チギウィンクルおばさんのはなし

THE TALE OF MRS. TIGGY-WINKLE

ベアトリクス・ポッター Beatrix Potter

おおくぼ ゆう やく




表紙絵

口絵1
口絵2
 ニューランズにいる ほんものの リューシちゃんへ

挿絵1
 むかしむかし リューシという なまえの おんなのこが リトルタウンという まきばに すんでいました。 とっても いいこだったのですが ―― ただ ぽっけの ハンカチを いつも なくしてしまうのです。
 あるひ リューシちゃんは うらにわへ なきながら やってきまして ―― まったく、 こんなふうに わめくのです! 「あたしの ハンカチ なくなっちゃったあ! ハンカチ 3まいと エプロン 1まい! ねえ、 あなた しらない、 とらぬこタビー?」

挿絵2
 こねこは しろい あしを ぺろぺろするだけでした。 そこで リューシは ぶちのある めんどりに たずねます ―― 「へにぺにサリー、 ハンカチ 3まい みなかった?」 ところが ぶちの めんどりは こっこっと なきながら なやのなかへ かけこんで ―― 「なっる、 はだし、 はだし、 はだし!」

挿絵3
 なので つぎに リューシは えだやどりしている こまどりコックンに ききました。
 くろびかりする めで リューシを ちらりと みやる こまどりコックン、 けれども ふみこしだんの むこうへ とびさってしまいます。
 リューシは ふみこしだんの うえに のぼって、 リトルタウンうらの おかに めを むけました ―― そのおかを みあげると うえのほうが くもに つっこんでいまして、 まるで てっぺんが ないみたいです!
 ですから はるばる おかの なかほどまで すすんでいけば、 めのまえの くさちに しろいものが ひろがると おもったわけで。

挿絵4
 あしこしの つよい リューシは ぜんそくりょくで おかを かけあがりまして、 きゅうな さかみちを のぼりに のぼった ―― そのさきでは ―― リトルタウンも はるか したのほうに とおざかってしまって ―― ここから いしを なげれば えんとつに あてられそうなくらい!

挿絵5
 するうち たどりついたのが、 おかの なかほど わきだす いずみ。
 だれかが みずを くもうとしたのか、 いしのうえに ブリキの バケツが おかれてありましたが ―― みずは どばどば あふれっぱなしで、 それというのも おおきさが ゆでたまごたてくらいしか なくって! それから みちの ぬかるみに ―― こびとみたいな あしあとが ありまして。 
 リューシは かけあしで たどっていきます。

挿絵6
 みちは おおきな いわの もとで おわっていました。 みじかく みどりの くさが はえていて、 そこに わらびの くきを きってこしらえた さきわれの ものほしばしら、 あと いぐさで あまれた ものほしざおに ちいさな せんたくばさみの やま ―― でも ハンカチは なくって!
 ところが ほかにもまだ ありまして ―― ドアなのです! おかのなかへ つづいていて、 うちがわから だれかの うたごえが ――
「ゆりのように しろく きよらか、 ん!
 ちいさな フリルを かさねて、 ん!
 しわなし ほかほか ―― しみなんて
 ちっとも ありゃしないって、 ん!」

挿絵7
 リューシが こん、 こんこん、 と とを たたくと うたも やみまして。 こごえで ふるふる かえってきます。「どなた?」
 ドアを あける リューシ。 おかのなかに なにが あったと おもいます? ―― ととのった すてきな だいどころに、 いしじきの ゆか、 きの はり ―― まきばで みる だいどころと まったくおなじで。 ただ てんじょうが ひくくて リューシの あたま すれすれで、 つぼや おなべも ちいさくて、 そこにある なにもかもが そうなのです。

挿絵8
 はいると、 ほかほかした すてきな におい。 だいのところで アイロンを てに たっていたのが、 でっぷりした ちいさな ひとで、 ふあんげに リューシを みつめていて。
 そのひとは がらものの うわぎを すそで まくりあげ、 しましまの スカートのうえに おおきな エプロンを かけていました。 ちいさい くろっぱなを すんすんすん、 めを ぱちぱちぱち。 それから ぼうしのしたに ―― リューシなら きいろい まきげが あるところに ―― そのひと、 と・げ・と・げが あったんです!

挿絵9
「どちらさま?」と きくのは リューシ。「あたしの ハンカチ しらない?」
 そのひとは かるく おじぎをして ――「あら、 ええ、 ごめんなさい。 あたしゃ チギウィンクルおばさん。 あらあら ええ ごめんなさい、 あたしゃ うでききの クリーニングやなのよ!」と、 ふくの はいった かごから なにかを とりだし、 アイロンだいの うえで ひろげだします。

挿絵10
「それ なあに?」と リューシは いって ――「あたしの ハンカチじゃない?」
「いんや、 ごめんなさいね。 こりゃ こまどりコックンの えんじの チョッキさ!」
 と、 アイロンがけして おりたたみ、 わきに よせます。

挿絵11
 そのあとまた なにかを ものほしかけから とって ――
「あたしの エプロンじゃない?」と リューシ。
「いんや、 ごめんなさいね。 こりゃ みそさざジェニーの もんいり テーブルかけさ。 見とくれよ、 アカスグリの おさけで こんなに しみが! あらうだけでも なんぎでね!」と チギウィンクルおばさん。

挿絵12
 チギウィンクルおばさんは、 はなを すんすんすん、 めを ぱちぱちぱち。 それから だんろから べつの アイロンを とってきまして。

挿絵13
「あたしの ハンカチが 1まい ある!」と こえを はりあげる リューシ ――「あたしの エプロンも!」
 チギウィンクルおばさんは アイロンを かけて ひだを つけて、 ふるって フリルを ひろげます。
「あっ、 すてき!」と リューシ。

