かたく めを つむると ぐっすり すやすや。

挿絵7
 りすたちは ちいさな ふくろ いっぱいに どんぐりを つめ、 ひが くれると いかだを こいで おうちへ かえりました。

挿絵8
 けれども あくるひの あさ ふくろうの しまに もういちど みんなで むかいました。 チンクルベリたちは 1ぴきの まるまる ふとった もぐらを もっていって、 しまぬしさまの とぐちまえにある いしの うえへと のせて、 いいました。
「ブラウンさま、 どうか もっと どんぐりを とること、 おおめに みて いただけませんか?」

挿絵9
 ところが ナトキンは ぶれいせんばん ぴょこぴょこ あたりを うごきまわって、 しまぬしさまを イラクサで ちくりと さし、 うたを うたうのです。
「ブーの じじい、 なぞなぞ とけよ!
 ヒッチピッチが かべのなか
 ヒッチピッチは かべのそと
 ヒッチピッチに さわったら
 ヒッチピッチが かみつくぞ!」
 しまぬしさまは やにわに めを あけると、 もぐらを かかえて おうちの なかへ はいってしまいました。

挿絵10
 ナトキンの めのまえで とびらが しまり、 やがて まきを もやす こい けむりが ほっそりと きの てっぺんから ふきだしてきました。 そこで ナトキンは かぎあなから なかを のぞいて またしても うたいます。
「おうちは いっぱい、 あなも いっぱい!
 だから おわん 1ぱいぶんも あつまらない!」

挿絵11
 りすたちは しまじゅうで どんぐりを さがし、 ちいさな ふくろを いっぱいに しました。
 けれども ナトキンは きいろや あかの むしこぶを ひろいあつめて、 ブナの きりかぶに すわって たまあそびを しながら しまぬしさまの おうちの とびらを じっと みはるのです。

挿絵12
 みっかめの りすたちは はやおきして つりに でかけました。 つりあげた 7ひきの ぷりぷりした コイは しまぬしさまへの みつぎものです。
 みんなで みずうみを わたり、 ふくろうじまの ひんまがった クリのきの したから おかに あがります。

挿絵13
 チンクルベリと 6ぴきの りすは ぷりぷりした コイを それぞれ 1ぴきずつ はこんだのですが、 ナトキンは おぎょうぎも よくないので みつぎものなんか まったく もちません。 いちばん まえを はしって、 うたを くちずさむのです。
「あれちの おとこが ぼくに つげた
『うみでは イチゴは いくつ そだつ?』
 しょうがないから こたえは 『もりで
 にしんの くんせい そだつ かず。』」
 それでも しまぬしさまは なぞなぞを どうとも しないのです。 せっかく こたえまで おしえてあげたのに。

挿絵14
 よっかめの りすたちの おみやげは まるまるした カブトムシ 6ぴきで、 ぬしさまからすれば プラムプディングに はいってる プラムみたいな ものなのです。 カブトムシは 1ぴきずつ ギシギシの はっぱで ていねいに くるんで、 マツバを さして とめてありました。 にもかかわらず ナトキンは あいもかわらず うたいます。
「ブーの じじい! なぞなぞ とけよ
 イギリスこむぎこ スペインくだもの
 どしゃぶりのなか はちあわせ、
 ぐるぐるまきで ふくろに いれろ、
 このなぞ とけたら ゆびわを やるぞ!」
 そんなこと いうなんて ナトキンも おばかさんです。 だって しまぬすさまに さしあげる ゆびわなんて そもそも ないんですから。

挿絵15
 ほかの りすたちは やぶを かけまわって どんぐりを ひろっていたと いうのに ナトキンは イバラから おちた むしこぶを あつめて みんな マツバの はりで めったざしに してしまいました。

挿絵16
 いつかめに りすたちが みついだのは、 とれたての はちみつだんご。 とっても あまくて とろとろ していて、 いしの うえに おいたあとでも ゆびを ねぶってしまうほどです。 おかの てっぺんぺんにある まるはなばちの すから かっぱらってきた ものでした。
 ところが ナトキンは あたりを スキップしながら うたいます。
「ぶうんぶん! ぶぶ! ぶぶ! ぶうんぶん!
 チップルチンの あたりを ゆけば
 ぶうぶうブタの むれに であう
 きいろの おくびに きいろい おけつ!
 やつらは チップルチンの あたりでは
 いちばん ぶうぶう なくブタよ。」

挿絵17
 しまぬしさまは ナトキンの ぶれいな ふるまいに いやけが さして めを そむけました。
 それでも はちみつは めしあがりましたけど!