挿絵14
「あと、 これ なあに? てぶくろみたい なかゆびつきの きいろくて ながいの。」
「ああ、 こりゃ へにぺにサリーの ストッキングだね ―― ほれ にわで ひっかくから、 かかとが こんなに すりきれてさ! んも、 すぐにでも はだしに なるっての!」と チギウィンクルおばさん。

挿絵15
「あっ、 もう1まい ハンカチ ―― でも あたしんじゃない。 まっか?」
「ええ ええ ごめんなさいね。 こりゃ あなうさママさんの もの。 たまねぎの においが きつくてね! これだけ わけて あらわにゃね。 どうやっても においが とれなくってさ。」
「あたしの もう1まい あった。」と リューシ。

挿絵16
「その まっしろの へんなの なあに?」
「こりゃ とらぬこタビーの てぶくろさ。 あとは アイロン かけるだけ。 あのこは じぶんで あらうからねえ。」
「あった、 さいごの 1まい!」と リューシ。

挿絵17
「その のりのなかに ひたしてるの なあに?」
「こりゃ しずからトムの シャツの えりさ ―― ひどく とくべつでね!」と チギウィンクルおばさん。「さあて アイロンがけも おしまい。 ふくを ほしに いかなきゃ。」

挿絵18
「その かわいらしい ふかふかふわふわは なあに?」と リューシ。
「まあ、 こりゃ スケルだにの こひつじちゃんたちの けいとの うわぎだね。」
「あれ、 うわぎって。 ぬげるの?」
「そうさね、 ごめんなさいね、 ほれ かたの ひつじじるしを ごらん。 こっちが ゲイツガースの ぶんで、 このみっつが リトルタウンからのだね。 いつも あらうときに しるしを つけとくんだよ!」と チギウィンクルおばさん。

挿絵19
 かたち おおきさ さまざまの ふくが みんな つるされていきます ―― ねずみの ちゃいろい コートが たくさんに、 もぐらの くろい あやおりチョッキ 1まい、 きたりすナトキンの しっぽのない あかい えんびふく、 あなうさピーターの ちっちゃく ちぢんだ あかい うわぎ、 あと あらってるうちに しるしの とれてしまった スカート ―― するうち、 とうとう かごは からに!

挿絵20
 それから チギウィンクルおばさんは おちゃを いれまして ―― じぶんのと、 リューシのを。 ふたりは だんろまえの ながいすに こしかけ、 おたがい よこめを むけあって。 チギウィンクルおばさんの ティーカップを もつ ては、 それはもう まっちゃっちゃ、 せっけんの あわで しわっしわで。 それに うわぎや ずきんの あちこちから とげとげの けさきが なかから そとへ つきでていました。 なので リューシは あんまり ちかくに すわらないようにして。

挿絵21
 おちゃが おわると ふたりは せんたくものを つつみに まとめました。 リューシは ハンカチを きれいになった じぶんの エプロンのなかに おりたたんで、 ぎんいろの あんぜんピンで とめます。
 そのあと どろのすみで だんろを もえあがらせて、 そとへ でると とじまりして かぎを しきいの したに かくしました。

挿絵22
 そして おかを とことこ おりていく リューシと チギウィンクルおばさん。 つつみを ふたつ かかえて!
 みちを ながなが くだっているあいだ いろんな どうぶつたちが かおを あわせようと しげみから でてきます。 はじめに であったのは あなうさピーターと ばにばにベンジャミン!

挿絵23
 おばさんは きれいになった ふくを ふたりに わたしました。 このあたりの ちいさな どうぶつ・ことりたちは みんな チギウィンクルおばさんの おせわに なっているのです。

挿絵24
 というわけで おかの ふもと、 ふみこしだんに たどりつくころには はこぶものも リューシのぶんしか のこっていません。

挿絵25
 リューシは つつみを てに ふみこみだんを かけあがって、 それから ふりかえって 「さよなら」って そのせんたくおばさんに ありがとうと いったのですが ―― おっかしなことに! チギウィンクルおばさんは ありがとうも クリーニングの おだいも またずに いっちゃって!
 おばさんは もう おかを ぐんぐん かけあがっていたのです ―― おばさんの しろい フリルの ずきんは どこに? かたかけは? うわぎは? ―― スカートは?

挿絵26
 ほんとに ちっちゃくなっちゃって ―― まっちゃっちゃで ―― とげだらけ!
 そう! チギウィンクルおばさんは ただの はりねずみなのでした!
* * * *
(さて リューシちゃんが ふみこしだんのところで うとうと ゆめを みたのだという ひとも ありますが ―― それなら どうして ハンカチ3まいと エプロン1まいが あんぜんピンで まとめられてあるのでしょう?
 それに ―― わ・た・し、 キャット・ベルという おかの うらに ドアを みたこと あるんですよ ―― しかも わ・た・し、 チギウィンクルおばさんとは だいの なかよしなんですよ!)

(おしまい)





翻訳の底本: Beatrix Potter (1905) "The Tale of Mrs. Tiggy-Winkle"
   上記の翻訳底本は、著作権が失効しています。
   2011年8月10日翻訳
※この翻訳は「クリエイティブ・コモンズ 表示 2.1 日本 ライセンス」(http://creativecommons.org/licenses/by/2.1/jp/)によって公開されています。
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翻訳者:大久保ゆう
2014年3月26日作成
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