挿絵18
 りすたちは みんなで こぶくろに どんぐりを つめました。
 けれども ナトキンは ひらべったい おおいわの うえに あがって、 ヒメリンゴと モミの まつかさで ボウリングあそびです。

挿絵19
 むいかめは どようびで りすたちが くるのも これで さいご。 ちいさな いぐさの かごで うみたての たまごを もってきて、 ぬしさまへの おわかれとばかりに さしあげるのです。
 それなのに ナトキンは まえを かけまわって おおごえで ――
「ハンプティダンプティ とこにふす
 かけぶとんが こんもりと
 いしゃが40 だいくが40
 それでもなおらぬ ハンプティダンプティ!」

挿絵20
 それはさておき しまぬしさまは たまごが いたく おきにいりで、 かためを あけて また とじました。 でも やっぱり なんとも しゃべりません。

挿絵21
 ナトキンは ますます いいきに なって ――
「ブーの じじい! ブーのじじい!
 はづな、 はづな、 おしろの
 いたばの ドアの とこ
 うまと けらいが そうででも
 おしろの いたばの ドアからは
 はづな はづなは はずされぬ。」
 ナトキンの おどりあばれる さまは まるで おひさまの ひかりのようでしたが、 それでも しまぬしさまは びどうだに しません。

挿絵22
 ナトキンは またも はじめます ――
「ゆみひき アーサー なわぬけて
 おたけび あげて さんじょうだ
 スコットランドの おうの ちからも
 ゆみひき アーサー とめられぬ。」
 ナトキンの うるささと いったら もう あらしのようで、 あげくの はてに しまぬしさまの ずじょうに ぴょーんと とびかかったのです! ……
 すると みんな いっせいに ちらばって、 ちゅーと さけんで おおさわぎ。 ぜんいんが あわてふためき、 やぶのなかへと きえてしまいました。

挿絵23
 やがて こっそり もどってきて きのうらから ようすを うかがうと、 しまぬしさまは とぐちのところに すわったまま びくともせず めを とじていて、 まるで なにも なかったかのよう。
* * * *
 ところが ナトキンが ぬしさまの おなかの けのなかに おさまっているでは ありませんか!

挿絵24
 ここで おはなしが おちそうなものですが、 そうは いきません。

挿絵25
 ぬしさまは ナトキンを おうちのなかへ つれこんで、 そのしっぽを つかんで かわを はごうと しました。 けれども ナトキンも ぐっと つよく ひっぱったので、 しっぽは まんなかで ちぎれてしまったのです。 そのまま かいだんを かけあがって、 やねうらの まどから にげだしました。

挿絵26
 そんなわけで いまの いまでも きのうえに のぼって ナトキンに なぞなぞを だそうものなら、 えだを なげつけてきて じだんだ ふんで、 ぷんすか わめくでしょう ――
「くそ ―― くそ ―― くそ ―― くっそ ―― くそおおお!」

(おしまい)





翻訳の底本:Beatrix Potter (1903) "The Tale of Squirrel Nutkin"
   上記の翻訳底本は、著作権が失効しています。
   2009(平成21)年12月4日翻訳
   2010(平成22)年2月10日修正
   2010(平成22)年3月23日微修正
   2012(平成24)年10月2日微修正
※この翻訳は「クリエイティブ・コモンズ 表示 2.1 日本 ライセンス」(http://creativecommons.org/licenses/by/2.1/jp/)によって公開されています。
Creative Commons License
上記のライセンスに従って、訳者に断りなく自由に利用・複製・再配布することができます。
※翻訳についてのお問い合わせは、青空文庫ではなく、訳者本人(http://www.alz.jp/221b/)までお願いします。
翻訳者:大久保ゆう
2014年3月26日作成
青空文庫収録ファイル:
このファイルは、著作権者自らの意思により、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)に収録されています。




●表記について


●図書カード